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かぐや姫は乙姫になりました〜海の底から、約束を破った人間を見届けています〜  作者: 本咲 サクラ


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其の二「帝は、約束を美談にした」

帝が他の者たちと違ったのは、最初から何も求めなかったことだ。


夜を重ね、歌を交わし、私は少しずつ、この人となら熱を共有できる時間があるのではないかと錯覚していった。

地上に根を張り生きる人々と同じように生きられる気がしていた。

けれど、月に帰る日は無慈悲に訪れる。


「私が月に帰っても、私のことは忘れないで欲しい」


私が求めたのは、それだけだった。

財も、権力も、永遠の命もいらない。

記憶の中にだけは、私の居場所を残しておいてほしい。

冷たい光と静かな時間しかない月に戻っても、会えなくても、温もりで孤独を包み込めるように。


帝は私の手を握り、その目に真実の光を宿して頷いた。

そして、「忘れない、約束する」と言ってくれた。


私はその温もりを信じ、月へ帰った。


月に戻れば、地上の数十年など、瞬きの間に過ぎない。それでも私は、地上の景色を追い続けた。

やがて、老い始めた帝の元に、一人の若い女が召し出されたのを見た。


「かつて、私は月の人を愛したことがある」


帝は、私に触れたのと同じ手で女の頬を撫で、そう言った。


「あまりに美しく、あまりに冷たい人だった。私はその人を失ったとき、もう二度と恋などしないと誓ったのだが……お前を見ていると、あの人を思い出す。お前の瞳の中に、私は失ったはずの輝きを見つけた」


私は、自分の存在が音を立てて凍りつくのを感じた。


帝は、私との約束を私との記憶を、目の前の女を酔わせるための悲劇の小道具として、磨き上げ、再利用していたのだ。私との時間は、彼にとって、自分を彩るための美しい物語に成り下がっていた。


彼が富士の山で不死の薬を燃やしたとき、私は悟った。

あれは自分の恋を完結させ、綺麗に幕を引くための、最後の手続きだ。

忘れないという約束は、もうどこにもない。

帝の中にも、煙の中にも、どこにも。


そして私を忘れた帝はすぐに亡くなり、私の中で最後に残っていた何かも、一緒に消えていった。


月から降りて、初めて人間を近くで見た。

翁の手の温かさも、帝の言葉の美しさも、全部が本物だった。

けれどその本物は、永遠には続かない。

人間は忘れ、移ろう。どれだけ誠実に見えても、どれだけ特別な言葉を交わしても、最後には自分の時間の中で生きていく。

それが人間の強さでもあり、人間が人間である理由でもある。

私はその強さの外側にいる。月にも馴染めず、地上にも根を張れない。


だから私は、月の縁から一歩を踏み出した。


地上へ帰るためではない。

今度は、人間が居ないところ。

そう考えて、探した別の場所へ。

帝の選択を、あなたはどう感じましたか?

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