其の四「消えた火の跡を、彼は見た」
浦島太郎は、これまでの来訪者とは決定的に違っていた。
竜宮城の豪華な食事を出しても、彼は「美味いですね」と言うばかりで、あまり食べない。四季の間に案内しても、「私の村の秋も、これくらい綺麗でしたよ」と、どこか寂しげに微笑む。
彼は、ここにある不変の美を尊ぶのではなく、地上の移ろう醜さを、そのまま愛しているようだった。
遥か昔の私のように。
「乙姫様、あなたはこの広い海を、お一人で守っていらっしゃるのですか」
ある夜、庭で並んで座ったとき、彼はそう聞いた。
「守っているわけではない。ただ、ここにいるだけ。」
「そうですか。……あなたは、とても美しい目をしておられる。けれど、ずっと遠くの、消えてしまった火を眺めているような目をしている。不変であるはずのこの場所で、見える心の奥の揺曳が綺麗だ。」
私は、言葉を失った。
帝は私の瞳に"月の冷たさ"を見た。
けれどこの漁師は、私の瞳に"熱の消えた跡"を見たのだ。
そして、彼は私が手放したはずの熱を過去を拾ってみせて、綺麗だと言う。不変の私の中にも移ろいがあるという。その事実が、凍りついていた私の胸を、じりじりと焦がした。
「母が待っています。約束したのです、今日のうちに帰ると」
三日が過ぎた頃、彼はそう言った。
地上の三日は、すでに数百年であることを、私は教えなかった。
ただ、震える手で彼に玉手箱を渡した。
そして、いつもと同じように、「竜宮城に戻って来たいなら開けてはいけない」と伝えた。
浦島太郎は箱を受け取りながら、「どうして開けてはいけないのか」と聞いた。
私は少し間を置いてから、「約束だから」と答えた。
「絶対に開けません」と彼は頷いた。その目は、帝と同じ、真実の光を宿していた。
これまでの来訪者と違うのは、私が彼にだけは裏切られてほしくないと、そう願ってしまったことだ。
彼を見送る私の指先が、その熱を求めて微かに震えていたことを、私は認めざるを得なかった。
浦島太郎の目に、乙姫はどんな風に映っていたと思いますか?
明日、この物語は結末を迎えます
最後まで見届けていただければ幸いです




