7話 第二戦! 人狼との激闘!
前回の続きになります。
もうそろそろ本格的な夏が訪れるラービュラント大森林に吹く風はまだまだ涼しい。
原生林に周辺を囲まれ、山々から吹き降ろしてくる風のおかげで隠れ里の夏はそこまで暑くならないのが一般的だ。
しかし、今この場には妙な熱気がうねりとなって渦巻いている。
アルクスは濃い緑葉をつける木々を見やった。
今日はマルクガルムとの模擬仕合。
正直なことを言えば楽しみである。
そう思って隣に立つ人狼族の親友に話しかけた。
「マルク、脇腹は大丈夫?」
「一晩も寝りゃあ問題ないっつーの。ったく、あんにゃろー、思いっきし刃の部分ブチ当てやがったぞ?【人狼化】してなかったら真っ二つだよ」
「それ、普段生身で晒されてる俺に言う?」
「そういやそうだった」
昨日アルクスとシルフィエーラの対戦後に行われた次戦は、両者の激しい攻防の末に凛華が制することとなった。
体をくの字に折って吹き飛ばされたマルクガルムを見て『あれはどっか折れたんじゃ』と思っていたが、耐えきったようだ。
頑丈な体が羨ましいものである。
自分ならば上半身と下半身が泣き別れになっていただろうと背筋が寒くなったのは内緒だ。
「ま、そういうわけだから遠慮はいらねえぜ?」
友が気にしているのを察していたのだろう――マルクガルムがニヤリと笑う。
「そっか、じゃあ安心して連勝させてもらおう」
その言葉にアルクスも好戦的な笑顔を浮かべた。
「ハッ、抜かせ。これ以上負けてられっか。親父はともかく、母ちゃんとフィーナになんて言われるかわかったもんじゃねえ」
「存分にお叱りを受けると良いよ。見ててあげるからさ」
親友同士で挑発し合う。しかしそれも長く続かず、
「ぜってー嫌だ。ただでさえ最近フィーナが冷たいし、凛華みたいなこと言うんだよ」
友から放たれた情けない言葉にアルクスは呆れた視線を返した。
「それは普段のマルクのせいだよ。構いすぎるから」
「もうそれみんなに何度か言われた」
「言われたんなら直せよ……」
なんで構い続けるんだこいつ、とツッコミを入れているところへ昨日と同じくヴィオレッタの『拡声の術』を用いた案内が届いた。
「さて! 皆の衆静まるがよい! 今日は二日目じゃ! 昨日よりも人が集まっておるようじゃな」
アルクスとマルクガルムが見れば、なるほど今日は観客席がほぼ埋まっている。
集まるのは良いがちゃんと仕事は回っているのだろうか?
ほんのり心配になってくる2人である。
鉱人のキースと巨鬼の源治の鍛冶師二人組など、昨日も朝っぱらから酒をかっ喰らいながら観戦していた気がする。
というかなんだその札は? まさか昨日の今日で賭けか? 配当倍率はどうなっている?
そう思っていると見知った女性2人が似たような札を手にしていた。
トリシャとマチルダである。
「「…………」」
アルクスとマルクガルムはそっと視線を逸らして、見なかったことにした。
「今日は初戦がマルクガルムとアルクス、次戦が凛華とシルフィエーラじゃ! 昨日勝利したアルクスが勝ち越すか、昨日の敗北をマルクガルムが取り返すのか!? どちらも優秀な若者じゃが勝者は一人!」
さぁ~、張った張った! と、でも続きそうなヴィオレッタの進行に、胴元の存在をうっすらと察しつつ、2人は武闘場の両端に歩いていく。
別に構わない。
賭けの対象にされようが元々は頭目を決めるための模擬仕合。
――真剣に仕合うとしようじゃないか。
アルクスとマルクガルムの眼に闘志が宿る。
結局、考えていることは同じだ。
「ほう、二人とも良い顔じゃ。準備は万端といったところじゃのう。それでは…………はじめえぃっ!!」
幾分案内慣れしたヴィオレッタの開始宣言。
2人は武闘場に駆け出した。
☆ ★ ☆
突入したアルクスはすぐさま『封刻紋』を3時まで戻した。
瞳が赤褐色から緋色へ、髪が黎から灰色へと変貌する。
昨日の仕合で学んだことだ。
戦闘中は思いの外、封印を解除する暇がない。
特にあの3人はアルクスを良く知っている。
解除前に速攻をかけてくる可能性もあった。
加えて、マルクガルムは鼻が利く。
シルフィエーラと同じく、こちらの位置はバレている可能性が高い。
アルクスは灰髪を左右に揺らして気配を探る。
森人少女は物理的に遠ざかることで気配察知を免れていたが、マルクガルムは人狼族。
彼らの得意なものは狩り。それも戦場における狩りだ。
視線を忙しなく左右に巡らせながら武闘場の中央まで油断なく移動していたアルクスはピタリと立ち止まった。
(いる……!)
視線を感じる。が場所まではわからない。
身動ぎ一つせずに周囲を探っていると、だんだん視線の主の気配が迫ってくるのがわかる。
(どこに……――はっ!?)
樹上から、影が落ちてきた。
「しッ!」
ギィン……ッ!
甲高い金属音が空気を打つ。葉擦れの音ひとつさせずに迫る爪を、アルクスは太刀で弾き飛ばしながらズザアッと大地を削った。
顔を上げると着地したマルクガルムの視線と交差した。
「物騒な挨拶だね」
アルクスが好戦的に笑うと、
「凛華にもこれやってりゃ良かったぜ」
【人狼化】したマルクガルムも牙を剥き出しにして笑い返した。
「明日の参考にでもさせてもらうよ」
「ハッ、そうかいッ!」
この距離では如何に早く姿を眩まそうと、龍眼に補足されてしまう。
それゆえマルクガルムは潔く姿を現して、正面からアルクスに突っ込んだ。
通常の人体構造から外れた狼脚による急接近。
アルクスは即座に蒼炎で応えた。
ボッボボボボボボ――――ッ! と、突進の勢いを削り散らすように蒼炎弾を連射。
マルクガルムが毛皮に魔力を纏ってそのまま突っ込む。
アルクスの新しい炎、蒼炎は伊達ではない。
”特質変化”されてるせいで着弾と同時に爆発するし、炎それ自体も以前のものと変わらないくらいに強力だ。
それでもマルクガルムは衝撃が身体の芯を食わぬよういなしながら、凶悪な狼爪を鋭くジャキッ! と伸ばす。
(間合いまでもう、ちょい! ――抜けたッ!)
「うぉおおおッ!!」
「でやああッ!」
弾幕を潜り抜けた先で火花が飛び散る。
弾幕を目眩ましにしたアルクスの一撃と、その肩先を狙ったマルクガルムの爪撃がぶつかったのだ。
局所的に蒼炎弾の衝撃を逃がしてくるとは思っていなかったアルクスは友の動体視力と頑丈さに眼を細める。
初撃で稼ぐつもりだったのにアテが外れた。
心中で舌打ちしつつ、後退。太刀を咥え、両手で蒼炎弾を撃ちまくる。
優位なのは断然、対戦相手の方だ。
【人狼化】したマルクガルムはアルクスより頭ひとつ以上に背が高く、体格差も大きい。
組みつかれて締め上げられるだけでも魔法を使えぬ者からすれば十二分に脅威。
ドドドドドドドドォォォォ――――ッッ!!
蒼炎弾の連射だ。初戦とは真逆の流れになりそうだと考えつつ、アルクスは弾幕の回転数を上げていく。
(このまま削りきる……!)
無尽蔵に近い蒼の弾幕を躱し、耐え、衝撃を逃がしていたマルクガルムの動きが僅かに――ほんの少しだけ鈍った。
(ここだ!)
右手に魔力を集中。
自身の身体を大きく後退させてアルクスが巨大な蒼炎弾をゴオゥ――ッ! と放つ。
直撃すれば如何な人狼でも無傷では済まない。
しかし、その目論見はマルクガルムの隠し持っていた切り札によって呆気なく崩れ去ることになる。
「『雷光裂爪』ッッ!!」
巨大な蒼炎弾が引き裂かれ、人狼青年の背後で爆発を起こした。
大地が抉れ、土砂が捲りあげられる。
「な……」
アルクスはあまりの驚愕に目を剥いていた。
マルクガルムがニイッと笑う。
すうっと大気に溶けていく雷爪にアルクスが驚かないワケがないのだ。
何故なら――。
「『気刃の術』を、基礎に……!」
「そういうこった! つってもヴィオ先生に手伝ってもらったけどな!」
アルクスが創った独自魔術『気刃の術』。
それをマルクガルムがヴィオレッタに頼んで専用の調整を加えてもらったのが、この『雷光裂爪』だ。
狼爪に魔気を纏わせつつ、高圧縮された雷へと変換する。
原理は『蒼炎気刃』と同じだが、アルクスと違ってマルクガルムは魔法も併用しなければならず、そのまま使うにはあまりに非効率だったので省魔力化してもらっていたのだ。
結果として燃焼し続ける幅広い刀身を形成する『蒼炎気刃』と違い、狼爪に薄っすら雷を纏うだけの形へ留まらせたものの、並の属性魔力を纏うよりも格段に破壊力を上げることに成功した。
ちなみに凛華との仕合で使わなかったのは使えなかっただけだ。
まだ扱い慣れぬこの術を組むだけの時間を凛華が与えてくれなかったというだけ。
「そんな隠し玉を……っ!」
アルクスは歯噛みする。
術の完成度を見るに昨日今日で出来上がったものではない。
遠距離戦で地道に、など言ってられなくなった。
己の認識の甘さに心中で痛罵を浴びせかけながら、アルクスは太刀を構える。
やにわに緋色の瞳と彼そのものの雰囲気がガラリと変化した。
――――六道穿光流・水の型【雲水】。
「そうこなくちゃな……!」
友の変化に逸早く気づいたマルクガルムが、バッと飛び退りながら慎重に構え直す。
結局のところ、アルクスが最も得意とする戦闘型は、先の先を取る――つまりとことん攻撃に重点を置く闘い方だ。
後の先を取るのは次善の策としてやっているだけ。
だからこそマルクガルムは最大限に警戒する。
(呑まれりゃ仕舞いだ)
拳を軽く構え、脚を踏ん張り過ぎないように力を抜く。
その瞬間、防御への意識をかなぐり捨てたアルクスがゆらゆらと独特な拍子で突喊。
【人狼化】しているマルクガルムにすら初動が読めなかった。
気付けばアルクスの間合い。太刀が陽光をギラリと照り返す。
唐竹に振り下ろされた太刀に慌てて両腕をクロスさせて防いだが、アルクスは止まらない。
流水を思わせる滑らかな動きで踊るように刃を振るう。
水の型【雲水】とは妖獣の攻撃をいなす型でもあり、雲や水のように絶え間なく流れ続ける激流を表す型でもあるのだ。
「チッ!」
マルクガルムも狼爪や蹴りで反撃するが、【雲水】は拍子が常に不定形。
アルクスは狼拳や狼脚を紙一重でするりと躱し、マルクガルムの顎をカチ上げた。
「が……ッ!?」
たたらを踏む人狼にすかさず容赦のない蒼炎弾が飛ぶ。
しかしマルクガルムの反応は、アルクスに再び衝撃にも似た驚愕を与えた。
完璧なタイミングで放たれた蒼炎弾をチラと見ることもせず、鮮やかに躱してみせたのだ。
「っ!?」
アルクスの拍子が刹那――ブレる。
「そこだッ!!」
直後、狼脚による蹴撃が大気を斬り裂きいてヒュボ……ッ! と、一直線に疾走る。
体格に任せた派手な一撃ではない。
しっかりと鍛錬を積んだ、鋭く重たい、体重の乗った蹴りだ。
「う……ッ!?」
アルクスが咄嗟に自身とマルクガルムの間に風の障壁を出現させる。
だが、影が疾走るように放たれた蹴りはその障壁を難なく斬り裂き、アルクスの左肩口を捉えた。
ゴキュ……!
嫌な音が鳴る。
「いっ、あがっ!?」
次いで、アルクスは錐揉みしながら吹き飛ばされた。
ゴロゴロと土煙を上げて転がり、立つ時間も惜しいと口から蒼炎弾を連射するも――マルクガルムはそのすべてを躱す。
(つ、う……左肩外された)
痛みと痺れを我慢しながらアルクスが飛び起きると、マルクガルムは目前にまで間合いを詰めてきていた。
(距離を取るか!? いや、無理だ!)
人狼の脚から逃げ切れるわけがない。
「『落宑累』!」
右手に太刀を持たせたまま、アルクスは人差し指と中指だけで術を多重発動した。
マルクガルムが踏むであろう地面に穴ぼこを作りつつ遠距離戦に移行しようとするが、そうはさせまいと人狼が動く。
周囲の木々を三角跳びの要領で蹴りつけて跳びまわり、急場凌ぎの罠を尽く躱してのける。
「ち、いっ……!」
勢いをつけた人狼の跳び蹴りをスレスレに躱して舌打ちをこぼす。
これでは肩を嵌める時間すらない。
それにさっきから蒼炎弾が当たらなくなってきている。
(何かタネがあるはずだ……!)
今度は太刀を咥えて、もう一度蒼炎弾を放ちつつ、飛来去器状にした雷をグイっと振りかぶって投げた。
マルクガルムは蒼炎弾をタンッと跳んであっさり躱す。
だがそれは承知の上だ。
放電と共に枝を落としながら飛んでいった雷が反転して戻ってくる。
その間もアルクスは絶え間なく属性魔力の短剣をいくつも投げて注意を引きつけていた。
人狼の背後に飛来去器状の雷がヒュンヒュンと迫る。
「んっ? おっと!」
しかしマルクガルムはパッと跳び上がり、そのまま枝に摑まって雷を避けた。
アルクスはその様子を冷静に分析するようにジッと目を凝らし、ようやく解を導き出す。
「……匂いか」
魔力を感知して避けているのではない。
現象が起こす匂いを察知しているのだ。
雷に含まれる臭気や大気の微粒子を燃焼させる炎の匂い、それらを鋭敏な鼻で嗅ぎ分けている。
そう見て間違いない。
「なんだ、もうバレちまったか」
マルクガルムが肩を竦める。
「まあね。犠牲は大きかったけど」
ぶらぶらしている左腕に目をやったアルクスがそう言って顔を上げた。
緋色の瞳は眩いまでの眼光を湛えている。そこに諦めの色など欠片さえない。
それどころか、よく見てきた眼をしている。
虹彩こそ緋色だが、〈刃鱗土竜〉を倒した時だってこんな強い輝きを宿していた。
(……ありゃマズいな。何かする気だ)
それを誰よりも知っているからこそ、マルクガルムは警戒を引き上げる。
ところが、それよりも早くアルクスは動き出していた。
大地にザクッと太刀を突き刺し、右手に雷鎚を生み出す。
そこに蒼炎を吐いた。
雷と蒼炎、2つの属性魔力が混じり合い圧縮されていく。
以前、〈刃鱗土竜〉から追われているときに見せた混合属性魔力だ。
「やらせっか!!」
マルクガルムも見ているだけで終わるつもりなどない。
一投足でアルクスとの間合いを詰めんと飛び出す。
「おりゃあッ!」
だがアルクスは圧縮途中でも構いやしないとばかりに蒼炎雷を投げつけた。
バチバチと放電しながら撃ち出される蒼い炎雷。
「チ、くそッ!」
ドッ……ガアアァァァン!!
慌てて横っ飛びに躱したマルクガルムの背後で蒼炎雷が激しい放電混じりの大爆発を引き起こし、重い爆音を響かせる。
「うおおぉぉっ!?」
籠められていた魔力は先ほどまでの蒼炎弾の比ではなかった。
背中を殴りつけてくる爆風と衝撃、そして耳を劈く轟音によってマルクガルムは強かに吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がる。
「ぐ、ぅ……っ!」
急いで起き上がるも、人狼の優れた平衡感覚が仇となってグラついてしまう。
そこに一陣の風と化したアルクスが一直線に突っ込んだ。
アルクスは蒼炎雷を投げると同時に太刀を咥え、地面をめくり上げることで衝撃から逃れていたのだ。
「ち、いっ!」
体制も低く迫る青年剣士の眼には迷いがない。
「しッ!」
右回転しながら太刀を叩きつけてくる。
「く……!?」
マルクガルムはなんとか防いでみせたが、まだ足元が覚束ない。
「はあッ!」
そこを足払いの要領で太刀を引っかけようとアルクスが薙ぐ。
マルクガルムは咄嗟に上に跳び――
「『雷光、裂爪』ぉッ!!」
その間になんとか術式を組み上げきった。
落下の勢いを乗せて振り下ろされる、鋼ですら容易に引き裂く雷爪。
「『蒼炎気刃』!」
アルクスは豪炎を伴った刀身を右肩に乗せるようにして爪撃を逸らし、そのまま太刀から右手を離した。
己の狼爪がカァン! と、甲高い音をさせて弾き飛ばした太刀にマルクガルムは目を瞠る。
(なんで、ここで武器を手放す……!?)
その一瞬の思考が隙となった。
アルクスは鞘を引き抜き、ギュルッと右に腰を捻る。
直後、爆発的に高まる魔力。
それが陽炎となって揺らめく。
「くそっ!」
マルクガルムは急いで狼腕を引き戻した。
だが、アルクスの動き出しの方が、幾らか捷かった。
「で、ぇあああッッ!!」
腰だめに溜めていた反動と、全霊の魔力を込めた鞘をマルクガルムの鳩尾から心臓へ掛けて突き上げるように叩き込む。
ドッ、ゴォォォ……ンッ!
重く低い打撃音が響き、衝撃波が草木を揺らした。
――――六道穿光流・水の型異説『妖殻貫き』。
鞘を一直線に突き込み、対象内部の水を通して衝撃を浸透させる遠当てのような技。
己を属性に解釈しない――六道穿光流の本筋ではないため”異説”と呼ばれる剣技の一つが人狼青年の胸部に過たず叩き込まれていた。
「ぐふッ!? う……ッ、ぐぐ、ぎ、ぎ、があ、あああああ――てんめえぇぇッ!」
直後、マルクガルムが苦しそうに吼える。
アルクスは硬い人狼の体内に衝撃を通す為だけに『妖殻貫き』を放ったわけではない。
残有魔力のほとんどを注ぎ込んで操魔核を狙ったのだ。
他者の魔力が操魔核へ大量に叩き込まれればどうなるか?
心臓付近の最も濃い魔力の層を、波長の違う魔力が突破すれば何が起こるのか?
アルクスとマルクガルムはその答えを知っている。
「ぐッ、ぬぐぐううう~~~~…………ッ!?」
常とは違う膨大なマルクガルムの魔力が暴れ狂っている。
操魔核が一時的な魔力の暴走変換を引き起こしたのだ。
対処法は2つ。
気門を開けるか、大量の魔力を何かで消費するか。
当然ながらマルクガルムとて気門は開けられる。
ゆえに前者は可能なものの、後者は難しい。
だが、そうすると暴走した魔力ごと残存魔力のすべてが流れ出してしまい、魔法が維持できなくなってしまう。
アルクスの狙いはそれだ。
「ぐぎ、ぎ、が、ぐく、くっそお……ッ!!」
荒れ狂う自身の魔力にしばし耐えていたマルクガルムだったが、もう限界だった。
堪らず気門を開く。たちまちそこから大量の薄く黒い魔力が放出されていく。
そして同時にシュウウッと人間態へ戻ってしまった。
(賭けに、勝った……!)
アルクスが鞘を突き付けて問う。
「俺の勝ち、でいい?」
魔力切れを起こして膝をつく人間態のマルクガルムと、ほぼ全てを注ぎ込んだとはいえ蒼炎弾くらいなら撃てるアルクス。
勝敗は決した。
「ちっくしょう…………いいさ、俺の負けだ」
「いよっしゃああ!」
アルクスが跳び上がって喜ぶ。
マルクガルムはまだ肩で息をしながらもなんとか立ち上がった。
そこにヴィオレッタの声が響く。
「勝者アルクス! 技術と思考の激しいぶつかり合いじゃった! マルクも途中まで押しておったが、惜しかったのう! 二人とも良い闘いであったぞ!」
歓声が爆発した。健闘を称える声だ。
「ふぅ~。長かったような、短かったような。やっぱり手の内を知った相手とやるのは疲れるもんだね」
するとマルクガルムが頷く。
「だな。だからお前も知らねー手を考えてたんだけどよ」
「ねえ、それなんだけどさ。三人ともそういうの用意してない? 今思えばエーラのアレもマルクの『雷光裂爪』だっけ? アレと同じだよね? ただ霊気を飛ばすとかよくよく考えたら難しいもん。いつ頃『気刃の術』を覚えたんだよ?」
「さあ~? いつだったかな。とりあえず戻ろうぜ。その肩、自分で治すよりリリー姉さんに診てもらった方がいいだろ」
「うん、そうだね。ってか話逸らしてない? なんか用意してるだろ、ズルいぞ」
いつもの親友同士に戻った2人が観客席に歩いて行く。
嵐に見舞われたような武闘場を整えるために入ってきた森人の大人達とすれ違いながら。
観客席に戻るとアルクスとマルクガルムは激しい攻防を繰り広げたせいか万雷の拍手によって出迎えられた。
トリシャとマチルダが駆け寄ってくる。マルクガルムの妹アドルフィーナも一緒だ。
「二人ともいい仕合だったわよ!」
「うんうん。マルクが負けちゃったのは悔しいけどよく頑張ってた!」
照れるアルクスと憮然とするマルクガルム。対照的だが似たような心境だ。
「あ、そうだ。操魔核の暴走とかいつ考えついたんだ?」
話を逸らすようにマルクガルムがアルクスに問う。
「【雲水】使って攻撃が通らなかったときから。毛皮が硬過ぎたからずーっと考えてたよ。これしかないんじゃないかってさ。闘気で殴ったって相殺されそうだったし」
「そっちは警戒しまくってたんだけどな」
「はっはー、読み勝ちだね」
そんな風に話し合う子供らをトリシャとマチルダは微笑ましそうに見る。
そこに癒院のリリーが走ってきた。
今回の頭目決めで癒療班として呼ばれているのだ。
「はいはい、見せてね」
ささっと寄ってきてアルクスの左肩を触る。
「うん、外れてるだけね~。さ、力抜いてー……はいっ!」
「ううっ」
コキュッと外れた肩を治してもらったアルクスがゆっくりと左肩を回しながら調子を確かめた。
問題なさそうだ。
「ありがと、リリーお姉さん」
礼を言って武闘場へ視線を向けた。
次は凛華とシルフィエーラの対戦だ。
観戦する気満々の母子2組が空いている席へ座り直そうとしたところで、マモンが近づいてきた。
マルクガルムはすぐに気付いて父に駆け寄る。
「すまねえ親父。負けちまった」
「勝者がいる以上、敗者がいるのが道理だ。それに昨日も今日もお前なりに知恵と技術を駆使して闘っていたのは、見ていればわかる。勿論、お前の父親としてはお前以上に悔しいが、だからといって責める道理などない」
「おう……」
「…………次は勝てよ、マルク」
「っ! ああ! 当ったり前だ!」
マモンは息巻く息子の頭を撫でた。
いろいろと言葉を重ねたが、結局のところ最後の一言が全てである。
マモンは決して息子に期待していないわけではない。寧ろ真逆だ。
表に出づらいだけで、己の息子を人狼族で最も将来性があるのだと信じ、一片足りとも疑っていない。
息子より悔しいと言ったがそれは正直な感想だったのだ。
比較的口下手な彼にはそう言うので精一杯だった。
だがマルクガルムにはそれが伝わったからこそ、真っ直ぐに父の目を見て気合を入れたのである。
(しかし、やはり悔しいものだ)
口の端を歪め、息子の成長に笑んでいるのか敗北に怒っているのかわからない表情を浮かべているとマチルダと目が合った。
彼女は『ちゃんと伝わってるよ』と優しい笑みを浮かべている。
目線で『良かった』と返して愛息子の背を押しながら妻と娘、友人母子が座っている観客席へと歩いていく。
ふと吹いた涼風に夏の匂いを感じつつ、子供らの成長に時の流れを見るマモンであった。
コメントや誤字報告、評価など頂くと大変励みになります!
是非とも応援よろしくお願いします!




