17話 顕現する絶望(虹耀暦1288年5月:アルクス16歳)
ようやくクライマックスパートの始まりです。
ここからラストへ向けて収束していきます。
〈グリュックキルヒェ〉南西部の路地。
「こ、このぉ!」
後退り、怯えた様子の『胎星派』信徒が雷撃を放つ。短剣――”使命の刃”の剣先から青白い稲妻が迸った。
「馬鹿の一つ覚えね。そんなの効きゃしないわよ」
しかし大剣を背負った美鬼は剣すら抜かず、何気ない仕草で「ふぅぅ~……っ」と凍てつく吐息を吹き掛ける。
途端に雨粒が凍っていき、空を駆ける稲妻は彼女と信徒の間に降り注ぐ無数の冰粒へと拡散。散り散りになっていき、大気へ溶けるように消え去った。
頭巾姿でも明らかなほどに男が狼狽する。
「そ、そんな……っ!」
彼の周囲には倒れ伏している同志の姿。
「邪魔よ」
そこへ無情な一言と共に先の潰された太い冰柱が剛速で放たれた。
「ひ――ぶげぇッ!?」
冰属性魔力の塊を顔面に叩き込まれた信徒がゴロゴロと転がって沈む。一応生きているが頭蓋骨は陥没、下顎骨も骨折しているだろう。
「捕らえよ! 武装を剥いで縛っておけ! 回収は後詰めがする!」
「「「はっ!」」」
鋭い指示が飛び、兵士らが転がっている信徒共を手際良くふん縛っていく。
「協力に感謝する」
指示を出した軍服の男性下士官が大剣を背負う三等武芸者――凜華へ礼を述べた。が、彼女は何てこともない、と肩を竦める。
「頭目の指示だもの。それより、此処らへんはもう大体片付いたかしら?」
『胎星派』の企みを知った凜華と南防壁で指揮を執っていた下士官は、元魔導騎士コンラート・フックスと別れてから住民の救助と信徒、及び協力者と見られる連中を打倒すべく、兵を率いて街なかへと出向いていた。
少なくともこの周辺に人影はもう見られない。
「そのようだ。我らはこれより広場の方へと向かう。そちらはどうする?」
「あたしも同行するわ。同級生達も教会に避難してるみたいだし」
街の中央方面から悲鳴混じりの喧騒が響いている。
「感謝する。では急ごう。お前達、広場へ向かうぞ!」
「「「「はっ!」」」」」
兵らと指揮官、そして凜華はいまだ昏く濁る暗雲の下、駆け足で動き出した。
ようやく軍とも連携が取れ、体勢は立て直されつつある。反転攻勢というやつだ。
おそらく広場へ辿り着けば、少しはこの騒動も鎮まりを見せるはずである――常識的に考えれば。
(だってのに何なの……? この胸騒ぎは)
凜華は胸に去来する厭な予感を拭えず、美麗な相貌を彩る勝ち気な美眉を皺寄らせた。
☆ ★ ☆
同刻――第ニ避難所となっている『虹耀教』の教会。
少し前に大きな両開きの樫扉は壊されて内部からは――黒い線状に降り注ぐ雨粒も、暴動染みた騒ぎも、第一避難所たる癒院の一角が粉々に吹き飛んでいる様子も丸見えになっていた。
「今です!」
上品そうな少女の、それでいて凛とした号令が奔る。
「「「「「「――『水衝弾』ッ!!」」」」」」」
即席防護柵の上から腕を突き出した〈ターフェル魔導学院〉1年7組の生徒達が魔術を発動。人の頭大をした水の塊が一斉に放たれた。
「どハッ!?」
「ぶぐぅッ!?」
「あぎゃあッ!?」
住民の背後から襲い掛かっていた頭巾姿の信徒らが非殺傷魔術を綺麗に食らって吹き飛ぶ。
すかさず陣頭指揮を執っていた少女――ラウラは”炎髪”を揺らして協力者の名を呼んだ。
「フィンさん!」
「任せたまえ! ――さぁ、こちらへ!」
少々頭髪の薄い助祭服姿の男性――彼女らの担任コンラートの元同僚たるフィンが飛び出し、信徒の顎を蹴り上げながら住民達を防護柵の内側へと誘導する。
「っ!? そこの作業着の男! 懐に何か持ってるよ!」
獣耳をピクッと動かした獣人の生徒が叫ぶ。フィンの誘導に従っていた一人が観念したように大振りの鉄杭を取り出した。
すると長銃――帝国製一六式魔導機構銃を構えた眼鏡の男子生徒ヘンドリック・シュペーアが大声を上げる。
「ぼ、僕が抑える!」
額に冷や汗を浮かべ、それでも口元を引き結んで銃床を肩口に当て、瞬間的に息を止めると引鉄を2度引く。
ドウ、ドウ……ッ!
「ぎぃッ!? ごおッ!?」
長銃の砲口から撃発された2発の『風術弾』が鉄杭を握る男の腕を撃ち抜き、腹に着弾。
非殺傷性の術弾だが、辺境伯領軍・正式採用装備の威力は伊達ではない。作業着姿の男が苦しそうに腹を押さえて涎を撒き散らす。
「よくやったヘンドリック! 俺が行く!」
そこへ切れ長の瞳に金髪の整った顔立ちの男子生徒――ラインハルト・ゴルトハービヒトが一直線に駆け、
「うおおおッ! はあッ!」
軍刀の柄頭を男の首筋へ叩き込み、鳩尾を蹴り上げる。
「ぉ、ごは……ッ!?」
「「「いよっしゃあ!」」」
作業着の男が頽れ、獣人族の生徒らを中心に快哉を上げた。
防護柵の内側には、癒院に避難しようとしていた住民でいっぱいだ。
コンラートの元同級生で、先ほど中年女性と学院生より少し年上の青年と戻ってきた痩せぎすの一等魔導技士キーガン・シャウマンもいる。
「この傷なら深くない。すぐに止血すれば大丈夫!」
怪我人の手当を買って出てくれているようだ。
そちらをチラリと見たラウラは、気丈な琥珀色の瞳を友人の鉱人族へ向けた。
「アニス、防衛線を上げます! 防護柵を前に移動させて下さい!」
指示を受けた小柄な少女――アニス・ウィンストンは豊かな赤毛を揺らして頷くと、
「がってん! 皆も手伝って!」
褐色の瞳を朱く輝かせる。『妖精の瞳』だ。
途端、喚び掛けられた大地の精霊が反応し、石畳や砕けた長椅子の破片などを巻き込みながら防護柵をズズズ……ッと前に押しやっていく。
「皆さんも柵に合わせて前へ! 列を維持して下さい!」
「す、すげ……ってわかった!」
「うちらも前に出るよ!」
「「「「おおっ!」」」」
「よ、よーし!」
「う……もうほとんど外だ」
「弱音吐かない!」
教会の砕けた扉スレスレにまで防衛線が上がり、ザーザーと降り注ぐ雨音や悲鳴と怒号の入り混じる喧騒が間近に聞こえる。
(……視野の広さが並外れてるな。機を見る力まで備えてるとは。本当に武芸者か? 士官ばりだぞ)
フィンは心中で独り言ちた。独立している武芸者と兵や下士官を動かす軍人では考え方や動き方がまるで違う。
だというのにこの少女はそのどちらの資質も兼ね備えているらしい。
最初に扉を壊した信徒らへ、抜き打き様に杖のような剣で蒼い――まるで”鬼火”のような炎弾を速射していた。そのおかげで戸惑っていた生徒達も士気を上げたのだ。
(そしてあの閃光……あれは、何なんだ? とんでもない熱量と魔力反応の光属性魔力。元魔導騎士でも知らんぞ。魔族の秘奥、なのか?)
先ほどより更に開けてしまった視界では、閃光を纏った矢が不可思議な軌道で雨を縫うように宙空を泳いでいた。
そんな困惑顔のフィンを差し置いて、ラウラは教会の上で一人戦う一党の仲間へ呼び掛ける。
「エーラ! そちらはどうなってますか!?」
すると奔っていた閃光が一瞬止み、屋根に空いた穴からひょっこりと森人族の少女が顔を出した。
真紅の龍鱗布と短外套を纏い、アニスと同じく『妖精の瞳』を鮮緑に輝かせたシルフィエーラだ。
「さっきよりはだいぶマシになってるよ! でも癒院の方で騒ぎが起こってるっぽい! たぶん連中の仲間が暴れてるんだと思う!」
彼女の言う通り、広場で逃げ惑う人々やそれらに襲い掛かる頭巾姿の連中はかなり数を減らしている。
その代わり、第一避難所の内部で上がっている悲鳴を彼女の鋭い聴覚は捉えていた。
「こちらから何とかできますか!?」
「うーん、ボクは窓から射貫くくらいしかできないかも……ここから動くのも不安だし」
「そうですか……」
琥珀と緑の瞳が悩ましげに交わる。するとそのやり取りを聴いていたアニスが声を上げた。
「それならアタシが癒院とここを繋げたらどう!? 建物は石造りだし、精霊も動いてくれると思う!」
驚いたような表情で顔を見合わせた”天弓”と”炎髪”の逡巡は刹那。
「フィンさん、ここに横穴を空けます! 構いませんか!?」
ラウラが訊ねると、
「この際だ! 構わんぞ!」
フィンは迷うことなく頷いた。むしろ救けるべき住民を誘導できるのならやってもらうべきである。
「助かります! アニス、私とエーラでここを崩します! 一気に癒院までの通路をお願いします! フィンさんとラインハルトさん、ヘンドリックさんは彼女を護って下さい!」
「了解だ!」「任せておけ!」「あ、ああ!やるさ!」
元魔導騎士、7等級武芸者、辺境伯家次男がそれぞれ異なる表情を浮かべつつも力強く了承する。
「ありがと!」
アニスが嬉しそうに身体を弾ませ、
「皆さんは引き続き防衛線の維持を! ですが侵入口がニ方向になります! 警戒を引き上げて下さい!」
ラウラが更なる指示を飛ばした。
「了解だよ!」
「お、おう任せろ!」
「「「「うん!」」」」
「「「わかった!」」」
「よ、よぉーし!」
生徒らが気合いを入れ、コクコクと頷き、顔を引き攣らせつつ、身体をブルリと震わせる。
「そんじゃあやるよ!」
屋根にいたエーラは鮮緑に瞳を輝かせ、手を掛けていた鐘塔を蹴りつけてトォン……っと跳び上がり、短外套に風の精を呼び込むや否や、複合弓を半弓型へと切り換え――――。
「『燐晄縫駆・四連』ッ!!」
空中で矢継ぎ早に速射した。
カァン! と高く澄んだ弦音が鳴り響き、閃光を纏った四ツ矢が屋根に空いた穴へ翔び込む。
そのまま教会の北側の壁へと吸い込まれるように着弾し、貫通。分厚い石造りの壁の上下4点を左右対称に射貫いてみせた。
紛う方なき絶技。避難していた住民らや生徒達が眼を瞠る。
「離れてて下さい! 『風衝弾・襲』ッ!!」
そこへ杖剣の刃の上で”刻印指輪”を滑らせて術を『複製』、5つの術式を直列に繋いだラウラが魔術を発動。
”遺物”の刃を通り、時空を断絶された魔力が一気に分裂――急激に増幅されて放出。
不可視の巨大な風弾が、暴風の如き威力を伴って教会の壁面へ衝突した。
「う、うおわっ!?」
「ひゃあ!?」
轟音が鳴り響き、少なくない揺れが教会を襲う。思わず教会にいたほとんどが頭を覆って姿勢を低くした。が、直後ぽかんと口を開ける。
魔術を放たれた石造りの壁にポッカリと穴が空いていた。
「アニスっ!」
すかさずラウラが友人の名を呼び、
「ボクも援護するからお願いね!」
エーラも屋根からひょいと顔を覗かせる。
「……はっ、うん! まっかせといて! さぁさぁ、皆! やるぞぉ~!」
驚いていたアニスはハッと我に返り、瞳を朱く輝かせて動き出した。
「皆も手伝ってあげて!」
「通路が出来次第、防護柵を拡張します! 魔力を温存しておいて下さい!」
慣れたようにエーラとラウラが指示を出すと、生徒達も「そ、そうだった!」と慌てて動き出す。
「…………何とかなるかもしれん」
その様子を見ていたフィンが誰にも聴こえぬようにポツリと呟き、キーガンは眼の前の光景に心打たれたように呆けた顔をしていた。
状況は間違いなく好転している。彼女ら武芸者と協力する者達の行動が反抗の狼煙となって、徐々に広場の騒動が鎮静化への道がようやく拓かれたのだ。
けれど、当の彼女ら武芸者の表情は優れない。必死に口元を引き結んでいるが、胸騒ぎが治まらず、瞳は不安に揺れている。
直後――……その不安が的中したかのように、絶望が具体的な実体を以て姿を現した。
☆ ★ ☆
『不知火』の中で最も早く”ソレ”に遭遇したのはアルクスであった。
北防壁への襲撃を鎮めた後、指揮を執っていた中年下士官――リューレ上級曹長とその麾下に属する砲術兵らと共に、潜伏している『胎星派』信徒を討つべく、街なかへ打って出たおよそ10分後のこと。
現在地は〈グリュックキルヒェ〉中央寄りの北西部。〈グリプス魔導工房〉から宿泊していた大衆宿方面に続く路地だ。
「ここいらに敵は――……さすがにもう居ないか」
襲撃してきた傭兵らを残敵掃討した際に、龍眼を使用すべく『八針封刻紋』を5針目まで戻していたアルは溜め息を吐くように呟いた。
雨粒を吸った”灰髪”が顔に張り付いて鬱陶しい。
その呟きをリューレ上級曹長が拾う。
「元々北西部は工業地域だ。大河から引いた水を作業に使うからな。住居も少ない分、件の狂信者共も放火だけに留めたんだろう」
古くは金属加工の作業場だった名残で、冷却水が必要であったり、火事が起きた時に対処しやすいようにであったり、と工房の類はこの区画に密集している。
「それでも何名かは捕縛して転がすことになりましたけどね」
応じた彼の部下の声は苦り切っていた。黒煙と悲鳴に彩られた街へ踏み込んですぐのことである。
蹲っている女性が居たので、街の防衛を任されている兵士として救助へ駆け寄ったら包丁で喉を切り裂かれそうになった。
害意に気付いたアルが直ちに女性の腕を蹴りつけたので大事には至らなかったが、要救助者だと油断していた砲術兵は頬をザックリと裂かれてしまった。
その後も、住民に紛れて潜伏していたと見られる『胎星派』信徒ら数名の襲撃に遭い――――これを捕縛。
「暴徒ならまだしもさ…………」
女性兵士の声も暗い。
「ああ……顔見知りもいた」
同僚に応じたもう一人も頷く。
取り押さえること自体は容易だったし、砲術兵の彼以外目立った負傷もない。
だが先の女性も含めて全員が一般的な装いをしていた。外から襲撃してきた連中のように深藍色の長外套を着ていたわけではない。
兵士やアルの預かり知らぬことだが、彼らは尖兵として先んじて現地に潜り込み、コンラートらとぶつかった信徒ではなく、この騒ぎが起きる以前からここでヒッソリと暮らしていた”羊歯”と呼ばれる者達である。
『胎星派』の理念に賛同しつつも、傑出した技能や幹部になるだけの頭脳や金を持ち合わせておらず、現地指導者らの下で盲目的に活動に従事する信者。
現地人の信用を勝ち取り、関係を醸成し、組織に、街に、馴染む――環境への適応性が高く、それでいて目立つことなく、そしていつの間にか繁茂している。
ゆえに”羊歯”。『胎星派』が送り込んだ真の尖兵。
「おそらく『胎星派』の狙いはそれです。その不信感が疑心暗鬼を喚び、互いに武器を向け合う。住民の数より圧倒的に少ない人数で”混沌”と”悲劇”を産み出すヤツらの手口なんでしょう」
アルは砲術兵らを叱咤するように緋色の視線を向ける。
リューレ上級曹長と兵士達はハッとした。
そうだ。途中から出会った数少ない住民らに剣を向けようとする己がいた。
それこそが『胎星派』の望み。要所で混乱を創り出し、街を陥落させようとする卑劣なやり方。
その手口に乗れば、部下の報告通り”呪詛”が顕現してしまう。
「その通りだ。我々は”護る”為に在る。努々忘れてはならん。皆、今一度意識を引き締めよ」
「「「「はっ!」」」」
リューレ上級曹長が戒めるように一喝すると、兵士らも神妙な顔でザッと軍靴を鳴らした。
「それで”鬼火”の、君はこれからどうするつもりかね?」
一つ頷き、改めて訊ねる中年下士官に、
「第一、第二避難所のある広場へ向かうつもりです。あちらから聴こえてくる悲鳴は止んでませんし、おそらく一番酷い状況にあると思います。それに、仲間も戦ってるはずですから」
『不知火』の頭目が決然と応じる。
「そうか。ならば我々も同道しよう。此処周辺は彼の言う通り、ほぼ片付いた。きっと兵舎の方からも准尉殿が兵を送るはずだ」
「「「「はっ!」」」」
「わかりました。じゃあ行きましょう」
そうして急ぎ足で広場へと移動を開始したアルとリューレ上級曹長率いる兵士であった――――……が、癒院の大きな建物の角が煙を上げる家屋越しに見えてきた頃。
時間にすれば2分もせぬ内に、全員が立ち止まる。
「なんだ、この振動……?」
アルはキョロキョロと首を動かした。どこかから響いてくる音が空気どころか大地まで揺らしている。
ガン……ガン……ガン……ガン……ッ!
どこか規則正しく、重たいものが石畳を叩く音。振動に混じってパラパラと細かい瓦礫が落ちるような、砕けるような音も聴こえる。
「上級曹長殿……!」
「総員、警戒態勢を執れ!」
兵の一人が身を強張らせ、リューレ上級曹長が命令を飛ばした――瞬間。
ゴッ、バアアアァァ――ッ!
と路地に並ぶ家の壁をブチ壊しながら”ソレ”が現れた。
「「「「ッ!?」」」」
「な、何だ!?」
吹き飛んだ瓦礫から咄嗟に距離を取りながら兵士らが眼を見開く。
”ソレ”は胸部の大型擬似魔晶石を淡く光らせた、身の丈3mを超える鋼の巨人だった。
無機質な表情に均整が取れた筋骨隆々な鈍色の巨躯。アルはこの巨人を知っている。
「”魔導、自律人形”……!?」
〈グリプス魔導工房〉で研究中の、起動条件すらわかっていない魔導遺物だった。
なぜここに? そもそもどうやって動いている?
あまりに唐突に出現した”遺物”にアルですら愕然とする。
その間に鋼の巨人は悠然な動きでグルリと首を巡らせ、閉じていたはずの瞼を開いて眼下を見下ろす。
魔導灯を連想させる赤く丸い瞳孔が、”敵の存在”を認識してポゥ……と光った。
――ヤバい!
「下がって!」
「退避ぃッ! 散開せよ!」
ほぼ同時にアルとリューレ上級曹長が叫ぶ。
次の瞬間、振り上げられた雄々しい鋼の巨腕が雨風を渦巻いて唸り、石畳にドゴォ――ン! と、叩きつけられていた。
「「うぉぉおおおッ!?」」
「「のわあああッ!?」」
何とか左右に飛び退いた兵士らであったが、衝撃に体勢が崩れ、ゴロゴロと転がる。リューレ上級曹長も瓦礫の破片を腕で防ぎながら何とか躱せたようだ。
「くっ……『蒼炎気刃』!」
瓦礫を見切って躱したアルは慌てて魔術を発動。刃尾刀に蒼炎の刃を纏わせ、三角跳びの要領で塀を蹴りつけると即座に反転。
「でぇえああッ!!」
大上段から唐竹に振り下ろす。だが――……。
”魔導自律人形”は見た目の鈍重さとは見合わぬ無駄のない動作で首を上向かせ、太い左の剛腕をズォォ……ッと掲げた。
ギャリリイィィィ――ッ!!
直後、蒼炎の刃と鋼の剛腕が衝突し、火花が散る。
「な゛ッ!?」
その結果にアルは驚愕を禁じ得ず、緋瞳を見開いた。
「お、おいなんで……!?」
頬に切創のある兵士も唖然として呟く。
「大砲だって斬ったのに……!?」
女性兵士も有り得ない、と呆けた。アルのみならず、その場にいた全員が驚いたのはそこである。
『蒼炎気刃』――闘気から転じた高出力状態の蒼炎刃を受け止めた、と云う事実に衝撃を受けていたのだ。
赤くポゥ……と光る”魔導自律人形”の瞳孔とアルの緋瞳が合う。
「っ!?」
次の瞬間、鋼の巨人が太い左の剛脚を繰り出した。
「ちい……ッ」
アルは蹴り上げられる直前、刃尾刀の柄から左手を離して蒼炎を噴射。
無理矢理に落下軌道を変え、空中で石畳と水平に反時計回りしながら瞳孔に金縁を奔らせると、
「はッ! だあッ!」
剛脚へ斬り上げ、返す刀で斬り下ろす。だが、やはり効果がない。
瞬間的に”本能の限定解放”まで使用した斬撃だったと云うのに、鋼の左足を熔断することはなく、火花がギャリィ……ッと散っただけであった。
「なんだ……!? あの手応え――!」
刃から伝わる妙な感触。硬いという感触以外にも、反発を受けたような感覚に思わず手元を見ながら着地し、サッと距離を取る。
「――ッぐ!?」
しかし、”魔導自律人形”がそうはさせなかった。繰り出した左足を戻すと同時にガァン! と石畳を踏み切って、鋼の右腕を大きく振り上げる。
(気配が――読めない!)
「うッ、『蒼炎羽織』ッ!」
咄嗟に蒼炎の衣を4枚纏い、広げられた鋼の右掌を躱しながらスレスレで轟ッ! と、真後ろへ吹っ飛んだ。
バッ、ガァァァァァン!
直後、石畳が爆発するように弾け飛ぶ。
「ぐぅぅ……ッ!? 頭が消し飛んだかと思った……!」
ギリギリ難を逃れたアルは流れる冷や汗を拭った。
髪を掠っただけで無理矢理に首が下向かされそうになるほどの風圧だ。心臓がドッ、ドッ……と脈打っている。
「そこだ! 範囲を小に固定! 一点集中せよ!」
リューレ上級曹長はそこへ攻撃指示を出した。狙うは鋼の巨人の背中だ。
「「「「『火炎槍』――!!」」」」
砲術兵達が効果範囲のみを絞って軍用術式を放つ。ところが――――。
”魔導自律人形”は首だけをそちらにグルリと回すと、直後頭の向きに身体を合わせるようにギュン! と、時計回りに半回転。
太い右の剛腕をズォォ――ッ! と、振るって帝国陸軍兵の放つ幾つもの『火炎槍』にぶつける。
それだけで大半の『火炎槍』が消し飛ばされ、一応着弾してみせた幾つかの炎槍も数秒と経たずに消え去った。
「おい嘘だろ……!?」
兵士が戦慄する。鋼の腕は一瞬だけ熱で色味を変えたものの質量差が有り過ぎるのか、瞬く間に元の鈍色へと戻った。
「伏せて!」
今度はアルが左手で蒼炎杭を3本擲つ。抜き手も見せぬ投擲。アルの十八番。
だが”魔導自律人形”は恐るべき捷さで反応し、左の剛腕を振るった。
風圧で蒼炎杭が消されることはなかったが、鈍色の手の甲によってぬるりと逸らされ、塀に着弾。
爆発した蒼い炎に炙られながらも健在な姿で”魔導自律人形”が一歩踏み出す。
「魔力に反応してるのか……!? それ以上に、なんだ今の!?」
四枚翅を揺蕩わせたアルは発動し掛ける『釈葉の魔眼』を抑えて鋼の巨人を凝視した。
――頭が向いてからの反応速度も異常だ。認識と対応がほぼ同時……!
「しかも、属性魔力を受け流した……!?」
それが”遺物”の効果だとでも言うのだろうか?
そもそもあんなのが動いてる時点でも破格だというのに。
「「「「「「「きゃあああああああああ!?」」」」」」」
「な、なんだよあれは!?」
「きょ、巨人だ! 巨人が攻めてきたぞ!」
そこで唐突に悲鳴が上がる。
ハッとしたアルが見てみれば、いつの間にか広場の北寄りに来ていたらしく住民達の視線が”魔導自律人形”に注がれていた。
そして次の瞬間――。
ゴゴ………………ゴゴゴ…………ゴゴゴゴ……ゴゴゴゴ……ッ!
地響きと共に大地が揺れ始めた。
「な、地震!?」
アルは思わず傾いだ身体を立て直す。
「バカな!?」
「なんでこんな時に!」
リューレ上級曹長を始めとする兵士達の声も耳に届いた。
「「「「「「きゃあああ――ッ!?」」」」」」
「い、イヤあぁぁっ!? 助けてぇ!」
悲鳴が一層大きくなる。それに合わせて揺れも強くなった。
アルは脳裏を稲妻の如く過った思考に愕然とする。
「……まさか、これを狙ってた!?」
”呪詛”を上手く引き起こしたとして、人智を超えた力をどうやって制御するつもりなのだろうか? と、ずっと疑問に思っていた。
――”魔導自律人形”だ。これに”呪詛”を降ろす気か!
しかもどうやったのかはわからないが、これを暴れさせることで混沌の中にいる住民達が更に”絶望”する。負の連鎖だ。
”魔導自律人形”は”悲劇”を生み出す”鍵”であり、この地の人々を”絶望”に陥れる権化。そして”呪詛”という人智を超えた力を注ぐ器だったのだ。
「させて堪るか! 『蒼炎気刃』ッ!」
アルは刃尾刀を左手に持ち替えて龍牙刀も抜き放つや、双刀に轟々ッ! と湾刀のような蒼炎を象らせて――加速。
一気に最高速に至り、鋼の巨人へと突撃する。
ところが”魔導自律人形”は瞳孔をポゥ……と光らせ、唐突にゴパ……ッと口を開けた。
LaLa……LAAAAAAAA――――!!
鋼の口腔から魔力の籠もった咆哮が放たれる。
「な……ッ!?」
思ってもみない攻撃にアルは眉を跳ね上げ――それでも四枚翅から爆炎を噴き出して横っ飛びに躱した。
だが予想より効果範囲が広く、奔り抜けた衝撃に左腕が跳ね上がる。
「しま――――」
「”鬼火”!!」
リューレ上級曹長が叫び、兵士達が術を紡ごうとするも遅かった。
雨水と石畳をドッガン! と、踏み割った巨体が間合いを潰し、鋼の右足を後ろへ振り上げる。
(マ、ズ――)
アルに出来たのは蒼炎の四枚翅を己の左側に纏わせることだけだった。直後、凄まじいほどの衝撃。
「ッな……ブッ!? ぐぁぁぁッ!?」
『蒼炎羽織』を弾くように押し退けた鋼の剛脚が左脇腹に突き刺さり、食い縛った歯の隙間から血が噴き出す。
そのまま轟音と共に瓦礫を砕きながら吹き飛ばされた。
「”鬼火”――!!」
リューレ上級曹長が顔色を青褪めさせてアルを呼び、兵士達の半数が術を紡ぎ、残り半数が血相を変えて走り出す。
住民らは跳ね転がってきた”灰髪”の青年に悲鳴を上げ、そしてその凶行に及んだ”魔導自律人形”の姿に恐怖のあまり声も出せずにへたり込んだ。
広場が一気に騒がしくなったことで、教会の屋根にいたエーラが尖り耳をピクッと動かす。
「今の何?」
先ほど地震が発生し、今も断続的に揺れ続けている。直感的に広場の方だと感じて目を凝らすと、鋼の巨人の頭部が見えた。
「あれって――」
だがそれ以上に別のものへと目が吸い付き、すぐさま悲鳴を上げる。
「え……? うそ……やだよ、そんな! アルっ!?」
エーラの緑瞳に映ったのは、鋼の巨人の視線の先。
彼女の想い人で『不知火』の頭目でもある青年が”灰髪”と服を血に染め、瓦礫のなかで倒れ伏す姿であった。
コメントや誤字報告、評価など頂くと大変励みになります!
是非とも応援よろしくお願いします!




