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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
魔導学院編ノ弐 波乱の課外実習編

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23話 約束(虹耀暦1288年5月:アルクス16歳)

クライマックスパートも残り1話となりました。次話にてこの騒動にも決着がつきます。

 しとしとと雨の降り続く〈グリュックキルヒェ〉の広場を奇妙な空気が支配している。


 今朝方から唐突に発生した『胎星派(たいせいは)』による暴動(テロ)


 目的は”呪詛(すそ)”の顕現。その象徴たる”絶望”。


 身長3(メトロン)を超える鋼の巨人――〈魔導自律人形〉。


 軍人の放つ魔術すら物ともせぬそれが圧倒的な剛力を以て暴れ出し、あっという間に悲鳴が混沌を加速させる。


 逃げ惑い、揺れる大地に恐怖し、震えていた住民らにとって、毛ほども表情を動かさぬままに広場を破壊して回る鈍色の巨人は紛うことなき”絶望”であった。


 しかし、若い武芸者らと軍人らが一丸となって戦い、ようやく一矢報いたのだ。


 地に落ちた鋼の太い左腕を見た住民らはその光景に歓喜し、それでも未だ斃れ切らぬ”絶望”の権化に感情の行き場を失っていた。


 希望を抱けば良いのか、それとも「彼らの抵抗もあれが精一杯なのだ」と絶望すれば良いのか。


 ゆえに慣れぬ緊張感に生唾を飲み下し、潜めるような吐息と共に”絶望”と彼らを見つめる他なかった。


「いけるぞ……!」


 彼らの視線の先でリューレ上級曹長が顎に流れ落ちてくる水滴を拭いながら、部下を鼓舞するようにしゃんとした声を上げる。


「ええ! とんでもないっすよ、彼ら!」


 男性砲術兵が興奮に満ち満ちた声で応じ、


「凄い連携……! まさか大規模魔術を刃に乗せるなんて……!」


 女性兵士の方は〈魔導自律人形〉の片腕を落とした怒涛の攻勢に、声だけでなく顔にまで驚愕を滲ませていた。


 教会から放たれた魔術『火炎槍』の一斉砲火を彼岸花の如き”鬼火”が包んだかと思いきや、その周囲を(めぐ)った閃光の花弁によって大規模魔術規模にまで炎――”不知火”の如く肥大化。


 その蒼い火箭を一刀に乗せることで〈魔導自律人形〉の肩口を半ばから灼き斬ったのは、兵士である彼ら――どころかリューレ上級曹長やもう一人の中年下士官ですら一目置いている青年。


 この戦闘に()ける中心人物。彼ら一党の精神的支柱。”鬼火”。アルクスだ。


「ハァッ、ハァッ、ハァ……!」


 その彼は重量の均衡(バランス)を崩してたたらを踏む鋼の巨人から目を逸らすことなく、空色の刃を構えたまま荒い息をついている。


 その両脇で油断なく〈魔導自律人形〉を睨む人狼族の青年と鬼人族の少女も彼を心底から信頼しているようで、疲労の色を滲ませながらも戦意が衰えている様子は見られない。


 少し離れたところにいる魔術を巧みに操って彼を送り出した騎士装束の少女にしても同様だ。むしろ、それどころか……。


(纏っている気配が鋭さを増した……? ”鬼火”の戦意に呼応しているのか?)


「彼――いや、彼らは…………」


 ”次代の英雄”という単語がリューレ上級曹長の脳裏を()ぎる。彼も軍に在籍して随分と年月が経つ。


 極限の状況下に於いて、彼らのような存在が時折現れるという事象を聞いたことがあった。


 教会からあの巨大な蒼炎”不知火”を放った少女らにしてもそうだ。


 苦し紛れの、自棄(やけ)になった一撃などでは決してない。見るからにボロボロで血塗れの”鬼火”がそれでもやってくれると信じたからこその行動だろう。


 こんな状況に於いてそれだけの信を勝ち得ているというのは言わずもがな、稀有だ。彼女らにとっても彼は希望なのだ。


 そういった存在を、世間では”英雄”と呼ぶ。否、呼ばれるようになる。


 ゆえに”英雄”候補。”次代の英雄”。


 ――その出現に立ち会っているのかもしれん。


 リューレ上級曹長はそう思った。


 だが、そういった事象に苦境は付き物。現に”鬼火”――アルは左手で苦しそうに胸を押さえて、整いそうにない息を吐いている。


 一方、兵士らと同じく教会で掩護していた若者らも、


「はぁっ、はぁ……畜生、魔力切れちまった!」


「こっちもだよ!」


「くぅ、やりきれなかった……!?」


 と、息を乱して悔しげな声を上げていた。


「落ち着いて! 魔力の切れた人は後ろと交代して下さい!」


「まだ集中切らさないで! ケガするよ!」


 前線にて陣頭指揮を執っていたラウラが凛とした声で指示を、シルフィエーラが鋭く警告を発する。


「わかった! お前ら頼んだぜ!」


「う、うん!」


「あんた達、下手打つんじゃないよ!?」


 唾を呑み下した防護柵(バリケード)前の生徒らが、後列の癒院(いいん)と教会を結ぶ急造通路で慌ただしく救助に当たっていた同級生らに声を掛けたり、背中をパンっと叩きながら入れ替わっていく。


「わかってるって!」


「って言ってもこっちも魔力は心もとないけどね!」


「ヘンドリックはっ!? 交代しないの!?」


「僕は大丈夫だ! まだ戦える!」


 一六式魔導機構銃の銃床(ストック)を肩に当てて見通しの悪い広場に視線をやるヘンドリック・シュペーアや、緊張感を滲ませた顔で交代した生徒らの顔にはどこか昂揚感が見え隠れしていた。


 なにせ彼や同級生らの放った炎撃が、軍人ですら手を焼いていた”魔導自律人形”の片腕を落とす直接的な要因となったのだから。


「……あの青年」


 ――”灰髪”の、半魔族。


 『胎星派(たいせいは)』に与し、太古の魔導遺物を黄泉帰らせた張本人キーガン・シャウマンは、誰にも聴こえぬほど小さな声を口中に反響させる。


 年若き魔導師の卵らを新兵の如く纏め上げている朱髪の少女も、類稀なる実力で彼らの士気を高めている森人族の少女も、どちらとも並の枠を遥かに逸脱している存在だった。


 ――しかし……ようやく、理解できた。


 その彼女らの鋼の如き強烈な闘志と、逆境に抗う強い意志の源泉は彼だ。


 あの青年の戦う姿。明らかに劣勢であっても煌々と輝き続ける緋色の光。何より希望を繋げるだけの胆力と実力。


 それらが彼女らを鼓舞し、学生らの戦意を向上させているのだ。


「そうか……」


 ――彼が、鍵だ。


 キーガンは身動きの取れぬまま、喧騒に紛れるように低く呟くと眼鏡の奥で瞳を鈍く光らせた。その直後――。


 喪った家族を取り戻そうとする一等魔導技士()の願いを汲んだかのように、事態が急変する。



 ド、ゴォン……ッ!



 瓦礫を踏み割る破砕音が轟いた。音源は広場中央。


「「「「「「「っ!?」」」」」」」


 あらゆる視線が集中した先では、重量の均衡(バランス)を欠いて(かし)いでいたはずの〈魔導自律人形〉が、再び両の剛脚を地につけて直立していた。



 ゥゥゥゥウウウウン……ッ!!



 小型魔導機関の唸るような駆動音が地を叩き、肩口から噴き出した魔力の波動が景色を歪ませる。


「おいおい、冗談だろ……!?」


 人狼態のマルクガルムがうんざりとした声を上げた。


 時間にして数十秒かそこいらだろう。


 そういった内部機構が存在しているのか、こちらが息を整える前に鋼の巨人は()()()()()()調()()()()()()()()()()。もうフラついている様子もない。


 おまけに、移ろうことのない瞳を瓦礫に落とすと肩口から()じ切られた鈍色の鋼腕を拾い上げ、熔断された手首部分をグシャリと握り込む。


 即席の凶器のつもりなのだろう。


 肘関節部が妙に弛緩し、グラグラと揺れ動く左腕(それ)は、(さなが)双節棍(ぬんちゃく)のようだ。


「ハァ、ハァ……最悪ね。武器まで与えちゃったわ」


 濡れそぼり、乱れた黒髪を手櫛で掻き上げた凛華が尾重剣を背中に担ぎ上げながらボヤく。


 次いで彼女のハッキリとした目元に施されている朱色の隈取が薄青紫のアイシャドウへと転じた。


 先ほどからこうして【異相変(いしょうがえ)】を用いて省魔力を図っているが、こちらの底もそう遠くない。


「ははっ。良い加減、倒れろって……!」


 アルが苛立ちのあまり乾いた笑いを零す。


 ――それでも、多少マシだ。


 なんと言ってもあの双節棍(ひだりうで)()()()()()()()()()のだから。


 ――『蒼炎気刃』なら問題なく通るはず。


 そう判断した彼の双眸が刃の如くギラリと光る。


「ふぅ~~~……っ、()るぞ……!」


「ええ! まったく、長過ぎる延長戦ね」


 アルの戦意を受けた凜華が〈魔導自律人形〉を真っ直ぐに見据え、


「けど、あれぶっ斃しゃあ全部終わる。やるしかねえよな」


 マルクが”凶祓(まがはらえ)の古聖剣”を引き摺るようにして、不格好な脇構えを執った。


 ところが片腕を失くした鋼の巨人は、瞳孔を輝血(かがち)の如くボゥ……ッと赤く燃え上がらせ、眼前の3名から()()()()()()


「「「っ!?」」」

 

 昂らせた魔力反応を無視するという、これまでと異なる行動にアル、凜華、マルクが思わず警戒している間に、〈魔導自律人形〉は太い頸部を左右にグルグルと回し――。


 ある方角を向いた途端に動きを止めた。


 何の感情も滲まぬ瞳が向けられているのは、エーラとラウラを始めとした同級生らと避難民らのいる教会。


「っ……まさか!」


 アルが物言わぬ巨人の意図を察して顔面を蒼白にした瞬間。



 ガッ、ゴォォォ――ン!



 鋼の巨人が双節棍(ぬんちゃく)と化した自身の左腕で真下の大地を抉り抜いた。土煙と瓦礫片が舞い上がる。


 直後にガガン……ッ! と、石畳を蹴る音が3人の耳朶を打った。


「やられたっ!」


 アルが左手で蒼炎を放射しながら吐き捨てる。


 ”魔導自律人形”は自身の左腕を奪った直接的な原因――教会から放たれた火箭を再び()()()()()()()()()()()のだ。


「ち、いぃっ! エーラ、ラウラ! そっち行ったわよ! 逃げなさい!!」


 吹き飛んできた瓦礫片を尾重剣の腹で払いながら凜華も叫ぶ。


「くっ、ソーニャっ! 避けろぉッ!」


 マルクは狼面でも明らかなほどに焦りを浮かべると、”古聖剣”を投げ捨てて狼脚で地面を蹴りつけた。教会とこの地点を結ぶ位置には仲間の少女がいる。


「なに……!? うおっ!?」


 彼の懸念通り、土煙から飛び出した鈍色の巨躯に眼を剥いたソーニャは、咄嗟に軌道上から横っ跳びに躱しながら闘気を展開。


 空中で左半身に闘気を(めぐ)らせながら盾を構える。


 次の瞬間、目標への障害だと判断した”魔導自律人形”が双節棍(左腕)をボ……ッ! と振るい、


「っが、はぁッ!?」


 掠った衝撃にソーニャは大きく吹き飛ばされた。


(く、左腕が……!)


 体勢が崩れそうになる寸前で足を出して着地し、ズシャアアアアッと滑っていく途中で亀裂に足を取られる。


「ソーニャっ! 大丈夫か!?」


 あわや地割れに呑まれ掛けたところで逸早く駆けつけたマルクが受け止めた。


「つうっ……少し腕の感覚はおかしいが一応無事だ。それよりラウラ達を!」


 口の中を切ったのか、ソーニャは唇の端から血を流しているが大事に至りそうな負傷はなさそうだ。気丈にも顔を上げてすぐに仲間達の身を案じた。


「わかってる!」


 応えたマルクと彼女がバッと視線をやると、広い歩幅と凄まじい膂力を活かした〈魔導自律人形〉は既に広場を抜け切ろうとしている。


 ――しまった!


 2人が歯噛みした、まさに瞬間。


「『蒼炎羽織(そうえんばおり)襲纏(かさねまとい)』!」


 血相を変えて駆ける凜華の後ろにいたアルが魔術を発動。最大稼働枚数である10枚の蒼炎翅(そうえんし)を纏う――……だけで終わらなかった。



「『流転(るてん)孔雀翅(くじゃくばね)』ッ!!」



 途端、アルの『羽織』っていた蒼い十枚翅の先端が(おす)の孔雀が持つ飾り羽の如く、パ……ッ! と、一気に細分化。


 数え切れぬほど無数の小さな翅先から蒼い火の粉が舞う。


 次いで真後ろへ向けられた十枚翅の先端から蒼炎が轟ォォ――ッ! と噴出して、アルを吹き飛ばすように飛翔させた。まるで地を這う蒼い流星だ。


「ぅぐ……ぶッ!?」


 が、ミシリと身体が軋み、急激な重力加速度(G)と風圧にアルは胃液か血かもわからぬ液体を吐く。


(さすがに無理があったか……!)


 元々燃費の悪い『気刃の術』のなかでも極悪燃費を誇る『蒼炎羽織』。


 その最大稼働状態を効率良く活かすべく創ったのが『孔雀翅』だ。細分化させた蒼炎翅の先すべてを噴射口にすることで機動力に特化させた形態。


 術の反動と純粋な物理法則によって身体中に激痛が奔ったが、止まるわけにはいかなかった。


「そこッ!」


 一方、〈魔導自律人形〉が目前にまで迫ってくる光景を前に、エーラは鮮緑に瞳を輝かせて複合弓(ゆみ)を立て続けに射る。都合4射だ。


 2秒と掛からずに連射された矢はカカン! と、割れた広場に刺さり――ギュ……バッ! と、枝をツタのように伸ばして絡み合うと罠を形成した。ところが――――。


 鈍色の巨人は足首に引っ掛かった枝罠をブチブチィッと蹴り破り、そのまま太い双節棍(左腕)を振り下ろす。


「翡翠は上に逃げて! エーラ、手をっ!」


「カァッ!」


 肩の夜天翡翠に指示を飛ばして右腕を外へ伸ばしたラウラに向け、


「うっ!? あっ、ぶなぁっ!」


 エーラも手を掴みながら跳び、滑り込むように防護柵(バリケード)を乗り越えてスレスレで難を逃れる。


 次の瞬間、教会前の石畳や外れていた大扉がドグシャア! と、粉々に砕かれた。


「ひっ!?」


「のわぁっ!?」


「う……あっ!?」


 同級生らが突如として突撃してきた”魔導自律人形”の迫力に(すく)み上がる。遠目に見るのと間近に見るのでは何もかもが違う。


「「下がって!」」


 体勢の崩れていたエーラと彼女の手を取りながらも杖剣を構えたラウラが警告を発し、


「君達、退()くんだ!」


 彼らの担任コンラート・フックスが短剣を逆手に生徒達を庇いながら前に飛び出したのと同時。


 ボゥ……ッと瞳孔を赤く光らせた鋼の巨人が双節棍(左腕)を握り締めた右腕を大きく振り上げた。


 ――ダメだ、間に合わない!


 コンラートが足の(もつ)れている生徒らを背後へ押しやりながら冷や汗を垂らす。


「『蒼火撃・襲』ッ!」


「風、お願い!」


 次の瞬間、振り下ろされた凶器とラウラの放った魔術が激突――。


 だが、圧倒的な膂力のままに颶風(ぐふう)を纏った双節棍は太い蒼炎弾を突き抜け、エーラの求めに応じて風の精が張った障壁を吹き散らして防護柵(バリケード)を破壊する。


「きゃあっ!?」


「く、うあっ!?」


 最も近くにいた武芸者の少女ら2人が衝撃波と弾け飛んだ石片に吹き飛ばされ、


「ぐはっ!?」


「「「うわぁぁぁっ!?」」」」


「「「「きゃあああっ!?」」」」」


 コンラートを始めとした生徒らも悲鳴を上げながら教会中央にまで転がされた。


「「っひぃ!?」」


「た、たすけて……っ!」


 避難民らは目前にまで迫った脅威に引き攣った悲鳴を上げ、啜り泣くような声にならぬ声を上げてずりずりと後退る。


「う、ぅ……っ? エーラっ!」


 額をザックリと切ってしまったラウラがジンジンと熱い傷口を押さえながら隣に転がる仲間の名を呼ぶと、


「大、丈夫っ!」


 上体を跳ね起こしたエーラも裂けた頬から血を流しながら取り落としてしまった複合弓(ゆみ)に手を伸ばした。



 ブゥゥゥゥウウウウウン……!



 そこに低い駆動音が響く。


 視線を上げた先には、教会の入り口で防護柵を蹴散らす巨躯。ぬう……と影を落とす鈍色の巨人。


 即席の凶器と化していた左の鋼腕は『蒼火撃・襲』の熱によって変形していた。が、未だ原型を留めるそれを再度振り上げている。


「「「「「「「「――っ!?」」」」」」」」


 何とか意識を保っていた生徒らも、その後ろで竦んでいた避難民らも本能的に恐怖し、思わず呼吸を忘れて身体を硬直させた。思考すら止まる。


 ”死”を直感したのだ。人としては極々自然な反応。しかし、その空虚(うつろ)こそが避けられぬ死を喚ぶ。


 その空白に思考や行動を()じ込めた者だけが生き残るのだ。


 ゆえにそれを知っているエーラとラウラ、そしてコンラートと彼の元同僚フィンだけは視線を奔らせ、咄嗟にできうる手を打とうと動く。


 が、圧倒的に時間が足りない。体勢も崩れたままだ。


 彼ら以外の呆然とした全員を見下ろす赤い瞳孔が、燃えるように光る。



「う ぉ お お お お お お お お ッ ッ !!」



 その横合いから蒼炎の砲弾と化したアルが咆哮を上げて突撃した。爆発的な飛翔速度のままに裂帛の気合を乗せて龍牙刀を突き込む。


 〈魔導自律人形〉は接近してきた魔力へ恐るべき反応速度を示し、グルッと頸部(くび)を回すと振り上げていた右腕の軌道を変更。アルへと振り下ろす。


 風雨を斬り裂いた太い双節棍(ぬんちゃく)(しな)りをつけて叩きつけられた。


 しかし、動力源たる小型魔導機関から魔力供給を受けていないそれは、単なる金属で出来た左腕でしかない。


「っぐ……だああッ!」


 轟音と衝撃波が教会を揺らした直後、蒼炎翅を纏った龍牙刀が肘関節と根元からジジジ……ッ! と、熔断せしめる。


「「アル(さん)っ!」」


 エーラとラウラは喜色の滲んだ声を上げ、然れど彼の血みどろの身体に血の気が引いた。


「アルクス君!」


「アルクス……っ!」


 同じく彼の負傷具合にコンラートが声を発し、我に返ったヘンドリックが友を呼ぶ。


 〈魔導自律人形〉はアルを最大の脅威と認識し直したのか、根元から断たれた双節棍を投げ捨てるや、教会の大扉枠を破壊しながら左足を大きく振り上げて、ズォォォ……ッ!! と、振るった。


 左の剛脚による踵落とし。


 アルは咄嗟に緋色の瞳を背後へ向け、回避は悪手だと判断。


 瞳孔に金縁を奔らせると龍牙刀を左手に持ち替えて刃尾刀を引き抜くや否や、


「がっ!? ぐうぅぅ……ッ!?」


 蒼炎翅を纏わせた双刀を叩きつけるように巨人の踵落としを受け止めた。甲高い衝突音が鳴り響く。


「ぐぐ、んぎぎぎ……!」


 が、質量と膂力に差が在り過ぎた。食い縛られた牙がギチギチと音を立て、刃がカタカタと震え、隙間から苦悶の声が溢れる。


「ッがぅ!?」


 ”闘争本能の限定開放”を利用した怪力でも重圧に耐えきれず、左膝が崩れるようにズン……っと落ちた。


 僅か数秒の攻防。


 常人には入り込めぬほどの密度を持ったやり取りに同級生らは(おろ)か、元魔導騎士たるコンラートやフィンも動けない。


「ぅぐぁぁぁ……ッ!」


 その(かん)に、アルは地に縫い付けられたように身動きを封じられ、抵抗虚しく劣勢になってしまった。『蒼炎羽織』もそう長くは維持していられない。


 それを理解している凛華、マルク、ソーニャが己の足を呪わんばかりにもどかしそうな表情で駆け、エーラとラウラが跳ね起きてそれぞれの武器を手に取り――――。


 紙一重で出遅れたコンラートとフィン、そしてリューレ上級曹長ら率いる兵士らが必死の形相で動く。


「がっ……ぁあああッ!」


 その瞬間、双刀に宿っていた蒼炎翅が束ねられ、〈魔導自律人形〉の断たれた肩口に叩きつけられた。


 残存魔力が危険域(レッドゾーン)に入ってしまったアルが最後の抵抗とばかりに、損傷箇所から魔導遺物の内部を灼こうとしたのだ。


 捩じ切られた断面が異常な熱量によってジュウゥゥ……ッと白煙を上げ、熔解した金属が火の粉を散らす。


 ところが――……。



()めろぉ!! 頼む! これ以上、傷つけないでくれ!」


 

 悲痛なまでの叫声がアルの()()()()()()


「っ!?」


 声を上げたのは両手足を縛り上げられ、吹き飛んできた瓦礫によって頭から血を流しながらも、ギラついた瞳で〈魔導自律人形〉を見つめる痩身(そうしん)の男性。


 一等魔導技士キーガン・シャウマンだった。


「な……キーガンっ!? 何を――!」


 コンラートが困惑と苛立ちを綯い交ぜるにして振り返る。


「やめてくれ! それは僕が見出した超常を宿らせるに足る肉体……! 唯一の”希望”なんだ! 壊れたら妻と娘が二度と取り戻せなくなる!」


 だが、頬の()けた彼は(おの)が身など顧みず、振り切れたような大音声で尚も叫んだ。


「キーガン、よせ!」


 怒りの形相を湛えたコンラートが彼の胸倉を掴み上げて、拳を振り上げる。


 しかしその拳が彼を黙らせる前に、キーガンはアルを名指しするようにこう叫んだ。



「そ、そうだ……! 君は()()()()()()()!?」



 彼の発した言葉は教会どころか、駆けつけてきた者らの耳にすら届いた。


「”鬼火”が――半魔族だと!?」


 リューレ上級曹長らが衝撃的な事実に愕然として目を剥き、


「えっ……?」


「どういう、こと?」


 避難民らが突如として頭を殴りつけられたような顔で唖然とする。そんな存在がいることなど、知っているはずもないのだから当然の反応だ。


 彼らの視線が踏ん張っている青年の背に注がれる。


 キーガンは彼らの驚愕を置き去りにして、続けざまに呼び掛けた。



「僕が妻と娘を甦らせたら、君を完全な魔族か人間に……! ”呪詛(すそ)”の力を――神にすら匹敵する権能を使って、()()()()()()()()()と約束する! 悪い話じゃないだろう!? あと少しなんだ! 頼む、手を引いてくれ!」



 その提案に空気が凍りつく。


 アルを知らぬ避難民らは精神を不安の坩堝に叩き込まれ、溺れたような眼差しで彼を凝視し――。


 兵士らは「有り得ない!」と思いながらも閉口し、足運びが僅かに緩んだ。


「なんてことを……! アルクス君ダメだ、聞くな!」


 と、コンラートが赫怒を覚え、同級生らがあまりに想定外の提案に対して呆気に取られる。


 だが、誰よりも胸中を揺さぶられたのは『不知火』の5名だった。


「「「「「な……っ!?」」」」」

 

 と、言葉に詰まり、次いで激情とさえ言えるほどの怒りに支配される。


 今までアルが積み重ねてきた努力を知っているからこそ抱いた、烈火の如き憤怒であった。


 しかし、それでも――……考えてしまう。


 もし彼が純粋な龍人族(まぞく)であったら? と。


 もし彼が純粋な人間であったなら? と。


 その僅かな隙を作り出すこと。そしてアルの動揺を誘うことこそが、キーガンの狙いであった。


 既に”灰髪”は死に体。気力だけで動いているような青年が押し潰されるまでの時間さえ稼げれば、ほんの少し集中を欠ければ、それで良かったのだ。


 そもそもこの魔導遺物を制御下に置いているわけではない。ただ暴走させただけだ。叫んだ提案を考慮する気すらない。


 この戦場に於ける精神的支柱を担っている彼が斃れること。それだけが望み。そうすれば加速度的に”呪詛”が進行する。


 そのような思考をするほどに、キーガンは家族を取り戻すことに固執していた。


 否、躊躇いもなくそんな選択肢を取るほどに堕ち切っていた。心中では宗主を小馬鹿にすらしていたというのに。


 彼はどうしようもないほど『胎星派』に染まってしまっていた。


 やにわに〈魔導自律人形〉の肩口を灼いていた蒼炎翅がフ……ッと掻き消える。


「「「「「――っ!」」」」」


 誰もが息を呑む。


 ところが、次の瞬間。



「 や っ か ま し い !!」



 アルの咆哮が轟いた。


「っな!?」


 キーガンが目を見開く前で、残り少ない”鬼火”の魔力が火柱の如く轟々と立ち昇る。


「純粋な魔族にしてやるだの何だのと……余計なお世話だってんだよ!」


 アルは『蒼炎羽織』を完全に解き、双刀にありったけの闘気を籠めた。緋色の虹彩に浮かぶ金縁が煌々と輝く。


「それは――俺が自分でっ、答えを見つけなきゃならない問題だ!」


 直後、ググググ……ッと〈魔導自律人形〉の左脚が押し返されていく。


「な……は……!?」


 キーガンは理解できないものを見たかのように座り込んだまま後退った。



「神なんぞに! 誰が任せてやるかよ……! そいつは俺の果たすべき、大事な”約束”だ!!」



 尖った牙を剥いたままアルが気焔混じりに再び咆哮。


 大音声に耳朶を打たれた凜華、エーラ、ラウラはハッとする。


 彼女らは彼と約束したのだ。いつか銀髪に戻った姿を見せてもらう、と。


 誓いにも似た言葉を聞いたのだ。いつか半龍人(おのれ)と向き合って答えを得てみせる、と。


 彼のそんな真っ直ぐな想いに気付くと同時に胸がドクン! と、強く高鳴って昂揚感さえ覚えた。


「う……っおおおおおおッッ!!」


 アルが雄叫びを上げる。『不知火』の5名は意識を引っ叩かれて()(さま)動き出そうとしたが、


「なんだ……!?」


「「「え……!?」」」


「は……!?」


「カァ?」


 次いで、唖然としてしまった。教会内の上部にいた夜天翡翠ですら不思議そうに啼いた。


 〈魔導自律人形〉を押し返し始めたアルの背に、掌大の()()()()()()()()()()()からだ。


 何度も見てきた『蒼炎羽織』とも大きく異なる現象。


「んぎぎぎ……ぅぅうぉおおおりゃあああああッッ!!」


 青筋を浮かべたアルの雄叫びに呼応した円環から蒼炎が滲むように吐き出され、不定形の蒼炎翅が轟ォォォォ――ッ!! と、噴出。


 隻腕の巨人は左の剛脚を押し返され、闘気混じりの蹴りを喰らって広場の方に、ズッザアアア――ッ! と、滑っていく。


「……っ!? なんて青年だ」


 その光景を見ていた全員の心境をフィンは代弁した。今見た光景(モノ)は到底忘れられそうにない。


 ――尋常じゃない。


 実力も、底力も、その意志も。


 ヘンドリックを始めとした生徒らや避難民らは、驚愕のあまり声も出せずに静まり返っている。


 彼らの視線を一身に浴びながらアルは刃尾刀を納め、苦しそうに胸を押さえた。背に浮いていた蒼い円環も消えている。


「ハァー、ハァー、ハァー…………!」


 ――魔力が尽きそうだ。畜生……足が重い。

 

 肩で荒い息をしながら胸中で呟いていると、仲間達5人が隣に並ぶ。遠距離から掩護に徹していたラウラとエーラも前線で戦う気のようだ。


 立ち昇った頭目の魔力と発せられた口上に中てられたらしく、彼らの表情は先程よりも強い戦意に満ちており、瞳には刃の如く強い眼光が滾っている。



 その時、キーガンを殴り倒したコンラートの懐で雑音(ノイズ)混じりの声が弾けた。


『ザ…………ザザッ……コ……ラート! 聴こえ……か!? コン……ート!』


 荒い女性の音声が静まり返った教会内に響く。


「ザビーネ先輩!」


 ハッとしたコンラートが懐から試作型通信機を取り出して呼び掛けると、


『すまん、待……せた! こち……の準備は整……たぞ!』


 と、〈グリプス魔導工房〉の長ザビーネ・リーチェルの音声が返ってきた。


 彼女には〈ヴァッケタール魔導史博物館〉の避難民を集めてもらうよう頼んでいたのだ。


 更にそこへ、タタタタッと軽い疾走音が届き――……。


「フックス先生! ってうわこれ何!? さっきのすっごい音これだったの!?」


「うおっ、これは――……じゃない! 先生! 避難民の誘導完了しました! 教会(ここ)のすぐ隣に待機してもらってます!」


 崩壊し掛けた癒院で避難民を誘導していた鉱人少女アニス・ウィンストンと、彼女と共に作業に当たっていたラインハルト・ゴルトハービヒトが顔を出した。


「……朗報だ」


 コンラートが呟く。


 初期の兆候を終えてこの地を穢し始めた”呪詛”を止めるべく、彼が閃いた乾坤一擲の策を実行する為の準備が整ったという報せが、ようやく入った。


 表情を引き締めたコンラートはフィンを呼びながら、


「君達、もう少しだけ辛抱してくれ!! 僕らで”呪詛”の進行を止めてみせる!」


 即座に『不知火』の6名へと呼び掛けた。


 するとそれを聞いていたリューレ上級曹長が状況を察し、


「”鬼火”! 情けないことにソイツは君を最も危険だと判断している! 彼らの為に時間稼ぎをするのだろう!? 我々が全力で掩護する!! 何とか耐えてくれ! お前達、わかってるな!?」


 掠れた声ながら軍人らしく堂の入った声を上げ、


「「「「はっ!」」」」


「「「「了解!」」」」


 疲弊しているはずの砲術兵らも気合いの乗った応答を返す。


「だとよ。ったく、無茶言いやがる。頭目殿がハチャメチャやると苦労するぜ」


 それらの声を背で受けたマルクがどこか嬉しそうに好戦的な笑みを浮かべ、狼爪をジャキッと伸ばしながら灰紫の狼眼を鋼の巨人に向けた。


「うむ、そうだな。偶には大人しくしていてもバチは当たらんと思うぞ」


 フッと唇の端を吊り上げたソーニャが、確かめるように左拳をぐーぱーとさせて頷く。


「はあっ、はぁっ、はぁ……今後悔してるとこなんだから、言ってくれるなよなぁ。けど、そういうことなら、ここで力尽きるワケにもいかないや」


 アルは苦しそうに、可笑しそうに笑った。その緋瞳と輝血(かがち)の如く燃える瞳孔が睨み合う。


「そうね。やるなら最善を目指すんでしょ?」


「うん、皆も頑張ってるんだもん。負けらんないよ、ボクら」


「ええ。”悲劇”なんて絶対に起こさせません」


 三人娘がそれぞれに青と鮮緑と琥珀色の瞳を強く輝かせた。


 想い人が大切にしているモノを知ったばかりなのだ。強い感情と昂った想いが戦意となって吹き荒れている。


「……ああ! みんな、正念場だぞ! 状況、開始!」


「「「「「応ッ!!」」」」」


 ”絶望”に立ち向かう彼らの果敢な背中は、それを見ている者達にとって紛う方なき”希望”であった。

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