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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
魔導学院編ノ參

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2話 学期末試験(虹耀暦1288年7月:アルクス16歳)

今回は前話からひと月近く経った後のお話です。


学院生活らしさが出ている回+前章の真相解明話でもあります。読んで頂ければありがたい限りです。

 7月初頭。


 空気がすっかり変わり、夏の陽気が差す帝都はじわじわとした熱気に支配され、その割にからりとした風が街路樹の緑葉を吹き流している。


 底の浅い川沿いに植えられた柳を見た時は、前世の記憶を刺激され、「初めて見たはずなのに、ちっともそんな気がしない」と零したアルクスであった。


 そんな彼が率いる『不知火』が在籍している学び舎、帝立〈ターフェル魔導学院〉では、1年間の総仕上げ――つまり、学期末試験が実施されていた。


 1、2回生は今日から3日間。3、4回生は4日間だ。


 各科目につき、制限時間が50分。


 これで単位取得可能点に達していなければ落第となり、もう1年同じ学年で頑張りましょう。となるわけだ。


 余談だが――1、2回生の内に落第した者は大抵の者がこの学び舎を去り、逆に3、4回生は1度の落第程度で辞めたりする者はほとんどいない。


 なぜなら3、4回生から己の望む学科に進学し、専門分野を学ぶからだ。


 当然1、2回生の学ぶ内容よりも複雑で、将来の夢に直結する内容ともなれば、一つ年下の同級生と肩を並べて学ぶくらい何ともないのである。


 また、1回生は試験科目の全てが必須だ。単位を全て修得しないことには2回生に上がれない。


「うあー、やべえ……! 緊張してきた!」


「大丈夫かなぁ……? 中間と同じような出題傾向なら、まだ何とかなりそうだけど」


「他はいいけど最終日だよ、最終日! なんで実技が最後の最後なんだよぉ~!?」


「じゃ最初が良かったってかい?」


「それはそれで嫌だぁ~!」


「……術式同士を構成する……ブツブツ…………ブツブツ」


「やめてよ! 緊張の虫が移っちゃうじゃない!」


「試験勉強だろ!? お前もしろよ!」


「わたしは試験前は精神統一するって決めてんのよ!」


「だったら俺の独り言くらい聞き流せよ! こっちは進級掛かってんだ!」


「それはわたしもだっての!」


 と、このように緊張感に満ち満ちたざわめきが教室が支配するなか――……。


「はーい、そろそろ試験始めるよ~。さっ、参考書仕舞って~。写帳(うつしちょう)(ノートのこと)もだよ。はいはい、小さな覚書(おぼえがき)も。どこかに仕込んだりしてないかな? 不正してたら発覚次第、全教科〇点になるからね」


 担任教授コンラート・フックスの監督の下、1年7組の学期末試験が始まった。




 初日。1時限目、『魔術史学』。


 問 虹耀歴 216年に生み出されたとされる、今日(こんにち)でも利用されている術式の発動方式と人間の発見者の名前を答えよ。


(『刻印術式』、と。発見者は…………発見者? 誰だっけ?)


(これなら余裕だぜ)


(人名……覚えるの苦手なのよねぇ)


(うー、あー、『刻印術式』はわかったけど~……誰だったかなぁ)


(ええと……最初の文字がラ……じゃなくて、レ……でもなくて、ル。ル始まりだったはず)


(これは確か……あれだったな)


 相変わらず歴史に強いマルクガルムがすらすらと、次いでソーニャがささっと、残り4名が思い思いにコメカミをぐりぐりしながら試験を終えた。


 


 2時限目、『鍵語(けんご)学』。


 問 次の魔術鍵語を含む定型術式に()()()()()()()()()は、次のうちどれか、選びなさい。


 1)火炎槍


 2)雷閃花(らいせんか)


 3)障岩壁(しょうがんへき)



(らくしょ~う)


(……何の鍵語だっけこれ? 『速度』? 『圧縮』? やっべ、ド忘れした……じゃねえ。描いてみりゃ良いのか)


(『圧縮』ね。ってことは『2』で正解)


(昔アルに教わったっけ? 『雷閃花』は攻性魔術でも根っこから違うんだよ~って)


(えーと、『2』と。これは簡単。引っ掛け問題?)


(これなら描かんでもわかるな)


 爆速で解き終わって答案用紙を裏返したアルにコンラートは苦笑し、次いで残りの生徒達が一部、空に指を踊らせながら試験は終わった。




 3時限目、『魔導機構学』。


 問 下記の図は魔導燈(まどうとう)の回路図である。このままでは魔力を流しても動作しない。どこが問題点か、文章で示し、正しい図を描きなさい。


(えーと……ああマズい。課外授業のせいで回路を見たら眠気が……)


(ねっむ。いかんいかん。放課後じゃねえぞ……と)


(あたしって、こんなにややこし――くもないわね……? 意外と簡単)


(えーっとぉ、これがこうで~。ちょっと楽しいかも)


(ここが逆で……ああ、この術式も接続部が間違い、と)


(むぅ……アニスのおかげで何とかわかるな。製図は苦手だが)


(あっはははは! アタシの天下だぁ~! ラクショーラクショー!)


 約1名――というかアニスがニッコニコ、残りの半数が「むむむ」っと眉間にシワを寄せて渋面を作り、残りの半数が「……眠気が」と目をシパシパと瞬かせている内に試験が終わった。




 昼休みを挟んで4時限目、『術学』。


 問 今日(こんにち)、帝国で使用されている多くの術は、一つの術に多数の術式を含んでいる。それらの術同士を結んでいるものを、何と呼ぶか答えよ。また、下記の『火炎槍』の術式に含まれるそれらを指摘せよ。


(『繋号(けいごう)』っと。軽い軽い)


(『繋号』は良いけど……どれだよ?)


(これと……これ? だったかしら?)


(うーわ、どれだろ!? 完成してるのばっかしか覚えてないんだよねぇ)


(これは大丈夫。ふふっ、アルさんと『蒼火撃』を創ってた頃が懐かしい)


(む~……? 『繋号』はわかるのだが、これとこれ、で合ってるのだろうか?)


 やはりアルが爆速で、ラウラが比較的早めに、残りの大半が少し悩んだ表情で終了。これで初日の試験が終わりである。


 ちなみに、3時限目終了時に自信満々であった鉱人娘は、4時限目が終わった頃には「ぼへぇ」っと脳みそを搾り尽くした顔で机に突っ伏していた。




 二日目。1時限目、『魔法学』。


 問 太古の昔、森人族と鉱人族は祖を同じとする人間であった、というのが研究者のなかでも通説化している。その理由の大きな要因となった彼らの魔法を答えよ。


(【精霊感応】、と。これわかんなかったらエーラにどやされちゃうよ。こういうの、何て言うんだっけ? あ……サービス問題、だったっけ?)


(俺ら――どころか七組の正答率十割だろ)


(ふ、簡単よこんなの)


(ボクらの問題じゃん! あはっ、やっぱ多いんだねぇ)


(ふふっ、悩んだって言ったらエーラに何て言われるんでしょう?)


(我々には余裕だな)


 どこか余裕そうな雰囲気で1年7組の生徒達は試験を終えた。10分間の休憩中にシルフィエーラとアニスがわちゃわちゃと騒いだおかげで、その問題だけは全員が正解を確信したそうな。




 2時限目、『魔獣・魔物学』。


 問 魔獣は基本的に人身を害するものだが、その中でも有益と有害に分類される。その中でも有害な魔獣に対する駆除剤の開発が進められているが、今日(こんにち)でも未だに軍や武芸者、猟師による直接的な駆除が推奨されている。その理由を記述せよ。


(薬の類は効きが悪いんだったかねぇ……?)


(変に耐性つけた個体が出てこられちゃ、手間ぁ増えるもんなぁ。かと言って〈ゼーレンフィールン〉の時みてえに麻薬撒くってわけにもいかねえだろうし)


(これは簡単ね)


(ニオイでもギリギリだし、結局、自分じゃ勝てなそうな魔獣のニオイを避けるってだけだもんねぇ)


(武芸者なら割と常識……でもないのかしら?)


(マルク達に教わったおかげで簡単だな)


 二日目の疲労もありつつも、一部の生徒は冷や汗を流し、『不知火』や武芸者協会に入り浸っているラインハルトはすんなりと答案用紙を埋めていった。




 3時限目、『癒学』。


 問 魔獣の牙による咬傷を腹部に負った者を治療する際、下記より()()()()()行動を選べ(複数選択可)。


 1)本格的な治療をするには設備が足りていなかったので、出血を抑えるために患部を包帯で強く巻いて運んだ。


 2)1)と同様の理由により、糸と熱した針で腹部の皮をきつく縫ってそのまま運んだ。


 3)速やかに横たえ、装備や服を切除の後に患部を検め、『治癒術』を使用した。

 

 4)『治癒術』を覚えていたので、直ぐに行使した。



(『2』と『4』)


(『2』と『4』)


(『2』と『4』)


(『2』と『4』)


(『2』と『4』)


(『2』と『4』)


(ええと……魔獣の噛み傷は悪化する可能性があるから『4』は絶対にマズくて。あとは……腹部に、噛み傷? あ、内臓に達してる可能性もあるか! それなら――)


 『不知火』の6名は当然とばかりに、辺境伯領で一通り外傷の処置を学び、実際に生傷を見たこともあるヘンドリックなどは満足げに試験を終えた。




 4時限目、『錬金術』。


 問 次の素材のうち、最も靭性(じんせい)の低いものから順から並べよ。


 1)翡翠


 2)金剛石


 3)純鉄


 4)純銅



(えーと……最初は『2』で確定。『3』、『4』の順も確定。『1』は……あれ? 翡翠って靭性高かった、よな?)


(翡翠は……どっちだったか。結構高いんだったか? いや、極端に低いんじゃ――……あれ? それは別のだったか……?)


(一瞬焦ったけど、翡翠が引っ掛けね。あの子は今何してるのかしら? お昼寝の可能性が高そうね)


(翡翠が一番高いっ! ……と、良いなぁ。あぁ~、翡翠今頃どうしてるかなぁ)


(非金属鉱物と金属鉱物なら……あ。いえ、確か翡翠は高かったはず。そうなるとやっぱり少し意地悪な問い、なのかしら?)


(む……? 靭性……靭性か。硬度じゃないのだな?)


 アルの前世で言うところの科学や化学を含んだ教科だ。誰もが当たり前の自然法則ながら、最も馴染みの薄い感覚に四苦八苦しつつ試験を終える生徒達であった。


 これで、二日目が終了。残すところ一日。三科目だ。


「ねーねー、そっちどうだった~?」


「今んとこ単位は堅い。でも点数はイケてねえ~、って感じ」


「……マジで危なかったぁ。中間でマトモな点取っといて良かったぜ」


「お、おい、大丈夫か?」


「……ダメだコイツ。魂が抜けてやがる」


「そっとしといてやれ。昨日から詰め込んでたのが全部流れ切っちまったんだ」


「流れ切っちゃダメじゃね?」


「あと一日あるって忘れてないかい?」


「兎に角っ、泣いても笑ってもあと一日よ! 頑張りましょ! ねっ!?」


「ねえなんで俺にだけそんなこと言うの!? 留年しないから! 最後の思い出みたいに言うのやめろよ! 回収の時に答案ちらっと見んのもやめてくんない!? 心臓に悪いんだって!」


 と、7組に普段の賑わいが戻りつつも、やはり足早に皆解散していき――……。




 明けて三日目。1時限目、『精霊学』。


 問 『因果性の二律背反』とは何か。精霊を具体例に挙げて記述せよ。


(やっぱ哲学染みてるよなぁ。何てったっけかな。『卵が先か、鶏が先か』……だっけ? って、これ今世(こっち)でも聞いたような……?)


(えー……ってなると、なんだ? 闇があるから闇の精がいて、闇の精がいるから……って、なんか違えなこれ)


(……面倒ねぇ。こういう頭ん中で捏ねくり回すの、好きじゃないのよ)


(光の精がいるから光があるのか、光があるから光の精がいるのか……だねっ! でもこれ、実際どうなんだろ? 風の精に置き換えたら、ちょこ~っと感覚違うかなぁ。先生もそう言ってた気がする)


(うぅん……答えはわかるけど、妙に考え込んじゃうかも。エーラやアニスにはどう視えてるんでしょう……?)


(うむ。今ハッキリわかった。やはり私はこの科目、苦手だ。思考がこんがらがる)


 今までの学術的な試験から一転、何とも掴みどころのない感覚を言語化するという50分に悪戦苦闘する生徒らであった。


 終えた後、「問題こそが精霊のようだった」と述懐していた同級生の弁は、1名を除いた『不知火』の面々にも深い共感と共に記憶されている。




 2時限目、『魔導薬学』。


 問 熊胆(ゆうたん)、竜脳、トリカブトの根、桂皮、ケシの実、ニガヨモギを主軸にして作られる代表的な魔導薬は何か。また調合、服用する際の注意点をそれぞれ述べよ。


(『強壮薬』っと。『不知火(うち)』じゃまだ使ったことないなぁ。レーゲンさん達も使ってるの見たことないし……やっぱ薬に頼らないで良いようにするのが一番か)


(トリカブトの根は強毒、ケシの実は麻薬の原料……と。こう考えたらとんでもねーな。毒と薬は紙一重ってなぁ、よく言ったもんだぜ)


(『強壮薬』っ! ふふん、これならイケるわ。そういえば、『不知火(うち)』は寒い時用の水薬しか使ったことないわね)


(う~ん、そういえば『強壮薬』って結構前は軽い中毒になる兵士とか武芸者が居たって、薬屋のおばちゃん言ってたっけ? 飲み過ぎ注意だね~)


(固形と液体で用量が大きく違う……あとは、現代でも軽い依存性がある……それから……)


(一度の大量摂取には致死性がある、と。協会でも販売数は制限してたな。使うどころか、買う機会も全くないが)


 やはり初日や二日目とは大きく毛色の違う試験内容であったが、現物を見たことのある『不知火』や一部の生徒は割合平然と、そうでない生徒は覚えた内容を必至に答案へ書き写していく時間となった。




 そして最終科目、『実践魔術』。


 1回生の課題は、出現した的へ7秒以内に定型術式を()てる、というもの。また1回生に限っては的の総数も15と少なく、7秒数以内であれば何発撃っても構わない。


 更に6(クラス)合同で運動場を区切って実施する。7組は後半だ。


 先に身体を動かして、筆記で脳を動かす方が良いのか。はたまた脳みそを限界まで振り絞った後に、心置きなく身体を動かす方が良いのか。


 答えは女神のみぞ知る――と、言いたいところだが、ぶっちゃけ多少の個人差はあれど、()()()()()()()。というのが元学院生であり、現教授陣の見解である。


 そんな教授らに連れられた1回生は現在、運動場にいた。


 実技課題を前にして泰然としているのは20名にも満たぬほど。残りは緊張感から口数が増えたり、手足をぷるぷると動かしたり、と云った具合なのだが――……。


「昼前だからこれだけだぞ?」


「クカカッ、カァ~」


 彼らがほどほどに小さく見える学食の外部(テラス)席。8名ほどで囲める小さな円卓上にて。


 ダラけた雰囲気のアルは一人と一羽で、半分に割った林檎を仲良く分け合っていた。


 シャリ、シャリと果肉に(くちばし)を立てる三ツ足鴉は主人を待っている間、相当に暇を持て余していたらしい。


 ご機嫌でアルの手元から脱け出そうとしない。卓にちょこんと座って、差し出された林檎を(ついば)んでいる。


 そこに、ぬう……と影が差した。


「クァ? カァ~!」


「こんにちは、学院長」


 くりくりと頸を回した夜天翡翠の「くらいよー? あー!」とばかりな啼き声、そして特に驚いた様子もないアルの挨拶。


「おう、”鬼火”の小童や。試験はどうした?」


 その巨躯でどうやったのか、音もなく歩み寄ってきたのは巨鬼族の学院長――シマヅ・誾千代(ぎんちよ)であった。


「まだ試験中であろう? よもや、一年目からサボりか?」


 愉快そうに細められた金瞳がジロリと見下ろす。


「違いますよ。『実践魔術』の課題は免除が出てるんです」


 首が凝りそうな角度で見上げ返していたアルは肩を竦めた。


「ほう。雑に聞き流しとったが、あれはお前であったか。ま、想像に難くはないがな。それほど容易かったか?」


 くつくつと笑った誾千代が問えば、


「模範に選ばれたのが『不知火(うち)』の誰かなら、ここで挨拶してたのはその誰かでした」


 小生意気にも断定で返す。つまり、己を含めた6名なら児戯にも等しい、と言っているのだ。


「かっははははは! そうであろうや! ()れはあの件から此方(こっち)度々(たびたび)あの街まで出向く羽目になってな。まぁ~、随分な暴れっぷりであった」


 そりゃあ実技試験なぞ、ガキのママゴトにも等しかろうや。と、誾千代は腹に響く声量で呵々大笑した。


「え、あれから〈グリュックキルヒェ〉に行ったんですか?」


 アルが細くも太くもない眉を跳ね上げて驚く。


 すると、年齢不詳の巨鬼族は「ちと長くなるでな」と断って、椅子を3つほど引いてどっかりと座り込み――……。


 やや草臥(くたび)れた顔で続ける。


「仕方あるまい。うちの卒業生が首謀者の一人であったのだ。心証なぞどうなろうと知らんが、検分は要る。申し訳なさもある。それ以上に看過できんこともあったでな」


「卒業生……って言うと、フックス先生の同級生だったっていう、キーガン……」


「シャウマン。一等魔導技士、だった」


 誾千代が応えつつ、葉巻の吸い口を切って指先から出した火で炙る。


「その人は結局、何が理由で『胎星派』に与してたんです? 〈魔導自律人形〉を動かしたのって、あの人なんでしょう? 戦ってる最中にゴチャゴチャ言ってましたけど」


 アルにとっての印象は、はっきり言ってそれくらいしか残っていない。半魔族であることをバラしてくれやがった下手人の一人、だ。


「妻と娘を事故で亡くし、家族を取り戻す為、あのような凶行に手を貸した――……と、己れも途中まで思っとった。てっきり『胎星派』に唆されたのだ、とな」


 誾千代の低い声が紫煙と共に空へ昇る。


「……違ったんですね」


「おうさ、違った。違っとった。どっぷり……どころじゃあ、ねえ。奴がおらなんだら、あの事件は起こっとらんかったのよ」


 衝撃的な真相……のはずであったが、アルは驚くこともなく。目を見開くこともなく。表情一つ動かさず。それどころか納得した表情すら浮かべ――。


 少し沈黙した(のち)、夜天翡翠の頸を掻いてやりながらこう訊ねた。


「……連中の使ってた”使命の刃”とかいう使い捨ての短剣――……そのキーガンって人が流通させてたんですか?」


「お前、そこまで読んでおったか」


 誾千代がギロリと金瞳を向ける。その瞳に浮かんでいるのは、半ば驚愕、半ば呆れであった。


「俺も”使命の刃”の件では協会に喚ばれてますし、うちでも話し合ってましたから」


 可能性の一つ、でした。とアルは前置きして続ける。


「あの事件で『胎星派』の連中が使ってた装備のほとんどがそれ――使い捨ての魔導具です。おまけにそこそこの量の傭兵――……まぁそう名乗ってる犯罪者でしょうけど、ああいう連中が自分を安く売るとは思えません。大砲だってありました」


「……金回りが良過ぎる、と?」


「はい。後で聞きましたけど、フックス先生が魔導騎士時代、資金源から根こそぎぶっ潰したんでしょう? だとしたら新しく金を産む手段が必要になります。信者からの献金じゃ、あれは無理ですよ。


 傭兵もどきの装備だって、使い込んではありましたけど粗悪品じゃありませんでしたし。何より〈魔導自律人形〉の核は小型化された魔導機関です。実用段階じゃなかった、一基しかなかった、にしたって献金だけじゃ不可能です」


「――――」


 誾千代は何か言いたげに口を開き、やがて黙って金瞳をぐるりと回した。口を差し挟む余地がないほどに、眼前の青年――否、『不知火』の推測が当たっていたからだ。


「あとは学院長の仰った通り、キーガンって人がいなかったらあの乱痴気騒ぎが起こらなかった、ってので可能性を絞りました」


 合ってますか? と、アルが涼しい顔で訊ねる前に、


「可愛くない推論を堂々と言うでない。鋭過ぎると嫌われるぜ、”鬼火”や」


 誾千代が釘を刺す。要は、大当たりだということ。


「統合した意見をぶつけてみただけです。それで、やっぱりあれを流してたんですか?」


 アルが素知らぬ顔で訊ねると、巨鬼女は悪辣にも渋面にも見える顔で葉巻をひと吸いし、ゆっくりと語り始めた。


「ふぅ――――……。そうよ、お前の言う通りよ。事の発端は、七年ほど前。キーガンが妻と娘を同時に馬車の事故で亡くしたことだ。手綱を誤っちまったそうでな――単なる事故だ。今一度調べてみたが、やはり事故であったよ。手綱を握っていたのは、奴がおった街でもそこそこ大きな商会の若頭。仕事に急いでおる途中であった、と聞いた」


「……」


「その若頭が……保身に走る凡愚であれば――死んだとて誰も悲しまぬクズであったなら、キーガンは其奴を殺して終わっとったろうな。だが、そうじゃなかったのよ。奴が慌てて現場に駆けつけた時、其奴は涙を流して己の行いを悔いとったそうだ。奴を見て、地べたに頭を擦り付け、泣いて詫びたらしい。『その場限りの芝居であれば、どんなに良かったか』と言うておったわ。


 商会の頭共々家にやってきて、『どうか若い息子だけは、咎は己が背負うから』とな。奴はそれを聞いても、何も思わなんだ――いや、何も考えられんかったと言っとったな。その時、ふと思い出してしまったそうだ」


「……何をですか?」


 アルは神妙な顔をして訊ねた。


「その数年前、お前の担任に会ったことをだ。まだ魔導騎士を止めたばかりのコンラートの坊主にな」


「フックス先生に?」


「おうさ。己れァよ、正直に言や、あの年の卒業生の中じゃコンラートの坊主を一等に心配しとった」


「え? なんでです?」


 心底わからない、という顔をするアルに、


「今でこそああだが、昔は荒れとったのだぞ。家族を”呪詛(すそ)”で亡くし、心の奥底に狂気染みた憎悪が常に渦巻いとった」


 と、言って誾千代は軽く唇の端を吊り上げて太い牙を見せ――……。


「それが抜けきらぬ内に再会したことで、キーガンに”呪詛”を思いつかせてしまったのよ」


 次いで、やるせない顔でぽつりと言った。


「ああ……そういう、ことですか」


 流れを察したアルがげんなりとした顔で使い魔を膝に乗せる。


「話が早いな。ま、そういうことよ。”呪詛”に目をつけたキーガンの奴ぁ、独自に『胎星派』を調べて回り、同じく”呪詛”に魅入られた宗主を見つけ出して渡りをつけた。『胎星派』の復活よな。それからは、まあお前の察した通りよ。さっきの商会――つうか若頭にか。其奴の罪悪感に付け込んで金を出させた。人目につかぬ倉庫まで借りさせて――――」


「使い捨ての魔導具作り、ですか?」


 引き取ったアルの声は苦み走っていた。


「おうさ。『胎星派』の信徒を増やしながらそれらを製造し、悪党共に売り捌いたのよ。『剣としても使えるが、一発だけなら軍用魔術を放てる』と謳ってな」


 魔術を発動できる、というのと、いつ如何なる時(仮令、戦闘中)でも安定的に魔術を扱える、というのは決して同義ではない。


 それこそ、〈ターフェル魔導学院〉の入学試験に突破した1回生の実技課題が7秒以内に的を撃ち抜く、という内容になっていることからも理解できるだろう。


 つまり、魔力を籠めるだけで一発とはいえ殺傷能力を持った術を撃てる、というのは紛れもない利点なのだ。


「売れたんでしょうね」


「そらぁな。おまけに腐っても一等魔導技士。雑な作りでも指向性と威力だけは安定した()()を作っとるんだから、買い手は日増しに増えてくだろうよ」


 そこまで言って誾千代は葉巻を大きく、ゆっくり吸った。数拍の後、紫煙が漂う。


「それで、帝国最古の街に目をつけて、お誂え向きの遺物を――――じゃない、出土した遺物に目をつけて誂えたんですね?」


 絶望の象徴に。


「そんなところよ」


「取り調べに立ち会ったんですか?」


 耳を持ってる学院長とはいえ、やけに詳しいですね。と、言外に訊ねたアルだったが、


「倉庫の一つ、二つを潰すのも手伝うたぞ。憲兵と共にな」


 しれっと返された返事に唖然とした。


「……マジですか?」


「己れァ、嘘は言わん」


 知っとるだろが。と、誾千代が平然と応じる。ヴィオレッタもそうだが、長寿であればあるほど魔族は平気でこういうことをするのだ。憲兵も苦労したことだろう。

 

 ――いきなりこんな巨鬼族(お姉さん)来たらビビるって。


 内心で憲兵の精神の平穏を祈りつつ、アルはホッと息をついた。


「それなら俺が協会から喚び出しを受けることもなくなりそうですね」


「おうよ。そういう面倒事は大人に任せとけば良い」


 将来のお前は知らんがな。と、平素の空気にさっと立ち戻った誾千代がニヤリと悪辣に笑う。


「お姉さん方にいつまでも任せたいとこですね」


「ハッ! なぁにがお姉さんか。こういう時だけ煽ておって、生意気な小童よ」


 カハハッ! と笑い掛けた豪放磊落を地で行く巨鬼族であったが、「ん?」と笑うのを止め、


「――と、お前なら”使命の刃”の()()()()憂うと思うとったが、そっちも大人任せか?」


 と、訊ねた。しかし、アルはあっさりと首を横に振ってこう言った。


「そっちは未来が見えてるので。知識さえ持ってれば、六等(兵士)級以上なら対処は可能ですから」


「ほう、未来が見えとるとは?」


「”使命の刃”をそういう連中が解析して、複製したとしても性能は原物並が精々でしょうし、もっと複雑化させようとすれば、魔撃銃の末路を辿ります。そして仮令(たとえ)、成功しても現役の霊装に届くには時間が掛かりますし、何よりあっちは魔晶石が擬似じゃありませんから。十中八九、躓くと思います。その程度なら真っ当な軍隊の相手にゃなりません」


 ちなみに、こちらも拠点家(ホーム)にて共有済みの内容である。


「霊装ときたか。そら聖国(クソ共)と直接ぶつかっとるなら、紛い物の粗悪品じゃ脅威にゃならぬわな。ちゅうか魔撃銃まで知っとるのか」


 金瞳をぐるりぐるり、紫煙を「ふぅ――……」と天に吐いた誾千代は呆れ返った。


 ――此奴ら、本当に故郷で帯を緩めてきたのか……?


 思考が戦う者のそれ過ぎる。の割に目の前では、しっかりと寛いでいるのだから始末に負えない。戦時下でもないくせに、戦いが染み込み過ぎている。


「知り合いに銃工房の娘さんがいるんですよ。現役五等級の特殊魔導技士なんです」


 誾千代の複雑な胸中など、ちっとも伝わっていなさそうなアルは呑気にのたまった。


「どういう経歴だ、そりゃあ」


「あ、やっぱそれが普通な反応なんですね」


「特殊持っとるなら武芸者にならんでも食っていけるじゃねえか」


「そこは俺に言われましても」


 なあ? と膝の使い魔を撫でて「カァ?」と、似たような啼き声をもらう。


「ま、その娘と会うことがあれば、己れのとこに連れてこい。銃工房なら知り合いがおる」


 と、軽口めいた口調の誾千代だが、見た目が見た目だ。


「知り合いだらけじゃないですか」


 恐がると思いますよ? と、アルは眉を八の字にして困ったように笑った。


「無駄に長々と生きておるとこうなるもんだ。ところでお前らは夏休み、どうするんだ? また帰るのか?」


 留守にするなら言うておけよ? と、ラウラとソーニャの庇護も受け持っている誾千代が問う。


「いえ、冬休みより日数ないですし、単位の発表もあるんでしょう? 変に戻っても大変だし、大人しく家賃稼いどこうって話になってます」


 黎い髪がふりふりと揺れた。


「しかし、大人しくで金稼ぎか」


 可愛くねえ。と金瞳は言っている。


「良いじゃないですか。あって困るもんじゃないですし、俺はちょっと欲しいものありますし」


 アルが薄めな唇を尖らせた。


「欲しいもの?」


(くら)です」


「鞍? また何故だ? 馬に乗るのか?」


「ちっがいますよ! 地竜です! 隠れ里(故郷)で騎竜を趣味にしたんで、帝都でもやろうと思って!」


「……それで鞍か」


「そうです!」

 

 赤褐色の瞳は生き生きとしている。


 彼の前世、カウボーイが自分の鞍を肩に担いでいるのを映画か何かで見たことがあるだろう。


 今世(こちら)でも近い概念や考え方はあるのだが――……一部の界隈でしか広まっていない。というか軍馬に跨る騎兵や士官はわざわざそんなもの用意しない。


 比較的長距離を移動する馬車の御者は、当然ながら基本御者台だ。


 つまり、何が言いたいのかと言うと、「騎竜用の鞍を作ろう!」というのは完全にアルの趣味だということである。


 色々と言いたいことが浮かんだ誾千代であったが、そこは長寿の巨鬼族。軽~く溜め息をつき、


「まったく、お前は笑えぬほど可愛くないんだか、無邪気で可愛いのかよう判らぬヤツよ。ヴィーも苦労するだろうて」


 ぐりぐりと黎い頭を撫でた。何にせよ突拍子がないところだけは、あの古い友人とも気が合うだろう。


「アルーっ! 終わったわよ~!」


「学院長もいる~! こんにちはー!」


「こんにちは、学院長! アルさん、お待たせしました~!」


 と、そこへ三人娘の明るい声が届き、


「腹減った~。学院長、こんちはっす」


「私も腹が空いた。学院長殿、こんにちは」


 と、更に残り二人も続き、


「あっ! お師匠様だぁ! ほらほら、二人も行こっ!」


「こんにちは――引っ張るな、アニス。袖が千切れる」


「こ、こんにちは、学院長殿」


 と、アニス、ラインハルト、ヘンドリックまで続く。


「よう、我が弟子と生徒らよ。己れに物怖じせなんだこと、褒めてやろう。して、試験はどうであった?」


「ええ~!? 終わったばっかでそりゃないですよ、お師匠様ぁ~!」


「俺も腹減っちゃった」


「カァ? カァ~」


「あら翡翠、ここにいたのね」


「アルに甘えてたんだねぇ~」


「ふふ、翡翠もお腹空いたでしょう?」


「何にすっかなぁ」


「最近、私も妙に腹が空くのだ」


 と、そのまま仲良し3人組、微笑ましそうに金瞳を細めた誾千代らと共に、1回生最後の昼食を楽しむ『不知火』の6名であった。

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