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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
少年期ノ參 血の覚醒編

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10話 龍血と闘気(アルクス12歳の冬)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


今回は主人公に地味な変化が起こります。なにとぞよろしくお願いいたします。

 あれから数日が経過した。


 自我を失って暴れ、肉体を大きく損傷したアルクスは現在自宅にて療養中だ。


 麻酔効果を強めたヴィオレッタの独自術式で眠ったまでは良かった。


 が、魔力の枯渇状態が丸2日続き、今も意識が戻らない。


 頻繁に掛けられている『治癒術』も魔力枯渇状態ではほとんど効果が見られない。


 そもそも『治癒術』とは対象者の魔力に働きかけて肉体を活性化させるという癒療魔術。


 働きかける為の魔力が残っていないのでは効果も薄くて当然だ。


 そうして癒薬帯だらけのまま癒院で2日を過ごし、ようやく自宅に戻されたのが3日前。


 彼の母トリシャはその間、仕事を休んで時折呻く息子を甲斐甲斐しく看病している。


 今は魔力枯渇状態も脱し、『治癒術』もようやっと効果を発揮し始めていた。


 骨折はまだ治っていないが、外傷のほとんどは消えかけている。


 それでも意識は一度も戻らず、彼の部屋には静かな寝息だけが聞こえていた。


「アル、まだ目覚まさないのかなぁ。もう五日だよ?」


「怪我は快方に向かい出したから安静にしてれば大丈夫ってヴィオ様は言ってたけど……」


「姿が変化してたでしょう? あれが相当な負担だったんじゃないかってヴィーは言ってたわ。でもきっと大丈夫よ。毎日こんな可愛い子達にお見舞い来てもらってるんだもの。すぐに目を覚ましてくれるわ」


 寝っぱなしのアルに不安が募ってきたシルフィエーラと凛華を、トリシャが穏やかに宥める。


 マルクガルムは「アルなら絶対大丈夫だ」と言い切り、それを証明するかのように見舞いに来る回数が少ない。


 来たとしてもパッと挨拶してサッと帰る。


 男同士特有の距離感だ。湿っぽさを嫌う。


 そんなことをトリシャがつらつら考えていると部屋の戸が開いた。


「あ、こんにちはヴィオ様」


「こんにちは」


 噂をすれば影だ。すぐに気づいた少女らがぺこっと頭を下げる。


 見舞いに現れたのはヴィオレッタだった。


 艶やか黒髪に紫紺のドレスを着た――つまりいつもの姿で眠り続けている寝台のアルへ視線を向けた。


「あ、ヴィーおはよ。来たのに気づかなかったわ。お茶いるでしょ? 淹れて来るから掛けてて。凛華ちゃんとエーラちゃんもいる?」


 そう言ってトリシャがパタパタと居間へ向かう。


「すまぬな。有難く貰うとしよう」


「ボク、手伝うよ」


「そう? ありがとね」


 森人は植物関連なら大抵普通の人より熟せる。お茶も例外ではない。エーラがトリシャの後へと続いた。


「…………」


 寝ているアルを除けば部屋にはヴィオレッタと凛華の2人しかいない。


 別に緊張する間柄でもないが、今回は少々違った。


「凛華よ、だいぶ不安そうじゃな」


 ヴィオレッタは伏し目がちな彼女に声を掛ける。


「アルは……起きたら元に戻ってると思いますか?」


 ゆるゆるとアルから視線を外した凛華はずっと気になっていたことを訊ねた。


 最も危惧していること。一番の不安。


 起きたアルは普段のアルなのか、それとも……。


「元には戻っておるじゃろう。じゃが――」


「またあんな風になりやすくなったりする……ですか?」


 凛華が予期していたように里長の言葉を引き継いだ。


 ヴィオレッタは少しばかり驚き、


「なぜ、そう思ったのじゃ? 儂はこやつの怪我を治すときに血を視たから気付いたのじゃが」


 眼を丸くして青い瞳を不安に揺らす鬼娘に訊ねた。


 ヴィオレッタの診たところ、アルの血は以前と別物に変質していた。


 含まれる魔力の多さは変わってない。


 しかし以前はもっと人間に近い特徴の血だった。


 それが今は人間とも魔族ともつかない、ヴィオレッタでさえ視たことのないものへと変化している。


「なんとなく、です。初めてあの眼になったときは呼びかけたらすぐ元に戻ってたけど、この間は最初からそこを()()()()っていうか、いつものアルはもういなくなってたっていうか……」


 初めて、とは人虎族のカミルを手酷く痛めつけたときのことだろう。


 〈刃鱗土竜〉との戦闘時はその状態から始まらず、もっと進んだ状態から始まっていたと凛華は言っているのだ。


「……”成れば、あとは成り果てるのみ”」


「え? えっと、それは?」


 口をついて出たようにぽつりと呟かれたヴィオレッタの格言めいた一言に、凛華が首を傾げる。


「極東の島国に住んでおる鬼人族の言い伝えとして残っておる言葉じゃ。アルの変化もそれに近い話かもしれぬと思ってのう」


「あたし達の?」


 同種の言い伝えと聞いて凛華は青い瞳をくりくりとさせた。少なくとも彼女は聞いたこともない。


 しかし語感が、何より”成り果てる”とは何だか嫌な感じだ。


「うむ。 鬼人族の始まり――――起源とも呼べる者は、その昔戦場(いくさば)で戦功を積み重ねた勇猛な()()じゃったそうな。当初は血族や友の為にと剣を取り、それからは来る日も来る日も戦に明け暮れた。


 その者は無類の強者だったと云う。一度剣を持てば必ず勝ち、大将首級(くび)を挙げて帰ってくる。しかし、周りはそうもいかぬ。死ぬ者もおれば、生き残っても二度と己の足で立てぬ者もおったそうじゃ。そうしてそやつが戦い続ける内に血族は皆絶え、長く連れ添った友は死に、最後は己一人となってしもうた。


 それでもそやつは……戦うのをやめなんだそうな。理由なぞ疾っくにない。じゃというのに、来る日も来る日も戦に明け暮れた。敵を見れば真っ先に斬り捨て、戦場があればいつ何時だろうと飛び込んでいく。そうやって敵の血と己の死に場所を求めて彷徨い歩き、終いには敵だけでなく味方からも恐れられ――……。 


 最期には裏切られた。それでもそやつは死なず。死にきれず。敵も味方も斬り捨てて、彷徨い歩いたのじゃ。そやつの血か、返り血かもわからぬほどの血に塗れてな。いつしかそやつは凶刃を振るう幽鬼(おに)と皆に恐れられるようになっていた。


 幽鬼と呼ばれるようになっても、そやつは斬って、殺して、戦場を渡り続けるのを止めず……ある時、気づいたのじゃ。己の額に生える一本の角に。これが鬼人族の起源だそうじゃ。現地で聞いたのじゃが、凄い迫力での。そやつが残したものと言われておるのが、さっきの言葉じゃ」


「なんだか……血塗れなご先祖様ですね。物騒だし」


 そんな伝聞など聞いたこともなかった、と凛華は神妙な顔で感想を述べる。


「……うむ。儂は数日前のこやつを見てその話を連想したのじゃよ」


 すると静かにヴィオレッタはそう返した。


「っ!!」


 胸を強く衝かれた凛華は青い眼を見開く。


 銀髪を赤黒く染めたアルの姿と見知らぬ先祖が二重(ダブ)った。


 艶やかな黒髪の麗人は尚も冷静に語る。


「アルが”成り果ててしまう”かは儂らにはわからぬ。今のもあくまで推測でしかない。しかし、汝の話から()()易くなっておる可能性は低くない――どころか寧ろ高くなっておると確信を持った。こやつの血が人間寄りのモノから別のモノへ変わっておったのは、紛れもない真実じゃからのう」


 その語り口は不安を煽るでもなく、楽観するでもない。事実を淡々と述べていた。


 凛華はぎゅうっとアルの左手を握る。


 そんなのは嫌だった。もう二度とあんな風に戦って欲しくなかった。


「「…………」」


 ほんの少しの間、沈黙が場を支配する。


 そこで何の前触れもなくアルの瞳がパッと開いた。


「「っ!!」」


 2人が驚くのをキョトンとした顔で見ながらアルは「うぅ……ん」と身を起こす。


「いっつつ……凛華? 手握ってどしたの?」


 砕けている左肩付近に痛みが走ったのだろう。顔を顰めて痛みに呻きつつ、幼馴染の少女へ首を傾げて見せる。


 その瞳は最後に見た時と違い、虹彩は割れておらず、墨のように真っ暗な闇もなかった。


 だが、以前とも違う。


 アルとよく一緒にいる凛華とヴィオレッタにはすぐにわかった。


 虹彩の色が変わっているのだ。


 明度の高い紅ではなく、より深みの増した真紅へと。


「起きたのねアル!」


 数日ぶりに起きたのもあってポヤ~っとしているアルに、凛華が端正な顔を喜色満面に輝かせる。


「うん。あれ? 凛華、手もう大丈夫なの? 皮剥けてなか――わっぷ!? い゛っ!? いだだだっ!! ま、待って肩たぶん折れてるから! いたいいたい!!」


 いつもと変わりないアルに感極まった凛華が飛びついてぎゅうっと抱きしめた。


 普段なら少しは恥ずかしがるであろうアルだが、生憎と今はそんな余裕がない。


 鎖骨と肩付近は砕けたままで、肋骨にもヒビが入っている。


 筋肉と密着している肋骨は息を吸うだけでもひきつれを起こして痛覚を刺激する為、いくら凛華が軽かろうと激痛が走るのだ。


「「アルっ!!」」


 そこへ、声を聞きつけたトリシャとエーラは茶をこぼさぬよう最大限急いで戸を開けて入ってきた。


 寝台の上で凛華に抱きつかれて悲鳴を上げているアルは瞳の色が少し変わったくらいで普段と変わりなく見える。


 みるみる内にトリシャとエーラの瞳に薄っすらと涙が浮かぶ。


 ――良かった。いつものアルだ。


 ダッと駆け寄ったエーラはそのままの勢いでバッとアルの右側に飛びつき、トリシャは息子と少女ら3人ごとぎゅうっと抱きしめた。


「いだだだだっ!?!?」


 アルが更に悲鳴を上げる。


「師匠っ! 助けてくださいっ!」


 情けなく助けも求めている。


 ヴィオレッタは愛弟子へ様々な感情をないまぜにした表情を浮かべると、ゆっくりと息を吐き、


「幸せ者じゃのうアル。心配させた罰じゃ、もちっと苦しむが良かろう。このばか弟子め」


 そして艶然とした笑顔を少々意地の悪い形に彩って告げた。


「ししょおっ!?」


 無体な師の通告を受けたアルがショックを受けたまま「ぎゃあああ!」と悲鳴を上げる。


 ヴィオレッタは涼し気な顔で茶を啜りながらその様子を眺めるのだった。



 ~・~・~・~



 抱き着いていた3人が落ち着き、アルにもう一度『治癒術』を掛け直したヴィオレッタが口を開いたばかりのところで、


「ごほん。では――」


「アルお腹空いてるでしょ? お母さんちょっとご飯作ってくるから。みんなも食べるでしょ? 作っちゃうから待ってて」


 トリシャが手をポンと打つや否や、パタパタと駆け出していった。


 息子がようやく目覚め、不安だった部分も一応問題もなさそう、とくれば母親として嬉しくて世話を焼きたくなるのも頷ける。


 ヴィオレッタとてその気持ちは大いにわかる。トリシャのいない間の親代わり、もう一人の母くらいには思っているのだから。


 しかし、だからと云ってのっけから話の腰を折るんじゃない、と言いたいところである。


 そんな視線を送るもトリシャは既に扉の外。


 不満げな表情のヴィオレッタは言葉を紡ぎ直した。


「まったくあやつは……それで? アルよ。身体に異常はないか?」


「ここらへんがめちゃくちゃ痛いです」


 左肩や肋骨の上をさすってアルが即答する。


 途端、怪我のことなどすっかり忘れて飛びついた凛華とエーラが、サッと眼を逸らした。


 それはそうかもしれないが違う。そうじゃない。


 ピクピクとこめかみを引きつらせたヴィオレッタがアルの頭をガシッと掴む。


「汝ら母子(おやこ)は気を抜いたら真面目になれぬ病か何かなのか? 儂も抱きしめてやろうか? ん? ほっとしたのは儂も同じじゃしな。ぎゅっとしてやろうぞ」


「いっ、いや大丈夫です! ごめんなさい! これ以上は痛めつけられたくないです!」


 アルは顔を青褪めさせつつぶんぶん首を振った。


 拒否する弟子にムッときたヴィオレッタがそのまま愛弟子をヒョイっと膝に置く。


 そして後ろから軽く抱きしめながら、問診を開始した。


 借りてきた猫のように大人しくなったアルは骨折箇所を軽く庇う。


 癒薬帯や包帯は巻かれているもののそれだけだ。なんと脆い鎧だろうか。


「それで、どうもないかの?」


「うんと、はい。たぶん? 師匠達が倒してくれたんでしょう? あの魔獣(あいつ)。じゃなかったらこんな軽傷で済んでないだろうし」


 抱えられているのに早くも慣れたアルは呑気にそう返した。


 あの時のアルを最初から見ていた凛華とエーラがそれを聞いて「やっぱり」という顔をする。


 だがヴィオレッタは少なくとも驚いた。


 ――まさか、初めから意識がなかったのか?


「な、いや待つのじゃアル。汝はどこまで憶えておる?」


 やや急いて投げかけられた質問に、アルは手を顎にやった。


「どこまで? えーと、肩刺されてー……このままじゃ全滅しそうだから三人を逃がすしかないと思って、残ってた魔力を全部龍気に変えたところ……? です。一匹だけでも道連れにしてやろうと思って……ってあれ? 戦った記憶が、ない? え、待った……もしかして魔力切れで倒れた? じゃあ三人はどうやって――」


 そして徐々に記憶がないことに思い至り、困惑頻りで視線を巡らせた。


「落ちつくのじゃ。汝は魔力切れで倒れたわけではない」


 ヴィオレッタは弟子の銀髪を撫でて宥めすかす。


「でも、戦った憶えは――」


「儂らは確かに汝らを助けに行った。じゃが、間に合わなかったのじゃ。儂らが追いついたときに見たのは――高位魔獣〈刃鱗土竜〉の成体、雌雄で二頭。その残骸じゃ。それらを屠ったのはアル、汝なのじゃよ」


「えっ……? は? 残、骸…………?」


 アルの表情が困惑を通り越して一気に不安へと変わる。


 自分が倒したのだと言われてもそんな記憶はまったくないし、師の言い方も引っ掛かる。


 ”残骸”。普通に倒していたらきっとそんな言い方はしない。


 精々でも屍骸とか遺骸だろう。


「何が……あったんですか?」


 不安そうな真紅の瞳が彼の敬愛する師を見上げる。


「うむ。では儂の知っておる限りと二人の見たものを教えようぞ」


 直接その戦闘を見ていた凛華とエーラ、そしてヴィオレッタはあの夜の全てを語って聞かせた。


 多少ショックを受けるだろうが、隠しておくより正直に言うことを選んだのだ。


 何より、アルの心のために。



 ~・~・~・~



 話を聞き終えたアルは愕然としていた。


 今は戻ってきたトリシャがヴィオレッタと位置を代わり、慰めるようにその銀髪を撫でている。


「あのときに聞こえたのは――」


 最後に憶えているのは自身の鼓動だ。妙に五月蝿いと思った記憶がある。


 アルが思考の海に身を投じかけたとき――…。


「こんちはーす。お、アル! やーっと起きたか!」


 マルクがガチャと戸を開けて入ってきた。


 後ろには助けた人虎族の双子エリオットとアニカもいる。


 見舞いに来た2人とバッタリ会ったマルクが連れだってきたのだ。


 弾かれたように顔を上げたアルは、


「マルク! 俺、敵が誰かもわからずに暴れたって……! でも、憶えてなくて」


 親友へ問う。


 もっと他人から見た情報が欲しかった。


「やっぱそうか。どう見ても普段のお前じゃなかったもんな。けど、んー……うん。だからって別の誰かっていうわけでもなさそうだったぜ? アルから余裕とか、思いやりとかそういうもんと、最後に理性を全部引っこ抜いたらあんな感じになんのかなって。俺にはお前が本能だけで戦ってるように見えてた」


 人狼族としての感想をマルクは述べる。


 人狼は生粋の戦闘民族だ。その勘が告げている。


 あの時のアルは戦うこと以外何もかも捨て去っていた。


 その表現にヴィオレッタは考え込むように腕を組み、


「本能…………だとすればアルよ」


 弟子を呼んだ。アルがのろのろと顔を上げる。


 母や幼馴染達を傷つけかけたと知った真紅の瞳は翳っていた。


「儂らが教えなかったのが不味かったのじゃ。今まで特に問題らしい問題もなく、魔法が完全な形にならぬ程度じゃと思っておった」


 口火を切る師をアルはじっと見つめる。


 今でこそ”魔法”が使えないことは特に気にしていないが羨んだことは何度もある。


 それと関係があることなのだろうか?


「闘気の説明が不十分じゃったのじゃ。闘気とは、体内を巡る魔力を燃焼させたもの。やり方と理論は前に話したはずじゃ。覚えておろう? じゃが、効果については表面的なものしか話しておらなんだ。儂ら純粋な魔族からすれば不都合がないせいで伝え忘れておったことが一つあったのじゃ。それはの――……。


 ”魔法”が本能によって喚び起こされるものに対し、”闘気”は()()()()()()()()()ものであるということじゃ。儂ら魔族には戦闘民族が多数存在しておる。マルクや凛華、そして汝の母トリシャ。ここにおる中でも半数がそうじゃ。


 凛華の【戦化粧】は亜種なれど、三人とも変異型の魔法を使う。そして変異型の魔法を使う種族の大半が、強烈な闘争本能と生存本能を併せ持つ戦闘民族なのじゃ。すまぬ、アル。伝えておくべきじゃった。儂の推測を話そう。汝はおそらく龍人の血に呑み込まれたのじゃ……その強烈な闘争への本能に」


「…………」


 師の説明にアルが思わず沈黙する。


(血に、呑まれた? 半分人間だから、龍人の本能を抑えきれなかった?)


 あのとき、死ぬかもしれないと考えて残っていた魔力を全て龍気に変換した。


(あれが引鉄(トリガー)になったのか)


 母がぎゅうっとアルの腹を抱きしめる。


 謝っているようにも、心配しているようにも、不安そうにも感じるあまりにもらしくない弱々しい力だった。


 アルは目を瞑ってゆっくりと息を吸い、大丈夫だと言うように母の腕に手を置く。


 龍人()の血を拒むような気持ちなど、一切ない。


 そして人間()の血についても、同じだった。


「……龍人の、戦闘民族の本能に吞まれない方法はありますか?」


 眼を開けたアルが真っ直ぐに師を見据える。


 真紅の瞳は眩く強い輝きを宿していた。


 踏ん張って、前へ進もうとする強固な意志。


 事実を受け止め、後ろ向きの暗い感情を理性と勇気でいなして前へ前へと望む心。


 ヴィオレッタはフッと笑う。


 ――それでこそ愛弟子(アル)


「わからぬ。汝の中に元々あるものじゃ、血も、本能もな。ユリウスは真に強き男じゃったが、肉体そのものは戦闘民族のそれに比べれば劣ってしまう。アルもそれは理解しておろう? それに対抗するための鍛え方は儂らには……すまぬがわからぬ。対処療法――場当たり的な対処しか今のところ思いつかぬ。


 龍気を使うときは少量に、具体的には身体の一部に纏わせるくらいに抑えるのじゃ。残有魔力をすべて変換したことと、極限状態がアレを引き起こしたと見て間違いないじゃろうからな。師として、里長として命ずる。解決策が見つかるまで、龍気の連続使用及び多用は禁止じゃ」


 ヴィオレッタは師として初めて愛弟子に何かを禁じた。


「……はい」


 アルが噛み締めるように頷く。


「身体が一度覚えてしまっておる。以前より”成り易く”なっておるはずじゃ。何か変だと思えばすぐにやめるのじゃぞ?」


 そんな彼へヴィオレッタは更に注意を重ねる。


「わかり、ました」


 しかし、なんとも酷だ。魔法も使えず、闘気すら十全に使うことを許されない。


 それでも殊勝な顔で頷くいじらしい弟子を師として何かないかと見る。


 そして「あっ」と指を弾いてアルの顔を指した。


「そうじゃ、アル。今の汝は人間寄りとも魔族寄りとも言えぬ。じゃが、間違いなく龍人の本能の影響が出ておるはずじゃ。もしかすると”魔法”は使えずとも、龍眼くらいならトリシャと同じものになっておるかもしれぬぞ?」


「えっ、ほんとに!?」


 どうしようもない状況にようやく希望が出てきたと表情を明るくするアルを、トリシャは良かったと軽く頭を撫でる。


 息子に拒絶されなかったことも、落ち込みそうだったところに光が差し込んだことも母としては喜ばしいことだった。


「うむ。龍眼なら闘気も使わぬし、せっかくじゃからやってみるが良い」


「はい! ――って、ん? あれ? 今なんか……ま、いいや。やってみます」


 なんとなく右眼に違和感を感じつつもアルがいつもの感覚で龍眼を発動する。


「母さん? 師匠? これ、どうなってるの? なんか、右眼の感覚だけいつもと違うんだけど……」

 

 そしてやはり妙な違和感を感じて呼び掛けてみると、周囲は静まり返っていた。


「アル、あなた……」


 トリシャが息子の瞳を見て複雑な表情を浮かべる。


 アルの右眼は虹彩が一回り程広がり、縦長に細くなった瞳孔へ向けて放射状の青白い光が幾筋も収束していた。


「わぁ……綺麗ね」


「でもそれ何なんだ?」


「わかんないけどきれい!」


 凛華、マルク、エーラは口々に感想を述べる。


 真面目そうな話だったため、今まで口を挟んでいなかったエリオットとアニカもアルの右眼を見てはしゃぎだした。


「わぁ! きれーい」


「流れ星がたくさんすいこまれてるみたい」


「え? 流れ星? どういうこと? どうなってんの?」


 当のアルにはちっともわからない。


「待っておれ、見せよう。『水鏡(みかがみ)』」


 ヴィオレッタが魔術で水の鏡を作り出そうとパッと術式を使った瞬間だった。


「うっ!? あ、あれ? 右眼が…………見えなくなった」


「ええっ! 大丈夫!?」


 トリシャは息子の瞳を慌てて見てまた驚く。


 右眼が光を失っていた。


 流れていた光は止まり、うっすら光っていた真紅の虹彩は暗くなっている。


 そして当のアルの視界も右側が真っ暗なものへ変わっていた。


 眼球を動かしている感覚はあるのに見えない。


 3分の2ほどが暗い幕で覆われてしまい、なんだか気持ちが悪い。


「見えないって……大丈夫なの?」


「左は見えてるの?」


 凛華とエーラがアルの右眼の前で手を振ったりしてみたが見えていないようだ。


 ヴィオレッタは弟子の様子からその右眼の正体について確信を得る。


 これでも長年生きている魔導研究者だ。


「……龍眼は()()()から完全な龍眼になっておる。おそらく爪の方は【龍体化】ができぬゆえ変わらぬじゃろうが、これで魔力も視覚で追えるはずじゃ」


「そうね。でもヴィー、右眼の方はやっぱり」


「うむ、トリシャの見立て通りじゃろう。アルよ、真に〈刃鱗土竜〉と刺し違えるつもりで魔力を使いおったな? 汝のそれは『魔眼』じゃ」


 叱るような口調でヴィオレッタは結論を述べた。

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