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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
魔導学院編ノ弐 波乱の課外実習編

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215/223

21話 真実と覚悟(虹耀暦1288年5月:アルクス16歳)

今回は伏線回収回です。

またあと残り2話でクライマックスパートが終了予定となっております。


 灰色に霞む空の下――――。


 瓦礫だらけの広場一面に金属同士が衝突したくぐもった炸裂音が轟き渡り、それと同時に大地が揺れ、大量の土砂や瓦礫が高く舞い上がる。


 (さなが)ら砲撃に遭ったかのような有り様だ。


「はぁ、はぁ……どうなった!?」


(今の轟音(おと)からして、直撃はしてるはず……!)


 鼓膜を激しく揺らした衝突音と瞬間的に大気を奔った衝撃波にアルクスは歯を食い縛り、両腕で顔を覆ったまま緋瞳を凝らした。


 既にボロボロだった石畳には、太く抉り抜かれたひと筋の着弾痕が伸びており、雨粒が降りしきるなかでも土煙が上がっている。

 

 また、バラバラに砕けた石片は広場の北西部へと放射状に激しく吹き飛んでいた。


 シルフィエーラによる質量狙撃は相当の威力を誇っていたらしい。しかも飛ばしたのは、展示されていた太古の魔導遺物――”凶祓(まがはらえ)の古聖剣”だったようだ。


 少し外れたところの石塀に長過ぎる太い刀身が突き立っている。


「あんなの、よく()てられたわね」


 そもそもこの視界不良のなか、あの〈ヴァッケタール魔導史博物館〉のある高台から此処まで届かせた時点で驚嘆ものの技量だ。


 着地時に体勢を崩し掛けたアルを支えた凛華が、この場にいない森人の幼馴染を褒めた――のも束の間。



 ブゥゥゥゥウウウウン…………!!



 暗い灰褐色の土煙から低く唸るような駆動音が響く。


 直後、着弾地点の中心部で一対の赤い光がポゥ……と浮かんだ。


「「「っ!」」」


「「「「「――――っ!?」」」」」

 

 アルを始めとした(みな)が一様に息を呑む。


 その直後、ガラガラと瓦礫を、パラパラと粉塵を巨躯から零しながら〈魔導自律人形〉が姿を現した。


 鈍色の肌は土を被っており、幾筋もの浅い傷がついている。


 ”凶祓の古聖剣”を質量物とした狙撃は成功していたらしい。


 しかし――。


「頑丈だな……!」


 顔の雨粒を拭ったソーニャは苦々しく呻き、腰の青鞘から長剣を引き抜いた。


 鋼の巨人は左の剛腕――その肩口から二の腕に掛けて関節部が少々ひしゃげていたものの、いまだ健在。



 ガン……ガン……ガン……ッ!



 と、広場に出来た太い溝から踏み出す。左腕の挙動こそ少々ぎこちないが、確かな足取りだった。


「直撃であれか……まったく、嫌になる」


 誰の眼にも明らかになった〈魔導自律人形〉の姿にリューレ上級曹長は厭な感情を隠しもせず、


「ぜぇ、ぜぇ……ま、あれでも少しは戦いやすくなったはずっすよ」


「魔力はもう、危険域だけどね……!」


「こういう時逃げらんないのが兵士の辛いとこだよなぁ」


「違いないね。避難誘導の方に行っとけば良かった」


 その部下達が表情とは裏腹に軽口を叩く。


 砲術兵というだけあって、兵士達は全員が質量狙撃の射線上から見事に退避していた。巻き込まれた者も飛散した瓦礫片で負傷した者もいない。


 が、そろそろ魔力()体力(スタミナ)が尽きそうだ。


 皮肉を軽口に混ぜでもしなければ……互いに互いを笑い飛ばすでもしなければ、やっていられない。


 戦闘は継続中なのだ。広場に居た全員が各々に気を引き締め直した――次の瞬間。


 誰よりも早く先陣を切ったアルが、鋼の巨人から見て左側にパッと廻り込みながら蒼炎弾を速射した。



 ドウッ、ドウ――ッ!!



 拳より一回り大きな属性魔力の弾丸を一射、二射と発砲。


 〈魔導自律人形〉が瞳孔に赤い光を灯し、ギギ……ッと微かな異音を発しながら左の剛腕を掲げて、迫る”鬼火”を握り潰す。


 いまだ魔力の”変化”を妨げる特殊塗料と、小型魔導機関の発する波動の相乗効果も健在。それでも、だ。


 ――左腕(さわん)の動きが鈍い!!


 実時間にすればそう長くもないが、濃密な戦闘時間を過ごしていたアルを始めとした広場の兵士達にとってそれは、一筋の光明と言い換えても良いものだった。


「アルーっ! 凜華ーっ!」


「ソーニャ!」


 そこへ『不知火』の3名にとっては聞き馴染みのある声も届く。


 パッと声のした方角――北東の上方に目を凝らすと、森人の少女を背に乗せたワインレッドの人狼が建物の屋根をダン、ダンッ! と、蹴り跳ねながら駆けてきていた。


「エーラ! マルク!」


「来てくれたか!」


 ジリジリと体力を削られていた凜華が不敵に笑み直し、有効な攻撃手段が乏しいと忸怩たる思いを抱えていたソーニャが「これならば……!」と嬉しそうに盾の把手を握り締める。


「人狼っ? ”鬼火”の仲間か!」


 リューレ上級曹長ともう一人の中年下士官を筆頭に兵士達もそちらを見て察した。


 ”灰髪”の青年の仲間が合流しようとしているのだ、と。


 そして状況は紛れもなく好転しようとしているのだ、と。


「ハァ、ハァ、ハァ……ようやくか」


 辛そうに、然れども鋼の巨人を挑発するようにアルが口の端を吊り上げる。


 同級生や住民らの生命を諦めずに抗い、戦い続けて引き寄せた僅かな可能性。

 

 『胎星派』の切り札――絶望の象徴たる〈魔導自律人形〉を切り崩す糸口。


 ようやくそれを掴んだのだ。

 

 先ほどの『裂咬掌(れっこうしょう)・三ツ巴』で魔力が残り2割を切ってしまったが、それでも緋瞳に刃の如き眼光をギラリと湛え、魔力を昂らせた。


 すると()(さま)呼応するように凜華、ソーニャ、そして兵士らも表情を引き締めて手に手に武器を構える。


 ――反撃開始……!


 戦士達の思考が一致した。が、次の瞬間。



 ゴゴゴゴ…………ゴゴゴゴ………………ゴ、バァァ――ッ!



 微震が続いていた大地が大きく揺れ、大気を引き裂いたような衝撃波が発生するや、広場に幾つもの亀裂が奔る。地割れだ。


「な……ッ!? 退避せよ!」


「散開だ!」


 リューレ上級曹長らが咄嗟に指示を叫び、


「のわっ!?」


「ちょ、ちょっと何!?」


「どうなってんだよ!?」


 と、兵士らが口々に悪態をつきながら慌てて地割れから逃れる。


「くっ!?」


「アル!! ち、こんな時に!」


 地割れに呑まれ掛けたアルが凜華に腕を引っ張ってもらうことで間一髪難を逃れ、


「”呪詛(すそ)”の兆候と聞いたが、まさか……!」


 同じく飛び躱したソーニャが逸早く〈グリュックキルヒェ〉全体に広がる事態の悪化に思考を至らせた。


 ボロボロの石畳を更に砕いた亀裂が、そのまま広場に面していた家々や癒院にまで奔る。


 既に放火や地震で耐久性の落ちていた石造りの家々が倒壊し、多くの避難民を収容していた癒院は大型の魔獣が激突したかのように、バガ……ッ! と外壁が割れて建物そのものが一部倒壊。


 引き裂かれたように分断されてしまった。


 ほぼ同時、その癒院を中心に人々の悲鳴や怒号が上がる。


 子供が母を呼ぶ声。運悪く分断された建物の下に落ちた者のくぐもった呻き声、それらを助けようとする者の必死な声。


 混乱(パニック)に陥った者のどよめき、それを収めようとする者らの怒鳴り声がうねるようなざわめきとなって一気に場が騒然とし始めた。


「何が起こってるの……!?」


 教会の防護柵(バリケード)前で一部始終を目の当たりにしたラウラが、濡れた朱髪を頬に張り付かせたまま呆然と呟く。


 まるで地中に押し込められていた混沌が、更に存在感を増して再び噴き上がったような怖気。ようやく流れを変えられそうなところで、突如として発生した混乱。


 見えぬ悪意すら感じ、ラウラは厭な胸騒ぎを覚えた。



 ☆ ★ ☆



 教会も地割れの影響で一部がひしゃげたように砕け、悲鳴と共に困惑の声が上がる。


「ひいっ!? た、助けてくれ!」


「うわぁっ!?」


「もうやだ、なんで私達がこんな……!」


「のわっ!? ちょ、ちょっと待てよ! なんでいきなり!?」


「あ、あっぶね! 焦ったぁ……!」


「けどなんで急に!?」


「落ち着いて下さい!」


 前者は避難民の、後者は防護柵(バリケード)にいるラウラを含んだ生徒達の声だ。


「んもう! 急に何なのさ!」


 鉱人族アニス・ウィンストンは小さな体躯でパタパタと駆け、【精霊感応】を活かして石造りの建物を補強して回る。


「お、おぉ助かったよ、後輩のお嬢さん!」


 怪我人の治療をしていた彼らの担任コンラート・フックスの学院時代の友人キーガン・シャウマンと、その妻らしき女性と息子らしき青年が礼を述べた。


 物の少ない教会なので何かが落ちてきたりといった負傷はほとんどないが、癒院の方ではきっと被害も相応に出ているだろう。


 そんななかで慌ただしく動いていた助祭フィンは焦った声音で元同僚を呼んだ。


「おいコンラート! この地割れは――!」


 眼鏡の奥で深緑の瞳を細めて顔を青くしていたコンラートがその声にどこか()()()()()()な反応を示す。


「……ああ。”呪詛(すそ)”の進行が一気に加速してる……!」


「っ!? なぜです!?」


 彼の呟くような返答にギョッと反応したのは、癒院と教会横のアニスが作った急造通路で避難誘導をしていたラインハルト・ゴルトハービヒトだ。


 如何にもな上流階級出の顔には玉のような汗が浮かび、切れ長の瞳には焦りが見える。


 彼も広場の戦闘には意識を傾けていた。ようやく事態が好転しそうなところでこれだ。作為的なものすら感じる。


 コンラートも疑念を抱いていたようで、広場を見遣り、直後に避難民の顔を見てハッとした。


「そうか……”絶望”だ。アルクス君達と彼らでは、()()()()()()()()()んだ」


「見えてるモノが違う……? どういう……」


 それを聞いたラインハルトは担任の視線を辿る。


 広場では地面に亀裂が入っているにも関わらず、「ここが正念場」とばかりに友人と軍人らが戦意を滾らせている。


 それに対し、避難民らは――……。


「あ、あんな攻撃でもダメだったなんて……」


「もうお終いよ……どこか遠くに逃げるしか」


「に、逃げるったってどこへ……また襲われるかもしれないのに……」


 疲労と絶望に顔を染めていた。


「まさか……!」


 あまりに対照的な様子にラインハルトもハッとする。


「……そうだ。彼らの眼に映ってるのは()()なんだ」


 ”呪詛”とは大勢の贄にされた人々の嘆きや悲しみ、苦しみ、怒りと云った強く膨大な無念が現実を歪めて引き起こされる穢れ。つまり”絶望”が”呪詛”を喚ぶ。


 エーラによる質量狙撃は、その象徴たる〈魔導自律人形〉に傷をつけることに成功した。


 ゆえに戦士らは希望を抱いた。ようやく何とかなるかもしれない道筋を見つけた、と。


 だが、避難している者達が意識に捉えた――重視したのは、〈魔導自律人形〉が()()()()()()()()()()()()


 戦闘の機微など解さぬがゆえに、あれだけの破壊規模、咄嗟に耳を覆ったほどの轟音をさせておいて斃れぬ”絶望”の象徴に心を蝕まれてしまったのだ。


「そんな……! あいつらはまだ!」


 戦ってるんだぞ! と、ラインハルトは切れ長の瞳に怒りすら滲ませて担任に詰め寄る。


「わかってる。わかってるよ……」


 コンラートは宥めるように彼の肩を押さえた。が、詰め寄ったラインハルトが思わず冷静になるほど、彼の表情は酷く苦々しげに歪んでいる。


 隊列砲火染みた真似をしている学院生ら、陣頭指揮を執っているラウラのいる教会でこれだ。

 

 癒院の方など、これ以上の阿鼻叫喚で埋まり、避難している者達の心は昏く染められてしまっていると考えて良いだろう。


 そしてそれこそが”呪詛”を進行させている最も大きな一因。


 しかし、それ以上にコンラートには考えるべきこともある。


「…………」


「畜生! 何とかならねえのか、コンラート!」


 助祭の顔をかなぐり捨てたフィンが掴み掛からんばかりに元同僚へ吼えた。『胎星派』に潜入していた彼ならば、実働部隊であった己では思いつかぬ手があるかもしれない、と。


 だが、コンラートは苛立ちとやるせなさを滲ませて怒鳴り返す。


「っ……できたら今頃動いてるさ! これを抑え込むには今直ぐにでも〈魔導自律人形(あれ)〉を斃すしか無い! ”絶望”を祓ってそれを周知させなきゃならない! だけどアルクス君達だっていっぱいいっぱいだ! 僕が参加したところで直ぐにどうこうできる可能性も低いし、その間に”呪詛”は進行し続けて、局所的な天変地異が起こる!」


 だから、もう街を捨てて人を逃がすしかないんだ……! と、口惜しげに続けた。


(……コンラート?)


 その様子にフィンは違和感を感じ、問い質そうとした口を開く――より前に、彼らの会話を防護柵(バリケード)前で聴いていたヘンドリック・シュペーアが一六式魔導機構銃を持ったまま駆けてきて、担任の胸倉を掴み上げた。


「だからって諦めるんですか!? アルクス達はボロボロになりながら戦ってるんですよ!?」


 濡れた眼鏡の奥の瞳は激情に彩られている。否、実際に怒っていたのだ。


「ヘンドリック……!?」


 普段態度も優等生な彼のその行いにラインハルトが眼を丸くし、コンラートも虚を衝かれたような顔で宥めるように言葉を重ねる。


「でも”呪詛”の初期兆候は既に終わって――」


「まだ戦ってる! 僕らは諦めちゃいない! アルクスは何の為にあそこまで血塗れになってまで戦ってると思ってるんですか!? 『胎星派』なんて巫山戯た連中の思惑から街を護る為でしょう!? 僕らだってそうです!」


 ヘンドリックは激情に駆られたままに、担任の言葉を遮って叫ぶ。彼は父である辺境伯と護国の戦士達が戦いや哨戒に赴くのを、幼い頃から見て育ってきたのだ。


 その彼らの背と、アルクス達友人らの背が重なって見え――……そして力のない、援護しか出来ぬ己に不甲斐なさに歯軋りすらしていた。


 それでもやれることはやろう、と必死に戦っているのだ。同級生らだってきっと同じはずである。


 ゆえに、この正念場でこれだけ戦ってきたのにも関わらず、後ろ向きな台詞を吐いた担任に怒りを向けたのだ。


「ヘンドリック君……」


 胸倉を掴まれたまま、コンラートは広場に視線をやる。


 人狼と森人が加わった戦士達が亀裂を飛び越え、鋼の巨人の鈍くなっている左の剛腕を中心に攻撃を仕掛けていた。


 当然、コンラートだって諦めたいわけではない。ただ、現実的に考えて――――。



「先生は魔導師で、元魔導騎士でしょう!? 先生にしか出来ないことだって、まだ僕らにできることだって……あっても良いじゃないですか! ”呪詛(すそ)”が……”呪い”なんてものがあるなら、”祝福”があったって良いじゃないですか!」



 だが、ヘンドリックの悲痛さと怒りを滲ませた叫びに、頭をガツンと殴られたような衝撃を受ける。


 それは敬虔な『虹耀教』であるヘンドリックだからこそ出てきた台詞、そして単語だった。命懸けの努力を否定するだなんて、彼には到底許せることではなかったのだ。


「”祝、福”…………」


 コンラートの脳裏で閃光が幾筋も弾ける。途端、考え込むように彼は黙り込み、


「…………そう、そうだ。”祝福”だ。でも可能性はまだ……いや、ザビーネ先輩に協力を仰げば……」


 数秒後、眼鏡の奥で深緑の瞳に力が滾った。


「「先生?」」


「コンラート?」


「ヘンドリック君、ラインハルト君……それとフィンもすまない。もう大丈夫。良い手が見つかった」


 唇を引き結んだ担任教授に、ヘンドリックが少々呆気に取られながらも胸倉から手を離し、フィンが元魔導騎士らしく素早く訊ねる。


「何をするつもりだ?」


「”絶望”をひっくり返すのさ。フィン、手伝って欲しい。それと――」


 コンラートは顔色をすっかり取り戻した様子で、懐から平たい黒の魔導具を取り出してそれに話し掛けた。


「ザビーネ先輩、聴こえますか? ザビーネ先輩」


 すると質の悪い音声が返ってくる。


『ザザ…………コン……ートか? どうし……? もう少……高いところで……使え』


 〈グリプス魔導工房〉の長ザビーネ・リーチェルの声。コンラートが持っているのは、高台で彼女に投げ渡された試作小型通信機だ。


「こちらの声が聴こえてるならそれで構いません。緊急です。博物館(そちら)に連中はまだ襲って来てますか?」


 通信機の向こうでザビーネが問い返す。


『いいや。人狼……達が来てからは……んど来てない。それ……どうかしたかね?』


「いえ、来ていないならいいんです。お願いがあります」


『お願い? ああもう、聴……えにくいな。……んだ?』


 後輩の声音に急ぎだと察したのだろう、『大工房』の長は端的に訊ねた。


「博物館に避難している人々を、先輩のいるそこで構いません。広場が見える位置に誘導して下さい」


 コンラートの指示に、ザビーネだけでなく周りのラインハルト、ヘンドリック、フィン、そして動き回っていたアニスやキーガンまでも息を呑む。


『…………避……民を? 街から逃……すのか?』


「いいえ、働いてもらいます」


『どう……うことだ?』


「そのままの意味ですよ。”呪詛”を何とかしてみせます。その為に人がいるんです」


 コンラートの声音は淡々としている割に真摯で、真剣みを帯びていた。


『何……はわから……が、了解だ。集ま……らまた連絡……る』


「頼みます」


 そうして通信が切れる。


 次いでコンラートはアニスに指示を出した。


「アニス君、癒院を魔法で崩して、収容してる皆をこちらに誘導できないかい? どうせなら教会(ここ)の壁も盛大に壊して構わない。僕の姿と広場が見えるようにして欲しいんだ」


「ほぇ!? え、えっと出来るとは思いますけど、乱暴になっちゃいますよ? アタシの魔力ももうヤバいし、避難してる人達が着いてきてくれるかも……ちょっとわかんないし」


 鉱人の少女が茶褐色の瞳をクリクリさせて自信なさげに応える。するとすかさずラインハルトが前に進み出た。


「それなら俺が着いていく。先生……アルクス達の助けになることをやるつもり、なんですよね?」


 そして真っ直ぐに担任教授に問う。


「ああ、勿論さ。僕の()()()()()()()よ」

 

 コンラートも力強く頷いた。


「それなら任せます。アニス、誘導は俺に頼れ」

 

 ラインハルトはこの数時間で随分と成長したようで、鉱人族の少女の肩に手を置いて落ち着いた声を掛ける。


「う、うん! そういうことならアタシも頑張っちゃうよ!」


 刹那、真剣な彼の整った顔に意識を取られたアニスは、即座にぶんぶんと赤毛を揺らし、力いっぱいに頷いた。


 その時、彼らの様子を見ていた痩身の男性キーガン・シャウマンも手を上げる。


「コンラート、僕も何か手伝わせてくれ。そっちのお嬢さんについて行こうか?」


 するとコンラートは大きく息を吸い――……。


「いいや、君は何もしないでくれ」


 と、硬い口調で一等魔導技士の提案を切って捨てた。眼鏡の奥の瞳は悲しげに友人を見つめている。


「え? 僕にも何か工房長みたいな役目があるってことかい?」


 一応技士だし、とキーガンが不思議そうに問う。だが、コンラートは苦しそうな顔で、



「いいや、君に手伝えることはない。太古の眠りから〈()()()()()()()()()()()()()、君にはね」



 と、応えた。


 その一言が衝撃となって、駆け出していたラインハルトとアニス、フィン、ヘンドリックだけでなく教会にいた全員の間を奔り抜ける。


 然しものラウラでさえ、指揮を忘れて唖然とした表情で振り返っていた。


「コ、コンラート? なにを言ってるんだい? 僕があれを目醒めさせただなんて……」


 キーガンは混乱の極地と云った顔で言い募る。


「君は一等魔導技士。ここに来る前は魔導機関を研究してたんだろう? ザビーネ先輩に聞いたよ」


 対するコンラートの口調はあくまで静かで落ち着いていた。


「それは、そうだけど。僕にはあれを動かす理由なんてないじゃないか。大体、一等魔導技士ならザビーネ工房長だってそうだし、あの人なら魔導機関の研究をやってたって不思議はないだろう?」


 要は、嘘を吹き込まれたんじゃないか? と、キーガンは抗弁しているのだ。


「キーガン……君に言ってなかったことが一つあるんだ」


 だが、コンラートは唐突にそんなことを言う。


「言って、なかったこと?」


「ああ、僕は……魔眼を持ってるんだ」


 その一言で生徒達がざわめき、

 

「っ……魔眼!?」


 キーガンは目を見開いた。


「そうだよ。故郷(ふるさと)を『胎星派』に滅ぼされ、父や母、妹の()()を見つけた時に発眼した。効果は”()()()()()()()()()()()()()()()”。ただ、それだけの魔眼さ。名前すらつけてない」


 そう言ってコンラートが眼鏡を外す。深緑の瞳――その右眼の瞳孔が白く発光していた。


「感情を、色で…………」


 一等魔導技士の顔色が蒼白に変わり、口のなかの水分がカラカラに飛んだかのような掠れた声を出す。


「ああ。エーラ君の狙撃から復帰した〈魔導自律人形(あれ)〉が姿を現した時、教会(ここ)にいた半数以上が感情を暗く濁らせた。ラウラ君や生徒達は暗いなかでも小さな光を失わなかった。だが君は……君ともう二人は、晴れ空のように澄んだ色を浮かべていた。まるで安堵したかのように。だから確信したんだ」


(あの時の顔は……)


 フィンは少し前のコンラートが浮かべていた表情の理由を悟った。


 古い友が憎き亡霊に手を貸していたとわかったから顔を曇らせて苛立っていたのだ、と。


「…………そ、それは」


 キーガンが何か言おうと口を開くも、言葉にならない。


「それに、君にはあれを動かす理由がある。キーガン……君の妻と()()()()()()()()()()()。違うかい?」


「「「「「「「「――っ!?」」」」」」」」


 コンラートの一言が更なる衝撃を以て教会を奔り抜ける。


 アニスはぎょっとして、彼と共にいた妻と思わしき中年女性と、息子らしき青年に眼を向けた。2名とも今は脂汗を流している。


 コンラートがそれを知ったのは〈ヴァッケタール魔導史博物館〉前にて、〈魔導自律人形〉への対抗策をザビーネと考えていた時だ。



 ――『キーガンはそういう分野で働いていたと言ってました。何とかする手立てが思いつくかもしれません』


『なるほどな。いや、しかし彼の居所はわかっているのかね?』


『最後に見た時は教会前でした。家族を探す、と。今頃はもう教会に戻ってるはずです』


『何だと?』


『ですから、教会に――』


『違う、そうじゃない……キーガンに、()()()()()()はずだぞ』


『は……? いや、でも短剣を持って――』


『彼が来たのは二年前。家族を喪って環境を変えたかった、と言っていた。一等技士だし、”遺物”を扱う工房だからな――調査はしてるし、書類上でも彼の奥方と娘が七年前に事故で亡くなっていることは確認してる』


『そんな……じゃあ、あの時の家族を探すっていうのは……』


『まぁ嘘だろうな。なぜそんな嘘が必要だったのかはわからんが、少なくとも彼に家族はいない。ここに来てからそう言う関係を持ったというのも聞いてないな』――



 そのような会話の後、コンラートは急いで教会にやってきたのだ。

 

『おい後輩。最悪の場合、お前はお前のやるべきことをやれ。過去がどうあれ、今を見ろ。どんなに辛くともな。それが生徒を預かる担任の仕事だ。ま、無理なら旦那に言うがいいさ』


 去り際に掛けられたザビーネの言葉が脳裏を過ぎる。


(わかってますよ、先輩)


 内心で呟いたコンラートは古い友人に様々な色を滲ませた瞳を向け、


「キーガン、もう言い逃れは聞きたくない」


 断罪するかの如き言葉を投げ掛けた。


 すると、彼の古い友人は細い肩をふるりと震わせたあと、ゆるゆると脱力させ、両手を上げて(ひざまず)く。


「はは……そうか。全部、バレたのか……」


 途端、彼のこの場限りの妻()と息子()が逃げ出そうと駆け出し、


「『水衝弾・(かさね)』!」


「はああッ!」


 ラウラによる抜き打ちの魔術とラインハルトの軍刀(サーベル)の柄頭をお見舞いされて、


「ぎゃあ!?」


「ぅごぼッ!?」


 と、倒れ伏した。


 すかさず走ってきた生徒達がフィン主導の下、多少慣れたように2人をぐるぐる巻きにしていく。


「奥さんと、娘さんを取り戻そうとしたのか」


 コンラートは泣きそうな顔で静かに問うた。


「……そうさ。街や村を丸々異界化させるほどの超常の力。それがあれば――これほどの屍を積み上げれば、妻と娘を甦らせるという僕の悲願はきっと叶う。それだけの為に、この六年間を過ごしてきた」


 キーガンが呟くように応える。その眼は至って正気で、宗主のように”呪詛”に魅入られているわけでもいなかった。


 狂っていない。あくまでも現実的手段として”呪詛”を利用しようとしているのだ。


 ――いや、愛に狂ったのか……。


 フィンは彼をキツく縛り上げながら独白する。


 もし自分が妻を喪って、そして”呪詛”という人智を超越した現象を知っていたら? と、思うと背筋が寒くなる。


「…………キーガン、あれを止める方法は?」


 コンラートは心を鬼にして厳しい口調で問うた。しかし、『胎星派』に与していた一等魔導技士は首を横にゆるく振る。


「そんなもの……あるわけない。あの宗主はどうのこうのと注文をつけてきたけど、無理矢理起動させた魔導遺物が制御できるわけがないさ」


「だが、”呪詛”の力をあれに注ぐつもりだったんだろ? 君がいなきゃ奥さんと娘さんは――」


「僕がいなくても、あれはきっと二人に力を注ぐ。同類だと検知してね」


「まさか研究を――」


 キーガンがいっそスッキリとした顔で語る。


「ああ、あれを使おうと決めた時から研究成果をわざと報告してない。きっと大昔には何台もあれが動いてたんだろうね、頭部にそれらしき検知器があった。少しずつ、何にどう反応するのかも研究した。


 だから妻と娘の頭部には、あれが同類だと検知する波長を生み出す機材を取り付けてある。そして僕らのことは敵性生物として認知するよう、()()()()()()


 その顔はやはり真剣で技術者然とした雰囲気すら漂わせていた。


「だから大人しく捕まったのか」


 フィンが呻くように呟く。仮令(たとえ)自分が捕縛されて――仮令(たとえ)、死んだとしても悲願を達成するという捨て身の覚悟。


 コンラートは一瞬沈黙し、


「………………ラインハルト君、アニス君、すまない。急いでくれ」


 と迷いのない強い口調で指示を出し直した。


「わっかりました!」


「急ぎます!」


 ふんす、と鼻息を吐いた鉱人少女と軍刀を携えた金髪の青年が、教会横の大穴を抜けてサッと駆け出す。


「フィンは儀式用の衣装を用意してくれ。できるだけ派手でハッタリの利くようなものがいい」


「衣装……? あぁ、とにかく了解だ」


 続いて出された指示にフィンが怪訝な顔をしながらも走り出した。


「ラウラ君、ヘンドリック君、そして君達も。君らの健闘も、疲労も、重々承知で頼みがある。申し訳ないけど、〈魔導自律人形〉に少しでも損傷を与えて欲しい」


 コンラートは更に続けて、真剣な顔で防護柵(バリケード)前にいた生徒達に頼み込む。


「損傷……わかりました。元々斃すつもりですから」


 担任教授の真摯さを受け、ラウラは彼女の仲間のように――そして異性として慕っている彼のように不敵に笑い、


「簡単に言ってくれるねホント。こっち獣人族だよ? もう魔力ギリギリだっての」


「どっちにしたってやるっきゃねえんだろ?」


「とんだ課外実習になっちゃったね」


「でもアルクス達も戦ってんだ。頑張るしかねえさ」


 と生徒達が広場の砲術兵らのように皮肉混じりに鼓舞し合い、


「ああ、皆で学院に帰るんだ」


 ヘンドリックが一六式魔導機構銃を構える。


 それを見ていたキーガンは手足を縛られて座り込まされたまま、眼を丸くして古い友人を見上げた。


「…………この状況を本気でどうにかするつもりかい? 言っておくけど、あれは本物の魔導遺物だよ。それも狂った”遺物”だ。”呪詛”だって進行してる。僕は……悲願を諦めてなんかない」


 彼の瞳の奥には妻と娘を喪ったことに対する”絶望”が見え隠れしている。それこそがこの騒動の引き鉄だ。


 だが、死者は生き還ったりしない。喪った者は決して戻ってきたりなどしない。


「……わかってるよ、キーガン。君の”絶望”は僕には……いや、誰にも祓えない。でもこの場を支配する”絶望”は覆せるかもしれない」


 その事実に嘆き悲しんだ過去を持つコンラートは一度言葉を切り、


「奇蹟ってものを見せてやろうじゃないか」


 然れども、強い意思と共に気炎を吐いてみせた。

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