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【10.1万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第2部 青年期 武芸者編ノ壱 新たな仲間と聖国の追手編
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断章2  娘たちの長湯

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


今回は断章です。なにとぞよろしくお願い致します。

 イスルギ・凛華という鬼人族とシルフィエーラ・ローリエという森人族は共に〈隠れ里〉で育った魔族である。


 彼女ら2人の後ろを所在なさげに歩く人間の少女ラウラとソーニャとは同年代だが、前者と後者の間には大きな隔たりが存在していた。


 それはズバリ文化だ。


 特にその入浴文化は大きく異なっている。


 魔族間に”この種族はこれ”といった入浴文化は存在しない。


 環境によって好む者もいれば好まない者もいるし、人間と較べて魔力を多く保有する種族ばかりなので汚いままでいたがる奇特な種族もほぼいない。


 大きな大衆湯屋が〈隠れ里(ふるさと)〉にある鬼娘と耳長娘も幼い頃から風呂に慣れ親しんでおり、また当然の如く好きである。


 汗を流すと言えば水浴びではなく湯屋、というくらいだ。


 ちなみに元日本人の魂を持つアルクスや、種族特性的に狩人としての一面を備えるゆえ自他の匂いに敏感なマルクガルムも入浴好きである。


 尤も、その2人は面倒になったら川に飛び込むくらいの雑さも兼ね備えているが。


 とはいえラービュラント大森林を移動中、『陸舟(おかぶね)』開発前から入浴の時間はあった。


 アルが頑なに取るのをやめなかったのだ。


 あれやこれやとエーラに頼んで入浴槽を作ってみたり、そういう場所(スポット)を探してみたり、ドラム缶風呂染みた何かを魔術で作ろうとしたり。


 移動が楽になって最終的に行き着いたのは、水場近くを野営地とし、地形を利用して簡易な岩風呂を造ることだった。


 故郷の湯に浸かるという文化をそのまま取り入れた形だ。


 それゆえアルとマルクの男性陣は露天風呂を、凛華とエーラの女性陣は”星見風呂”を毎夜楽しんでいたりする。


 この”星見風呂”というのは『裸が見えるのはマズかろう』と仕切りについて試行錯誤するアルに、『風で葉っぱを密集させて(カーテン)を張る』から問題ないとエーラが言ったことにより生まれた、天窓のような穴から星々を眺める岩風呂のことだ。


 最近は、彼らのもう1羽の仲間である三ツ足鴉の名と掛けて”夜天風呂”などと呼んでいる。



 では翻って人間の――――つまりラウラとソーニャにとっての入浴文化と言えば?


 

 当然のことながら入浴という行為そのものは真っ当な文化として根付いている。


 しかし、それはバスタブに入って体の汚れを落とす――――所謂ところの()()()()()風呂だ。


 精々裕福な家庭の入浴習慣に、泡風呂という選択肢がギリギリある程度。


 行楽(リゾート)地や貴族くらいしか通えないような金銭面への負担が大きい温泉も、どちらかと言えば水着を着用して遊んだり泳いだりする大きな遊泳場(プール)という感覚に近い。


 つまり、隠れ里の住人らが強烈に持っている”風呂”という感覚は全く以て存在しないのだ。


 この事実から何を主張したいのかと云えば――――――。


 文化の違いというのは、こういう場面においてなかなか面倒な溝になるということである。


 岩風呂の近くについた鬼娘と耳長娘は早速とばかりに、


「おぉ~、広いと思ってたけどサマになってるねぇ~」


「疲れててもこういうとこは気が利くのよね」


 と慣れたように駆け寄っていく。


 その一方で、ラウラとソーニャは揃って口をポカンと開けた。


 周囲を木々で覆われた川べりに岩を並べて作られた浴槽があり、湯気が漂っている。


 人間の少女らにとってそれはあまりに非現実的な光景だった。


「あっ!ねぇ凛華、湯舟の外に岩敷いてくれたみたい!ホント気が利くね~」


 その声に釣られて視線を足元に下げれば一体どうやったのか、まっさらな断面を晒す岩が浴槽の周りに埋め込まれていた。


 成人男性でも充分収まるほど広く、段差になっている。


 浴槽から出てすぐに土や砂を踏んだ時の不愉快さは半端ではない、という理由から不格好だったがタイルの代わりにアルが敷いたものだ。


 また断面にちっとも砂や苔がついていないのは川から水を引くときにデカい岩をアルがくるくる回しながら浮かべ、マルクが『雷光裂爪(らいこうれっそう)』で輪切りにしたからである。


 気配りに溢れる仕様に凛華とエーラは上機嫌だ。


「ここなら洗ってすぐ浸かれるわね!」


「うん!上がる時はあっち側使お」


 同性のラウラが見惚れるほどに鬼娘が綺麗な笑顔を浮かべ、耳長娘も天真爛漫に笑う。


「そうね。あんた達も洗ってあげるから脱ぎなさいな」


「早く入ろうよ」


 そしてさっさと服を脱ぎだした。


 気後れしながら脱ごうとしていたラウラだったが、ものの数秒もしない内に悲鳴を上げた。


「ちょ、ちょっと待ってください!どうして全部脱ぐんですか!?」


「お二方とも……その、なんだ。大胆過ぎないだろうか?」


 ソーニャも堅苦しく苦言を呈す。


 人間の少女らの言っている意味がわからず、一糸纏わぬ姿の凛華とエーラはキョトンとした。


 白い肌の鬼娘と濃い小麦色の肌をした森人は、顔貌の造形が整っていることもあって同性でもドキリとする。


 おまけに2人ともスラリとした体躯に女性らしい部分もしっかり表れていた。


 自覚は薄そうだがどう見ても美少女だ。


 ラウラとソーニャがどこか奇妙な世界に迷い込んでしまったのではないかという錯覚すら感じ始めたのに対し、


「大胆って?あぁ大丈夫だよ。あの二人は来ないし、ほら。葉っぱで覆ってるから」


「風呂入るからに決まってるじゃない。脱がずにどうするのよ?」


 魔族の少女2人は堂々としている。


 彼女らの感覚は全く以て正しい。


 これから”風呂”に入ろうとしているのだから。


 しかし、ラウラとソーニャからすればおかしい。


 確かにいつの間にか岩風呂ごと自分達を覆いつくすような葉っぱの幕(カーテン)のおかげで外からは見えないのだろうが、そういうことではない。


 そもそも屋外で全裸になるというのに抵抗があり、それこそ経験はないがこういう場合入浴用の水着を着用するというのが常識なのだ。


「え、ええと。確かに水着はありませんけど――――」


「ごちゃごちゃ面倒ね。日が陰ってきてるし寒いの。もう脱がしちゃうわよ」


「きゃあっ!?」


「ほらソーニャもだよ~」


「ま、待ってくれ!私は自分で脱ぐ、脱ぐから手を放して!」


 大袈裟に騒ぐ人間の少女らに、かったるぅ~くなった凛華とエーラがさっさと脱がせにかかる。


 2人はとっと身体を洗って湯に浸かりたいのだ。


「うぅ……同じ女性とはいえ無理矢理脱がされるなんて……」


「さっきから大袈裟なのよ」


 羞恥で真っ赤になって身体を縮こませたラウラの不平を、凛華がバッサリ切り捨てる。


「私まで……自分で脱ぐって言ったのに……」


「肩の怪我、まだ完治してないから手伝ったのに酷い言われようだよ」


 ソーニャの矢傷は、エーラが治癒術を使ったことでもうほとんど塞がっている。


 とは云え、痕はまだ残っているし、ひきつれは起きてしまうがそこまでの支障ではない。


 しかし今は恥ずかしくて血流が昇ったらしく傷口が赤くなってしまっていた。


「手間かけさせるわね」


 凛華が「やれやれ」と言いたそうに呆れると、胸と局部を手で必死に隠していた2人は開き直ったのか「ええいっ」と岩風呂の縁に手を掛けた。


「浸かればいいんですよね?」


 少々つっけんどんに訊ねたラウラだったが、凛華がその肩を掴んでピシャリと止める。


「ダメよ。まだ身体流してないでしょ?汚れた身体で湯舟に浸かるなんて何考えてんの?ほらエーラを見なさいな」


 そう言われて隣を見ると、いつの間にやら木桶を手にしたエーラがザバザバと頭からお湯をかぶっていた。


 見るからに気持ち良さそうで、お湯の使い方も贅沢だ。


(あれ、いいな)


 思わずソーニャが心中で呟く。


「まったく……人間ってお風呂入らないの?汚いわよ?」


 凛華は腰に手を当て、魅惑的な体を惜しげもなく晒して呆れ返った。


 途端、人間の少女らが心外だと言う顔で猛抗議する。


「ち、ちがっ!文化がっ!文化が違うんです!大体私達はあんまり浸かるとかそういう習慣はなくて!」


「湯舟はその、汚れを流すものというか場所というか……ええと、とにかく風呂はある。ただ浸からないだけで――――」


 すると凛華は納得した面持ちでエーラに手渡された木桶を借り、ザバザバと艶やかな黒髪に引っ掛けながら、


「ふぅん。 父さんが人間の女は香水臭い、きっと風呂に入ってないんだって言ってたけど、そういうことだったのね。 お湯に浸かると血行が良くなって体の老廃物を汗として流してくれるのよ。 匂いの元とかも一緒に流してくれるんだから、これからはちゃんと浸かんなさい」


 日本のお母さんみたいなことを切々と説いた。


―――――それは臭いということだろうか?


 ラウラとソーニャが再び顔を羞恥に染める。

 

「うぅ、私一応貴族令嬢と同じ立場なのに……」


 裸に剥かれ間、接的に臭いとまで言われたラウラは精神的にポッキリと折れた。


 確かに馬に乗って必死に駆けていたのだから汗は掻いていると思ったが、何もそこまで言わなくても良いんじゃなかろうか。


「私ももしかして臭いんだろうか……香水の類はつけないが」


 全身に鎧を着込んでいる自分はラウラより遥かにマズいんじゃないか?とソーニャは慌てた。


 普段焼けることのない白い二の腕や、お腹をぺたぺた触り不安な表情を浮かべる。


 そこへ、エーラが無自覚に言葉の短剣(ナイフ)を投げつけた。


「あ、うちにはマルクがいるからあんまり香水はつけないでね。索敵できなくなっちゃう」


 臭いのはまあしょうがないけど……。


 そんな言い方にラウラが堪らず待ったをかけた。


「ちょっと待ってください。私達、臭かったですか?」


「か、彼は臭いと言ってたのか?」


 ソーニャに至っては青褪めた。


 騎士みたいな格好をしていても女という自覚はちゃんとあるのだ。


 落馬から助けてもらった時点で臭いとか思われていたら恥ずかしくて悶死してしまう。


「マルクはそういう失礼なことは言わないわ」


 凛華の回答は灰色(グレー)を極めていた。


 マルクは女性に直接臭いと言うような配慮(デリカシー)に欠ける男ではない。無論それはアルもだ。


「だね。距離を取るくらいで」


 フォローなのかトドメなのかわからないことをエーラが言う。


「距離までは取られなかったと思うが……くぅ」


(結局どっちなのだ……!?)


 ソーニャはプルプルと震えた。


「……ぐすっ」


 ラウラに至っては半泣きである。


「いつまで突っ立ってるの?流してあげるからしゃがみなさい」


「うぅぅ……はい」


「もいっこ桶作ったからボクも手伝うよ」


「た、頼む」


 特に脂ぎっているわけでもない朱と栗色の髪を鬼娘と耳長娘の手によって散々梳かれ、全身にこれでもかとお湯を掛けられる。


 そんなに臭かったのだろうか?と2人は本気で傷ついた。


 しかし、何のことはない。


 魔族の少女らにとって夜天風呂が聖域というだけである。



~・~・~・~



 もういいだろうというお許しを貰ったラウラとソーニャは、湯気の立つ岩風呂へ恐る恐る足を伸ばす。


 さっき散々ザバザバやられてわかったが2人には少し熱いのだ。


 そもそも入浴などササッと済ませるものという認識が強いだけに、浸かるという感覚に対する違和感が凄い。


 故国の温泉にも行ったことがない2人には無理もない話だ。


 そちらはそちらでこの岩風呂とはまた趣向が違う。


 ラウラが全裸に驚いたのも、温泉は水着で入るものという当たり前を凛華とエーラがものの数秒でブチ壊したからである。


「ゆっくりでいいわよ」


「はぁ~~極楽ぅ~」


 既に湯舟でまったりしている凛華とエーラは顔を緩ませてほこほことした表情を浮かべている。


 ソーニャはその様子に「ままよ!」と湯舟に身体を沈めた。


「ふっ、う、あつぅ~……あ゛ぁ゛ぁぁぁ~」


 肩まで浸かり、乙女とは思えない渋い声を上げる少女騎士。


「そ、ソーニャ……っ、そんな声出したらはしたないでしょう」


 見かねたラウラが注意するもあまり効果がない。


 早く来いと言わんばかりに、


「ラウラ様、気持ちいいですよ」


 とのたまう。


「様はやめなさい。姉妹のように育ってきたのに堅苦しいじゃないですか」


 ラウラは拗ねたように口を尖らせた。


「それならばそちらも、敬語はやめて頂きたい。寂しいでしょう?」


 ソーニャの言うことも一理ある。


「そう……ね。どうせ国元へは戻れないでしょうし、昔のように話そうかしら」


「うん、それはいいから早く浸かるといい。温まる」


「おざなり過ぎじゃない?」


 義姉妹兼従者の言に従ってラウラは肩まで岩風呂に浸かった。


「んっ、ふ、ぅ……ほぉぁぁぁ~」


 気持ちがいい。


 疲れがじわりと湯に溶けていくような未知の感覚に声が上がる。


 ソーニャほど豪快ではなかったが、花も恥じらう乙女としては充分に恥ずかしさを覚えるそれであった。


 しかし、それすらどうでもいい。


 疲労が抜けていくままに任せる。たまに吹いてくる風がまた心地良い。


「これは……気持ち良いですね」


「ふふ、そうでしょ?」


 凛華が自慢げにニコニコ笑う。


「こればっかりはアルに任せるのが一番だからねぇ~」


 エーラもふにゃあっと緩い笑顔を浮かべていた。


「妙に凝るのよね」


「ボクらはありがたいけどね~、特に今日は気合い入ってるし。後でお礼しなきゃ」


「そうね。戻ってきたときはだいぶマシな顔つきしてたけど……やっぱりやつれてたわ」


 凛華とエーラは正直なところ、神殿騎士との戦闘についてはもう気にしないことにしている。


 人を殺めたこと自体には怯えたし、身体の芯から震えもしたがこういう事態になる覚悟は疾うに済ませていた。


 彼女らとマルクから言わせれば、アルが背負い込み過ぎているのだ。


 本当に嫌なら何の強制力もない頭目の言葉など無視している。


 結局のところ、神殿騎士共の命を奪ったのは自分達の決断でしかないのだ。


 アルとて頭ではきっと理解している筈だが、殺人の衝撃が強すぎて処理しきれていないのだろうと彼女らは考えている。


 だからこそ、いつもの彼に戻ってもらうべく癒すのだ。


 そんなことを考えていた凛華とエーラにラウラが話しかける。


「あの……先程は本当にありがとうございました。お陰でソーニャも良くなりましたし、聖国の手の者に捕らわれずに済みました」


「感謝する」


「別にいいわ。判断を下したのはアルだし」


「アル、さんでしたか?その……彼は大丈夫でしょうか?私達のせいで――――」


「決めたのはアル。従ったのはあたし達。あんた達は唯のきっかけよ」


 酷い顔をしていた黒髪の青年を思い出して心配そうな顔をするラウラを、鬼娘がピシャリと遮る。


「そだね、君らのせいにするのは違うかな。仮令(たとえ)君らを庇わなくっても厄介な事になるのは目に見えてたもん」


 耳長娘の援護も的確だった。


 あの場で神殿騎士の言うことを聞いたところで見逃された保証など、どこにもありはしない。


 つまり2人の発言を噛み砕けば『そちらのせいではない。そもそも武装して多勢で襲ってくる方が圧倒的に悪い』という意味になる。


「だから言いっこなし。あと、アルじゃなくてアルクスよ」


「あ、ごめんなさい」


 勝手に愛称を使うな、と指摘する凛華にラウラは思わず平謝りした。


「あははっ。凛華~?ヤキモチぃ~?」


 それがおもしろかったのかエーラがケラケラ笑って揶揄う。


「違うわ。あれでもあたし達の頭目なのよ。そんな気軽に――――」


「うんもうわかった」


 頬を紅潮させた鬼娘がゴチャゴチャと言葉を連ねるが、耳長娘はサクッと遮って畳みにかかった。


「わかってないわ」


 しかし、鬼娘は食い下がる。


 普段堂々としているがこういう時はしつこい。


「んもぉ~メンドくさいよ~」


 エーラがザブザブと凛華から離れていく。


「待ちなさい」


「い~や~だぁ~」


 ラウラとソーニャはその光景から何となく彼ら4人の関係を察するのだった。



* * *



 そのまま体を洗う流れとなったのでエーラ印の石鹸で身体を隅々まで綺麗にし、再度浸かる。


 この時点でそこそこ時間が経っていたため、凛華が水を入れ替え、エーラが『埋火(うずみび)』をぶくぶくっと沈めて一気にお湯へ変えた。


 『埋火』とは炎属性魔力への適性が著しく低い魔族の使う魔術だ。


 凛華やエーラはアルがいないときだけこの魔術で火を熾す。


 ちなみに人間にはあまり知られていない。


 適性の低い属性が一切皆無な人間にはこの程度の火を熾すのに魔術を使う必要がないからだ。


「ねぇ、君らこれからどうするの?」


「どうとは?」


 エーラが不意に問うと、ソーニャが訊ね返す。


 耳長娘は水とお湯が混じっている場所を手でかき混ぜながら、問い直すことにした。


「これからどこに行くの?って意味だよ。故郷(くに)には戻れないって言ってたよね?」


「ああ、そういう意味か。ラウラ?」


 答えてもいいか?と目で問うソーニャに、自分が言うと制したラウラが口を開く。


「まずは帝国に入ろうかと。あそこなら聖国も無闇に出入りできませんから。父からもそう言われてるんです。帝国のどこか目立つ都市で暮らすようにと」


「ふぅん。で、当てはあるの?その目立つ都市って」


「私も詳しくは知りません。帝都には有名な魔術学校や女子学院があると聞いたので、そこに入れたらいいなと。勉強しなければいけないのでしょうけど」


 すると凛華が反応する。


「帝都ならあたし達と目的地は変わんないわね」


「ボクらはそこの魔術学校を受験しに行く途中なんだよ」


 短過ぎる幼馴染のセリフをエーラが付け足して補足した。


「「えっ?」」


 人間の少女たちが目を丸くする。


「うん?えっ?ってなぁに?」


「魔族なのに魔術学校へ行くのか?」


「あら、悪いかしら?」


 凛華が鋭く訊き返すと、


「あ……いや、そういう意味じゃないんだ。 ただ、先ほども簡単に魔術を扱っていただろう? そういうのが得意そうなのに今更必要なのか、という意味で聞いたんだ。 気に障ったのなら謝る、すまない」


 ソーニャは素直に謝った。


 彼女から誠意を感じたのか、凛華は然して気に留めずに説明することにした。


「必要っていうか外に出る条件なの。それにあたし達で簡単に扱ってるって、アルはどうなるのよ?」


「そうだねぇ~。ボクらが戦闘に使う魔術はアルが創ったのしかないもん」


 エーラは思い返すように夜空を見上げた。空の端はまだ僅かに明るい。


「魔術を創った?そんなこと出来るのは魔導師だけだってお父様から――――」


「事実だから疑われても困るよ」


 ラウラの驚愕に岩淵に頭を乗せたエーラがのんびりと返す。


「そんなことどうでもいいのよ。で、どうするの?ついてくるっていうならたぶんアイツは止めないわよ?」


 凛華の本題はこれだった。


 これからどうするのか?


 追手が来てるかもしれないなか、また2人で逃亡に移るのか。


 それとも――――――……。


 ソーニャをチラリと見たラウラはしばし沈黙し、やがて口を開いた。


「それは…………私があなた方全員に直接頼みます。こちらの事情も何もかもお話した上でついて行ってもいいか、アルクスさんに許可を取らせて下さい」


 既に一度、彼らを危険に晒している。人殺しまでさせてしまった。


 彼らを利用するだけ利用するような真似をすれば、神殿騎士を追っ手に差し向けた国と何ら変わらない。


 人の道に悖る行いだ。


 自分達からすれば紛れもなく命の恩人にそんな不義理はしたくなかった。


 仮令(たとえ)洗い浚い事情を話すことで不利になったとしても。


 利より義を取ると決めた。


 それこそが人の道であるべきなのだ。


 ソーニャが同意するように深く頷く。


 もし断られても絶対に2人で生き延びてやる。


 2人はそんな強い目をしていた。


「ふぅん」


「へぇ」


 事情を包み隠す気もなく、取りなしも求めないラウラの姿勢は魔族の少女らが感じ入るには充分な回答だった。


「そ、じゃあちゃんと言いなさいな。聞いたげるから」


「だね!もうちょっと温まったら出よっか!」


 凛華の不敵な笑みとエーラの天真爛漫な笑顔に、ラウラとソーニャが目をパチクリさせて顔を見合わせる。


 初めて本当の笑顔を向けられた。


 そんな気がして――――なんだか受け入れてもらえたような温かい気分になった。


 夜風の混じりつつある涼やかな風が彼女らを優しく撫でていく。


 それはポカポカと温まっている4人には大変心地の良い風だった。



☆ ★ ☆



 その頃のアルとマルクはと云えば――――……。


「へっくし!なんか、四人とも長くない?」


「あれだろ、靴とか洗ってんだろ?凛華もお前と似たようなとこで戦ってたし」


 焚き火を挟んで天幕を敷き、その上でそれぞれ寝っ転がっていた。


 アルは少々心配そうに身を起こし、マルクは動く気などこれっぽっちも無さそうで目を瞑っている。


「あ……そっか、なるほどね。あんまり遅いから声掛けに行こうかと思ってたよ」


「ブッ飛ばされっぞ」


 やめとけやめとけ、と手を振る親友にアルも頷いた。


「だから迷ってたんだよ。やめとこう、今ブッ飛ばされたら明日はたぶん動けないし」


 そう言って寝っ転がり直す。


 よくよく考えてみれば魔力の反応に乱れはないし、変な気配も感じない。ただの杞憂だ。


 刹那、男同士特有の沈黙が漂う。


 だからと云っていちいち気まずくなるような間柄でもない。


「にしても、なんであんなに女って風呂が長ぇんだ?」


「さぁ?髪長いからじゃない?」


 アルとマルクはだんだん冷えてきた野営地でしょうもないやり取りを交わしながら、彼女らの戻りを待つのだった。

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