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【10.8万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
魔導学院編ノ弐 波乱の課外実習編

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207/223

13話 駆け抜ける蒼嵐(虹耀暦1288年5月:アルクス16歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 〈グリュックキルヒェ〉南防壁にて、襲撃者と凛華の加勢を得た兵士達による防衛戦の趨勢がまさに決しようとしている頃。


 アルクスは(くろ)い髪を雨に濡らし、北防壁へ向けて路地を疾走していた。


 既にもう大河に渡された橋へと襲撃してきた『胎星派』信徒らとの戦闘は終了している。


 ”霊装”もどきを半ばほど使い切り、アルの蒼炎によって怯んでいたので取り押さえるまでに苦労はなかった。


 撹乱するようにアルが突っ込み、無傷の兵士達があとに続く。


 襲撃者達は泡を食って破れかぶれに残りの魔術もどき(雷撃)発動した(撃ち放った)が、普段から正真正銘の魔族と鍛錬しているアルにとって毛ほども脅威を感じなかった。


 マルクガルムの放つ雷鎚に較べれば、張りぼても良いところだ。


 紅籠手に魔力を纏わせてバァンッと弾き飛ばした。


 兵士達が思わず「魔力だけで……!?」「盾ならわかるけど素手って相当だよ」とザワめく。


 その間に信徒らの中央に辿り着いたアルが納刀したまま鞘尻や柄頭で殴りつけ、体術を用いて信徒らを次々と沈めていく。


 中には雨天で増水している大河へ投げ落とされ、そのまま流れていく者までいた。


 そこへトドメとばかりに「オオオオ――――ッ!」と続いた兵士達が押し寄せたのだから『胎星派』の信徒らも溜まったものではない。


 勝敗はすぐに決した。無論、兵士達の勝利だ。


 ”霊装”もどきを無効化された数頼りの素人集団は、辿るべくして呆気ない末路を辿ったのである。




 そうして現在、アルはそのまま信徒らの捕縛を橋の兵士達に任せて単身でグリュックキルヒェの北部を移動中だ。


 ここいら北西部は住居よりそれこそ〈グリプス魔導工房〉のような大きな建物の方が多い。


 それゆえにか住民らともあまりすれ違うことなく、しかし耳ではのっぴきならない雰囲気の物騒な声や音を拾っていた。


 意識せねばわからぬほどではあるが、地響きに似た振動も感じる。


「もうそろそろ……見えた!」


 建物の影からアルが躍り出ると騒がしさの根源――兵士が駆けずり回っている石造りの防壁が見えた。


 上方から雨音を掻き消すような怒声が幾つも上がっており、馬車がすれ違えるほど幅広い門前の直上では長身の下士官と思わしき中年の軍人がそれら喧騒に負けじと大声を張り上げていた。


「砲術兵は一点集中して勢いを削げ! 弓兵は外の連中の援護だ! 死なせるな!」


「ち、やっぱり遅かった……!」


 アルは舌打ちを漏らしつつ、急いで加勢しなければと防壁を駆け上がる。


 その時、防壁の上にいた砲術兵が上ずった声で叫んだ。


「ほ、報告っ! 敵の後列に――大砲が!」


「なんだと!?」


「マジだ……! アイツら、旧型の大砲引っ張ってきやがった!」


「あの砲身の長さ、平射砲だぞ!」


「榴弾だったら何発も貰えないよ!?」


 砲術兵達が顔を引き攣らせて口々に苦々しさと焦りを露わにする。


 目を凝らした彼らに確認できたのは、敵後列で黒光りする複数の大筒だった。


 この天候と時間帯のせいで覆いが取り払われるまで気付けなかったのだ。


 現帝国軍最新式の炸裂術式弾を用いるものでないことは確かだが、移動式であることに変わりはない。


 アメンボの足に似た形状の平べったい車輪付き四脚兼砲架が見える。


 あれがそのまま砲身の支えとなり、横合いについている取っ手を回して仰角を調節するのだ。


 分厚い石防壁も、木材と鉄骨製の門も頑丈ではあるが砲弾の種類によってはただでは済まない。


 火薬を使っていた時代のもののようだが砲身の長さからして平射弾道式。


 つまり大砲の中でも砲弾が直線状に飛ぶので射程が長い部類に入る。


「九門もあるぞ!」


「しゅ、集中! 砲術兵は大砲に集中攻撃! 撃たせるな!!」


 中年下士官があらん限りに叫ぶ。


 しかし直後――……。



 ドォォォ――ンッ!!



 その警告は遅きに失しており、先頭を牽引されていた大砲が白煙と共に爆炎を噴き上げた。


「やべえっ!!」


「撃ってきやがった!」


「しゃがめ! 姿勢を低くしろ!」


 兵士達が悲鳴を上げ終えぬ内に、砲弾が北防壁門の直上に直撃。


「「「「「「うおおあぁぁぁっ!?」」」」」」


 不幸中の幸いなのか、帝国軍及び伯爵家以上の当主麾下にある領軍の管理が行き届いているおかげなのか、直撃した砲弾は炸薬式ではなかった。


 しかし、古い型の徹甲弾に似通った形状――つまり大昔に主流だった球形ではなく、銃弾に近い形はしていたらしい。


 それを1km(キリ・メトロン)もない至近距離で発砲したのだ。


 着弾の衝撃は凄まじく、斜め下方向から突き刺さった砲弾が石防壁の一部を瓦礫へと変える。


「危ない――!」


 衝撃に片膝をついていた中年下士官は誰かの声でハッとしたように顔を上げた。


 彼の瞳に吹き飛んできた無数の瓦礫が大写しになる。


 5m(メトロン)ほどの厚さを誇る防壁の外端が砲弾によって大小様々な岩石弾として降り注がんとしているのだ。


「ぐぅぉ……っ!?」


 中年下士官が咄嗟に頭を庇ってしゃがみ込むように防御姿勢を執る。


 次の瞬間。



 ゴオオォォォ――――ッッ!!!



 感じ取ったのは部下の兵士達とあまりに隔絶された、気圧されるほどの魔力。


 そして一瞬で目前を駆け抜けた途轍もない熱気。


「「「「「「な、ぁ…………っ!?」」」」」」


 部下の少々間抜けな――否、呆気にとられた声が耳朶を打つ。


「なに、が……」


 中年下士官は襲い来るはずの痛みや衝撃がなかったことに恐る恐る目を開け、砲術兵達の視線に釣られてようやく悟った。


 何が起こったのか。彼らが何を――否、誰を見ているのか。


 それは揃いの軍服を着ている兵士達の中で、唯一浮いた見た目をしている存在。


 二振りの特徴的な剣を腰に差し、濡れた黎い髪を魔力の余波で揺らめかせた青年だ。


 少年の面影が残る細面は目鼻立ちが通っており、しかしながら赤褐色の瞳に湛える強い眼光が相貌からくる中性的な印象を打ち消している。


 北防壁に駆け上がってきたアルだ。


 アルが巨大な蒼炎の拳で殴り飛ばすように瓦礫を街の外へと吹き散らしたのだ。


「き、君が助けてくれたのか」


 中年下士官の呼び掛けに誇る風でもなく頷いたアルが、


「四等級一党『不知火』の頭目アルクスです。助太刀します」


 首元からヒョイと武芸者の証を引っ張り出す。


 現れたのは銅に囲われた銀色の認識票。


 一党として四等級、個人で三等級武芸者であるという証明が下士官と部下の兵士達の目に飛び込むように映る。


「三等級だと!?」


「ま、マジかよ。こんな若いのに」


「うそ、三等級……!?」


 彼らの反応を気に留める様子もなく、アルは崩れたばかりの防壁の縁に足を掛けて下を覗き込んだ。


「傭兵? そんなのまで雇ってるのか」


 あんな素人ばかりの連中相手になぜ真っ当な軍人が押されているのだろうか? と訝しんでいたが、どうやら戦闘員として傭兵を雇っているらしい。


 それも正規の傭兵ではあるまい。一目でそれがわかるほど野卑な雰囲気を纏っている。


 眼下の防壁門前では先の大砲の一射で兵士達が焦りを募らせ、反対に傭兵共が士気を上げたせいで白兵戦がより激化していた。


「それにしたって敵の規模がデカ過ぎる」


 一体どんな連中なんだ? と、思案顔でアルが呟く。


 ”霊装”もどきに傭兵もどき共。そしてその傭兵が運用していると思わしき大砲が9門。

 

 仮令(たとえ)、大砲が傭兵連中の持ち物だったとしても弾薬費は雇用側の負担になる――と云うよりそれらの費用を含めた報酬を用意しなければ身命など懸けられないはずである。


 つまり、この騒動を画策した下手人にはかなりの資金力があるということだ。


 その時、敵後列の大砲が2門防壁に向けられた。


「っと、やべ。『蒼炎羽織(そうえんばおり)』!」


 思考の海に身を投じ掛けていたアルは慌てて意識を引き戻すと、すぐさま慣れた動作で蒼い炎の衣を2枚纏う。


「な、なんだこの圧迫感……!」


「属性魔力だけで、こんなに有り得ない」


「ちょ、これって闘気!?」


「冗談だろ……?」


 明らかに人間業じゃない、と砲術兵達は『蒼炎羽織』の異様な圧力に瞠目した。


 次の瞬間、アルからピリッとした覇気が滲む。


「君! まさかここから外へ打って出るつもりか!?」


 中年下士官がハッと我に返って問い叫ぶと、


「はい! 大砲はこっちでなんとかします!」


 アルは視線を敵列に固定したまま応えるや否や、左手を胸に当ててバッと空中に身を躍らせた。


「な、待ちたまえ!」


 なんとかってどうするつもりだ!? と、言いたげな含みを持った制止の声が飛ぶ。


 だがもう遅い。



 轟ォッ! 轟ォォォ――ッッ!!



 アルは蒼い尾羽根を散らせて、蒼炎翅を噴き上がらせていた。


 もはや十八番と化した『念動術』で自身に掛かる重力の(くびき)を解き、黒い線状の雨を切り裂いて吹っ飛ぶ。


 蒼い爆炎を細く棚引かせて飛翔するサマは(さなが)ら流星だ。


 ただし、流星と違って地に墜ちても、容易く止まりも燃え尽きたりもしない。


「おいおいおいッ! なんだありゃあ!?」


「新手の魔術か!?」


「はぁ!? ざけんな! 砲撃のお返しってかよ!?


「いくら何でも早過ぎるだろ! どうなってやがる!?」


 砲撃準備に入っていた傭兵らとその背後に居た『胎星派』信徒らが共に目を剥き、北防壁門前で刃を交えていた両者が呆けたように蒼い光を見上げる。


「ぐぅ、ぅぅぅぅ~~~~っ……まず、はッ!」


 彼らの上空十数mを翔んでいたアルは防壁からおよそ350m地点――敵の前列と後列の境で雨粒と空気抵抗を振り払いながら、『念動術』の質量軽減効果を解除。


 急激に掛かる下向きの引力を無視してバッと両腕を開く。


 途端、右手に蒼炎が轟ォッと、左手に紫電がバチィッと生み出された。


 どちらも拳より二回り以上大きい。


「先頭のォ……大、砲ッ!」


 次いで青筋を立てて歯を食い縛り、斥力を無理矢理捻じ伏せながら両掌をグググッと合わせていく。


 狙うは次弾装填中の平射砲とその後ろに続く数門。


 穿つは蒼炎と雷鎚(いかづち)の混合属性魔力――即ち、蒼炎雷。


 両手で圧縮混合された属性魔力が岩漿(マグマ)の如く煮え滾りながら渦を成し、紺青色の光球と化した。


 表面を迸る蒼紫の放電棘(プラズマ)がアルの頬を舐める。


「や、やべえぞ!」


「クソが! 撃て! アイツを撃ち落とせ!」


「無理だ間に合わねえ!」


「ひいぃぃっ!?」


「げえっ!?」


 飛来してきたのが異常な魔力を帯びた人だと気付いた傭兵共が、泡を食ったように慌てふためく。


 中にはアルが落ちてくる位置に合わせて砲門を向けようとする者もいた。


 しかし、その瞬間。


 赤褐色の瞳が刃光のようにギラリと光り、その頭上に物騒な光を放つ球が振り上げられる。


 更にダメ押しとばかりに魔力が注ぎ込まれ、光球がギュバアアア――ッ! と一気に膨れ上がった。


 今やアルの両腕でギリギリ抱えていられるほどに大きい。


「だ、ダメだ! 間に合わ――」


「う ぉ ぉ お お お お お り ゃ あ ッ ッ !!」


 周囲の雨粒を消し飛ばすようにアルが咆哮。


 と同時に蒼炎翅を左右にバッと展開し、身体全体を使って蒼炎雷球を轟ォォ――ッ! と、放つ。


 直後、反発を抑え込まれていた紺青色の光球が斥力によって一気に加速。


 雨の幕に大穴を空けながら一直線に突き進み、敵列の先頭を往く大砲に直撃した。



 ドッ……ガアアアアアアアアアアアアアンッッ!!



 その瞬間、周囲に幾筋もの紫電が放射状に迸って蒼い豪炎が爆ぜ狂う。


 数秒にも満たない僅かな間に、魔力の大嵐がその場を蹂躙し切った。


 着弾地点の最も近くにいた傭兵共が真っ先に呑み込まれ、ある者は声を上げる暇すらなく、ある者はその炎熱で以て皮膚を削ぎ熔かされ、ある者は強烈な稲妻に感電させられ、


「「「「「「「「「「ぎゃあああああ――――ッ!?」」」」」」」」」」


 残りの後方にいた者共と『胎星派』信徒らは爆風や捲れ上がった大地、飛んできた金属の破片を浴びて痛みと苦しみに堪らず悲鳴を上げてのたうち回る。

 

 直撃を受けた先頭の大砲は一瞬で砲身が赤橙に染まってグニャリとひしゃげ、その後ろを往く2門も半径10m近くに及ぶ雷鎚混ざりの大爆発でグシャグシャに倒壊。


 火薬も引火しておじゃんだ。


「よっ……と!」


 蒼炎雷球を放った反動と蒼炎翅の噴射のお陰でギリギリ墜落を免れたアルがザァァ――ッと水飛沫をあげながら着地する。


(ちょっと焦った)


 一応計算ずくの行動だったが内心では冷や冷やものだ。


「こ、こんなガキに……!」


「何もんなんだよコイツはぁ!」


「て、テメエ……っ!」


 突如として仲間をこっ酷く打ちのめされた傭兵共が声を裏返らせて憤り、『胎星派』信徒らが怯えたように後退る。


 彼らには蒼炎翅を2枚揺らめかせるアルが、まるで幽世の炎翼を自在に操る悪鬼羅刹のように見えていた。


 無意識に縋り付いている大砲の砲門がたった一人の青年に向けられる。


 それこそがアルの狙いだ。


 敵の注意(ヘイト)を己に向け、防壁から意識を逸らす。


 ゆえにわかりやすく魔力を昂らせ、


「武芸者だ、警告する。その物騒な大砲(もの)からとっとと離れて投降しろ。抵抗するなら素っ首、刎ねて回ることになる」


 刃尾刀を引き抜いて切っ先を敵へ向けた。


 黒い暗雲の下にあってその刀身に曇りは無く、妖しい刃光をギラリと返している。


「あ…………」


「う、あ……」


 アルの首に掛かる銀色の認識票と並々ならぬ覇気に気圧された傭兵と信徒らが共にゴクリと息を呑む。


 信徒らは当然のことながら、傭兵らも眼の前の三等級武芸者に勝てる気がしなかった。


 それほど強烈で衝撃的な一撃だったのだ。


 しかし、彼らの中に居た一人――アルの預かり知らぬことだが傭兵団の副頭目であった、額に斜め傷のある男が手下を叱咤するように叫ぶ。


「テメエら何を竦んでやがる!? 相手はガキ一匹だろうが!!」


「け、けどよ、とんでもねえ魔力――」


「バカ! ヤツの策だ! あんな一撃そうそう何発も撃てるか! さっさと殺せ!」


 弱気になる手下に唾を飛ばし、副頭目はアルに砲門を向けていた大砲に飛びついて「こうやんだよ!」と発射した。



 ドォォォ――ンッ!!


 

 炎と白煙を噴き上げて砲弾が飛ぶ。


「ちっ」


 すかさずアルは右前方へと疾走。


 蒼炎翅から爆炎を噴出して街道から外れるように背の低い草藪へと飛び込む。


「ほら見ろ、連発できねえ! 撃てえッ!! 始末しろ!」


「お、おう!」


「次弾装填急げ!」


 勢いづいた副頭目の号令が飛び、残っていた6門が蒼く炎を棚引かせる武芸者へと向いた。


「い、いかん! 援護! あの青年を援護しろ!」


 北防壁の上で部下と共に半ば呆けていた中年下士官が我に返って指示を出し、


「おい下の! 大砲は今そっち向いてねえ! 支援するから前線を押し上げろ!」


 砲術兵が檄を飛ばす。



 ドッ、ドッ、ドォォォ――ンッ!!



 そのとき、疾走る”鬼火”へと向けられた横並びの砲門から、3連続で爆炎が噴き上がった。


 平射弾道を往く砲弾がドパァ――ンッ! と、冗談のように土砂を巻き上げて草藪を抉り飛ばす。


 蒼い爆炎を棚引かせた”鬼火”は1射、2射と躱してみせたが3射目で体勢でも崩されたのか、僅かに後退して動きを止め、代わりにゴウッ! と、蒼炎の厚みが増した。


「ヤバい! あの子釘付けにされてる!」


「闘気で耐えてるのか!? 無茶だ! 長くは保たないぞ!」


 女性砲術兵が焦りを浮かべ、男性兵士が顔を青褪めさせる。


 石造りの防壁を端とは云え砕いてみせた砲撃だ。


 幾ら三等級武芸者でも直撃すれば怪我だけでは済まない。


 寧ろああして耐えられているだけでも充分おかしいのだ。


「ゲャハハハッ! 押せ押せぇ!」


「オラオラ死ねや兵隊共!」


「ち、ちっくしょう! クソったれの賊風情が!」


「わざわざっ! 加勢に来てくれた武芸者を、死なせるか!」


 北防壁門の外で白兵戦を演じていた両者が片や狂喜と安堵で下卑た笑みを浮かべ、片や義憤に歯を食い縛り、対照的なほど正反対な表情で斬り結ぶ。


 兵士の彼らとしては、あの若い武芸者がいきなり現れて大砲を3門も潰してくれたおかげで流れが変わり、なんとか態勢を持ち直せたのだ。


 見殺しになどしたくない。


 しかし、手斧や小剣を持った傭兵らが常に多対一を強いてくるせいで押し戻すのも容易ではない。


「街道沿いに掃射! 急げ!」


 中年下士官も慌てて指示を飛ばし、


「よォーし! よく掴まえた! 撃てェ! このまま削り潰しちまえッ!」


 反対に傭兵共の副頭目が勢いに乗じて叫ぶ。


 ところが次の瞬間、その場にいた誰もが予想だにしなかったことが起きた。


 ()()()()()にいた『胎星派』信徒らと護衛の傭兵共が、


「「「うぎゃあっ!?」」」


「「ぐげ……ぇッ!?」」


 と、大小様々な苦鳴を上げて泥水に倒れ伏したのだ。


 咄嗟に「なんだってんだ!?」と振り返った傭兵共と副頭目が目にしたのは、黎い髪を揺らして刃を振るう件の青年剣士(アルクス)の姿。


「「「「「な゛…………っ!?」」」」」


 どうしてお前が自分達の背後(そこ)にいる?


 それなら自分達が大砲を撃ち込んだあの蒼い炎は?


 あまりの衝撃に絶句する傭兵共を赤褐色の鋭い眼光が射貫く。


 と同時、アルは右の脇構えを執って一直線に敵へ向かって疾駆。


「て、テメェ! ……ぎゃあッ!?」


 破れかぶれに斧を振り下ろしてきた傭兵と擦れ違いざま、刃尾刀を下から上へ偃月を描くような軌道で半回転――手首をスパンッと薙ぎ落とし、


「どこから湧いて出て――ゲブるぁッ!?」


 長剣を振り上げたもう一人に駆ける勢いのまま肉薄。


 闘気を籠めた左の横蹴りを腹に叩き込んだ。


 胴当てを砕き()かれ、冗談のように吹き飛んだ傭兵が大砲にガァン! と、ぶつかって沈黙する。


「こ、このクソが――ぁぺ!?」


 続いて両手に手斧を構えた一人の顔面へ飛びつくように膝蹴りを叩き込み、


「ちょこまかと……ぉぎッ?」


 その背を蹴りつけて水平に跳びながらもう一人の延髄をザン……ッ! と、薙いだ。


 (うなじ)から喉仏手前までズッパリ斬られた傭兵が白目を剥いてベシャリと倒れ込み、首が有り得ない角度でぱっくりと中身を晒す。


「ひぃぃぃぃっ!?」


「わ、我等の悲願を邪魔立てするつもりかっ! 野蛮の徒が!」


「人斬りめぇ……!」


 本能的な恐怖とまるで理不尽な暴力に遭ったかのような見当違いの怒りで顔を歪ませた『胎星派』信徒らが”霊装”もどきを構えて魔力を籠めた。


 途端に青白い稲妻がブクリと剣先に発生し、バヂヂヂヂイ――ッ! と、数条が束になってアルへ殺到する。


 しかし、真に非道な行いに手を染めているのは当然ながら彼ら襲撃者連中だ。


(どの口が……)


 ゆえにイラッときたアルは低く跳び上がると、


「街に砲撃かますような人でなしに――ッ!」


 魔力を通した刃尾刀を太い稲光に突き入れるようにして受け流すや否や、いなす勢いを利用してヒュ……パッ! と、時計回りに一回転。


「――言われたくないんだよ!」


 受けた雷撃をそっくりそのまま真一文字斬りで打ち返した。


「「「「は……!? ぎゃああああああああああッ!?」」」」


 溶けかけた短剣(”霊装”もどき)を構えたままの彼らが唖然としたのも束の間、己の手で放った雷光に呑み込まれて情けない悲鳴を上げる。


 稲妻が迸り抜けた後に残ったのは感電し、白く目を濁らせて倒れ伏す生死不明の姿だった。


「なんと……まさか!」


「ヤ、ヤロウ……!」


 北防壁の上に居た中年下士官と砲術兵、傭兵団の副頭目と門前で戦闘中の者達の順序で瞠目して息を呑む。


 事ここに至って、彼らはようやくアルのやったことに気付いたのだ。


「あの炎は――」


「囮だったってのかよ!?」


 わざと注意を引くように噴き上がらせた蒼炎を、街道から外れた草藪に飛び込んだ時点で分身のように()()()()()自身は敵の背後へ回り込んだのだと。


 ――――六道穿光流・風の型、闇の型混成構え『葉隠れ』。


 納刀状態で気配を断つ移動術。そして『蒼炎羽織』の代わりに生み出した属性魔力の遠隔操作。


 アルはそれらを組み合わせて直線的に敵の最後尾へと駆けたのである。


 暗い空の下で一度に3門の大砲を潰せば、見た目の派手さも相俟(あいま)って否が応でも印象に残る。

 

 そこまで計算に入れて組み上げた動き。


 最も危険な場所で剣を振るい続け、敵の死角や呼吸、思考の察知に長けたアルだからこそ可能な単独運用戦術。 


 『不知火』の”鬼火”とは伊達や酔狂で呼び続けられた二つ名ではないのだ。


 ただの賊と素人が徒党を組んだところで覆せるわけもない。


 そして彼らが気付いた頃には既に手遅れだ。



 カチ、カチ、カチ、カチ……ッ!



「『蒼炎気刃』!」


 ”灰髪”に変貌したアルが左の逆手に刃尾刀を、右の順手で引き抜いた龍牙刀に渦巻く幽世の炎を轟轟ッ! と、灯す。


「あ゛? ”灰、髪”だと!? クッソぉ! テメェら大砲を守れ!」


 敵の正体に勘付いて背筋を泡立たせた傭兵らの副頭目が金切り声で叫び、


「っ!? 彼の援護だ! 賊を挟撃せよ!!」


 アルの捷すぎる拍子(リズム)に慌てて中年下士官が指示を出す。


 両者の号令が掛かったのは、奇しくもまったくの同時だった。


「あ、あんなのどうしろってんだよ!?」


「守れったってどうやりゃあ……!」


 傭兵共が顔を真っ青にして慌てふためき、


「灰色の髪に、蒼い炎? ……ねぇそれって!」


「まさか、列車襲撃事件を解決した武芸者か!?」


「確か”鬼火”って二つ名の――……あんなに若かったのか」


「ともかく援護だ! 撃って撃って撃ちまくれぇ!」


「下の連中! 押し返せ! 正念場だぞ!」


 砲術兵達が手数を上げながら高らかに呼び掛け、


「あ゛あっ!? 気楽に言うんじゃねえ、ぞ!」


「そうっ、だよ! ずっとやってるっての!」


 北防壁門前で奮戦していた近接職の兵士達が文句を投げ返しつつ――然れど、士気を大いに高めて「オオオオオ――――ッ!!」と雄叫び混じりに傭兵共へと斬り込む。


 その瞬間、緋色の視線が回頭中の大砲6門をギラリと射貫いた。


 直後、灼熱の剣気が爆発。


「「「「「「――っ!?」」」」」」


「「「「「なん……だぁっ!?」」」」」


 周囲の雨粒を軒並み白く蒸発せしめると同時、前後に『蒼炎気刃』を纏う双刀を構えたアルが、ドン! と勢い良く踏み込むや、一気に最高速(トップスピード)へと至る。


 その低く、腰をぎりりと左に半回転させた体勢から放たれるは独自回転双刀剣技。


「づ、ぉおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 ――――六道穿光流・火の型『蒼爪嵐舞(そうそうらんぶ)・惨』。


 元の『蒼炎嵐舞』からより殺傷・熔断能力に重きを置いた突撃技。


(一つ、二つ! 三つ! 次……っ!)


 一振りごとに蒼い剣閃が太い鋼鉄製の砲身にジュ……ッと食い込み、1秒と掛からずに次々と熔断する。


 砲身をズパズパと輪切りにされたもの、砲門から尾栓まで引き裂かれたもの、砲架ごと一刀両断されたもの――それらの残骸が重たく湿った音を立てて大地に転がっていく。


 もはやただの鉄屑だ。


「と、止め――あギャアッ!?」


「ひぎぃゃっ!? お、オレの足ィ!?」


「がぁぁぁぁぁ!? アヅいッ!」


「イダい、イデぇよぉ!」


 それでも大砲を守ろうと――否、武器を構えることしかできなかった傭兵共は、何度も瞬く熱閃に手足を灼き斬られ、


「「「「「う、う、うわああああああああああっ!?」」」」」


 『胎星派』信徒らは蒼い龍巻に身体の至るところを炭化させられ、衝撃の余波に吹き飛ばされて苦悶の声と共に地に沈んだ。


「ふぅ……これで全部」


 残心を執ったアルが双刀を振り抜いた姿勢でピタリと静止する。


 街道は深い熔断が幾筋も残され、死屍累々だ。


 大砲もすべて泥を被って転がっており、また立っている者の方が少ない。


 その割にほとんど血溜まりがない。


 斬られた瞬間こそ血煙も上がったが、すぐに灼かれたので血が流れなかったのだ。


「大砲を斬った……!? 斬鉄ってやつか?」


 先ほど威勢良く返事を返していた門前の男性兵士が、傭兵2人の鼻っ柱を殴りつけて呟く。


 その表情は驚愕に彩られてポカンとしていた。


「い、いやあの炎も関係あるんじゃないの?」


 隣の女性兵士が敵の喉から鎗を素早く引き抜きながらそのように応え、


「す、凄まじい」


「……ええ」


 中年下士官と砲術兵らが思わず溢れたと言わんばかりの感想を口にしながら青年剣士の姿を追う。


 まるで怒れる太古の龍が鉤爪に幽世の炎を宿し、大地を弾丸の如く抉り翔んだかのような凄絶な光景だった。


大砲(がらくた)は片付けた。もう諦めろ」


 アルが龍鱗布の代わりに『蒼炎羽織』を一枚纏って、先程から指示を出していた傭兵の男――副頭目へ告げる。最後の通告だ。


 しかし、『胎星派』信徒はともかくとして他の者らは正規の傭兵ではない。


 お尋ね者や武芸者くずれが寄り集まって後ろ暗い依頼を熟してきた()()傭兵だ。


 捕まれば痛い腹を探られ、脛の傷を細かく見分される。


 何より三等級武芸者とは云え、成人もしていない子供に降参したとあれば他の傭兵もどき連中どころか仲間内の間でも立つ瀬がなくなる。


 まだ手下も全滅していないのに。


 面目が丸潰れにされてしまう。


 そう思うと副頭目の頭にカッと血が上った。


「……フザケんじゃねえ!」


 そうだ。手下も素人共もまだ残っている。


「テメエら、取っ捕まったらどうなるかわかってんだろうな!? ヤツを殺せ! 殺しちまえば兵隊共なんぞどうとでもなる! 囲んで殺っちまえ!」


 必死に声を裏返らせながら叫んで武器を振り上げ、


「死ねやクソガキぃぃぃぃ――い……ッ?」


 一歩踏み出した途端に首が跳んだ。否、そうではない。


 副頭目の眼から抵抗の気配を察知したアルが、男が踏み込む一歩前に間合いを潰して龍牙刀を横一文字に一閃。


 一太刀で首を刎ね飛ばしたのだ。


「ぁ……れ?」


 ベシャッと地面に転がった副頭目は首なしになった己の身体を眼で追い、声とも呼気ともわからぬ言葉を吐いてグルンと白目を剥いた。


「ひ、ひいっ!?」


「うげぇ!?」


 武器を握り締め直していた傭兵共と信徒らが引きつった顔でたたらを踏む。


 副頭目の傍にいた数人は背筋を駆け抜けた怖気――アルの殺気にすっかり怯えて尻餅までついていた。

 

「敵は崩れた! 今だ! 掛かれえッ!」


「「「「「うおおお――――ッ!」」」」」


 中年下士官がすかさず指示を飛ばし、門前にいた兵士達が中心となって一気に反転攻勢。


 そこからは早かった。


「いよっしゃあ! 武器捨てて投降しな!」


「抵抗するな! 死にたいのか!?」


「大人しくしなさい!」


 『胎星派』信徒らが項垂れるようにして”霊装”もどきを取り落とし、傭兵共が悪態をついて手向かう。


 南防壁のときと似たような結末を迎えた。

 

 少し違う点と云えば残敵掃討を面倒がったアルが剣気を四方八方に飛ばしたお陰で、傭兵らにも生き残りが出たことくらいだ。


 自分達の副頭目の首をあっさり刎ねたアルの緋い龍眼に哀れなほど恐怖し(ビビり)、失禁したほんの2、3人は拍子抜けするほど大人しく捕縛されたのである。


 その直後、勝鬨が上がったのだった。



 ~・~・~・~



 それから10分ほど後。


 快哉を叫ぶ兵士達から、


「凄かったぞ!」


「助かった!」


「ねぇもしかして君ってあの”鬼火”?」


 などと声を掛けてもらいつつ防壁に戻ったアルは、リューレ上級曹長と名乗った中年下士官と難しい顔を突き合わせていた。


「なるほど。彼奴らの使っていた装備が”魔導列車襲撃事件”にも使われていた、と。おまけに街の方でも騒ぎが収まっていない。君の言う通り、先の襲撃は何らかの目眩ましやもしれんな」


 リューレ上級曹長は軍人らしくこの状況であっても冷静で話のわかる者らしい。


 三等級とは云え、一介の武芸者であるアルの意見を真剣に吟味している。


「ええ、それにどうしてもあの連中も橋に襲撃してきた連中も何かが足りない気がするんです。信念が薄いと言うか、覚悟が足りないと言うか。目的の為の駒として指示を出されてるような――……とにかく俺は一旦仲間達と合流します。状況が見えない」


 アルも”灰髪”のまま緋色の瞳に知性の光を滲ませつつ、応えた――その時だ。


「カアッカァーッ!」


 上空で黒濡れ羽の三ツ足鴉が鋭い啼き声を上げた。


「三ツ足鴉?」


 賢いのでなかなか人を襲わない、一応の分類上は魔獣だ。


 かの魔獣が基本的に群れる習性があることを知っているリューレ上級曹長が首を傾げる。


 彼とは逆にアルは弾かれたように顔を上げて三ツ足鴉の名を呼んだ。


「翡翠か! 降りておいで!」


「カァ~!」


 上空で一度旋回した夜天翡翠がバサバサッと翼をはためかせて降りてきてアルの左肩に留まる。


「ラウラからの報告か?」


 主人に問うわれると人懐っこい三ツ足鴉は大きな黒い嘴をカカカッと鳴らして脚の一本を差し出した。


「む、使い魔だったか」


「ええ。仲間に偵察を頼んでたんです」


 リューレ上級曹長に応えながらアルが小さく折り畳まれた手紙を引き抜く。


 防水用に加工された帆布と厚紙の中間のような触り心地だ。


 そこに小さな字が『焼付』られていた。


「やっぱりラウラか」


「カァ~」


 アルは何度も見てきた小さく整った字体から託した相手を判断して読み進めていく。


「リューレ上級曹長殿!」


 その時、一人の若い兵士が防壁に駆けてきた。


 アルの預かり知らぬことだが、彼は伝令として〈グリュックキルヒェ〉を回り、宿で同僚に襲われてコンラート・フックスに助けてもらった兵士だ。


「何事だ? それに、もう一人はどうした?」


「それについてご報告があります。既に兵舎の方の准尉殿には伝令済みです」


「とにかく聞こう」


 アルから少し離れたところでリューレ上級曹長と若い兵士が小声で話し込む。


 その約3分後。


「『胎星派』……そいつらがこの騒動の元凶」


 アルの呟きにリューレ上級曹長が反応した。


「君も仲間から知らされたのか」


「上級曹長殿、彼の腕に魔導学院の刺繍が施してあります。おそらく下手人の情報をくれた元魔導騎士殿の受け持つ生徒かと」


「君は魔導学院の生徒だったか」


 若い兵士が青年剣士の左腕を指すと中年下士官が得心がいったように呟く。


「ええ。そちらの情報源がフックス先生ってことは――」


「うむ。同じ情報を共有しているようだ」


 アルとリューレ上級曹長が頷き合う。


 この騒動を引き起こした下手人の名は『胎星派』。異端の信徒。


 そして目的は悲劇による人為的な”呪詛(すそ)”の顕現。


 街一つ、住民を人身御供にした人造神の創造。


 ラウラからの言伝にはそう書いてあった。


「厄介ですね。急いだ方が良さそうだ。翡翠、他の皆にもこの手紙を回してくれ」


「カァカァッ!」


 アルが手紙を脚に括り直すと、夜天翡翠は一度だけその頬に羽根を擦り付けてバサッと勢いよく羽ばたいていき、黒雲に紛れるように姿を消す。


「我々も動くぞ。隊を分ける! 負傷兵と二班はここに残って更なる襲撃に備えよ! 残りは街へ打って出る!」


「「「「はっ!」」」」


(敵の狙いはわかった。けど”呪詛”を上手く引き起こしたとして…………人智を超えた力をどうやって制御する? ラウラや先生でもまだ気付いてない何かがある、のか?)


 リューレ上級曹長の粛々とした出撃の号令を背中で聞きつつ、アルは釈然としない感覚に緋い左眼を閉じるのだった。

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