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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
武芸者編ノ弐 伯爵令嬢誘拐事件編

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83/223

3話 舞い込んだ指名依頼(虹耀暦1286年12月:アルクス14歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 アルクス達6名が武芸者一党として、〈ウィルデリッタルト〉で活動し始めてひと月と少し経った。今はもう12月だ。


 ラウラとソーニャの実力に合わせてコンスタントに魔獣討伐や駆除、魔獣素材の採取を主とした依頼を多く請けていた。実力を高めるのに実戦に勝るものはない。


 彼女らもひたむきに努力し続けて実力をメキメキと上昇させ、ついにこないだ「昇級審査を受けないか?」と協会職員から打診されるまでに至った。


 審査の結果、合格。2人は七等級から六等級に昇級し、一党も実績を買われて五等級に上がることとなったのだった。


 仮令(たとえ)推奨等級が低くとも、必ず依頼を達成して戻ってくるし、綺麗な状態の魔獣も納入する。おまけに時折、依頼主達から追加報酬と感謝の手紙まで送られてくるような一党だ。


 昇級させない方が協会としては損だった。


 そのため彼らの認識票は今、外縁部が黒鉄(くろがね)となっている。ラウラとソーニャの認識票も黒鉄に水宝石(アクアマリン)が嵌まり、印象もガラリと変わった。


 そんなこともあってアル達6人は新人一党としてそこそこ知名度を上げている。


 当然やっかみや嫉妬の視線も受けるが、三等級の一党『黒鉄の旋風』の後輩としても知れ渡っているので、今のところ直接悪意を叩きつけられたりするようなことは起こっていない。



 * * *



 風に刺すような冷たさが混じり始めたある日。


 6人が支部の建物に入ると、受付嬢が手招きをしていた。寄って何事か訊ねたところ、


「指名依頼が入っております」


 とのことだ。


「指名依頼? 俺達にですか?」


 四等級や三等級ならまだしも、五等級の一党にわざわざ指名を入れるというのも変である。〈ウィルデリッタルト〉はそこそこの大都市。武芸者の層だって厚い。


「はい、依頼書がこちらです。確認して請けるかどうか決めて下さい」


 そう言われて手渡された依頼書を読んでみると、


「なんだ、トビアスさんからじゃねえか」


 覗き込んだマルクガルムはそう言った。そこには彼の言う通り――依頼主トビアス・シルト、内容は近隣の街で開かれる社交会(パーティ)に参加する娘の護衛とある。


「イリスの護衛ねぇ」


「社交会ってことは他の貴族もいるんだよね? ボクらって入れるの? 嫌がられるんじゃない?」


 凛華とシルフィエーラの発言に、たちまち受付嬢が驚愕と憤慨が入り混じったような表情を浮かべる。


「イリス様とお知り合いですか? ていうか帝国は魔族を友としてるんですよ? 他の国ならいざ知らず、社交会に入れない魔族など犯罪者でもない限りいませんよ! ただ……その、堅苦しいとか面倒だとか仰られて参加されない方が多いだけです!」


 受付嬢の言う通り、護衛として参加したり呼ばれる魔族もいないことはない。


 しかし、聖国のせいでいまいち人間という種を信じ切れていないのか、そういった催しや要職につく魔族は滅多にいないのだ。


 帝国貴族としても初代皇帝が魔族と友誼を結んで戦ったとされていることから、魔族に対して悪感情を持つ者はほぼいない。


 特に爵位が高ければ高いほどそういった感情が薄れて行く。共に戦った直系の子孫達だったりするからだ。


 蔑むのは聖国にかぶれたり、特権や領地を持たぬ爵位の低い貴族くらいなものである。


「そう言われたらまぁ確かに……ぶっちゃけ面倒臭そうだよね」


「堅苦しそうだもんねぇ、ボクには向かないかも」


「かったるそう。そういう雰囲気、あんまり好きじゃないわ」


「俺も苦手かもしんねえ。香水がキツいやつがいるって前イリスが言ってたし」


「ほらぁ! そう言って出ない方が多いんですよ!」


 四者四様に否定的(ネガティブ)なことをのたまう魔族組に受付嬢が食ってかかった。帝国人の沽券に関わるのだ。


「アルさん、そう面倒がらずに。とりあえずトビアス様に聞いてみましょう?」


「うむ。どちらにせよ依頼主はトビアス様だからな」


 ラウラがアルの裾を掴んでやんわりと言い、ソーニャもまずはそれがいいだろうと乗っかった。


「むぅ、じゃあ護衛対象はイリスみたいだし、話だけでも聞いてみようか」


「そうね」


「はーい」


 アルが方針を固めると凛華とエーラが追従する。


「じゃあ請けるってことでよろしいですか?」


 だが受付嬢は耳敏い。話を聞く、とは言ったが頑なに”請ける”と言わないアルに追撃を入れた。


「うーん…………えーと……」


「よろしいですね?」


「んあー……じゃあ、はい。それでお願いします」


 しばらく唸っていたアルはしょうがないと頷く。


 社交会とか聞くだけでも心底面倒臭そうだが、世話になっている家の依頼だ。請けるのが義理ってものだろう。


「…………結構渋りましたね。ていうかどういうご関係なんですか? 以前に依頼を請けたとか? 記録にはないみたいですけど」


 この都市の領主相手に随分雑だなぁ、との印象を抱いた受付嬢が問えば、


「甥ってだけですよ。そんじゃ、行ってきます」


 アルはサラッと応えて背を向けた。


「ああ、血縁の方だったんですね…………って、えええええええええええっ!?」


 あまりに自然体な回答に受付嬢は納得しかけ――意味を脳が理解した瞬間、驚愕のあまり大声を上げる。


 どういうこと!? と問おうとしたが、彼らは既に建物から出て行くところだった。



 ~・~・~・~



 執務室にいるトビアスは悪戯気に目を細めて、机を差し挟んだ向かいにいる6人に依頼の詳細を語る。


「と、いうわけで東隣の街〈ゼーレンフィールン〉で南部貴族の集まるちょっとした社交会があるんだよ。正直、イリスを連れて行くのは気が引けるんだけど、主催の辺境伯家にはお世話になってるから挨拶させとこうと思ってね」


「それで俺達が護衛に?」


「うん、君らは見た目も物々しくないし、最近はイリスに縁談をって貴族も増えててね」


 イリスは父トビアスと母リディアの血を引き継いで、容姿は整っている方だ。


 ユリウスとてトリシャの言によれば良い男だったそうだし、アルもかなり整っている方である。


「虫除けみたいなものですか?」


 端的にアルは訊ねた。縁談だのなんだのといった貴族らしい物言いに、いまいち感覚が掴めない。


「まぁ悪い言い方をすればそうだよ。そもそも、うちの国は自由恋愛主義が多数派でね。それでもしつこく縁談の手紙を送ってくるのは、うちと関係を結んで箔をつけたいって狙いのある家ばかりさ。生憎と、僕は娘を政治の道具にするつもりは毛ほどもなくてね」


 ――家格というやつだろうか?


 アル達はなんとなしに理解した。


「そういうことなら食事の席で言ってくれれば良かったのに」


「武芸者を動かすんだよ? そうもいかないだろう?」


 仕事は仕事。なあなあで済ませるのは違う。そんなものか、と納得したアルが仲間5人に視線を送ると、彼らは当然のように問題ないと頷いた。


「わかりました。その依頼、お請けします。道中と社交会での護衛、で合ってますか?」


「うん、それで頼むよ。イリスも喜ぶ」


「その社交界ってのはいつなんです?」


 マルクが訊ねる。


「明後日だよ。早朝から出て、夜にはここへ戻ってくる予定でいる」


「わかりました」


「じゃあ今日の依頼はなしね」


 凛華は確認するように言った。護衛依頼を請け負うと決めた以上、これから仕事へ出向くわけにはいかない。


「それがいいだろうね」


「今日は訓練日だねぇ」


 エーラがそう締めくくったことで、これからの予定が決まったのだった。



 * * *



 社交会に向かう当日。少数の領軍を連れたトビアスとイリス、そしてその護衛のアル達6名が護送車に乗り込む。


 護送車は以前、アル達が乗ったものと違って多少華美な装飾が施されているが、やはり耐久性と堅牢性を重視して造られたもので、装飾ごと取り替えることができる便利な駕籠だと御者が言っていたそうだ。


 興味津々で見て回っていたエーラに教えてくれたらしい。


「よろしくお願いしますわね!」


 イリスはいつも通り元気いっぱいだ。


「リディアさんは来られないんですか?」


「ちょっとね。体調もあんまり良くないみたいだし」


 訊ねたラウラにトビアスが穏やかに答える。


「えっ? 大丈夫なんですか?」


 凛華は心配したがトビアスは何やら確信があるのか、


「大丈夫だよ。ありがとう」


 と、にこやかに笑みを浮かべている。


 その時、緩やかに護送車が動き出した。マルクは隣の貴族令嬢へ訊ねてみる。


「イリスは社交会とか好きなのか?」


 するとイリスはチョコレート色の癖のある髪を揺らして首を横に振った。


「好きじゃありませんわ。退屈ですし、お父様達のお話は長いですし、結局何が言いたかったのかよくわからないことを言ってくる人達も多いですし」


 サッパリした性格の彼女には貴族同士のなんやかんやがかなり億劫に感じるらしい。


「はは、仕事の話なんかもあるんだからしょうがないんだよ。後者は、まぁ受け流してていいよ」


 言い寄ってきたり、良からぬことを吹き込もうとしてくる者もいるようだ。そういった者達からの護衛も依頼には含まれているのだろう。


「わかってますわ。だから文句は言っておりませんし、いつも食事に夢中の振りをしてますもの。今回はマルク様達が来てくれるから助かりましたわ!」


「だからあんなに喜んでたのか。ふふっ」


 護衛をアル達がやると聞いたとき、イリスは大層喜んでいた。その理由がようやくわかったソーニャが微笑ましそうに笑う。


「暇と虫潰しならあたし達に任せときなさい」


「はいっ!」


 凛華が慈母のような表情でイリスの頭を撫でた。姉と慕ってくれるイリスが可愛くてしょうがないのだろう。しかし、些か物騒に過ぎる。


「いや虫の方は潰しちゃマズいって」


 隣のアルがダメダメと首を横に振り、


「尾重剣も抜いちゃダメだからね?」


 エーラが釘をさしておく。


「そこまではしないわよ。投げ飛ばすくらいね」


 鬼娘は首をツイッと上向かせた。程度くらい弁えていると言いたげだ。しかし――――。


「魔法を使って窓の外に、ですよね?」


 ラウラが訊ねると、

 

「そうよ」


 無論だという顔で凛華は頷いた。


 当然ながら【戦化粧】を発動させた鬼人族が人間を外に投げ飛ばすのは充分に大ごとである。


「最悪死んじゃうからだめだって」


 姉馬鹿めと溢しながらアルが注意する。


「どこまでならいいのよ?」


「確かに、正直どこまでしていいのかわからんな」


 凛華とソーニャは頭目へ視線を向けた。”虫除け”と言っていたが角を立てて良いのか悪いのか、それだけでも対応が違ってくる。


 アルは視線だけで叔父へ訊ねた。


「そこらへんは感覚だね。イリスが嫌がってたり、相手に悪意があれば多少荒くてもいいけど、そうじゃないなら穏やかに対応してほしいかな。閣下以外は最高でも僕と同じ伯爵しかいないけど、相手は一応貴族の子弟達だからね」


 トビアスが視線を受けて応える。


「だってさ」


「承知した」


「わかりました」


 魔族の4名は心にメモを取った。悪意ありなら荒くていい、と。


 一方、ラウラとソーニャは真剣な顔をして首を頷かせている。魔族組と違って彼女らはまだそこまで強くない。


 四等級の枠にいない仲間4人と違い、六等級の額面通りの実力しかないことは自分達が一番わかっているので、大真面目になるのも致し方なしと云ったところだろう。


「翡翠がいないのは痛手だねぇ。早く戻ってこないかなぁ」


 エーラが惜しいと言う風な顔をした。彼らのもう一人――否、もう一羽の仲間である三ツ足鴉は現在〈ウィルデリッタルト〉にいない。


 状況が落ち着いたと感じたアルが全員に家族への手紙を書かせ、まとめて届けてもらっている最中なのだ。


 前回は急ぎで、かつ〈ネーベルドルフ〉までであったが、今回は長くなって構わないからと専用に革の背嚢を背負わせて〈隠れ里〉まで送り出した。


 今頃、ラービュラント大森林上空を飛行中か、どこかで休んでいることだろう。


「まぁ定期的に催されてる会だからね。そうそう変なことは起こらないよ」


 トビアスが肩の力を抜いて構わないというような言い方をする。しかし、アルは『今ので余計なフラグが立ったんじゃなかろうか』と少々不安になるのであった。



 * * *



 辺境伯家主催の社交会が開かれる地〈ゼーレンフィールン〉には都市を出て3時間ほどで辿り着いた。街の規模もそれほど大きくなく、帝国で3番目に小さい街として知られている。


 ではなぜその小さな街で貴族の社交会が開かれるのかと云えば、ここがその為だけに開発された街だからだ。


 周囲には小さな湖や森林を備え、気候も比較的に穏やか。景観も良く、静かな土地は集まって酒を呑むにはもってこいだと言えるだろう。


 最近は〈ウィルデリッタルト〉の保養地である〈ヴァルムウーファー〉のように観光地化しているが、貴族の使う貴賓館と観光客用の宿泊施設は、かなり離された位置に建造され、しっかり区分されている。


 その大きな貴賓館は総木造製の屋敷で、白を基調とした落ち着いた風合いをしていた。豪奢というよりは上品という表現が似合いそうな2階建ての建物である。


 現在アル達6人とトビアス、そしてイリスはその貴賓館内にいた。多少狭いが家族用の控え室として宛がわれた個室だ。


「そろそろですわね」


 ついて来てもらっていた侍女にブーブー文句を言いながら淡い水色の礼装(ドレス)を身に着けさせてもらったイリスがあまり気乗りしない風に言った。


 当然ながらアル達は武芸者の格好だ。多少髪だのなんだのは梳かれたり、撫でつけられたりしたが服装も含めて護衛としての装備。


 そこらへんの理解はどの国よりもあるのが帝国という国だ。護衛は汚く見えさえしなければ問題ない、というスタンスである。


 アルは剣の師である八重蔵の羽織を模して龍鱗布をぶわりと変化させた。基本的に常に身につけているので、今ではこのくらいの芸当もお茶の子さいさいだ。


 何より蜘蛛人族の【撚糸】が優秀だった。魔力を通せば形を変えるが、魔力を流すのをやめたとて元に戻ることはなく、その形のままで維持されるのだ。


「よし。ぼちぼち行こうか」


 懐中時計を閉じたトビアスが先頭に立って部屋を出る。侍女の一礼に見送られてアル達もイリスの護衛として貴賓館内の食事会場へと赴くのだった。



 ~・~・~・~



 食事会場につくと、他の貴族らも集まりかけていたところだった。どうやら2階が会場、1階が厨房や倉庫らしい。


 ある程度の招待人数が集まったと判断した主催の辺境伯らしき初老の男性が開会の挨拶をして、社交会が開かれることとなった。


 アル達にはどうでも良いことだが、『南部貴族定例会』というのがこの会の正式名称である。


 帝国の南部に領地を持つ貴族同士によるご近所付き合いと喫緊の課題などを報告し合ったりする、社交会の中でも比較的有意義な集まりだ。


 名目上『南部貴族』としているが、実質的な帝国南部に位置する貴族家がすべて参加しているわけではない。


 あくまで主催の辺境伯家と同じく、領土戦争になった際、一番早く敵国と接敵することになる貴族家の面々が参加している会だ。


「これ、美味しいですわね」


 トビアスが辺境伯へと挨拶に行っている間に、用意されている食事を摂り分けたイリスはいつもと違ってニコニコしている。


 というのも周囲には一つ年上とは云え、親しい人達が6人もいるのだ。退屈しないで済むし、余計なコナを掛けられることもない。


 彼女のすぐそばには女性領兵の代わりにアルの一党の女性陣がいた。


 凛華やエーラは周囲の雰囲気をさりげなく感じ取りつつも楽しそうに会話し、ラウラとソーニャは返答こそ返しているものの緊張しているのがありありとわかる。あまり余裕もなさそうだ。


「アル、お前の意見を聞いとくぜ。どう思う?」


「イリスへの視線に悪意のあるものは大してない。それより俺達が悪目立ちしてる」


「だよなぁ」


 マルクとアルの会話通り、貴族達は言葉を交わしながらも視線は魔族だと一目でわかる凛華とエーラにチラチラと向けられていた。


「あ、あの……イリス嬢に挨拶を……」


 そこへアル達とあまり歳の変わらなそうだが、陰気な雰囲気の少年が声を掛けてきた。ソワソワというよりオドオドしている。


「お名前をどうぞ」


 アルが淡々と誰何した。


「あ……子爵家――えっとミトライト家の、ヴァーゲです」


 ヴァーゲと名乗った線の細い少年から視線を外すこと無く、アルがイリスへ確認を取る。


「イリス、ミトライト家のヴァーゲという方に心当たりは?」


「ん、ありますわ。挨拶ですのね」


 慣れたように進み出たイリスは、


「ごきげんよう」


 と膝折礼(カーテシー)を行った。


「あ、こ、こんにちは」


 彼女の挨拶に少々どもりながらヴァーゲも挨拶を返す。そのまま何か言い掛け――しかし、結局声も出せぬまま口をパクパクさせている。


 明らかにイリスを意識しているのはわかるが、何を話せばいいのか、もしくは話そうとしていたことが吹っ飛んだのか、どちらにせよ頭が真っ白になっているらしい。


「ご、護衛の人達、若いんだね」


(振り絞った一言がそれかよ)


 マルクはこりゃあダメだ、と額に手をやった。脈がないなんてもんじゃない。


「ええ、でも強いんですのよ。以前、領軍と訓練したときなどそれはもう強かったんですから!」


 イリスは身内――というか実際血縁者もいるが、その感覚で胸を張る。


 若いけど今回の護衛はすっごく強いんだぞ! と、いう牽制の意味もあったが、ヴァーゲはそんなところに注目はしていない。


 彼らの提げている認識票に目が行っていた。


「個人四等級に、六等級? しかも魔族……か、過剰なんじゃないかな? そんなに強い人達ばかりだと息苦しくなるかもしれないし」


「そんなことありませんわ! 兄様達がいなかったら今頃退屈で死にそうになってましたわ!」


 イリスが猛然と首を横に振って主張する。


「に、兄様……? お兄さんがいたの?」


 ヴァーゲの関心がイリスの兄という言葉に向いた。彼の記憶ではイリスに実兄はいない。


「従兄ですわ! お祖父様やお父様の浮気とかではありませんわよ?」


 イリスが周囲に聞こえるよう釘を刺す。トビアスへの風評被害が湧かないようにする為に言ったようである。そこら辺の教育はきちんと行き届いているらしい。


 が、話していいのはここまでだ。これ以上聞けば、死んだユリウスや魔族の余計な話へと話題が飛んでしまう。


「そ、そうなんだ」


 おっかなびっくりと云った様子でヴァーゲがアルの方に視線をやるが、彼はそちらに目を向けなかった。奥から敵意が近付いて来ていたからだ。


「ヴァーゲ、ここにいたのね」


「は、母上……」


 そう言って近付いてきたのは、暗い赤色の礼装に身を包んだ妙齢の女性だった。アル以外の仲間もそこでようやく敵意に気付く。何か妙な、得体の知れない悪意が滲み出ている。


「ご無沙汰しておりますわ」


 イリスが挨拶を口にした。


「ええ、お久しぶり。ますますお母上に似てきたのではなくて?」


 ヴァーゲの母、ミトライト子爵夫人の褒め言葉。


「それなら嬉しい限りですわ」


「そうね、シルト伯爵夫人……リディア様はお綺麗だもの。今日はいらしてないのかしら?」


「ええ、少々体調を崩しておりますの」


 イリスの返答に棘はないが、明らかに感情を乗せていない。尤もそれはミトライト子爵夫人もだが。


「あらそれは心配ね。ああ、そうそう。これお土産として持ってきたのだけれど、夫人がいないのなら貴女に渡しておこうかしら」


 そう言うと不用意に踏み出すミトライト子爵夫人とその護衛。


「おっと」


 アルは護衛を押さえておくことにした。身体を間に入れて通せんぼ状態だ。


 子爵夫人は抜けてしまったが、アルの後ろには仲間達がいる。子爵夫人がイリスに小さな木箱を渡そうとしたところで、マルクがその手をがっしりと掴んだ。


「あら? 護衛の方、(わたくし)はイリスさんにちょっとした手土産を渡すだけよ? まだまだ若いから焦っちゃったのね。今ならその未熟さに免じて赦してあげるから、この手を離しなさい」


 子爵夫人がそう言うと、


「そういう煽りは隠せてねえ敵意を引っ込めてから言うんだな」


 マルクが挑発に応じるように答える。子爵夫人は目を一瞬見開き、憎しみを垣間見せた。


 ――そいつが本性か。


「いいでしょう。それなら私が箱を開けて、中身だけ渡しましょう。それなら構いませんでしょう?」


「お好きに。ただし、開けるときは三歩離れてもらおうか」


「っ! ……いいでしょう。しかし、何もなかったときは――」


「頭なら下げてやる、早く離れろ」


 やや早口に言い募る子爵夫人の勢いをぶった切ってマルクが殺気を軽く当てる。


「っ!?」


 ヒヤリとした感覚に襲われた子爵夫人は慌てて三歩下がった後、箱のふたを開けた。


 中に入っていたのは髪飾りだ。何の変哲もないモノに見える。だがマルクは動じない。


 敵意に反応したのだ。毒物や劇物でないことは()()()()()()()()()()()()()


 動揺しない彼に、目論見が外れたと子爵夫人が苛立った顔で口を動かす。


「これでいいでしょう? さ、まず無礼の責任を――」


「イーファ夫人?」


 そこへ挨拶回りを一通り終えたトビアスが戻ってきた。


「あら、トビアス様ではありませんか」


「ミトライト卿はいなかったようだが、来ていたのか」


 呟くように問いかけると、


「病に伏している夫の名代として来ましたのよ。挨拶が遅れてしまって申し訳ありません」


 子爵夫人――イーファはしなをつけて膝折礼(カーテシー)を行う。


「ああ。そちらは元気そうで何よりだが、卿は大事ないのか?」


「ええ、問題ないでしょう」


 イーファが薄い笑みを貼り付けたまま言ってのける。


「そうか。ところで揉めていたように見えたが、どうかしたのか?」


 明らかに険悪な雰囲気になっていたことをトビアスが指摘すると、


「いいえ、手土産を渡したくて不用意に近寄り過ぎたんですのよ。これをイリスさんへ」


 素知らぬ顔でイーファは髪飾りを手渡した。黄緑色の淡い装飾のついた髪飾りだ。


「……感謝する」


「是非ともお付けになってあげて下さいな」


「あ、ああ」


 トビアスは髪飾りをイーファからわからぬように手元で調べ、娘の髪につける。一応不審な点は見られなかった。


 自分より下の階級の貴族とは言え、着けないのも非礼に当たる。致し方ないことだ。イリスもわかっているのか、変に抵抗したりしない。


「似合いますわ」


 パンッと手を叩いてイーファは満面の笑みを浮かべた。


「そうか。私は何分こういったものへは疎くてね」


「いえいえ。殿方はそういうものですわ」


 トビアスとイーファがいっそ白々しい会話を繰り広げ、数分もしない内に終える。


「では、ごきげんよう。ヴァーゲ、行きましょう」


 そう言うと、息子を連れてようやく去って行った。


 途端にイリスが肩をぐったり落とす。


「疲れましたわ…………」


「そうだな」


 マルクがイリスの肩をポンポンと叩いて労う。ああいう疲れ方は戦闘ではしない。トビアス以外は初めての感覚に妙な気疲れを感じていた。


「うむ。あのご婦人は一体……」


 物腰は柔らかい癖にやたらと毒を感じたイーファ。


 ――何者なのだろうか?


 ソーニャの疑問はトビアスが解決してくれた。


「イーファ・ミトライト。ミトライト子爵の妻で古い知り合いだよ。にしてもどうして揉めてたんだい? 彼女はああ言ってたけど」


「敵意を隠せてなかったのよ」


「敵意だって?」


 凛華の端的な返しにトビアスがギョッとする。アル達の眼は嘘を言っているようには見えない。


「明確に悪意や害意でした。わかりやすいくらいでしたよ。トビアスさんが来たら慌てて引っ込めましたけど」


 アルは護衛を任された一党の頭目として冷静に報告した。六道穿光流を中伝まで修めているアルは気配や悪意、敵意をほぼ無意識で鋭敏に感じ取る。


 感じ取ろうとしなくてもわかるほどだったのだと言えば、


「僕にではなく?」


 トビアスは妙な質問をした。言葉の意味がわかりかねてラウラが問い返す。


「ええと、はい。心当たりがあるのですか?」


「ああ……ええとね。僕がまだ十代前半の頃、彼女は許嫁だったんだよ。ただ、色々やらかしてそれが解消されたんだけど、それで一時期荒れててね。まぁその()()()()の被害者がリディアで、暴いたのが僕だったっていうのもあるんだけど」


「へぇ~、リディアさんとはそれで知り合ったんだ」


「まぁね。いつの間にか意気投合してて――ってそれは良いんだ」


 エーラが興味深げに感想を漏らすと、トビアスは即座に話を戻した。イリスはもう疲れたという顔を向けながら父に問いかける。


「お父様への怨みが私にぶつけられそうなんですの?」


「そうはならないよ。というかミトライト家はずっとイリスに縁談の話を寄越してきててね」


(わたくし)、ヴァーゲとお付き合いするつもりはありませんわ」


「うん、わかってるから何度も断りの手紙は出したんだけどね。しつこく送ってくるんだよ」


 ――ヴァーゲは可哀そうに。


 父と娘の会話を聞いてアル達はそう思った。


 どう見ても気がありそうだったし、彼自身に悪い感じはしなかった。しかしイリスはバッサリだ。


「まぁもう少ししたら帰っても咎められない頃合いになるだろうし、先に馬車に戻ってていいからね」


「お父様は戻りませんの?」


 イリスが不思議そうに問うが、


「僕は閣下に聖国の話をもっと詳しくしとかなきゃいけないからね。もう少しだけ掛かると思う」


「ああ、なるほど」


 トビアスの返答でアルは納得した。ラウラとソーニャの件での越境行為についてだ。辺境伯と言うからには、きっちりと報告しておくべきだろう。


「うん、というわけでその間の警護もよろしくね」


「「「「「「はい」」」」」」


 そんな風に話していた時だ。


 食事会場の扉が勢いよく開き、領軍の兵士が走り込んできた。〈ウィルデリッタルト〉の紋章をつけた者と、辺境伯家の者と思わしき紋章をつけた者がそれぞれ1名ずつ。


 ――あんなに慌ててどうしたのだろうか?


 訝しむ視線を受けながら兵士達は、それぞれの主に息を整えながら報告を入れる。


「閣下にご報告を! 〈ゼーレンフィールン〉、貴族街門に多数の魔獣が押し寄せてきております!」


「なんだって!?」


「その数一〇〇体以上! 低位魔獣がほとんどですが、だんだん増えてきており、またこちらの手勢も少なく押されております! ご指示を!」


 トビアスは慌てて辺境伯へ視線を向けた。あちらも似たような報告を聞いたらしく、鷹のような眼を光らせて視線を送ってくる。


 報告に走れる兵士がいたのは、辺境伯家とシルト家の領軍ぐらいだったらしい。


 他家の者達も凍り付いている。


 ――魔獣が百体以上だと? しかも、貴族街門の方から?


「閣下!」


「うむ、一般街の方に行かれるのもマズい。そちらの手勢は出ているか?」


 トビアスの鋭い呼び声に、辺境伯も軍人らしく通る声で素早く訊ね返した。


「ええ、おそらく総員で対応中かと」


「そうか。おそらくうちもだ。貴賓館の護りも必要になる。各家当主は集まってくれ! 兵への指示を頼む!」


 辺境伯の言葉が届くや否や、会場はすぐに慌ただしい雰囲気に包まれた。当主と思われる者達が続々と辺境伯の下へ集まっていく。


「すまない、イリスを頼むよ」


 トビアスもそう言って辺境伯の下へと駆けだした。


「お父様……っ!」


「気休めは言いたくないが大丈夫だ。〈ウィルデリッタルト〉領の兵士は強い方ばかりだからな」


 不安そうに淡褐色(ヘーゼル)の瞳を揺らすイリスにソーニャが慰めの言葉を掛ける。慰め方としては下手な部類だが、その優しさは伝わった。


 アルは護衛対象をマルクに任せ、窓の外へと走る。


 2階のバルコニーから森方面の門を透かして見れば、魔獣の大群が押し寄せてきているのが確認できた。


 わかるだけでも牙猪に餓狼、ヒトノミカガチ、大鎚狒狒(おおつちひひ)と云った魔獣らがウジャウジャいる。


 魔獣は決してあんな風にひと塊の集団になどならない。魔物のように共生関係を築くことはまずないし、食物連鎖のヒエラルキーが違う種同士で組むことなど絶対に有り得ない。


「ここを襲うように仕向けたヤツがいる……!」


 つまりこれは人為的に仕組まれたモノだということ。


 しかし策謀に気付いたは良いものの、どうやって誘導したのか、また何が狙いなのかもわからない。


 ――護衛依頼を請けてて正解だった。


 妙なフラグを立てたトビアスをちょっぴり恨みつつも、アルは意識を戦闘用のソレへと切り替えていくのだった。

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