16話 ひと時の平穏、這い寄る影(虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
アルクス達が滞在している宿の3階は屋上となっており、展望スペースとして開放されている。
今はまだ早朝の6時なので肌寒い。とはいえ夏場だ。数十分前に日は昇り始めている。
そんな薄っすらと明るい屋上に設置されている木の長椅子の上に、青白い光がぼんやりと漂っていた。
左眼を閉じたアルが発動させている『釈葉の魔眼』の光だ。
大振りの短剣を腰に差し、あとは龍鱗布を羽織っているだけの彼の静かな様子は、思索に耽っているようにも精神修行をしているようにも見える。
昨夜魂の内面世界で前世の自分と語り合ったアルは、その後すぐに一度目覚め、もう一度眠りについた。
しかしその眠りも浅かったせいか朝5時を回る頃にはすっかり目も冴え、こうして屋上からの風景を眺めていたのだ。
『釈葉の魔眼』を発動しているのはただの癖で、何かを考えていたわけではない。
強いて云うのであれば――――漠然とした争いの気配に、対抗するための術を取り留めもなく考え続けていただけである。
昨日の話では街に入ろうとした聖国の者は6人いたと言う。この街の門は4つ。
武芸都市ウィルデリッタルト方面の街道以外から入ろうとしたとのことらしいが、連中が現在潜んでいるのはどこらへんなのか?
恐らく旧街道方面が最も見張りは薄いだろう。
追加の追手が来るかもしれないのに捕縛対象がそちらへ逃げようとする可能性はかなり低い。
(聖国のヤツらはそう予測してるはず)
また騎士の死体が見つかったと仮定すれば、敵はラウラ達が仲間を見繕った可能性も考慮に入れているだろう。
更に、帝国領は多少の距離はあれども西隣のラービュラント大森林と接していると言っても過言ではない。
そしてどこの国境とも直接的に接していない〈ヴァルトシュタット〉は四方を自然に囲まれていて、国境にどこぞの城の如く長い壁が築かれているわけでもない。
これはつまり、街道以外――整備もされていない自然ばかりしかないのでやる者がほとんどいないというだけで、街を通らなければ付近にはいくらでも侵入も潜伏もし放題だということだ。
神殿騎士の本隊とも呼べる連中はアル達――正確に言えばラウラとソーニャの進路を読んで配置についていると考えるのが妥当。
即ち武芸都市〈ウィルデリッタルト〉方面の街道を最警戒していると考えて間違いないだろう。
これを欺くのは至難の業だ。
6頭立ての幌馬車が目立たないわけがない。かと云って誰かに囮をやってもらうという手はあまりに非人道的過ぎる。
野盗の真似事までしてくるかもしれない連中の目に留まるよう動いてくれ、などと誰に頼めようか。そもそもラウラも望んでいない。
かといって自分達の頭数を割るのはもっとマズい。
敵の方が圧倒的に人数が多いはずなのだから、これ以上こちらの人員を減らすのは下策中の下策だ。
(結局はいつ、どうやって、ここを出るかだ)
武芸都市の救援とやらも正直なところ望み薄。
行けば保護はしてくれるかもしれないが、わざわざ来てくれるとは思えない。
そしてその間、神殿騎士達がこの街の周囲を張っている。
きっと被害が出るのも時間の問題だ。
誰への被害か?
決まっている。そんな連中とは無縁の、何も知らぬ人々へのだ。
――くそったれめ。
表情こそ変えないもののアルは苦虫を噛み潰したような胸中で、何度目かもわからない悪態をつきながら虚空を眺め続けていた。
「アルさん……?」
「こんなとこにいたの?」
「あんたちゃんと寝たの?」
そんなアルへよく通る少女らの声が掛けられた。
声の持ち主はラウラ、シルフィエーラ、凛華だ。
(あれ? なんでここに?)
そう思いながら空を見てアルは気付く。
先程より随分と陽が高い。
きっと時間になっても自分がいなかったから探しに来たのだろう。
「三人とも、おはよ」
と少々申し訳無さを滲ませて挨拶すれば、
「いつからいたのよ?」
凛華が強めな語調で訊ねた。
しかし言葉とは裏腹に、彼女の青い瞳は明らかにこちらを心配して僅かに揺れている。
「さっきだよ」
何の気無しを装って応えると、
「嘘だね。マルクが起きたときにはいなかったって言ってたもん」
エーラにアッサリ看破されたので、アルは肩を竦めてみせた。
「マルクが起きるちょっと前だよ」
「本当ですか?」
「時間は……見てなかったかな」
「どれくらいいたんです?」
「ぼーっとしてたから覚えてないや」
そんなおざなりな返答を寄越すアルをラウラは見つめ続ける。
不安なのだ。
昨夜、聖国の騎士達がこの街にやってきたと聞いてもアルは淡々とした態度を一向に崩さなかった。
何も問題ない、想定内だとでも言うように。
その姿が別れる少し前の父ノーマン・シェーンベルグと重なっていた。
「…………五時過ぎくらいからだよ」
琥珀色の視線に耐え切れなくなったアルは観念して正直に口を割った。
「もう八時前よ、アル。どうしたのかちゃんと言いなさい」
「そんなに……」
――経ってたのか。ちょっと考え事してたくらいのつもりだったのに。
凛華の瞳がアルに突き刺さる。
「…………」
「アル」
エーラにしても綺麗な新緑色の瞳が不安そうに揺れている。
アルは吐息を一つ溢して、白状することにした。
前世の自分に言われたことをやってみようと思ったのだ。
「……この二、三日で色んなことがあったろ?」
「うん」
「そうね」
「はい」
3人の美しい少女達が思い思いに振り返って肯定する。
「それでちょっと悩んでたんだよ。途中で投げ出すくらいなら最初っから手は貸してない。けど、だからって安易に――――敵だからって簡単に割り切って人殺しをしても良いのか? とか、自分の決断で幼馴染達に手を汚させていいのか?とか。
想定より知能の高そうな連中が追いかけて来てるけど、あの時の俺の判断は正しかったのか? 〈ヴァルトシュタット〉は通り抜けて、武芸都市まで一気に行くべきだったんじゃなかったのか? とかさ。そんなこと考えてたらどんどん息苦しくなってきて、しんどくてさ…………だから、ぼーっとしてた」
アルの吐露は3人に少なからず衝撃を与えた。
――そこまで気に病んで……。
凛華とエーラは動揺する。
結局、あの神殿騎士共のほとんどを屠ったのはアル自身だ。
それでも仲間に人の命を奪わせてしまった、と一人苦悩していたという事実に2人は胸がきゅうっと苦しくなった。
ラウラは出会ったときから飄然と一党を率いていたアルにそんな内面があったと知り、己でもわからないくらいに困惑し――……。
同時にストンと納得も出来た。
自分達に知識や技術を詰め込むように訓練をさせていたのは…………彼自身、不安だったからだ。
やれることは全部やっておこう、と少しでも戦力増強を図ろうとしていたからだったのだ。
「知らなかったわ。ちゃんと言いなさいよ。聞いてあげるから」
凛華が優しい声を掛けながらアルの隣に座る。
「だから言ってみたんだよ。愚痴は仲間にするもんだって言われてさ」
「誰に?」
キョトンとした顔でエーラが問う。
「もう一人の俺に」
アルの回答に鬼娘と耳長娘は納得した。
「良いこと言うじゃない、前世のあんたも」
「だね。今度から溜め込むのはなしだよ」
「……うん、わかったよ。はぁぁ~、八時って聞いたらお腹空いてきた。ご飯いこうか」
立ち上がったアルは『釈葉の魔眼』を閉じて最後に屋上を振り返る。
(ぼーっとするには悪くない場所だった)
そこへおずおずとラウラが声を掛けてきた。
「あの、アルさん……前世の自分ってどういうことでしょうか?」
どこか申し訳なさそうな声音だ。
「「あっ」」
「あ~あぁ、アルも凛華もおっちょこちょいだなぁ」
ラウラは教えてくれると嬉しいなぁという顔でそわそわとこちらへ視線を向けていた。衝撃を上書きしてしまったらしい。
たらぁ~っと冷や汗を垂らす凛華を横目に、アルは「しょうがないか」とばかりに隠れ里公認の秘密を教えるのだった。
無論、ラウラが驚愕したのは言うまでもない。
その後、屋上扉付近で様子見をしていたマルクガルムとソーニャにも聞かれてしまっていたことが判明し、興味津々な顔の少女騎士にも話す羽目になってしまった。
ちなみに呆れ顔のマルクからは「もう少しウジウジしてたら張り倒されてたぜ」とありがたい言葉も頂戴するアルであった。
~・~・~・~
その後、階下へ降りて朝食を摂っていた6人の下へ、使い魔の三ツ足鴉が帰って来た。
今度は〈ネーベルドルフ〉の長シモン・レーラーからの手紙を携えている。
凛華とエーラは夜天翡翠を労いながら可愛がり、アルとマルクもまた傷一つ負っていない夜天翡翠の姿に胸を撫で下ろした。
シモンからの手紙には、ネーベルドルフの書簡にアルが持たせた手紙を混ぜて隠れ里の方に送っておいた旨と、忠告に感謝する旨が綴られている。
――これで気懸かりが一つ減った。
「お疲れさま。何か食べるだろ?」
「カアー」
ほっと胸を撫で下ろしたアルが腸詰や葉野菜を与えながら黒い羽毛を撫でる。
「翡翠、食べながらで良いから聞いてくれ。明日の朝、ここを出る。万全の状態にしておいてくれ」
「クァ?カァー」
「ちゃんと休んでおくんだぞ」
「カアッ!」
夜天翡翠は素直にひと鳴き返事をして、満腹になったらバサッと飛び立っていった。きっと街のどこかで眠るのだろう。
~・~・~・~
朝食を終えた一行は幌馬車を借りる手筈を整える為『黒鉄の旋風』に聞いた商会へと立ち寄ることにした。
どうやら街同士で情報網を築いている大規模な商会らしく、借りた幌馬車は目的地であるウィルデリッタルトの同商会へ返せばいいそうだ。
それから6人一党はようやく準備も終わったと〈ヴァルトシュタット〉支部の建物へと向かった。今日もラウラとソーニャの訓練だ。
ちなみに凛華とアルの稽古はなしだ。大事を取ってというやつである。
* * *
それから数時間後。
夕方6時前、昨日と同じ訓練を終えた6人は、鍛冶屋を営んでいる鉱人ダビドフ・ラークのもとを訪れていた。
人間組の訓練の方は順調だ。
しかし、ラウラとソーニャはたった1日で起こった自分達の変化に驚くことになった。
最初に魔術の打ち消し合いをした時点で、互いに相手の成長に瞠目した。
当然ながら一朝一夕で魔力の総量が増えたりすると云うことはない。
しかし魔力の操作や感覚については違ったようで、ある程度コツのようなものを身体が掴んでいたらしい。
物量作戦だと言わんばかりに魔力を扱い続ける反復練習のおかげで、5つの定型術式のみならそこまで苦労することなく扱えるようにもなっており、また魔力と攻撃に対する反応速度も昨日に較べれば天と地ほどの差が開いていた。
おまけに休憩のたび差し挟まれるエーラの『治癒術』。
これによって筋繊維が傷つく端から短時間の筋肉痛と共に彼女らの身体を修復と補強を繰り返し、作り替えていたのだ。
ラウラはアルの魔力球を避けた際、明らかに動きやすくなっていた己の身体に目を瞠り、ソーニャはマルクの攻撃を受け流した際、己の膂力に半ば呆気にとられることになった。
勿論2人が本気のアルやマルクに対応できるほどの筋力や反応速度を得たというわけではない。
短時間の内に修復と強化が行われた結果、2人の身体が劇的な速度で戦うための身体――その雛型のようなものが出来上がったというだけだ。
アルがとことん能率と効率を突き詰めて考えた訓練メニューの成果である。
これは彼女らにとっても大きな一歩だ。
なにせ半魔族たるアルにも龍人族の血が流れている。
2人の戦闘民族に問答無用で叩き込まれる戦闘勘や身体の動かし方は、ラウラとソーニャにとってみれば垂涎物の知識や技術。
その極々一部でも自分たちの血肉となっているという実感は、彼女らを更に発奮させることになった。
「よォ、待ってたぜ」
6人が鍛冶工房へ入るとすぐに声が掛かる。
工房主ダビドフその人は、縁台に座って紫煙を燻らせていた。
「出来ているのですね!?」
畏まったソーニャがあわあわとしながら鍛冶師へ迫る。
その様子にダビドフは可笑しそうに笑った。
「出来てるからそう慌てんなよ。にしても二日で随分見違えたなぁ」
優れた鍛冶師は剣士の力量を見極められる。
(剣頼みに来た時とはほぼ別人だぜ、こりゃあ)
ダビドフはアッサリと2人の成長ぶりを見抜いた。
素人に毛が生えた程度の剣士見習いを、どれだけ厳しく鍛えればこんな年若い新兵のようにできるのやら。
「そうだろうか? 確かに少しは実感もあるのだが」
ソーニャは手をぐーぱーさせて照れ臭そうにしつつも、目線は立てかけてある一振りの剣に目が行っている。
――あれか? あれなのか?
「そうソワソワすんなってえのに。ほれ、こいつがお前さんの剣だ」
あまり勿体ぶるのもどうかと思ったダビドフは、ソーニャの胸甲に入っているラインと同じ青色の鞘をした剣を手渡してやった。
「お、おお……っ! これが私の……!」
「ダビドフさん、説明をお願い」
剣身も抜かず捧げ持つソーニャを微笑ましく見ていたアルが頼む。
「流石に心得てんな。よしっ、じゃあ始めんぞ」
するとダビドフはニヤリと笑った。
「始める?」
とは何のことだ? とキョロキョロするソーニャへ凛華が答える。
「剣の説明よ。どう打ったのか聞かないと、どこまで振っていいかわかんないでしょ? 自分の望み通りになってるかも確かめらんないし。それに――」
「俺ら鉱人鍛冶師ってのは、丹精込めて打った武器の解説を入れて手渡すのが好きなんだよ。人間の鍛冶師はどうか知らんが、鉱人がそこまでするのは大抵満足のいく仕事をしたときだから、覚えとくといいぜ」
ダビドフが凛華の言葉を引き継いだ。
つまりこの剣はこの鉱人鍛冶師が、いい仕事をしたと胸を張れるほどのものだということ。
「感謝する! 早速その解説をお願いしたい!」
ソーニャは萌黄色の瞳に喜色を宿して勢いよく腰を折った。
「ここまで喜ばれりゃあ悪い気はしねーな。んじゃ説明するぞ。まずこいつァ魔銀鉱石と鋼鉄、それと武芸者協会から仕入れた魔力の多い魔獣の枝角を素材にして打った。わかりにくいが魔剣ってやつだな。
つってもそこのアルクスの坊主達が持ってるようなもんとは違ぇ。こいつらのは多分もっと上のヤベぇ魔獣のなんかを使ってるだろうからな。さすがに協会の手持ちにそこまでのもんはなかったから、嬢ちゃんの望みに合いそうな硬度と、支部で坊主から言われたように魔力の通りが良い素材にした」
「魔剣だったのか!! 鉱人の打った剣というだけでも充分ありがたいものなのに!」
「ふぅん。続きいいわよ」
感涙の涙すら流しそうなソーニャと、早く先を言えという凛華は見事に対照的だ。
習性や嗜好を理解しているのと共感するのはまた別だ、という最たる例である。
「それで?」
アルの対応は非常に事務的だ。
一党の仲間が持つ装備の性能を脳内に書き留めているので真面目腐った顔をしている。
「お前さんら、嬢ちゃんの反応がマジに正しいモンなんだからな? …………ゴホン、でだ。嬢ちゃん、剣を抜きな」
「こ、こうか?」
緊張気味に引き抜かれた剣身は、凛華の持つ直剣に似ているようで少々違った。
凛華の物よりほんの少し長い長剣だが重量は軽い。
身幅が広く真っ直ぐに伸びており、一般的な剣の形状とは反対で、切っ先に向かうにつれてほんの少しずつ広くなっていた。
また幅広になっていく剣身には太めの樋が1本刻まれている。
おそらくこれが軽量化と柔軟性を剣に与えているのだろう。
更に大きな円盤状の十字鍔がついており、そこと繋がっている護拳はラウラの杖剣についているものと似ていた。というより似せてくれたようだ。
ちなみに青く染めてある革を張った金属製の鞘は、ダビドフの妻が拵えたものである。
夫婦揃って鍛冶工房を営むラーク夫妻の見栄え担当の仕事も、見事の一言であった。
「そいつは凛華嬢ちゃんの直剣と長さはそう変わらねえが軽い。受け流す為の柔軟性に重点を置いてるからな。逆に斬るときはそいつの長さと切っ先の重みで鉄鎧くらいなら嬢ちゃんの腕でも凹ませるくらいワケねえし、刃筋が立ってりゃ斬り裂ける。
取り回しやすい護る剣が望みだったろ? その通りになってるはずだから、ちっとそこで振ってみな。盾も構えてな」
「美しい――あっ、うむ、わかった」
木目のような模様を持つ銀色の剣身に見惚れていたソーニャが我に返り、いそいそと歩いて行く。
工房の隣にある空き地には、人型の巻き藁が適当に置いてあった。
「ふふっ、嬉しそうですね」
血の繋がらない妹が浮足立っている様子が可笑しかったのか、ラウラがくすくす笑っている。
「見てられねえなまったく」
そう言ってマルクがそちらへと向かった。
落ち着かせに行った人狼族の青年を見つつ、ラウラがダビドフへ目を向ける。
「それで、お幾らになりますか?」
「こんなもんかね」
ソーニャの反応に満足していたダビドフは、紫煙を吐きながら指でピッと金額を示した。
途端、ラウラは驚いて軽く目を見張る。
「魔剣……なんですよね? それじゃ安過ぎるのでは?」
安くて当然だ。ダビドフの提示した金額は、数打ちの直剣と同じ値段なのだから。
特注で特殊形状の魔剣など、これでは桁が足りていない。
すると戸惑いを隠し切れぬラウラへ、ダビドフはニヤリと笑ってみせる。
「出世払いってやつさ。ソーニャの嬢ちゃん、たった二日で新兵くらいの剣士になってやがった。ラウラの嬢ちゃん、お前さんも雰囲気がちっと変わってるぜ? そんな将来有望なヤツらの一人が俺の打った武器を振るう。
名が売れればいつか、どこで打たれた剣か聞かれることもあんだろう。そうすりゃうちの客足が増えてここで貰う金よりもっと金が入る。だからあの剣はこの金額でいい。気に食わねぇなら落ち着けるようになってからまた払いに来い。土産話と一緒にな」
ダビドフは『黒鉄の旋風』よりも早く、アルから事情を聞いていた。魔族の誼と云うやつだ。
聖国から逃れる人間の少女らと、そんな彼女らを守って旅をするというアル達若い魔族。
それを聞いたダビドフは、急に吹き流れ始めた爽快な風を感じた。
これはその礼と、彼らへの応援だ。
この鉱人鍛冶師はめげずに頑張れよと言ってくれている。
「はい……! また、来ますから!」
正しく察したラウラはあたたかい気持ちになり、気合を込めて応じた。
ダビドフがイタズラ気に笑う。
「ダビドフ殿ぉ! 凄く振りやすい! ありがとう!!」
そこで巻藁の前にいたソーニャが喜色満面でぶんぶんと手を振った。お気に召したようだ。
「そいつァ良かったが、あんまはしゃいで振り回すんじゃねえぞー!」
「うむ! 感謝するぞ! ラウラ、ほら見てくれ!」
嬉しそうなソーニャへ「はいはい」と微笑ましそうに笑ったラウラが、魔剣代を手渡してそちらへ向かう。
あれでは姉妹と言うより母と娘のようだ。
「はしゃいでんなぁ」
提示額分だけ受け取って苦笑するダビドフへ、
「ほんとに良かったの?」
アルは訊ねた。無論、金額のことだ。
「良いのさ。ちっと前にも言ったろ? 鉱人鍛冶師ってのは持て囃されるって。そんでなァ、腕も無けりゃあ目もねぇ。けども金だきゃあ持ってるって奴もこの田舎街に来たりすんのよ」
「あぁー…………」
――つまりそこで踏んだくってるから金に困ってないということか。
「意外と強かだね、ダビドフおじさん」
エーラは楽しそうだ。悪戯好きの血が騒いだのだろうか?
「振りもしねぇ剣なんぞ柄と鞘だけついてりゃいいんだよ。俺らの打つモンは斬るため、使うためのモンだ。飾っとくなら細工職人にでも声かけりゃあいいのさ」
とは言うもののダビドフとて線は弁えている。
素材と金まで渡されれば、どんな酷いなまくら剣士だろうが打ってやる。
だがそうでない偉そうな連中には適当な数打ちにそれっぽい装飾をつけてぼったくることにしていた。
「ま、いいんじゃない? わざと折れるように打つ鉱人はいないし」
凛華が肩を竦める。結局、見る目のない奴が悪いのだ。
特に鉱人の打つ武器は実用一辺倒なものがほとんど。箔をつけるために求めるものではない。
「そこは当然よ。鉄に申し訳ねぇからな」
「ふぅっ、それならいっか。危うく憲兵に突き出すとこだった」
胸を張るダビドフにアルはわざとらしく胸を撫で下ろして見せた。
「おぉいアルクス、ちっとばっか冗談キツいぜ」
はっはっはと笑うダビドフにアルも笑い出し、凛華とエーラもクスクス笑みを溢す。
愚痴や悩みを打ち明けたアルが久々に心から快活に笑っているのを見て妙に嬉しい鬼娘と耳長娘であった。
ところが――――……。
ダビドフの鍛冶工房を出てすぐのことだ。
アル達6人は否応なく追っ手の存在を意識することになる。
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