4話 人狼の友達と”魔法” (アルクス5歳の夏)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
また、最初は世界観説明もあり非常にゆっくりとしか進められませんが、なにとぞよろしくお願いいたします。
隠れ里の昼食は、里の中にある食堂やいくつかの共有スペースとなっている広場の煮炊き場に、食材を持ち寄ってその場の何人かで摂ることが一般的である。
これは里を建造中だった当時の魔族達が作業場周辺で休憩がてらに食事を摂り、またそのまま現場に戻るという流れを連日行っていたところ、そこへ彼らの家族が弁当や狩りの獲物などを持ち寄って集まるようになり、届けるだけ届けてそのまま帰ることもなかろう、と共に食事をとるようになったことから始まった習慣だ。
基本的に魔族は単一民族で集落を築くので、種族の関係なしにガヤガヤと食事をするこの光景は間違いなく隠れ里の象徴と言えるだろう。
ぽやぽやと浮かれた様子のアルクスを連れたヴィオレッタは、彼の母トリシャが今日は里の外まで巡回任務で出ている為、食堂で昼食を摂ることにした。
「おっ!里長様とアル坊じゃないか!何にする?」
「儂は竜魚の甘酢揚げをもらおうかの。アルは?」
「ぼくもおんなじやつ。あんまりすっぱくないの」
「あいよぉ~」
竜魚とは季節外れの鯉のことだ。脂の良く乗っている魚として知られている。
2人が料理を待っていると、後方から呼び掛けられた。
「おっ、アルだ」
「ヴィオレッタ様もいらしたのですね」
片方は威勢の良い高めな子供の声で、もう片方は深みのある低い大人の声だ。
反射的に振り向いたアルはニカッと笑って挨拶をする。
「マルクにマモンおじさん、こんにちは!」
「よっ」
「ああ。こんにちは、アルクス」
大人の方――――彫りの深い顔立ちに上背のある筋肉質な男がマモン・イェーガー。
そのマモンと似たようなワインレッドの髪をツンツンさせ、アルより少し背の高い少年がマルクガルム・イェーガー。
アルの家とご近所付き合いをしている人狼族の父子だ。
「牙猪の煮込みを頼む」
「あいさぁ~」
「今日はヴィオ様もいっしょに食堂か?」
マモンが注文する隣で、そんな質問を投げかけてくる幼馴染の少年にアルは勢いよく答えた。
「そう!今日はししょーの授業をうけてたから!魔術の授業だよ、ま・じゅ・つ!って言っても今日からなんだけどね」
ほんの少し尻すぼみな物言いだが、午後の授業に思いを馳せているのか上機嫌なことに変わりはない。
どうやら期待以上に魔術は楽しいらしい。
「へぇ~、じゃ毎日やってたあの訓練ごうかくしたんだな。そのうちおれにかっけー術とか教えてくれよ」
「え?あぁうん、そーだね。かんがえとく」
「おいなんか返事がてきとーだぞ!たのむって~」
「さっきマモンおじさんがたのんでたキバイノシシの煮込み、マルクの分ひと切れもらおーか」
「あっ!きったねーぞ!足もと見やがって!」
「せーとーな対価ってやつさ」
「どこがだよ!」
幼馴染同士でやいのやいの言い合っていると、先ほどから子供達の会話を黙って聞いていたマモンがおもむろに口を開いた。
「アルクス、昨日ヴィオレッタ様から話は聞いた。あいつとトリシャの子だから特に心配はしてないが、何かあったら俺達に声をかけるんだぞ?」
「ほぃ?うん……?あ、じゃないや。はい?」
でいいのかな?というか何かあったら?なんだ転生者ってイジメられたりするのか?
そんな表情を浮かべてキョトンとした銀髪の幼馴染を、マルクガルムは横目で見る。
直前の会話にしても、このアルは今まで兄弟のように接してきた幼馴染と特に変わりないように思えた。
精々喋り方が少し賢そうになったくらいだ。
その感覚が正しいのかどうか確認しておかねば、と思ったマルクは昨夜話を聞いた時から考え続けている、最も重要な質問をアルに投げかけた。
「なぁあのさ……アルはアルのまんまなんだよな?」
「はぁ?あったりまえじゃん。いきなりどしたの?」
「そか。そんならいいや!」
心配して損した。そのくらい幼馴染の回答は即答を極めていた。
それだけなら良かったものの、おかしなものでも食べたんじゃない?とでも言いたそうな目で見てきた。
(このヤロ……)
マルクがイラッとしたような、スッキリしたような顔で牙猪と芋の煮込みをパクつき始める。
「あっ、キバイノシシひと切れはさき払いだからな」
人の気も知らないで肉を寄越せとのたまうアル。
「ふざけんな。術教える時にも絶対なんかよーきゅーするだろ。竜魚ひと口と交換だ」
「しょーがないなぁ、ほい」
アルはつけ合わせの人参をマルクの皿へ乗っけてやった。タンパク質をやる気はないらしい。
「んじゃほらよ」
マルクも予想していたのか、アルの皿へ芋をころりと移す。
「んにゃろう」
「お前が先に始めたんだからな」
ぶーぶー言い出すお子様2人にヴィオレッタとマモンは顔を見合わせて苦笑を零した。
一時はどうなることかと思ったが変にこじれなくて本当に良かった。
そんな思いが子供達に伝わることはない。
しばらくおでこをぶつけ合って「肉!」「魚!」と要求し合っていたアルとマルクの幼馴染コンビは「食べ物で遊ぶんじゃありません」という軽いお叱りを受けるのであった。
* * *
研究室に戻ったヴィオレッタとアルの師弟は食後のお茶を飲みつつ、ややまったりとした雰囲気で午後の講義を再開した。
「午前中に言っておった”魔法”について解説をしようかの」
握っていたカップをノートと筆に持ち替えたアルが早速とばかりに質問を投げる。
「魔術とわけるくらい違いがあるんですか?えぇと……あー、定義に」
「うむ、ある。魔術とは、鍵語や触媒を用いて術式を描くことで望む現象を引き起こす”技術”じゃ、さきほども言うたの」
「はい」
「しかし”魔法”は技術ではないのじゃよ。 無論、魔力を消費すること自体は変わらぬ。 じゃが”魔法”とは、我々魔族や一部高位の魔獣や魔物のみにしか使えぬ種族固有の”特殊能力”のことを指す。 人間や獣人族には使えぬものじゃ」
ノートをとっていたアルは師の言ったことをすぐさま書きつけた。
そして書いた言葉の意味を理解した途端、はたと手を止めて師へ問う。
「”特殊能力”って……じゃ”魔法”ってもしかして半魔族のぼくにはつかえなかったりしますか?」
最も気になったのはそこだった。
なぜなら――――……。
アルクス・シルト・ルミナスの母は龍人族。
そして父は人間。
つまり半龍人。里にたった一人しかいない半魔族なのだ。
「正直に言って……儂にもわからぬ。 これまで前例がないのじゃ。 まったく発現せぬか、中途半端に発現するか、はたまた別のカタチとなるか。 こればかりは汝が初めて発現させたときにしかわからぬ」
「いつ、発現するものなんですか?」
「種族ごとに違うからのぅ。トリシャは龍人じゃから汝が発現するとすれば、”肉体変化”系統の”魔法”。その手の種族は大体汝くらいの年齢から十歳くらいまでの間のはずじゃ」
アルにそんな兆候はいまだ一切ない。
やはり自分に”魔法”は使えないのでは?
そう考えつつ、それでも興味を抑えられなかったアルは訊ねた。
「かあさんの”魔法”っていったいどんなんですか?」
「龍人族の”魔法”は『龍体化』という。 その名の通り肉体にかつて存在していたとされる龍の鱗や牙、爪、角が生え、身体能力の底上げ、属性魔力の砲撃や魔術に対しての耐性が劇的に上昇する。 いわば戦闘形態への移行じゃな」
「えっ!?せんとー形態!?」
―――――絶対かっこいいやつじゃん!聞かなきゃ良かった!
知らなかったら使えなくてもしょうがないかーくらいで済んだのに!なんて迂闊なやつなんだ!とアルは心中で己を罵倒した。
「言うておくが、どの種族も戦闘に使える”魔法”というわけではないからの?地味なのも多々あるのじゃぞ。それにまだ使えぬと決まったわけでもなかろう?」
心から後悔する弟子にヴィオレッタが同情するような表情を向ける。
「じゃあ使えなくても、ぼくバカにされたりしませんか?」
明らかに慰めの言葉である師の発言に、アルは軽く唇を尖らせ、いじけたような声音で訊いた。
「安心せい。汝をバカにするようなたわけ者がおったら儂自らが里から叩き出してやるわい」
ヴィオレッタは可愛い愛弟子の銀髪をくしくし撫でながら不敵な笑顔を向けた。
この頼もし気な里長が師になってくれたのはきっとそれもあるからだ。母と親友だからと云うだけでは、決してないだろう。
幼いなりにそう解釈しているアルは、持ち前の切り替えの早さと前世の記憶を頼りに決意を新たにする。
”魔法”が使えないかもしれない己のせいで、優しい師や大好きな母が馬鹿にされたりしないように頑張ろう。少なくとも魔術は、と。
紅い瞳をきりりっとさせた弟子にヴィオレッタは艶然と微笑んだ。
聞かずとも何を考えているかくらいわかる。喋るようになる前から面倒を見てきたのだから。
「さて初日の講義はこんなところにしておこうかの。明日からは実践も織り交ぜていくからよーく休んでおくのじゃよ」
「はいっ!」
「うむ。まだ日の沈まぬ内に帰るがよかろう」
「ありがとーございましたっ!」
勢いよく頭を下げたアルが大事そうにノートを抱えてヴィオレッタの家を出ていく。
里を一直線に縦断する帰路はやはり子供には少し辛い距離だったが、それでもアルの足取りは軽いものだった。
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