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【12.6万PV 達成❗️】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
少年期ノ參 血の覚醒編

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9話 暴走

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


今回は前回の続きとなります。なにとぞよろしくお願いいたします。

 ラービュラント大森林にある隠れ里。その敷地に隣接している簡易狩猟場に轟炎が飛び散る。


 木々は焼け、大地には雪の代わりに灰が積もり、しんしんと降り続く雪は空の中ほどで雨粒へと変わり、小雨として降り注ぐ。


 その小雨だって土に触れる前に蒸発してしまうものがほとんどだ。


 ヴィオレッタ率いるトリシャ、アルクスの幼馴染達の父親3人、そして人虎族の族長ベルクトは残りの捜索隊に消火作業を託して、自我を失い本能のままに暴れるだけとなったアルをどうにか元に戻すべく方策を模索していた。


 正直なことを云えば…………殺すのは容易い。


 彼らとて強者に分類される戦士達だ。


 幾ら暴走しているとはいえ、12歳の少年を斃せない彼らではない。


 だがそんな安易な選択肢を選ぶ気など毛頭なかった。


 愛息子で、愛弟子で、自分らの子を庇って戦ったから今ああして牙を剥いている。


 現に彼らの子――凛華、マルクガルム、シルフィエーラはヴィオレッタの『短距離転移術』によって救助されると、真っ先に『もうこれ以上アルを傷つけないでくれ』と大人達へ訴えた。


 それだけで状況はある程度伺えるというものだ。


 救出時に自我を失ったアルが3人を襲うかもしれないと一瞬危惧した者もいたのだが、彼は突如として背後に現れたヴィオレッタへ獣のような反応を示して跳び退るだけで3人には目もくれなかった。


 彼らに敵意が全くなかったためなのか、はたまた何か別の理由があるのかはわからない。


 そうして回収されたエーラも、凛華も、マルクも治療されるのを待つのすらもどかしいと訴えたのだ。


 アルは既に大怪我をしていて、戦えた時点で――否、そもそもああして立ってられること自体おかしいのだ、と。


 そこでヴィオレッタが軽い事情聴取を行うことにした。


 当然、牙を剥き出して唸るアルからは目を離さない。負傷しているのだって見ればわかる。


 このまま下手に逃がしたりすれば確実にその命を森へと還すことになるだろう。


「傷つけたりはせぬ。無用な心配じゃ。何があってああなったのか儂らに経緯を説明してくれぬか?」


 トリシャも残りの数名も耳を傾けている。


 穏やかな気性のアルと今こうして眼の前にいる彼がどうしても結びつかない。


 この豹変っぷりは何が引き金となったものなのか、問い質さねばならなかった。


 初めに口火を切ったのは凛華だ。


「最初は逃げ回ってたけど、二頭相手じゃ逃げきれないしろくに攻撃も通らないし、だからアルがあいつらを衝突させ合おうとしたの。でも上手くいかなくって、逆にアルが吹き飛ばされて」


 次にエーラだ。


「怒ったボクが矢を射かけたんだ。でも逆に石礫で反撃されて、木から落っことされちゃったの。すぐ立ち上がろうとしたけど足を挫いちゃってて」


 己の目から見た場景を何とか伝えようと更にマルクが続けた。


「エーラを庇った凛華が一頭めの攻撃で剣を握れなくなって、二頭めの攻撃を受けた俺も魔力が切れた。そしたらまたヤツらが攻撃を仕掛けてきて、もう駄目だってところに血塗れのアルが飛び込んできた。鞘で何とか一撃は逸らせたけど、二頭目がアルにすぐに攻撃したんだ。俺らは動けなくて、武器のねえアルも対応できなくて…………肩を刺されて木に叩きつけられた――あの木だ、あれに釘付けにされたんだ」


「そしたら妙に落ち着いた顔でアルが『逃げろ!』って。あんまり痛そうにもしてなくて、そして――」


「ああなったのじゃな?」


 そこまで聞いたヴィオレッタは話を遮って結論を述べた。


 どうやら愛弟子は仲間の命を最優先と考えたようだ。


 死に瀕したときほどその人の性質はよくわかると言うが、彼の父(ユリウス)と同じく愛弟子は褒められた根っこを持っていたらしい。


 だが、だからこそ不安の種だ。


 話を聞いていた面々が深く沈んだ表情を浮かべる。


 ユリウスの最期とどうしても重なってしまう。


 しかしエーラは首を横に振って訂正した。


「えと、そうじゃなくて……すぐに今のアルになったわけじゃなくて。途中まではもっと冷静っていうか冷酷? な戦い方してた。でも戦ってる内にだんだん……」


「ああ、最初は冷たいってだけでまだ理性はあった。けど戦ってく内に変わってって……あの魔獣の目ン玉に腕突っ込んで灼いたり、残ってた一頭の尻尾を引き千切ったり、蹴り飛ばしたり、わけわかんねえ威力の炎をぶっ放したりするようになった」


 マルクも補足する。


 その説明にアルを牽制をしていたマモン達は眉を顰めた。


 随分と容赦がない。野蛮ですらある。しかも魔法が使えないのにそれだけの膂力が出せるというのも妙だ。


 だが、魔獣の残骸(状況証拠)はそれが明白な真実であると物語っていた。

 

「正確には瞳の紅いとこが砕けるたびに、よ。初めは紅い瞳に墨が混じってたくらいだったのに、どんどんそれが砕けてって、最後に全部。そのたびに身体も変化してったわ」


 凛華が直感に従って意見を述べると、


「うん、ほとんど真っ黒に呑まれてからは……酷かった」


 エーラも強く頷く。


 炎に照らされているのに墨汁を溶かし込んだように光を返さないアルの黒い虹彩。そして金色に縁どられた縦長の瞳孔。


 あの闇が発端だ。2人にはそう思えてならない。


「トリシャよ、アルのあの眼に心当たりは?」


 そういう特性でもあるのか、とヴィオレッタは訊ねた。


 アルだって半分は龍人だ。何か知っていてもおかしくはない。


 だがトリシャはわからない、と首を横に振る。


「ない、聞いたことすらないわ。龍眼のヒビはあくまでそういう模様ってだけ。あの子の眼はそもそも龍眼すら完全じゃなかったのに」


「そうか……(なれ)らの話ではアルの魔力とてそう長くは保たぬはずであったな?」


 その問い掛けに3人は、


「たぶん。いくら鍛えてたってあれだけ暴れりゃ普通は魔力もなくなる、はず」


「でもそんな様子一度もなかったわよ。二頭めを仕留めたときなんか何度も炎をぶっ放してたし」


「うん……もう死んでるのに、頭まで踏み潰してた」


 と不安そうなエーラが締め括って肯定する。


「「「「「「…………」」」」」」


 思わず大人達は沈黙した。


 どう聞いてもただの蹂躙だ。


 敵への強烈な殺戮衝動。


 戦闘民族の多い魔族だが、闘争本能に身を任せてもこうはならない。


 本能に呑まれて己を失うことはないのだ。


 そこで、複数の敵性目標との睨み合いに焦れたのだろう。


 アルがバウッと爆炎を吐き出す。


 しかし造作もなく風を操ってラファルが豪焔(それ)を上空へと受け流した。


 と、同時に結果も気にしていない様子のアルが龍爪を構えて疾駆。


 野を駆ける獣の如く、低い体勢で迫る。


 だがラファルに焦りはない。


 森人にとって草木の生い茂る森林は最も得意な戦場だからだ。


 仮令(たとえ)多少木々が燃えていようとそれは絶対の真理。


 だからこそ――油断した。


 右の貫手を構えたアルはブラブラと揺れる左腕が後ろへ向いた途端、()()()バウッッ! と点火して加速したのだ。


「なっ!?」


「ガアアアッ!」


 自身の肩を加速器扱いした勢いのままに焔龍爪による貫手を放つ。


「くっ!?」


 異形の爪が長い乳白色を帯びた金髪をひと房もぎ取っていった。


「よすんだ、アル!」


 ギリギリ躱したラファルの制止が飛ぶ。


 しかしアルは当然のようにそれを聞くことはなく、再度突撃をかけようと背筋を丸め、泥雪を削って足幅を広げる。


 その左右から氷のツタが地を這い、絡め取るように迫った。


 マモンと八重蔵による挟撃だ。


「――ッ!? ……グッ!」


 しかし、アルは一声上げて後ろへ跳び、ヒュパッと伸びたツタに捕らえられる寸前で、左腕をまたしても加速器(スラスター)扱いして軸線からズレた。


「ギ……ッッ!!」


 魔力への反応が矢鱈と早く、八重蔵とマモンへ火炎弾をビッと放つことも忘れない。


 弾速重視で(なげう)たれた焔短杭は戦士の彼らをして受け止めるより躱した方が良いと判断させた。


「ちっ、魔獣相手の戦い方じゃ止めらんねえぞ」


「こちらを敵と認識し、殺す算段を立ててるんだ。魔獣――いや違うな、龍の本能にアルクスがこれまで身に着けてきた知識と技術か。厄介だぞ」


 ぶつかり合えば勝てるが、これ以上怪我をさせるわけにはいかない。


 たった今、躊躇いもなく己の肩口から先を燃やしたのだ。


 下手に戦闘を長引かせて体力や魔力切れを狙うことすら悪手。


 八重蔵とマモンが焦りと口惜しさで歯噛みする。


 彼らと同じく、ヴィオレッタとトリシャも手を出しあぐねていた。


 ――どうすれば良い?


 警戒心が高く、近寄れば必ず距離を取る。


 つまり、そこいらの魔獣と違ってこちらの戦力をきちんと把握しているということ。


 ゆえに魔獣の狩り方は使えない。八方塞がりだ。


 彼女らの心中にも苦いものが広がっていく。


 そこへ、幼く甲高い声が響いた。


「アルクスにいちゃん?」


 保護して里へ返したはずの人虎族の双子エリオットとアニカだった。


「なぜ、ここに……!?」


 静まり返ったなかにヴィオレッタの声が響く。その場に居たアル以外の全員が半ば愕然として幼い双子に視線を注ぐ。


 エリオットとアニカは助けてくれた4人が帰ってこないことに不安を覚え、疲れ果てている身体を引き摺って、消火活動に出発する里の別働隊についてきていたのだ。


 監督として着いてこさせられた族長の息子カミルと副族長の娘ニナも状況が飲み込めず、双子の後ろで呆然としている。


「アル!」


 まずい! と思った凛華の声を無視して、アルはよく通る声の方を向いた。


 つまりエリオットとアニカ、そしてカミルとニナがいる方を。


「アルクスおにいちゃん、どうしたの?」


 変わり果てたアルにアニカが驚いた声を上げる。


 しかしカミルはアルの放つ強烈な殺気に気圧され、咄嗟に()()を向けてしまった。


「よせ!! たわけッ!!」


 鋭い声はアルに向けたものか、はたまたカミルに向けたものか。


 慌ててヴィオレッタが術式を組むよりも、跳び上がったアルが火炎弾をゴバ――ッと吐く方が早かった。


 狙いはカミルのようだが攻撃範囲内には当然他の3人もいる。


 〈刃鱗土竜〉すら灼き尽くした火焔だ。


 高位魔獣よりも魔力抵抗が低い彼らではタダでは済まない。


 人虎の双子と族長筋の子供達は、突如として放たれた白っぽい火焔にぽかんと口を開けた。


 そこへ極大の焔弾が容赦なく迫る。


 ――マズい!!


 見ている者のほとんどが間に合わない。



 ゴオォォォ――――ッッ!!



 しかし、腹に響く噴射音が響き、極大焔弾は不思議な銀色を帯びた焔によって押し退けられていた。


「だめよアル。話さないとわからないこともあるって言ったでしょう? 喧嘩ならアルのままでやりなさい」


 双子達の前に飛翔したトリシャがアルの火焔弾を下から弾いたのだ。


 その姿勢のまま優しく息子へ説く。


 アルは弾かれた己の攻撃に素早く反応した。


「ガアアアッ!」


 咆哮を一声、異形の龍爪を閃かせる。


 猛然と迫る変わり果てた愛息子。


 その凶暴な爪を前にトリシャは【龍体化】を()()()()()()()()


 まるで抱きしめるかのように。


「……ッ!?」


 ほんの刹那、アルの腕がピクリと鈍る。


 その瞬間を()()()は見逃さなかった。


「だ あ あ あ あ あ あ あ っ !」


「凛華ちゃん!?」


 裂帛の気合を伴った凛華が駆けてきて、アルの右半身を抑え込むように飛びついた。


 【戦化粧】を施しているが、痛覚がほとんど機能していない今のアルには力負けしてしまう。


 しかし、彼女が振り解かれる前に今度はアルの左半身に植物の根が巻き付いていく。


「エーラちゃん!?」


「ダメだよアル! 本当に戻ってこれなくなるよ!?」


 弦を外した弓を杖に、跳ねるように足を引きずってきたエーラがそのまま抱き着いて叫んだ。


「そうよ! あんた以上にあんたを大切にしてるっ、大事な人でしょうが! 目ぇ覚ましなさい!」


「アル聞いて! トリシャおばさまの言う通り、そこのお馬鹿さんは後で喧嘩して叩きのめせばいいさ! 何なら人虎の子供達全員を相手にしたっていい! そのときはボクも付き合うから! ね!? だから戻ってよアル! お願い!!」


 2人の脳裏に浮かんだのは、少し前のあの光景。


 不貞腐れていたアルとそれを優しくあやすトリシャだった。


 もし今の彼が母を、里の誰かを傷つけてしまえば、二度と見られなくなるかもしれない。


 だからこそ彼女らは必死に訴える。 


 我に返ったアルが傷つかないように。


 いつもの彼に戻ってくれるように、と。


「グゥ……ッ!」


 アルは眉間に皺を寄せ、しがみついてくる無防備な少女らを鬱陶しげに龍爪で斬り裂こうとして――……。


「ガあ……っ?」


 ビクンッと動きを止めた。


 なぜ、2人を殺さなければならないのだろう? と、虚を衝かれたような顔をしている。


 しかしすぐに頭をブンブンと振り、墨を塗り固めたような瞳に再び殺気を漲らせた。


 敵は……消さなければならないのだ。


 だが、確かに僅かな躊躇いを覚えている。


 初めて動きに空白が生まれた。


 その空隙を、彼と兄弟のように育ってきた親友は決して見逃したりしない。


絶対(ぜってえ)、戻す……ッ!)


「アルーーーッ! 悪い! 歯ァ、食い縛っとけえっ!!」


 一瞬だけ全開で【人狼化】したマルクがバァンッと大地を蹴りつけ、組みつかれているアルに勢いをすべて乗せた()()()()を叩きつけた。


 魔力切れから回復したは良いが戻ったのは最低限。つまり一割半ほど。


 だから地を蹴るほんの一瞬しか【人狼化】はできなかった。


 だが、それで充分。


「ぅグッ!?」


 アルの頬に拳がめり込み、次の瞬間にはしがみついていた2人と共にもんどりうってゴロゴロと転がっていく。


 人狼の瞬発力は馬のそれを優に超える。


 その脚力で生み出された運動エネルギーを余すことなく伝えたのだ。並の衝撃ではない。


 凛華とエーラは泥だらけになってもアルに抱き着いたまま離れない。


 そこに何かがフワッと()()()


「良い仲間を持ったのう、アルや。それによう戦った。遅くなってすまなんだ。今はおやすみ」


 身体を起こしかけたアルの額に『転移』してきたヴィオレッタの指が触れ、複雑に絡んだ術式が起動する。


 元は治療の際に使う、麻酔効果をもった扱いの難しい術式。


 遅くなったのはそれを改良し、麻酔効果を高めた(眠らせる)術へと()()()()()()からだ。


「ア……あ…………?」


 中空に踊る複雑精緻な術式にアルが見惚れたように呆けた表情を見せ、やがて脱力しながらゆっくりと瞼を閉じる。


 瞼を下ろし切る直前にほんの少しだけ見えた瞳は彼の特徴的な、母譲りの紅に戻っているように見えた。


「「「「…………」」」」


 誰ともなくホッと大きな息をつき、しがみついていた凛華とエーラが一層ぎゅうっとアルにしがみついた。


 ――やっと……終わった。


 駆け寄ったトリシャは息子の瞼を軽く上げて紅い瞳を確認すると、


「よかった、よかったぁ…………おかえりアル」


 頭を抱き寄せて撫でる。息子によく似た紅い瞳は涙に濡れていた。


 その視線がアルの左半身に向く。


「たたた、大変っ!! ヴィー! アルの治療っ! 『治癒術』急いで! 早く早く!!」


 途端、ギャーギャーと騒ぎ出した。


 シリアスが長く続かないことで有名な銀髪の麗人に、黒髪も艶やかな親友はタメ息をついた。


「わかっておる。今”調整”しておるからちと待て。のおっ!? 待てと言うとろうに! 汝が言う前からすでに準備中じゃと――――やめんか! わかっておるから引っ張るでない!」


 スカートの裾をぐいぐい引っ張るトリシャを宥めつつ、ヴィオレッタは独自(とっておき)の『治癒術』を起動待機状態へと移行させた。


 大魔導と称される彼女の独自『治癒術』(とっておき)


 正式名称を『時限逆行術式』と名付けられた――対象の肉体が経験した時間を()()()()という魔術だ。


 対象と己の魔力を同調させ、体内・体外の損傷が起こる前の時間まで遡らせる驚異的な効果を持つ。


 理を歪めるまさしく魔術と呼ぶに相応しい魔導の極致。


 ただし、有効対象は生者限定で、巻き戻せる時間は3日前までだ。


 仮令(たとえ)瀕死状態でも(たちま)ちの内に損傷を復元できるが、この条件内でなければ絶対に不可能。


 死んでしまっていれば肉体の損傷のみが戻る。


 また”時”という当然の如くこの世界に存在し、一度として止まることなく流れ続けている概念に逆らう術であるため、ヴィオレッタでも魔力の損耗が著しく激しい。


 『短距離転移』を乱発してアルを捕らえなかったのも『時限逆行術式(これ)』を使うことを見越していたがゆえだ。


 更に彼女の言う”調整”とは、アルの肩から左腕にかけて黒焦げになっている箇所のみを限定的に巻き戻す為の微調整のことである。


 すべてを巻き戻してしまうと彼の脳に刻まれた経験(じょうほう)()()()()()身体とで齟齬が生まれてしまう。


「よし、これで……」


 刺されたという肩口の怪我に関しては魔力を外部から活性化させることで自然治癒力を上げる本来の『治癒術』と癒薬帯、投薬で治すのが良いと判断したヴィオレッタは『時限逆行術式』を行使した。


 ギュル、ギュル、ギュル――――…………。


 と、アルの真っ黒に焦げていた左肩から先の時間が巻き戻り、元の肌の色を取り戻していく。


 他にも骨折や胸部、腹部にも損傷が見られたが、そこは吸血族で長命を誇るヴィオレッタだ。


 時間をかけて治しても後遺症が残るようなものはないと見立てていた。


「汝らは……見たとこ大きな怪我はなさそうじゃな」


 愛弟子の様子を確かめていた濃紫の視線が凛華、エーラ、マルクへと注がれる。


 エーラの額の傷はスパッと切れているせいで派手に血も流れているが、きちんと治療すれば痕も残らないだろう。


「アルが護ってくれたもの」


「そうだね!」


 少女らが安堵を滲ませてアルの左手を握る。


 つい数秒前まで丸焦げだったのが信じられないくらいだ。


 そんな様子をトリシャと八重蔵が微笑ましく見守り、「まだ早いんじゃないか?」などというラファルを「早合点だから黙っておけ」とマモンが首を振った。


「最初のちっこい方すらアルが策を立てなきゃヤバかったし……俺らももうちっと頭使わなきゃな」


 おそらくアルの次に思考を巡らせていたであろうマルクが殊勝なことを言う。


 マモンはたった一夜で大きく成長した息子の髪を優しく撫でた。ちなみにラファルはやかましいので放置だ。


「あたしは使ってたわ」


「ボクもずっと使いながら戦ってた」


「おいズルいぞ、後出しは。それに嘘つけ。ちょいちょい何も考えずに突っ込んでただろ」


 すかさず返してくる鬼娘と耳長娘にマルクが呆れる。


 大人達はようやく日常風景が戻ったのだと心から安堵した。


 ――長い夜だった。


 狩猟場のおよそ半分を焼き焦がした暴炎はすでに鎮火され、雨粒が再び氷粒へと転じ、雪が赤色を残す草木を癒すようにしんしんと降っている。


「皆の者、今夜はお疲れじゃった。帰ろうか」


 穏やかな表情を浮かべるヴィオレッタに捜索隊、別動隊の面々は大きく頷いた。


 疲れがどっと押し寄せてくるが、アル以外は大きな怪我もなく誰も死ななかったのだ。


 身体の芯にじぃんと食い込むこの痺れたような疲労は、これから帰る里の広場で今も待ってくれている者達の炊き出しや家族の声で融けてゆくことになるだろう。


「お、親父……その、俺…………」


「ぞ、族長…………」


 彼らの一団から少々離れたところで気まずそうなカミルとニナがベルクトへおずおずと声をかけた。


「彼らから学べ。まだお前達は若いのだから。ただし、彼ほど生き急いではくれるな。心臓が保たん」


 厳格なものの見放されていないことがわかる父の言葉に、カミルはぐったりと母に抱かれているアルを見る。


 ニナも恐る恐る視線を向けた。目がカッと開くんじゃないかと怖い。


 2人が複雑な感情の入り混じった顔で彼を見つめるなか、


「「はい!!」」


 エリオットとアニカの双子は大きな声で応えた。


 難しいことはわからない。


 だが、2人にとって自分たちを命懸けで救ってくれた4人は素直にカッコよく、英雄のように見えていた。


 あんな風な戦士になりたい、と強く憧れを抱いたのだ。


「フ、良い心掛けだ」


 微笑んだベルクトが双子の頭を撫でて、父親の下へと返す。


 そしてもう一度アルに眼を向けた。


 トリシャに抱えあげられて眠っている少年はあどけない顔で静かに寝息を立てている。


 まだ本格的な成長期も迎えていない少年少女達の勇敢に過ぎる振る舞いを見た。


 その中心にいた少年は自我を失うまで果敢に闘い、最後は誰も傷つけることなく愛する者達の元へと戻った。


「……良かった」


 ――心からの称賛を送ろう。


 口の端を軽く吊り上げたベルクトは息子達の背を押し、一団を先導するべく大股で歩き出した。

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