5話 別れと出会い
ダークファンタジーらしさが出てくる戦闘回となっております。
アルクスら4名と1羽が辺境の村落〈ネーベルドルフ〉に逗留して5日目の朝。
数日前、〈刃鱗土竜〉によって穴だらけにされた防壁とは斜向かいにある門前。
そこに出立前の4人と1羽、そして親切にも見送りへと外に出て来た幾人かの住人らの姿があった。
その中には無論、ここの長である山羊角族のシモン・レーラーの姿もある。
「皆さん、数日間お世話になりました」
アルクスが頭を下げると、幼馴染ら3人も口々に「ありがとうございました」と腰を折った。
三ツ足鴉の夜天翡翠も「カアー!」と元気に啼く。
住人らが「おう!」「気ぃつけんだぞ!」「元気でな!」などと返しているなか、一歩前へ進み出たシモンは一党へ朗らかな笑みを向けた。
「また困ったことがあったらおいで。僕らはいつだって歓迎するよ。ここを守ってもらった恩もあるしね」
「ありがとうございます、その時はまた。シモンさん達もどうかお達者で」
心の裡を語り合ったアルクスとシモンに当初のわだかまりはなく、寧ろ妙な連帯感や絆があった。
両者の視線が数瞬交わる。
――頑張ってね。
――ええ、そちらも。
どちらからともなく視線を外してアルクスは進行方向へ、シモンは彼以外の方へと身体を向けた。
「君達も元気でね。くれぐれも気をつけるんだよ」
「「「はい!」」」
ネーベルドルフの長に3人が元気いっぱい返事を返す。
アルクスはさっと指を振って『陸舟』を発動し、
「じゃ、出発しよう」
仲間へ呼びかけた。
「うん!」
「そうね」
魔術によって盛り上がった土がみるみる内に幅広いカヌーのような舟を形成。
アルクスがそこに『念動術』をかけた背嚢をぽいぽいっと入れ込み、すぐさま凛華とシルフィエーラが前に跳び乗る。
その間にマルクガルムが船尾につき、夜天翡翠が頭目の肩からバサッと上空へ飛翔していく。
次いでシルフィエーラが木々にお願いして避けてもらい、そこに凛華が冰の滑走路を敷いた。
「こっちは準備いいよ~」
「こっちもすぐに出せるわよ」
「俺もいけるぜ」
「わかった。じゃ行こうか」
アルクスから目配せされたマルクガルムが腕と足を厳つく【部分変化】させて、狼腕と狼脚による膂力で以て『陸舟』をググッと押し始める。
「よっと」
やがて進み出した『陸舟』に人狼青年がトンっと跳び乗ったところで、
「じゃあ皆さん! 本当にありがとうございました! 行ってきます!」
アルクスは背後へ声を張り上げた。
「ありがとうございましたー!」
「お達者でー!」
「またいつか!」
〈ネーベルドルフ〉の住民らが『陸舟』へ手を振りながら「また来いよー!」「頑張れよー!」などと口々に温かい声を掛ける。
シモンは彼らに力強くどこまでも駆け抜けていく爽やかな風を感じ、笑みを隠せなかった。
(あんな子達が生きていく世の中だ。僕も頑張ろうじゃないか)
夢を後押しされた気分ですらあった。
そんなことを思いながら手を振り続ける彼へ、
「強過ぎる薫風みたいなやつらだったな」
同じく見送りに出ていた仲の良い友人が笑う。
「はははっ、言い得て妙だね。悪くない表現だと思うよ。あ、そうだ。伝書用の早鷹は今空いてるかい?」
「早鷹? 空いてると思うぞ。理由は?」
「隠れ里に手紙を届けてもらおうと思ってね」
「あぁなるほど。それなら、あいつらが〈刃鱗土竜〉を討伐してくれた件の礼も頼んでくれ」
「そっちは当然さ」
住民らが女神と森へ祈りつつ村落へ戻っていく。
願わくはあの4人と1羽が更に成長し、また無事な姿を見せてくれんことを、と。
* * *
アルクス達4人を乗せた『陸舟』は快調に森を滑走していた。
ラービュラント大森林のど真ん中を抜けてきた彼らからすれば、旧街道が近くなってきたここいらは起伏も少なく、道なき路の割に大人しさすら感じる。
急な斜面がないのでアルクスが急制動を掛けることもなければ、マルクガルムが慌てて風を起こす必要もなく、先が見えず凛華が冰路を出しあぐねるようなこともない。
「いい人達だったねー!」
シルフィエーラの通る声に3人が一様に頷く。
「そうだな」
「今度里帰りするときにお土産でも持っていきましょ」
「それ良いかもしんないね」
にこやかな会話がなされている下で、ザーッという快調な滑走音と共に『陸舟』がグングンと疾走する。
それから1時間半ほど後。
シルフィエーラが不意に「んっ!?」と驚いたような声を上げた。
即座に反応したマルクガルムが【人狼化】して重量を上げ、アルクスが急いで舟底に爪をジャキッと出させて減速を試みる。
「エーラ、どうしたのよ?」
「背の高い木がほとんどいなくなっちゃったみたい」
「この先で? それじゃ――」
「うん、たぶんもうすぐ大森林から抜けられるんだと思う」
シルフィエーラは自信を持って隣の凛華へ応えた。
太い樹木がめっきり減る代わりに、背の低い野草達が増えた気配を鋭敏に捉えたのだ。
植物に関する彼女の感覚と知識は、残り3人の持つそれより圧倒的に精度が高いし、豊富である。
「あとどれくらい?」
今度はアルクスが訊ねた。
ラービュラント大森林を抜け切るということは共和国と帝国を繋ぐ旧街道に出るということ。
アルクスはその手前で『陸舟』を解くつもりでいた。
移動しているところを見られて〈ネーべルドルフ〉までの道筋を辿られてもことだからだ。
「二kmってとこかなぁ。もうそろそろ歩きに変えた方がいいかも」
「わかった。じゃあこのまま減速していって止まったところで降りよう」
アルクスの決定に3人が頷く。
「了解だ」
「こっちも了解よ。それにしても、案外早かったわね? もう少し掛かると思ってたわ」
「今までに比べたら道がマシだったからねぇ~」
細く白い顎に指をやっていた凛華が「それもそうね」と呟く。
そうこうする内に『陸舟』は徐々に速度を落としていき、やがてザザー……ッと止まった。
土に戻る『陸舟』を尻目に4人が背嚢を浮かせて歩き出す。
「おーい翡翠、偵察はもういいぞー。戻ってこーい」
「カァー」
アルクスの呼びかけに夜天翡翠は素直に応え、バサバサと羽音をさせながら勝手に主人扱いしている頭目の左肩へ止まった。
「おつかれさま」「おつかれぇ~」
凛華とシルフィエーラがすぐさま夜天翡翠へと寄ってくる。
干し肉を手に持っているあたり、また可愛がるつもりなのだろう。
大して疲れていないらしい三ツ足鴉は差し出された餌を啄みながら、まだ余裕とばかりに「カァー」と啼いた。
「翡翠もだいぶ体力がついたんじゃねーか?」
マルクガルムの言葉に夜天翡翠が誇らしそうに「そのとおりっ!」と言いたげに胸元の濃紫羽を膨らませる。
その様子にクスリと笑みを零した4人は、雰囲気も和やかに1kmも満たぬ最後の路を歩き始めた。
およそ30分ほど経ったろうか?
原生林然としていた風景が雑木林くらいの薄さに転じていた。
人の手が入っているとまではとても言えないが、それでも雰囲気に歴然とした差を感じる。
――いよいよか。
4人の思考が自然と一致を見せ、誰ともなく息を呑んで雑木林を抜けると途端に視界が開けた。
一党の目に入ってきたのは一応整備されている――といっても土瀝青や石畳で誂えられたものではないが、確かに人の手で開かれたことが伺える一本道と周囲の草原。
旧街道。
およそひと月の期間を掛けてようやく辿り着いたのだ。
誰ともなく不思議そうな顔と雑草をサクサク踏みしめて街道に出てみる。
「おぉ~っ! ここが旧街道か! 凄いな、久々に文明を感じる」
アルクスは道路からの眺めに感嘆の声を上げた。
小規模の林がまばらに見えているが、他はだだっ広い草原だ。
その中に旧街道であるこの道が一本だけ続いていた。
「丸々ひと月は大森林の中だったものね。気持ちはわかるわよ」
好奇心で目を輝かせる我らが頭目を微笑ましく思ったらしい、凛華が少々大人びた笑みを浮かべる。
しかし、シルフィエーラは首を傾げた。
「ボクは森の中、そんなにヤでもなかったけどなぁ」
「そら森人はそうだろうよ」
森の中で最も力を発揮する種族なのだから、森で疲れることはあるまい。とのマルクガルムのツッコミ。
「魔法使ったら一番野生児みたいなマルクには言われたくないよ」
シルフィエーラがムッとした顔で言い返す。
「おい、そりゃ言っちゃダメだろ」
【人狼化】はどうしようもないだろうが。と人狼青年が半眼になるも、頬を膨らませた耳長娘はその尖った耳ごとそっぽを向く。
「道なりに北東、で合ってるのかな? ――の方に行こう。途中昼食を挟もっか。貰った食糧もあるしね」
2人のやり取りを聞き流してアルクスが一声かけた。
「はいな」
「は~い」
「応よ」
「カァ~」
生まれて初めて見る景色も何のその、仲間がいれば不安も薄いもの。一党はテクテク歩き出した。
* * *
午後に差し掛かった頃。
適当な木陰を見つけて昼食を摂った4人と1羽が、再び移動を開始して1時間弱。
大森林を途中まで歩いてきた面々にとって足だけ動かす作業というのは既に慣れ親しんだものだ。
特に疲れも感じない。
しかし、こうも平坦な道だと眠くなる。
いかんいかん、とアルクスが気を引き締め直そうとした――その時だった。
ドドッ、ドドッ、ドド……ッ!
規則正しく、猛烈な勢いで何かが走る音が聞こえてくる。
即座に後ろを振り返った4人の視界に飛び込んできたのは、馬に乗って駆けてくる同い年くらいの少女2人組だった。
手綱を握っている方の少女は燃えるような朱髪で、見るからに必死そうだ。
細身な鎧を着込み、腰には細めの剣を差している。
控えめに言ってそんな形相を浮かべていなければ美しい顔貌な部類だろう。
その後ろに乗っている栗色髪をしたもう1人は、鮮やかな青い一本線入りの頑強そうな騎士鎧を身に着け、背には幅の広い騎士盾を背負っていた。
剣は取り落としたのか、元々なかったのかわからないが持っていない。
こちらも前に乗る少女とは系統は違うものの整った顔つきで、首元から細い首が覗いている。
だが、それ以上に様子が変だった。
フラついているというか、馬の揺れに耐えられていない。
4人が首を傾げていると、朱髪の少女の方も「魔族っ!?」と驚愕を露わにした。
凛華の二本角とシルフィエーラの長く尖った耳に気付いたのだろう。
驚いたのも束の間、朱髪の少女はハッとした様子で慌てて叫んだ。
「あなた達っ! 早く逃げて!」
真意が分からずアルクス達が揃って「え?」と顔を見合わせる。
逃げる? 魔獣でもいるのだろうか? と。
「アル」
「いや、魔獣の気配は感じない」
凛華が端的に訊ねるのに対し、アルクスも手早く答えた。
旧街道は道沿いこそ見渡せるほどに野草の背も低いが、人の手が入っていないと思われる場所は相応に背の高いものもある。
「精霊もそう言ってるよ」
そういった場所に何かが隠れているかもしれないという懸念は、気配に鋭いアルクスと【精霊感応】を発動させたシルフィエーラによって否定された。
一方で、朱髪少女の方も警告はしたものの止まる気はないらしい。
速度を緩めず駆けてくる。
アルクス達は不思議そうな顔で馬を避け、すれ違いになりかけた。
その瞬間だった。
後ろに乗っていた栗色髪の方がぐらりと身体を傾げ、そのままずり落ちていく。
頭から真っ逆さまだ。
「あっ!」
シルフィエーラが思わず声を発した頃には、葡萄茶色の影が疾走していた。
「あっぶねー……!」
足を狼脚に【部分変化】させたマルクガルムだ。なんとか受け止めきったらしい。
「さすがマルク」
「まあな」
凛華へおざなりに返す灰紫の眼が一点を見つめている。
彼が逸早く動けた理由――血の匂い。その出処を。
「ソーニャ!?」
騎士少女の落馬に気づいたのだろう。
朱髪の少女が馬を急停止。慌てて騎首をこちらに向けてやってきた。
「大丈夫なの!?」
すぐさま下馬して呼びかけた朱髪少女に、栗色髪の騎士少女――ソーニャがほんの僅かに腕を動かしてみせる。
どうやら今ので精一杯のようだ。
「マルク、その子――」
アルクスが近寄って見てみれば、胴鎧と肩の間から矢が伸びていた。
マルクガルムが嗅ぎつけたのはここから流れ出した血臭だったようだ。
「ちょっといい?」
そこをシルフィエーラが覗いた。
鎧を手で押して矢を確認し、鼻をひくひくさせた後に涙目で鼻をつまむ。
血と鏃についた付着物の臭いで鼻の奥がツンと痛くなったのだ。
「この臭い……狩りで使われたりする毒だよ」
「毒っ!? そんな!」
朱髪少女が青褪める。
「毒の種類は?」
それとは対照的にアルクスが鋭く訊ねた。
シルフィエーラは「ちょっと待って」と、ぎゅるりと矢の形状を変えてよく確認すると、
「この色と臭いはたぶん麻痺毒。でも普通のじゃない。もっと趣味が悪いやつだ。ほっとくと強過ぎて死んじゃうのが殆どだけど、これは獲物を絶対に殺さない毒。ただ動けなくなるだけ」
確信を以て告げる。
普段使いしないが、植物から採れる毒ならひと通り叩き込まれている植物の専門家の言だ。疑う理由もなかった。
「これを放ったやつは?」
凛華が険しい顔で訊ねると、
「そこまではわかんないけど、相当インケンだよ。これ作るの、結構手間かかるんだ」
シルフィエーラも眉間に皺を寄せて首を振り、
「解毒はできるか?」
「できるけど、ちょっと時間いるよ。ボクの持ち合わせにもないし、材料探しからだね」
アルクスの問いにすかさず頷いた。
一方、素早いやり取りに朱髪少女は置いて行かれかけ、
「た、助けられるんですかっ!?」
慌てて縋り付くように叫ぶ。
「そりゃあね。毒使うなら解毒も一緒に覚えないと危なっかしくて使えないじゃん」
それはそうだ。朱髪の少女は納得と同時、ハッとして顔を上げる。
「そうじゃなくて、とりあえず逃げ――」
が、彼女に言えたのはそこまでだった。
アルクス達がそれより早く、弾かれるように立ち上がったのだ。
その一瞬の後、馬の走る音が聞こえてきた。
ドドドドドドド――――ッ!
切れ目もわからぬほどの蹄の音。馬1頭で出せる音ではない。
(かなり多いな)
アルクスが赤褐色の瞳を細める。
直後、4名と2名の前に騎兵が現れた。
30人程だろうか、一個小隊と呼べる規模の騎兵が狭い街道に整然と並んだ。
猟犬を模しているらしき甲冑兜で顔を覆い、揃いの銀胸甲をつけている。
槍と剣、そして弓を携えた彼らは「魔族だと……!?」「なぜこんなところに」などと口々に溢す。
アルクスはその声に驚愕というより、見下すような蔑みを感じた。
朱髪少女とソーニャと呼ばれた少女の前に4人が立って黙っていると、甲冑兜に羽飾りをつけた指揮官と思わしき騎兵が声を上げる。
「そこをどけ、魔族。そのお二方は大事な方々なのだ。我々が保護する。貴様らの出る幕ではない」
侮蔑に満ちた高圧的な物言い。剣呑と言ってもいい。
「あんたら誰だ?」
しかしアルクスは平然と無視して訊ねた。
「貴様らに答える必要も、そして意味もない。もう一度だけ言ってやる。そこをどけ。本来であれば、貴様らは『穢れた害虫』として駆除されても文句は言えんのだぞ?」
怒りに駆られたらしい、指揮官が理性の欠けたことを言う。
「「……」」
たったそれだけで凛華の表情が冷え、シルフィエーラの顔から感情が抜け落ちた。
マルクガルムはアルクスの方へ怪訝そうに視線を送った。
――コイツ、何なんだ? ふざけてるのか?
灰紫の瞳がそう問うている。
だが、アルクスには心当たりがあった。
その物言い――否、その思想に。
だからこそ落ち着き払った様子で指揮官らしき騎兵の言葉を鼻で笑う。
「はっ、文句なら言えるだろ。勝手な理屈をつけるなよ、ボンクラ神殿騎士」
「貴様っ! 我々を――」
ほぼ正解だろう、と思いつつ言ってみたアルクスだったが、やはり正解だったらしい。
そのまま扱き下ろすことにした。
「女神の名を出せば何やったって許されると思ってるイカレ共だろ? マトモな人間にそんな物言いは出来ないから直ぐにわかったよ」
「貴っ様あっ!!」
羽飾りの騎兵が激昂。
後ろにいた騎兵――神殿騎士連中も一気に気色ばみ、場の空気が一触即発なものへと早変わりする。
「自覚くらいはあったらしいな」
アルクスは内心をおくびにも出さず、挑発した。
脳内ではこの状況をどうやって切り抜けるか目まぐるしく思考中だ。
凛華、シルフィエーラ、マルクガルムの3人は、彼と指揮官の応酬で遅ればせながら納得すると同時に理解した。
――コイツらが神殿騎士……!
アルクスの父ユリウスを殺し、同胞を殺して回っている下衆野郎共。
凛華が静かな殺気を迸らせ、シルフィエーラの『妖精の瞳』が輝く。
反対にマルクガルムは奥歯を噛み締めて、なんとか冷静さを保っていた。
後ろの朱髪と栗色髪を巻き添えにする可能性があるからだ。
指揮官も後ろから慌てて来た神殿騎士から耳打ちされ、ハッとした様子で落ち着きを取り戻した。
ここにいる理由を思い出したらしい。
「まあいい! その二人をこちらへ引き渡すのなら見逃してやる。貴様らは命を拾い、我々はやんごとない方々を保護できる。これ以上ない取引だろう?」
あくまでも上からの発言だ。
「ぷっ」
しかし、アルクスは失笑した。
「貴様ァッ! 何が可笑しい!」
「さっきからアンタ、一体どの立場なんだ? 助けに来たのか、捕らえに来たのか。言ってることがめちゃくちゃだぞ」
「……無論、助けに来たに決まっているだろう」
指揮官が怒りを抑えつけながら呻く。
「だったら最初っから間違ってる。助けに来た内の一人が横たわってるんだぞ? 心配するのが普通じゃないのか? 『ご無事ですか! ソーニャ様はどうされたのですか!?』ってさ」
「っ!!」
「俺達が前にいたからなんだよ? ソーニャって呼ばれてた子は、その後ろで真っ青になってるんだぞ? 『そこをどけ』じゃないだろ。それこそ『貴様ァ!』だろうが」
「……」
アルクスは声音までワザと真似してニヤリと笑った。
指揮官が怒りに震える。
だが、言い返せない。
なにせ彼女らを捕らえるために追いかけて、死なぬ毒矢を射掛けた張本人なのだから。
ゆえにアルクスは言外にこう叩きつけたのだ。
「何が保護だ。抜かせ」と。
ややあって指揮官は開き直ったらしく、
「……だから、どうしたというのだ? 貴様らに関係あるまい。最後の通告だ。そこをどけ。その方々を保護するのが我々に与えられた使命なのだ。選ばせてやろう――己の身命を取るか、仲間を馬鹿な選択で危険に晒すか」
圧力を強めた。
「――」
アルクスは朱髪少女の方をチラリと振り返る。
彼女はソーニャと呼んだ少女を守るように抱きしめたまま、グッとこちらを見返した。
「助けて」と言わなければ、「見捨てろ」とも言わない。
折れそうな心を気丈に歯を食い縛ってこらえているのか、然れど潤んだ瞳には抑えきれぬ恐怖が洩れ滲んでいる。
「……」
アルクスは次いで、仲間に視線をやった。
率直に言うと、天秤に掛けていた。
知りもせぬ人間の少女2名を助けるべく、仲間に殺人を強要するか。
とっとと撤退して胸糞の悪い一日を過ごすか。
しかし、仲間達の眼はそんな逡巡を一蹴した。
――今更、何を躊躇ってる?
――放っておけば、仲間や同胞を危険に晒す敵だろうが。
と、訴えている。
その考えは、きっと正しい。
それでも、アルクスは仲間に人を殺させたくない。
だが現実は無情だ。二者択一。
どちらを選んでも危険に晒されるのは目に見えている。
神殿騎士共からは殺気や粘ついた陰気を。
そして仲間達からは闘志を感じる。
誰一人引く気がないのだろう。
そして、アルクスとて……心情的には引きたくなかった。
なぜならあのとき、朱髪少女は自身が追われているにも関わらず、こちらに「逃げて!」と叫んだのだから。
(……そうだ。答えなんて、どっちに着くかなんて、決まってる)
俄に、アルクスの雰囲気が変わった。
どこかのんびりとした雰囲気から、腰に差してある二振りの白刃を思わせる鋭利なそれへと。
凛華、シルフィエーラがその覚悟を敏感に感じ取って、呼気をゆっくりと吐いていく。
(……決めたか)
マルクガルムも心中で独り言ちながら口の端を歪めた。
焦れた神殿騎士共がガチャガチャと装備を揺らし、
「聞こえなかったのか? 『選ばせてやる』と言ったのだぞ。貴様らはどちらを選ぶ? ああ、安心するが良い。我々は慈悲深い。その二人を差し出したのなら、命だけは保証してやろう」
先程まで怒りに歯軋りしていた指揮官が再度問いかけてきた。
すっかり己を取り戻したようで、自分達が圧倒的に優勢だと優越感に浸っている。
それが、大きな間違いであるとも知らずに。
「お前達の慈悲なんて要らん。反吐が出る。『裂震牙・累』!」
アルクスはすげなく返すと、即座に右手を握り込んで魔術を起動した。
途端、ボコボコッ! と大地から盛り上がった土砂が螺旋状の牙を多数形成。
一拍の間すらなく騎兵共を取り囲むや否や、一拍と置かずに一斉に殺到する。
「んな、あ……っ!?」
「ば、どこから……っ!?」
「うぎゃああああっ!?」
この『裂震牙・累』は、つい先程まで時間稼ぎにとアルクスが急遽創っていた目眩ましの術式から大急ぎで描き変えられた独自攻性魔術。
咄嗟に籠められるだけの魔力をありったけ籠められて発動されたため、効果範囲は騎兵全体を呑み込むほどに広い。
誰も逃げられない。
しかし、盛り上がった牙自体はそこまでの高さはない。
精々馬に乗っている神殿騎士共の爪先を掠る程度。
だが、それで合っている。何も間違っていない。
アルクスが狙ったのは、初めから馬だからだ。
グチャッ!
鈍く、悍ましい咀嚼音と共に、その場を一気に喰らった。
馬が甲高い悲鳴とも、嘶きともつかぬ声を上げる。
「……っ」
ギリ、とアルクスは歯を食い縛る。
可哀そうだが、そうも言ってられない。そして、もう止まれない。
「馬がぁ……っ!?」
「魔、術だとぉ……っ!?」
数秒と経たぬうち、旧街道は馬をやられて落馬する者、倒れた馬の下敷きになる者、馬の血で転げる者の怒号や困惑の声で溢れ、一瞬で地獄へと変わる。
アルクスは一投足で間合いを詰めつつ、刃尾刀を抜刀。
「体勢を――ぁかふっ!?」
近場に落ちた副官と思わしき騎士の首元に切っ先を突き入れて捻り、
「エーラは討ち漏らしを排除、一人も逃がすな。マルク、此処を任せる。その二人を守りながら近いのを根こそぎ殺れ。凛華、俺達は奥まで突っ走る。血を凍らせて足留めしろ、その間に刈り取る。状況開始!!」
引き抜くと同時、淀みなく指示を出した。
「「「っ!?」」」
今まで聞いたことがないほど冷淡で感情を排した口調。
「「「……応ッ!」」」
静かな彼の覚悟を感じ取った3人は瞬間的に動きを止め、それでも直ぐに動きだした。
マルクガルムはゆらりと【人狼化】し、近場にいた甲冑兜をグシャリと握り潰す。
断末魔が「ギャアアアッ!?」と上がったが、緩めたりしない。
その騎士の絶命を確認すると、別の神殿騎士へと爪を振るった。
が、連中の着込んでいる胸甲は意外と面倒な防御性能を有しているらしい。
微妙に爪が逸れ、えぐるだけとなってしまった。
「『雷光裂爪』!」
狼爪に浮かび上がった術式が青白いスパークを放ちながらバチッと弾ける。
マルクガルムは術の起動を確認するや否や、今度は騎士の胸に貫手を放った。
ジュバアッ!
と、鉄が熔けて砕け、爪が肉を抉り、一瞬で血液を蒸発させる音が響く。
「っ……!?」
神殿騎士は声も上げられずに死んだ。
「こっ、この、化け物がああっ!!」
直後、悲鳴にも似た雄叫び。血溜まりから抜け出した騎士が槍を突き込んでくる。
横目でそれを確認したマルクガルムは人狼の闘気――魔気を毛皮へ流した。
ガッ、チィィィ……ン!
金属質の硬質な音が狼の耳朶を打つ。
魔気を孕んだ人狼の毛皮は、魔力を込めたそれより遥かに硬度を増し、槍をアッサリと受け止めていた。
(これなら魔気は要らねえな)
心中で呟き、マルクガルムは「はッ! だッ!」と、狼腕を二連で振るう。
「ど、ッパ!?」
騎士の腕が刎ね飛び、喉元がぱっくりと割れた。
瞬間的に血霧が舞い、然れど『雷光裂爪』が灼き止め、急所を焦がす。
「カ……」
神殿騎士は声にならぬ掠れた音を絞り出しながら頽れた。
狼面の下、マルクガルムが何とも言えぬ気持ちを押し殺した――その時だ。
「きゃあっ!?」
後ろで朱髪少女の悲鳴が上がる。
なんだと思えば、神殿騎士の1人が形振り構わず、彼女の方だけでも連れ去ろうとしているらしい。
しかしソーニャと呼ばれた騎士少女が倒れたまま、朱髪少女の腕を握りしめ、行かせまいとしがみついている。
「この……ッ!」
「よそ見してんじゃねえ」
騎士がソーニャを蹴りつけようとする寸前。マルクガルムが首をスッパリ斬り落とした。
「根性あるじゃねえか、お前」
狼の面でニヤリと笑みを向けるとソーニャはフと笑い、力なく手を落とす。
今ので全精力を使い果たしたらしい。
「おい、盾くらい構えてやれ」
「は、はいっ」
朱髪少女はこくりと頷き、ソーニャの傍に落ちていた盾を慣れない動作で構えた。
(これなら何かあっても、間に合わせられる)
マルクガルムは血に酔うこともなく、淡々と、敢えて戦況を俯瞰することに徹する。
「あの、馬鹿野郎が」
その呟きを朱髪の少女は神妙な顔で聞いていた。
シルフィエーラが複合弓を半弓型へ変化させ――速射。
目的は足止め。矢勢が強過ぎて制御の利かぬ強弓型でもない限り、彼女が矢を外すことはそうそうない。
実際、放たれた矢は今のところ百発百中で神殿騎士へと直撃していた。
しかし、面広い太腿や分厚く特殊な形状の胴にはどうも効果が薄い。
魔獣の眼や足にも刺さる矢が通用していない。
翻って膝や足首――関節にはある程度有効なようだ。
おそらく鎧の下に更に着込んでいるか、何かもっと別の仕掛けがあるのだろう。
それを視て取ったシルフィエーラは躊躇うことなく魔術を発動した。
「『燐晄縫駆』!」
アルクスが専用改造した、もうひとつの『燐晄』。
『燐晄一矢』が一射の破壊力を重視したものだとすれば、こちらはシルフィエーラが放てる追尾矢としての特性を最大限伸ばした術だ。
光と化した矢が戦場を縫うように奔り、先端に集中した『燐晄』がその熱量で以て目標を灼き貫く。
「うがあぁぁぁっ!?」
「ぎいやぁぁ……っ!?」
「た、助け――!」
神殿騎士の首筋や手首、肘、足首、膝が幾筋かの光芒によって射貫かれ、熔けるように消し飛んだ。
普段ならそんな悲鳴を聞けば心も痛むシルフィエーラだが、今回だけは顔を苦しそうに歪めるだけで射貫き続ける。
その理由はただ一つ。
敵の密集地帯に飛び込んだアルクスと凛華がシルフィエーラに悲鳴を聞かせまいとするかのように、率先して射貫かれた者から屠り回っているからだ。
そのとき、精霊が囁く。
「ひィィィッ!? な、何なんだよぉっ!?」
腰を抜かし、這う這うの体で逃げる騎士がいる、と。
シルフィエーラが緑瞳を向けると、馬なのか味方の血なのかわからないほどドス黒い赤で鎧を染めた神殿騎士が、赤池と化した街道をベチャベチャと這いずっていた。
判断は刹那。
「飛ばして」
一秒も満たぬn内にシルフィエーラは【錬想顕幻】を発動。
直後、植物の根が垂直射出機を象り、彼女の軽い身体がポォンッと空中へ弾き飛ばす。
「風、お願い」
上昇したシルフィエーラの短外套がふわっと広がり、【精霊感応】によって風がその裡に入り込んでいく。
木の葉のように落下傘降下していくシルフィエーラは、得物をシュルシュルと強弓型に切り替え、
「……悪いけど、逃がさないよ。『燐晄一矢』!」
キィン! という独特の弦音と共に、目にも止まらぬ迅さの閃光を放つ。
高位魔獣の目を灼き、頭蓋寸前まで貫通させるほどの威力を誇る渾身の一射は、騎士の上半身ごと消し飛ばした。
あれでは死んだことにすら気付けなかっただろう。
「……ふぅ」
降りてきたシルフィエーラの表情は些かも晴れない。どころか余計に曇っていた。
上から見て気付いてしまったのだ。
剣士2人で敵を屠っていると思っていたが、トドメを刺しているのは殆どがアルクスだった。
普段の狩りならきちんと役割を決めて動くが、あの動きは違う。
「アル……!」
その事実と彼の真意に気付いて思わず名を呼ぶ。
そして複合弓を半弓型に切り替えると、先ほどより急所を狙って矢を放ち、的確に騎士共の機動力を削ぎに掛かった。
戦場となった街道を不可避の光芒が奔り抜けていく。
凛華はチラリと隣を見た。
アルクスが戦場を縦横無尽に疾駆しながら敵の首を刎ね廻っている。
既に『蒼炎気刃』は発動済みだ。
甲冑兜や中に着込んでいるらしい鎖帷子など用を為さない。
龍焔の代わりに使っている魔術だ。生半可な威力ではない。
然して引っ掛かりもせず熔断し、落とした首には見向きもしない。
しかし『八針封刻紋』は解除していない。
後ろの少女2人すら警戒しているらしい。
ゆえに凛華も【修羅桔梗の相】ではなく【無垢の相】に留めた。
手の内は読まれぬ方がいいし、ただの鉄胸甲なら尾重剣で問題なく斬り裂ける。
(けどアルが捷過ぎる……!)
一陣の風と化した鬼火は騎士共の首をゴロゴロ落として回っていた。
まるで死を運ぶ風だ。
「『流幻冰鬼鑓』!」
凛華は堪らず独自魔術を使い、尾重剣を蒼白銀の馬上槍に変化させた。
『流幻冰鬼刃』と『流幻冰鬼鑓』は同一の魔術。
『刃』か『鑓』かは最後の一語を変えるだけで出だしを決められるし、一度発動すれば任意で切り替えられる。今回は鑓だ。
「だああああああッ!!!」
咆哮。アルクスに追いつくべく、疾走。
『戦化粧』の膂力と尾重剣の重量、『流幻冰鬼槍』の瞬間凍結力を頼りにバキンバキンバキンッ! と騎士を凍らせ、砕いていく。
騎士からすればたまったものではないだろうが、凛華もそれどころじゃない。
アルクスは気配察知と魔力察知を正確にこなし、最小限の動きで手早く騎士共を斬り裂いて回っている。
破れかぶれに斬り掛かる騎士の一撃を眼も向けぬまま躱しざまに首を刎ね、甲冑兜を脱ぎ捨てて構える相手には抜き手も見せぬ蒼炎短剣をボヒュッと打ち中て、血の海で藻掻いて回る騎士の首を疾走り抜けながら刈り落とす。
容赦の一片すらない。
だが凛華は理解してしまった、アルクスの行動原理を。
怒りや龍人の本能に呑まれたかと危惧したが……あれは違う。違った。
極力、仲間達が命を奪わないで済むように必死で動き回っている。
自己満足だろうが何だろうが、殺人に慣れて欲しくないから、あんなに怖い顔で必死に刀を振るっているのだ。
きっと強要してしまったと後悔しているだろう。
その痛々しい背中を見ていられず、
「でぇあああああッッ!!」
凛華は声を張り上げながら騎士を凍らせ、ぶった斬り、ぶち貫く。
彼女にとって、そんなの今更だ。
疾うの昔――着いて行くと決めたそのときに、覚悟は済ませていたのだから。
朱髪少女は両手で盾を構えたまま、琥珀色の瞳を見開いていた。
今更、神殿騎士共に対する情けなどない。
しかし、これは余りにも一方的だ。
虐殺と呼んで相違ない。
ついてきてくれた者たちの中には兵士もいた。
そんな彼らを殺して退けた連中を不意を討ったとはいえ、あんなに容易く。
(……力が、欲しい)
傍らにいるソーニャは自分を守って矢を受けた。
自分とて戦う訓練はしていたが、神殿騎士共から見れば児戯にも等しいだろう。
ではなぜほぼ同年代に見える彼らはあそこまで戦える?
魔族だから? それとも訓練の量が違うから?
それとも才能の問題なのか?
(何より……恐くないの?)
正真正銘の殺し合いをしているというのに。
様々な疑問が湧く。
そこで自分を守るように立っている人狼の鋭い狼爪が目に入った。
(私にもあんな爪があれば……)
そう考えたところで、ふと気付く。
人狼の腕は、拳は……小刻みに震えていた。
武者震いには、見えない。
「――!?」
そこでハッとした。
彼らは、あの自分達とそう変わらない青年達は――今日初めて人を殺したのではないか?
かつて護衛をしてくれた新人兵士が、自分を凶刃から守って敵を倒してくれたことがあった。
その彼はもういないが、あの時の彼もこんなふうに手を震わせていなかったか?
そこで初めて、彼らの頭目らしき黎髪の青年を見た。
蒼い炎を滾らせ、死の刃を振るっている姿は宛ら悪鬼だ。
純粋に恐いと思った。
違う世界の、殺し合いが常の日々を送っているのだと思っていた。
『あの、馬鹿野郎が』
人狼の青年が呟いた言葉が脳に木霊する。
彼は――あの黎髪の青年は冷徹な殺人者に見えるが、そうじゃないのではないか? という疑問が鎌首を擡げ、今確信に変わった。
(……必死なだけ)
仲間を死なせぬ為に、重荷を背負わせぬ為に。
それに気付いた瞬間、朱髪少女は彼らへの見方がガラリと変わった。
アルクスは刃尾刀を片手に駆ける。
神殿騎士共の装備――胸甲に甲冑兜、おまけに下に着込んでいる鎖帷子か何かへの刃の通りが悪かったため、すぐに『蒼炎気刃』で熔断することにした。
己を汚すドス黒い血を無視し、斬って斬って斬りまくる。
――今、幾つ首を落とした?
――何人を灼き殺した?
そんな疑問を頭の片隅で考え始めたときだ。
ふつりと気配が止む。
(いや……まだ一つだけ)
それは、あの羽飾り付き甲冑兜を被った神殿騎士だった。
父を殺した者の中には聖騎士という神殿騎士の中でも特殊な何かを使う強者がいると聞いていたが、きっとこいつは違うのだろう。
そんなものを出す素振りさえ見せなかった。
ただの、憐れな指揮官だ。
「ひいっ、や、やめ、やめてくれぇっ! わ、わかった! はなし、を――おぉ゛……っ?」
ジュッ……と音がして首が落ちた。
いや、アルクスが落とした。
嬲る趣味など持ち合わせていない。
(死んでくれれば……それでいい)
「アル! もう敵はいないよ! 精霊も『もう誰も残ってない』って!」
シルフィエーラの慌てた報告を聞いて、肩の力を抜く。
何度も立ち合い稽古をして、ずっと鍛練してきたのにえらく身体が強張っていた。
「……そうか」
ぽつと呟き、刃尾刀をだらんと下げる。
「大丈夫? 酷い顔よ」
そう言う凛華の顔も引きつっていた。
やはり厭な――いや、気色の悪い感覚だ。
やるせない表情を浮かべたアルクスが刃尾刀を鞘に納めると、凛華も手元でグルングルンと尾重剣を回し、血を払って剣帯に背負い直す。
すうっと【戦化粧】が解けて消えた。
「……状況、終了だ」
アルクスは宣言した。
もう戦いは終わり。
「怪我はねえか?」
少女らの前からマルクガルムが訊ねてくる。
なぜか人狼態のままだ。
「ない」
「あたしもないわ」
「ボクもないよ」
3人はいつも通りの雰囲気を出しているが、幼馴染のアルクスにはよくわかった。
凛華はぶるぶると震える右腕を左手でぎゅうっと握り締め、シルフィエーラは手が白くなるくらい複合弓を握りしめている。
「……ああ」
それでようやく、親友が変化を解かぬ理由を悟った。
「どこかで休もう、とりあえず」
アルクスの右腕も堪え切れぬほどに震えている。
今日初めて、彼らは人を殺したのだ。
そんな彼らを意識のないソーニャを抱える朱髪少女――ラウラは神妙な顔で見つめていた。
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