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【祝16.3万PV❗️】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
<武芸者篇>3章  叛逆騎士と水竜篇

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9話 別れと出発(虹耀暦1287年1月末:アルクス14歳)

このお話で2部2章終話となります。

 魔導列車というのは帝国肝煎り事業のひとつとして、10年と少し前にようやく帝国全土へ路線が行き届いた鉄道の事である。


 といっても、アルクスの前世日本のように細かく路線が分けられていて隅々にまで線路が敷かれているというわけではない。


 あくまで大都市(主に伯爵位以上の領地)間と帝都を結んでいるのである。


 この魔導列車が走るようになってからは物資輸送や人の移動、それによる情報や金銭の移動速度が大幅に上昇した。


 村や街に寄って馬を乗り換える必要もなく、人員を大きく割く必要もない。良いこと尽くしだが、それは偏(ひとえ)に先人達の苦労あっての賜物だ。


 軌条(レール)を敷設していた当時は、魔獣の脅威に曝され、国軍が対応していても負傷者はかなりの数に上ったそうな。


 鉄道事業部自体がおよそ30年以上も前に発足されていた、と言えばその苦労も理解できよう。




 そんな苦労と献身のお陰で出来上がった駅のひとつ――武芸都市〈ウィルデリッタルト〉駅は、都市北東部の端の方にある。


 現代日本にある商業施設との複合施設ではなく、厳重な警備付きの乗り場(ホーム)があるだけの田舎駅といった風情だ。


 簡素と言えなくもないが、どちらかと言えば機能的と表現する方が相応しいだろう。


 尚、都市中央に駅が置かれていないのは事故が起こった場合の可能性を考慮されているからだ。


 列車そのものへの信頼がゼロの状態から始まったのでこの処置も妥当だが、ここ最近は駅周辺にも宿泊施設や飲食店が並ぶようになってきた。


 当初こそ懐疑的であった貴族らも今ではすっかりその利便性や安全性に信頼を置き、経済効果にも目を瞠って積極的に利用している。


 その甲斐もあって、一般利用者数も初年度から右肩上がりの図表(グラフ)を維持し続けてはいるものの、それでも鉄道事業そのものでの収支は赤いまま。


 初期投資額が大き過ぎて回収には、この調子でもあと10年は掛かるだろうと予測されている。これでも一般利用者のおかげで当初の目途よりかなり短縮された方だ。




 早朝の現在、そんな〈ウィルデリッタルト〉駅前に”鬼火”の一党の6名と三ツ足鴉の1羽はいた。彼らの近くには緊張した様子の領軍の兵士らが列を成して佇んでいる。


 が、それも致し方なしであろう。


 なぜなら6名の前に彼らの主君――この都市一帯を治める領主家であるシルト家の面々が総出で立っているのだから。


「皆さん、長い間お世話になりました」


「「「「「お世話になりました」」」」」


「カアッ!」


 アルクスが頭を下げるのに合わせて仲間達5名と1羽も揃って頭を下げる。


 結局4ヶ月と少しの間をシルト家で楽しく過ごした。感謝の気持ちを言葉にすれば、


「こちらこそ。いつでも歓迎だからまたおいで。困ったことがあったら手紙でもくれると嬉しいな」


 トビアスは穏やかに微笑む。少し後ろにいた4人も同様に頷いた。気付けば旅立ちだ。


 出会った時より更にアルクス達の雰囲気も洗練され、ラウラとソーニャに至っては別人並と言っても良い。


「近くに来た時は連絡すると良い。迎えを寄越そう。私が行っても良いしな」


 前領主であるランドルフがそんなふうに言うと、


「ふふっ、それでは兵の皆さんが困ってしまいますでしょう?」


 その妻メリッサが微笑みながら窘める。しかし、気持ちは夫と同じだ。


 初めて会ったシルト家長男(ユリウス)の忘れ形見とその仲間達は非常に爽快な子らで、孫が一気に増えたような楽しい一時であった。


「私もいつでも歓迎しますからね? あなた達はイリスの恩人ですから。その恩は一生忘れません」


 現領主の妻リディアも親しみと感謝が綯い交ぜになった表情で続く。


 彼らが居なければ、娘は決して癒えぬ傷を負っていたかもしれないどころか、夫も五体満足でいられなかったかもしれないのだ。


 些か張ってきた下腹をさすりながら、心からあたたかな笑みを向ける。懐妊しているのだ。


「イリス? 挨拶はちゃんとしなきゃいけないよ」


 トビアスは最後に、俯いている愛娘を優しげな声音で呼んだ。


「……はい、ですわ」


 するといつもは元気いっぱいなイリスが俯いたまま、アルクス達の前におずおずと一歩進み出る。年の近い親しい人達が一気に家からいなくなるのだ。こんな感情は初めてだった。


「兄様達、その……」


 寂しさに心を揺さぶられて言葉に詰まっていると、


「凛華姉様?」


 姉のように慕っていた鬼娘が進み出てきて百塩茶(チョコレート)色の髪を優しく撫でる。


「また会えるわよ。そんな泣きそうな顔しないの」


「っ!」


 優しい微笑みを浮かべた凛華は本当の姉のようで、イリスはこらえ切れずに抱き着いた。


「うっ、ぅぅ~……寂しい。寂しいですわ、姉様」


「そうね。でも会おうと思えば会えるし、イリスが会いに来たっていいでしょう?」


「会いに、行っても良いんですの?」


 凛華に一層ぎゅうっと抱き着いたイリスがおずおずと訊ねれば、


「あったりまえだよ!」


「勿論ですよ」


 ぴょんと出てきたシルフィエーラとにっこり笑ったラウラが、彼女を後ろから優しく抱く。


「うぅ、ぐすっ……泣いてしまいますわ」


「もう泣いてるじゃないか」


 ソーニャもクスッと笑いながら緩い癖(ウェーブ)のある髪を撫でる。


 シルト家の大人達はそんな彼女とあたたかい姉達を微笑ましく眺めていた。


 こういう出逢いと別れを繰り返して大人になっていくのだ。


 しばらく彼女らに抱き着いていたイリスはようやく身を離すと、「もう大丈夫!」とばかりにニッコリ笑い――


「兄様!」


「ん、おいで」


 ガバッとアルクスへ抱き着く。


 まるで仲の良い本当の兄妹の挨拶のように見えた。が、残念ながらアルクスはそれほど殊勝な男ではない。


 抱き返した従妹の耳元で何やらごにょごにょと囁く。


「ふぇっ? よ、よろしいんですのっ?」


「大丈夫大丈夫、こういうのには付き物だよ」


「そ、そういうことでしたら……!」


 イリスは何やらやる気を見せてパッと身を離した。アルクスはニッコリとやんちゃな笑みを浮かべて彼女の頭を撫でる。


「さ、いっといで」


「は、はいですわっ!」


 ふんす! とイリスが鼻息を荒くする。


「なぁに言ったのかしらねぇ」


「ボクには聞こえたよ、黙っとくけど」


「アルさん、こういうときでも変わりませんね」


「なんだか不穏だ」


 あそこまで無駄に爽やかな笑顔をしている時は大抵何かやらかす時だ。


 いい加減、彼のやんちゃっぷりに慣れている4人がそんな感想を溢す。


 トビアスはトビアスで甥の笑顔と愛娘の気合充分な顔に嫌な予感を覚えたが、やんわりと腕を絡めてきたリディアに動きを封じられてしまった。


「マ、マルク様っ、よろしいですか!?」


「構わねーけど、あんまりトビアスさんに睨まれたくねーし軽くだぞ?」


 おずおずと抱き着いたイリスを、マルクガルムはポンポンと優しく背中を叩きながら抱き返す。


「はい、あ、もう少し屈んでもらいたいですわ。顔をちゃんと見ておきたいですから」


「おう? こうか?」


 背の高い彼が少々屈んで親友の従妹を抱き締め直したところで……イリスは「ここだ!」とその頬に「ちゅっ!」と口付けした。


「んなぁっ!?」


 さすがに驚いてマルクガルムが声を上げると、


「い、いつぞやの感謝の印ですわ! あとっ、その! いつか会いに行きますから、待っていてくださいませ!」


 イリスはその首根っこにぎゅう~っとしがみついた後、サササッと離れて行った。顔を赤らめている。


「……アルクス君、最後にやってくれたね?」


「そういう挨拶があると聞いたもので」


 トビアスがプルプル震えながら娘を唆した下手人を責めるも、甥はぬけぬけとのたまった。隠れ里の同世代、筆頭問題児の面目躍如といったところだろう。


「悪戯好きな甥っ子だよ、本当に。子供の頃の兄上そっくりだ」


「父さんの子ですから」


 はぁと肩で息をつく叔父にアルクスはからからと笑う。


 ちなみにマルクガルムからも咎めるような視線が送られてきているが、知ったことではない。


「まったく。……ふぅ、さっきも言ったけど、いつでもこっちは歓迎だからね? 困ったことがあれば連絡してくれよ?」


 トビアスは困ったような笑みから一転、優し気に笑んでそんなことを言った。


「ええ、ありがとうございます。叔父上もお元気で」


 アルクスがニコッと返す。


 途端、トビアスは目を瞬かせた。今まで彼が自分を”叔父”と呼んだことは一度もない。


「…………君ってやつはまったく」


 トビアスはあえてやや乱暴に兄の忘れ形見の黎い髪をクシャクシャと掻きまわす。


「あはははっ」


 アルクスは年相応な表情でくすぐったそうな笑い声を上げるのだった。


「アル殿め、まったく」


 その背後ではソーニャがブツクサ言っている。


「ソーニャもしてきたら?」


 凛華が面白がって言うと、


「同じ列車に乗るのだぞ!?」


 騎士少女は目をクワッと見開き、怒涛の勢いで抗弁した。なんとか照れ臭さを誤魔化そうとしているが、格好とは裏腹に騎士らしさの欠片もない。


「乗らなかったらできた、みたいな言い方だね」


「そう聞こえました」


 シルフィエーラとラウラが頷き合うと、


「なっ、は、いやっ! そんなことはない、違うぞ」


 ソーニャは必死になって否定する。


「ではやはり私が迎えに行きますわね」


 そこへ、イリスがにょきっと生えるように顔を出した。彼女にとって、同種のこの胸甲に身を包んだ少女は近くにいるくせに煮え切らぬ恋敵である。


「イリス!? くぅ、変なとこだけ従兄殿を真似せんでいい!」


 いつの間に! と言うソーニャに、


「次は頬では済ませませんわ」


 正々堂々と宣言した。


「んなっ!?」


 慌てるソーニャと胸を張るイリスを見て三人娘がクスクス笑い声を漏らす。


「さーてとっ。まだ時間はあるけど、もう上がっとこうか」


「アルてめえ、散々引っ掻き回しといて」


「従妹をよろしく」


「張っ倒すぞ」


 愉快そうにニヤッとするアルクスと憮然としたマルクガルムへ、最後にもう一度イリスが飛びついた。


「マルク様、兄様! またお会い致しましょうね!」


「うん、またね」


 アルクスがその頭を撫で、


「おう。つーかあんまりコイツの影響受けちゃダメだぜ」


 マルクガルムが咎める。


「あれはちゃんと本心でしたわ!」


 しかし、快活過ぎる伯爵令嬢は顔をガバッと上げて憤然と抗議した。


「お、おう、そ、そうか」


 妙に強い視線に気圧された唐変木にはそんな返事しかできない。


「マぁルクぅ~、照れちゃってまぁ~」


「お前ホント、シバくからな」


 速攻で茶化したアルクスとマルクガルムが他愛ないやり取りを交わし、イリスは楽しそうに笑うのであった。


 さて、そろそろ、これ以上護衛の兵をずっと置いておくのも領民に迷惑であろう――との配慮のもと、最後にもう一度挨拶した”鬼火”の一党とシルト家の面々は駅前でようやく別れ、馬車の中から手を振り続けるイリスが見えなくなるまで手を振り返すと、乗降場(ホーム)へ向かった。




 駅の乗降場(ホーム)は階段を上った先。というのも軌条(レール)は地上ではなく、少々高い場所に敷いてあるのだ。


 これは――魔獣の危険があるので大地にそのまま敷設するわけにはいかず、かと言って無駄に走行距離を伸ばすわけにもいかず、かと言って線路を囲むように防壁を築いて回るだけの予算もない。


 という事情から立案された手法である。


 その案が決定された後も地盤の調査や工費、路線を決めるのにすらかなり難儀したそうな。




 乗降場(ホーム)についた”鬼火”の一党を待っていたのは、彼らの先輩武芸者である『黒鉄(くろがね)の旋風』の6名だった。


 印象深く、放っておけない後輩武芸者らを入場券だけ買って見送りに来たのだ。


「や~っと来やがったな。待ちくたびれたぜ」


「マルクとイリスちゃんがイチャイチャしてる内に挨拶する時間なくなっちゃうんじゃないかと思ってたわよ」


「俺のせいじゃねー、コイツのせいだ」


 憎まれ口を叩くレーゲンとハンナに、マルクガルムは憮然としてアルクスを指す。


 しかし当の本人はどこ吹く風。ぶいっとそっぽを向いた。


「別れの時でもそんな感じなんだなぁ」


 四等級武芸者、双子の片割れヨハンがそう言うと、


「今生の別れでもあるまいし、湿っぽいのが苦手なんですよ」


 アルクスは苦笑を零した――のだが。


「嘘おっしゃい」と凛華。


「完全に悪戯っ気出ただけだよね?」と更にシルフィエーラ。


「私にもそう見えましたよ」とついでにラウラ。


「よ、余計なことは言わなくていいからっ」


 三人娘の鋭い意見にアルクスはたじろぎながら「しーっ」と唇に指を当てた。尚、図星である。


「ソーニャちゃんには災難だったわね?」


「そ、そんなことはない!」


 森人のプリムラがニマニマすると、慌てたソーニャがわたわたと手を振って否定した。


「しかし、早いものだ。もう少しこの都市で活動しても良かったんじゃないか?」


 同じく森人のケリアも別れを惜しんでいる。


「いろいろ見てみたいですし、何があるかわかりませんから、少しずつ帝都に近づこうと思ってるんです」


 が、アルクスは嬉しそうにしながらも首を横に振った。


「あ、そうだった。〈ターフェル魔導学院〉に行くんだったね」


 双子の妹の方であるエマは彼らの目的を今更になって思い出す。なまじ魔術が巧みなせいで忘れかけていた。


「ええ、一応勉強とかもしとこうかと」


「今更そんなの要るの?」


 身も蓋もない意見を述べるハンナに、アルクスが鹿爪(しかつめ)らしい顔をして頷く。


「何が試験に出るかわかりませんからね。帝国史なんて出た日にはマルク以外落ちますよ」


 『帝国史概論』を読み終えた人狼青年は他5名より多少帝国の歴史に明るい。


「私もマルクに借りて少しだけあの本は読んでみたぞ、案外おもしろかった」


「試験は少しじゃダメなんじゃないかしら?」


「ボク、そういうの苦手」


「私もあまり歴史は得意じゃないですね」


「……そういや他国の貴族令嬢と魔族だったな」


 馴染み過ぎてそのことを失念していた『黒鉄の旋風』に、


「そういうことです」


 後輩武芸者が頷いてみせる。


「お、アル、時間。列車もう少しで来るんじゃねーか?」


 マルクガルムがアルクスの肩を叩いて乗降場の大きな時計を指した。


 ――挨拶、しとくんだろ?


 との視線に、”鬼火”の一党頭目は大きく頷くと――


「わかった。さて、と……『黒鉄の旋風』の皆さんと会ったのは帝国に入ってすぐだから……案外、長いですね。ラウラとソーニャの件から始まって、いろいろとお世話になりました。


 正直なところ、右も左もわからないなか、先輩武芸者がマトモな人達っていうのはすごく心強かったし、ありがたかったです。またいつか会った時も仲良くしてください。この数カ月、ありがとうございました」


 今までの飄々とした態度をがらりと変え、流麗な動作で腰を折る。


「「「「「ありがとうございました!」」」」」


「カアー!」


 5人も彼に倣ってそれぞれ深々と頭を下げた。夜天翡翠もちょんと降りて『黒鉄の旋風』を見上げて啼く。


「お、おう。なんだ、その……そんなに畏まるなよ。ムズ痒くなる」


「そうよ、卑怯よ。泣かせに来てるでしょう」


「いや、泣いてるのハンナだけなんだけど」


「また会おうぜ。それと、等級の方はもう少しゆっくりでいいぞ? いやマジで。追いつかれそうだし」


「ヨハンも上がればいいだけだろう。皆、元気でな。特にアルクス、無茶ばかりするなよ?」


「また会いましょうね!! 今度会ったらまたごはんとか行きましょ!」


 1名ボタボタと涙を流しているが、他5名は嬉しそうな、寂しそうな、それを吹き飛ばすかのような快活な笑顔で口々に返答を返してくれた。


 キキッキキ――ッ、プシュウ……ッ。


 と、そこへ独特の音を立てて、魔導列車が乗降場に入ってきた。


 鉄製のガワに錆防止の黒い塗装。音からして圧縮空気を利用しているらしい。


 外観は前世の蒸気機関車のようだが、散々『魔眼』で見たアルクスからすると、あれで中身は全くの別物だ。そこに妙な違和感を感じる。そも、前世のものより横幅も広く、縦幅も高い。


(魔導機関ってのの規格に合わせてんのかな。結局、何にもわからずじまいだったけど。あ、種族差の可能性もあるか……)


「アル」


「ハッ、そうだった」


 思わず考察に入ったアルクスの肩を凛華がぽんと叩く。出発は10分後だが、駆け込み乗車は避けたいところだ。


「レーゲンさん、これ渡しときます」


 タタッと駆け寄ったアルクスは何の気無い動作で、先輩頭目へ紙切れを手渡した。


「んぉ、なんだこれ? 何の術だ?」


 描かれていたのは、魔術の知識が深くない者が見てもひと目でわかるほどの奇抜な術式。既存の術とは似ても似つかず、そのうえやたらと複雑だ。


 すかさずレーゲンが怪訝そうな顔で問う。


「初期版から問題を排除した『気刃の術』ですよ」


 アルクスがあっさり応えると、


「えっ!? アンタそれ秘匿とか独自じゃないの!」


 ハンナは元々小さくない目をこれでもかと見開く。


 己で創り上げ、己で使用するから独自なのだ。そんな大事な術式をポンと手渡してくるなんて、「何考えてんの!?」と、生意気な後輩へ責めるような視線を向けた。


「ええ。でも俺の『蒼炎気刃』とかになる前の基礎的なものですし、素人が使ったところで自滅するだけですからね。覚えたら燃やしてください。『黒鉄の旋風』にはあげても、他の人にあげたつもりはありませんから」


 しかし、アルクスには然して気にした様子もない。


 そも、『気刃の術』を基礎にした魔術は”鬼火”の一党の6名中4名が使っているし、隠れ里の戦士団にも渡していたりする。信頼できる相手なら別に使われたところで問題ないのだ。


「……良いのか?」


 おずおずと訊ねるケリアにアルクスは頷いた。


「はい、ケリアさんとプリムラさんなら特に問題なく使えるはずです。あ、でもエーラの『燐晄』がそのまま使えるってわけじゃありませんから、そこは自分に合うよう弄って独自にしとくことをオススメします。魔力が無駄になりやすいので」


 森人剣士の彼ならまだしも弓術士のプリムラに単なる『気刃の術』は非効率だ。とっとと『燐晄』のようなものを作れと言う。


 レーゲンは様々な感情を見せ――


「……それならありがたく貰っとくぜ。ハンナに訊いて俺ら専用の術を創ってみるさ」


 大事そうに紙切れを懐に忍ばせた。


「えっ?」


「はい。そうしてください」


 アルクスがにこやかに微笑む。


「ちょっ」


「うむ。ハンナなら知識もあろう」


 ケリアも腕を組んで首を深く頷かせ、


「待っ」


「あのとんでもない威力のやつだよね? 楽しみ!」


 エマが嬉しそうに兄へ喜びを表現した。


「あのね」


「俺らもちょっとは使える手が増えるな!」


 同じくヨハンも楽しみだと頷く。


「や、その、あのね?」


「とうとう霊気を飛ばせるのね! ありがと、アルクス!」


 プリムラも満面の笑みで礼を述べる。


「ちょっと待ちなさいよぉっ!!」


 そこで、とうとうハンナがキレた。


 なんだなんだと目を向ける5名と、面白がっている悪戯小僧が1名。


「あのね! そんな簡単に術式って弄れないのよ!? 私はアルクスみたいな眼があるわけじゃないんだから、そんなにポンポン作れないってば! 大体、魔導学院を出てるってわけでもないんだから、知識だってそんなにないわよ!?」


「「「「「ええ~?」」」」」


「コイツらっ!」


 不満の声を上げる仲間にハンナが青筋を浮かべる。


「あはははっ!」


「こんのガキんちょっ!!」


 最後のひと笑いとばかりにからから笑っているアルクスへ、「なんて置き土産していくんだコイツ!」と般若の形相に豹変したハンナが掴み掛かる勢いで迫った。


「ぉわっ!? まぁまぁ鍵語表と睨めっこするしかないですけど、大丈夫ですって。自分の専用魔術になるんだから、皆さんも手伝ってくれますよ」


「そうだぞ、ちょっと悪ふざけしただけだって」


 レーゲンもやんわりと宥めに掛かった。


「「「「ええ~……?」」」」


 が、仲間達は揃って不満たらたらな声を上げる。


「っ! ……っ!!」


 ハンナが仲間達を指差しながら声にならぬ怒りの声を上げ、


「悪ふざけだから落ち着けって」


 レーゲンが何とか宥めてその場は収束するのだった。


 そんなふうに最後まで騒がしかった”鬼火”の一党は、


「それじゃ、またどっかで会いましょう!」


「そうね、また会いましょ」


「またね~」


「んじゃなー」


「お世話になりました」


「またどこかで」


「カアッ!」


 と口々に別れの言葉を述べて魔導列車に乗り込んでいった。


 誰ひとり、振り返らない。


 どこまでも前へ前へと突き進んでいくアルクスが率いる一党らしい去り際だ。


「……寂しくなるわねぇ」


「また会えるだろうさ」


 ポツリと零す恋人の肩を優しく叩いたレーゲン率いる『黒鉄の旋風』は、寂しさ以上に爽やかな気分で駅から立ち去るのだった。



 * * *



 その後日。誰にも見られぬ場所で『気刃の術』を試してみた『黒鉄の旋風』。


 現在、彼らは闘気の固定化、並びにそこから更に高純度・高圧縮の属性へ変換可能、という攻撃的すぎる魔術に――。


「魔力の消耗はとんでもねぇけど……なんつう威力してんだよ」


「鎧を簡単に斬り裂いてたワケがわかったわ。全然、避けて斬ってなかったもんね」


「はぁっ、はぁっ……魔族組、あんなの、平然とっ、振り回してたのっ? 魔力、きっつ」


「はっ、はっ、はぁ……! そら、あの魔力量も、納得だわ」


「うぅむ、素晴らしい魔術だ。プリムラ、そちらはどうだ?」


「矢に乗せるにはちょっとコツがいるけど、すっごいわ! ほらあれ! 岩、貫通しちゃった!」


 慄(おのの)いていた。否、一部は熱狂していたが。


 そんな興奮冷めやらぬなか、エマがぼそりと呟く。


「こんなの自力で創れるのに〈ターフェル魔導学院〉行くの?」


「そういえば、ラウラちゃんもアルクスの蒼炎みたいな『火炎槍』撃ってたよな?」


 ヨハンも〈ドラッヘンクヴェーレ〉にて、朱髪の少女が『蒼火撃』を放っていたことを思い出した。


「「「「――」」」」


 当たり前だが〈ターフェル魔導学院〉という魔術の学校は、独自を創ったり、既存術式を改造したりといったことを試験でやらせたりしない。


 それはもう魔導師の領分だからだ。


 というか、あくまで受験生は魔術師の卵であり、これから専門知識を身につけたり、才能を開花させて立派な魔導師になるべく通う学校であって――闘気から属性魔力を生成といった、よく分からぬ概念を術式に落とし込んでしまうようなヤツが行くようなところでは決してない。


 ――あいつら、何しに行くんだ……?


 そんな疑問を抱かずにはいられない『黒鉄の旋風』であった。

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