拾遺3-2 緑の継ぎ目に棲む者
中流階級向けの店や住宅が並ぶ西区。
白い石畳に、リンデンの並木道。
馬車が行き交い、どこからか婦人たちの華やかな話し声が聞こえてくる。
高級店が整然と立ち並び、まだ灯らぬガス灯のガラスが、品よく光を弾いていた。
その路地を、一本入る。
ここでは、誰もが自然と声を落とす。
一羽の鴉が、屋根の上からこちらを伺っていた。
怖いとは思わない。
だが、見られている――そんな感覚がある。
少し歩くと、小さいが、どこか品のいい縦長の一軒家が現れる。
白い石壁には、板に焼き刻まれた小さな看板。
――『緑の継ぎ目亭』
何を売っている店なのかは、口伝てに教えられるのみ。
深緑に塗られた木の扉の前には、黒猫が堂々と座っていた。
扉に手をかけると、猫は伸びを一つし、しぶしぶと場所を譲る。
軋む音を立てて扉を開けると、狭い玄関ホール。
深緑の布壁に、深色の木の腰壁。
無秩序に小さな絵が並んでいるが、不思議と落ち着きを感じさせる。
小さなテーブルには、受付用のノートと、ペンとインク壺。
それだけが、ぽつんと置かれていた。
名を記すと、奥の扉が静かに開いた。
「……いらっしゃい。
猫が少し、邪魔をしてしまったわね。悪気はないのよ。猫だもの。
どうぞ、こちらへ」
現れたのは、妙齢の女性。
長い、真っ直ぐな黒髪。
真っ黒な瞳。
ドレスも黒。
長い睫毛が影を落とし、目元はひときわ暗く見える。
化粧気はないのに、唇だけが鮮やかに赤かった。
ここは彼女の店。
自称『魔女の末裔』が営む、占いの館。
店主の女性は、にっこりと笑う。
それは、妙齢の女性というより、十五歳ほどの少女のような笑みだった。
◇
『魔女の末裔』である彼女は、鼻歌を口ずさみながら、客の帰った後のテーブルを布巾で拭いていた。
「また話題に上ったわね……“グレイブハル城”」
布巾を畳み、適当に脇へ置くと、椅子に腰を下ろす。
天井から吊り下げられた小さなシャンデリア。
壁には、壁紙が見えないほど棚が並び、そのすべてに雑貨が詰め込まれている。
意味を持たない鼻歌が、雑然とした室内に溶けていった。
黒猫が足元に絡みついてくる。
抱き上げて、その柔らかな毛並みに頬を寄せる。
「あら、またお客様?
今日は多いのね。みんな悩みが多いのかしら」
猫が腕から抜け出していく。
「セシル・アッシュフォードに恋をした女性?
あの俳優、本当に人気ね。
でも……やめたほうがいいわ。あまり性格は良くないもの。
見た目は、とても良いけれど」
彼女は軽く肩をすくめた。
「いいわ。恋の話は好きだもの。
お迎えしましょう」
立ち上がり、台所へ向かう。
占い客に出す、お茶の準備だ。
「グレイブハル城……行ってみようかしら。
……お友だちになれるかしらね」
唇が、わずかに弧を描く。
そのとき、玄関扉の開く音がした。
次の客が、訪れたのだ。




