1話 二つ名と合同依頼(虹耀暦1286年12月:アルクス14歳)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
アルクス達6名が武芸者としての活動を再開して1週間ほどが過ぎた。
もうすぐ年末、ということで〈ウィルデリッタルト〉は慌ただしい雰囲気に包まれている。
そんな早朝の現在、アルは武芸者協会〈ウィルデリッタルト〉支部の建物内にて依頼掲示板を眺めていた。
左肩にはつい先日、長旅から返信を携えて戻ってきた三ツ足鴉――夜天翡翠が特注の革鞄を背負って留まっている。
この一週間で仕事の勘も取り戻したし、またその際にラウラとソーニャの成長も感じることができた。少し前とは明らかに違う。
ひと皮剥けた、と云う表現が正しいだろうか?
無論ひたむきに訓練を熟し、その都度『治癒術』を掛けてもらうことで戦う為の体つきが出来上がってきていることも一因だが、やはり200体を超える魔獣との戦闘や、犯罪者との死闘を経たことが最も大きな要因だろう。
その2人を含めた他の仲間達は現在、食堂で温かい飲み物を頼んでいるところである。ただでさえ身体を動かしにくい冬場だ。内側も外側も温めて臨まなければ予期しない怪我をしてしまう。
特に周囲を森林に囲まれた隠れ里とは一味違う寒さを持っている帝国の冬だ。アル達も初めてと云うことで、ソーニャの療養中にきちんと準備しておいた。
具体的に云えば、防寒具や防水革製の靴なんかの購入と馴らしである。
というのも凛華とシルフィエーラはそんなこともなかったのだが、マルクガルムは人狼に変化するということもあってサンダルのような履き物だったし、アルはアルで踵と靴底さえ丈夫なら何でもいいとばかりに適当に見繕ったものを履いていた。
そういった経緯もあって「この際、多少出費が嵩んでもしっかりしたものを買おう」という話になり――マルクは指先こそ出ているものの足首まで覆われた革の履き物を、アルは足先と踵部を丈夫に固めてある地下足袋を今は履いている。
親指と他の指が独立しているのがアルのお気に入り部分だ。
(あんま良いのないや)
張り出されている依頼書を前に冬の装いをしたアルがうんうん悩んでいると、背後から声が掛かった。聞いたことのある男性の声だ。
「よぉ”灰髪”。依頼か?」
アルはその呼び掛けをあえて無視する。すると男が正面に回り込んで来た。
「悪かったって。機嫌直せよアルクス」
『黒鉄の旋風』頭目レーゲンだ。こちらも少々厚着で大刀を担いでいる。そんな先輩武芸者へ、アルはジトッとした眼を向けた。
「レーゲンさん、どこで知ったんです?」
「もうすっかり広まってんぞ」
「…………」
「そんなに嫌かぁ? ”二つ名”なんて名誉だろ? 俺らなんて地味な依頼ばっか重ねてっから未だにそんなもんないんだぜ?」
「それが原因で絡まれなかったら、俺もそう思えたんでしょうけどね」
”二つ名”とは誰かが呼び始めたことで定着していく、強い武芸者や優秀な兵士・騎士につく渾名のことだ。
国軍の憲兵とは別に領軍の兵士達も持ち回りで都市内を巡っている。その彼らが主の娘を救い出し、自分達と共に戦ってくれた勇敢な武芸者としてアル達のことを触れ回った結果がこれだ。
イリスが貴族令嬢として瑕疵になる被害を一切被らなかった、と云う事実を喧伝する意味もあるのだが、些か広まり過ぎてしまったようで、現在一般人にはそれほどでもないがこの都市の武芸者達にはほぼ周知されていた。
なにせ率先してその呼び名を使うのが栄えあるシルト領の軍人達なのだ。結果は推して知るべしである。
当初はアル達も根無し草の自分達には二つ名が出来たのは喜んで良いことなのかもしれないと思ったが、簡単な依頼の報告をしに戻ってきたら、いきなり八等級だか七等級だかの筋骨隆々な武芸者に絡まれた。
曰く、「まだガキんちょのお前らが二つ名を貰っているなど有り得ない。支部の上役に取り入ったのだろう」とか何とか。
呼んでいるのは兵士だと返せば、今度は「領主に取り入ったのだ」と難癖をつけられ、おまけに自分と勝負しろとまで言われて粘着された。
面倒だったので適当にいなそうかと思ったが、逃げたと余計面倒な噂を流されるのも嫌だなと思ったアルが、不満げな視線を向けてきた連中全員へ「纏めて相手してやるよ」と挑発。
相手の実力も読めず、素人に毛が生えた程度の武芸者達は、当然の如くこれに激昂。支部の訓練場でアル達6人を取り囲んだ。
そこで今後こんな阿呆な連中に絡まれぬようにする為の演技として、『八針封刻紋』を解いた”灰髪”のアルが素手で武芸者達をボコボコにし始め、頭目の考えを察した仲間達も同様に武器に手を掛けずに戦闘――――もとい蹂躙。
尤もラウラは杖剣なしで魔術を撃ち、ソーニャも剣を抜かず盾で殴りつけることにしたらしいが。
体重の軽い凛華やエーラにぞんざいに吹き飛ばされ、アルとマルクにしこたま殴られ、ラウラとソーニャに加減された魔術を撃ち込まれた彼らは当然抵抗も出来ずに敗北した。
最後にアルが圧縮した掌大の蒼炎を地面に叩きつけ、心底から怯えさせてこの騒動は終焉を迎える。
轟音と衝撃で建物が揺れ、有象無象の武芸者らは手加減されていても勝てぬという事実を受け入れることになった――というより本能に叩き込まれた。
更にマルクもそのとき初めて【人狼化】したのだが、やはりそれも彼らの心を折る一因だったらしい。
翌日から嫉妬の視線は消え失せたものの、今度は代わりに力試しだのなんだのとよくわからない絡まれ方をするようになったのだ。
不貞腐れるアルをレーゲンが諭す。
「そんなもんだって先輩の武芸者も言ってたぜ。大体全員に二つ名ができるような真似しちまったのが原因だろ?」
アルが、とかではない。6人共にそういった呼び名ができてしまったのだ。
「それこそ、俺達のせいじゃないですよ。馬鹿な貴族と阿呆な犯罪者がいたのが悪いんです」
魔獣の侵攻を阻止したそれぞれの二つ名。
周囲を凍てつかせながら舞うように魔獣を斬り裂いていた凛華が”冰剣”もしくは”雪獄の舞姫”。
防衛戦の真上から魔獣を灼く閃光を放っていたエーラが”天弓”もしくは”煌夜の精霊”。
同じく魔獣の群れへ特徴的な朱髪を揺らしてドカドカと魔術を撃ちまくっていたラウラが”炎髪の乙女”。
イリスの誘拐に逸早く気付き、たった一人で奮闘したソーニャが”姫騎士”。
そして窮地に陥った彼女らを単騎で救出、更には下手人まで捕らえてみせたマルクが”狼騎士”と、誘拐事件に関わった2人は揃って騎士の異名をとっていた。
5人は少々照れ臭そうにしながらも案外それらの二つ名が気に入っていたりする。
翻ってアルだ。
彼についた二つ名は最も多いもので”鬼火”、そして”灰髪”。次点で”幽炎”である。
敵への苛烈さや一切の護りを捨てた超攻撃的な魔獣駆除が兵士達にはほんの少しだけ恐ろしく見えたのだ。
他には”鏖の灰”や”焦血刀”など、半ば悪口みたいな呼ばれ方まである。
こちらは主犯のイーファ・ミトライトの右手を完全に炭化させたり、斬り裂かれた魔獣の断面が真っ黒に焦げて出血すらしていなかったり、と自業自得な部分もないこともない。
が、「みんなのと違ってなんか血腥過ぎない?」と思うアルはあまり気に入っていないのだ。
そういった理由から、ここ最近は”鬼火”の一党や”灰髪”の一党という呼ばれ方が増えてきている。
完全に見る側が変な偏見を掛けているだけなのだが、夜天翡翠を肩に乗せたアルには尚更そういった得体の知れなさを感じるようで、ハッキリ言って恐がられていた。
幸い実績やデカい功績もあるので悪い武芸者だとは思われていない。が、絡んできた連中を公開処刑にするくらいの容赦のなさは知れ渡ってしまった。
(この話はやめとくかね)
大人なレーゲンが話を本題へ戻す。
「そういうことにしとくさ。で、依頼は決まったのか?」
「いえ、それが微妙なのしかなくて」
年末は忙しくなるが、天候のせいで移動自体が何かと制限される。
特に12月下旬に入って降り始めた雪のおかげなのか、せいなのか、魔獣討伐関連の依頼は数を減らすイ方だ。
「だったら俺らと合同依頼を請けねえか?」
「合同依頼?」
困り顔をしていたアルは、レーゲンの提案にきょとんとした。支部ではあまり聞いたことのない響きだ。
「そっ、最低の規定人数に達してないってことで請けられなくてよ。かと言って知らん一党と組んでもこっちが気ィ使っちまったり、相手に気ィ使わせたりしちまってやりにくいだろ? そこで名の売れ出したお前らを思いついたのさ」
「依頼って一緒に請けられたんですか? あ、そういやラウラとソーニャの護衛、一緒に請けましたね」
なるほどと手を打つアルにレーゲンは首を横に振る。
「いや、ありゃ支部長がいたから臨時で組ませてもらえたんだ。事情が事情だったからな。本来は二等級差までしか組んで請けられねえって決まりがあんのよ」
100年以上前に作られた規則だ。非常にわかりやすく言えば、功績の水増しと実力詐欺を禁止する規則である。
「えーっと……レーゲンさん達が三等で、俺達がこないだ五等級に上がったから」
「おう、組んで行けるってこった」
「依頼内容はどんなのです?」
「これだ」
レーゲンはまだ残っていた依頼書を指差した。ちなみにこれが貼られたのは3日前である。
内容を簡潔に述べれば、魔獣の討伐及び巣穴があればそこの破壊だ。ただし、協会側の指定で最低人員が六等級以上で10名以上となっている。
「これって、なんでこんなに人数が要るんですか? 報酬も村にしては良いみたいだし」
アルは顎に手をやりながら先輩へ訊ねた。問われたレーゲンが失念してたとばかりに額を叩く。
「あ、そうか。お前ら知らねえよな。ここの村、規模はそんなにデカくねえんだけどデッカい湖があるんだよ。その湖にこれまたデッケえ魔物がいるんだ。その魔物見たさに観光客が集まるんだよ。釣りなんかもできてな」
――ネス湖のネッシーみたいなものだろうか?
アルの脳裏に前世のボケたTV映像が流れた。
「その魔物って実在するんですよね?」
「当り前だろ」
――じゃあネッシーとは違うか。
「毎年依頼が来るんですか? っていうか規模が大きくないのに最低人員十名ってやっぱり多くないですか?」
「いや、ここまでデカそうな依頼が来てんのは俺が知ってるだけでも初めてだな。募集人数が多い理由も受注するときに教えてくれると思うぜ。どうする?」
即座にアルが至極真っ当な返事を返す。
「仲間に相談してから決めます」
「そらそうだわな。うちの連中も呼んでくるよ。今近場の店に行ってっから」
「了解です。じゃあ俺達は食堂で待っときます」
「おう、わかった。後でな」
「はい」
そう言って一旦別れる頭目達であった。
~・~・~・~
食堂にて合流した『黒鉄の旋風』とアル達の一党――否、”灰髪”の一党は早々に先輩武芸者達から揶揄いを受けた。
「”狼騎士”様に”姫騎士”様。お久しぶり、お噂はかねがね」
先手をとったのは『黒鉄の旋風』の副頭目ハンナだ。わざわざ少々畏まった言い方をしてくるあたり絶対茶化すつもりだったのだろう。
「予想はしていたが、何も私じゃなくて良くないだろうか?」
ソーニャは恥ずかしそうにしている。
「俺もだよ。”狼騎士”なせいで『剣とか槍とか盾は使わないのか?』って訊かれるんだぜ? 人狼がンなもん使うかよ」
マルクが苦々し気に言うと、ヨハンはニヤリと笑った。彼は『黒鉄の旋風』所属の個人四等級の剣士だ。
「なんなら教えようか?」
「冗談。剣士ばっかいたってしょうがねえだろ」
砕けたやり取りをする2人に、今度はそのヨハンの双子の妹エマがニヤニヤしながら言う。
「なら槍にしとく?」
「人狼に何やらす気だよ。そういうのはソーニャに言ってくれ」
「いやぁ、”姫騎士”様には畏れ多くてねぇ」
「もうやめてくれえぇぇ~。なぜ私が姫なんだ……!?」
「ぷっ」
「マルク、貴っ様!」
ソーニャとマルクがいつものやり取りを始めた。
「エーラちゃ~ん、聞いたわよ。いい二つ名貰ったわね」
「あは、そうでしょ~? ”煌夜”ってとこが気に入ってるんだ~」
森人の弓術士プリムラがニコニコしながら褒めると、エーラがついっと胸を張る。こちらは姉妹と云うよりは親戚のような距離感だ。
「”天弓”も私は好きだぞ。良い二つ名だ」
「そっちもカッコよくて好きなんだよねぇ」
もう一人の森人剣士ケリアが恋人と同じように褒めると、エーラがますます上機嫌に笑う。
ラウラと凛華は自分には来ないと判断して密かに胸を撫で下ろした。しかしそうは問屋が――否、ハンナが絶対に逃がさない。
「”乙女”ちゃんと”舞姫”様じゃない。どうしちゃったのよ? ちゃんと私と挨拶しましょう?」
「そう来ると思ったからしなかったのよ。どうせなら”冰剣”にしてよね」
「私は普通にラウラでいいです」
「そうもいかないの。洗礼なのよ、こういうのは。ねぇねぇ、ところでラウラちゃん…………”炎髪”ってなんかアルクスっぽさがあって良かったわね」
アルに聞こえないようにハンナが耳打ちする。
「ちょ、ちょっと! そ、そんなんじゃないですから!」
途端、ラウラはその炎髪と同じくらい顔を赤らめた。共通項みたいなのがあってちょっと嬉しいかも、などと思っていたのでズバリ図星だ。
一通り揶揄ってニンマリしているハンナへ、困ったお姉さんだとアルが呆れたような目を向ける。
「ハンナさん、もう満足したでしょう? 話進まないからそういうのは移動中にしてくださいよ」
「あ、”灰髪”だ」
「いや”鬼火”よ」
「いやいや”幽炎”だって聞いたぞ」
「”焦血刀”じゃなかったっけ?」
途端に『黒鉄の旋風』が一斉に揶揄した。イラッと来たアルが、
「二つ名の由縁、ここで教えてやりましょうか?」
と『封刻紋』に手を伸ばす。すると、
「冗談だってー」
「ごめんってばぁ~」
「さては絡まれたか」
「ケリア聞いてねーの? 七等級だかなんだかを纏めてボコボコにしたんだってよ」
「そんな生意気な目ぇしてるからよ」
5人とも「冗談冗談」と言うように笑いかけてきた。
――いや、最後の一人だけはシメていいかもしれない。
アルは憮然として先輩武芸者達を見る。
「機嫌直しなさいな、アル。ほらこれあげるから」
凛華がそう言って大きな酒杯を寄越してきた。中は蜂蜜と生姜を濃く入れてある温かいお茶だ。
「感謝します姫様…………ねぇ呑めないんだけど」
アルはちゃ~んとお礼を言って受け取ったのだが、呑めない。サラリと返したはずなのにシュパッと伸びてきた凛華の手が頬を引っ張っていたからだ。
「あんたせっかく人が優しくしてあげたってのに何かしら、その返事は?」
「ほんの冗談だって。揶揄われたからちょっとムシャクシャしちゃって」
「あたしで発散することないでしょうが」
「澄ましてればお姫様で通ると思ってるのはホントだよ? だから許して。これ呑みたい」
「……もうっ、要らないこと言わないよう呑んでなさいっ!」
「ん」
アルが呑気に濃い茶をグビグビ呑む。
「今の良かったわよ、凛華ちゃん」
何やら照れているらしい凛華にハンナは胸がキュンキュンした。
「知らないわっ」
声援を送る先輩武芸者から鬼娘がプイッと顔を背ける。エマは羨ましそうだ。あんなやり取りをする相手すらいなくて困っているのが彼女である。
「はいはい、つーかアルクス。お前まで参加しちまったせいで本題にいけねーじゃねえか」
「あっ、そうだった。すいません」
呆れたレーゲンにアルが軽く謝罪する仕草を執った。ぶっちゃけ自分の仲間のせいなのでレーゲンも本気で怒ったりはしていない。
「よぉしと。そんじゃま、とりあえずだ。俺ら『黒鉄の旋風』と”灰髪”の一党――」
「「「”鬼火”の一党で」」」
直後、凜華、エーラ、ラウラの三人娘が口を揃えて訂正した。
魔族の2人としては元々銀髪のアルが”灰髪”と呼ばれるのはちょっと納得いかないし、ラウラとしてはあの”鬼火”こそこの一党の象徴だと思っているので譲れないのだ。
「ねえ、どっちでも――」
よくない? と言いかけたアルを、
「やめとけ、噛みつかれるぞ」
マルクが制止する。
ソーニャは苦笑していた。姉があんな風に人の話に割って入るなんて珍しい。
レーゲンは何ともやり辛そうにした後、咳ばらいを一つして言い直す。
「俺ら『黒鉄の旋風』と”鬼火”の一党で合同依頼を請けようと思って招待に来たんだ。で、そっちの返事は?」
「こっちは皆問題ないそうですよ」
先んじてわかっている情報をすべて共有しておいたアルが了承の意を伝えた。『黒鉄の旋風』からの招待なら問題ない。5人とも参加に賛成だ。
「そうか、あんがとよ。じゃあ詳しい報酬の配分とか決めとこうと思うんだが――俺は完全に折半がいいだろうと思ってる」
レーゲンは先に交渉しておくつもりらしい。
「折半はなんか微妙じゃないですか? こっち五等級だし」
そう返すアルにハンナが口を挟む。
「あら嫌味?」
「ハンナさん、当たりキツくないですか? 小皺増えますよ」
アルは先程の意趣返しも込めてサラッと煽った。
「言ったわねこのガキんちょ! 年上のお姉さんに対する口の利き方ってもんを教えてやるわ!」
途端にプンプンしだす副頭目の肩を押さえてレーゲンが無理矢理話を再開する。
「こらこら。こっちはお前らを過小評価してないってことだ。一緒に戦ったこともあるし、あれからラウラ嬢ちゃんもソーニャ嬢ちゃんも腕上げたって聞いたし、何より見りゃあわかるしな」
ラウラとソーニャは2か月前と違って、立ち居振る舞いに闘う者特有の雰囲気が混じりだしていた。
久々に見たときは、短期間でよくもまぁここまで変わったもんだと呆れた『黒鉄の旋風』の面々である。
「んー……褒賞金とか貰っててお金はそこまで困ってないし。あ、こういうのって指揮権はずっとそっちが持ってますよね? 移動中とか基本はレーゲンさん主導で、戦闘時だけそれぞれの指揮で動いていいってことにしてくれませんか? その代わりに報酬は四分六分で」
アルは提案してみた。こういうのは基本どこの世界でも上の者が指揮権を持っていたりする。
そこを捻じ曲げる代わりに、報酬を引き下げてもらおうと考えたのだ。
「指揮権か。そっちはそっちで動きたいってことか?」
レーゲンはそう言って考え込む。正直あまり承諾はしたくない。お互いバラバラに動いたうえで依頼失敗というのもよくある話だからだ。
しかし、アルは首を横に振った。
「いえ、単独行動を取るって意味じゃないです。あくまで戦闘中に限り、です。担当場所だとか、時間帯だとかに文句つける気はありません」
「ああ、そういうことか。それならいいぜ。つーか俺に自分のとこと更に六人なんて御せるわけねえだろ。最初からそのつもりだったぜ?」
レーゲンは交渉相手の提案内容を正しく理解した。単独行動でバラバラに動くのではなく、轡は並べつつもそれぞれの指揮下で戦おうとアルは言っているのである。
それならむしろ大歓迎だ。そもそもレーゲンは11人中6人もいる魔族を御せるなどと驕っちゃいない。
「うーん……じゃあこの合同依頼の情報料も入れて、でどうです? ぶっちゃけ悪目立ちしない方がこっちとしては得なんです」
自分なら最低人員10名の時点で依頼を見ていない。アルはその情報料も入れて四分六分にしようと言った。
今のところ金に困っていないし、どちらかと云えば三等級と組んで折半した、などという情報を悪意を持って広められたくなかったのだ。
「ふーむ、そういうことなら乗った。交渉成立だな」
「ええ、よろしくお願いします」
「おう。こっちもよろしくな」
レーゲンとアルが握手を交わす。イリスが見ていたらきっと「それっぽい! それっぽいですわ兄様!」などと大興奮していたことだろう。
「さぁてお話も終わったところで、お姉さんとお話しましょっか?」
すぐに恐い笑みをニッコリと浮かべて立ち塞がるハンナに、アルもニッコリと笑い返した。
「しつこいのは嫌われますよ?」
「それ男が言われるヤツでしょ!? このガキンチョはまったく! 凛華ちゃんもエーラちゃんもラウラちゃんも! アルクスに甘くし過ぎよ!」
アルの吐いた毒を受けたハンナが女性陣3名へ、監督不行き届きだと申し立てる。
「あたし達は被害受けてないもの」
しかし、凛華はそんな風にサラリと返し、
「だね。悪戯っけがあるのは昔っからだし」
とエーラも続いた。だがアルは、
「エーラに言われるのだけは釈然としない」
と述べる。根っからの悪戯娘はこの耳長娘だ。
「なんでさ! 最近、表面だけは大人しいと思ってたのに!」
うがーっと声を上げた耳長娘がアルへと飛び掛かった。
「そういうとこだよ! あとそれ俺の台詞!」
「言ったね! また高い高いしてあげようか!」
「あっ、ほら変わってないじゃん! 大人しいフリしてたのはやっぱりエーラだよ!」
騒がしい2人に毒気を抜かれたハンナは彼らのやり取りを眺めていたラウラへそっと耳打ちする。
「あんな風に絡めるようになるといいわね」
「ちょっ! ち、違いますから!」
「まーまー、お姉さんが悩み聞いてあげるって」
そこへレーゲンが声を掛けた。
「さっさと受付行くぞ。ハンナ、止めて来いよあれ」
「…………」
冷めた熟年夫婦のようなやり取り。
――いつからこんな関係になってしまったのだろうか?
ハンナがレーゲンをじいっと見つめる。これでも色々攻勢に出ていたはずなのだが。
そんな視線に耐え切れなくなったレーゲンはきまり悪い顔で、
「な、なんだよ?」
と逃げるように言った。
――どうすればこう、どうにかなるだろうか?
ハンナはそんな思いを抱えつつ、後輩武芸者に釘を刺しておく。
「あんまり悩んでるとこういう関係になっちゃうわよ」
「ええっ!? そ、そういう感じだったんですか?」
ラウラはレーゲンと彼女の関係を察してしまった。関係が出来上がってしまったら崩しにくくなるぞと言われたようなものだ。
そんな彼らを遠巻きに見ながら、
「さっさと行くんじゃねーのかよ?」
「ケッ、どいつもこいつも」
「私も恋人欲しいなぁ」
マルクが呆れ、ヨハンが荒み、エマが羨ましそうにしている。真に冷静なのは彼らだけだろう。
こうして『黒鉄の旋風』とアル達一党改め”鬼火”の一党は、合同で依頼を請け負うことになったのであった。
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