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【祝16.3万PV❗️】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
<武芸者篇>2章 伯爵令嬢誘拐事件篇

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7話 伯爵家令嬢誘拐事件の真相

2部2章の最終話となります。

 非常に濃い指名依頼を熟したアルクスら6名とシルト家の父娘が、〈ウィルデリッタルト〉の領主館に無事帰りついたのは深夜に差し掛かった頃だ。


 結局、最後まで叔父と話していたアルクスは幸せそうに寝ている女性陣を起こすのも忍びないと思い、マルクガルムを起こして、彼女らを領主館の客室棟に運び込むこととなった。


 しかし、その時にはもうアルクスも眠気の限界。


 更にマルクガルムも寝惚けていたこともあって、『女性陣の大部屋を勝手に開けるのは良くない』という無意識だけは働いたのか、自分達の部屋にそのまま運び込んでしまっていた。


 そうして我に返った時には、それぞれ宛がわれていた部屋の寝台(ベッド)で眠っている凛華、シルフィエーラ、ラウラの3名とイリス、ソーニャの2名。


 トビアスも降りてすぐに心配していた家人へ報告に行ったので、止める者もいなかった。


 そこで『もう面倒だ』と思った男衆は奇しくも同じ考えに至り、女性陣を自分の寝台に放置。そのまま絨毯の上で寝ることにしたのである。



 * * *



 翌朝。


 顔を真っ赤にした女性陣に寝惚け眼のアルクスとマルクガルムが叱られる光景が展開されることとなった。


 しかし、口を揃えて「何もしてないから大丈夫」とぼんやり答え、何であればそのまま寝転がって二度寝までかまそうとする始末。


 それはそれでなんとなく不愉快になる何とも面倒な乙女達であった。




 朝食もとい昼食の席で、イリスが「そうでしたわ!」と従兄へ龍鱗布を差し出した。


「兄様、これありがとうございました。おかげで雷撃を打たれたのに小さな火傷すら残っていなかったそうですわ」


「母さんの鱗と蜘蛛人族の【撚糸】で作られてるからね。魔力への耐性が高いんだよ」


 綺麗に折りたたまれた龍鱗布をアルクスが慣れたように首へ引っ掛ける。


 ちなみに――起きて本館に戻ったイリスは、事情を知った母リディアと祖父母から力いっぱい抱き締められ、ソーニャとマルクガルムは何度も感謝されることになった。


 元から低くなかった彼らの好感度は今や鰻上りである。


「お母様の鱗? ですか?」


 来歴を知らなかったラウラが琥珀色の瞳をキョトンとさせた。


「龍人族は脱皮するのよ」


「俺も季節で生え変わるしな」


 凛華とマルクガルムの説明でなんとなく理解できたらしい。シルト家の面々を含めて納得の表情を浮かべる。


 きっと脱皮したときの鱗を大事に取っておいて、息子の護りにしたのだろう。ユリウス(夫)の剣のように。


 アルクスが愛されている証拠だ。


「龍人族は魔力に対して強いもんね~」


「そっ、だからこれも俺が魔力を通してなくたって、ある程度は防いでくれるんだよ」


「伸び縮みするのは知っておりましたけど、動いて短剣に巻き付いたのはビックリしましたわ」


「【撚糸】だから魔力を馴染ませてれば好きに動かせるようになるのよ。部屋の外からアルが魔力を送ったんでしょ?」


「そうだよ」


 首を頷かせたアルクスは、こんもりと盛られている芋や酒精(ビール)漬けの柔らかい炙り肉(ローストビーフ)を皿に取り分けていた。


「なるほどですわ。マルク様のもそうなんですの?」


「そうだよ~。普通、人狼に変化したら服破れちゃうからね」


「そうでしたのね」


 耳長娘の返答に「興味深いですわね」と、続けるなり、イリスは隣に座っていたマルクガルムの袖無し胴具になんとなく触れる。


「伸びそうには感じられませんわよ?」


「そりゃ、そこは伸びないからな」


 マルクガルムは〈刃鱗土竜〉の鱗で出来た胴甲部をさわさわしてくる伯爵令嬢に苦笑を浮かべた。


 興味のあることに率先して突っ込んでいく姿勢はさすがにアルクスの従妹というだけのことはある。


(シルトの血ってやつかね?)


 などと心中で呟いていると、不意にトビアスが「うおっほん!」とわざとらしく咳き込んだ。


「イ、イリス? 食事中はあまりそういう真似をしてはいけないよ?」


「なぜですの?」


「トビアスさん……」


(嘘だろ、あんた……?)


 思わずそんな顔になったアルクスが額に手をやる。


(真に受けちゃったの? 言わなきゃ良かったなぁ)


 甥の考えが伝わったのだろう、トビアスは慌てて手を振った。


「いや違うよ? ただほら、ね? 防具とは言え、傍から見るとその……」


「あなた……」


 リディアもすべてを察して呆れ果てる。娘を可愛がる良き夫だが、些か過保護が過ぎるというものだ。


 そもそも自分と好い仲になり始めたのはこのくらいの年頃だろうに。


「う……」


 妻の視線に突き刺されたトビアスは沈黙した。


 娘の窮地を救ってくれた甥の友人に変な警戒心を向ける父親という構図になっているのだ。黙り込む他ない。


「少しは子離れせぬか」


 祖父と父とでは心持ちが違うらしい、ランドルフまで妻と同じ呆れた視線を向けてくる。


「…………なぁアル、お前トビアスさんと何喋ったんだよ?」


 妙な雰囲気に気付いたマルクガルムが訊ねたが、


「ただの世間話」


 アルクスは素っ気なく返して今度は茹で卵に取りかかっていた。


「嘘つけ、ホントのことにしてもザックリしすぎだろ」


 そんななか不意にソーニャがどこかおずおずとした口調で、


「アル殿。今日は流石に休むのだろうが、明日は依頼に行くのか? それなら――」


 自分は怪我をしているから。と、続ける前に、


「行かないよ」


「お前骨折してるだろうが。治してからに決まってんだろ」


 アルクスとマルクガルムは同時に答えた。


「そうか、それなら良かった。まだ引き攣るし、剣も振れんから休みを願い出るつもりだったんだ」


 途端、ソーニャがホッとした表情を浮かべる。


「ソーニャの骨折が完治するまで依頼は当分なしだよ。褒賞金も貰えるらしいし」


「えっ、そうなのか?」


 寝耳に水で騎士少女は驚いた。


「それは確実だよ。信賞必罰は貴族の義務だからね。辺境伯閣下も魔獣討伐の手柄を認めてたし、うちはうちでイリスの救出がある」


 何とか復活したトビアスが微笑む。それなら金の心配は必要ない。


「じゃソーニャが治るまではお休みで稽古漬けかしら?」


 凛華が青い瞳をアルクスに向ける。


「うん、今日は食事を済ませたら、まず軍のお癒者さんのとこにソーニャを連れてく。額も怪我してたって言うし、何度も言うけど頭は怖いからね。きちんと診てもらわないと」


「大賛成です」


 頭目の方針に、ラウラが波打つ朱髪を揺らして目いっぱいに頷いた。


「う、うむ。わかった」


 義姉の強い視線を受けたソーニャも了承するしかない。


「ん~……稽古以外もしたいなぁ。ねねっ、〈ウィルデリッタルト〉の散策はど~お? なんやかんや言ってボクら、依頼と訓練しかしてないよ?」


 耳長娘が甘える。


 武芸都市は広い。まだまだ見たことのないところも、知らない店もたくさんあるのだ。


「それもそっか。息抜きに見て回るのもありだね」


 アルクスもあっさりと同意した。


 そこにマルクガルムが「待った」と声を掛ける。


「なぁアル。骨折ならちっと時間掛かるだろ? その間、闘気について講義しとくべきだって意見しとくぜ。当然、イリスにもな」


「闘気? まだ早いと思ってたけど、昨日の件?」


 察しの良い親友兼頭目に、


「おう、連中の一人が使ってたんだよ」


 令嬢誘拐事件を解決した立役者は首肯した。


「あー、あの壁でぐちゃぐちゃになってたやつ?」


「うっ……凛華やめてくれ。思い出したじゃないか」


 鬼娘のひと言でソーニャが顔を青褪めさせる。


 上半身が千切れ飛び、内臓を軒並み撒き散らした大男の姿が脳裡に浮かんでしまったらしい。


 尚、イリスはやたらとカッコ良かった人狼青年ばかり見ていたので、そこら辺の記憶は曖昧である。


「あ、ごめん」


「やってることはしょっぱい手品みてえなもんだったが、知らねえとそれだけで対応が遅れる」


「しょっぱい手品って?」


 シルフィエーラが訊ねると、マルクガルムは鼻を鳴らす。


「攻撃を当てる瞬間に闘気を放出してたっつうだけだよ」


「マルクが人間態(いま)のまま、素手で受け止めてしまったから驚いたぞ。妙な衝撃破も来なかったし」


「そんな簡単に呑(・)ん(・)じ(・)ゃ(・)っ(・)た(・)の?」


 闘気のぶつかり合いは拮抗していれば衝撃波が生まれ、片方が強ければ一方的に打ち消される。


 アルクスが『蒼炎羽織(そうえんばおり)・襲纏(かさねまとい)』でマルクガルムの『雷光裂爪』を掻き消したのも同様の原理だ。


「闘気すら使ってねえ。魔力の質と量が違い過ぎたんだよ」


「魔族ならではの会話だね」


 トビアスが苦笑いした。無論、彼とて闘気は扱える。しかし魔力量は魔族に及ばない。


「あの手品野郎とソーニャの魔力はそんなに変わらなかった」


 つまりやろうと思えば拮抗できたということ。そこまで聞いたアルクスはようやく彼の言いたいことを完全に理解した。


「あぁ、『知らないだけで対応が遅れる』ってそういうことか。もし知識があって――」


「感知できてたら、今のソーニャでも怪我なんてしなかったはずだ」


「確かに闘気って、普通の魔力と感じ方ちょびっと違うもんね」


 シルフィエーラがアルクスのように顎に手を当てて頷き、


「なら先に知識だけでも教えておくべきね」


 凛華もマルクガルムの意見に賛同する。


「ん、了解。じゃあ実戦では使用許可を取るようにして、訓練日は闘気も練習しようか。操魔核の鍛錬にもなるし。落ち着いてるときなら失敗したって魔力切れを起こすくらいだしね」


「はいはいっ! 私(わたくし)もやりたいです兄様!」


 アルクスが訓練方針を決めると同時にイリスがバッと手を上げた。


「うん。イリスにも、と思ったけど……稽古以外で使わないって約束できる?」 


 闘気は諸刃の剣なのだ。失敗すれば持っている武器が重しと化す。そうなれば間違いなく酷い目に遭う。


「できますわ!」


「下手打ったら魔力切れして大怪我の元だよ? ちゃんと守れる?」


「はい! ちゃんと守りますわ!」


 従兄の再度の確認にもイリスは重々承知だと返した。彼女も昨夜の恐怖はきちんと憶えている。なんとか無事だったが、あんな幸運が何度も続くとは思ってもいない。


 従妹の瞳に、ただの興味や憧れ以外の感情――危機意識も見て取ったアルクスは「そういうことなら」と了承する。


「わかった。じゃあイリスもね」


「はいっ!」


 喜びを爆発させてニッコリ笑うイリスに、ランドルフとトビアスは少々の不安を覚える。


 ――このまま武芸者になったりしないだろうか?


 シルトの新しき血の将来が不安で仕方ないシルト家の面々であった。



 * * *



 それから1週間と数日が経った。


 トビアスは辺境伯と例の件で慌ただしい日々を過ごし、アルクスら6名とイリスは穏やかな日々を送ることになった。


 ソーニャを女性軍癒に診せたところ、案の定肋骨にヒビが入っていたらしく、「1週間は絶対安静」とのこと。


 無論、この1週間という数字は『治癒術』を継続的に掛けて1週間である。頭の方はそう酷いことにもなっておらず、一同は胸を撫で下ろしたのだった。


 余談だが――彼ら6名がイリスを伴って領軍の宿舎を訪れると、それはもう熱烈な兵士達の歓迎を受けた。


 女性兵士達は我先にとイリスを可愛がり、アルクス達には菓子を勧めてきたり。


 男性兵士は男性兵士で元気いっぱいな伯爵令嬢に好々爺のようにダダ甘な表情を浮かべ、


「君達が普段行っている鍛錬をやれば、自分も魔獣の群れの中で戦えるだろうか?」


 と、中には熱心に問うてくる兵士もいた。


 当然のことだが、武芸者の戦い方は軍人のそれとは大きく違う。集団の練度を高めるのではなく、個々の持ち味を最大限生かす動き方をする。


 況してや魔族で、しかも個人4等級の枠から外れ、幼い頃からの友人である魔族組であれば尚更だ。


 それもあってか、普段から厳しい訓練を熟し、魔術も扱い慣れているシルト領兵らでもアルクス達武芸者仕込みの戦い方は鮮烈に映ったらしい。


 実行に移されても困るのであまり適当なことも言えず、アルクスやマルクガルムは訓練内容や鍛錬法について兵士達と大いに語り合うことになるのであった。


 ともあれ、ソーニャを戦闘職専門の癒者に診てもらいたかったので、この歓迎自体はありがたい。


 しかし、それがまさかあんな困った事態を引き起こしてしまうとは、この時のアルクスには予想もつかぬことであった。




 またシルフィエーラの希望通り、市内の観光や散策もした。


 何やらおもしろそうな店があれば冷やかしてみたり、美味しそうなものがあればその場で買って食べてみたり。


 安静に寝ているより行ってみたいという願望の方が勝ったソーニャと、仕方ないなぁという顔をしたラウラはこういったことは初めての体験だったらしく、どこか入るたびにコロコロと表情が変わり、年相応な純粋な顔で楽しんでいた。


 魔族組も同じく、隠れ里と人間の都市ではやはり大きく異なっているので、「こんな場所があるのかぁ」と〈ウィルデリッタルト〉を興味深げに回っていた。


 特に大通りの露店市。名も知らぬ商会が珍しい商品を出しているのを眺めて回るだけでも楽しいものだ。


 また珍しくイリスが父親におねだりした結果、アルクス達を案内兼護衛役(ガイド)としてお忍びで同行することになった。


 トビアスも然して煩いことは言わず――というか、甥達がついているし大丈夫だろうとあっさり了承したのだ。


 しかし、活気のあるイリスが住民達から知られていないわけもなく、バレバレのお忍びであったのは余談である。


 彼女がキョロキョロと首を振り、目に留まった店へ突撃していく様子に、かつてのユリウスを想起して微笑ましそうにしたり、近くにいたアルクスを思わずまじまじと見てしまったりする住民達もいた。



 * * *



 そしておよそ1周間後。


 ソーニャの骨折が完治したとお墨付きをもらえた日の夜のこと。


 夕方頃に帰ってきたトビアスはアルクス達6名とシルト家の面々へ「事の顛末を伝える」と言って夕食の時間を揃えた。


 家長席に座り、水で唇を湿らせて語り始める。


「まず今回の首謀者はイーファ・ミトライト。実行犯はあの男が率いていた傭兵団だ。当初はリディアを連れ去って酷い目に遭わせた挙句、僕に送り付ける予定だったらしい」


 その説明にリディアはビクリと肩を震わせ、夫が宥めるように肘口に触れる。他の面々は全員、不快な顔を隠せない。


「事の起こりは――……イーファ・ミトライトが子息であるヴァーゲ君を傀儡として、ミトライト子爵の爵位簒奪を狙おうとしたことだった。子爵の食事に栄養剤と偽って毒を少量ずつ混ぜていたそうだ。


 使用人は家族を標的にされるのが怖くて言い出せなかったそうだよ。僕と閣下が話を聞いた時には、彼も毒を盛られたんじゃないかってくらい痩せてゲッソリしててね。子爵が体調を崩して寝込むたび、自己嫌悪に陥ってたみたいだ」


「なんと卑劣な……!」


 ランドルフが怒り任せに吐き捨てた。トビアスは続ける。


「そして子爵が癒院に送られたところで、今回の社交会の報せが来た。気が大きくなったイーファは僕ら夫婦へいまだ抱えていた怨恨をぶつけるべく、リディア誘拐を企てたんだ。そこに声を掛けてきたのが非合法の傭兵組合。後ろ暗い依頼なんかを斡旋してる組織らしい」


 帝国でも滅多にいない傭兵団。


 彼らの依頼を管理する組合は当然、帝国で認められている組織が主だ。しかし、そうでないものもある。


 後者の暗躍があったと話すトビアスにランドルフは渋面を見せた。


「その者らが犯罪者共の受け皿になっておるのか。辺境伯家は何と?」


「無論潰さなければならないが、わかりやすい実体がない。だから帝国の中枢部にまでこの話を持っていって、対策を検討すべきだろう、と。その証人として僕が捕らえた男を連れて行くことになっています。どちらにせよ、あの男は〈大監獄〉行きですし」


「なるほど。さすがにあそこの当主は判断が早い。私もその方針に賛成だ」


 数が少なく正規の組織ではないからこそ、実行部隊である犯罪者共との縁が薄く、そして根が見えぬ。


「ええ……話を続けます、その依頼を請けてやってきたのが、一人を残してマルク君に全滅させられたあの傭兵団。彼らは合流するとイーファと計画を練り直した。ただ誘拐するだけじゃバレるから何か騒ぎを起こそう、とね」


「それが〈ゼーレンフィールン〉への魔獣侵攻だったんですね」


 ラウラは得心がいったという表情で手を打つ。


「そう。騒ぎのなかで誘拐すれば、時間と距離を稼げる。特に僕は兵士達と仲が良いからね。マズい事態になればきっと前線に出るだろう、とイーファに読まれてたみたいだ」


「計画はわかったっすけど、具体的にどうやって誘導したんです? アルの殺気をぶつけられたのに、少し離れた連中は真っ直ぐ街の方を目指してました」


「確かに、アルの魔力はそんなヤワじゃないわね。高位魔獣ならともかく、小型の魔獣なら威嚇だけでも一目散に逃げてくくらいなのに」


「それにどうにか騒ぎを起こすって言ったって、あんな大掛かりなの準備する時間なんてあるの? 〈ゼーレンフィールン〉ってその辺境伯の人が管理してるんですよね?」


 マルクガルム、凛華、シルフィエーラの順で口々に疑問を述べた。


「さすがに鋭いね。でも、ミトライト子爵家は辺境伯家の遠縁。僕らのような家と違って会場の準備に駆り出されるから、結構前に報せが届いてたらしい。そこで非合法組合の出番さ。計画に魔獣が必要だと考えたイーファ達は、組合から誘引剤って呼ばれてる薬を受け取った」


「”誘引剤”? 魔獣はそこまで薬を受け付けないはずでしょう?」


 だからこそ魔獣は厄介なのだ。それを良く知るシルト家・前領主の妻メリッサが訊ねる。


 嫌な臭いをさせる薬剤など商品として出てはいるももの、そういったものは魔獣相手には大して効果がない。誘き寄せるのも同様だ。


 結局、最も誘導できるのは血肉だと言われている。


「ええ、母上の言う通りです。男から聞き出して余りをどうにか入手して調べさせましたが、成分のほとんどは麻薬でした。それもかなり粗いものだそうで」


「麻薬……やっぱりこっちにもあるのか」


 アルクスはポツリと呟いた。


 ――人の業なのか? 前世でも今世でも、そんなもんがあるってのは。


 トビアスが甥の発言に首を捻りつつも続ける。


「ん……? まあ、それでその麻薬を餌に混ぜ、貴族街門周辺の森へ数日おきに仕掛けて魔獣を依存中毒にした。結構手広く散布したらしい」


「なるほど。そして社交会の数日前から完全に撒くのを止めて――」


 幾ら巨体の魔獣でも麻薬入りの餌を摂取しつづければ当然中毒になる。


 きっと人体が接種すれば即死級のものだろう。その状態で唐突に餌の供給を止めて放置し――。


「当日、街に仕掛けたんですね。もしくは仕掛けておいたものの蓋でも取ったのでしょうか?」


「そういえば、あの日は街から貴族街門の外へ風が流れてたね」


 アルクス、ラウラ、シルフィエーラの推測は正確だった。


 トビアスは頷いてみせる。


「その通り。仕掛けられてたのは街の中心地にある時計塔。広範囲に臭いが届くよう高い位置に置いてたらしい。魔獣の群れはその匂いに気付いて侵攻してきたんだ」


「……俺の鼻でも気付かなかったな」


「無理ないと思うよ。キツい臭いをさせてるわけじゃないし、元は植物性だしね」


「あの二人が髪飾りを渡して見えなくなってたのは、早々に逃げたからだったのか。マルクが敵意と言っていたが、とんでもないことを考えてたのだな」


「あそこまでは予想できなかったけどな」


 マルクガルムとソーニャは、件の連中がたった1人を攫いたいが為だけに、街全体を危険に晒す理不尽な計画を練ったことに憤った。


「そういえば、あの煙とか魔導燈が切れたのも彼らの仕業でしたの?」


 黙って聞いていたイリスが父に問う。


「うん、会場の準備に駆り出されたとき、使用人の振りをして魔導燈の出力系統を弄ってたみたいだね。 イリスが言ってた焦げた臭いは、小火を出す為に使われた酸性の溶剤。


 僕らが目撃した爆発は地下倉庫に仕掛けられていた爆破装置だったそうだ。尤も、爆破装置まで使うのは計算外だったらしいけど」


「なるほど。領軍とアル殿達の活躍で、貴賓館どころか門すら一匹も抜けてこなかったから、計画していた混乱が生じなかったのか」


 ソーニャはイリスと共にあの場にいたからこそ、第三者のような感覚で理解できる。


 アルクスら5名が出ていってから、明らかに指示を出していた貴族達の声から焦りが減った。


 無論静かになったわけではなかったが、なんというか緩(・)や(・)か(・)になったのだ。


「そう。街から少し離れたところにいたイーファと構成員で連絡を取り合って、アルクス君達と軍が騒ぎを収めてしまう前に更なる騒ぎを起こすことにした。それが突発的な魔導燈の停止と小火騒ぎだよ。その混乱に乗じてイリスを誘拐。


 でもソーニャ嬢が馬車の車軸を折ってくれたおかげで、予備の馬車を使わざるを得なくなったそうだ。爆発する頃には街を出るつもりだったらしいけど、それで少々遅れたみたいだよ。後は君らの知ってる通りだね」


 トビアスがようやくすべての経緯を語り終え、卓についていた全員がなるほどと頷いた。


「……結局、傭兵団の構成員はどういう者達だったの?」


 内訳が気になったのだろう。


 リディアの質問に夫は捜査報告書を手に取り、少々硬い声音で読み上げていく。


「団長を名乗っていたのは素行不良や恫喝、詐欺の罪で認識票を剥奪された元七等級の武芸者。マルク君が倒したうち、背の高い大男がいたけどそっちは強盗や強姦、刃傷沙汰で認識票を剥奪された元六等級の武芸者。


 女性の方は元娼婦だけど、どうやら客の金品を盗んだり、田舎で結婚詐欺を働いたりして追われてた犯罪者だ。残りははぐれ者や軽犯罪を犯したチンピラだったみたいだよ。マルク君の敵じゃないのは当然だろうね」


 罪状を聞いていく内に、リディアはみるみる色を失い、


「ああっ……イリスっ! 本当に良かったわ。ソーニャさんもマルク君も本当にありがとう。感謝してもしきれないわ。何かあったら言ってちょうだいね? 私に出来ることは少ないけれど、いくらでも協力しますからね」


 娘をぎゅうっと抱きしめ、何度目かもわからぬ感謝が口を衝いて出る。


 自分に降りかかっていたかもしれぬ恐怖より、娘がその恐怖に曝されていたというのが堪らなく厭で恐ろしかったのだ。


「い、いえ自分は結局、捕らえられてしまいましたし……」


「ソーニャがいなかったら間に合わなかったかもしれねえ、ってトビアスさん言ってたろ。胸張っとけ。気恥ずかしいってのはわかるけどよ」


 微妙な顔をするソーニャにマルクガルムはそんなことを言った。ちなみにこれは兵士からの受け売りである。


 謙遜するより誇れ、とのことだ。


「お母様、く、く、苦しいですわ」


「あ、ごめんなさい」


 イリスが「ぶはぁっ」と息を吐く。


「君らもだよ、他人事って顔してるけど。結局、魔獣は二〇〇体以上いたんだから」


 アルクス達に向けてトビアスは苦笑した。


 照れているマルクガルムとソーニャを揶揄うような表情を向けているが、彼らとて功労者である。


 しかし喉元過ぎれば何とやら。終わったことには然して興味もないのか、


「マルク、褒められっぱなしだねぇ。凄いねぇ~?」


「うんうん、俺達を置いてっただけのことはある」


「そうね。魔獣も倒して、誘拐犯まで捕まえちゃって大手柄じゃない。あたしらに内緒で走ってっただけあるわ」


「ま、まぁまぁ」


「てめぇら、まだ根に持ってやがったのか」


「ふっ」


「ソーニャは人の事笑えませんよ? ちゃんと周りに言えば、誰かしら手伝ってくれてたでしょうに」


「うっ……いや、あの時は焦っててだな」


「はんっ」


「あっ。マルク! 貴様自分のことを棚に上げて!」


「ばっ、おま、よせ! 骨折治ったばっかだろーが!」


 6人はそんなやり取りをしだした。ソーニャがマルクガルムに突っかかるのも最近はいつもの風景だ。


 シルト家の面々は顔を見合わせてクスクス笑う。


「そういえば褒賞金っていつ渡されますの?」


 楽しそうに笑っていたイリスは父へ訊ねた。功の話で思い出したらしい。


「すぐにでも渡せるよ。魔獣撃退というより討伐。しかも、一番危険な魔獣の群れの中で。これが一人、十五万ダーナ。イリス救出に関しては護衛依頼の報酬を三倍することで褒賞としたから、そっちは三十六万ダーナ。総計百十一万ダーナだね」


「息子よ、ケチケチするな。イリスの無事はそんな金額では釣り合わん」


 ランドルフが想定よりずっと低い報酬に文句をつけた。しかし息子は首を横に振る。


「わかってますよ。最初は十倍にしようと思ってたんですけど、護衛依頼とは本来そういうものだと六人に説得されてしまって。その分しっかり協会に伝えてもらって実績にしてもらった方がありがたい、と」


「む……そういうものか」


 非常にら(・)し(・)い(・)回答だ。


 アルクス達側からしてもここで貰い過ぎると普通の依頼がしょっぱく感じるので遠慮したいという思惑もある。


 そもそも6名一党とはいえ、100万ダーナ貰える時点で充分。この都市に居る間は”衣食住”の”食住”に負担も掛からないので貯まる一方だ。


「そういうの武芸者っぽいですわね!」


 途端、イリスは淡褐色(ヘーゼル)の瞳をキラキラさせた。もう完全に英雄を見る子供の目である。


 トビアスとランドルフは彼女が「武芸者になりたい」と言い出さぬか不安でしょうがない。


 ちなみに――リディアとメリッサはなんとなくオチが読めているので、深く言及しないことにしたのだった。

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