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【祝13.4万PV❗️】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
<武芸者篇>3章  叛逆騎士と水竜篇

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6話 銀髪のアルクス

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 現在、深夜に差し掛かろうとしているにも関わらず〈ドラッヘンクヴェーレ〉の中央広場はたくさんの人でひしめき合っていた。


 その中心にあった噴水は無残にも断ち割られ、そこかしこに瓦礫や血が飛び散っているのだが、それでも村民達の表情は明るい。


 と云うのも『黒鉄の旋風』と”鬼火”の一党のおかげで、負傷者こそ多数出たものの奇跡的に死者はいなかったのだ。武芸者達の素早い判断が功を奏した。


「本当にありがとうございます。あなた方がいなければ私共は今頃……」


 村の代表としても、個人としても感謝してもしきれぬと纏め役夫妻が揃って頭を深々と下げる。


「いえ、これが我々の仕事ですから。それより消火の方を急ぎましょう」


 合同依頼中の臨時頭目レーゲンは遠慮するように手を振って、まだぼんやりと赤くなっている家屋の方へと視線をやった。


 濛々と黒煙を上げていた家屋は森人のケリアとプリムラが優先的に消し止めてくれていたが、当然の如く場当たり的な処置だ。


 人名救助を優先したので、まだあちこちに小火が残っている。放っておけばこの寒空の下、集団天幕(テント)生活をする羽目になるだろう。


「そうですな。おおーい! 誰か、消火作業に手を貸してくれ!」


 村長がしっかりとした声で呼びかけた。慣れているのだろう、動ける住民達がわらわらと集まってくる。


「さってと……俺も行くかね」


 とレーゲンが首をグリグリ回して一歩踏み出した途端、誰かに腕をパシッと掴まれた。


「んぉ、ハンナか。なんだよ?」


 振り向けば暗めの金髪を揺らした副頭目の女性剣士がいる。


「アンタは怪我人でしょ」


「そうだけどよ、これ終わっちまえば休めるし」


 レーゲンは悪いことをしたわけでもないのに妙な極まりの悪さを感じて言い淀み、ポリポリと頬を掻いた。


「代わりに行くから座ってて。アイツの剣、私に届かないよう無理してたでしょ?」


 腕を掴んだまま平素と違う雰囲気を滲ませて上目遣いに視線を向けてくるハンナに、


「お、おう。まぁ、そりゃ……えっとわかったよ」


 ドキマギしてしまい、視線を彷徨わせる。


(なんだって急にしおらしいんだ? やりづらくてしょうがない)


 ソワソワと落ち着かぬ彼の心中を察しているのかいないのか、初めて一党を組んだ相棒は照れ臭そうにはにかんだ。


「じゃあ行ってくるわ」


 そう言ってレーゲンの腕を軽くきゅっと握り、パッと手を離すと足早に去っていく。


 彼には見えぬがハンナの頬は少々紅潮していた。ついつい想いが行動となって零れてしまったのである。


 では一体誰へのどんな感情なのか? といえば――――。


 それは当然、相方レーゲンに対しての愛おしさである。


 あの指名手配犯”叛逆騎士”ハインリヒ・エッカートとハンナの間に大きな技量差はなかったが、体格差や戦い方の相性で不利ではあった。その戦闘中ずっと前で身体を張ってくれていたのだ。


 思えば厄介だと感じる相手の時はいつも、何を言うでも、恩に着せるでもなく前で戦ってくれている。


 それをよくよく思い返して堪らなくなってしまった――早い話、”好き”が溢れてしまったのだ。


 そんなハンナの仕草や表情につい見惚れて()おっと立ち尽くしていたレーゲンへ、悪戯っ気のある声が掛かった。


「確か~……”武芸者に二言なし”、でしたよね?」


 誰を隠そうアルクスだ。青白い銀髪を揺らし、真紅の左眼を悪戯っぽく細めている。現在シルフィエーラから手当てを受けていて暇を持て余していた。


「ア、アルクスっ!? その、見てたのか?」


「ええ、バッチリと。一部始終」


 両腕を金属製の帯――『魔封輪』で拘束された状態で胡座をかいているサマは、見方によれば居丈高(いたけだか)太々(ふてぶて)しい犯罪者に見えなくもない。


 甲斐甲斐しく世話を焼いている耳長娘がいるのも相俟(あいま)って妙な説得力がある。


「アル、動かないよ」


「あい」


 エーラはテキパキと右眼に『治癒術』を当て、頬やこめかみに癒薬帯を貼っていた。


 その悪戯坊主面にレーゲンは一瞬何か言いたそうな顔をして、やがて嘆息する。


「はぁぁ~、わーってるよ。そっちはまぁなんとか頑張るさ。そんで……さっきは流してたが、それが本来の姿なんだな」


「本来って、色が変わってるだけなのに大袈裟だなぁ」


 銀髪の青年がからからと笑う。


 その姿に普段の大人びた印象はない。年相応なヤンチャ坊主といった雰囲気だ。何であればマルクガルムの方がよっぽど大人びて見える。


 ちなみにアルの生来の気質を知っているエーラは特に違和感を抱いていない。


「で、さすがに消火にゃ参加できねえって感じか?」


「魔力を放出できませんからね。それに今の状態は正直危ういので」


 アルはいっそ堂々としてそう言った。この安定状態は非常に脆い。己が一番よくわかっている。


「暴走しちまうってやつか」


 行き掛けの馬車で話していたことを思い出したレーゲンが問うと、後輩武芸者は真紅の左眼に真剣味を帯びさせてコクッと首肯した。


「ままならんもんだな」


「きっと何とかしてみせますよ」


 隣にどっかりと座り込む先輩頭目にアルは肩を竦めてみせる。そこへ涼やかな声が届いた。


「アルー? あんた刀忘れてたでしょ? 持ってきてあげたわよー」


「冰も凛華さんと砕いておきました」


 凛華とラウラが不忍大沼(しのばずのおおぬま)から戻ってきたらしい。


「お、そうだった。ありがと」


 アルは不自由な両手で刃尾刀の鞘を差し出した。エーラが傍にいるこの状態で抜き身の刀など扱う気になれない。


 凛華は鼻唄混じりに黒蝋色の鞘を受け取って、刃を納めて腰に差してやる。


「これでよしっと。ラウラの新しい魔術見た? アルの蒼炎そっくりよ!」


 久々に見た銀髪と真紅の(あかい)()に上機嫌だ。やっぱりこの色よね!などと思っている。


「完全燃焼状態の炎だからねぇ、そりゃ似てるさ」


 テンションの高い凛華へアルが苦笑しながらどこか的外れな説明をした。ラウラは頬にかあっと赤みが上るのを自覚し、慌ててその言に乗っかる。


「え、ええ! そうなんです! アルさんに視てもらいながら『火炎槍』を弄りましたから! 上手くいってよかったです!」


 しかし――――。


「ぷっ」


 耳長娘が本人以外にはバレバレの早口に堪えきれず噴き出した。


「エーラさんっ!!」


「あははっ! ボク何も言ってないよぉ~」


 ラウラが手をバタバタさせて詰め寄り、エーラは悪戯がバレた子供のように無邪気な笑い声を上げる。


 ”鬼火”に魅了されて、自分でも扱えるようになるなんて筋金入りじゃん、そう言いたげな彼女にラウラは耳まで真っ赤になって「……っ! ……っ!!」と無言の抗議をするしかない。


 そこへ唐突に、背後の湖から巨体がザパァ……ッと顔を出した。


「蛟様だ! 正気に戻ってるのか!?」


「ヌシ様、もう大丈夫なの?」


 住民らが口々に不安そうな声を上げる。


 湖面の冰塊を避けて鎌首を出した十叉大水蛇(とおまたのおおみずち)は座り込むアルへ顔を寄せた。銛を撃ち込まれた部分の鱗は未だ血で濁っている。


「”(みずち)”か。もう大丈夫だよ」


「キュ!」


 アルの全身にある擦り傷や打ち身は蛟を止めようとして出来た傷だ。小さく啼いた水竜の巨大な金色(こんじき)の瞳が申し訳なさそうに揺れている。


「怒ってないから気にしなくていいよ。悪いのはコイツらだし」


 龍の血を引く青年が顎でしゃくった先には、簀巻きにされた”叛逆騎士”ハインリヒ・エッカートが転がされていた。治療は最低限、傷口を包帯で巻いただけの状態だ。


「キュウ?」


「村に火まで放ったんだよ、まったく」


 憤然とした顔のアルに蛟は(へび)に似た金眼の瞬膜(しゅんまく)をパチクリとさせる。そして初めて気付いたかのような仕草で、小火の出ている〈ドラッヘンクヴェーレ〉を見下ろし――……。


 俄に他の鎌首を次々と(うわ)向かせた。


「蛟?」


「どうしちゃったのかしら?」


「上……? 空に何かあるんでしょうか?」


 凛華とラウラが不思議そうに顔を見合わせた瞬間、蛟が上空へ向けて水流を吐き出した。


 7本もの高圧水流は遥か上空まで吹き上げられ、忽ち雨粒へと転じてサァ――ッと村中へ降り注ぐ。器用に広場だけ避けているのは水神と称される十叉大水蛇だからこそだろう。


「おおっ! 水神様が火を消して下さってるぞ!」


「ありがたい! 今の内に消しきるんだ! 屋内も確認しろ!」


 〈ドラッヘンクヴェーレ〉の住民らが口々に蛟への感謝を述べながら慌ただしくバタバタと動いて回る。


「この分なら火事にはならないね」


 エーラは労わるように優しい水竜の鱗を撫でた。


「だね。さあってと! とっととコレ外してもらおう。『封刻紋』を締めないと」


 アルがそう言って立ち上がると、


「えぇっ! もうですか!?」


 ラウラが機敏に反応する。この場の誰より――耳長娘と鬼娘すら置き去りにする素早さだ。


「早くない?」


「もう少しそのままでいなさいよ」

 

 尤もその2人もしっかり続くのだが。


「ラウラはともかく、二人は今のこれが不安定だってわかってるだろ? 色が変わるだけなんだからウダウダ言わないよ」


 アルが慣れたように諭すと、3人は銘々に不満そうな顔をしながら承諾した。明らかに不本意そうだ。凛華は頬をぷくりと膨らませているし、エーラも唇を尖らせている。


「明るいときに見たかったです」


 ラウラに至っては珍しく食い下がって我儘染みたことまで言う。


 『蒼火撃』を実戦で初使用した興奮の余韻もあるのだろうが、主な理由は距離が縮んできたからだろう。良い意味で遠慮がなくなってきたのだ。


 アルはふっとヤンチャな笑みを浮かべて彼女へ真紅の瞳を向けた。


「いつか見せるよ」


「本当ですか? 約束ですよ?」


 名残惜しそうにラウラが綺麗な紅い瞳を見つめる。透き通った真紅の虹彩に強くて真っ直ぐな眼光。鬼娘と耳長娘(ふたり)が拘るのも理解できるというものだ。


「うん、約束」


「ねね、ボクはぁ~?」


 頷くアルへ今度はエーラまでしがみつくように問うた。ほんの少し拗ねた口調だ。


「その時はエーラだっているだろ?」


 その返答が耳長娘を満面の笑みにさせる。


「むむ、まぁ今はそれで許したげるよ」


 どうやら未来の彼の傍には自分もちゃんといるらしい。


「今はって、次なんて答えたらいいのさ?」


「ねえ、あたしは?」


 答えなんて決まってるわよね? とでも言いたげな顔で凛華も訊ねた。


「待っててって言ったろ?」


 アルの返答も前と変わらない。頭目決めの仕合――あの時にさらりと交わした些細ながら大事な口約束。


「しょうがないわねぇ。ま、忘れてないみたいだから良しとしてあげるわ」


 鬼娘は「ふぅ~やれやれ」と大仰に息をついてみせた。


「それやりたかっただけじゃん」


「ふふっ」


 半眼のアルに楽し気で綺麗な笑みを零す。


 マルクはそんな4人を視界の端に収めながら2人連れへ声を掛けた。


「弟見つかったのか。良かったな」


 呼び掛けたのは若い女性だ。まだ幼い少年を連れている。


「えっ?」


「認識票、見えるだろ?」


 戸惑う女性へマルクは首に提げていた武芸者の認識票を見せた。


「あっ、さっき助けてくれた――」


 助けられた時と同じ台詞と同じ仕草。少年の手を引いている女性がハッとする。


「おう。悪いな、あの後探したんだが見つけきれなくてよ」


「いえ。私が広場に戻ってすぐに弟も来たんです。言おうにも忙しくされてたみたいで」


 人狼の脚に追いつけるほどの健脚ならそもそも黒塗りの襲撃者共に捕まったりしなかっただろう。


「走り回ってたからなぁ。ま、見つかったんなら良かったよ」


 困り顔の女性へマルクは首を横に振った。


「姉ちゃん助けてくれてありがとっ! おれ、隠れてたらあの剣と盾持ってる武芸者の人が『こっちだ』ってここまで連れてきてくれたんだ!」


 連れられていた少年がペコッと頭を下げながら説明する。


 精一杯感謝を示そうとする微笑ましい様子に笑い返しつつ、マルクは「なるほど」と納得した。称賛の言葉が口を衝いて出る。


「ヨハンさんか。さすがに経験詰んでる四等級は違えや」


 鼻の良い己でも血の匂いや他の人間の匂いで探しきれなかったというのに、どうやったかはわからないが、ヨハンは保護対象をしっかり見つけて――しかも口振りからすると、広場まで案内してきたらしい。


「お手数をお掛けしたみたいで。助けて下さって本当にありがとうございました」


 女性が深々と頭を下げた。命と貞操の危機を救ってくれた恩人だ。恐ろしい人狼姿を知っていても表情は柔らかい。


「仕事だからな。あ、そうだ。あっちに仲良さそうな森人の二人組がいるだろ?あんたも行っときなよ」


 マルクは特に誇るでもなくそんな返答を返す。


「ええと? あのお二方ですか?」


 女性は戸惑いつつ問い返した。少し離れたところに輝く金の短髪をした森人族の男女がいる。


 すると野性味のある人狼族の青年は「そうそう」と頷いて爽やかな笑顔を浮かべ、


「ああ、森人の癒薬帯はよく効くんだ。せっかく美人なのに痕になったら勿体ないぜ」


 襲撃者に殴られて切り傷と痣ができている女性の頬を指差し、「そんじゃな」と手を振りながら背を向けた。


 女性は自分の頬を撫で、直後少しばかり紅潮させる。


 背丈はそれほど変わらないが、彼はおそらく年下だろう。颯爽と歩き去る精悍な青年の背中は人種が違えど魅力的に思えた。


「……強い年下ってありかも」


「ねーちゃん、どういう意味?」


 弟の純真な質問には答えず、満更でもない表情で女性は手当てを受けに行くのだった。


 一連の流れを見ていたソーニャがしら~っとした視線を向けていることに露も気付かぬマルクが手を上げて声を掛ける。


「よっ、お疲れさん」


「……ああ、お疲れ」


 返ってきたのはあまりに少女らしからぬ地の底から響くような低いソーニャの声だった。


「どうした?」


 マルクが首を傾げる。


「なんでもない」


「変なやつだな。ってかお前はアルに驚かなかったのか?」


 アルは隠れ里でもトリシャ(ははおや)譲りの端正な顔立ちでそこそこ女性陣に可愛がられていた。今まさにその見た目なのだ。


 キャーキャー言うタイプにも見えぬが、あまりに平然としているソーニャの様子にマルクが疑問を覚えるのも致し方ないことであった。


「驚いたさ。”灰髪”とも印象が全然違うからな。ただその……」


 だがソーニャはそのように即答し、次いで苦笑を漏らす。その視線は血の繋がらぬ姉へと向けられていた。


 マルクは視線の意味を察して同じように苦笑する。


「……あぁ、わっかりやすいもんな」


「隠す気あるのだろうか?」


「隠さねぇ方が良いと思うぞ。基本思考から外してるからな、凛華とエーラ見てりゃわかるだろ?」


 暴走してしまう、という危険を排除しない限りアルは自分の相手は探そうともしないだろう。あえて考えぬようにしているのだ。


 それでも尚、意識的か無意識的かは不明だが彼女らを大切にしている。鬼娘と耳長娘が認識している以上に。


 あれだけ近くに居ても手を出さぬのが良い証拠だ。どうでも良いと思っていたら責任なぞ考えた行動は取らない。


 しかし、ソーニャにとってそれはどうでもいい。一目瞭然なのだから。


「のようだな。というかそれはマルクもだろう?」


 むしろ気になるのはこちらだ。


「え? 俺、か? 俺ぁ……確かにそう? かもしんねぇ。他人の話なら盛り上がっけど、自分のことってなるとイマイチピンとこねーんだよな」


 ストイックに成らざるを得ないアルと、兄弟のように過ごしてきたマルクもまたストイックであった。


「他人?」


 この顔は本気で言ってるな、と何とも微妙そうな顔でソーニャが鸚鵡返しに訊ねる。


「『黒鉄の旋風』の三等剣士二人のことさ」


「あぁ……こないだそれで数時間愚痴られた。絡み酒というのはああいうのを言うんだな」


 それは女性陣でも度々盛り上がる話題(トピック)だ。


「……お前らも大変だな」


 他人の恋愛話など囃し立てる立場ならば楽しいものだが、一方的に愚痴られると途端に胃もたれする。激甘な惚気(のろけ)でない分まだマシといったところか。


 そんな益体もない会話を交わしていた2人へアルが声を掛けた。


「おーいマルクぅー、これ爪で斬ってくれー」


「頭目殿がお呼びだぞ」


「じゃ、戻るとするか」


「うむ」


 そう言って”狼騎士”と”姫騎士”は”鬼火”の下へ向かうのだった。



 ~・~・~・~



 両腕を金属の大きな手錠――『魔封輪』にガッチリ固定されているアルへ改めてマルクが問う。


「んで、結局暴走してない理由はなんだったんだ?」


「そいつは俺も興味あるな。たぶんソレのおかげなんだろうけどよ」


 癒薬帯を巻かれたレーゲンが『魔封輪』を指差した。とは言うもののそもそも暴走状態を知らない。戦闘中に一瞬だけ凄まじい闘気の圧力を感じた程度だ。


「その通りですよ。どうも体外への魔力放出を阻害する魔導具っぽいんだけど、魔獣用っぽいこっちはたぶん欠陥品か、複数使用が前提なんです」


「欠陥品か、複数使用が前提? さっき聞いたがケリアとプリムラにも嵌められちまったらしいじゃねえか。魔法が使えなくなったっつってたし、似たようなものじゃねーのか?」


 レーゲンが訊ねる。アルの『魔眼』とラウラの献身がなければ、もう少し手間取るところだったとの報告を受けていた。


「人相手のはマシに作られてると思いますよ。ただこっちは一つ二つくらいじゃあんまり効果はないんじゃないかな」


 アルはチョイチョイと自分に嵌められている大きな『魔封輪』を指す。


「どういうこった?」


 マルクは意味がわからず疑問符を浮かべた。


「こっちのは一つ嵌めたくらいで魔物の魔力を抑え込めるほど上等なモノじゃないんだよ。微妙に効果が違うんだ。現に蛟は何度も水吐いてたろ? そういう意味で、欠陥品か複数使用が前提ってこと」


 あの超高圧水流(ブレス)は魔力で生成されたものだ。でなければ魔力感知が利かず、アルは今頃細切れの肉片になっていただろう。


「なるほどな。そういやあの水、やたら魔力の反応強かったっけか」


 マルクとレーゲンが「ふむ」と腕を組む。


「そっ。で、たぶん人には強過ぎる。だから俺は暴走しなくて済んでるんだよ。ケリアさん達に使われたやつだったら今頃、無理矢理引き千切って暴れてたんじゃないかな」


 アルの説明に凛華がぎょっとした。傍らのエーラも不安そうだ。


「どう違うのよ?」


「すぐ失明しちゃって視えなかったけど、どうもこれを嵌められると魔力の動きが鈍くなるらしいんだよ」


 視たときはどうせ斬るからどうでも良いと思っていたが、着ける羽目になって初めて異変に気付いた。


 嫌な音を告げていた瞳や、荒れ狂う殺戮衝動が緩やかになったのだ。


「じゃあ勝手に龍気が生まれちゃうって状態を――」


「うん、何とか変換しないくらいには抑え込めたんだよ」


 察しの良いエーラの台詞をアルが引き取る。


「なるほど。ギリギリ理解できたぞ」


 闘気について講義を受けたソーニャがポンと手を打ち、


「それに使われてる鍵語を『封刻紋』には使えないのですか?」


 ラウラが術学的な方面に踏み込む質問をした。それにアルは難しい顔を返す。


「魔力の流れが遅くなっちゃうし、この状態で均衡が取れるって、正直綱渡りしてるみたいで恐くてさ」


 一歩間違えれば仲間を襲うかもしれない。二度目は……きっとない。アルはそう考えて疑わない。


「なるほどな。原理はわかった。で、懐かしい見た目は名残惜しいが封印し直さなけりゃいけねえ、と。とりあえず『雷光裂爪』でソイツを斬り裂きゃいいんだな?」


 事情を理解したマルクがそう問うと、


「そっ、よろしく。もう眠くてさ」


 気楽そうにアルは答えた。だが既に左手を胸に当てている。


 声音とは裏腹な仕草に魔族組のみならず人間組数名も彼の心情を察した。心配させまいとしているが彼自身不安なのだ。


「じゃ、やるぞ。『雷光裂爪』」


 マルクが青白い稲光を宿した狼爪を振るう。直後、アルを拘束していた『魔封輪』がザンッ!と斬り裂かれ、ガランと落ちた。



 ビキ……ッ!



 途端、真紅の虹彩がヒビ割れる。


「「ッ!?」」


 割れた奥から覗く、かつてと同じ墨の如く光を返さぬ闇を凛華とエーラは見た。


「…………」


 マルクは【人狼化】したままだ。彼女らにはきっと、手が出せないだろうから。


「「――っ!?」」


 ラウラとソーニャはアルが恐れている()()()を感じ取った。本人の気質とはあまりに懸け離れたドス黒い殺戮の気配にゾワリと総毛立つ。


「こりゃ……どえらい闘気だぞ」


 只事ではない。黒い翼のような魔力を幻視したレーゲンが冷や汗を垂らしながら呟いた。


 太く尖り始めた牙をアルはギリッと食い縛り、ガキッガキッと『八針封刻紋』を閉めていく。


「グギ、ギ、ギ、ぐッううぅぅ~~~……っ!!」


 そしてガクリと頽れた。膝が落ちても左掌の”鍵”を回し続けている。


「「アルっ!」」


「アルさん!」


 青白い銀髪が墨をぶちまけられたように暗い色合いへ段々と変わっていく。それに伴い溢れ出ていた龍気もその背に吸い込まれていった。


 やがて人間組の見慣れた黎い髪色になって変化が止まる。


「大丈夫か?」


「……はぁっ、はぁ、はぁ……大丈夫、大丈夫。上手くいった」


 そのままへにゃりと座り込んだアルが肩で息をしながら顔を上げ、左眼を向ける。


 赤褐色の瞳――最後まで封じ直せた証だ。


「だ、大丈夫なんですか!?」


 ラウラは驚愕を隠せない。あんなに苦痛を伴うものだとは知りもしなかった。


「うん。二年振りくらいだったけど……あぁ保険かけとこう。蛟、悪いんだけどこっちに」


「キュウ?」


 アルが頼むと蛟が素直に顔を寄せて来た。金の瞳は心配そうにしている。


「大丈夫だよ、ありがと。傷の手当てをするからね」


 アルは軽く笑い掛けて右手の五指に『治癒術』の光を灯し、そのまま傷付いた水竜の鱗を撫でながら魔力を大量――体感で7割ほどを一挙に流し込んだ。


「キュ!? キュウキュウ!」


 驚いた蛟の痛々しい傷からシュウウウ……ッと煙が上がっていく。


 アルの内包していた大量の魔力と長い時を生きる蛟の魔力が反応して急速に傷が塞がっているのだ。


「おおっ! ヌシ様の傷が!」


「治っていくぞ!」


 住民らはその光景に目を丸くする。見る見る内に薄っすらとした白っぽい鱗まで生え、そこで目に見える変化は止まった。


 きっとこれからまた長い時間をかけて透き通るような水色になっていくのだろう。


 アルの言った”保険”とは闘気を使ってもすぐに魔力が尽き、かといって魔力切れを起こすような危機的状態でもない残存魔力量に調整することであった。


「これでよし……あぁ、やっぱもうしんどいや。おやすみ」


 だがもう体力が底を尽いたのか、蛟の鼻先を撫でると鎌首に(もた)れ掛かって寝息を立て始める。


 暴れる200歳超えの魔物を鎮めるのは相当に骨が折れたようだ。十叉大水蛇は彼を支えるようにジッとしている。


「お疲れさん。さすがにキツかったみてえだな。どっか運んでやらねえと、このままじゃ風邪ひいちまうぜ」


 マルクがフッと笑って【人狼化】をゆらりと解く。


「あたしが運んであげるわ」


 凛華は「ありがとね」と蛟をひと撫でしてアルを背負った。完全に脱力している彼は想像以上に重い。そう思っていると龍鱗布が動いて持ち主にしゅるりと巻き付く。


「それも大概魔導具みたいなもんだよな」


「確かにね。ってか腕縛られてたから治療も全部は終わってないよ。どっか折れてるわけじゃなさそうだったけど」


 エーラはアルの負傷の方が気になっているらしい。生命に関わるものはないだろうが、それでも強烈な打撲や外傷によっては熱を出したりすることもある。


「背嚢は無事らしいですし、天幕を持ってきましょうか?」


 ラウラが耳長娘の意を汲んで訊ねた。さすがに広場(ここ)に張るのは迷惑になるだろうが近場なら許可も出るはずだ。


「それなら私も行こう。そうだ、乗ってきた幌馬車の荷台に張るのはどうだろうか?あそこなら地面と遠いし、寒さも多少はマシかもしれん」


 我ながら良い考えだ、とソーニャが提案する。


「俺らもその予定だ。空の荷台だし、連中も見向きもしてねーだろうから無事なはずだしな。幌をピッチリ閉じて、入口と底に天幕で()すりゃ案外暖かいもんなんだぜ?」


 依頼で野営の経験が豊富なレーゲンがその提案を保証した。


「じゃ、それで決まりだな」


「大きいの借りてきて良かったね~。ボクらもレーゲンさん達も余裕で入るよ」


「はは、だな。あ、でもあれだわ。エーラ嬢ちゃんには先に言っとかねーと」


「うん、なに?」


「ヨハンのやつな、イビキがうるせえんだ」


「ええ~、うるさいのはヤだなぁ」


「あんた寝てたら全然起きないじゃないの」


「起きるもん! 凛華こそ寝起きいっつも不機嫌じゃん!」


「低血圧なだけよ」


 武芸者達がそんな気負いのない会話を交わす。




 こうして『黒鉄の旋風』と”鬼火”の一党は忙しい一日をようやく乗り越えたのだった。

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