8話 ヒマでタイクツな帝国の年明け(虹耀暦1286年12月31日~1287年1月3日:アルクス14歳)
4:6くらいでシリアスとゆるさの入り混じった回です。
〈ドラッヘンクヴェーレ〉から〈ウィルデリッタルト〉へと帰還した”鬼火”の一党ことアルクス達6名と『黒鉄の旋風』は、帰り着いたその足で依頼の達成報告を行うことにした。
協会についた夕方頃には疲労も最高潮に近かったが、指名手配犯も捕まえたことだし、こういうのは早いに越したことはない。
その後は「捕らえた”叛逆騎士”の懸賞金が入ったら打ち上げに行こう」ということで、その場は解散。
1、2日程度なら慣れぬ寝床でも耐えられるが、やはりきちんとした寝台で寝るのが一番だ。
晴れて恋人同士になった『黒鉄の旋風』の頭目レーゲンと副頭目ハンナを大いに冷やかし、それでも仲睦まじげに手を繋いで帰路へつく2人に手を振ってようやくの帰参と相成った。
先輩一党の仲間で恋人のいない少数派となってしまった双子、ヨハンとエマが初々しい2人に羨望の眼差しを向けていた、というのは言うまでもないことであろう。
~・~・~・~
屋敷に帰ってきた若手武芸者6名を出迎えたシルト家の面々の眼に飛び込んできたのは、右眼を癒薬帯に覆われ、身体中のそこかしこに包帯を巻かれているアルの姿だった。
何をどう見たところで深手である。当然の如く彼らは仰天し、ちょっとした騒ぎになってしまった。
指名手配犯を捕らえた、という報告はさすがにまだ届いていなかったらしい。
叔父のトビアスや祖父のランドルフがすぐに癒者を呼ぼうとしてアルに止められ、従妹のイリスに至っては既に兵舎の方にダッと駆け出していたので、マルクガルムが捕まえる羽目になった。
アルとしても身体の方は別として、右眼の方は刺されたり、刳り貫かれたりしたわけでもないので殊更に騒ぎ立てて欲しくない。
というよりさっさと眠りたいし、そもそもここまで癒薬帯を巻かれていること自体、大仰に過ぎるのだ。
とにかくワケは話すからと客室棟の自室に背嚢を置き、そのまま屋敷で報告会と相成ったのであった。
「それじゃ、あの”叛逆騎士”ハインリヒ・エッカートを捕らえたのかい? 牢の警備人員を増やさないと」
「いえ、四肢がないので要らないと思いますよ」
「顎も砕いたしな」
トビアスがこりゃあ一大事だ、と動き出そうとするのをアルとマルクが制止する。
「四肢が……ないのかい?」
「右腕は肩口から、左腕は肘先から、両足は膝下から先がありません」
「それなら、大丈夫か」
そこまで念入りに消し飛ばされているのなら、通常の人員でも問題ないだろう。シルト領の兵士はヤワではない。
立ち上がり掛けていたトビアスはストンと椅子に座り直した。
「そんなに有名な犯罪者だったのですか?」
結局よくわからないまま捕らえることになったので、どれほどの悪人かわからない。そう思ってラウラが訊ねると、
「うん、伯爵家の家人を使用人も同僚も含めて皆殺しにした大罪人だね。善政で知られてた方々だったから、怨恨の線もないだろうってことで一時期結構な騒ぎになったよ」
トビアスはそう答えた。20年近く前、世間を震撼させた残酷な事件だ。
「どうりで普通の犯罪者じゃないと思った。あの準聖騎士に近い感じだったよ」
一言二言程度しか交わしていないが、何か歪な芯――信念や信条染みたものを持っているような感覚を受けた。
尤も、厄介さに拍車が掛かるだけなので、悪人にそんなものはない方が断然良いのだが。
「アルしか話してないものね。あたし達が駆けつけてすぐ気絶させちゃったし」
凛華がそう言うとアルも頷く。
「右腕を吹き飛ばされたってのに正気を保ってたし、逃げるつもりっぽかったしね。大方、俺を刺して動揺を誘った隙に撤退するつもりだったんじゃない?」
「ふっふん、ボクの弓の腕が光ったね」
シルフィエーラが胸を張った。ハインリヒが最後に構えていた短剣――波打ったような形状の刃を灼き落したのは彼女の放った『燐晄』だ。
「うん。エーラと凛華の魔力を感知できた時は安心したよ」
「というかアル殿はそんなのを相手によく両腕を塞がれたまま戦えたな」
後に聞いて驚愕したソーニャはそう言う。自分にはとても出来そうにない。無手で敵の剣をやり過ごすなど。
「レーゲンさん達と戦ってバテバテになってたし、躱すだけなら案外何とかなるもんだよ」
アルは涼しい顔で言ってのけた。ハインリヒに襲われていた時もこんな風に飄然と、いやもっと冷めた目をしていたとラウラは記憶している。
「ま、俺ら相手に稽古してればそうもなるか」
龍眼がある、とは云え”魔法”を縛らぬ戦闘民族を相手に正面切って戦えるのだ。
忘れがちだが『黒鉄の旋風』やアルはその時点で常人の域を越えている。後者に至ってはマルクら3名に勝っているのだから、並の相手で敵う道理もなかった。
「しかし、『魔封輪』が使われていたとは……」
ランドルフが思わずといった風情で渋面を作る。
「あれは何なんでしょう? アルさんは、『大型の方は欠陥品か、複数使用が前提だ』って言ってましたけど」
ラウラは一党全員の疑問を〈ウィルデリッタルト〉前領主に訊ねてみた。
「三十年以上も前に使用廃止が決められた手錠のようなものだ。魔力の多い者や魔術師の犯罪者を拘束する魔導具として開発されたと聞いておるが、体外に魔力を放出できんというだけで大して拘束力もない。そのうえ長期間嵌め続けると己の魔力で自家中毒に陥るという問題点があってな」
体外への魔力放出を完全に止めるという性質上、操魔核で生成され続ける余剰魔力が発散されないで溜まり続け、やがて中毒になる。
仮令嵌められても、効果を知っている者や試して気付いた者は闘気を用いて逃げようとしたので役立たずの評価を受けたのだ。
「ふぅん。やっぱりアルの言う通り、欠陥品だったのね」
凛華は肩を竦めながら結論づけた。
「しかし、それが犯罪に用いられていた、となると……」
「注意を呼び掛けておくべきだろう。今の時代には知らぬ者も多い」
「ですね。注意喚起と出処の徹底捜査を命じておきます」
シルト家の先代当主と現当主が頷き合う。
「その”蛟”という魔物、私も見てみたいですわ!」
そこへイリスが「難しいお話は終わりましたわよねっ?」とばかりに話題を依頼内容の方へと戻した。
どうやら大沼のヌシ十叉大水蛇という多頭多尾の大型水竜の話は、彼女の好奇心をいたく刺激したようだ。
「昔視察で行ったことがあるけど、凄い迫力だったよ。暖かくなったら〈ドラッヘンクヴェーレ〉へ行ってみるのも良いね」
淡褐色の瞳をキラッキラと輝かせる娘にトビアスが微笑む。
「アルがいたら乗せてもらえるかもよ~」
「えっ? あの水竜に乗ったの?」
エーラの発言に思わず口を挟んだのはイリスの母で、アルの叔母に当たるリディアだ。品の良い顔がほんの少し驚愕の色に染まっている。
「レーゲンさんとハンナさんのお祝いですよ。俺らは乗ってません。覚えてはもらえましたけどね」
「む、確か『黒鉄の旋風』の頭目と副頭目であったな。彼らがどうかしたのかね?」
アルの返答に、彼らのファンであるランドルフがすぐさま食いつく。
「好き合ってたのにウジウジしてたから、発破かけて関係を進展させたんですよ」
「ほほう! それは実に目出度い!」
「あなたは本当に彼らが好きですねぇ」
彼の妻メリッサは、夫の様子にクスクスと笑った。
「当然だろう。誇りある武芸者達じゃないか」
〈ウィルデリッタルト〉前領主がやや憮然とした表情を妻に向ける。シルト家の始まりの者は武芸者出だ。思い入れは強い。
「お、それなら良い話がありますよ。ボロボロのアルが寝ちまった後、〈ドラッヘンクヴェーレ〉の村長とレーゲンさんが折衝をしたんです。その時、報酬に色をつけるって話になって……」
とっておきだぞ? と言いたげな顔でマルクが語り始めた。
「ほほう。それで?」
「レーゲンさんは突っぱねてました」
集まった視線を受けて、彼は端的に結果を述べる。
「なんと。それは如何様な理由かな?」
面白そうにランドルフが問いかけた。
「曰く、『”叛逆騎士”の懸賞金が入るから報酬は提示額でいい。俺達に色を付けるくらいなら、村の復興に充ててくれ』だそうです」
「素晴らしい! やはり武芸者はそうでなくてはな!」
「まぁまぁ、あなたったら子供のようですよ?」
レーゲンの返答はシルト家の琴線に触れたようだ。興奮するランドルフにメリッサが可笑しそうに笑う。
「私も『黒鉄の旋風』に会ってみたいですわ!」
ここにも一人、ファンが増えてしまったようだ。収拾がつかなくなりそうな気がしつつも、世話になっている先輩達の話ということでついつい6人の口も回る。
結局そのまま夕食の時間となってしまい、その間も合同依頼の話題で盛り上がったのだった。
* * *
さて帝国の年越し文化は、隠れ里のそれとは大きく異なっている。
12月31日の夜から1月1日の朝までゆったりとした時間を家族と過ごし、その後3日間ほどは親戚同士で集まったり、一族の人数が多いと新年の宴会などを開く。
核家族化が進行する前の日本のような感じだ。
また家族が近くにいない者は、仲間同士で寄り集まって飲み明かしたり、気ままに新年を祝ったりと、やはり緩やかで穏やかな時間を過ごす。共和国も似たようなものだ。
翻って隠れ里の年越しと言えば、祝いこそすれ意外とサッパリしている。
周辺が大森林なので魔獣への警戒を完全に解くこともできぬ、という理由から平常通りになりやすく、また多種多様な種族が寄り集まっているので文化もバラバラ。
ついでに言うと、里にいるほとんどが顔見知り。そんな事情もあってどうしても特殊な日という感覚がつきにくいのだ。
斯く言うアルも片親で育てられたため、そういった感覚はないに等しい。毎年一番初めに訓練場で暴れていたのは誰を隠そう彼を含めた4名である。
そういった背景もあり、当初帝国の年越しがどんなものか知った彼ら4名は『三日、四日も家で何するの?』と心底不思議そうな顔をしていた。
――絶対ヒマじゃん。
表情にはそんな文言がありありと浮かんでいる。ラウラとソーニャ、シルト家の面々は苦笑するしかない。
それでも彼らは「郷に入っては郷に従え」と普段の活発さを抑えて、何とか12月31日を楽しく過ごしたのであった。
* * *
明けて翌日。つまり虹耀歴1287年の1月1日。
新年の挨拶と食事を済ませて数時間後のことである。場所は客室棟の3階、アルに宛がわれている部屋。
マルクはアルの部屋の現状もとい惨状を見て呟いた。
「……最っ高にダラけてんな」
アルという幼馴染は暇になると途端にダメのようで、現在寝台でエーラに誘われるがまま膝枕をしてもらい、帰ってきた当日に癒薬帯を外した右眼を開きっぱなしにして、腹にちょこんと座る夜天翡翠の翼を撫でている。
その隣では、凛華が龍鱗布に包まってスースーと寝息を立てていた。アルが止める間もなく「暇」と言い置いて眠ったのだ。
耳長娘はいつもと違って聖母のような表情で彼の黎い髪を梳いている。
10名いれば10名とも口を揃えて、スケコマシなダメ男の図だと答えるであろう光景だ。
が、当のアルからすればこれも致し方ないのである。
日課の操魔核の鍛錬だけは済ませているものの、大概の飲食店は開いてないし、武具や道具屋も当然閉まっている。
やることもなければ行くところもない。ならば稽古でも、と思ったが怪我が治ったばかりで無理もできないので、さっさと終えた。
しょうがないので部屋に戻り、1時間もしない内にこの有り様だ。
また寝台横の長椅子では、ラウラがアル謹製の魔術指南書と鍵語表を見比べながら、時折エーラに羨望の眼差しを向け、ソーニャはソーニャでシルト家の蔵書『盾術・序』を読んでいるのだが、目前の光景に変な想像を掻き立てられて一人で赤くなったりしている。
マルクが、階下にイリスが来ているとの報せを受けて迎えに行ったのが少し前のことだ。
少々話をした後に彼女と連れ立って上ってきたのだが、いつの間にやらアルは膝枕されて脱力しているし、凛華はより彼に寄っているし、弛緩した雰囲気が開けた瞬間に見て取れた。
「に、兄様……! ちょっと破廉恥ですわよ」
イリスが顔を赤らめて従兄を注意する。この場合、彼の顔立ちも問題だった。
男性らしさもありつつ、やはりどこか中性的で端正な相貌なせいで矢鱈と耽美な雰囲気が滲んでおり、瞳孔へと迸る青白い流星群がそれに拍車を掛けている。
カチ、カチ、カチ……ッ。
「これでいい?」
”灰髪”に緋色の右眼だけを動かしたアルが問うも、
「余計悪化しましたわ。退廃的な空気が増してますわよ」
従妹はチョコレート色の髪をブンブンと振って否定した。
「じゃ、やめる」
あっさりと黎い髪に戻ったアルは口を半開きにしたまま虚空を眺めている。
「兄様は一体どうなさったんですの?」
イリスは埒が明かない、とマルクに困り顔を向けた。いつもしゃんとしている従兄のイメージは既にガラガラと音を立てて崩れ去っている。
尤も、凛華やエーラはこのダラけ切っているアルも「それはそれで良いじゃない」と言うのだろうが、彼を兄として慕っている彼女からすれば理解に苦しむ。
「ヒマ過ぎてああなってるんだよ」
マルクも困り顔である。普段からこんな感じなら「もちっとシャンとしろ」と怒りようもあるのだが、平時はしっかりしているので「まぁ、休息も要るよな」などと思ってしまうのだ。
「兄様はヒマ潰し持っておりませんの?」
「うん。買いそびれた」
アルは『魔眼』を発動したまま、従妹に視線を合わせる。
年末、お付きの者に連れられたイリスとマルクとソーニャは書店に行ったのだが、アルは件の依頼について詳細を求められたので協会支部に行かなければならなかったり、ラウラの『魔術』を視てやったり、3種ある『燐晄』が羨ましくなった凛華が自分も種類が欲しい、と言ってきたりして時間を取られまくったせいだ。
ちなみにマルクが買った本は『帝国史概論』という帝国の興った時代背景と歴史の流れが綺麗に纏められた本である。
魔導具の筆頭開発国ということで印刷技術が高い帝国の本は他国より安い。子供用の絵本で10ダーナもしない。
『帝国史概論』も大判で400頁もある分厚いものなのだが、それでも30ダーナでお釣りが出た。
帝国勃興を実体験として経験し、近年に亡くなったという生き字引のような著者であるので非常に精度が高く、帝国史を学ぶのであれば必携とまで言われている本だ。
そのため尚の事、価格が低い。これがただの学者の自費出版ものであれば倍以上はしただろう。
と、そんな話を聞いて「しまった!」と心から思ったアルである。しかし、時既に遅し。
「んぁ~……あ~」
意味もなくグダついた声を上げる友を見兼ねて、マルクは声を掛けた。
「年明けてまだ半日も経ってねーぞ。凛華に頼まれた術でも創ってんのか?」
「うんにゃ。良さそうな案がとーんと思いつかなくてさ」
ぼへぇっとアルが応える。
凛華からおねだりされた新魔術は、原型どころかコンセプトすら形になっていない。もし思いついていたら、今頃創作に夢中になっているか試作術式を試してもらって微調整しているところだ。
「あの、アルさん。いいですか? ここなんですけど」
ラウラが開いていた魔術書の頁を見せた。
「んー……見えん」
が、見えにくかったらしくアルは腰元をズラして寝台を空ける。動く気はサラサラないらしい。
ラウラはそのあたりにちょこんと座って持っていた魔術書を見せ直した。
もう色々とダメな画である。大胆にもアルの股間近くに座ったラウラも自覚はちゃんとあるらしく、少々顔を赤らめている。
「兄様っ! さすがに自堕落が過ぎますわ! 外! 外行きますわよ!」
頬を紅潮させたイリスが咎めるも、
「やだ。外、なんにもないんだもん」
アルはいっそ泰然とした顔で応じた。
「お店、どっこも開いてないもんねぇ」
そこにエーラがにこやかに援護射撃を入れる。彼女としては「どうせ半日もしない内に、この状態にも飽きて動き出すんだし、今はこうしててもいいじゃん?」というスタンスだ。
「そこっ! 同意しないでくださいませっ! 兄様! 子供のようなことを仰っても聞きません! さ、行きますわよ!」
「えぇ~……でも外、寒いよ? きっと風も冷たいよ?」
アルがまたもや反論すると、
「今日は冷えますからね」
居直ったラウラまで同意した。魔術書を置いて、眠たそうな夜天翡翠の首元を優しく撫でている。
ぐぎぎっとイリスが歯を食い縛る。
ぷく~っと頬を膨らませて「なんとかして下さいましっ!」との視線を受けたマルクは、苦笑いしながら一つ提案してみた。
「なぁアル、レーゲンさん達の宿行ってみねーか?」
「んぉ? レーゲンさん達の?」
興味を惹かれたらしいアルが素直に問い返す。
「ほら、イリスが会ってみたいって言ってたろ? 新年の挨拶がてら紹介しとこうぜ。俺らだって一月末にはこの都市出るし、何かあった時に護ってくれる人がいたほうが良いってお前も思うだろ?」
幼馴染の提案内容には説得力があった。従妹がまた何かのっぴきならない事態に陥った際、信頼できる武芸者がいるのは心強い。
「そりゃま、確かに。一理ある。ふわぁ~……んじゃ行こうか。準備は?」
「お前以外は出来てるっぺえぞ」
そう言われたアルは自分の服を見る。戻ってすぐに着替えた釦止めの簡易な白襯衣に適当な薄羽織。
次いでラウラとエーラを見た。彼女らはいつも通り動きやすさを阻害しないながらも小洒落た格好だ。
エーラに至ってはきちんと右の髪房に赤い数珠玉の髪飾りもつけているし、隣で寝ている凛華も髪こそ下ろしているが防寒着さえあればすぐにでも外出できそうな格好をしている。
寝間着の延長なのは己だけであった。
「ホントだ。ちょっと待ってて」
アルはそう言うと大きく伸びをしながら起き上がってポイポイと適当に着替え始めた。マルクに較べれば線は細いが、それでも剣士だ。
筋が入った腹筋や背筋。身体に刻まれた薄い傷跡、鎖骨、喉仏の凹凸がハッキリした首筋が妙に艶めかしく映ったらしく、寝ていた凛華と同性のマルク以外はほんのり赤面することとなった。
* * *
その後、『黒鉄の旋風』がいる宿についた”鬼火”の一党とイリスは彼らの所在を探す。ついでに補足しておくと、黙ってイリスを連れ出したわけではない。
年始の挨拶などで忙しそうなトビアスへ許可を求めると、二つ返事で了承の意が返ってきたのでそのまま馬車に跳び乗って来たのである。
ちなみに、凛華の寝起きはあまり良くない。
すぐに寝惚けてしまうので、アルが起こした際もトロンとした眼で甘えるように抱き着いてきて更にイリスを騒がせることとなった。
しかし抱き着いた当の本人は意識が覚醒しても平然としており、そのせいで移動中のアルは従妹から「破廉恥」と散々言われることになったのは余談である。
年末年始でもここ帝国では宿泊施設と一部商会だけは営業中だ。
というか寧ろ名所や市内にある宿泊施設にとってこの時期は、客を呼び込むのに案外良い商機であるらしく、閉じているということはまずない。
勿論、急な客や宿泊客以外への対応は制限しているところも多かったりするのだが、宿泊客の縁者や知り合いには特別に接客していたりするし、大きな宿では完全に平常通りの営業するところもあるくらいだ。
どこでどんな縁がつながるかわからぬ客商売の辛いところであり、また面白いところでもある。
『黒鉄の旋風』が泊まっているのは、平均的な三等級の一党であれば泊まるのに苦労しない程度の安過ぎず高過ぎない宿。レーゲン曰く、「家って感じのする宿」とのこと。
急な客だと思って謝罪に来た宿の主人へ、アルが『黒鉄の旋風』の知り合いであることを丁寧に告げる。
等級の高い武芸者にはファンがいたりするので、その類かと思った主人だったがアルの見せた認識票を見て、知り合いの可能性が高いと判断した。
どうしても動作に洗練された武芸者のそれが滲み出ていたというのも判断理由の一つである。
そうして主人の言葉を受けた従業員が彼らを呼びに行くと、いつもと変わらぬ先輩武芸者達6名が降りてきた。
「よっ、新年おめっとさん。一週間も経ってねえが、何かあったか?」
レーゲンが挨拶と共に問いかけ、その後ろからハンナや双子、森人カップルが続く。
「『魔封輪』の話ならちゃんと聞いたわよ? ってあれ? その子……どこかで見たことあるわね」
ハンナがそんな風に言いながらアルの後ろを透かし見ると、イリスはキラキラと目を輝かせて前に進み出た。
「初めてお目にかかりますわ、といっても私の方はあなた方を遠目に見たことはあるのですけれど。私はイリス。イリス・シルトと申します。どうぞ、お見知りおきを」
そう言って綺麗な膝折礼を行う。
「「「「「「…………」」」」」」
『黒鉄の旋風』6名の脳に稲妻がピシャ――ン! と、落ちた。ややあってレーゲンが急ぎ足で動き出す。
「おいちょっとアルクス、面貸せ」
慌ててアルを壁際に連れて行くも、
「ふぁい?」
後輩武芸者の返答は欠伸混じりで、緊張感の一欠片もないものであった。
「欠伸しとる場合かっ!」
レーゲンが猛烈な勢いでツッコミを入れる。
「領主様んとこのお嬢様じゃねーか!」
続いて声を潜めながら叫ぶという小器用な真似をやってみせた。
「そうですよ、俺の従妹です」
ちゃんと挨拶できて偉いでしょう? くらいな感覚でアルが紹介する。
「いやいやいや違う。そうじゃねえ。お前が領主様の甥ってのはもう受け入れてる。けどな、だからって正真正銘の貴族令嬢を連れてきてどうしようってんだよ!?」
「ラウラとソーニャも扱いは貴族令嬢ですよ?」
冷静にそんなことをのたまう後輩に、レーゲンのこめかみがヒクついた。そのままハンナなどが「小生意気」と評して憚らぬ少年の肩をガッシリと掴む。
「あぁそうだな。でも俺の言いたいのはそういうことじゃないってお前はわかってるよな?」
アルは悪戯が過ぎた気がしないでもなかったので、とっとと洗い浚いブチ撒けることにした。
「『黒鉄の旋風』は聖国の一件以来、シルト家からの覚えが良いんですよ。こないだの依頼の話したらイリスが『会ってみたい』って言うし、俺達もヒマでヒマで退屈してたから連れて来ました」
「正直で大変よろしいが、ヒマ潰しで先輩んとこ来るんじゃねえよ! しかもお嬢様連れて!」
案の定ツッコミもとい文句、もとい真っ当な苦情が飛んでくる。
「俺達あとひと月くらいしか〈ウィルデリッタルト〉にいないし、信頼できる人と顔合わせをさせときたかったんです。何かあったとき、頼れる人達に」
アルはマルクと話していた真意をレーゲンに語った。イリス誘拐事件について、しっかりと聞き及んでいる先輩武芸者一党の頭目が「うっ」と言葉を詰まらせる。
今の発言は、裏を返せばレーゲン達を心底信頼しているということに他ならない。
「……お、おう、そうか。お前らにそう思って貰えるのは嬉しいけどよ。急に来られても俺らもどうしていいか、わかんねえっていうか」
頬をポリポリと掻いて照れる先輩武芸者――の言葉を無視してアルが話題を急転換させる。
「で、ハンナさんとはどこまで行ったんです?」
「そんな話じゃなかったよなあ!?」
レーゲンは顔を赤らめながら額に青筋を浮かべた。
「ああ、そうでした。でもレーゲンさん達なら大丈夫ですよ。イリスは言葉遣いこそお嬢様っぽいですけど武芸者に憧れる素直な子ですし」
――魔族らしい感覚だな。
と一瞬思ったレーゲンだったが、同じ一党の森人族ケリアやプリムラはそこらへんを弁えているので、
(いや、やっぱこいつが失礼極まりねえってだけだわ)
と判断した。
シルト家の血に属する貴人が降りて来てくれているのであって、こちらが上がっているわけではない。少なくとも帝国人にとってはそれが常識である。
実を言えば爵位持ちの血縁者と、信頼と実績のある帝国三等級武芸者の関係はほんの少々違ったりするのだが、如何せん庶民出のレーゲン。後付けの感覚の方が違和感を感じるものだ。
「いや違う違う、言いたいことはそういうことじゃねえんだって。いきなり偉いとこのお嬢様連れてこられて、俺ら何すりゃあいいんだって訊いてんだよ!」
半ば悲鳴のような問い掛けに対し、
「レーゲンさん達は経験豊富な武芸者でしょう? 今までの依頼話とかしてやってください」
アルはシルト家の者ならまず間違いなく食い付くであろう話題を教え、
「あと、できれば仲良くしてやってください。俺達がいなくなったら、きっと寂しがるだろうから」
最後にイリスを可愛がる兄としてお願いした。
刹那、レーゲンは色んな感情を綯い交ぜにした表情を浮かべ、すぐにアルの黎い髪をわしゃわしゃと掻き回す。
「……わーったよ。後輩とお嬢様の頼みだ。やってやんよ」
「助かります。レーゲンさん達の他に頼める人達いないし、俺ちょっと恐がられてるから困ってたんですよ」
「おう。いや、後半はお前の自業自得だろ」
レーゲンは冷静なツッコミを入れつつ、イリスの前へと出向くのだった。
~・~・~・~
いつまでも入り口にいるのもお嬢様が冷えてしまう、ということで場所を食堂に移した。
アル達7名の座る前に『黒鉄の旋風』6名が緊張気味に座る。
期待に目を輝かせるイリスになんとなくやりづらさを感じつつも、レーゲンはグッと背筋を正して口火を切った。
「『黒鉄の旋風』頭目のレーゲンと言います。個人では三等級、剣士をしております。お見知りおきを」
「副頭目のハンナと申します。同じく三等級の剣士です」
「ケリアと申します。そちらのシルフィエーラと同じく森人で、三等級剣士をしております」
「同じく三等級の弓術士、プリムラです」
「四等級剣士のヨハンです」
「その双子の妹、四等級槍士のエマです」
全員が頭を下げつつ自己紹介を済ませる。イリスはニコニコしながら元気よく挨拶をした。
「よろしくお願い致しますわ!……あっ、凛華姉様。そちらのレーゲン様とハンナ様がこないだの――」
「そうよ。皆の前で口付けして、蛟の上でイチャイチャしてた二人よ。熱々の恋人達ね」
凛華の紹介がハンナの精神を早々に大きく抉る。
「ちょ、ちょっと!?」
「あの話、私非常にキュンキュン致しましたわ!」
更にイリスが無邪気に抉った。咄嗟にレーゲンは沈黙を選択。視線をサッと長卓の木目に移す。ハンナは顔から火が出るほどの恥ずかしさを覚えた。
「は、話したのっ!?」
「女子部屋で熱心に聞かれたのよ」
鬼娘が平然と返す。ちなみにアルとマルクはそれぞれ自室で爆睡していたので、お喋りの内容は知らない。
「うぅぅぅ~~……レ、レーゲン、恥ずかしいよぉ」
恋人の腕を掴んでハンナが揺さぶる。
「…………」
だが、レーゲンはこれ以上傷を広げたくないのか、沈黙を貫いて俯いている。
「今のは一度も見たことない反応だね。これもきっとこないだ関係が進展したからだよ」
耳長娘が妙に鋭い。ハンナはついつい甘えてしまった己を心中で罵倒した。
「そうなんですのエーラ姉様!? 今のすごく可愛らしかったですわ!」
容赦のない追撃。『黒鉄の旋風』副頭目はガクリと撃沈した。アルとマルクが「可哀想に……」と気の毒そうな視線を向ける。
「イリスちゃん、あんまりハッキリ言ってはダメですよ?」
そこへ見兼ねたラウラが助け舟を出した。
「? どうしてですの、ラウラ姉様?」
「それは――」
キョトンとする無邪気なお嬢様へ、ラウラが何言かひそひそと囁く。
ケリアとプリムラ、エーラは一瞬ニヤッとして、イリスから一番離れた位置にいる人間態のマルクへ視線をやったが、当の本人は不思議そうな顔をしている。
「っ! ご、ごめんなさいですわ、ハンナ様。無神経でした」
「い、いいのよ。いやいいんです」
「普通に話してもらって構いませんわ。この中で最年少は私ですし、帝国に不敬罪などございませんから」
帝国の初代皇帝が「そんな馬鹿な法律作るから国が腐るんだ」と言い放って法案にすら上げさせなかったという経緯がある。俗に言う初夜権なんかも同様だ。
「そういえば、レーゲンさん達はこの二日くらいどうやって過ごしてたんですか? ご実家は?」
アルが話題を変えてあげなきゃ、と問い掛ける。
少なくともレーゲンはここからそう遠くない街〈ヴァルトシュタット〉出身のはずだ。その質問に彼は草臥れたように語り始めた。
「それがなぁ……ほれ、ヨハン達が餓狼使い捕まえたろ?」
「ええ」
「連中の使ってた餓狼の餌に少量の麻薬が出たらしいのよ」
ハンナも苦々しい表情に変わる。麻薬というモノを心底嫌悪しているようだ。
「それは……真逆、あの連中の使っていた”誘引剤”に近いものか?」
ソーニャは脳裏に強くこびりついてる記憶を思い起こして訊ねた。
「ああ、そういや兵士連中もそんなこと言ってたな」
「俺とエマが張本人を捕まえたから、そのときの話とかを聞かせてくれって聴取受けてさ」
レーゲンとヨハンがそう言うと、
「知ってること全部報告したんだよ。そうしたら、日程に空きがあるなら〈ドラッヘンクヴェーレ〉についてきて捜査に協力してくれないか?って言われちゃってね」
とエマが言葉を引き継いだ。
「幸い森人もいることだし、この都市の軍人は衛兵まで含めて特に武芸者への当たりが柔らかい。だから快く協力を申し出たのだ」
「そういうわけで帰って来たの、実は昨日の午後なのよ」
最後にケリアとプリムラが結ぶ。アル達は領軍の勤勉さにも驚くが、『黒鉄の旋風』の日程にも驚いた。
報酬を受け取りに行って数日もしていない。アルも協会への呼び出し自体は食らったが、先輩らがそこまでしていたことは終ぞ知らなかった。
「だからご実家の方には帰るに帰れなかったんですね。それで、結局その薬の出処は非合法の組合でしたか?」
先程までの緩い表情を一転させたアルが真剣な顔で訊ねると、
「非合法の組合?」
その情報は知らなかったのかレーゲンが鸚鵡返しに問い返す。
「俺らが〈ゼーレンフィールン〉で魔獣の侵攻を受けたときとき、非合法の傭兵組合が実行役の連中に似たような薬を渡してたらしいんだよ」
マルクが以前に片付けた事件の真相を一つ詳らかにした。
「マジかよ。ってことは――」
「あの”叛逆騎士”もそこの組合と通じてた可能性があるってわけね」
レーゲンとハンナが頷き合い、
「今の話なら繋がっててもおかしくないわ」
凛華も腕を組んでそう言う。
「でも〈ゼーレンフィールン〉の方でボクらが戦った魔獣は犬笛? 餓狼笛? なんかじゃ言うこと聞かなそうだったよね?」
あの200を超える魔獣にそこまでの理性は残っていなかったように感じる。エーラはその時の光景を思い出しながら意見を口にした。
「麻薬の量を調節している、とかでしょうか?」
ラウラが難しい顔で眉根を寄せる。何せ麻薬など普通に生活していたら目に入ることなどない。こちらの世界でだって、人心を大きく損なうということで犯罪だ。
「私達を襲ったあの連中には”誘引剤”だと言って渡していたのだろう? 今回は別の名称を使っていた可能性もあるのではないか?」
ソーニャの意見は鋭い。結局のところ、”誘引剤”は麻薬だった。分量を変えてしまえば何とでも言える。
「今回もその非合法の組合が関わってるって、お前は思ってんのか?」
レーゲンが訊ねると、アルは左眼を閉じて思考した。ややあって口を開く。
「関わってる可能性もあるとは思います。けど、もっと大きな連中も噛んでる気もしてます。その非合法の傭兵組合単体が全部取り仕切ってるって決めつけるのは違う気がします」
「理由は?」
レーゲンが鋭く問う。
「蛟って有名なんですよね?」
「ああ。少なくとも帝国南部じゃ知らねえ人間はそういねーな」
「だな」
彼とヨハンが頷き合った。アルは更に続ける。
「ハインリヒ・エッカート。アイツは蛟を捕らえてどこかに運ぼうとしてました。殺すでも、鎌首を落とすでもなく。それって蛟をどこかの誰かが引き取る、もしくは買うヤツがいたかもしれないってことです」
「あんな目立つ魔物を買っても隠し切れる……いや、それ以前に運んでても隠し通せるだけの規模を持ってる誰かがいる、そういうことだな?」
「はい。最小で役割を振ったとして、実行役をハインリヒ・エッカート、仕事を回したのが非合法組織と仮定したとしても、まだ買い手がいます。〈ゼーレンフィールン〉の実行役と非合法組織の繋がりはかなり薄かったそうですし、今回も買い手が直接あの男に依頼したとは考えにくい」
「なるほど……後ろ暗い仕事を回す者と仕事を熟す者、そしてその恩恵に与る者。繋がりが薄い癖に表沙汰になりにくいほどの力、この場合は資金力や規模か。そういったものを持っている連中がいてもおかしくはないな」
ケリアが唸った。まるで蟻の巣だ。どこまで深いのか、どういう構造をしているのかすらわからない。
「う~ん……ねぇそういうのが出来るのって貴族とかじゃないかしら?」
凛華も意見を上げた。この場には貴族令嬢もいるが、そういったことは除外して考えるべきだろう。
「貴族の可能性もある、とは思う。でもこの場合は権力より先に、資金力だと俺は思ってる。大商会でも同じことは出来るはず。最悪なのはどっちも黒の場合だよ」
アルがそう言うと、
「商会かぁ。豪商は手勢を抱えてたりするもんね」
「そんなの同士で組んでたらどうしようもないわ」
ハンナとプリムラはうへぇと嫌そうな顔をした。闇の深そうな話だ。
「どっちにしても根っこが見えねえな」
とレーゲンがある種、核心めいた結論を述べる。
「はい。結局〈ゼーレンフィールン〉の件でもそういう組織がある、ってことしかわかりませんでしたから」
「尋問されてる”叛逆騎士”は喋るかねぇ?」
マルクが頭の後ろで腕を組みながらぼやく。
「餓狼使いの方なら喋りそうだけど……あのニセ行商人、どう見ても末端っぽかったよね」
唯一捕らえられた餓狼使いの男はとてもじゃないが、一角の人物には見えなかったとエーラが言えば、
「確かに、あまり情報を持ってない可能性の方が高そうですね……」
「うむ。神殿騎士共とは面倒の種類が違うな」
ラウラとソーニャも難しい顔で肯定する。
「どっちにしろ厄介な連中がいたもんだぜ」
「関わりたくないね」
双子は心底反吐が出るといった表情だ。
「私達でも結局それらしい連中の痕跡は見つけられなかったのよね」
「ああ。偶然か……もしくは実行役とは別に専門の回収業者のような者がいるのかも知れん」
エーラと対照的な白い肌の森人族2人も、真面目な顔付きで所見を述べる。
【精霊感応】を使っても、餓狼使いの足取りこそ見つけたものの薬とやらは見ていない。とすれば証拠を隠滅した者がいたのか、はたまた使い切っていてなかったのか。
わからない以上、警戒しておくに越したことはない。
「とりあえず、こっちの持ってる情報はこれくらいです」
「おう、助かるぜ。こっちも軍関係者から色々聞けたら教えるよ」
「お願いします」
頭目同士で真面目な顔をつき合わせる。そしてほぼ同時に、イリスがそのやり取りをジーッと見ていたことに気付いた。
「「あ……」」
「今の…………とぉ~ってもそれっぽかったですわ! 上級武芸者同士の会話っぽくてカッコ良いですわ! 兄様もお昼のは何だったのかと思いましたわ!」
淡褐色の瞳に盛大な光を湛えて大興奮である。きっとこういうのを生で見てみたかったのだろう。
「あれはあれでいいんだよ?」
「そうよ? たまにはアルも息抜きしなきゃいけないの」
「いつも気を張ってくれていますからね」
途端、一斉に真面目な雰囲気を掻き消してダメ男を庇い立てる三人娘をイリスは一喝した。
「だからってあんなに破廉恥である必要はありませんわ!」
「……アルクス、お前何してたんだよ?」
呆れるレーゲンにイリスが従兄の代わりに返答する。
「姉様方を侍らしておりました」
ガタッとヨハンが椅子を揺らした。最近ナーバスになっているのだ。
「イリスとソーニャがやらしい見方してただけだよ」
しかしアルは、あの穏やかな時間を壊された少々の腹いせを込めて飄然と言い返した。
「んなっ!?」
「ちょ! アル殿、私は別に――」
「あれだけ顔赤くしてたらぼーっとしててもわかるよ」
「ソーニャ、お前ムッツリってやつだったんだな」
「マルク! 貴様というやつはっ!」
「まったく。賑やかねぇ」
先程のシリアスな雰囲気はどこへやら。
新年初日の午後。自分達以外は誰もいない食堂でよくわからない盛り上がりを見せる13名であった。
またこの翌日も、翌々日もヒマだということで朝からお邪魔した”鬼火”の一党とイリスは『黒鉄の旋風』と更に仲を深めていく。
こうしてアル達6名は初めての帝国の年明けを経験するのであった。
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