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【祝16.3万PV❗️】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
<武芸者篇>3章  叛逆騎士と水竜篇

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5話 湖上の血戦! 真紅に染まるアルクス

今章のクライマックスに当たるお話になります。

 深夜の不忍大沼(しのばずのおおぬま)。


 冰に覆われた湖面は月の鈍い光を薄っすらと照り返し、白い大地には血の華が幾つも乱れ咲いている。


「気が合うねぇ、あんちゃん。戦い方がこうまで似てるとは思わなかったよ」


 無精髭を生やした黒髪の男――”叛逆騎士”ハインリヒ・エッカートは心底愉快そうに嗤った。


「嬉しくねえ、なッ!」


 『黒鉄の旋風』頭目レーゲンがその言葉を一蹴して斬り掛かる。直後、大鎌刀と直剣が火花を散らした。

 

 鍔迫り合いとなった3等武芸者と”叛逆騎士”が至近距離で睨み合う。両者の表情は対照的だ。片や歯を食い縛り、片や愉悦に唇の端を吊り上げている。


「う、おらァ!」


 レーゲンが体重を乗せて押し込んだ――が、ハインリヒはその力を利用して身軽にタタンっと後退(バックステップ)。


「『火炎槍』!」


 そこへ、両者の距離が開いたと見て取った『黒鉄の旋風』副頭目ハンナが魔術を叩き込む。


「おおっとォ! 危ない姉ちゃんだ」


 ハインリヒはケラケラ嗤いながら更にひらりと後ろへ跳んで躱した。


「く、アイツ……!」


 女性3等剣士は臍を噛む。


 ”叛逆騎士”は紛れもない強者だった。魔術や属性魔力は多用せず、微細な闘気の操作による身体能力の向上を利用した近接戦型(バトルスタイル)。


 殺(と)れると判断すれば剣にも闘気を流す一般的な騎士の剣術だが、長年で培われてきた経験によって敵の隙(・)を(・)作(・)る(・)こと、意表を突くことに特化した独特な拍子(リズム)の我流と化している。


 一方、先輩に師事してもらったり、同年代と稽古をしたり、武芸者に揉まれながら我流で鍛え上げたレーゲン。


 相手の挙動を観察し、すぐに引き戻せる軽い攻め手から一気に必殺の一撃を繰りだす戦闘型。


 強い相手ならわざと隙を晒して油断を誘い、弱い相手なら闘気を乗せた大鎌刀で一気呵成に防御ごと斬り裂く。


 不本意なことに、両者の戦型――その根幹思想は酷似していた。


 そして実力も拮抗している……といいたいところだが、ハインリヒとレーゲンでは、前者の方が一枚上手だ。何といっても殺してきた人数が違う。


 虚言で惑わし、視線で誘導し、嫌らしいところへ剣撃を放り込んでくる。


 スレスレで躱し、ギリギリで防ぐことが出来ているのはレーゲンも一流に足を掛け始めている武芸者だからだ。


 それでも擦過傷や浅い切り傷はどうしてもついてしまう。彼の足元には飛び散った血が紅蓮花の如く咲き乱れていた。


 ハンナはハンナで近接戦では勝てないと即座に判断して、意識を補佐へと切り替えていた。体格差や技量を今すぐどうにかしようというのは土台無理な話だ。


 レーゲンが斬り掛かれば先んじて『火炎槍』を置いて目眩ましを、大鎌刀の振り終わりには別角度から得意の『風切刃』や『水衝弾』を見舞っている。


 彼の手が4本、5本あるように錯覚させるほどの精緻な技術。長年共に戦ってきた2人だからこそ視線を交わさずとも取れる、曲芸のような連携。


 何と言っても最初に一党を組んだ相手だ。年季が違う。


 しかし、そこまでしてようやく互角。逆に言えば、それだけ手を尽くして初めて実力伯仲。


 ハインリヒはそんな彼らの連携に心中で舌を巻きながらも笑みを隠せない。湧いてくる高揚感が抑え切れない。


 ――愉快な愉快な殺し合いだ。


 人の持つ原始的な欲求に従い、衝動のままに戦う”叛逆騎士”は愉しくて堪らない。


「ひゃあはっはははははッ! あっちの坊主も血塗れの割にまだまだ元気そうじゃねぇか! あーはっはははッ! 寒い中こんな田舎まで来た甲斐があったってもんだァ! レーゲンもハンナちゃんもそう思うよなァ!?」


「気安く呼ぶんじゃないわよ! 『火炎槍』!」


 ハンナが激昂する。ハインリヒは飛んできた炎槍を闘気を纏わせた直剣で切り裂いた。


 そこへ回り込んできたレーゲンが大鎌刀ですくい上げるように斬り上げる。が、”叛逆騎士”は刃を器用に傾けて逸らし、身体が流れた彼の脇腹を蹴り飛ばす。


「ぐぅ……!?」


「きっはははははッ! ――おぉっと? んん~? いやぁ、あんちゃん達も粘るがあの坊主も粘るねえ。右眼も見えてねえってのに」


 その発言に、レーゲンとハンナは思わずそちらを向いた。


 アルクスは確か先程まで十叉大水蛇(とおまたのおおみずち)の超高圧水流(ブレス)を受けた広場にいて、さっきまた冰の大地へ駆け戻ってきたはずだ。


 そう思って視線を向けると、”灰髪”を揺らす後輩武芸者は右眼を閉じた状態で、蛟の水流や噛みつきを必死に躱している。


 その右頬は流れた血の涙でべっとりと赤黒く汚れていた。


 よくよく見れば身体中、血で真っ赤に染まり、服もズタズタだ。


 ――あんな状態で蛟を止めるなんて……!


「アルクス!?」


 ハンナが悲鳴のような声を上げる。


 ハインリヒはその隙を逃さない。ニイィッと嗤って素早く間合いを詰めると、直剣を振りかぶった。


「『風切刃』!!」


 そこへレーゲンの紡いだ魔術が撃ち放たれる。


「おおっとっとォ!?」


 驚いたハインリヒは機敏な動作で飛び退ったものの、一陣の閃風は黒塗り鎧の肩口を浅く斬り裂いていた。


「……あんちゃんも人が悪いねぇ。まさか魔術が使えるのを今の今まで隠してるたァ、おじさん思わなかったよ」


「てめえと違って――真面目なんでな!」


 吼えたレーゲンが今度は風属性魔力をパッと放ち、振りかぶった大鎌刀を振り抜く。


「おっとォ!?」


 ハインリヒは肩を弾かれつつも剣を掲げて何とか防いだ。が、さすがにたたらを踏む。


「『火炎槍』ッ!」


 そこへハッとしたハンナもすぐさま魔術を放った。


「ぅおっ!? あっちちちっ! ぷひゃあ~~っ、驚いた驚いた」


 初めてのまともな直撃だが、芯を捉えていなかったらしい。”叛逆騎士”が炎をあげて熔ける左の籠手をさっさと外して捨てる。


「いやぁ焦ったねぇ。って、焦ってんのはそっちだったかな? 早く俺を殺さないと坊主が死ぬぜぇ? ぶははははッ!」


「殺してやるから動くんじゃねぇよ、クソ野郎……!」


「このド外道……! 潰してやるわ」


 焦燥と憤怒を浮かべた2人が再度構え直し、ハインリヒがヘラヘラと嗤って直剣を向けた。


 ジリッとした殺気のぶつかり合いに焦れたハンナが術式を描こうと腕を動かす。


 丁度、その瞬間だった――彼らも、”叛逆騎士”率いる襲撃者すらも予期せぬ異変が起きたのは。



 ☆ ★ ☆



 蛟の元へと急いで戻ったアルクスは今のは失態だった、と心中で溢した。


 叩きつけられた鎌首のひとつを躱したら、もうひとつの首が超高圧水流(ブレス)を吐いてきて、咄嗟に転がって避けたら中央広場の方に流れてしまったのだ。


 だが、その失態のおかげで拾えたものもある。


 こちら側から落ち着かせようとしても一切言うことを聞こうとしない蛟への解決策。そんなものがあるなどと知らなかったから考えつきもしなかった。


 アルクスは既に血の流れている右眼を刮(かっ)と開く。ズキズキ痛むし、視界も赤い幕が掛かってしまっているが、まだ失明(エラー)は起きていない。


「あの首のどこかにあるはず……!」


 躊躇いなく『釈葉の魔眼』を発動させた。押し広げられた緋色の瞳に再び流星群が流れ始める。


 無茶なのは承知の上だが時間がないのだ。


 龍眼のおかげで蛟の攻撃はギリギリ躱せているものの、そろそろ身体の方がマズい。


 息も荒れ、外傷には湖水や冷気が染み込んできて動きにくくなってきていた。


(どこだ? どこに――)


 右眼をグルグルと四方へ走らせ、引っ張られていた鎌首に視線を這わせる。


「……っあ! あった!!」


 1本だけ緩慢な動作をしている鎌首――杭や銛が刺されていた首の鬣(たてがみ)に隠れて、鈍色に光る金属製の大きな輪が嵌まっていた。


 蛟の大きさに合わせてあるのか、帯のように太い。


「う……ぐッ!?」


 魔眼(め)を少し凝らした途端、鋭痛が走ってツツー……ッと涙が出てきた。おそらくまた血だ。金臭い。


 そしてすぐに視界の3分の1ほどが暗く覆われた。


 高度な構造と術式が刻まれた先程の手錠よりも尚、複雑な情報量に耐え切れず、右眼が一時的な失明(エラー)を起こしたのだ。


「……保った方だ、充分! 場所はわかった――けど!」


 アルクスは健常な視界を諦めながら、刃尾刀を抜く。


「あれに近付くには蛟に大人しくしてもらうしかない。堂々巡りだ、くそっ……!」


 跳び上がって足から蒼炎を噴き出して無理矢理に方向転換した。直後、直前までいた空間に蛟の首が叩きつけられる。


「蛟! 大人しくしてくれ! 戦いに来たわけじゃないんだ!」



 キュアアアアァァァァ――――ッ!



「く、あっぶな!」


 吐き出された水の収束砲(ビーム)を思い切り身体を捻って避ける。このままではこっちの体力が先に尽きてしまう。


 どうにか鎮めるしかないが、戦っても勝てる光景(ヴィジョン)が見えない。


(どうする!?)


 アルクスは脳が沸騰するほどに思考を巡らしながら駆け回り、蛟の攻勢を何とかやり過ごす。


「せめて……! 凛華がいてくれれば」


 乱暴だが凍らせるという手段も取れたろうに。その凛華に龍鱗布を渡して送り出したのは他ならぬアルクス自身だ。


 ――選択を間違った(ミスった)か?


 そこまで考えたところで、はたと思考が止まる。


(……龍鱗布?)


「待てよ――いや、イチかバチかやってみるか?」


 当たり前過ぎて忘れていた。自分だって龍人族の血を引いている。


 蛟が広義の龍であると仮定できるのならば、己の意思表示にも反応してくれるかもしれない。


 現に昼間はアルクスに妙に鼻先を擦りつけていた。


 その時は龍鱗布があるからだろうくらいにしか考えていなかったが、それは蛟が龍の血を持っているという裏付けにだってなるのではないか?


 今の蛟には強烈な何かをぶつけるでもしなければ、大人しく聞いてくれそうもない


 魔術や魔力は微妙だ。余計に怒らせて暴れさせる気がするし、帝国の興る前からいたというのならこちらの魔力なんて然して脅威にもならないだろう。


(だとすれば必要なのは――)


「龍気……!」


 かつて封印した己の一部。これに懸けるしかなかった。


「一瞬なら大丈夫のはず。一瞬だ。大丈夫。すぐに閉じれば問題ない」


 アルクスは念仏のように己へ言い聞かせる。また自我もなく暴れてしまうのではないかと恐ろしくて堪らない。


「けど――これしかない。なら……やるしかない!」


 左手に焼き付いている『鍵』を刹那眺め、吼えると同時に心臓の上に添えて勢い良く回す。



 カチカチカチカチ……ッ!



 8までしかない時計の長針が一回転し、0時を示した。



 ☆ ★ ☆



 マルクガルムはぷうっと一息吐いた。


 ――だいぶ片付いた。


 心中で呟く。十数匹の餓狼と何人もの黒塗りの騎士共を屠り、何人もの住民達を救けた。


「そういや……」


 そこで思考の片隅に引っ掛かっていたことを思い出す。助けた若い女性の弟のことだ。まだそれらしき少年は見つかっていない。


(もう広場にいるのか、それとも……)


 そこまで考えたときだった。


 ドォォォォォ――――ッ!


 と、幻聴が聞こえるほどの強大な圧力を感じ取った。


「っ!? これは……龍気か!? アル!」


 懐かしい龍人族の、アルクス本来の闘気。最後に龍気を発動させたあの頃よりもずっと強い感覚をビリビリ感じる。


 だがあれは『八針封刻紋』を最後まで――つまり封印を完全に解いた状態でないと発動できない。


(ってことは……)


「解いたのか!? 待ってろよ!」


 マルクガルムは慌てて駆け出した。道中の襲撃者を斬り裂くのだけは忘れない。


 しかし、その間も本能は急げと警鐘を鳴らし続けていた。



 ☆ ★ ☆



 襲撃者の一団を屠った凛華は大した怪我も負っていなかった。無論、細かい傷や煤はついているが怪我らしい怪我はないと言える。


 黒い鎧の連中は大剣を携えて駆ける彼女へ魔術や属性魔力を叩き込んできたが、纏っていた龍鱗布が軒並み弾いてくれた。


 特に冰を使う凛華(魔族)だということで炎術系統の魔力弾を多用してきたが、炎龍人の鱗へ炎をぶつけるなぞ烏滸がましいにも程がある。そう言わんばかりの防ぎっぷりだった。


 そして彼女自身も剣撃に当たり行くようなしょっぱい遣い手ではない。


 そんな”冰剣”たった1人の手によって既に20名近くもの黒塗りの騎士が斬り捨てられていた。


 凛華が尾重剣を背に戻していると、すぐ近くの家の屋根からトン、と軽い着地音がした。そちらを見やり、仲間の少女の姿を認めて労いの言葉を掛ける。


「おつかれさまエーラ。どんな感じ?」


 跳び移ってきたのはシルフィエーラだった。


「そっちもおつかれ。だいぶ減ったと思うよ。村の人達もほとんど助けられたと思う」


 冬場だというのに相当駆け回っていたのだろう。少々額に汗を掻いているが、それは凛華とて同じことだ。


「こっちも似たような手応えよ」


「どうする?」


 これからの行動について、シルフィエーラは相談してみる。アルクスが出す指示は基本的に方針だ。臨機応変、各自の判断にかなり任せている。


「うーん、そうね。一度広場に戻りましょ」


「そうだね。蛟はまだ落ち着いてないみたいだし」


 2人の意見が一致を見せた。凛華が上空の夜天翡翠へ呼び掛けて――


「ひすーい、ひとまず――なっ!? これって……!」


 ビクリと立ち竦む。


「凛華っ! これ!」 


 シルフィエーラも同じように肩を跳ね上げた。


 気圧されるほどの禍々しさと熱気のようなものが綯い交ぜになった激しい闘気。2年ほど前とは段違いに強烈だが、この感覚はよく知っている。


「ええ、アルの龍気よ!」


「なんで!? 『封刻紋』解かなきゃ使えないのに!」


 そのとき、凛華の纏っていた龍鱗布がゆらりと逆立つように波打った。


「「……」」


 龍気に反応している。もう間違いないだろう。


「……解いたのね」


「……だと思う」


 凛華とシルフィエーラは視線を交わして頷いた。


「カアーッ! カアカァッ!」


 強烈な波動に三ツ足鴉もバサバサと降りてくる。


「大沼に行くわよ! もう、アルの馬鹿! 無茶すんなって言ったでしょ!?」


「うん、急ご! 早く止めてお説教だよ!」


 鬼娘と耳長娘はひと頻りアルクスへ怒りの声を上げて、すぐさま駆け出した。夜天翡翠がその上空を低く飛翔する。



 ☆ ★ ☆



 ラウラは『黒鉄の旋風』に所属する森人剣士ケリアの腕に嵌まっている手錠のようなものへ蒼い炎を局所的に噴出させて押し当てた。極小に効果範囲を絞った『火炎槍』――否、『蒼炎刃』だ。


 その背後では住民の防衛に回った双子の剣士ヨハンと槍士エマ、ソーニャ、そして復帰した森人弓士プリムラが戦っているが、最早気にする余裕などない。


(もう、少しっ!)


 ジジジッと火花を散らせ、ジュッという音と共にアルクスから指示された刻印鍵語を熔かしきった。


「できました!」


「お、おおっ、魔法が戻った! 感謝するぞ、ラウラ嬢!」


 ケリアが再び葉状剣を抜き放ち、防衛線へ疾風の如く駆け戻る。


 そちらでは黒塗りの騎士共はめっきりその数を減らし、「すべて出せ!」とばかりに統率も取れておらぬ餓狼の群れが凶暴な波となって蠢いていた。


 ――ここが正念場!


「「お、来たぁっ!」」


「おかえり!」


「ああ! 行くぞ!」


 ケリアの復活に仲間達が快哉の声を上げる。そんな時だった。



 ゴオォォォォォォォォォォォォ……ッッ!!



 彼らの間を強烈な波動が突き抜けた。


「ッ!? 今のは何だ!?」


 ケリアが金の短髪を逆立たせて警戒し、


「闘気!? でもこんな強烈なのって――」


 プリムラが尖り耳を忙しなく動かす。


「うおぉぉ……! ビビったぁ!」


「な、なにこれ?」


 ヨハンとエマは盾の革帯をぎゅうっと握り締めて首を巡らせた。次いで、『黒鉄の旋風』の面々が揃って警戒する。


「これって……アル、さん?」


 しかし、ラウラだけは違った。感じたことのない闘気だが、なんとなく雰囲気に憶えがあった。


「まさか……本当にアル殿なのか?」


 ――信じられない。


 そんな顔でソーニャは萌黄色の瞳を見開く。


 確かに、言われてみればわからないこともない。微かに彼の雰囲気を感じる。だが、到底信じられなかった。


 この闘気は普段のアルクスから感じる空気ではない。ラウラ達が安心感を覚えるものでは決してない。


 暴風のような言い知れぬ何か――無理に喩えるなら魔獣に近い凶暴性が入り混じっていた。


 蛟を抑え込んでいるはずアルクスを探そうと、面々が咄嗟に不忍大沼を見る。


「あ……」


 ラウラの呟きで全員が彼女の視線を追った。


 そこには服を赤く血に染め、それとは対照的なまでに青白い銀髪を揺らすアルクスの姿があった。



 ☆ ★ ☆



 頬を冷や汗が伝う。


 ビキ……ッ!


 左眼の虹彩にヒビが入った気がした。いや、入っているのだろう。


(これが割れたら仕舞い。何もかもおじゃんになる)


 青白い銀髪に、強烈な眼光を宿す真紅の瞳。八針目まで(完全に)『封刻紋』を解いたアルクスは、すぐさま龍気を発しながら声を張り上げた。


「蛟ッ!! 俺は味方だ! 落ち着けええッッ!!」


 大音声と強烈な波動に蛟が初めてビクリと動きを止める。ビリビリと感じる龍気に同類のそれを感じ取ったらしい。


「キュウア――ッ!」


 巨大な金色(こんじき)の瞳(め)と真紅の龍眼(め)が合う。


「それを解いてやるから首をこっちに」


 ようやく通じたと悟ったアルクスは身振りを加えながら、傷ついた鎌首を指し示した。


「キュウ……?」


 蛟が恐る恐るといった具合に緩慢な動作で、鎌首を横たえる。太い帯状の手錠が、痛々しく血で濁る鱗と鬣(たてがみ)に隠れて嵌まっていた。


 ――これだ。


「痛くする気はないけど、吹き飛ばさないでくれよ」


 アルクスの言葉を理解しているのか、鎌首が頷いているかのように緩く動く。


「『炎気刃』!」


 久々に発動させた龍気を消費する『気刃の術』。以前より白っぽさの強い龍焔になっている気がするが今はどうでも良い。


「時間が惜しい」


 とアルクスは即座に帯のような金属製の縛めへ『炎気刃』の刃先をジュウウ……ッと突き立て、勢いよく掻っ斬る。


 次いで水竜を苦しめていた首輪がガラン、と音を立てて冰に落ちた。


 ビキ……ッ!


 嫌な音がする。蛟は首輪が取れて苦しくなくなったのか、金色の瞳をパチクリとさせた。


「キュウッ!」


 眼の前の小さな同類のおかげだと理解しているらしく、可愛らしく啼いてみせる。が、当のアルクスには余裕がない。


「蛟、離れて――」


 額に少なくない冷や汗を浮かべて、そんな指示を出している途中だった。


 ピイイイィィィィィィ――――ッ!


 笛のような音が湖面を響き渡る。


 直後に少し離れた位置にいるレーゲンとハンナへ、隠れていたと思わしき草むらから飛び出した黒塗りの騎士数名が襲い掛かった。


「なっ、伏兵!?」


 ハンナが眼を剥き、レーゲンが血塗れの後輩武芸者へ叫ぶ。


「コイツらぁ!! くそ、やべえ!! アルクス気をつけろ、ソイツは――!」


 だがその忠告が届き切る前に、


「坊主ぅ! 今のはいかんよなァ!? おじさん達、かなり苦労したんだぜぇ! ってことでもういっちょ追加だぁッ!」


 ”叛逆騎士”ハインリヒ・エッカートが元々持っていたのか、仲間に持ってこさせたのか、帯(ベルト)状の金属を投げつけた。狙いは起きたばかりの蛟の鎌首だ。


「ちいっ!」


 咄嗟にアルクスは水竜の首を守るように前へ飛び出す。そしてガチャンッと両(・)腕(・)ご(・)と(・)封じられてしまった。


 刃尾刀が龍焔を失いながら落ちていく。


「アルクス! くそォ!! どけえッ!!」


 レーゲンの必死な声を聴いたハインリヒは、ニタニタ嗤いながら直剣を振り上げた。


 仮令(たとえ)魔族でも、右眼も利かぬ子供など怖くない。


 そもそも今は封じられて人間の保有量を遥かに超える魔力も扱えない。宝の持ち腐れだ。甚振って殺すだけの時間がないのが心から残念。


 死体からこの『魔封輪(まふうりん)』を剥ぎ取らねば仕事に使えない。


「はははッ! 悪いな坊主ぅっ! そのまま――ブグオォォォォッ!?」


 喋っている途中でハインリヒがアルクスに蹴り飛ばされて冰を滑っていった。レーゲンとハンナが目を見開き、伏兵らも呆然として動きを止める。


「蛟、水中に逃げるんだ。そこなら連中も追ってこれない」


「キュッ! キュウ……?」


「大丈夫だよ。みんないるからね」


 アルクスは落ち着いて心配そうな素振りを見せる蛟を水中へと下がらせた。


「やるなァ坊主! おじさん驚いたよ!」


 蹴り砕かれた鎧を脱ぎ捨てた”叛逆騎士”が、冰で削げた頬に薄ら嗤いを浮かべる。


 だがアルクスは両腕の『魔封輪』をじっと見つめたあと、この場の誰もが奇妙と捉える返答を口にした。


「想定外だったけど、感謝するよ」


 ハインリヒもその言葉の意味が分からず白けた顔をする。


「トチ狂ったのかねぇ。残念だ」


「正気も正気さ」


「魔力を封じられてかぁ?」


 ならば完全に強がりだ。ハインリヒが煽る。が、魔族の武芸者の返しは彼の予想とは違った。


「体外に放出できないってだけだ。体内では使える」


 あろうことか『魔封輪』の効果を知っているような素振りまで見せる。


「あン? やけに詳しいじゃねぇか」


「そりゃ視たからね。あんたよりは詳しいよ」


 銀髪の青年は割(・)れ(・)て(・)い(・)な(・)い(・)真紅の左眼を向けながら、生意気な口を叩いた。


「ほっほぉ~、なーるほど。面白い小僧じゃねぇか。そんでもって生意気だなァ。ま、いいかぁ……」


 ”叛逆騎士”はプラプラと夜空を見上げながら一度言葉を区切り、


「――どうせ、今から死ぬんだしィッ?」


 墨を塗りたくられた直剣を手に間合いを一気に詰める。お得意の油断を誘う拍子(リズム)だ。


 ところが、アルクスの反応は素早かった。両腕を縛られ、片眼だけの視界で左半身を前に出し、剣閃をあっさりと躱してのける。


「なん、だとッ!?」


 殺気を隠せていなければ、初動すら隠せていない。面と向かって凝視しているのに、気付けば目の前で剣を振りかぶっている八重蔵と比べれば実力も雲泥の差だ。


 何よりレーゲンとハンナとの戦闘で体力(スタミナ)を大きく削がれた鈍い動作など、龍眼には遅過ぎる。


「チ、イァッ!」


 躱された剣閃を囮(フェイント)に、ハインリヒが死角から直剣を横薙ぎに振るわんとする。


「はッ!」


 が、その前にアルクスの膝蹴りが鎧のない腹へ叩き込まれた。闘気の――否、龍気の籠もった一撃だ。


「ごふぅッ!? げほっ、ごほっ!」


 ハインリヒの眼が痛みに血走り、身体が”く”の字に折れる。3等武芸者2名と戦り合って疲弊し、大振りになったところを狙い打たれたのだ。


「でぇりゃあッ!」

 

 直後、アルクスが冰上に着いた手を支えに足払いを繰り出す。


「グ――ごぉぉぉッ!?」


 スレスレで反応し、飛び退ろうとした”叛逆騎士”だったがフラつき、両足をスパンッと薙ぎ払われ――身体が浮く。


「だあッ!」


 そこへ立ち上がりざまにアルクスが左足で蹴りを見舞った。が、そこは悪名高い”叛逆騎士”。


「こ、のォ! クソ坊主ぅ!」


 ギリギリで右腕の籠手を掲げ、自ら吹き飛ばされて難を逃れる。


「アルさんっ!!」


 と、そこへ少女の声が響いた。


 アルクスは真紅の瞳をチラリと声の主――朱髪を揺らすラウラへ向ける。そして起き上がってくるハインリヒへ戻した。


 ”叛逆騎士”はいまだ健在。重傷は負っていないようだ。今はバテバテだが相応に実力者なのだろう。


 先程から骨を折ってやるつもりで龍気を籠めた蹴りを見舞っているが、芯から外れている。いや、”叛逆騎士”が外しているのだ。


(やっぱりマルクみたいにはいかないか……決定打にかける)


 そこまで思考したアルクスはハインリヒから視線を外し、仲間の少女へと向けた。


 ――頼めるか?


 体感でたっぷり丸1秒以上、真紅の瞳と見つめ合わっていたラウラは、彼が何を期待しているのかを刹那考え……――そう間も置かずにハッと理解した。


 すぐさま頬をパンパンっと張り、決意を漲らせて強い琥珀色の視線を返す。


 ――やります!


 するとアルクスも軽く顎を引いた。


 ――頼む。


 そう言われた気がして、直ちにラウラは背後へ呼び掛ける。


「すいません! 少しの間、ここから離れます!」


「ラウラ!?」


「ソーニャあとお願い!」


 慌てる義妹へ言い置いて、湖の淵へと走り降りた。


 あまり近寄ると彼の邪魔をしてしまう。己ではあの男とまだ対等に戦えない。それはわかり切っていた。


 今も黒塗りの騎士鎧を脱ぎ捨てた男が何度も斬り掛かっているが、アルクスはひらりと躱し続けている。


 反撃する気がないのか、警戒されていて隙がないのかは不明だが、手は出していない。


「今の私ができることを……!」


 ラウラは決然とした顔で杖剣を握り締め、術式を描き始める。


 ――望むのは強い炎。絶望を打ち祓い、煌々と照らす希望の光。


 だが彼女にとっての希望の象徴(ほのお)とは決して神(・)聖(・)な(・)そ(・)れ(・)で(・)は(・)な(・)い(・)。


 彼女が強く望むのは容赦の一欠片(ひとかけら)も無く敵を灼き滅ぼし、幽世(かくりよ)へと引きずり込む龍の炎――即ち”鬼火”。


 だからこそ、女神になど祈らない。


「いきます――!」


 アルクスが昂った彼女の魔力を感知してフッと笑う、と同時に渾身の膝蹴りをハインリヒの拳へ叩きつけ、位置をくるりと入れ替えた。


 ”叛逆騎士”の無防備な背中が丸見えになる。


(好機……!!)


 二つ名の所以となった朱髪が渦巻く魔力で炎のように揺らめく。


 直後、ラウラは魂で吼えた。


「『鋲螺(びょうら)ノ蒼火撃(そうかげき)』ッ!!」


 次の瞬間、巻貝のような鋭い螺旋形の蒼い拳大の弾丸が杖剣の先に形成され、爆音と共に一直線に飛翔。


 放った衝撃でラウラの身体が後退る。


 轟――ッ!!


 魔力の高まりと爆発音に気付いて躱そうとしたハインリヒだったが、間に合わず右腕を肩口から引き千切られたように吹き飛ばされた。


「なん――ぐ、ぅおぉぉぉぉぉおおッ!?」


 弾速が捷過ぎたのだ。


 杖剣にありったけの魔力を込められて生成された蒼炎の弾丸は解き放たれると同時に底面で爆発を起こし、急加速する。


 要は銃弾と同じ原理で進むのだ。この距離であれば撃発と弾着にコンマ数秒の差もない。


 これこそがアルクスに忠告を貰いながら視てもらい、何日も掛けてラウラがほぼ全て改造した『火炎槍』だ。


 名付けは創った人がやるものだと言われ、更に何日か要しながら考えた独自魔術『蒼火撃』。


 そして『鋲螺』とは『蒼火撃』の中で最も弾速――つまり衝撃力に特化した派生魔術。


 ただの属性魔力ならハインリヒとて躱せていたのだろうが、反応した時には『鋲螺』が通過した後。


 右腕は肩口から消し飛ばされ、剣も大沼に消えた。落ちた右肘から先が白冰の上に落ちている。


「うぎぃぃぁぁぁ――ッ!?」


 肩が灼け、気が狂いそうな激痛に脂汗を流す”叛逆騎士”へ、アルクスは静かに告げた。


「あんたらの負けだ。もう諦めろ」


 最後の通告。頭をバッと上げたハインリヒは、かっ開いた眼を血走らせて無理矢理に唇の端を吊り上げてみせる。昏くネバついた嗤いだ。


「馬鹿なこと、言っちゃあいけないなァ坊主ぅ……ッ!」


 ”叛逆騎士”が左腰に差していた短剣を引き抜く。刀身は波打ったような形状をしていた。


 ――確か、血が止まらなくなる形状だったか。


 この男らしい武器を隠し持っていたらしい。


「置き土産くらい、残せるんだよォッ!」


 直後、ハインリヒが得物を腰だめに構えて突撃。生意気な銀髪の青年へ向け、体重を乗せた短剣を突き出す。


 だが、真紅の龍眼は凪いだように静かだった。そして微動だにせず、ひと言。


「無理だ、諦めろ」


 その瞬間、波打つ短剣が閃光に呑まれ、”叛逆騎士”の左半身が冰で覆われる。


「いい加減に――!!」


「倒れろってんだクソ野郎ォッ!!」


 そこへ、一目散に駆けてきたハンナが闘気を纏わせた幅広直剣(バックソード)でその左肘から先をズ……ッと冰ごと斬り捨て、レーゲンの大鎌刀が膝から下をザン……ッと断ち斬った。


「あッぎいゃああああぁぁッ!?」


 耳を劈く悲鳴が上がり、湖面へ響き渡る。しかし――。


「うるっせえぞ」


 そこへ飛んできた人狼がハインリヒの顎を蹴り砕いて「あグ……ッ」と沈黙させる。一応加減はしたようだが、顎が変な方向にズレていた。


「ふぅ~~、助かったよ。レーゲンさん達もありがとうございます」


 アルクスはホッと息をつきながら礼を言う。もう体力が限界に近い。幼馴染3人の魔力を近くに感じた時は本当に安堵したものだ。


「アル、あんた大丈夫なの!? 怪我も酷いじゃない!」


「血塗れになってるよ……眼も、大丈夫なの?」


「『封刻紋』は? 解いたんだろ? 暴走は?」


「アルさん! 無事ですか!?」


 3人が詰め寄ったところへ、ラウラも走り込んでくる。


「うん、おかげさまでね。さっきは助かったよ、ラウラ。ありがと」


 アルクスは真紅の左眼を向けながら彼女にも礼を述べた。即興だったにも関わらず、しっかり息を合わせてくれた。


 頼もしくなってきたなぁ、と彼女へ穏やかに笑い掛けると、


「あっ、えと、その、はい! あ、じゃなくて怪我、ですよね!? 大丈夫ですか?」


 赤面して捲し立ててくる。ラウラは彼に因んだ魔術名を叫んだことと、その真紅の瞳に見据えらえてドキッとしてしまったのだ。


 トクトクと高鳴る心音がうるさい。凛華やシルフィエーラが「本当の色が云々」とブツクサ言っていた理由も理解できてしまった。彼にはこの色が一番似合う。


(こりゃうるさくてかなわねーや)


 とマルクガルムが苦笑しながら人狼態を解除する。


 狼の耳は人間のそれより音もよく拾ってしまう。乙女と化したラウラの心音を聴いてしまって何だか申し訳ない気分だ。


「あ~、まぁボクも気持ちはわかるよ」


 頬を紅く染めた仲間の様子にシルフィエーラが楽しそうにクスクス笑う。


「そうね。その姿は久しぶりじゃない。とりあえず手当てしながら聞いてあげるから、広場の方へ戻るわよ。ほら、手ぇ引っ張ってあげるから」


 凛華も久しぶりに見た銀髪と真紅の瞳に興奮しているのか、うきうきした様子で甲斐甲斐しくアルクスの世話を焼く。


「いいよ、子供じゃないんだし」


「わがまま言っちゃダメだよ。フラフラしてるのバレバレだからね?」


 とシルフィエーラも眉をくいっと吊り上げて追随した。


「レーゲンさん達も手当しなきゃいけねえな」


 刀傷をつけ、脱力している先輩武芸者をマルクガルムが見上げると、


「おう、助かるぜ。正直しんどくてな」


 動くのもやっとこさだぜ、とレーゲンも応える。


「私はそこまでだから後でいいわ。蛟に吹っ飛ばされてたアルクスと前で戦ってくれてたレーゲンを先にお願い」


 その傍らで彼の背に手を軽く回したハンナがテキパキと指示を出し、


「あっ! あ、えと、はい! 私先に行ってきます!」


 住民の防衛を彼らに任せっぱなしにしていたのを思い出したラウラは慌てて走り出した。この寒さも紅潮していた頬を冷ますには丁度良い。




 それから数分もせぬ内――傷口を凍らされたハインリヒを引き摺って6人が広場へ戻ると、平静を取り戻しつつある住民達、ギリギリ警戒を解いていないラウラ、ソーニャ、ケリア、プリムラ、ヨハン、エマの6名が揃って出迎えてくれた。


 その場で”叛逆騎士”がぐるぐる巻きにされ始める。


 訊けば、ラウラが大沼の方へ降りてからはもう餓狼の群れしか来ていないそうだ。


「乗り切った、でいいのか?」


 レーゲンが自信なさげに呟くと、上空から三ツ足鴉が飛来した。


「カアーッ!」


「あっ、翡翠! どう? 敵がまだいるなら案内して!」


「クァ? カアカァッ!」


 シルフィエーラが問うてみれば夜天翡翠は「うん? もういなーい」と言いたげに啼く。そのままアルクスの左肩へ留まろうとして凛華に止められた。


 さすがにフラついているところへ大型の三ツ足鴉が乗るのは危なかろう。


「いない、みたいですね」


「ああ。みたいだな」


 ようやくだ、と気を抜いたアルクスとレーゲンの会話を住民らは真剣な表情でジッと聞き――……たっぷり数拍置いてから大歓声を上げた。


 こうして”叛逆騎士”とその一味による、十叉大水蛇を狙った謀略は潰えたのである。

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