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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
少年期ノ肆 旅立ち編

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8話 最終戦! 鬼娘の奇策!(虹耀暦1286年7月:アルクス14歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


頭目決め最終日となります。なにとぞよろしくお願いいたします。

 ラービュラント大森林にある隠れ里、そこから少々離れたところにある武闘場は現在多くの住民達で賑わっていた。


 というのも2日前から彼らのよく知る少年少女達が、年齢に見合わぬ実力を遺憾なく発揮しながら激しい仕合を繰り広げているからだ。


 また彼らが老若男女問わずここまで熱狂しているのは、これまでこういったお祭り騒ぎが出来るイベントがあまりなかったというのも一因だが、それ以上に魔族の半数ほどが戦闘民族で占められているというのが主な要因である。


 4人の若い戦士達が知恵と技量を巧みに駆使して遠慮なくぶつかり合う。


 3日目ともなると里の仕事に行かなければならない者達は涙を呑み、観戦者達は酒とアテを持って家族連れで訪れていた。


 そんな住民達でひしめく観客席の一角に、アルクスと凛華は並んで座っていた。


 2日間とも1戦目に仕合が行われたアルだったが、今日は2戦目。


 ついでにいえばこの3日間での最終戦でもある。


 3連勝も懸かっているのに加え、右隣にいる母トリシャの激励によって少々重めなプレッシャーも感じていた。


 しかし、決して弱気になっているわけではない。


 左隣にいる凛華に負けられない、とむしろ息巻いていた。


 彼女は昨日、シルフィエーラとの仕合で負けてしまったのだ。


 遠距離戦に徹したエーラとなんとか近寄らんとする凛華の一進一退の攻防。


 結果としてエーラの強弓から放たれる剛矢が、凛華の体力を着実に削ぎ落としていき、最終的に重剣と直剣のどちらをも弾き飛ばした。


 それでも諦めず徹底抗戦の構えを見せた凛華であったが、武器と身体を植物に巻き上げられてしまっては取り返そうにも動けず、また脱け出せても勝ち目はなかった。


 それがかなり悔しかったらしい。


 初日以上に青い瞳を爛々とさせている。然ながら鬼火だ。


 しかし、だからと言ってアルに負けてやる道理もない。


 修める流派は違えど同じ門下生。


 言葉少なな凛華に焚きつけられたアルもまた闘志を漲らせていた。


「始まるみたいよ、二人とも」


 凛華の母イスルギ・水葵が娘の左隣から呼びかける。


 アルと凛華は顔を上げ、武闘場に視線をやった。


 遠くに見えるマルクガルムも、手前にいるエーラも自分達と似たような好戦的な顔をしている。


「はじめえぃっ!!」


 ヴィオレッタの開始宣言で耳長娘と人狼がそれぞれ武闘場にバッと飛び込んだ。


 一段と盛り上がる観戦者達の声援。


 アルと凛華は成り行きから目を逸らさず、ジッと見守っていた。



 ~・~・~・~



 1戦目が終わった。


 マルクの辛勝だ。


 彼は見るからにボロボロで、対照的にエーラは指が擦れて血が出ている程度。


 マルクの鼻がエーラを捉えて追い回す展開となったのだが、エーラはエーラでその形になると読んでいたらしい。


 罠を仕掛け、木々の間に網を張り、死角から遠慮なしに霊気混じりの矢を射掛け、【錬想顯幻(れんそうけんげん)】でツタや根、枝に象らせた巨大な棍棒や拳を雨あられの如く大盤振る舞いした。


 マルクはそれらを正面から受け止め、歯を食い縛って耐え抜き、根性で勝利をもぎ取ったのだ。


「二人ともお疲れ。勝ったマルクの方が酷い有り様だね」


「うっせ、俺が一番わかってるっつーの。あー、けどよかった。どうにか三連敗にはならずに済んだ」


 アルの冷やかしをマルクが憮然と受け止める。


 そこにエーラもやってきた。


「あーあ、負けちゃったぁ。やっぱ悔しいなぁ」


「指は大丈夫なの?」


「うん! 途中で弓懸が破れちゃっただけだから」


 凛華の労いに問題ないと返すエーラの弓懸(ゆがけ)は、親指と人差し指の溝部分を中心に擦り切れて破れていた。


 指から血が出ているのは、それでも弦を引き続けたからだ。


「結局一勝二敗か。だぁぁ~……悔しいぜ」


「ボクだってそうだよ。さっきだっていけると思ったのにさ」


「俺にも意地ってもんがあるんだよ」


 エーラとマルクがじゃれ合うように言い合う。


 模擬仕合を全て終えたせいか、その顔に緊張感や闘志の類は残っていない。


「……じゃ、最後の仕合行ってくるから応援してて」


 アルはおもむろに立ち上がってそう言った。


 凛華も静かに席を立つ。


 武闘場の整備にもう少しかかるだろうが、身体を温めておくつもりだ。


 そんな剣士2人にエーラは緑瞳を向ける。


 彼らの稽古は何度も見てきているが、今回は雰囲気が違う。


 剣気と言えば良いのだろうか?


 剣士同士にしかわからない独特の見えない圧迫感が鎬を削っていた。


「どっちも応援してるよ! がんばってね!」


 エーラは少々嫉妬を感じながらも声援をかける。


「いっそ三連勝してこいって言いたくもあるが、連勝を止めてやれとも思う。ま、どっちも頑張れよ」


「ああ」「行ってくるわ」


 快活に笑うマルクとニコニコしているエーラに手を振って、アルと凛華は闘技場の方へと向かった。


 森人の大人達が急いで武闘場を整えている。


 2人がそれぞれの開始地点に別れようとしているところへ八重蔵が現れた。


 どうやら待っていたらしい。


「ようお前ら。気合は充分って感じだな? ま、とやかく言う気はねえが、師として一言だけ言っとこうと思ってよ」


 一度そう区切り、楽しそうにこう続けた。


「全力でやってこい。お前らの成長、見させてもらうぜ」


「「はいっ!」」


 ニッと笑って見せる師に六道穿光流とツェシュタール流の剣士は、それぞれ威勢よく応えるのだった。



 ~・~・~・~



 整え直された武闘場の前にアルは佇んでいる。


 今はもう離れた対面にいる凛華の姿は見えない。


 そろそろヴィオレッタの合図もかかる頃だろう。


 ふっと短い呼気を吐く。


 凛華もエーラやマルクのように何か用意しているだろう。


 それは間違いないが、その場で対応してみせるしかない。


 実を言えば、アルとて隠し玉を考えてはみていた。


 しかし結局用意していない。


 なぜなら考えついた案すべてがなんとも微妙だったからだ。


 魔法が使えぬ、というわかりやすい弱点があるのは己のみ。


 あの3人にはここを突けば勝てる、などという弱点はない。


 用意しておいた術式を組む間に隙を突かれるか、出しどころを間違えて決定的な隙を晒すか。


 脳内シミュレートの結果、そんな未来しか見えなかったのだ。


 だが今は不安である。


 なんでもいいから作っておけば、と脳内で後悔が踊る。


「皆よ、最後の仕合じゃ! 同門にして異流派の一騎討ち、アルクス対凛華じゃ! アルクスには三連勝が懸かっておるし、凛華には二勝が懸かっておる! 先ほどのような熱い闘いとなることは間違いなかろう! さて二人とも準備は――万端のようじゃな。では最終戦……はじめえぃっ!!!」


 ヴィオレッタの号令と共に剣士達が飛び出す。


 歓声がひと際大きく、高く上がった。


 後悔に苛まれていた意識を蹴り飛ばすように切り替えたアルは、武闘場の中心部へ向けて軽めに駆け出す。


 凛華が外周から責めてくるような気はまったくもってしなかったが、警戒しておいて損はない。


 特に何も起こらないまま中心付近まで来たところで、



 ドゴオオォォン!



 と、地面が弾け飛ぶような轟音と振動が響いた。


 しばし固まっていたアルだったが、やがてニッと笑うと、


「乗った!」


 と威勢良く声を上げて音の発生源へと脇目も振らずに駆け出す。


 アルが音の発生源――――武闘場の中心部へ辿り着くと、腕を組んだ凛華が重剣を大地に突き刺して立っていた。


 どうやら最初からここ目掛けて一直線に突っ走ってきたようだ。


「待った?」


「大して待ってないわ」


「なら良かった」


「よくわかったわね?」


「そりゃわかるさ」


 アルは苦笑を返す。


 まどろっこしいから正々堂々仕合おう。


 正しくメッセージを受け取れていたようだ。


 すると凛華は嬉しそうに不敵な笑みを浮かべた。


「そっ。じゃあ準備できてるわね?」


 そう言って重剣を引き抜く。


 それに合わせて彼女の雪のような白い肌に、独特の紋様が浮かび上がってきた。


 目元に薄青紫のアイシャドウがスッと引かれ、唇に薄紅が差す。


 鬼人族の魔法【戦化粧】だ。


「できてるよ」


 アルは答えながら『八針封刻紋』をカチカチと解除した。


 黎い髪が一気に灰髪へと変化し、緋色の瞳が凛華を見据える。


「勝たせてもらうわよ、アル」


 鬼娘の肌と同じく白かった二本角の先端が淡い露草色に色づき、額に同色の華が咲いた。


「それはこっちの台詞。三連勝は頂くよ」


 アルは微かな金属音をさせて鯉口を切る。


 右眼の龍眼に青白い流星群が流れ込む。


 『釈葉(しゃくよう)の魔眼』だ。


「させるもんですか」


 美鬼の瞳に金環が浮かび、【修羅桔梗(おにききょう)の相】が完成。

 

 魔法を発動しきると、すかさず凛華は疾駆した。


「はッ!!」



 振り下ろされた重剣が、ドッガン……ッ!! と地面を砕いたのと、アルが紙一重で身を逸らしながら太刀をすらりと引き抜いたのはほぼ同時。


「しッ!」


 アルも慣れたものですぐさま太刀を右に薙いだ。巻き上がった土砂など意にも介していない。


 太刀に素早く反応した凛華は右足を一歩下げる反動を巧みに利用し、左足で重剣をガッと蹴り上げる。


 そして重剣が浮いたと見るや否や急速反転。


「だあッ!!」


 深く落とした体勢から間合いを一気に詰めながら回転切りを放った。


 ――ツェシュタール流大剣術『交叉輪舞(こうさりんぶ)』。


 相手の攻撃を誘発して最速のカウンターを放つ剣技。


 ツェシュタール流の大剣術にはこうした重量と間合い(リーチ)を利用したカウンター技や出鼻を挫く技が多い。


「ちっ」


 アルはやむなく重剣の剣身に太刀の鍔を引っ掛けるようにして斬撃だけをいなし、衝撃は自ら後方へ跳ぶことで最小限に留めた。


 そこへ冰針が飛来する。


 龍眼を発動しているアルは最小限の動きだけで躱してドン! と、前へ踏み込んだ。


 左斜め下後方へ太刀を流して左の脇構えをとり、一投足で凛華との距離を潰す。


 そして重剣の間合いに入り込むや否や、蒼炎弾をボッ! と、吐いた。


 凛華は誘いに乗らず、落ち着いて手元で重剣をグルグルと回し、蒼炎弾を消し飛ばす。


「――――っ!」


 蒼炎を掻き消した先でアルが完全に姿を眩ましていた。


(違うっ! 真下!)


 凛華は直感に従って手元で重剣を回転させ、刃先が下に向くとすぐに地面へ突き立てる。


 そこに姿勢も低く突喊していたアルが剣技を放った。


「でぇあッ!」


 ――六道穿光流『雲居裂(くもいざ)き』。


 中伝に至っているからこそ基礎の構えを必要としないアルの独自剣技(オリジナル)


 伸びあがりながら放たれる天まで斬り裂かんと振るう、体重を乗せた片手逆袈裟斬りだ。


 それでも重剣なら質量差で防げる、と判断した凛華はアルの眼を見て即座に己の過ちを悟った。


「『蒼炎気刃(そうえんきじん)』ッ!!」


 太刀と重剣が衝突する直前、アルが叫ぶ。



 ゴッ、ガァァ――ンッ!!



 刃同士を打ち鳴らす重い金属音が轟き、衝撃波と火花が大気に散る。


 防がれると判断したアルが太刀に闘気と高圧縮された蒼炎を纏わせたのだ。


「く、う……っ!?」 


 凛華が重剣ごと大地にザザァァ……ッと溝を残しながら後方に弾き飛ばされる。


(ち、ぬかったわね……!)


 魔術に精通し、『気刃の術』開発者ならではの早業だ。


 凛華のそんな思考を余所に、余計な魔力を無駄なく使うつもりなのかアルは上段に大きく振りかぶり、そのまま振り下ろした。


 ――六道穿光流『飛焔烈衝(ひえんれっしょう)・蒼』。


 轟々と溢れていた蒼炎が(やじり)型に凝集して飛翔する。


 凛華は蒼い剣閃をキッと真っ向から見据えてすぐさま重剣に鬼気を流し込み、


「はあッッ!!」


 軸足をダン! と、踏みしめて空間ごと引き裂くように薙ぎ払う。


 ――ツェシュタール流大剣術『鋼砕覇斬(こうさいはざん)』。


 直截的というか安直な剣術名はあまり好みではないが、以前振るっていた『鉄砕覇斬』を昇華させた剣技だ。


 『飛焔烈衝・蒼』が一刀の下にゴウ……ッとかき消される。


 しかしアルは一顧だにせず、太刀を構えたまま軽い足音をたん、とさせて加速。


 凛華も両手持ちした重剣を正眼に構え、真正面から迎え撃った。



 ~・~・~・~



 そこからは周囲の地形を巻き込んでの乱戦だ。


 アルが振るう高速の剣技と、放たれる蒼炎や魔術が大地を焦がし、木々を吹き飛ばし、森を穿つ。


 対する凛華のぶっ放す冰や、太刀を弾き飛ばす衝撃波を含んだ剣技の数々が周囲を凍てつかせ、大地を抉り、木々をなぎ倒していく。


 年齢に見合わぬ精緻な技巧と並外れた威力。


 そのどちらもが光る激しい衝突は観戦席の外の森にすら波動を伝播し、鳥獣達が我先にと逃げ去っていく。


 観戦していた住民達は驚愕に目を剥いていた。


 彼らが見ている『連血水鏡(れんけつすいきょう)』では今も武闘場内を火花が散り、蒼炎が爆発し、冰輪が地を奔っている。


 すでに10分以上はこの調子だ。とても14歳同士の闘いには見えない。


 周囲はもうボロボロで、あちこちの地面が割れて冰が張り付いていたり、炭化した木々が転がっていた。

 

 アルと凛華はハイペースで体力と魔力を消費する戦闘を続けているが、実力が拮抗しているせいでどちらも有効打を与えられていない。


 それ即ち膠着状態と呼ぶ。


 アルの素早い動きとそれを上回る剣速。


 加えて『釈葉の魔眼』と龍眼のおかげで反応速度も常軌を逸している。


 それを利用して視認しづらい攻撃を仕掛けつつ、凛華の太刀筋もうまく捌いていた。


 魔術と魔力の扱いにかけては彼女より格段に上なこともあって、急場凌ぎの受け流しには闘気まで活用している。


 対する凛華は凛華でアルほど捷くは動けないものの、そこは【戦化粧(いくさげしょう)】がある。


 特に【修羅桔梗(おにききょう)の相】は戦闘特化。


 馬力も反応速度もアルから見ても異常の一言だ。


 押し切れたと思ってもピクリとも動かないことなどザラ。


 そもそも簡単にアルの太刀を受け止めようとしない。


 躱せるものは躱し、いなせるものはいなすと同時に反撃をしっかり仕掛けてくる。


 アルは内心の焦りをおくびにも出さず思考していた。


(これじゃ千日手だ。どうする?)


 手詰まりを自覚していたところで――――凛華が急に動きを変えた。


(くそ、先手を取られた!)


 心中で舌打ちしつつ下手を打たないよう注視する。


 凛華は冰柱(つらら)を撃ち出すように左掌をバッと開いた。


 ところが、アルの予想に反して何も起こらない。


(冰、じゃない?)


 彼女の手で何かが渦巻いている。


 思わずアルは『魔眼』で直視して、


「なんっ!? うぁ……っ!? ――――しまった!」


 悲鳴染みた声を上げた。


 同時にアルの右眼が光を失う。


 一時的な失明(エラー)だ。


 凛華がアルへ向けていたのは魔術。だが新術というわけではない。


 様々な鍵語を()()――つまり立体的に詰め込んだ塊だったのだ。


 通常の魔術はそんな描き方をしない。


 『封刻紋』ですら、重ねてはあるが立体に膨らむほどの鍵語量はない。


 頭痛と共に見えた断片的な情報から、ありったけの鍵語をぐちゃぐちゃのごった煮の如く束ねたものだとアルには理解できた。


 つまりこれは――――……。


「はあっ、はぁっ……! やっぱり引っかかったわね!」


 アルの攻撃をたびたび受け止めて体力的に辛くなっていた凛華が快哉の声を上げる。


 これは対アル専用の切り札(ジョーカー)だ。


 意味も知らなければ読めもしない鍵語を、様式も年代も構わず描き易さという一点のみを重視して拾い上げ、一纏めにした出来損ない(ジャンク)


 『時明しの魔眼』を持つヴィオレッタには何の意味もないだろうが、アルの『釈葉の魔眼』にはきっと効果がある。


 そう信じて彼女が愚直に練り上げた、乾坤一擲の秘策。


「でぇえやああッ!!」


 凛華は間髪入れずにアルの暗くなった緋色の右眼側――死角から一気に近づいて重剣を振るった。


「っ!?」


 ほんの数瞬の動揺。


「ぐあぁっ!?」


 その隙に肉薄した重剣が強かにアルを殴り飛ばす。


 刃こそ防がれたものの凛華は手応えを感じた。


 仕合が始まって初の芯に響く有効打だ。


 少々ザワついている心中を押し隠して吹き飛んだアルの後を追う。


 尚、この展開に観戦している住民がケチをつけることはない。


 相手の弱点を突くのは勝負なら正道。


 そこを変に履き違えた者から死んでいく。


 アルとて凛華に明確な弱点があったなら問答無用で突いていただろう。


「ぐっ、ぶ、がふ……っ!? ぐ……であッ!」


 ゴロゴロと転がって泥をひっかぶったアルが勝負を諦める気はないのか、跳ね起きると蒼炎の短剣を飛ばす。


 しかし狙いが少しズレていた。3本中1本しか凛華への直撃弾はなく、残りは至近弾だ。


 凛華は直撃コースにある蒼炎短剣だけを掻き消して、自身の心に喝を入れるように叫んだ。


「諦めなさい、アル! すぐに終わらせてあげるわ! 『冰気槍刃(ひょうきそうじん)』!」


 重剣が分厚い冰を纏って一回り太く変化する。


 マルクとは違い、アルの使う『気刃の術』をそのまま使っただけだ。


 青い瞳にグッと力を入れ、『冰気槍刃』が発動した重剣を担いでドン! と、泥を撥ね上げて迫る。


「まだ、だよっ!」


 左の緋瞳をギラリと輝かせたアルは太刀をガッと咥え、両手で蒼炎弾と雷鎚を応射した。


「無駄よッ!!」


 それでも凛華が魔眼側に避けるたび、一々タイミングがズレる。


 失明状態に慣れてはいても、魔法を使った鬼人族の動きを追えるほどではない。


 ほとんど気配任せに放たれた蒼炎弾と雷撃は、先ほどまでのそれに較べると数段正確さに劣っていた。


「はあああッ!!」


 凛華は『冰気槍刃』で属性魔力を斬り裂きながら、アルの死角から振りかぶる。


「っつ……『蒼炎気刃』ッ!!」


 それでもアルはさすがだった。


 気配を、相手の思考を読み、口からパッと太刀を離して的確に冰気を帯びた重剣の一撃を防ぐ。


 が、凛華は渾身の力を込めて振るっているのだ。


 幾ら『蒼炎気刃』を使っても衝撃までは流しきれず、ドガッと吹き飛ばされた。


 水切りの石を連想させるように撥ね転がり、煤泥に塗れる。


「……う、ぐ、いっつつ……」


 それでもアルは起き上がる。


 しかし先ほどまでの拮抗は、完全に崩れていた。



 * * *



 ズッザアアアアアアア――――……ッ!


 激しく土を削る音が響く。アルがまた吹き飛んでいったのだ。


 あれから彼が殴り飛ばされ、起き上がって来たのは通算で5度目。


 凛華からすれば正直辛い。心が痛い。


 首筋に刃を当てて勝敗を決しようとしても、それだけは絶対に嫌なのかアルはギリギリで躱して太刀を振るい、蒼炎を放ってくる。


 凛華にだって余裕はないのだ。


 こうしている間にも魔力と体力がどんどん目減りしていく。


「もう、やめてアル。降参しなさい」


「ハァ、ハァ……やだね。やっと勝つ道を見つけたんだ」


「…………」


 意固地になっているようには見えない。


 緋色の瞳は泥だらけのアルの中で唯一輝いている。


 凜華はこうなった彼をよく知っている。


 まだ紅い瞳だった頃、この眼をしていた彼のおかげで自分達は生き延びたのだ。


 ゆえに凛華は警戒心を引き上げ、奥歯をグッと噛みしめて宣言する。


「……わかった、次で決めるわ」


「ふぅ、ふぅ……! 『蒼炎、気刃』」


 刀身に指を沿わせ、アルが魔術を発動した。


 普段よりも、先ほどよりも蒼炎の刀身は分厚く、太い。


 太刀本体が見えないほどだ。


(全力ってわけね。だったら――――!)


 そう判断した凛華が、バンッと踏み切って間合いを急速に詰める。


「……っ!?」


蒼炎(ほのお)が、飛んでこない!?)


 疑問を感じた瞬間、アルが蒼炎弾を轟――ッ! と、吐き出した。


 彼女の上半身を包み込めるほどに巨大な蒼炎の塊だ。


「ちい……ッ!」


 凛華は舌打ちしながら迫る蒼炎を叩き斬り、アルの死角から太刀を吹き飛ばすように豪快に左へ薙ぐ。


 直後、『蒼炎気刃』と『冰気槍刃』が衝突。


 拮抗したのも束の間、重剣が押し勝ってアルの得物を弾き飛ばした。


 ところが、彼の動きが止まっていない。


 重剣を把持している凛華の右腕を取ろうと腕を伸ばしてくる。


「こ、んのぉっ!」


(もう殴って眠らせるしか――――!)


 凛華は刹那に決断し、突き込むように差し出した重剣をアルの死角から顔面目掛けて振り抜く。


 これしかなかったが、これ以上無闇に傷つけたくはなかった。


 その瞬間、緋色の瞳がギラリと光る。


 完璧なタイミングで振るわれる重剣を捉えているかのように、頭を低くしてボ……ヒュッと紙一重に躱した。


「なっ!?」


 驚く凛華の懐にアルがすかさず飛び込む。


 そして重剣を振り抜いた彼女の両手首に触れ、軽く雷撃を流した。


「うっ!? しまっ――――」


 両腕が痺れ、反射的に重剣を取り落としてしまう。


「くっ! な……!?」


 慌てて飛び退こうとしたが――動けなかった。


 なぜなら己の首筋にアルが右手で逆手持ちした太刀を宛てがっていたからだ。


 彼の左手は凜華の左腰に差してある直剣の柄頭を押さえ込んでいる。


「太刀ならさっき」


 弾き飛ばしたはず、なのに。


「ふうっ、ふぅっ……俺の勝ちだよ、凛華」


「う……どうして、あんた、太刀(かたな)は――――」


「こう泥だらけだとわかんなかったでしょ?」


 そう言われて凛華は弾き飛ばしたと思っていた得物に目線だけを動かして見た。


 泥まみれになっているのは、朱色の細い物体。


「鞘……? まさか、すり替えたの?」


「うん、そうだよ」


 アルは間合いギリギリで蒼炎弾を放って太刀を背中へと押しやり、鞘とすり替えていたのだ。


 そして即座に魔力をほとんど込めた『蒼炎気刃』を鞘に発動させた。


 己で編み出した独自魔術だからこそ出来る手品のような技。


「じゃあ、すぐに弾き飛ばされたのも」


「うん、わざと」


 あまりに抵抗がなければ怪しまれるとわかっていたので、極々僅かな一瞬――それこそ極厚の『蒼炎気刃』の中身を覗かれるギリギリで、自ら手を離して油断を誘った。


「って……待ってよ。右眼は? なんで……? もう、見えてるの?」


 凛華の頭は疑問で満たされている。


 アルの魔眼は失明すると最低でも1時間は失明しっぱなしのはず。


 そう思って間近で見ると彼の右眼はまだ暗い。


「まだ見えてない。あれだよ」


 凛華の斜め後方を目で指すアルに言われるがまま視線だけを移動させる。


 するとそこには薙ぎ倒されている木々の根元や陰に細長い『水鏡(みかがみ)』が3つほど張り付けられていた。


(あれで死角を?)


「吹っ飛ばされながら『水鏡』を置いてたの……?」


「うん。三回目くらいからね」


「……あたし、騙されてた?」


「いやそれ、こっちの台詞だよ。失明狙いとか、なんちゅうこと考えるんだホント。てか俺の勝ちでいい? いい加減、腕疲れたよ」


「え?」


 言われてようやく気付いた。


 アルは傷つけないようにしてくれているが、凛華の喉元には刃が当てられていた。


 途端に悔しいような、ほっとしたような複雑な感情が鬼娘を襲う。


「わかったわ……あたしの、負けよ」


 やがて絞り出すように口を開いた。


「だああぁぁ~~~~~~……っ! しんっどかったぁ~……!」


 その途端、アルが脱力して座り込む。凛華もぺたんと座り込んだ。


 疲れがどっと押し寄せてくる。


 【戦化粧】も解除してぽーっとする凛華にアルはニカッと笑いかけた。


「三連勝! 凛華達相手に!」


 緋色の瞳をキラキラさせて誇らしげに笑うアルに何を感じたのか、しばらく呆けていた凛華だったが、ややあってポツリと呟く。


「やっぱ、あんたの眼は紅が似合うわ」


「急に何さ? ま、このままってのもアレだしさ、しばらく待っててよ。いつかちゃんと見せたげるからさ」


「……ほんとに?」


「うん、約束」


 そう言ってアルは『封刻紋』を閉め直していく。


 そこにヴィオレッタの声が響いた。


「勝者アルクス! 二人とも熱戦じゃったのう。凛華の知恵には儂も驚いたわい。アルも最後まで投げんかったのう、儂でも騙されたぞ? どちらにせよ良い勝負じゃった! 皆拍手!――はもうしておるの。とりあえず二人ともリリー行きじゃ、戻っておいで」


 随分(こな)れたMCに脱力していた2人は立ち上がり、


「戻ろっか」


「そうね」


 それぞれ武器を拾い直して一緒に歩きだす。


「ねえ、鞘曲がっちゃったんだけど」


「あたしを騙すからよ」


 そんな会話をしながら、ところどころ躓くアルを凛華がフォローして観戦席まで戻るのだった。



 ~・~・~・~



 観戦していた住民達は大盛り上がりで熱も冷めやらぬまま、武闘場から出てきた2人を出迎えた。


 曰く、「凛華がアルを罠に嵌めたときは見事だった」とか、「あの場面で諦めなかったのは立派だった」とか「激戦ながら決して力押しではない、鍛錬の重みを感じさせた」だとか。


 もみくちゃにされながら出てきた2人を母達とエーラやマルクが出迎える。


「頑張ったわねぇ~。凛華もアルクスちゃんも凄かったわよ~」


「もう、冷や冷やしっぱなしだったわよ。見てるこっちまで騙すなんて悪い子ね」


「ホントだよ! 怪我は大丈夫? 二人ともリリーさんとこ行こ?」


「お疲れさん、やるじゃねえかよアル。マジに三連勝しちまうとはな」


 口々に労いの言葉をかけながら迎えてくれる4人に、アルと凛華は顔を見合わせどちらからともなく笑みを溢した。


 なんとなくほっとしたのだ。


 かなりしんどい仕合だった。


 凛華は精神的に、アルは肉体的に。


 長いようで短かった頭目決めが終わりを迎える。


 住民達にとってもアル達4人にとっても、思い出に残る3日間となるだろうことは間違いなさそうだ。



 ☆ ★ ☆



 そんな6人を八重蔵は少し離れたところから見ていた。


「行かんのか? 娘と弟子だろう?」


 後ろから声を掛けてきたのはマルクの父マモンだ。


「ん……ああ、後でな。つーかお前もだろうよ」


「もう労ったさ、誇らしいものだ。お前はどうしたんだ?」


 マモンは息子の仕合後、常になく興奮した様子で散々褒め千切った。


 当の息子が「もう勘弁してくれ!」と本気で頼んだほどだ。


 それに比べてこの友人はどうしたというのだろうか?


「いやぁ、えれぇ愉快な気分でよぉ。あいつらの成長が嬉しいのさ。仕合、ちゃんと見てたか?」


「見ていたとも」


「あいつら、すっげえだろ?」


「ああ、凄かったさ。だからこそわからん。なぜ行かんのだ?」


 そこまで嬉しそうな顔をしておいて褒めないとはどういうことだ?


 疑問を呈すマモンに八重蔵が応える。


「だからこそだよ。俺のガキの頃なんざ、あいつらとっくに超えてやがる。お前んとこのマルクも、ラファルんとこのシルフィエーラもな。このまま行きゃあ四人とも俺らなんざメじゃねえ、ってくらい成長する気がしてんだ。だから『ここで満足させちまったらダメなんじゃねえか、止まっちまうんじゃねえか?』って思ってよ」


「……なるほどな」


「今行けば確実に褒めちまう。そりゃもうこれ以上ねえってくらいに。けどそれであいつらの歩みを止めたくねえ。まだまだ先に進んで欲しいのさ。だからこうして、もちっと落ち着くまで待ってんのよ」


 理解できた。こいつも自分と同類だ。我が子達が誇らしくて仕方ない親馬鹿だ。


 そう理解したマモンが八重蔵同様ドカッと腰を下ろす。


「ふむ……俺はもう褒めてしまったからな。どうしたものか」


「旅立つ前に”深化”を見せといたらいいんじゃねえか? それ知りゃあマルクも止まったりしねえだろうよ」


「”深化”か、早い気もするが考えておこう」


「おう、そうしな。にしても……ユリウスの野郎はちゃんと見てたのかねえ?」


 八重蔵にマモンは「そうだな」と頷く。


 叶うことなら父親達で集まって子供の自慢をしながら応援したかった。


 この場にいないのが悔やまれる。


「……報告に行けばよかろう。俺も同行する」


「おっ、いいねえ。酒持ってって語り尽くしてやろうぜ。アイツと一緒で諦めが悪くて、最後まで勝負を投げなかった息子のことをよ」


「フ、そうだな。あれには俺も騙された」


「俺もだよ、まったく」


 あの距離じゃアルの魔術行使を追えない。


 何よりヴィオレッタの使い魔越しじゃわかるわけないだろうというのが正直な感想だ。


 ユリウスの墓前で報告することを語り合う2人を、武闘場の中を駆け抜ける風が巻き上げるように吹く。


 それは熱戦が繰り広げられた激戦跡を通って来たはずなのに、どこか心地の良い爽やかさを感じる涼風であった。

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