15話 先輩技士と後輩武芸者(虹耀暦1288年5月:アルクス16歳)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
シルフィエーラとラウラが教会で陣を敷き始める少し前。
〈グリュックキルヒェ〉の第3避難所となっている〈ヴァッケタール魔導史博物館〉の門前では、一人の女性魔導技士が白衣を雨に濡らしながら必死で作業を行っていた。
アルクス達の担任コンラート・フックスの学院時代の先輩で、現〈グリプス魔導工房〉の工房長ザビーネ・リーチェルだ。
魔導学院生の大先輩でもある。
彼女は今、眼鏡や束ねた黒髪から流れる雨粒も無視し、険しい顔つきで眼の前の機材を調整していた。
そう大きくもない箱型の機材で、何かを取り付けられそうな細い穴が空けられている。
そこへ中年男性が博物館の方から走り込んできた。
「親方ぁ! 博物館の主核擬似晶石と銀束線、繋げてきやしたぜ!」
彼はザビーネの部下で同じ『大工房』で働いている職人だ。
ここへ家族と避難してきていたので、ザビーネがこれ幸いと手を貸してもらっていたのである。
「ご苦労! あとはこっちの調整だけだ」
「しかし……結界なんていけますかね? 攻性魔術に耐える強度なんて相当の魔力を消費しますぜ。とても長持ちするようなもんじゃ……」
職人が指摘する。
彼の言うようにこの大陸で云う結界というのは、名ばかりの魔力障壁と云う認識が強い。
知識のない者ほど安易に使いたがる用語だが、理解している者の使う”結界”とは意味がまったく異なる。
魔術に造詣の深い者――研究職の魔導師らは専ら『攻性防壁』や『防護障壁』という単語を用いるし、砲術兵やその他兵士達は「実用的でない」との理由からそんなモノを張らず、戦闘状態に高めた魔力を体外に放出して防御姿勢を執る。
その実態は防御対象を壁状や円球状の固形化した魔力で押し包む――と云うものだが、強度もマチマチで薄くなりやすく、仮令ガチガチに硬化させたとしてもそれゆえの弊害が起こる。
例えば――――。
・ 一度張ってしまうと出入りの自由が利かなくなり、解除すると魔力を捨てることになる。
・ 鋼鉄や石、土砂と違って衝撃を逃がすというのが滅法苦手で、物理的な強度を高めた分、一点集中させた攻性魔術を数発もらうとヒビが入って一気に崩壊する。
などなど、これだけでも致命的である。
そうならないようにするには恒常的に魔力を補充して結界を維持し続けたり、何層も重ねたりしなければならないのだが、当然の如く魔力を大量浪費する。
例外的なものと云えば、それこそ〈ターフェル魔導学院〉の長であるシマヅ・誾千代やヴィオレッタなど魔力の質が高い魔族が張る障壁くらいのものである。
尤も、その二人はそんなものに頼らないし、アル達の拠点家に張られている結界も『条件起動式攻性防壁』という長ったらしい名前のもっと複雑に組まれた魔術だ。
「わかってるさ。だが、魔導史博物館の”遺物”をヤツらに利用されてみろ。今よりもっと酷くなる」
ザビーネは一等魔導技士。当然、その程度の知識なら常識である。
「そいつぁ……そうですが」
職人もそう応えるしかない。
ヴァッケタール山に建てられた魔導史博物館からでも街なかの騒ぎは見えていた。
油紙を引き裂くような雨音すら貫通して響き渡る甲高い悲鳴、止みそうもない泣き声、地響きのような怒号。
黒煙が上がり続ける家屋。先ほど南北の防壁から上がった光信号。
まるでいきなり大戦時代に引きずり込まれた気分だ。
ここだってそう高い位置ではない。せいぜい小高い丘程度だ。
ほんの少し降りれば、すぐにでもあの混沌に呑み込まれてしまうだろう。
「だから我々はここを護る意味でも結界を張っておかなければならないのさ。幸い老兵とは云え、警備の者が守りはなんとかしてくれるそうだし」
細い顎を滴る雨粒を振り払ってザビーネが不敵に笑む。
現状ここまで避難してきている者は少ないが、元兵士だった者や元武芸者だった警備が避難民を守ってくれるらしい。
だからこそザビーネはここの核となってる貯蓄型擬似晶石と結界発生装置たるこの機材を繋げさせ、作業に集中できているのだ。
「わかっちゃいるんですが、街がこんなになっちまってどうすりゃいいんだか……いっそ逃げちまうって手も使えなさそうですし」
「気弱になってどうする? シャキっとしろ。こういうときこそ職人魂の見せ時だぞ? 防壁に負けないくらいの壁、午前の内に建ててやるくらい言いたまえよ」
情けなく眉を八の字にさせた――己より横幅が2倍もありそうな職人をザビーネが叱咤する。
幸いなことに本当に危険な魔導遺物は国が厳重に管理しているものの、効果が不明なモノや一定の危険度を越えないモノはここに展示してある。
この騒動を仕組んだ敵の手にそれらが渡ってしまうのはどうにか避けたかった。
「……ありゃあ大工や石工の専門分野でさァ。すいやせん親方、弱音吐いちまって。オレのことなら幾らでもコキ使って下せえ」
顔の雨粒をグシグシと拭って職人が決意を見せる。
「ああ、頼もしい限りだよ」
ザビーネは湿気た煙草を咥えてフッと笑ってみせた。
「にしても強いすね親方は。こんな状況なのに」
「強くなどないよ。君の知る通り一介の一等技士だ。ただ、旦那と後輩に元魔導騎士がいるというだけさ」
「い…っ!? ま、魔導騎士!? マジですかい?」
「ああ、これを乗り越えたら紹介してやろう。きっと驚くぞ」
ザビーネは唇の端を吊り上げてみせながら「完全に湿気てるな」と白衣の胸ポケットに煙草を戻した。
職人があまりにいつも通りな工房長に毒気を抜かれたように肩の力を抜く。
その時だった。
「な、なんだお前達は!?」
「避難してきたんじゃないのか……!?」
「と、止まれ! 顔を見せろ!」
逸早く気付いたらしい警備の誰何する声が聞こえた。
普通そんな言葉を掛けることはない。せいぜい「ここなら安全だ!」とか「大丈夫か!?」とかその程度だろう。
「なんだ……?」
訝しむザビーネと職人は直後、彼らがそんな態度を取った理由を悟った。
〈ヴァッケタール魔導史博物館〉の前に現れたのは、黒藍色の頭巾を目深に被った集団だったからだ。
全員が横並びで顔は判別できない。
(ひい、ふう、みい……九人? それにあの九芒星。まさか……!)
ザビーネは背筋を泡立たせた。
黒藍色の集団。そして彼らの胸についている刺々しい星を模した金の刺繍。
彼女の脳裏でかつて夫が話してくれた場面が弾ける。
元の『八芒教』から破門され、命を冒涜して回った挙げ句、10年前に滅ぼされた最悪の異端宗派。
(後輩の怨敵…!!)
「いかんっ! そいつらは敵だ!」
ハッとしたザビーネが鋭く発した警告は――……。
残念なことに、僅か一歩遅かった。
「「「「「「「「「我らが真なる星辰を――――!!」」」」」」」」」
頭巾姿の9人が警備数人へ向けて、ダボついた手元から鈍く光る”短剣”を向ける。
途端にその剣身が青白く発光し、止める間もなく雷鎚の束が一直線に放射された。
「「なっ、ぐああっ!?」」
「「「う…あ、あああっ!?」」」
雨粒を蒸発させて迸った稲光が容易く警備らの肉体を貫く。
一般的な実力の術師が放った魔術とほぼ同威力の雷属性魔力の直撃を受けた彼らは、焦げ臭い煙を上げながらバタバタと倒れ伏した。
ピクリともせず、呼吸もしていない。
「な……なんだってんですかい、ありゃあ!?」
頭巾の集団があまりに躊躇いなく、また呆気なく命を奪った光景に中年職人が憤りと困惑、戦慄きと共に叫ぶ。
「どうやらまだ残っていたようだ」
頭巾の集団――『胎星派』信徒らの中心に居た人物がザビーネと職人を一瞥して呟くと、並んでいた者らが次々と”短剣”を投げ捨てた。
ガランッと音をさせて落ちたソレらの剣先が水溜まりでジュ…と微かな煙を上げる。
(使い捨ての……魔導具だと?)
ザビーネは気味の悪い殺気を肌で感じながら内心で呟いた。
これでも学院出の技士だ。眼前の集団が魔術に長けた連中でないことくらいはわかる。
それが魔術並の属性魔力を一斉に放出した。しかも、組み飴を切ったように変わらぬ威力で、だ。
あの”短剣”が狭義の意味での――つまり擬似魔晶石を用いた魔導具であることは、一片の疑いようもないだろう。
似たような仕組みの廃れた武器も知識にある。
だがそれゆえの――自身が技士ゆえの違和感も感じた。
「ふ……たった二人か。ならば”使命の刃”を使うまでもない。殺せ。この地に捧げる贄は多い方が良い」
と、同時に『胎星派』の中心にいた男が指示を下す。
まるで謡うようなその口調は己に酔っているようで、その実どこか空虚であった。
耳触りの良い言葉をなぞっているような、どこにも本音など存在していないような気味の悪さが残る。
信徒らはそういったものを感じていないようで、一斉に小剣を引き抜いた。
「お、親方ぁ!」
部下の職人が泡を食う。
「ちっ、もう少しで調整も終わるというのに。こんなことなら定期的に運動でもしておくんだった」
ザビーネは舌打ちを一つして細い眉根をぎゅっと寄せた。
彼女が魔導学院の〈騎士科〉にいたのは、もう20年も前のことだ。
あの頃のように身体が動かせるわけもない。
――だが、それは『胎星派』信徒らとて同じこと。
「下がっていたまえ。こういうのは旦那か生意気な後輩の専門分野だが、そうも言ってられんらしい……!」
なんとか敵の素人加減に付け込むしかあるまい、と右手の指に刀印を象らせる。
「な、無茶ですぜ親方!」
直後、職人が冷や汗を浮かべて首をブンブンと横に振り、
「術師とは……”遺物”の守り手のつもりか。殺してしまえ! 術を紡がせるな! その血を触媒に、この地を絶望で浸すのだ!」
中心の信徒が高らかに叫ぶ。
「「「「「「「「オオオ――――ッ!」」」」」」」」
小剣を持った『胎星派』信徒8名が熱に浮かれた雄叫びを上げて駆け出した。
魔術師を相手にしているというのに数的有利なのか、指示役の扇動のせいなのか怯えもない。
ザビーネが「これだから狂信者は!」と扱い慣れぬ攻性術式を描き、職人が哀れなまでに色を失う。
彼我の距離はそれほどない。
一人、二人は術に巻き込んで倒せたとしても、残った信徒らはきっと止まらないだろう。
多くても4人仕留めたところで、自分も部下も死ぬ。
いまだ平静を保ち、怜悧な頭脳を持っているがゆえ、ザビーネには少し先の未来がわかってしまう。
(く、打つ手を誤ったか!?)
博物館内に逃げ込んでしまえば、まだ時間稼ぎは出来たのかもしれない。
だがあの指示役の男はここに魔導遺物があることを知っている様子だった。
このまま太古の魔導具が展示されている博物館内に逃げ込んだとして、待っているのは下手人共の更なる増長、そして第3避難所の崩壊。
現在ここに避難している住民も含めて〈グリュックキルヒェ〉が取り返しのつかない混沌に呑まれてしまう。
「どちらにしろ詰みか……!」
ザビーネが刀印を止めぬまま臍を噛んだ――……瞬間。
「やらせてたまるかってんだよッ!!」
暗いワインレッド色の影が石段を蹴り上がって飛び出した。
「「「な、ぁ……!?」」」
振り向いて目を剥く『胎星派』の信徒らへ獣のような低い姿勢で肉薄し、
「でぇえりゃあッ!」
「がベ――ッ!?」
「コ、ぱ……ッ!?」
両手に閃かせた凶悪な爪で瞬く間に2人の喉元を斬り裂く。
そのままザビーネと職人を護るようにズザァ――ッと前に立ち塞がった。
「ま、魔族っ!?」
その姿に職人が素っ頓狂な声を上げる。
ザビーネらの前に現れたのは、両腕の狼爪を構え、狼脚を撓ませた青年だった。
細身ながら鍛えられた人間の上半身に、怒りを灯した鋭い灰紫の瞳。
【部分変化】したマルクガルムだ。
「き、君は確かコンラートのところの……!」
ザビーネは『大工房』見学に後輩が連れてきた生徒のなかでも、唯一しっかり帯剣し、鎧まで着た少女らと一緒にいたこの青年を憶えていた。
「あ? ってザビーネさん!? なんでこんなとこに!?」
思わぬところで担任の名を耳にしたマルクも首だけ振り向いて驚愕した。
『胎星派』と名乗る連中が博物館前で誰かを襲っていたので慌てて駆けつけてみれば、昨日紹介されたばかりの『大工房』の親方だったのだから。
「え、あぁ私はここに結界を張ろうと――」
ザビーネが応え掛けたところで、
「マルク!」
鋭いながらも少女の声が届いた。
声がした石段の方角――『胎星派』信徒らの奥を見ると、騎士盾を左腕に括った鎧姿の少女が右手に長剣を抜いて構えている。
「あ、あの嬢ちゃんは昨日『大工房』に来た…………」
ソーニャだ。さすがに見覚えがあったらしい中年の職人が口走る。
マルクは彼女と『大工房』の2人、そして残った『胎星派』信徒ら7名に視線を走らせると、すぐさま声を上げた。
「ザビーネさん、話は後だ! ソーニャ! この連中を片付けるぞ!」
「ああッ!」
ソーニャは応じるや否や長剣を背後へ靡かせ、盾を前面に掲げて駆け出す。
「魔族に、武芸者だと!? き、聞いてないぞ……! くそっ、殺れ! ”使命の刃”を使っても構わん! その者らも贄とせよ!」
挟撃される形になった指示役の信徒が唾を飛ばした。
先ほどまでの余裕の態度が剥がれかけている。
「「「「「「オオオオ――――ッ!」」」」」」
残った信徒らが小剣を構えたまま腰から”使命の刃”を引き抜く。
しかし、たかが”霊装”もどきを携えた素人が個人四等級、三等級の武芸者に敵うはずがない。
6名ではとてもじゃないが足りない。対等に戦うだけでもこの3倍は必要だ。
「なにが”使命”だ! てめェらの薄汚え野望なんぞ、俺らでブッ潰してやらァ!」
マルクはそう吼えると石畳をダッと蹴りつけて、
「だあッ!」
信徒一人の懐に一瞬で飛び込むと同時に左の狼爪を鋭く閃かせ、
「ぎゃ――ッ!?」
ズドッ! と、胸を抉り抜いて爪を引き抜く。
次いでもう一人が振り下ろした小剣と擦れ違わせるように「しッ!」と右の狼爪を振り抜いて、
「う、うわあああ……あ゛ァッ!?」
手首から先をズッパリ斬って落とし、
「ぜあッ!」
「かふ……ッ?」
信徒が半狂乱になる前にもう片方の狼爪で喉から下顎を貫いた。
一方、ソーニャも萌黄色の瞳に闘志の炎を燃やしてダダッと駆け、
「う……こ、このォ!」
それに合わせて振り下ろされた小剣を盾で受け止める――と、見せて左半身をサッと引いて躱す。
「んなっ……カハッ!?」
思わぬ返しに信徒が体勢を前に崩し、頭巾の下で眼を見開いたときには鉱人の打った魔剣が頸動脈を斬り裂いていた。
赤黒い血が一瞬噴き出し、膝からガクリと崩れ落ちる。
それを一顧だにせず、ソーニャは長剣を左袈裟に振り抜いた姿勢で左腕をグイッと後ろへ引くと、
「『隠蛇ノ帯壺』!」
実質彼女専用となっている独自魔術を起動。
左腕に出現した太い縄の身体を持つ蛇が現れ、騎士盾の把手をガッと咥えると盾の表面で青白い稲妻がパリ……ッ! と、弾ける。
「はあああッ!」
それを確認することもなくソーニャは一気に左腕を解放した。
『帯壺』の縄車が、ガラララッ! と急回転。
金属盾が雨粒を突き破り、飛翔するかのような軌道で”使命の刃”――”霊装”もどきを構えていたもう一人へ迫る。
「ばっ――げゃあッ!?」
顔面に直撃。信徒は頭蓋骨がヘコむほどの衝撃に鼻を折られ、帯電していた金属盾に顔を灼かれて悲鳴を上げた。
これだけでも戦意を挫くには充分。
だがソーニャは躊躇しない。
彼女の脳裏に、血溜まりに沈んだ細い足が映る。
(あんな真似……絶対に許さん。『胎星派』、貴様らは私の敵だ)
「でやあああッ!」
左掌をパッと開いてガララララッと盾を回収し、一気呵成に左一文字斬りを放つ。
「ガぶ……ッ!? あ、あ……そん、な…………」
腹を深く斬られた信徒は頭巾の下で痛みと絶望に顔を歪め、”使命の刃”を取り落としながら倒れ込んだ。
「は、な、なぜ、有り得ん……!」
残りたった3名。指示役の男が思わず後退りする。
一方でザビーネと職人は戦闘の様子に驚きを隠せず、眼を瞠っていた。
「せ、生徒さんじゃなかったんですかい?」
中年の職人が呆けたように呟く。
まるで獰猛な疾風だ。
(並の実力じゃない。彼らは一体……?)
ザビーネも似たような心境だった。
当初こそ、後輩の受け持つ生徒を戦わせるなんてと止めようとしたが、そんな間もなく敵を倒してしまった。
「しかも、本気じゃないぞあれは」
魔族なのにあの青年はちっとも属性魔力を使っていない。
「……マジですかい」
「ああ――って話してる場合じゃない! 君も手伝いたまえ!」
「っと、わかりやしたぜ親方!」
ザビーネと職人が慌てて結界発生装置の最終調整に取り掛かった。
その時だ。
ドッ……ガァァァァ――――……ンッ!
暗い雨空に蒼い光が奔り、衝撃が空気をビリビリと揺らす。
北防壁、街の外からのようだ。
「こ、今度は何だ!?」
指示役の男がすっかり声を裏返らせて苛立ちの声を上げ、残った2名の信徒も怯えたように立ち竦み、
「い、今のは……!?」
職人がビクリと肩を震わせ、キョロキョロと辺りを見回す。
「わからん。魔力の余波がこんなところにまで届くとは――……ん?」
ザビーネは感知した魔力に半ば戦慄しつつ、人狼青年と騎士少女が笑っているのに気付いて首を傾げた。
「どうやらアル殿はド派手にやっているようだ」
ソーニャがよく知る魔力の波長に好戦的な笑みを浮かべると、
「そうらしい。加減なんぞしてねえな、あっちも」
マルクも「ハッ」と愉快そうに笑って灰紫の瞳をギラリと光らせる。
あれはアルの起こした爆発だ。間違いない。
おおかた蒼炎雷でもぶっ放したのだろう。
――それでこそ『不知火』の”鬼火”だ。
「俺らも征くぜ!」
「応ッ!」
魔力の余波に煽られたように士気を上げたマルクとソーニャが、残り少ない『胎星派』の信徒らへと突っ込んだ。
「お、お前等! 迎撃っ、”使命の刃”だ!」
指示役の男の情けない声に、
「わ、我等が真なる――」
「――星辰を!」
信徒2名が”使命の刃”を掲げる。
剣身が青白い光を発し、瞬間的にブクリと膨れ上がった稲光が剣先から一直線に発射された。
先ほど警備の命を奪った雷撃に比べ、あまりにか細い一斉射。
怯えた信徒らが祈りを籠めて撃ち出した渾身の一撃。
「てめェらのオモチャには飽き飽きしてんだ! うおらァ!」
だが、ソーニャの前にパッと飛び出したマルクが、ジャキッと伸ばした両手の狼爪に魔気を発動させ――十字させるようにザン………ッ! と薙いだ。
人狼族の闘気を纏わせた厚く鋭い凶爪が、障子を破るような音と共に雷撃を呆気なく裂き消す。
「ば、ばけもの……っ! 魔族め……!」
「そ、そんなっ!?」
「”使命の刃”が……!?」
愕然として息を呑む『胎星派』信徒ら。が、それも長く続かない。
「『障岩壁』!」
マルクの背中から飛び出したソーニャが己の足元で魔術を発動。
地面から斜めにせり上がった岩の障壁が、足を引っ掛けた彼女を射出するようにギュウゥゥゥン! と一気に伸び、
「せぇあッ!」
「おゴッ!? ガフ……ッ!?」
勢いに乗った騎士盾が信徒の顔面へ、後ろに引き絞って構えられていた長剣が腹部を刺し貫いた。
引き倒される形になった信徒からソーニャが剣を引き抜く。
その瞬間にはマルクもバッと間合いを詰め、
「でぇらああッ!」
「カ……ッ!?」
右の狼脚を天に届かせんばかりにボッ! と、蹴り上げていた。
若いとはいえ、戦闘民族の捷さを見切れなかったもう一人が首と顎の骨をコキャッと砕き折られ、一拍の後にズシャ……と倒れ込む。
「てめェで最後だ」
「逃さんぞ、下衆め」
「ヒぃッ……!?」
指示役の信徒は頭巾の下で顔を青褪めさせた。
もう勝ちの目はない。同志は死に、眼前には怒りを顕にしている武芸者。
それでもこの男は…………『胎星派』であった。
「わ、私の殉教が……っ! 同志の手救けとなり、真なる星辰を喚ぶ足掛かりとなるのだ!」
”使命の刃”を掲げ、ザビーネ達の方へ向ける。
直後に魔力が送り込まれて起動。
”短剣”の剣身が鉄火を散らし、
「チッ、悪足掻きを!」
「ザビーネ殿!」
マルクの舌打ちとソーニャの警告を掻き消すように甲高い音をさせて雷光が迸る。
だが、真に悪足掻きなのだ。人狼の脚なら充分に間に合う。
「後輩くん! 護ってもらう必要はないぞ!」
しかし、踏み出したマルクを大人びた女性の声が静止した。
「はあ!?」
「なにを!?」
驚く後輩2人の視界では雷撃を前にザビーネが堂々と白衣を靡かせている。
「「危ねえ(ない)!」」
直撃する!
マルクとソーニャの叫び声が重なった――その瞬間。
一直線に突き進んだ稲妻は不可視の力場に阻まれるや否や、球形状の形成面に沿って偏向し、拡散。散り散りに霧散した。
「な、受け流した……!?」
瞠目するソーニャにマルクはハッとする。
(”結界”ってのは――ソイツのことか!)
「そ、そんなバカな! ”使命の刃”がたかが結界になど……!」
指示役の信徒は口角泡を飛ばして取り乱した。
何も為せず、何も残すことなく役目を終える。
それが受け入れられなかったのだ。
「っと、そうだったな」
「ああ、ビックリして忘れてたぜ。”殉教”だのなんだのと言ってやがったな」
しかし現実は無情。否、これは自業自得だろう。
「うむ。だがコイツの望みなど何一つとして叶えてやるものか」
「ハッ、そいつァ悪くねえ。んじゃ決まりだな」
「ああ、決まりだ」
マルクが狼拳をメキッと鳴らし、ソーニャが盾の把手を握り締める。
「ひいッ!? や、やめ、やめろぉ――ゲブるふぁッ!?」
次の瞬間、重たい炸裂音が幾つも響き渡り、指示役の信徒はあらゆる骨を折られ、錐揉みしながら10m近くをぶっ飛ばされていった。
身体のどこでしているのかもわからない鈍痛、鋭痛に苛まれ、己の血臭が鼻をつく。
「…………ク…ハ」
燃え上がるような激痛のなか、呼吸すらままならぬままに男の意識は闇に呑まれた。
「フッ、痛快だな。助かったよ後輩諸君。にしてもコンラートの教え子に四等級の一党がいるとは思わなかった」
ゆらりと【部分変化】を解くマルクと、長剣を拭うソーニャへ、彼らの胸に提げられた武芸者認識票に目敏く気付いたザビーネが湿気ていなさそうなタバコを咥えながら礼を述べる。
職人の方など、魔族の青年の個人等級を表す銀色にポカンとしていた。
「いえ、間に合って良かった」
「つーか心臓に悪いっすよ、護んなくていいなんて」
「うむ、私も少し焦った。というか、さっきのは何なのです?」
片や少々唇を尖らせ、片や質問を投げかける2人の視線の先にあるものは、ザビーネが調整を終えたばかりの結界発生装置だ。
彼女の腰ほどもある角張ったそれは見るからに急造の機材で、白地の柄のようなものが側面から伸びて――否、刺さっている。
その柄の表面で光る幾何学模様の走査線に、マルクとソーニャは見覚えがあった。
「それって昨日ザビーネさんが持ってた――」
「傘の……試作品? と仰っていたモノじゃなかったか?」
そうだ。確かザビーネはそれを差して案内に出てきた。
と、2人が顔を見合わせると、『大工房』の長は嬉しそうに笑みを浮かべながらタバコに火を点け、
「お、気付いたかね。さすが我々の後輩だ。元々コイツは要人警護用に持ち運べる『狭域結界装置』として開発を進めていたんだが――……結界としての機能を果たすには、魔力の消耗が激しすぎて泣く泣く傘に転用した、という経緯があってね」
どこか得意げに語りながら「フゥ――……」と暗い空へ紫煙を吐く。実に美味そうだ。
「んじゃ、今はその機能を復元させてるってことっすか?」
「ま、似たようなものだね。正確に言えば、博物館の擬似晶石を利用して出力の安定・大型化と機能の拡張を施したんだ。”遺物”用の『防護障壁』発生装置があって助かったよ」
マルクの質問にも満足げに頷く。
良い仕事をした、と言わんばかりの彼女に部下の職人が「親方、危機は乗り越えやしたけど、騒ぎが収まったってワケじゃねえんですから」と咎めるも、軽く無視された。
「しかし……結界というには『魔力障壁』の層が割れているような感覚はありませんでしたし、あの雷撃は受け流されたように見えましたが、どういった原理なのです?」
今度は彼女と対照的なまでに真面目腐った顔のソーニャが問い掛ける。
するとザビーネはニンマリと唇の端を吊り上げた。
「フフ、良い質問だ。まず、魔力とは元から粒子に近い性質をしている。これを更に微細に粒子化させ、膜のように形成して放射し続けてるのさ――極々短い間隔でね」
「魔力の膜を?」
思わずソーニャが結界発生装置に目をやる。
「その通り。それが幾重にも放射されることで魔力粒子の膜が折り重なり、不可視の防壁や力場のようなものが出来上がるのさ。
そして膜を形成するには少なからず魔力粒子を圧縮する必要があり、粒子とは固体だ。ゆえに掛かる抵抗が強くなると――……つまり投射速度の速い攻性魔術なんかがこれにぶつかると、表面上の圧縮粒子を削って滑りながら、衝突時に混ざり合った魔力粒子によって形を維持できなくなる。
要は分解されてしまうのだよ。結界を突き破るには、わざわざ粒子圧縮率を調整して魔力を投射するか、増幅してるコイツの出力を上回る威力の砲弾や砲術を見舞うか――今の我々のように抵抗を掛けないように入り込むしかない。どうかな? なかなか画期的な発想だろう?」
尤も、人狼君くらい足が捷かったら抵抗を受けるかもしれんがね、とザビーネは得意気に原理を語ってみせた。
つまるところ、この”結界”は人が通過可能な『防壁』なのだ。
「そんな複雑なことを……」
「魔導具の妙ってヤツだな。先生が凄い人だっつってた理由がわかるぜ」
ザビーネの説明をギリギリ理解できたソーニャとマルクが得心のいった顔をする。
既存の魔導具の改造と試作品の組み合わせでこの結界を張ってみせたのだから、才女で間違いないのだろう。
大魔導たるヴィオレッタや、在野の魔導師級のアルとは凄さのベクトルが違う。
と、そこで博物館内の方からバタバタと慌ただしい足音が響いてきた。
「おぉーい! 技士の姐さん方、大丈夫か!?」
どこから引っ張り出してきたのか、物々しい装備を分厚く着込んだ警備達だ。
戦闘音に気付いて急いでやってきたのだろう。
「ぬ、こ、こりゃあ……」
「お、おい大丈夫か!? しっかりしろ!」
入口を飛び出してすぐ倒れ伏す同僚達に目が行ったのか慌てて駆け寄る。
が、残念ながら彼らはもうピクリとも動かない。物言わぬ屍となっていた。
「この、連中は……?」
「襲撃者だ。一斉に魔術もどきを放ってきたんだ。彼らと駆けつけてくれたこの二人がいなければ今頃館内に押し入られていただろうな」
彼らより数段無惨に殺されている『胎星派』信徒らの死体を眼にして顔を顰めた警備にザビーネが淀みなく答え、
「人員の補充を頼みたい。安心してくれて良い。”結界”の方は既に作動中だ。入口から半径およそ三十m以内なら敵の砲術弾を無効化してくれる。ここの擬似晶石の魔力が尽きるまでは、だがね」
と表情を引き締めて続ける。
神妙な顔の警備達は「わかった。我々が残ろう」と、同僚の遺体を雨にこれ以上晒さないよう丁重に持ち上げた。
「俺らもここを護れって頭目に言われてんだ。手伝うぜ」
「武芸者か。まだ若いのにすまないな」
「気にすんな」
初老の警備を手伝ってマルクも遺体を運ぶ。
信徒の方は気絶させた男だけ縛って、残りは一箇所に集めて放置だ。
「君達の頭目は別の避難所へ?」
彼らを横目にザビーネが問うと、
「いえ、先ほど街の北防壁で光信号が上がったのでそちらに加勢に行ってます」
短めの雨外套の頭巾に栗色髪を収めながらソーニャは首を横に振る。
「北? じゃあさっきの爆発は――」
「ええ、あの魔力は『不知火』の頭目のものです。憶えておられませんか? 昨日、『大工房』見学にいた――えぇと、こう……反りのある刀を腰に二振り差した黎髪の――」
「ああ、あの好青年君か! って彼が頭目だったのか」
「はい。他の仲間もそれぞれ別の方へ加勢に行ってます」
「そうか……だが四等級の武芸者一党とはいえ、こんな状況であのコンラートが独自行動を許すとは。状況はそこまで悪いのかね?」
騒ぎに気付いてすぐ魔導史博物館へ急いだザビーネは詳しい現況を知らない。
「はい。私達もさっきまで大河の方にいたのですが――――……」
ソーニャの表情は真剣で、そして曇っている。
正体を知り、『胎星派』の信徒を何人も倒したと云うのに、厭な予感が脳裏を掠めて警鐘を鳴らし続けていた。
「そうか。思っていたより酷いようだ」
そうして詳しい状況を知ることになったザビーネもまた、下手人の正体が予想通りであったことに眉間のシワを寄せ――同時に胸騒ぎがしていた。
それは彼女の優秀な頭脳が演算して導き出したものか、はたまたソーニャのそれに近しい直感かは不明だが……。
――消えてくれない。
騒ぎがこのまま終わってくれないような、まだ最大の危険が顔を出していないような、瞳には映らぬ仄暗い悪意が街全体を絞めつけているような――……そんな感覚が。
☆ ★ ☆
同刻。
〈ヴァッケタール魔導史博物館〉へと続く石坂の途中に『胎星派』の信徒十名はいた。
その内の一名で、唯一胸元以外にも華美な刺繍を施し、唯一頭巾を被っていない男が低い声で呟く。
「”遺物”の回収に当たらせた同志は――……帰らずか。我等の悲願に楯突く者がいるようだ」
頭髪は明るめの茶色、顎髭を蓄えた壮年の男性。
歳頃はザビーネらとそう変わらず、また深みのある声だけ聞けば紳士的な印象を抱くだろう。
しかし、その顔の上半分に残る酷い火傷痕がそれらの印象を軒並み打ち消していた。
「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」
信徒らはジッと黙して佇んでいる。
――どこかで狂ったか。
第1避難所も爆破させたと云うのに、結果は想定を下回った。
本来の計画に則るのなら既に街は混沌の渦に呑み込まれていなければ――もっと理性を失くした住民らで溢れていなければならないのだ。
だと云うのにいまだ避難民と暴徒、自身ら『胎星派』の境界が消えていない。
それはつまり、流れを堰き止めている邪魔者がいるということ。
「となれば、我々が動くしかあるまい」
男が己の引き攣れた頬を触りながら独り言ちた――その時だ。
「ようやく見つけたよ。常にひと組九名で行動するはずの信徒が十名。そしてその中でも一際派手な意匠。貴様が宗主だな?」
男性の声が響く。
火傷痕の男――〈胎星派〉宗主を護るように信徒らが声のする方へザ……ッと並び、携えている”使命の刃”を引き抜いた。
「私を宗主と見抜くとは、何者かね? 出てきたまえ」
宗主が泰然と誰何する。その声音には穏やかさすら籠もっていた。
「今更判明した過去のやり残しを、嫌々清算しに来た魔導師さ」
するとそれとは正反対に、苦々しさと苛立ちを綯い交ぜにして応えた男が姿を現す。
見た目だけなら若々しく柔らかな印象で、宗主より少し歳下の眼鏡を掛けた男性。
現〈ターフェル魔導学院〉教授にして元魔導騎士。
「地獄に還れ、亡霊共」
その魔導師――コンラート・フックスは深い緑青の瞳に憤怒の炎を宿らせて、怨嗟を吐き捨てると共に短剣を逆手に構えた。
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