14話 怪人現る!? 女子寮に響く悲鳴!
今回は3章の中心に当たる短編の導入部となります。
『不知火』の拠点家にて。
「もおーっ、この臙脂一本しかなかったのに、あんた何してくれてんの!」
と、仁王立ちしている凛華を前に、
「ごめん、ごめんなさいっ! 赦して! 今度似たの探してくるから!」
アルクスが平謝り。
彼女お気に入りの太長傘を壊した件につき、手土産の柿餡大福、並びに謝罪を以て機嫌を取るべく平身低頭。
青い瞳を細めてぷりぷりしている鬼娘から、
「そう言ってあんた、さらっと忘れるじゃないの。……ったく、もう。今度買いに行くとき付き合いなさいな」
「えっ、赦してくれる?」
「行かないって言ったら赦してあげない」
「お伴させて頂きます」
「なら良いわ。まったく」
と、しっかり約束を取り付けられ――。
「うーす、ただいまー……あ?」
「お腹ぺっこぺこ~って、何やってんのアル?」
「どうも凛華に叱られているようだが」
帰ってきたマルクガルム、シルフィエーラ、ソーニャに、
「おかえりなさい。実は帰りがけにちょっとありまして」
「クカッ、カァ~」
使い魔を膝にくすくす笑っていたラウラからすべてを暴露され、
「なぁる。久々にやらかしたっつうわけか」
「刀を見せておいて隠していた傘でひと突きか。アル殿らしい不意討ちだ」
「そういうことかぁ~。てか、ボクも黒豆茶飲みたかったなぁ」
「ふふ、お土産にちゃんと買ってありますよ。甘い物もいっしょに」
「え、ほんとっ? やたっ!」
と、納得混じりの和やかな苦笑を向けられている夜のこと。
所変わって〈ターフェル魔導学院〉の敷地内。5階建ての女子寮。
時刻は午後9時前――外に用のない生徒の大半が寮に戻っている頃。
場所は2階。
1回生の私室にぐるりと囲まれ、3階へと吹き抜けている1・2回生用休憩場所にて。
「むむ……この鍵語、こっちと見た目は似てますのに意味がまるっきり違いますのね」
ややこしいですわ! と、百塩茶色のふわふわ髪を掻き毟りこそせぬものの、そうしたそうな顔つきでイリスが唸った。
ちょっとした小卓の上に広がっているのは、『鍵語学』の課題と構造索引付きの辞書。
「確かに複雑。あ、でもなんか意外かも。イリスちゃん、当たり前って顔で定型術式も扱えてたし、得意かと思ってた」
と、言ったのは、向かいの背もたれに身を預ける少女。
イリスの隣人であり、初めてのお友達となった同級生――カタリナ・ハーニッシュだ。
こちらはこちらで黒茶の短髪を耳に掛け、真面目そうな薄茶眼で課題とにらめっこ中である。
「全然ですわ。素直に暗記するのが苦手ですの。軍よ――定型術式を覚えてるのも、兄様に叩き込んでもらったからですし。それだって実戦想定の指導でしたもの」
あれならきっと誰だって覚えますわね。と、イリスの物言いには些かの驕りもない。
「へー……アルクス先輩の指導って、やっぱり厳しいの?」
カタリナはやや恐る恐る訊ねてみた。
何せ、”鬼火”の二つ名を持つ3等級武芸者だ。なまじ戦っている姿を知っているだけに、
(荒っぽいのかな?)
との意味合いを多分に含んだ質問であったが、
「いいえ、ちっとも」
つい、と淡褐色の瞳を上げた伯爵令嬢は細面をふりふり、懐かしそうに微笑む。
「えっ、そうなの?」
男爵令嬢がきょとんとすれば、
「そも、私が頼んで稽古をつけてもらったのですわ。それに、なんと言いましても現役武芸者ですわよ?」
そんな機会、滅多にありませんわ! と、イリスは輝かしい笑みを浮かべた。
「あははっ、なるほど。さすがに武芸都市の娘さんだね」
「勿論ですわ、お父様もお祖父様も認識票をお持ちなくらいですもの!」
と、華やいだ笑い声をころころと交わす。
共に夕餉を楽しんで、夜はいっしょに課題。
得意科目も実技と暗記で系統が違うので、教え合える。
何より、寝るちょっと前まで友人と語らうのは楽しい――それが、ここ最近の日課。
他の女生徒も似たようなもので、ここはいつも賑やかだ。
「そちらの男爵様の治める街はどのような感じですの?」
と、雑談混じりにイリスが訊ねると、
「どんな感じ……? うーん、芸術都市の領地にあるから夜も賑やか……とかかなぁ?」
代官屋敷から見た外はいつも明るかったような。と、カタリナが北向きに並ぶ大きな採光窓から空を眺める。
今日は生憎の曇天だ。雨を漏らしそうで漏らさぬ濁った雲は、帝都の燈を受けて灰白っぽく見える。
「いつか行ってみたいですわね!」
そんな煮え切らぬ空模様も何のその。元気いっぱいなイリスに、
「その時は私が案内するよ。名物――も、あんまり知らないけど、そこまで広くないから」
と、カタリナも中性的な相貌を微笑ませ、
「それならいっしょに探せば良いですわ!」
「あっ、それ良いかも!」
と、姦しい周囲に負けじと盛り上がった――次の瞬間だ。
ばづんっ!!
「ほぇっ?」
「ひゃあ!?」
鈍い破裂音がするなり、一気に辺りが暗くなった。
「えっ? ちょ、ちょっと何いきなり!」
「何なの!?」
「あたっ、ちょっと何? 部屋の明かりが」
「魔導燈の故障!?」
「きゃあ!? いったぁ……」
「ちょ、大丈夫!?」
俄に悲鳴や困惑の声が上がり、私室の方から慌ただしく戸を開ける音、階段の方からも『どたっ』と鈍い音が響く。
「イ、イリスちゃんっ、これって……!」
カタリナがすっかり動転して立ち上がり、
「……これじゃ何も見えませんわね」
冷静にイリスが光属性魔力を灯そうと手を掲げる、と同時であった。
「あっ!」
「あれ何!?」
「え、どれ?」
「窓のとこ!」
何人かが、見えぬであろうにも関わらず指を差し、視線がそちらに向く。
休憩場所にある北方面にのみ備え付けられた採光窓――そこに、薄らぼんやりとした淡い光がふよふよ……っと揺れていた。
が、それも唐突に消える。
「な、なに今の……!?」
「消えちゃった……?」
「ていうか、あそこ三階……」
「えっ、えっ、何? どういうこと?」
と、困惑頻りなカタリナの声。
「……今のは」
それに反し、イリスの考え込むような声。
その直後であった。
べ、たんっ!!
場に居る女子生徒の視線が集まっているなか、窓の外に何かが勢い良くぶつかる。
「ひゃあっ!?」
「きゃあ!?」
「な、何なの!?」
「ひ、と影……!?」
それは、見ようによっては小柄な何かを抱える人に見えぬこともない影だ。
「ひ……っ!?」
カタリナが皮膚を粟立たせ、女生徒らも戦慄するなか――
ずるり、ずるり……っと生理的嫌悪を覚える厭な音をさせ、人影らしきものが窓の外へと見えなくなった。
「な、何だったの……?」
と、誰かの声が妙に響く。
その瞬間だ。
ぷつぷつ……っと音がして、魔導燈が一斉に点いた。
「う、眩しっ」
「もう何なのよ!」
「あっ、も、戻った……!?」
誰もが知らず知らずの内に、ホッと息をつき、
「び、びっくりした。今の何だったんだろうね、イリスちゃん」
と、カタリナが友人を方を振り向く。
しかし、当のイリスは厳しい表情を窓に向け、淡褐色の瞳をすうっと細めていた。
「えっと……? どうし――」
釣られた男爵令嬢、周囲の女生徒、3階の私室から顔を覗かせていた女生徒――突如とした燈消失に見舞われた寮生が、
「え……これ、ひゃああああ!?」
「きゃああああ!?」
「ひぃぃ……っ!?」
甲高い悲鳴、喉の奥を引き攣らせたような声を一斉に上げ、俄に恐慌に陥る。
彼女らの視線の先――3枚並ぶ大きな採光窓には、赤黒く太い筋がべったりと残っていた。
* * *
その翌日。
冬到来を目前にしておきながら、何とも生温い昼休み。2年7組の教室。
「う……」
アルクスは長机を前に黎い眉を顰めた挙句、お行儀悪く潰し芋の挟まった蒸餅をがじりとやった。
「そちらの手番だぞ」
と、言ったのはその前列で腕を組む、眼鏡を掛けた青年――ヘンドリック・シュペーア。
両者の間に置かれるは、戦術棋譜である。
「待ったは?」
「なしだ」
「……む」
と、アルクスが普段の癖で左眼を瞑り、長考に入る。
「で、どっちが優勢なのよ?」
その右隣――夜天翡翠の嘴を拭ってやりながら、凛華が揶揄うように訊ねれば、
「分かってて言ってるだろ」
真紅の龍鱗布を羽織った青年は胡乱な顔を向けた。
「ふふっ、あたしに拗ねたってどうしようもないわよ?」
白い肌の鬼娘がけらけらと笑って、彼の頬をぐいっと指で押して盤面に向ける。
「……く、ごもっとも」
悔しそうな声音と共に、アルクスは赤褐色の右眼を駒の方に落とした。
この戦術棋譜は、彼の前世で言う将棋とチェスに、兵棋が混ざった代物である。
設定環境は『撤退戦』。アルクスが後退側、もう一方が掃討側だ。
「だいぶ兵が散ってますね」
鬼娘の右隣からひょいと覗き込んだラウラの見立て通り、盤面上の殿軍がバラけ過ぎて、将までの道筋がガラ空きだ。
「移動速度を忘れてた。あっちもこっちも騎兵だし……だぁ~初手しくじった」
殿軍に反転攻勢させようと思ってたのに。と、アルクスがボヤき、
「今更取り返しつかないんじゃない?」
「綺麗に詰められてますし」
鬼娘と朱髪少女が「ね?」とばかりに顔を見合わせる。
「妙にヘンドリックが強いんだもん」
「まあ僕は小さい頃から兄や軍関係の者に手解きしてもらってたからな。――にしても意外だった。アルクスはこういうのもてっきり強いとばかり」
嫌味っ気もなく、ヘンドリックが不思議そうな顔をすると、
「アルさんは盤面じゃなくて盤そのものを俯瞰的に見ますから」
ですよね? と、ラウラがと琥珀瞳を想い人に向け、
「何ならその殿を引き受けるのがアルってか、あたし達だもの」
と、凛華が続ける。
「ああ……なるほど」
それで、すんなりと理解したらしい。ヘンドリックが得心のいった顔をする。
「ん、や、まあね……うん」
が、頷いてみせたアルクスの返答はどうにも芳しくない。
確かに、彼女らの言う通りな部分はあるのだが……何のことはない。
単に集中し切れていないのである。なぜなら――
「……」
じぃぃ~……っと、左隣のシルフィエーラから何やら視線が送られてきているからだ。
「あの……エーラ?」
おずおずと呼び掛けてみれば、
「なーに」
くりくりっとした緑瞳は向くのだが、机にどっかりと突っ伏したまま、濃い小麦色の頬をこれ見よがしにぷっくり。
眉間にも薄っすらとシワが寄り、声の調子も普段より少々低い。
明らかに不満げだった。
「えっと……俺、なんかした?」
アルクスが気まずそうに訊ねるも、
「べっつにぃ~? なーんにも」
と、つまらなそうな声が返ってくる。
「そ、そう……」
(絶対嘘じゃん。なんか含む――てか含みまくってるじゃん)
と、心中でしっかりとツッコミを入れつつ、然れど経験則によって口には出さない。
言えば最後、余計にへそを曲げるからである。
(どうしよ……)
何とも落ち着かず、戦術棋譜などそっちのけでそわそわしているアルクスであったが、
――いや、なーんにもしてないからよ(ですよ)。
鬼娘と朱髪少女からすれば、このひと言に尽きる。
「…………まったくもう」
シルフィエーラは、気付いてしまったのだ。
(ここ半月、ボクのこと放ったらかしなのに)
下手したら今週末でさえ、昨夜の約束によってこの朴念仁がまた他の女と――大事な仲間で幼馴染とはいえ――2人っきりでどこかに行くのでは? と。
ゆえに現在、学院長から受けたばかりの助言に従って、盛大に拗ねてヤキモチを妬いているのである。
――やれやれ。
凛華とラウラが微笑ましいのやら、鈍感さに呆れたら良いのか、顔を見合わせて含み笑いを交わすなか、
(あー……)
耳長娘の声にびくりとしたアルクスは、何やら思考を廻らせ、やがて「あっ」とひと声。
「そ、そうだエーラ。今日か、明日さ」
と、何か言い掛けたところで――がらり。教室の戸が開くなり、
「おーい、アルー。ちっと良いかー? 俺らに相談だとよー」
ひょっこりと顔を出したマルクガルムが間延びした声で呼び掛けた。
――なんて間の悪い。
凛華とラウラ、だけでなくシルフィエーラの思考までも合致する。ヘンドリックは苦笑する他ない。
「えっ? あー……相談?」
きょろきょろと親友の方と耳長娘を見やり、アルクスは思わずそう口にした――が、後ろめたかったのか、「後で誘うよ」と言い訳染みたことを咄嗟に口走る。
「むー……しょうがないなぁもう」
と、言いつつ、シルフィエーラの口調が仄かに変化。つっけんどんな雰囲気が引っ込む。
「相談って誰からなのよ?」
凛華が問い掛ける――も、直ぐにその答えは分かった。
「イリスちゃんと、カタリナさん?」
マルクガルムの後ろにソーニャが続いているのは当然として、1回生の2人。
おまけに訳知り顔の鉱人娘アニス・ウィンストンに、いっしょに昼を食べに行ったラインハルト・ゴルトハービヒトまで居る。
「相談って何のことだろね?」
「さあ……?」
不思議そうな顔でシルフィエーラとアルクスが顔を見合わせる。
こうして『不知火』は昨夜、イリスとカタリナが女子寮で体験した事件のことを知る運びとなった。
「――というわけでして、女子寮の方では『怪人が出た』と噂になってるんですの」
イリスが語り終えるなり、
「「「ちょっと面白そう」」」
アルクス、凜華、シルフィエーラはまったく同じ感想を口にした。
「絶対言うと思った」
マルクガルムが葡萄茶色の生え際に手をやって灰紫の半眼を向けるも、
「だって『怪人』とか言われたらさ」
「見てみたくなるじゃないの」
「うんうん。学外ならともかく、学内だよ?」
3人が動じることもない。
「もうっ、真面目に聞いて下さいまし!」
べしべしっ、と従兄の傍までやってきたイリスが机を叩き、夜天翡翠が少し迷惑そうに「クカカッ」と抗議めいた啼き声を上げる。
「聞いてる聞いてる。でもあんま大事になってないっぽいし、七組でも大して騒ぎになってないしさ。一年の方で、なんか実害でも出た?」
と、落ち着き払ったアルクスの眼が、この場に居るもう1人の1回生に向いた。
「あ、いえ、今のところは被害もないんですけど……結構恐かったので、寮の方では朝からその話題で持ち切りなんです」
窓についてたのも本物の血だったそうですし……。と、カタリナが少しばかりそわそわしながら応える。
すると、直ぐに反応があった。
「本物の?」と、いの一番に栗色の細眉を跳ね上げたのはソーニャだ。
「アニスも寮生だろう?」
本物の血ともなれば話題性があるし、何よりこの鉱人娘なら「ちょっと聞いてよ!」と、朝イチで喋りそうなものだ。
そんな意味合いの籠もった萌黄色の視線が横合いに飛ぶも、
「その騒動が起きたのは九時前、と言ったな? だったらアニスは知らないはずだ」
鉱人娘の隣に座りしな、ラインハルトが否定した。
「む、そうなのか?」と、騎士少女の声。
「そうなのさ」と、くりくりの赤毛を縦に揺らして首肯するアニスに、
「僕とラインハルトは昨日、食事を摂ったあとも稽古をしてたんだ。それで遅くなって、『小腹が空いたから食堂に行こう』って話になったんだ。で、食券機が止まる九時ギリギリに駆け込んだら――」
眼鏡の鼻当てを押し上げたヘンドリックが続き、
「お師匠様んとこに残って課題やってたアタシとかち合ったってわけさ!」
最終的に鉱人娘が締めた。
「あ、じゃあボクらが帰ったあとも作業してたんだ」
納得した様子のシルフィエーラが振り向いて訊ねると、
「そそっ、だって一等技士の工房長が居るんだよ? しかも現役で開発もやってるってんだから、アタシが帰る理由ないじゃん!」
まっ、お師匠様から『夕餉にありつけんぞ』って帰されたけどさ! と、きらきらな褐色瞳と弾む声が飛んでくる。
「昨日からこんな感じでな」
身を乗り出すアニスをラインハルトが「どうどう」と押さえ、
「結局、食堂が閉まるのが……えー、十時だから、そのくらいに寮前で分かれたはずだ」
と、切れ長の薄茶瞳を上向かせた。
「んじゃアニスはマジに何も知らねえのか? 噂してたー、とか。隣のヤツが教えてくれたー、とか」
マルクガルムが先に騎士少女を座らせながら問えば、
「それがさー、もう寮監とか大人がバッタバタ。戻ってきたアタシに警備の人が、『直ぐに私室に戻ってなさい』って。だから、お風呂も朝入ったくらいさ」
アニスは赤毛をひと房掴んでみせながら言葉を一度区切り、
「そういや女中さんがブツクサ言いながら窓拭いてたね。あそこに血がついてたのかなぁ」
と、応えた。
「そうですか……あっ、貴女方は昨日の怪人騒動について何か知りませんか? 寮ですよね?」
それを聞いていたラウラが近くに座っていた同級生の獣人――狐耳と尻尾が特徴的な女生徒に訊ねる。
「え? あー昨日のね。さあ……? 急に真っ暗になって『戻った』と思ったら悲鳴が上がったって感じだね。上級生の居る三、四階じゃ魔導燈が消えたくらいで怪人ってのも見てないらしいし、『タチの悪い悪戯なんじゃないか?』って話も出てるっぽいよ」
「悪戯……ですか。なんとなく、大々的な捜査が行われてない理由は分かりました」
実害もないし、曖昧なんですね。と、朱髪少女が呟く。
「なに、あんたらあの騒動の犯人捜しするつもりかい?」
狐耳少女の問い掛けに、アルクスは「まーね」とひと言。
「イリスは『悪戯じゃない』って思う何かを感じたから、相談に来たんだろ?」
赤褐色の瞳をすっと向ければ、威勢の良い従妹は「さすが兄様、その通りですわ!」と大きく頷く。
「へ、そうだったの?」
と、カタリナの小声。どうやら何も聞かされていなかったらしい。
「ふぅん。で、その何かって?」
凜華がド直球ながら聞き上手な姉の如く、青い瞳を優しく細める。
「はい。窓に浮かんだ光のことですわ。下から見上げる構図でしたし、距離もありましたから確証はありませんけど、あの色……――私が誘拐されたときの蓄光塗料のものに似てましたわ」
イリスはひとつ頷くと、胸を張ってそのように述べた。
途端、その話を知らぬ4名が仰天。
「へっ……ええ!? ゆ、誘拐!?」
と、色素の薄い茶色眼を大きく開いたのがカタリナ。
「そんなことあったの!?」
と、口を大きく開け、ぐいっと身を乗り出したのがアニス。
「誘拐とは……どうりで胆が据わってるはずだ」
と、何やら疑問が氷解したようで、1人納得しているのがラインハルト。
「誘拐……誘拐? あ、そういえば二年くらい前、父上が激怒してたな。うちの遠い縁戚で乗っ取り騒動が起きてたとか何とか」
もしやその件なのか……? と、何事か閃いたらしいのがヘンドリックである。
「ま、その話は一旦置いときなさい」
しかし、凜華があっさりと本題に戻し、
「うむ、そうだな。蓄光塗料と言うと、あの時つけてた髪飾りだな? そんなに似てたのか?」
ソーニャが狭めの眉根を微かに寄せて訊ねる。
「ええ。あの淡い色や光り方、かなり似てましたわね」
直ぐに消えましたけど。と、イリスは頷き、
「それに、怪人怪人と皆さん仰ってますが、私には人影に似た何かにしか見えませんでしたわ」
と、続けた。
「あ……だから」
あんな顔してたんだ。と、カタリナが納得したような声で呟く。
「なぁる。つまり、『悪戯にしちゃあ手間が掛かり過ぎてるし、ンな面倒な真似をしたからにゃあ何か狙いがあったんじゃねえか?』って、イリスは考えてんだな?」
人狼青年がそのように纏めると、
「その通りですわ、マルク様!」
お話がお早いですわね! と、彼が端の席に居るのを良いことに、イリスはパァっと顔を輝かせるなり、たくましい腕にぎゅう~っとしがみついた。
「ちょ、こらイリス!」
はしたないぞ! とのソーニャの慌てた声を聞き流しつつ、
「で?」
「アルさん」
「どーする?」
三人娘は、師匠譲りのくせで顎を擦り、左眼を瞑るアルクスに視線を向けた。
この場合の「どーする?」は調べるか否かではなく、「どうやって調べる?」である。
「そうだなぁ、女子寮だしー……うん。よし、そんじゃ放課後、うちの女性陣四名で内部から、俺とマルクで外部から調査してみるか。翡翠も手伝ってくれるかい?」
彼女らの意図をしっかり汲み取って、アルクスは左眼を開けた。
「「「はーい」」」
「了解だ」
「カァ~!」
『不知火』の女性陣と使い魔が即応。
「おーう。つってもよ、アル。俺らが女子寮の傍うろちょろしてたら怪しまれるんじゃね?」
が、マルクガルムが真っ当な反論を飛ばし、
「ああ、そりゃそっか」
と、アルクスがその先を述べる前に、
「それなら私が外についていきますわ! 事情の説明なら私にお任せ下さいまし!」
ふんす! と、鼻息荒く手を上げる。
どう見ても事情の説明とやらの為ではなさそうだ。
顔に書いてある。『放課後もマルク様と居たい!』と。
「こ、こらイリス。まったく」
「まぁまぁ」
あなたはいつも拠点家でいっしょでしょ? と、ラウラが小声で義妹を宥める。
「ははっ、じゃイリスに付き添いを頼もうか。ってわけでカタリナ、悪いんだけどうちの四人に案内頼めるかい?」
その様子に『罪作りなやつだなぁ』との苦笑を洩らしたアルクスは、首を振り振りしている男爵令嬢に訊ねた。
「えっ、えっ? あ、はいっ! 大丈夫です!」
手早いやり取りに置いて行かれかけていたカタリナが、直毛の黒茶髪をさらりさらりっと縦に揺らす。
「そんならアタシも手伝うよ。窓見たりすんでしょ? ついでにどこらへんについてたか他の部屋の子に訊いてみる!」
次いで、後ろの席でアニスが小さな細身で跳ねるように手を上げ、
「そういうことなら僕も手伝うぞ。生半だが、辺境伯家で調査技術も仕込まれてるからな」
「俺も手伝わせてくれ。そういう依頼があった時の手管を覚えておきたい」
ヘンドリックとラインハルトも続く。
これで、調査人数は依頼者を除いて9名と1羽――充分だ。
「ありがとうございますわ!」
「あ、ありがとうございます!」
イリスとカタリナは顔を見合わせ、前者が嬉しそうに、後者が仄かな申し訳なさと安堵を綯い交ぜにして頭を下げた。
「ってわけで、あとは放課後――」
と、話を締めに掛かったアルクスであったが、龍鱗布の裾がくいくいっと引っ張られる。
「ん?」
左を向いてみれば、
「ねね……そのぉ、『後で誘う』って何のこと?」
ずっと気になっていたらしい、もじもじと伏し目がちな緑瞳があった。
「え、ああ、えーっと」
咄嗟にアルクスは言い淀み、
「や、茶屋にでも誘おうかと思って」
と、続ける。
「茶屋?」
「うん、ちょっと重めな軽食とかも出すとこでさ」
「……ふぅん?」
食べ物で釣ろうと思ってる? と、言いたげにシルフィエーラの緑瞳が薄っすらと細められる。
しかし、アルクスとてこの可愛らしい耳長娘との付き合いは長い。
「西区の端っこにある『竜胆茶房』ってとこでさ。知ってる?」
「んーん、知らない」
「なら良かった。そこ、森人の夫婦がやってる店でね。花茶とか薬草茶とか、自分の好きな組み合わせで調合したお茶を買えるんだよ。あ、店でも呑めるよ」
店内にも乾燥させた花とか根っことか、ぶら下がっててね。と、アルクスが言えば、
「ふ、ふぅん。……ちょっと面白そうかも」
シルフィエーラは尖り耳をぴくんっ。
しっかり興味をそそられたらしく、身体ごと彼の方を向いた。
こうなればしめたものである。
「だろ? エーラが気に入りそうな店だなぁと思ってさ、お茶を頼むついでに店先で話も聞いてきた。どう? 行ってみない?」
アルクスが内心で胸を撫で下ろしつつ、飾り気の欠片もない真っ直ぐなお誘いを口にすれば、
「行くっ!!」
と、やや食い気味な了承――と、同時。
鼻先同士がくっつきそうなほど、シルフィエーラは身を乗り出していた。
輝くような笑みも咲かせている。先刻までの膨れっ面はどこへやらだ。
想い人が自分の趣向をちゃんと把握していて、きちんと店の確認までしていたのだから、頬も緩みまくるというもの。
「どっ、お、おお……それなら行こっか」
アルクスは耳長娘の勢いにびくんっと肩を跳ねつつ、「ちょ、調査を片付けたらね」とほっそりした彼女の肩を押さえ――切れなかった。
「ぃよしっ! じゃ、ぱぱっと調査済ませて、ささっと犯人捕まえよっ!」
歓喜爛漫なシルフィエーラが跳ねるように立ち上がり、
「「まだ昼休みよ(ですよ)」」
凜華とラウラが仄かに羨ましそうな、然れど『ま、しょうがないかなぁ』といった顔でツッコミを入れ、
「……現金なヤツ」
「ふ、まあ良いではないか。にしても……昨日、学院長殿が言ってた通りだな」
半眼のマルクガルムにソーニャがくすりと微笑んで囁く。
「何かあったんですの?」
イリスがぺた~っと人狼青年にひっつき、
「アルクス先輩ってやっぱり……」
と、おろおろしながらも呟かれたカタリナの声に、
「せぇ~かいっ!」
「よせ、アニス」
びしりっとアニスが指を突きつけ、ラインハルトがやんわりと止める。
「アルクス、どうでもいいが然り気なく盤の前後をひっくり返すのはなしだぞ」
と、ヘンドリックが微苦笑を浮かべて釘を差す。
「……バレてたか」
こうして、『不知火』と仲の良い同級生3名は、女子寮で起きた『怪人騒ぎ』の調査に繰り出すことになったのであった。
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