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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
少年期ノ參 血の覚醒編

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断章4  イスルギ家とローリエ家の乙女達

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


今回は少々短い回となっております。なにとぞよろしくお願いいたします。

 アルクスが母と師にいずれ出郷するという爆弾宣言をかましてルミナス家を騒然とさせていた頃。


 凛華もまたイスルギ家を震撼させていた。


 信じられないものを見るかのように彼女の兄イスルギ・紅椿は動きを止めている。


 その後ろで母の水葵も娘とよく似た青い眼を見開き、八重蔵も――否、彼だけはいつも通りだ。


 猪口にとととっと冷酒を注ぎ、クイッと呑む。


 冬は寒い寒いと仕事を終え、家でこれをやるに限る。


 そんな顔で猪口を煽っては酒精の混じった息を吐いていた。


 この阿呆め! と、夫を放置した水葵はすぐさま愛娘に問いかける。


「凛華? 今なんて? お母さんちょっと聞こえなかったのよ」


「だから、あたしってその……美人なの?」


「「っ!?」」


 聞き間違いではなかった。


 紅椿も大層驚きを露わにする。


 水葵に至っては感涙していた。


 ――ああ、良かった。


 故郷の位置がわからないからと、遭難したまま武者修行に出ていくような馬鹿男の血が色濃く出てしまったかと危惧していたが、どうやら自分の血のおかげで踏みとどまってくれたらしい。


「誰かに言われたの?」


 ――あの子だろうか?


 娘に面と向かってそんなことを言えるのはそれくらいのはずだ。


 ――それとも別の鬼人族の子?


「今日驚かせようと思って【異相変(いしょうがえ)】見せたら、やっぱり美人だねって言われたの。 はじめて【戦化粧(いくさげしょう)】見せたときも美人になる魔法なの? って言ってたけど。あたしってその……綺麗な方なの? それともあいつが変なの?」


 ――やっぱりアルクス(あの子)か! よくやった!


 隣に住む銀髪の少年を心中で褒めちぎった水葵は、ようやくその日が来たかと過去に思いを馳せる。


 思えばここまで長かった。


 お洒落な服を頑張って用意しても「着づらい」、「動きづらい」と言って箪笥の肥やしへ。


 装飾品(アクセサリー)はどうかと試してみても「ジャラジャラして邪魔」だの何だのと言い、着けようともしない。


 唯一、自分から身に着けるのは件の少年から誕生日に貰った白い飾りのついた髪留めのみ。


 水葵は滂沱の涙を流すのをグッとこらえる。


 遂に出来るのだ。


 母娘(おやこ)のお洒落語り(トーク)というやつが。乙女語り(トーク)と言うやつが。


 気になっている男の子を娘が恥じらいながら話すのを茶化したり、忠告(アドバイス)してみたり、陰から見守ったりしてみたかった。


 せっかく自分に似た美人に産んだのに娘はこれまでそんな話題は一度として出したことはない。


 やること言うこと夫を小さくしたような武人であったのだ。


 それが今なんと言った?


 水葵の積年の夢が叶いそうになっている。


 喜ぶなという方が無理な話だ。


 なにせ娘がいるのに男所帯の家に住んでいたような気分だったのだから。


「凛華、あなたはお母さんの血を受け継いでるから美人よ。アルクスちゃんは何も変じゃないわ」


 そしてちゃっかり自分の手柄を主張する。


 世のお母さん方は大抵こんなもんである。


 ちなみに八重蔵は開きかけた口を引き結んだ。


 美人なのは否定しない。


 が、同じくらい恐ろしい形相も出来ると知っているので余計なことは言わない。


 紅椿も藪はつつかない主義なので父を見習って黙っていた。


「そうなの? でもあたし父さんに似てるって言われるけど。ていうかなんでアルってわかるの?」


「わかるわよ、お母さんだもの。それと似てるって言うのは雰囲気の話よ、剣をやってるから。アレは放っておきなさい」


 アレは何も言わずに酒をちびちびやっている。


 言い方ァ! と、ツッコミを入れたかったが蛇に睨まれた蛙のように大人しい。


 こういう時は黙っていた方が得、というか喋った時点で損しかないのだ。


 ついでに言うと八重蔵が特に慌ても動揺もしていないのは、剣の師としてアルの事を心根までよく知っているからである。


 そして仮令(たとえ)2人の関係がそっちに進んだとしてもたぶん焦らない。


「それで? というか凛華はどう思ってるの? 言われて嬉しかった?」


「う、れしかったけど……恥ずかしかった。真顔で言うんだもん」


 思い出して凛華がちょっと照れる。


 水葵から見たらそれはもう大層可愛かった。


 娘が乙女のような表情を浮かべるなんて、と何度目かもわからない感動を味わう。


 紅椿は本当にあの妹だろうか? と、頭に手を伸ばすもバシッと強めに払われた。


「…………」


 この反応は妹で間違いない。


「あっち行ってなさい紅は」


 追い払われた紅椿に父が猪口を差し出す。もう呑める歳だ。


 紅椿ははしゃぐ母とこの手の話題が不得手なはずの妹を見る。


 剣ばっかり振ってるからどうなることかと思ったが、ちゃんと気になる者もいるようだというか予想通りだ、と安心してクイッと猪口を傾けた。


「そういえば紅、あなた紫苑ちゃんとどうなってるの?」


 が、母から急に向けられた矛先に冷酒をごくんと一気に呑み下してしまい、


「っ!? ゴホッ、ゴホッ! 急に、いや、俺は~……その」


 喉をカアッと焼く痛みに襲われながらしどろもどろに応える。


「いい? 凛華、あんな風になっちゃだめよ?」


 母の反応はあまりにも素っ気なかった。


 紅椿が「俺だってさ……」とガックリ頭を落とす。


「あたしはその……気にはなるし、興味もないこともないけど、よくわかんないし」


 正直な凛華の感想だ。まだ自分でも理解しきれない感情だった。


「まだわからなくていいのよ。ただ自分がどう思ってるかわかったら、しっかり向き合いなさい。後悔しないように」


「うー……ん? よくわかんないけど、わかったわ」


 母の言葉にとりあえずちゃんと考えればいいんだな、と凛華は頷いてみせる。


「ええ、今はそれでいいわ。あとは~……そうね、少しは服装にも気を遣いなさい。似たようなのばっかり着てるでしょう?」


 わかりやすいところから意識を変えてもらおうと水葵は意気込んだ。


 母娘(おやこ)であれこれ服を選んだりもしたい。


 この機に母娘語り(トーク)をするのだ。


「だってこれ着やすいんだもん」


 にべもない娘の返答に、水葵は辛抱強く語って聞かせる。


「鍛錬の時は真剣にやらなきゃいけないから、そこはお母さんも何も言わないし、言う気もないわ。でも普段遊びに行ったりするときは多少変えてもいいじゃない?」


「んん~……」


「ね? 気に入るのがあるかもしれないじゃない?」


「う~ん……そう、かも?」


 やたらと楽しそうな母に凛華も頷いた。嫌というわけではない。


 はしゃぐ母を見て、まぁいいかなと思ったのだ。


 そんな妻と娘を八重蔵はどうでもよさそうに眺めていた。


 ああなったら女性というのは兎角長い。いつまでもよく喋る。


 一度今ある服をいろいろ試そうと連れ立って娘の部屋へ向かう妻を見て、八重蔵は思った。


 ああいうやりとり、やってみたかったんだろうなぁと。



☆ ★ ☆



 凛華が母の着せ替え人形になるもっと前。


 それこそアルが自宅に帰りついて間もない頃。


 シルフィエーラが帰宅したのを察知した彼女の母シルファリスは、パタパタと内履き(スリッパ)を鳴らしながら娘を出迎えた。


 大ぶりな木匙を持っている。夕飯の支度をしていたのだろう。


「おかえり~、エーラ。だいぶ冷えてたのねぇ」


 そう言って活発な次女の赤くなった頬やちょんと尖った耳に軽く触れて温めてやれば、


「う……」


 途端にエーラの顔は真っ赤になった。


「あら?」


 どうしたのかしら?と娘の顔をよく見たシルファリスは、品良く垂れた眦をカッ! と、裂けんばかりに見開く。


 普段の次女には縁のない照れ、そして乙女のような恥じらいが浮かんでいたのだ。


 シルファリスは愛する娘の心の機微を見逃したりなどしない。ないったらないのだ。


「アルに何を言われて、どうしたの?」


「ふえっ!?」


 異様な洞察力を見せる母に、びくぅ! と、エーラが驚く。


 そこへ「どったの~?」とエーラの姉シルフィリアがペタペタやって来た。


 シルファリスによく似た背格好で、顔立ちも似ている。並ぶと三姉妹のようだ。


 活発そうなクリクリした目をしている次女エーラ、おっとりとした垂れ目の母シルファリス、そしてキリリとした目の長女シルフィリア。


 しかし目つきと性格が一致しているのは実は次女だけである。


「顔が赤くなってたから温めてあげたら真っ赤になっちゃったのよ。何を思い出したのかしらね~? と思ってアルの名前を出したら過剰に反応したの。フィリアはどう思う?」


 一息に事情を説明する母に、エーラが「ち、ちがうもん!」とわたわた慌てる。


「ほっほ~う! それは何があったのか聞かないとね~」


 姉が楽しそうに笑い、母はニヤリと悪い笑みを見せた。


 ローリエ家の唯一の男性である父ラファルは仕事で今日は遅い。


「夕飯の時間が楽しみだね、お母さん」


「そうね、フィリア」


 つまりたっぷりと尋問の時間があるということ。


 母と姉からすれば好都合、エーラにとっては針の筵である。


 数分もせずに夕食となり、席に着くなりシルフィリアが早速と声を上げた。


「で、何されたの? チュッとかされたの?」


 速攻でそっちに持っていく長女の額をシルファリスがペチと叩く。


「こら。そういうのはゼフィーにチュッチュ、チュッチュするようになってから言いなさい」


「ちょ、ちょっとぉ!」


 母も大概だ。シルフィリアまで一気に赤面した。


 ゆっくりと関係を構築している彼女と、癒院の息子ゼフィーがそんなことできるようになるのはだいぶ先の事だろう。


 よく知っているだろうに、と上目遣いに睨む長女を置いてシルファリスが問いただす。


「エーラ。何を言われたの? アルはあなたが照れるほど気障なことを言う子だったかしら?」


「い、いや違うよ? 一言しか言われてないし、アルは別にそんなつもりじゃなかっただろうし」


 言い訳がましい次女にシルファリスは再びカッ! と、眼を見開いた。


「はやく言いなさい」


 長女同様見た目と中身がちっともリンクしていない。


「あう、うぅ……あの、そのね――――」


 エーラは諦めて口を開くのだった。



 ~・~・~・~



 耳を赤く染めたエーラのたどたどしい説明でもしっかりと内容を把握できた母と姉は、背もたれに身体を預けながら息をつく。


 ド直球(ストレート)でローリエ家のシルフィエーラを狙った一言だった。


「なかなかやるわねアル」


「私もゼフィーに言われたいし、頬っぺたぎゅ~ってしてもらいたいんだけど」


 好き勝手に発言する2人にエーラが慌てて抗弁する。


「ちがっ! アルは別にただそう思ったから言っただけだろうし、頬っぺたは寒いときボクが頼んでるからで――」


「純粋にそう思って言ってくれたのなら最上じゃないの」


「うっ!?」


 鋭い母の切り返しにエーラは思わず詰まった。


 この世界のフィクションに出てくる妖精はほとんどが可愛らしく表現されている。


 つまり下心もなしにそう言われたってことじゃないか。


 母の指摘に考えの及んでいなかったことに気付かされ、再度エーラは頬を染めた。


「いいなぁ~」


 姉はまだ言っている。


本人(ゼフィー)に直接頼みなさい」


「うぇぇ? うぅ、無理だよぉ~」


 スパンと切って捨てる母にシルフィリアは「恥ずかしいってぇ~」と崩れ落ちた。


 エーラは何とかこの状況を切り抜けられないかと考え、


「で、でもアルはほら! 今日も凛華が”魔法”使って見せたら美人だねって言ってたし! 無邪気なだけだってば!」


 そんなことを言い出す。


「あなたは言われたくないの?」


 しかし、切り返してきた母の澄んだ瞳が逃がさない。


 内心では次女にもようやく心の成長期が来たようだと微笑ましく思っている。


「へっ!? えと、や、そりゃ言われたら嬉しい……かもだけど」


 エーラはそう答えつつ、なんとなくいいなぁと思ったことを思い出す。


 あのとき凛華を美人だと言っていたアルの表情は自分を妖精のようだと形容した時と似ていた。


 それを思い出すと、やはりなんとなく嬉しくなってしまう。


 凛華と比べたら、家に母と姉がいて年相応に明け透けな会話をするため精神年齢的には上だし、少し耳年増なケもある。


 ゆえに自身の気持ちにもなんとなく気付きつつは……ある。


 のだが、まだ恥ずかしい段階なのだ。


 次女のそんな内心を読んだように母は諭す。


「良い男はすぐにいろんなのに群がられるちゃうわよ? 優秀なのは間違いないし、努力家だもの。顔だってトリシャに似て整ってるし。あっという間に誰かに盗られちゃうわよ?」


「う、それは……ちょっとヤだけど……」


 しかしだからと言って自分から行くのは恥ずかしい。エーラは悶えかける。


「もう駄目ねぇ、うちの子達は。揃いも揃ってヘタレちゃって。いったい誰に似ちゃったのかしら?」


 ローリエ家の長女と次女は呆れた母の言葉にトドメを刺されて崩れ落ちた。


「ただいまー」


 そこへ父ラファルの帰ってきた声が聞こえてきた。


 シルファリスがすぐにパッと立ち上がって出迎えに行く。


「おかえりなさ~い、あなた。早かったわね」


「ああ、雪が強くなってきてね。早めに切り上げたんだ」


「そうだったの。寒かったでしょう? すぐ夕飯の支度するわ」


「ああ、ありがとう」


 そんな会話をしながら居間に入ってきたラファルに、娘2人が力のない声を掛ける。


「「お、おかえりぃ~……」」


「ただいま――ってどうした、二人とも?」


「己の不甲斐なさを嘆いてるのよ」


 父が首を傾げると母が更に追撃を見舞った。


 死体蹴りまで貰って「ぐふっ」と倒れ伏す姉。


 エーラは「うぅっ」と根性で顔を上げ、父へ訊ねてみた。


「ねね、お父さん。結婚する前のお母さんってどんな感じだった?」


「あっ!」


 その質問にシルファリスが慌てだす。


 そちらにも首を傾げながらラファルは、懐かしそうに穏やかな笑みを浮かべた。


「結婚する前かぁ。当時のファリスは話しかけてもすぐに照れてどこかに逃げちゃうような恥ずかしがり屋の女の子でね。ある日、用があって探してたんだけど、見つけたときのファリスは花畑を作って歌いながら踊ってたんだ。


 それが戯曲で聞いた妖精のようで……思わず一目惚れしてしまったよ。そう告げたときもそれはもう可愛らしく照れてね。結婚を前提とした付き合いを了承してもらえたのは良かったものの、手を繋ぐのにさえ丸一年も掛かって。ははっ、私自身も奥手だったなぁ」


 父がにこやかにそんなことを語り終えると、


「「…………」」


 姉妹はむくりと起き上がった。


 ――誰がヘタレだって?


「あ! そうだった! あなた、夕飯すぐ用意するから待っててね!」


 冷や汗をかいたシルファリスがパンっと手を打つや否やサッと身を翻す。


「「もう!! 絶対お母さんに似たんじゃん!」」


 姉妹がその背を追いかけていく。


 残されたラファルは不思議そうな顔でそちらを見て、「まぁこれも平和な我が家の一幕だ」と眺めることにしたのだった。



* * *



 その翌朝のことである。


 ヴィオレッタがアルの爆弾宣言をイスルギ家、ローリエ家、イェーガー家に伝えに来た。


 理由は単純。その時になって一緒に行くと言っても認められないからだ。


 おそらく実力に()()が出てしまう。


 里長からの報せは当然ながら、凛華とエーラの心を激しく揺さぶることになるのだった。

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