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其の一「私はかつて、月から降りた」
月の光というのは、地上から見上げるより、ずっと冷たい。
私はそのことを、降りてくる前から知っていた。それでも降りたのは、あの小さな丸い光の中に住む、命の熱に触れてみたかったからだと思う。
竹の中に入ったのは、私自身の選択だった。
翁に見つけられた朝、皺だらけの大きな手が私を包んだ。その手が驚きで震え、やがて喜びという熱を帯びたとき、私は初めて、地上の時間の始まりを感じた。
翁と媼の家で過ごした日々は、私にとってまさに泡沫の夢であった。
季節が巡るたびに景色が変わり、人間たちは老いていく。その、二度と戻らない儚い時間の中で織り成される営みが、私にはたまらなく愛おしく感じた。
やがて私の噂が広まり、貴公子たちが次々と訪れるようになった。
彼らのことは、正直なところ、よく覚えていない。
無理難題を課したのは、拒絶したかったからではなかった。
ただ、どの顔を見ても、私の目には月という冷たい異界を求める者としか映らなかった。
並べ立てられる財宝も、耳を撫でる甘言も、すべては私を自分の飾り棚に置くための交渉で、興味が無かった。
帝が来たのは、そんな頃だった。
5/9完結予定(全6話)
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