断章1 一党として、頭目として
今回は断章となっております。主人公アルクスに主眼を置きつつ、彼ら全体に焦点を当てたお話です。
アルクス達が旅に出て、初めての3日間。
おそらくこの3日間が、森林を旅する中で4人が最も神経を使った日々だろう。
理由は単純にして明快。全てが初めてだったからだ。
長時間荷物を背負って歩き続けることも、自給自足の食事も、野営や不寝番も。
そして一党としての戦闘も。
* * *
隠れ里の東門からおよそ8km地点、大森林の中。
つい数時間前に里を出たばかりの4人は、周囲を警戒しながら東へ向けて歩いていた。
最初に目指すのはこの大森林を抜け出すために不可欠な要所である万年樹。
そこに設置してある『転移陣』でかなりの距離――およそ300kmを一息に稼げるらしい。
ふと、アルクスは赤褐色の瞳を肩に留まる三ツ足鴉に向けた。
「カァー?」
なーに? と問いたげに啼く、艶やかな黒濡れ羽を持つこの三本脚の鴉は、師匠ヴィオレッタから伝書用にと預かった使い魔だ。
旅立つギリギリで託されたので交流はなかったが、なんとなく賢いらしいことだけはわかっている。
移動中無暗に騒ぐこともなく、こちらの言うことも理解出来ているようなのだ。
アルクスの前世にいた日本の鴉も、他の鳥の飛び方を真似て翔んでみたり、公園の人工物を使って遊んだりと知能が高いことで知られている。
きっとこの魔獣もそうなのだろう。
「お前の名前も決めなくちゃな」
「カァカァ!」
その言葉も理解できたのか、三ツ足鴉が羽を揺らして催促するような雰囲気を見せる。
アルクスは気晴らしも兼ねておこうと幼馴染達へ呼び掛けた。
「みんな。こいつの名前、なんかいい案ない?」
頭目の声に隣を歩いていた凛華とマルクガルムがそれぞれ腕を組み、「う~ん」と顎をさする。
シルフィエーラは森人の残している印を見つけるためにほんの少し前を歩いていたが、サッと振り向いて三本脚の鴉をジーッと観察しはじめた。
「そうだなぁ…………あーだめだ、てんで思いつかねえ。クロとかでいいんじゃねーの?」
マルクガルムが肩を竦めていい加減な案を上げてみると、
「ない」
「あり得ない」
「最悪」
「カァ~……」
非難が殺到した。
「言い過ぎだぞお前ら」
そこまで言わなくてもいいだろうが。と、仏頂面をした人狼青年へ、
「師匠の使い魔にそこまでテキトーなやつはつけらんないよ」
アルクスが困ったような笑みを向ける。
本気ではないのは承知しているが、変な呼び名が定着してしまってその名にしか反応しなくなるとかでは困るのだ。
「わかっちゃいるけど、そういうの苦手なんだよなぁ」
「正直、俺も……魔術創るときの感覚で付けたら大仰な感じになりそうだし」
「そうなの? そういうことならあたしに任せときなさいな」
「待って待って! ボクも!」
「じゃ、あたし達で考えましょうよ」
「さんせーい!」
凛華とシルフィエーラは名付けてみたかったらしい。
実は2人とも、アルクスが独自魔術や剣技に名前をつけるのを見て自分達もやってみたいと常々から思っていたのだ。
特に凛華は自身の修めるツェシュタール流の剣技名がそのまま過ぎることに不満大だった。
「「……」」
アルクスとマルクガルムが意外そうに顔を見合わせる。
名前とかぶっちゃけおかしくなくて困らなければいいんじゃね? と思っていたら、女子2人が妙にやる気を見せている。
もう任せない? と、目線を交わすことで意見の一致をみた。
「んじゃ任すよ」
「やたっ!」
「さ、おいで! かっこいいのつけてあげるわ!」
凛華が手招きすると三ツ足鴉がバサバサとそちらへ飛んでいく。
アルクスとマルクガルムは楽し気な彼女らを見てやれやれと肩を竦めるのだった。
* * *
初日の午後4時過ぎ。
まだまだ慣れぬ道無き路を歩いていると、唐突にシルフィエーラがピタッと立ち止まった。
アルクスは訝しむということもなく、さっと近寄って、
「エーラ、どうした?」
森との親和性が高い彼女に小声で問うてみる。
「魔物……? ううん、たぶんだけど魔獣だね」
「食えるやつか?」とマルクガルム。
「ん~……大鋸鹿っぽい」
「今日の夕飯、そろそろ準備とかいるわよね?」
――さて、どうする?
3人の顔にはそう書いてある。頭目の判断を仰ごうというわけだ。
こういったところの彼らの認識は非常にしっかりしている。
元から仲の良い仲間達同士で旅に出ているし、実際楽しい部分もあるが決して遊びではない。
アルクスもそれは正しく認識しているし、何であれば誰よりも気を張っていた。
師匠譲りの癖で顎に手をやって思考する。
今日一日の踏破距離。現在の時間。仲間と自分の体力。
そして解を導き出した。
「よし、そいつを狩ろう。狩り終わったらその場で血抜きまでやってから移動。他の魔獣が俺達に寄ってこないよう要らない部分は捨ててく」
「了解だ」
「任せて」
マルクガルムとシルフィエーラが打てば響くような反応を返し、
「わかったわ。あ、そうだ。アルどうする? 頭目として指揮とか試しとく?」
凛華が青い視線を頭目へ向けた。
「え? あー……うん、やってみようかな」
不安気な表情を浮かべながらもアルクスがこくりと頷く。
きっと今後やらなければならない場面も増えていくはず。
(大森林にいる内に慣れといた方がいいのかもしれない)
こうして一党として行う、初めての狩りが始まった。
大鋸鹿というのは全長およそ4.2m。荒い鋸刃を思わせる形状の大きな角を持った魔獣だ。
その角の差し渡しは4.0mを越えることもあるのだから相当な幅だ。
外敵を蹴り倒すように突き込み、角に引っかかった部分は木であろうと他の魔獣であろうと、その荒く尖った角をガリガリと動かして切ってしまう。
つまり、何かに引っかかっても問題なく抜けてくるのだ。
更にその巨大な角の重さを首筋の強靭な筋肉で支えている為、人間の一般的な狩人くらいではトドメを刺すまでに四苦八苦する厄介な鹿として知られている魔獣である。
とはいえ、もちろん食用の狩猟対象として狩るのが難しいのであって、ただ殺すだけならその難易度はガクッと下がる。
ちなみに首筋の肉をホロホロになるくらい長く煮込んだ料理は、隠れ里でも定番の献立で4人も大好きな一品だ。
結論から言うと、狩り自体は非常に上手くいった。
シルフィエーラが後脚の膝を強弓で砕き、マルクガルムが退路を断って誘い込み、凛華が直刀で心臓をひと刺突、トドメにマルクガルムとアルクスで首筋を絶つ。
その後の作業もテキパキと進んだ。
血抜きを済ませ、必要な部位を切り落として皮を剥ぎ、凛華が凍らせる。
あとは野営のできそうな場所までアルクスが『念動術』で運んで、じんわりと解凍している間に天幕まで張り終えた。
間違いなく大成功の範疇だ。
しかし、野営地の天幕から少々離れた位置、焚き火の前に座ったアルクスの表情はあまり優れない。
「まだ六時過ぎだってのに、もうこんなに暗いのか」
マモンから貰ったと言う小ぶりな懐中時計を取り出したマルクガルムの呟きに、
「陽の差し込む場所が少ないからだろうね」
アルクスは空――もとい枝で覆われた天上を見上げた。
(移動時間のことも考えなきゃな)
心中でぼやき、大鋸鹿の太もも部分に視線を戻す。
少なめの脂と残っていた血が火へ滴り落ちてパチッと爆ぜる。
一応翌朝も食べられるくらいの肉は確保・冷凍済みだ。
シルフィエーラのおかげで肉を懸架させて焼くための支えは簡単に作れたし、水分の少ない枯れ枝も集められたが、夏場でなかったらもう少し準備がいるだろう。
「背嚢も置いたし、魔獣の嫌がる匂いを出してくれる子たちにも集まってもらったよ~」
そこへシルフィエーラがすたすたと軽やかな足取りでやってきた。
「ありがとう」
初日の食事当番はアルクスとマルクガルム。ちなみに一食交代だ。
これは不寝番や役割を考えて皆で決めた。
「森人ってのはこういう時強いよなぁ」
「ホントよ。こっちがちょっと天幕の中にいる間にあんなになっちゃてるんだもの」
続いてやってきた凛華の言葉に「ん?」とアルクスがそちらに眼を向ければ、そこには見たことのない草木達が天幕どころか野営地全体を囲むように生えていた。
あれが魔獣が嫌がる匂いを発する植物なのだろう。
(本当に早業だ)
アルクスには全く気付けなかった。
そんな風に考え事をしている内に、肉の焼けるいい匂いが辺りに漂ってきた。
ハッとしたアルクスが慌てて匂いと煙を風で包み、上へ向けて流す。
「そろそろ焼けるぜ」
すぐにマルクガルムがくるくる回し焼いていた鹿肉を火から降ろして見せた。
「お腹空いたねぇ」
「早く食べましょ」
「そうだね」
黒蒸麦餅に大鋸鹿の脚や肉付きの肋骨が火元に置かれていく。
ようやくの夕食だ。
シルフィエーラが取って来た食べられる野草を茹で、果物を食後に食べる。
4人はやはり慣れないことで疲れてはいたものの、初日にしては満足感のある夕餉を楽しむことができた。
すっかり陽が落ちてしまった野営地。
焚き火の明かりだけが仄かに辺りを照らしていた。
マルクガルムは倒木に腰掛け、アルクスは適当な石に胡座をかいて火を眺めている。
凛華とシルフィエーラはアルクスがガンガンに熱した石を投入させて作った簡易風呂で入浴を済ませ、今は就寝中だ。
近くにあった小川のポケットを多少綺麗にして風呂っぽくしたものだったが思いの外、2人は喜んでくれた。
彼女らや魔族が特段綺麗好き――というわけではなく、大量に魔力を持っているのに使いもせずに小汚いままという者は居ないという話である。
隠れ里には大衆浴場然とした湯屋もあるし、勿論入浴文化もあるので寧ろ風呂好きは多い。
アルクスとマルクガルムは彼女らが風呂から戻って、起きている内にさっさと入浴を済ませ、今は見張りも兼ねた不寝番をしている。
夏場とはいえ、元々そう湿気も多くない土地だ。
鬱蒼とした原生林の中でも、こうして火の近くにいないと夜は多少冷える。
「――」
アルクスはゆらゆらと揺れる炎を見つめながら考え事をしていた。
勿論、今日のことについてだ。
思っていたよりも決断に迫られる場面が多かった。
当たり前と言えば当たり前だが、仮令案内があったとしても『進む・止まる』は頭目の判断次第。
天幕の設置場所や夜を明かす場所でさえそうだ。
そうなるとやはり水場はあった方がいいし、食事中も魔獣から襲撃されないよう、見つかりにくいような場所を選ぶべきである。
隠れ里の訓練場でやっていたことなど児戯にも等しかったのだ、とアルクスは早々に悟っていた。
この調子なら、雪だるま式に問題が顕在化していくだろう。
きっちりと一つ一つ答えを出しておかなければ。
「ふー……」
無意識に息をつく。
そんな親友の物憂げ顔をちらりと見やったマルクガルムは、
「で、どうだ?」
と、ひと言。
「――」
が、赤褐色の瞳は焚き火に固定されたまま。
「アル」
「え? ……ああ、ひとまず戦闘中に細かく指示を出すのはやめにするよ」
即答だ。考えていたことが口をついて出たような言い方だった。
「やけに早く決めたな。今日は悪くなかったんじゃねーの?」
「マルク達はね。けど俺はギリギリだった。並の魔獣であれなら、それ以上のやつら相手はたぶん厳しい。いちいち遅れる気がする」
今日だって、最後はギリギリ間に合わせたようなもんだし。と、アルクスは応えた。
後ろから魔術を垂れ流すだけならいざ知らず、己も前に出るのであれば指示など出す余裕はない。
3人の動きが敏捷に過ぎるのだ。
加えて、それぞれ種族が異なるがゆえ、得意な戦い方も違えば、得意な距離さえ違ってくる。
(気配で追えても、思考が追いつかない)
その結果、今日の狩りは一拍遅れて飛び出す羽目になってしまった。
「ふーむ……」
上を見上げたアルクスに釣られて、マルクガルムも真っ暗な空を見上げる。
確かに頭目の視界内で戦おうとしていたので、多少不便さはあった。
しかし、慣れの問題もあるだろうとも思っている。
「じゃあ、どうすんだ? 頭目が指示出さねーってのも一党組む意味なくね?」
ゆえに、ある意味当然な疑問を投げ掛けた。
アルクスは、しばし黙考。
「……考えてたんだけど」やがてそのひと言を皮切りに、
「最初に戦術……ってか方針だったり、目標だったりを決めとく。喩えば今日なら、『食べるんだから無闇に傷つけない』とか。『エーラが脚を射貫いたら行動開始で、トドメは凛華かマルク』とかさ。あとは戦闘中、短くて良いから報告し合って戦況を共有する……って、どう思う?」
と、自信なさげに応えた。
マルクガルムは「あー……」と、脳内で言葉の意味を咀嚼し、
「要するに、〈刃鱗土竜〉と戦り合ってたときの感じをもっとこう、深めるっつーか洗練させる……みたいな意味か?」
ややあって確認を取る。
あの時はアルクスが次の行動を叫んで、全員で連携しながらひたすら、無我夢中に大目標へと動いていた。
「うん、そう。思い返せばあの時が一番それらしく強みを活かせてたと思うんだよ。だからずっと考えてた。で、良いと思う?」
アルクスが再び問うと、マルクガルムはフッと笑った。
「どうも何も、それが今んとこ最適解だろ。変に纏まって動かねえ方がいいんじゃねーか? とは思ってたしな。せせこましく戦うよかずっと良い。一党で戦うって考えてたから固く考えちまってたらしいや」
4人の種族的、性格的な強みを最大限に活かして戦う。
軍隊式の考え方ではないが、武芸者として活動していくつもりならそれこそがきっと正解だろう。
「俺もだよ。もうちょっと肩の力を抜くべきだね」
「だな。そこはあいつらを見習うとしようぜ」
天幕の方を親指で指すマルクガルムにアルクスが軽い息をついて笑い出す。
「そだね。あ、じゃあ早速。さっき野営の準備してて思ったんだけどさ」
「なんか面白いことでも考えついたのか?」
「そんなとこ。次からはさ――……」
2人の気兼ねのない語らいは夜が更け、不寝番の交代時間まで続くのであった。
* * *
翌朝、凛華とシルフィエーラの2人に寒いだろうと貸していた龍鱗布を返してもらいながら、アルクスは迅速果断に昨夜の話を共有することにした。
彼女らも妙なやりにくさ自体は感じていたようで、一も二もなく笑顔で了承してくれた。
こうして、アルクスは仲間達と話し合う重要性を学び、これ以降何かしら思いついてはその都度提案。意見を聞き、時に全員で相談し、その度に答えを探していくことになる。
勿論、良い意見だけでなく不満を聞くこともままあったが、結果としてその小さな小さな積み重ねの数々が4人――否、一党の強さを引き出す助けになっていくのであった。
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