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【10万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第2部 青年期 武芸者編ノ壱 新たな仲間と聖国の追手編
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断章1  一党として、頭目として

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


今回は断章となっております。なにとぞよろしくお願いいたします。

 アルクス達が旅に出て初めての3日間。


 おそらくこの3日間が大森林を旅する中で4人が最も神経を使った日々だろう。


 理由は単純にして明快。全てが初めてだったからだ。


 長時間荷物を背負って歩き続けることも、自給自足の食事も、野営や不寝番も。


 そして一党としての戦闘(たたかい)も。



* * *



 隠れ里の東門からおよそ8km(キリ・メトロン)地点、大森林の中。

 

 つい数時間前に里を出たばかりの4人は、周囲を警戒しながら東へ向けて歩いていた。


 最初に目指すのはこの大森林を抜け出すために不可欠な要所である万年樹。


 そこに設置してある『転移陣』でかなりの距離――――およそ300km(キリ・メトロン)を一息に稼げるらしい。


 ふと、アルは赤褐色の瞳を肩に留まる三ツ足鴉に向けた。


「カァー?」


 なーに?とでも問いたげに啼く、艶やかな黒濡れ羽を持つこの三本脚の鴉は、師匠ヴィオレッタから伝書用にと預かった使い魔だ。


 旅立つギリギリで託されたので交流はなかったが、なんとなく賢いらしいことだけはわかっている。


 移動中無暗に騒ぐこともなく、こちらの言うことも理解出来ているようなのだ。


 アルの前世にいた日本の鴉も他の鳥の飛び方を真似て翔んでみたり、公園の人工物を使って遊んだりと知能が高いことで知られている。


 きっとこの魔獣(カラス)もそうなのだろう。


「お前の名前も決めなくちゃな」


「カァカァ!」


 その言葉も理解できたのか、三ツ足鴉が羽を揺らして催促するような雰囲気を見せる。


 アルは気晴らしも兼ねておこうと幼馴染達へ呼び掛けた。


「みんな。こいつの名前、なんかいい案ない?」


 頭目の声に隣を歩いていた凛華とマルクガルムがそれぞれ腕を組み、「う~ん」と顎をさする。


 シルフィエーラは森人の残している印を見つけるためにほんの少し前を歩いていたが、サッと振り向いて三本脚の鴉をジーッと観察しはじめた。


「そうだなぁ…………だめだ、てんで思いつかねえ。クロとかでいいんじゃねーの?」


 マルクが肩を竦めていい加減な案を上げてみると、


「ない」


「あり得ない」


「最悪」


「カァ~……」


 非難が殺到した。


「言い過ぎだぞお前ら」


 そこまで言わなくてもいいだろうが、と言いたげな人狼族の親友へアルが困ったような笑みを向ける。


「師匠の使い魔にそこまでテキトーなやつはつけらんないよ」


 マルクが本気ではないのは重々承知しているが、変な呼び名が定着してしまってその名にしか反応しなくなるとかでは困るのだ。


「わかっちゃいるけど、そういうの苦手なんだよなぁ」


「正直、俺も……魔術創るときの感覚で付けたら大仰な感じになりそうだし」


「そうなの?そういうことならあたしに任せときなさいな」


「待って待って!ボクも!」


「じゃ、あたし達で考えましょうよ」


「さんせーい!」


 凛華とエーラは名付けてみたかったらしい。


 実は2人とも、アルが独自魔術や剣技に名前をつけるのを見て自分達もやってみたいと常々から思っていたのだ。


 特に凛華は自身の修めるツェシュタール流の剣技名がそのまま過ぎることに不満大だった。


 アルとマルクが意外そうに顔を見合わせる。


 名前とかぶっちゃけおかしくなくて困らなければいいんじゃね?と思っていたら残りの女子2人が妙にやる気を見せている。


 もう任せない?とアイコンタクトを交わすことで意見の一致をみた。


「んじゃ任すよ」


「やたっ!」


「さ、おいで!かっこいいのをつけてあげるわ!」


 凛華が手招きすると三ツ足鴉がバサバサとそちらへ飛んでいく。


 アルとマルクは楽し気な彼女らを見てやれやれと肩を竦めるのだった。



* * *



 初日の午後4時過ぎ。


 まだまだ慣れぬ道無き路を歩いていると、唐突にエーラがピタッと立ち止まった。


 アルは訝しむというより報告を聞くべく、森との親和性が高い彼女に小声で問うてみる。


「エーラ、どうした?」


「魔物?ううん、たぶんだけど魔獣だね」


「食えるやつか?」とマルク。


「ん~……大鋸鹿(オオノコジカ)っぽい」


「今日の夕飯、そろそろ準備とかいるわよね?」


―――――さて、どうする?


 3人の顔にはそう書いてある。頭目の判断を仰ごうというわけだ。


 こういったところの彼らの認識は非常にしっかりしている。


 元から仲の良い仲間達同士で旅に出ているし、実際楽しい部分もあるが決して遊びではない。


 アルもそれは正しく認識しているし、何であれば誰よりも気を張っていた。


 師匠(ヴィオレッタ)譲りの癖で顎に手をやって思考する。


 今日一日の踏破距離。現在の時間。仲間と自分の体力。


 そして解を導き出した。


「よし、そいつを狩ろう。狩り終わったらその場で血抜きまでやってから移動。他の魔獣が俺達に寄ってこないよう要らない部分は捨ててく」


「了解だ」


「任せて」


 マルクとエーラが打てば響くような反応を返し、


「わかったわ。あ、そうだ。アルどうする?頭目として指揮とか試しとく?」


 凛華が青い視線を頭目へ向けた。


「え?あー……うん、やってみようかな」


 不安気な表情を浮かべながらもアルがこくりと頷く。


 きっと今後やらなければならない場面も増えていくはず。


大森林(ここ)にいる内に慣れといた方がいいのかもしれない)


 こうして一党として行う、初めての狩りが始まった。


 大鋸鹿というのは全長およそ4.2m(メトロン)。荒い鋸刃を思わせる形状の大きな角を持った魔獣だ。


 その角の差し渡しは4.0mを越えることもあるのだから相当な幅だ。


 外敵を蹴り倒すように突き込み、角に引っかかった部分は木であろうと他の魔獣であろうと、その荒く尖った角をガリガリと動かして切ってしまう。


 つまり、何かに引っかかっても問題なく抜けてくるのだ。


 更にその巨大な角の重さを首筋の強靭な筋肉で支えている為、人間の一般的な狩人くらいではトドメを刺すまでに四苦八苦する厄介な鹿として知られている魔獣である。


 とは云え、もちろん食用の狩猟対象として狩るのが難しいのであって、ただ殺すだけならその難易度はガクッと下がる。


 ちなみに首筋の肉をホロホロになるくらい長く煮込んだ料理は、隠れ里でも定番の献立(メニュー)で4人も大好きな一品だ。



~・~・~・~



 結論から言えば狩り自体は非常に上手くいった。


 エーラが後脚の膝を強弓で砕き、マルクが退路を断って誘い込み、凛華が直剣で心臓を一突き、トドメにマルクとアルで首筋を絶つ。


 その後の作業もテキパキと進んだ。


 血抜きを済ませ、必要な部位を切り落として皮を剥ぎ、凛華が凍らせる。


 あとは野営のできそうな場所までアルが『念動術』で運んで、じんわりと解凍している間に天幕まで張り終えた。


 間違いなく大成功の範疇だ。


 しかし、野営地の天幕から少々離れた位置、焚き火の前に座ったアルの表情はあまり優れない。


「まだ六時過ぎだってのに、もうこんなに暗いのか」


 マモン()から貰ったと言う小ぶりな懐中時計を取り出したマルクの呟きに、


「陽が差し込む場所が少ないからだろうね」


 アルは空――――もとい枝で覆われた天上を見上げた。


(もうちょっと移動時間も考えなきゃな)


 心中でぼやき、大鋸鹿の太もも部分に視線を戻す。


 少なめの脂と残っていた血が火へ滴り落ちてパチッと爆ぜる。


 一応翌朝も食べられるくらいの肉は確保・冷凍済みだ。


 エーラのおかげで肉を懸架させて焼くための支えは簡単に作れたし、水分の少ない枯れ枝も集められたが、夏場でなかったらもう少し準備がいるだろう。


「背嚢も置いたし、魔獣が嫌う匂いを出してくれる子たちにも集まってもらったよ~」


 そこへエーラがすたすたと軽やかな足取りでやってきた。


「ありがとう」


 初日の食事当番はアルとマルク。ちなみに一食交代だ。


 これは不寝番や役割を考えて皆で決めた。


「森人ってのはこういう時強いよなぁ」


「ホントよ。こっちがちょっと天幕の中にいる間にあんなになっちゃてるんだもの」


 続いてやってきた凛華の言葉に「ん?」とアルがそちらに眼を向ければ、そこには見たことのない草木達が天幕どころか野営地全体を囲むように生えていた。


 あれが魔獣が嫌がる匂いを発する植物なのだろう。


(本当に早業だ)


 アルには全く気付けなかった。


 そんな風に考え事をしている内に、肉の焼けるいい匂いが辺りに漂ってきた。


 ハッとしたアルが慌てて匂いと煙を風で包み、上へ向けて流す。


「そろそろ焼けるぜ」


 すぐにマルクがくるくる回し焼いていた鹿肉を火から降ろして見せた。


「お腹空いたねぇ」


「早く食べましょ」


「そうだね」


 黒蒸麦餅(パン)に大鋸鹿の脚や肉付きの肋骨が火元に置かれていく。


 ようやくの夕食だ。


 エーラが取って来た食べられる野草を茹で、果物を食後に食べる。


 4人はやはり慣れないことで疲れてはいたものの、初日にしては満足感のある夕餉を楽しむことができた。



* * *



 すっかり陽が落ちてしまった野営地を、焚き火の明かりだけが仄かに照らしていた。


 マルクは倒木に腰掛け、アルは適当な石に胡座をかいて火を眺めている。


 凛華とエーラはアルがガンガンに熱した石を投入させて作った簡易風呂で入浴を済ませ、今は就寝中だ。


 近くにあった小川の()()()()を多少綺麗にして風呂っぽくしたものだったが思いの外2人は喜んでくれた。


 女子2人や魔族が特段綺麗好きというわけではないが、大量に魔力を持っているのに使いもせずに小汚いままという者はそういない。


 隠れ里には大衆浴場然とした湯屋もあるので入浴文化がある、というか寧ろ風呂好きな方だ。


 アルとマルクは彼女らが風呂から戻って、起きている内にさっさと入浴を済ませ、今は見張りも兼ねた不寝番をしている。


 夏場とはいえ元々そう湿気も多くない土地だ。


 鬱蒼とした原生林の中でも、こうして火の近くにいないと夜は多少冷える。


 アルはゆらゆらと揺れる炎を見つめながら考え事をしていた。


 勿論、今日のことについてだ。


 思っていたよりも決断に迫られる場面が多かった。


 当たり前と言えば当たり前だが、仮令(たとえ)案内があったとしても進む、止まるは頭目の判断次第。


 天幕の設置場所や夜を明かす場所ですらそうだと言える。


 そうなるとやはり水場はあった方がいいし、食事中に魔獣から襲撃されないように警戒もしなければいけない。


 隠れ里の訓練場でやっていたことなどまるで児戯に等しかったのだ、とアルは悟った。


 この調子なら雪だるま式に問題が顕在化していくだろう。


 きっちりと一つ一つ答えを出しておかなければ。


「……ふぅ」


 無意識に溜息をつく。


 マルクは親友の物憂げな顔を見て話しかけることにした。


「で、どうだ?」


「……」


 が、アルは視線を固定したまま黙している。


 狩りが終わってからの友が妙に静かだったことはマルク以外も知っていた。


「アル」


「え?……ああ、とりあえず戦闘中に細かく指示を出すのはやめにするよ」


 即答だ。考えていたことが口をついて出たような言い方だった。


「随分早く決めたな。今日は悪くなかったんじゃねーの?」


「マルク達はね。でも俺はギリギリだった。普通の魔獣であれなら、それ以上のやつら相手はたぶん厳しい。いちいち遅れる気がする」


 今日だってアルが最後ギリギリ間に合わせた形になってしまったのだ。


 後ろで魔術を垂れ流すだけならいざ知らず、己も前に出るのであれば指示など出していられない。


 3人の動きが捷過ぎるのだ。


 加えてそれぞれ種族が違う。


 ゆえに得意なことも、得意な距離すらも違ってくる。


(気配で追えても、思考が追いついてこない)


 その結果、今日の狩りは一拍遅れて飛び出す羽目になってしまった。


「ふぅむ……」


 上を見上げたアルに釣られて、マルクも真っ暗な空を見上げた。


 確かにアルの視界内で戦おうとしていたので多少不便さは感じていた。


 しかし慣れの問題もあるだろう。


「じゃあ、どうすんだよ?」


 頭目が明確な指示も出さないというのも一党で動く意味がないのではないか?と訊ねる。


 当然の疑問だ。


 アルはしばし黙考し、やがて口を開いた。


「最初に戦術っていうより方針とか目標みたいなのを決めとく。 例えば今日なら、食べるんだから無闇に傷つけないとか。 エーラが脚を射貫いたら行動開始で、トドメは凛華かマルクに任せるとか。 あとは戦闘中、短くて良いからお互いに報告し合って戦う……ってどう思う?」


 マルクは少しの間、脳内で言葉の意味を咀嚼し、ややあってアルに訊ねた。


「それってつまり”刃鱗土竜”とやり合ってたときの感じをもっと深めるっつーか洗練させる、みたいな意味か?」


 あの時はアルが次の行動(アクション)を叫んで、全員でひたすら連携しながら一つの大目標へと動いていた。


「うん、そう。思い返せばあの時が一番それらしく強みを活かして動けてたと思うんだよ。だからずっと考えてた。で、良いと思う?」


 アルが問い直すと、マルクがフッと笑う。


「どうも何も、それが今んとこ最適解だろ。 変に纏まって動かねえ方がいいんじゃねえかとは思ってたしな。 せせこましく戦うよかずっと良い。 一党で戦うって考えてたから固く考えちまってたらしいや」


 4人の種族的、性格的な強みを最大限に活かして戦う。


 軍隊式の考え方ではないが、武芸者として活動していくつもりならそれこそがきっと正解だろう。


「俺もだよ。もうちょっと肩の力を抜くべきだね」


「だな。そこはあいつらを見習うとしようぜ」


 天幕の方を親指で指すマルクにアルが軽い息をフッとついて笑い出す。


「そだね。あ、じゃあさっき野営の準備してて思ったんだけどさ」


「おう、なんか面白いことでも考えついたのか?」

 

「そんなとこ。次からはさ――――――――……」


 2人の気兼ねない語らいは夜が更け、不寝番の交代時間まで続くのであった。



* * *



 翌朝、凛華とエーラの2人に寒いだろうと貸していた龍鱗布を返してもらいながら、アルは早速とばかりに昨日話していた内容を共有することにした。


 凛華とエーラも妙なやりにくさ自体は感じていたようで、一も二もなく笑顔で了承してくれた。


 こうしてアルは仲間達と話し合う重要性を学び、これ以降何かしら思いついてはその都度意見を述べたり、聞いたりしてその度に答えを探していくことになる。


 勿論、良い意見だけでなく不満を聞くこともままありはしたが、結果としてその小さな小さな積み重ねの数々が4人の――――否、一党の強さを引き出す助けになっていくのであった。

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