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【祝13.4万PV❗️】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
少年期・3章 血の覚醒篇

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12話 ”成り果て”る危険性

軽い戦闘回です。

 アルクスが目を覚まして2週間と少し経過した。


 癒院通いの甲斐もあって骨折はほとんど治り、ここ数日は身体の内側から訴えてくる鈍痛もきれいさっぱり消え失せていた。


 前世であれば半年はかかっていたであろう大怪我だ。


 それがこの短期間で完治したことからこの世界の『治癒術』がいかに優れているのかよくわかろうというものである。


「うん、バッチリみたいだね。もう稽古しても大丈夫だよ」


 アルを触診していたリリーの息子、癒者(いしゃ)見習いのゼフィーが太鼓判を押す。


「ありがとゼフィー兄」


 それをほとんど聞き流すようにしてアルはパッと立ち上がり、上着を着ながら礼を述べた。


「それが僕らの仕事だからね。でも、あんまり無茶しちゃだめだよ? 僕なんて運び込まれた君を見て、血の多さに卒倒しかけたんだから」


 ゼフィーが顔付きから滲み出る優しさを伴って釘を刺す。


 里でも将来有望と目されているアルだが、こうと決めたら突っ走る問題児としても有名だ。


 歳を重ねるに連れて出来ることが増えていく代わりにこういった危険性も大きくなる。


 癒者としてではなく、可愛がってきた年長者としてゼフィーは注意した。


「うん、わかってるよ。怪我はしないようにする」


 しかしアルの返答は些か精彩さを欠いていた。


 と云っても、決してゼフィーに思うところがあるわけではない。


 ただ、思い悩んでいるのだ。


「う~ん、ちょっと違うんだけどなぁ」


 ゼフィーは苦笑する。


「じゃ、ありがとうございました」


 アルはそれもあまり聞こえていないようでぺこっと頭を下げ、


「お大事に。気を付けてね」


 少々心配した声に見送られて癒院を後にした。


「……やっぱりしょんぼりしてるなぁ。こういうとき、母さんならもう少し気の利いたこと言ってあげられたんだけど」


 なんとなく理由を察してはいるがあえて踏み込まず、その背を見送るゼフィーであった。



 ~・~・~・~



 癒院からそのまま訓練場へと赴いたアルは、リリーとゼフィーに止められていた日課を行っていた。


 タッタッタッと軽く走り、水属性魔力を撒き、魔力が尽きかけた頃に火炎弾を空に向かって放つ。


 慣れ親しんだ魔力増強、そして剣をやるようになってから始めた体力づくりの為の日課(ルーティンワーク)だ。


「ハア、ハア、ハア……鈍ってる」


 が、ポツリと呟きが漏れる。


 久しぶりに動いたせいか心臓はバクバクと音を立てて激しく鼓動していた。


 膝に手を置き、肩で息をするアルの眼が自然と狩猟場に向く。


 今は新たな苗木を植えられて再生中の森。


 そんなことになっている理由はアル自身のせいだった。森の3分の2を燃やしたのだ。


 木屑や灰で半ば更地となっているのを見て愕然としたのが1週間ほど前。


 里の中にまで火の粉が散っていたかもしれないし、もっと大規模な火事に見舞われていたかもしれない。


 何かしなければと焦燥感に駆られ、苗木を植える手伝いをさせてほしいとラファルに頼んだが、「怪我人は寝ていなさい」と諭されて結局手伝えなかった。


 今はもうアルに手伝えることなどない。


「……」


 息を整えて森を眺めていると誰かが近づいてきた。気配は大人のものだ。


「よおアル坊、源治のやつが呼んでるぜ」


「キースおじさん」


 声の主はガッチリとした体躯に葉巻を咥えた鉱人の鍛冶師キース・ペルメルだった。


 悪い左足を引き摺ってわざわざ自分のところを目指して来たらしい。


「森、見てたのか」


 キースはアルが何を考えているのかを察した。


 身体が鈍っているだけならきっと今も我武者羅に身体を動かしていたはずだ。


「……うん」


「気にすんなよ。里長殿が誤解のねぇよう二時間くらいみっちり教えてくれたんだからな」


 屍骸の回収前にしっかりとした状況説明をヴィオレッタは行っていた。


 アルが大怪我をしていた理由も、狩猟場に広がる森が3分の2も灰になった理由も、何もかもすべて。


 隠すことで生まれる嘘がアルとの溝になってしまうのを嫌ったのだ。


「……うん」


 しかしアルの表情は晴れない。自分を責めているのが手に取るようにわかる。


「ほれ行くぞ」


 気持ちを切り替えるべく、キースはゴツい手で少年の背中を押した。


「……うん」


 アルは森から視線を切ってトボトボと歩く。


 陽差しは暖かい。 


 しかし、身を切るような寒さを軽くしてくれるほどではなかった。



 ~・~・~・~



 里の北西部、キースと源治が共有している鍛冶場に連れられてきたアルへ、待っていた源治が茶を淹れてくれた。


 巨鬼のでかい図体からちょこんと差し出された湯呑を受け取ってチビチビと啜る。


「待っとったぞい、ようやくお前さんの新しい刀が出来てな」


「俺の打った凛華嬢ちゃんの重剣と同じ素材だ」


 新しい刀。そう聞いてアルも少しだけ持ち直す。腰に何も提げてないのも落ち着かなかったのだ。


 特に2週間前、極限状態での命のやり取りを経てからはないとソワソワするようになってしまった。


 ひしゃげた前の打刀は勿体ないからとトリシャが打ち直すよう依頼したので、自宅には打刀の柄を持つ鉄鍋が鎮座している。


「こいつだ」


 源治が無造作ながら丁寧な手付きで朱塗の鞘を差し出した。


「ありがとうございます」


 アルは緊張しながら受け取る。


 見ただけで、前使っていたものと大きく違うことがわかった。


 特に刀身の形状。


 これは打刀ではなく太刀だ。


 柄まで反っているし、反りそのものも断然深い。


 更に以前のものよりも重くなっており、刃渡りも柄そのものも長くなっていた。


「打刀の方も打つつもりではおるが、八重蔵がそろそろ太刀も扱わせたいっちゅうとってな。先に打ったのがこいつよ」


 打刀と太刀では扱い方がかなり変わる。


 鍔から反りが始まっているとも言える打刀は反り自体が太刀より浅く、至近距離で振るっても十全に切れ味を発揮する。


 対人戦闘にはもってこいの近接武器だ。


 翻って太刀はどうか? と云えば――……。


 柄の終わり、つまり柄頭から切っ先にかけて深く反っており、まっすぐに伸ばせばまず間違いなく打刀より長い。


 振るうにはその深い反りを利用した振り、速度、間合いが必要となる。


 前世でも太刀が多く振るわれていたのは馬上だ。


 十全に威力を発揮できるのがその間合いであった。


 しかし八重蔵は瞬間的にそれだけの捷さを実現し、間合いを押し広げられる流派、六道穿光流をアルに学ばせている。


 そろそろアルが太刀を振るうに相応しいタイミングだと判断したのだろう。


 チッと微かな金属音をさせて鯉口を切ったアルはその刀身を半ばまで抜いてみた。


「……う、ん?」


 そして現れた刀身にキョトンとする。


 うっすらと細かい、杢目(もくめ)というより鱗のような肌に刃文こそ広直刃(ひろすぐは)で光を返してくるものの、地鉄がマイルドな白色をしていたのだ。


 ――まるで陶磁だ。


「鋼じゃ、ない?」


 首を傾げるアルに源治は早々に素材の正体を教えてやることにした。


「そいつに使われとるのはお前さん方の斃した〈刃鱗土竜〉の骨と魔銀鉱石だ。それぞれ混ぜ合わせて調整したもんを心鉄(しんがね)皮鉄(かわがね)にしとる」


「えっと、魔銀鉱石……ってなに?」


(なんかそんなのが前世のゲームとかにあったような?)


 似たような響きがアルに前世の記憶を刺激する。


 ミスリルなどと呼ばれていたような気もするが同質同義のものではないだろう。


「魔銀鉱石ってなァ、通常の金属の何十倍も魔力伝導率が高い銀さ。単体じゃどんなに叩いたって鋼よりも柔いナマクラにしかならねえ。が、素材と混ぜて鋳熔かすことで真価を発揮する。人間の中にゃ魔銀鉱石だけで打った刀剣をありがたがる奇特な奴もいるらしいが、そいつァ不見識ってやつだ」


 キースの説明に『なまじ変な知識があるせいで自分もありがたがっていた阿呆だったかも』と思いつつアルは刀身を抜ききった。


 しゃらりと抜かれた刀身はしなやかな落ち着きと、切れ味の鋭さを示すように刀剣特有の光を照り返してくる。


 どうやら切っ先の形状すら前のものとは違うようだ。


 下側が長いダイヤマークのような鎬造りだった打刀に対し、この太刀は長めな二等辺三角形――つまり平造りになっている。


「おぉ……!」


「こいつならお前さんの龍焔にも耐えられる。〈刃鱗土竜〉の骨は焦げとったが表面だけでな。こいつならそうそう熔けたりなぞせんぞい」


 思わず刀身に見惚れるアルに源治も満足そうだ。


 さすがは高位魔獣の素材。我ながら会心の出来だ、と言いたげである。


「龍焔?」


 はて? と、何のことかわからずアルは訊き返した。


「おん? 気付いとらんかったんか? お前さん炎が得意だろ? トリシャのにゃあまだまだ届いとらんだろうが、炎龍人の使う焔を使えとるようだぞ。でなけりゃ刃尾を斬って落としたっちゅう打刀、あれを短時間で真っ赤っかにするなんぞ出来ん。打ったわしが言うとるんだ、間違いない」


 すると源治が大きな上背で胸を張る。


「あー、思ったより簡単に熱くできたから変だとは思ってたんだ。そっか。あのときの炎、龍焔って言うんだね」


 アルは「納得」というような顔をした。


 八重蔵が頼りにする鍛冶師の打った刀にしては妙に早く赤熱化したなと思っていたのだ。


「龍焔はそこいらの炎なんぞよりよっぽど温度が高えんだ。いつの間にそこまでできるようになったんだか」


 キースが呆れるようにそう言って葉巻をふかす。


「無我夢中だったからかも」


 そんなふうに返しつつアルの目は刀身ばかりを追っていた。


 ――気に入ったらしい。


 源治とキースが目を合わせて笑う。


 良い仕事をしたなというキースの視線に対し、凛華嬢ちゃんのときは逆だったろ、とでも言うように楽し気な視線を向ける源治。


 チ……とやはり微かな響きを立てながら納刀したアルは「ほぅ……」と息を吐き、頭を下げた。


「凄い。源治おじさん、ありがとう」


「いいってことよ。さ、鍛錬なり稽古なり行ってきな」


 源治が鷹揚に手を振る。


 彼としても不甲斐ないと思っていたのだ。


 無手で〈刃鱗土竜〉と殺り合わせてしまうとは、と。


「うん、行ってくるよ」


 アルは頭を上げてタタッと出て行った。


 客のいなくなった鍛冶場でキースが葉巻をひと吸いして「フゥー……」と吐く。


「多少はマシな顔になったな」


「そのようだの」


 源治は同意した。


 さっきまでのしょぼくれた顔は些かマシになっていたが、やはり瞳には翳りがある。


「けどこれで目一杯だ。俺らに出来んのは打つことだけ、か」


「それが辛いとこだの」


 心理状態が多少マシになっただけだということは彼らも理解していたが、それでも悩みを吹っ切る一助になってくれればいい。


 源治は熱い茶を淹れ直して啜り、キースはもう一度紫掛かった白煙を吐いた。



 ~・~・~・~



 訓練場に戻ったアルはすぐに凛華、シルフィエーラ、マルクガルムのいつもの幼馴染3人に出くわした。


「三人ともどうしたの?」


「アルが完治したってゼフィーさんから聞いて待ってたんだよ!」


 元気良く答えるエーラに、


「キースおじさんに呼ばれるだろうって思ってたしね」


 と、凛華も続く。


 彼女の背にはアルの太刀と似たような色をした剣身の重剣。


 なぜか腰に直剣も提げている。


「早速日課をやってたって聞いてよ。また戻ってくるだろうと思ってな」


 マルクは落ち着いた様子でニッと笑った。


「うん、だいぶ鈍ってたしね」


 ふにゃりと笑うアルに、3人はやっといつも通りだと胸を撫で下ろす。


 見舞いには行っていたが、ずっと里の内側にいるアルというのもなかなか違和感を感じる日々だった。


 要は物足りなかったのだ。


「じゃ、模擬戦でもしましょ! 刃ついてるから寸止めね」


 早速とばかりに凜華が背から重剣を引き抜くと、エーラとマルクが苦笑する。


「ええ? いきなり?」


「付き合わされて大変だったんだよぉ」


 と、エーラが泣き言を言い、


「【人狼化】してんなら大丈夫だろ、って俺は寸止めすらしてもらえなかった」


 マルクのぼやきにアルは顔を引き攣らせた。


 どうやら〈刃鱗土竜〉との死闘は凛華の闘争意欲に火をつけたらしい。


「……あー、わかったよ。病み上がりだから加減してよ?」


 アルが納めたばかりの太刀に目をやって了承すると、


「そうこなくっちゃ!」


 凛華は心底嬉しそうに奇麗な笑みを浮かべるのだった。



 ~・~・~・~



 鍛錬場へ向かう4人にすれ違う大人や青年達が声を掛けてくる。


「よう、お前ら。アルクスが戻ってすぐ稽古か? 実剣みてえだし、ちゃんと寸止めすんだぞ~?」


「あ、ホントだ。アルクスおかえりー」


「凛華ちゃんが寂しがってたわよぉ~、相手がいない~って」


「あのな、お前らな? そんな焦んなくていいんだぞ? お陰で稽古がどんっどん厳しくなってってるんだからな?」


「おぉ~? 今軟弱なこと言ったやつぁ誰だぁ? お前かぁ~?」


「いや、ちょ、なんで俺っ!? あいつだって!」


 4人も律儀に挨拶を返す。


 少し前まではほとんど毎日のように見ていた光景が戻ってきて、大人達もどことなく微笑ましそうな雰囲気を滲ませている。


 指導する側からすれば積極的に稽古へ打ち込み、純粋に強さを追い求める彼らに好印象を抱いて当然だった。


 青年らを指導する際も「年下に負けちまうぞ~」と発破をかけやすいのもある。


 正直に言えば4人組と対人戦になったら青年組でも負ける者らが出てくるだろうがそこは言わない。


 元から並のコンビネーションではなかったが、この間死線をくぐってきて更に絆が固くなっている。


 いまだそこまでの経験を積んでいない見習いの青年組では勝てる者も少なくなっているだろうがやはりそれだって言わない。


 彼らとて決して努力していないわけではない。やる気を削ぐ気はないのだ。



 ~・~・~・~



 4人が雪の溶かされ、踏みしめられた鍛錬場に辿り着くと、その手前に6人の人虎族がいた。


「あっ! アルクスおにいちゃんたちだ!」


 人虎の双子の片割れ、アニカの声が響く。


「ほんとだ!」


 振り向いた少女の片割れ、エリオットも反応を示した。


 この双子は4人にやたらと懐いている。


「む、治ったらもう鍛練か。やはり見習わせるべきだな」


「うむ」


 人虎族の族長ベルクトと副族長オーティスもいる。


 この2人も4人に対する好感度は非常に高い。


 自分より遥かに強大な敵へと立ち向かい、庇護すべき弱き者を鋼のような不屈の意志で守り通してみせた戦士として認めているからだ。


「「…………」」


 が、彼らの子供2名はなんと言ったらいいのかわからない、といった表情でこちらを見ている。


 カミルとニナ。従兄妹同士の2人だ。ニナに至ってはちょっと後ろずさった。


 アルに刻まれた精神的外傷(トラウマ)のせいだろう。


 謝罪は済ませているものの、いまだに怖がられているらしい。


 顔を焼かれれば誰だってそうなるし、カミルにも炎弾をぶっ放したらしいので然もありなん、といったところか。


「「こんにちは」」


「「こんちは」」


 4人が銘々に挨拶すると、すぐにエリオットとアニカがタタタッと駆け寄ってきた。


「アルクスにいちゃん、からだもう大丈夫なの?」


「ケガ、よくなったの?」


「うん、もう大丈夫だってさ。二人はどうしたの? 鍛錬場にいるなんて」


 まだまだ幼い2人の頭を撫でながらアルが微笑むと、双子はよく似た顔で「聞いて聞いて!」と喋り始めた。


「ぞくちょーにたのんだの!」


「ぼくらも強くなりたいから、きたえてって!」


 それに少々驚く。


 ――怖がって戦いから遠ざかっていてもおかしくないのに。


「そうなのか。アニカは【人虎化】できてたけど、エリオットももうできるの?」


 持ち直したアルが問うと、


「うん、ちょっと前に!」


 エリオットは元気よく答えた。


 それに「ええっ!?」と驚きの声を上げたのはマルクだ。


「それって、結構早いんじゃない? マルクはいつだったっけ?」


「俺はー……六歳くらいだったから、やっぱ早え方なんじゃねえか? 二人ともまだ五歳だろ?」


 アルが訊くと、こめかみをポリポリ掻いてマルクが確認した。


「うん!」「そうだよ!」


 双子が異口同音で返事を返す。


「必要に迫られると魔法が早く発現することがある。きっとそれだろう」


 そこに副族長オーティスが口を挟んだ。


「ぼくもにいちゃんたちみたいに強くなりたかったから! アニカはもうできるし置いてかれるのもやだったし!」


 ――その気持ちは……俺にもわかる。


 だが無理は禁物だ。


「わかるよ、置いてかれるのは嫌だよな。でも無茶はしちゃだめだぞ? 俺みたいに寝込む羽目になる」


 アルは双子に注意しておくことにした。


 寝っぱなしというのも案外疲れるし、何より死にそうな怪我などしないに越したことはない。


「うん!」


「大丈夫! フィーナちゃんも昨日できるようになったって言ってたから、今度からいっしょにきたえてもらうの!」


「んへえっ!?」


 元気よく答えた双子にマルクが先程以上の衝撃を受けてギシッと動きを止める。


(いやいや。いやいやいや、さすがにないって)


「あー……二人とも、フィーナちゃんってのは」


 そう思った(願った)マルクに、


「アドルフィーナちゃんだよ! マルクおにいちゃんの妹の」


 アニカが決定的な一言を返した。


「うっそだろ!? 早い! 早すぎるぞフィーナ! まだ兄ちゃんに守られてていい頃だ」


 途端にマルクが頭を抱えて膝をつく。困った妹馬鹿(シスコン)である。


「マルクにいちゃんがカホゴだからだまってるって約束してたけど、言っちゃった」


「言っちゃったね。でもフィーナちゃんだし、あとで言っちゃうんじゃない?」


 双子がそんなことを言い合うなか、


「うおお、嘘だろフィーナ…………」


 人狼兄妹の兄は絶望の淵に叩き落されていて聞いちゃいなかった。


可愛い妹(フィーナ)が爪と牙を尖らせた人狼になるなんて、なんてこった)


 マルクが思わず呻く。


「そこの馬鹿兄はほっといてさっさとやりましょ」


 冷たい凛華の一言にアルは大人しく頷いた。


 紅椿のことでも思い出したのかな?


 と、思ったが言わない。


 変に可愛がり過ぎると凛華みたいな危ない子になるぞ、という友への言葉をグッと呑み込み、双子を撫でて立ち上がる。


「マルク、そんなに可愛がってたらフィーナちゃんが凛華みたいになっちゃうよ?」


 しかしエーラがさらっと指摘した。


(せっかく黙ってたのに。まぁ、余計な修飾語を入れなかっただけいいか)


 アルがチラリと凛華を見ると、彼女は非常に実感の籠った顔でうんうんと頷いていた。


「そうよ。構ってくるのがだんだん鬱陶しくなってきて、最終的に敵意へ変わるわ」


(そこまで過激なのは凛華だけだろ)


 ツッコミを入れたい気分でいっぱいだ。


「極端すぎねえ……?」


 マルクが更に落ち込む。


 凛華化したアドルフィーナ…………想像するだけで手が付けられなさそうだ。


 ――ぜひとも凛華とは仲良くしないでほしい。奔放過ぎるけどエーラの方がまだマシ……いや、やっぱそれもナシで。


 彼の思いが通じるかどうかは、女神のみぞ知るところであった。


 双子は凛華のセリフと今の状況からアルの裾をクイクイっと引っ張って訊ねる。


「「稽古?」」


「そうだよ。離れたところでやるけど危ないから近寄らないようにね」


「「はーい」」


 タタッと離れていく双子を尻目に凛華とアルは鍛錬場の中央へと歩いていった。


「カミル、ニナ。よく見ておけ」


「エリオットとアニカも……いや、もう見る気でいるな」


 良い学びとなろう、ベルクトとオーティスが言う。


 エーラも完全に見る体勢だ。


 【精霊感応】でベンチを作り出し、6人へ「どうぞー」と勧める。


「「感謝する」」


「「エーラ(お)ねえちゃんありがとー」」


「……感謝する」


「……ありがと」


 2人が礼儀正しく、2人が元気よく、2人が落ち着きなさげに礼を言う。


「あれ、俺のは?」


 ようやく立ち上がったマルクの問いかけに、


「え? 審判やると思って」


 エーラはしれっと返した。


「あ、(きったね)え! ずりぃぞ、【精霊感応】(その魔法)! あいつらの真ん中とか行きたくねえ。炎と冰がドカドカ飛んでくるんだぞ」


 そんなとこで審判やれってか? と顔を顰めるマルクに、


「だからだよ」


 決定は覆らないよ、とエーラが足まで組んでみせる。


「ちっきしょう……」


 マルクがとぼとぼと2人の元へ歩いていく。


 【人狼化】するならまだしも人間態で見てろというのは怖いものだ。


 邪魔をしないように流れ弾へカウンターで魔力を出すのも緊急時以外はなしと4人で決めている。


 危ないことこの上ない。


 そんなマルクのことなど気にも留めぬ様子で、アルは朱塗りの鞘に左手を添え、重凛華は重剣をグルグルと手元で回転させている。


「ふぅ~~~……よしっ」


 呼気を吐いたアルは龍眼を発動させ、更に『釈葉の魔眼』も発動させた。


 右眼の虹彩が押し広がり、流星が流れ込んでいく。


 この魔眼は常に使って馴らしておかなければ、すぐに一時的に失明する(エラーを起こす)


 どうやら術式や鍵語の難度とでも言えば良いのか、それに加えアルの知識に比例して読み解けたり解けなかったり。


 読み解けない場合は魔力を更に籠めると読み解けることもあるが、大抵は失明してしまう。


 少し前に家の魔導具を見たときなどは酷かった。


 ヴィオレッタの友人の魔導師から貰った贈り物を解明(バラ)して里でも使えるように改造したものらしいが、高度な技術の塊だったらしい。


 針に刺されたような鋭い痛みと共に2時間ほど失明状態となった。


 と、いずれにしても使わなければ成長もしないので積極的に使うことにしているのだ。


「久々ね」


 アルの臨戦状態に反応して凛華も【戦化粧(いくさげしょう)】を発動させる。


 が、いつもの朱色の隈取から別な模様に変わっていた。


 薄青紫のアイシャドウに薄紅の唇、肌と同じ色だった二本角の先端が淡い露草色へと色づき、額にも同じ露草色で紐付きの華紋様がスウッと咲く。


 アルは見たこともない魔法に「へっ?」と声を上げた。


「それ――」


「ふふっ、驚いたでしょ? 【異相変(いしょうがえ)】よ。今までの【無垢(むく)(そう)】から要らない部分を除いて戦闘寄りに振った【修羅桔梗(おにききょう)の相】。この二週間でものにしたわ」


 凜華が自慢げに鋭くなった鬼歯を見せて不敵に笑む。


 その青い瞳の中には細い金環まで浮かんでいた。


「はぇー……やっぱ凛華って、美人さんだね」


 ややあってアルはついつい見惚れてた、とでも言いたげな顔で毒気のない感想を述べた。


 純粋そのものだ。


「んなっ!?」


 それがわかるからこそ凛華の顔もかぁ……っと火照る。


 てっきり『凄い!』とか『かっこいい!』とかだと思っていたのに。


「そんな反応されたらそうなるよねぇ」


 少し離れたところで見ていたエーラも、凛華が驚かせようとしていたことを知っていたのでどんな反応をするだろうと思っていたが、まさかあんなド直球だとは思っていなかった。


(んー、よく考えたら初めて凛華が魔法を見せたときもあんな感じだったっけ?)


 と思い直す。


(凛華も学ばないなぁ)


 寒さ以外で頬も耳も赤らめた幼馴染をクスクス笑う。なんとなくいいなぁ、と羨みながら。


 当の凛華は火照った顔で「これは違う、あれは不意打ちだから」と心中で否定の言葉を並べ挙げ、「意識を切り替えろ!」と己を叱咤し、


「ばっ、バカなこと言ってないで構えなさいよ!」


 とアルへ喝を入れるように叫んだ。


「うん、構えてるけど……ごめん?」


 アルは特に意識を緩めてもいなかったので怒られた理由もわからず、不思議そうな顔で一応構え直す。


(かっこいいとかの方が良かったかな?)


 と頭の片隅で考えているものの意識はすっかり戦闘用のそれだ。


 そんなアルに凛華が苛立ち、エーラが苦笑する。


 ――あんな心の乱し方をしておいて。


 2人の思いが一致した。


 アルは刀身を抜かず、静かに鯉口を切ってじっと相手を見据え、凛華はいまだ火照った頬を冷ましながらブンブンと重剣を振り直す。


 2人のじゃれ合いが終わったのを見て取ったマルクが間に立ってスっと息を吸い、


「準備いいな? じゃあ、はじめえっ!」


 合図と共にすぐに飛び退いた。


 次の瞬間、彼がいた場所まで貫くように凛華が冰柱(つらら)を5本連続でぶっ放す。


 心を乱された怒りも込められているので、初撃にしては多いし太い。


 アルは迫ってくるそれらを僅かな発射ラグを見切って前へと踏み出した。


 1本、2本をスレスレで躱し、


新しい刀(これ)ならいけるかも)


 と太刀の柄に右手を掛ける。


 放つ剣技は――――六道穿光流・水の型『雲水』と風の型『陣風』の混成派生技『流吹断(りゅうすいだん)騰車(のぼりぐるま)』。


 3本目の冰柱へ半分ほど抜いた刀身をツッと添え、一気に上昇捻りを入れながら左手で鞘を引いて抜き斬った。


 駆ける勢いと抜刀速度が太刀に切断力を与え、3本目の冰柱がズパアアンッ! と裂ける。


 しかし、冰柱はまだ2本飛んできている。どちらの幅も人の頭より大きい。


 だが、アルに焦りはない。


 なぜなら『流吹断(りゅうすいだん)騰車(のぼりぐるま)』は一太刀で終わる技ではなく、上昇回転剣技だからだ。


 アルは独楽のように回転しながら上昇し、そのまま宙空で4本、5本目を豪快に斬り裂いた。


 裂き砕かれた冰が破片となって散っていく。


 そこへ間髪入れずに、凜華が泥雪を跳ねてダンッと踏み込んだ。


 あまりに迷いのない突進。


 相手の落下地点を読み、重剣をヒュッ……ゴオオッッ!! と突き入れた。


 だがアルもそれを読んでいたのか焦りも見せず、左手に太刀をパッと握らせると、


「てぇあッ!!」


 『流吹断・颪車(おろしぐるま)』――『騰車』の真逆、重力を味方につけた落下回転剣技で迎え討つ。



 ガッ、ギィィ……ィンッ!



 回転の遠心力が乗った太刀と、突進の運動エネルギーが行き渡った重剣が甲高い音を上げ、火花散らした。


 着地を取ろうとした凛華の重剣は逸らされ、やや押された位置へアルが土を削りながら着地する。


 凛華は斬り抜け残身の途中で、剣身をグイっと真下に向けた。


 次いでドンッと左足で踏み留まり、右の逆手に持ち替えた重剣でヒュイッと左回転しながら薙ぐ。


「はあッ!!」


 アルは両手持ちにした太刀で重剣の流れに沿わせながら受け流すと、


「しッ!」


 すぐさま右の逆袈裟斬りを返す。


 流れるように返された一太刀だったが凛華も素早く反応した。


 柄頭に左手をかけ、流れていた重剣を斜めに地面へと突き刺す。


 そこに陶冶のような色の刃が迫り、キィンッ! と硬質な音を響かせた。


 幾ら打刀より重くなったとは云え、太刀と重剣では圧倒的に後者の方が重い。


 重剣の腹を太刀が滑っていく。


 続いて動いたのは凛華だ。


 柄頭に掛けている左手をグイッと勢いよく手前に引くことで重剣を跳ね上げ、


「ふッ!」


 と吐き出した呼気と共に大きく回転斬り上げを繰り出した。


 弾いた感触の軽さから手数で押してくると悟って図体のデカい重剣で牽制したのだ。


 すると鮮やかにパッと身を引いたアルが即座に左手の指に挟んだ炎杭を3本、ボボボッ! と地面へ投擲。


 炎杭は雪をものともせず凛華の手前で爆発したが、彼女は重剣の先に冰の傘を生み出し、泥雪を被らぬよう巻き取っていなす。


「病み上がりだけど、勘は鈍ってないんじゃないかしら?」


「そうらしいや」


「じゃ、そろそろちゃんとやるわよ」


「うん」


 凜華が咲きほころぶ花のように笑い、アルがいたずら坊主っぽくニッと笑み返す。


 そのやり取りを見ていたカミルとニナは呻いた。


「……あんなのに喧嘩売ってたのか」


「笑ってる……今の本気じゃなかったの?」


 魔法による膂力及び身体能力の激的な上昇、そして龍眼による動体視力の向上。


 アルと凛華からすればまだまだ遅く、体重も大して乗っていない応酬。


 それでも傍目から見れば身の毛もよだつような剣速だった。


 おまけに実剣。当たればタダでは済まない。


 だというのに平然と振り抜いていたし、最初の冰柱だって人の頭より太かった。


 勿論、カミルとニナにも防ぐことは出来るだろう。


 では自身の虎爪で斬り裂き、被せるように反撃できただろうか?


 答えは否だ。とてもそんな余裕はありそうにない。


 反撃に転じたアルがどんな剣技を使ったのか、なぜああも簡単そうに斬れたのか不思議なくらいだ。


 それでも斬ってみせた。そこは良い。


 だが、あんな容赦もへったくれもない速度で撃ち出された冰柱を見てなぜそんな判断ができるのか?


 彼らなら回避一択だ。


 そして間髪入れずに放たれた凛華の突進。


 あの冰柱を正真正銘、牽制と目くらまし程度にしか考えていない証拠ではないか。


「すごいねー」


「かっこいいねー」


 双子はキラキラした目で観戦していた。


「凛華楽しそうだねぇ。気持ちはわかるけどさぁ」


 エーラは足をブラブラさせながら眺めている。


 そこに時間がかかることを見越したマルクがやってきた。


「ふぃ~、さむさむ。あいつらの武器、同じ色してんな」


「だね~。〈刃鱗土竜〉の骨と魔銀鉱石だっけ? あんなふうになるんだね~」


「それにアルの刀、ちょっと形変わったな。こう、曲がり方が深めっつーか」


「やっぱ気のせいじゃなかったんだあれ。あとで聞こ」


「んだな」


 2人の呑気な会話を聞きつつ、ベルクトとオーティスは舌を巻いた。


 マルクとエーラがこんなにのんびりとしているのは、あれが当たり前だと認識している何よりの証左だと察したからだ。


 呼吸するかの如く属性魔力を扱い、実剣なのにあそこまで肉薄する。


 ベルクトとオーティスからすれば、本当に寸止めできるのか? と問いたいほど。


 おまけに剣技とて自身の子供と同い年の少年少女のものだとは到底思えない。


 凛華の振るう重剣。


 見た目通り重く扱いづらいのは見ればわかる。


 だが、魔法頼りで振っていないことは一目瞭然。寧ろ技巧を凝らした扱い方だ。


 槍のように扱ったかと思えば大剣のように振るい、咄嗟の盾に用いることもあればその大きさを利用した牽制までこなしてみせる。


 力任せでは決して辿り着けない研鑽が伺える。


 そしてもう片方、アルクスもだ。


 まず足運びが独特かつ素早いせいで、いやに読み辛い。


 そのうえ本人の気配や魔力への感知能力もやたらと高い。


 空中で見せた剣技――あれは魔力を感知していなければ残りの2本は斬り裂けなかっただろうし、その後の凛華の突撃に対してもそうだ。


 完璧なタイミングで突き入れられた大剣を予想していたかのように別の剣技で迎え撃った。


 そもそも魔法を使っている相手となぜ当たり前のようにあの距離で戦っているのか?


 彼は魔法が使えないからカミルとぶつかったはずなのに。


 最後の炎杭にしてもそうだ。


 いつ魔力を放出していたのかわからないほどに熟達された魔力操作だった。


 あれで小手調べ。


 どちらにせよカミルとニナにはあれでこれまでの世界の狭さに気づいてほしいものだ。


 そう思って2人を見ると肩を落として嘆息していた。


 無謀な喧嘩を売ったと理解できたらしい。


 逆に、双子の方エリオットとアニカは「すっごい!」「ねー!」と瞳を輝かせている。


 その様子にベルクトが苦笑し、オーティスは頷く。


 ――憧れもするだろう、あんなものを見せられては。


 彼らの視線の先では、アルと凛華が先ほどとは明らかに違う速度と規模で戦り合っていた。



 ~・~・~・~



 炎杭が冰柱を撃ち砕き、冰傘が炎弾をかき消す。


 ダン! という踏み込み音が何度も響き、鍛錬場の大地が抉れ、焦げ、凍っていた。


 もう何太刀振るったか周囲も自分達にもわからない。


 アルは太刀を真正面から重剣に打ち合わせるような愚かな真似をしないし、凛華は速度負けする太刀筋のみを見切って防いでいる。


 そのため時折火花が散るものの、残りは背筋の寒くなるような風切り音と着かず離れずを繰り返す際に生じる属性魔力の応酬による音と余波のみが響いていた。


 今のところ、魔力の消費割合と総量的にアルが優勢だ。


 魔法がないのだからそれは当たり前。


 凛華はそれを承知のうえで勝負に出た。


 踏み込みと同時に重剣を縦にブゥン! と、総毛立つような風切り音を靡かせて振り下ろす。


 アルはスレスレで跳び退った。


(ここ!)


 凛華は振り下ろした重剣をそのままに放り出し、腰の直剣を引き抜きながら更に一歩タァン……ッと踏み込む。


 重剣(おもし)がなくなったことによって先ほどより踏み込み速度が急激に上がり、距離も一気に伸びた。


「たあッ!!」


 ヒュ……ッと滑るような右薙ぎ。首までの最短軌道(コース)を描く剣閃。


「く……っ」


 さすがに捷過ぎる、と判断したアルが(しのぎ)を使ってどうにか逸らす。だが――――。


(掴まえた!)


 凛華はいなされることも予想済みだったのか、逸らされる直剣のことなど一切頓着せず、途中でパッと手放した。


 視界をするりと滑っていった直剣にアルがハッと目を瞠るも、時すでに遅し。


「よっ、いしょおっ!」


 凜華は更にもう一歩踏み込み、アルの腕を押さえたまま足をかけてもつれ合うように倒れ込む。


「うっく……!?」


 あとは太刀を奪えば凜華の勝ちだ。


 【戦化粧】――それも【修羅桔梗の相】まで使っている鬼人に、単純な力勝負でアルが勝てる道理もない。


 はずなのに、凜華はなぜか下から押し返された。


(え、なんで――?)


 体勢的にも膂力的にも今は自分の方が有利なはず。


「っ!」


 金環の浮かぶ青い瞳が見開かれたのと、アルが素早く太刀を放り捨てて一気に脱力したのは同時だった。


「……アル?」 


 押し倒した形で凛華が呼びかける。


 アルは瞑想するようにゆっくりと深呼吸していた。


「大丈夫?」


 凛華の声に不安が入り混じる。


 ややあってアルは目を瞑ったまま頷いた。


「…………うん、落ち着いた。ちょっと焦ったけど大丈夫」


 無手の凛華から引き倒されたとき、勝手に()()()()()()()()()()のだ。


 勿論、意図したものではない。


 だから凛華が驚くのと同時に即座に何もかも投げ捨てて動くのを止めたのだ。


 まだ覆いかぶさっている鬼娘の息遣いを聞きながらアルがすうっと眼を開く。


 真紅の瞳は龍眼も魔眼も解かれていた。


「ホントに大丈夫? 今の……使う気なかったでしょ?」


 実剣を用いた稽古では指導者がいない限り闘気の使用はまだ禁止だ。


 使わないようにしていたのに無意識に漏れ出した。


「うん、なかった。あとで師匠と先生に相談する。大丈夫だよ凛華。そんな顔しなくても」


 アルは不安そうな凛華の頬をふにふにと触れてやりながら身体を起こす。


「俺の負けだね」


「……うん」


 思わずアルの服をぎゅうっと掴む凛華に再度大丈夫だと言い聞かせて手を貸しながら立ち上がった。


 パチパチと手を打ち合わせる音が鳴る。


 どうやらアルの龍気に気づかなかったエリオットとアニカが拍手しているようだ。


「かっこよかったー!」


「すごいねえー!」


 双子は地稽古に見惚れていたようで興奮に頬を紅潮させていた。


 駆け寄ってくるエーラとマルクの方はすぐに気付いたらしく、心配そうな顔を見せる。


 アルは2人に大丈夫だと手を振った。凛華はまだ服を掴んだままだ。


「見事だったぞ」


「うむ。最後の対処も含めて、な」


 オーティスは気付かなかったようだが、一度あの状態のアルを見ているベルクトは反応した。


 が、即座にアルが武装解除して脱力したのでその対処の仕方を褒めたのだ。


「ありがとうございます」


 アルは礼を言いながら太刀を拾い上げて納め、走ってきたエリオットとアニカの頭をあやすように撫でる。


「アル、もう平気?」


 エーラも不安そうだ。そういった雰囲気に一番敏感なのは彼女だろう。


「うん、脱け出さなきゃって思ったら勝手に使ってたみたい。でも落ち着いたから平気。抜けたしね」


 応えつつ撫でやすい位置にあるエーラの乳白色を帯びた柔らかい金髪も撫でた。


 なぜか、そうしたい気分だった。


(早く対処方法を考えないとマズい……)


「ま、じゃあ今日は帰るか? アルも病み上がりだし」


 アルの隠せていない焦りを見て取ったマルクが皆の意識を寄せるようにわざと大きな声で提案してくれる。


「そだね、さすがにあれだけ動けば勘も取り戻せたろうし」


 親友に感謝しつつ、アルも乗っかった。


「我らも鍛錬そのものは終わっていたからな。もうじき陽も暮れる。帰ろう」


「「はーい」」


 ベルクトの声に双子が楽しそうに答える。


 まだまだ興奮の余韻が残っているらしい。



 ~・~・~・~



 数分後、思いのほか大所帯になった状態でアル達は帰路につくこととなった。


 凛華とエーラもほとんどいつも通りの態度に戻っている。


 アルは最後尾を歩きながら、漠然とした焦燥にジクジクと心を圧迫され、不安に苛まれていた。


 ”成れば、あとは成り果てるのみ”。


 静養中、ヴィオレッタに聞かされた言葉が脳裏を過ぎる。


 アルは己の裡に眠る危険な本能をひしひしと肌で感じながら、仲間達の背を追ってトボトボと歩くのだった。

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