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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
魔導学院編ノ弐 波乱の課外実習編

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204/223

10話 『胎星派』という異端(虹耀暦1288年5月:アルクス16歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 帝立〈ターフェル魔導学院〉1年7組の生徒達が泊まる大衆宿の食堂広間。


 彼らの担任コンラート・フックスと襲い掛かってきた兵士の戦闘で長椅子や長卓は吹き飛んで折れ、木屑が撒き散らされている。


「フックス先生、それじゃその『胎星(たいせい)派』っていう連中がこの騒動の黒幕なんですか?」


 伝令に駆け付け、おかしくなった同僚によって負傷しながらも少年少女(せいと)を庇った若い兵士の左肩の手当てをしているコンラートに、ヘンドリック・シュペーアがそわそわと落ち着かなそうに眼鏡を触りながら訊ねた。


「――の残党って言った方が正しいね。連中の指導者や重鎮共は、当時の僕ら魔導騎士によって捕らえられ、既に極刑に処されてる。大量虐殺の罪でね。おまけに一斉摘発で徹底的に叩いて資金網も潰したから、組織の維持そのものが出来ないはずなんだ」


 忌々しい、と舌打ちでもしそうなコンラートと対照的に若い兵士は元”魔導騎士”と聞いて英雄(ヒーロー)を見るかのような顔をした。


「だから残党、ですか」


「初めて聞きました」


 『胎星派』に与していたと思われる気絶した兵士を、他の生徒より多少慣れた様子で縛り上げていたラインハルト・ゴルトハービヒトの呟きにヘンドリックが同意する。


「帝国の北西部が主な活動場所だったし、君らはその頃まだ五、六歳だっただろうから無理もないよ。でもこの紋章は紛れもなく奴らのだ。夜闇のような深い藍色に連中の奉ずる新たな星が加わった――本来の『八芒教』と意味合いの違う()芒星。当時捕らえ損なった信徒か、極刑に処された者の縁者か、どちらにせよ『胎星派』が絡んでるのは間違いない」


 迷いのない断定的な口調でコンラートは言った。


 10年前(過去)に滅びたはずの亡霊が未だ彷徨い、混乱を引き起こしているのだと。


「でもでも先生、その残党って何がしたくてこんなことしてるんですか? それに大量虐殺って……?」


 わからない、という顔でアニス・ウィストンが鉱人族らしい小柄な身体を揺らす。


 本来の『八芒教』とは、夜空に輝く無数の星を八芒星と見立て、神の威光はあらゆるモノに宿る――つまり神はあらゆる処に御座すとする多神教だ。


 ゆえに仮令(たとえ)誰が見ていなくとも日々正しく生き、他者を慈しむことを美徳とする。


 担任教授の言ったことと教義があまりに合わないのだ。


 するとコンラートは何かに思い至ったようで「ああ」と一言漏らし、


「『胎星派』が求めているのは”悲劇”なんだ」


 と答えた。


「「”悲劇”?」」


「……ですか?」


 アニスとラインハルトが口を揃えて鸚鵡返しに、ヘンドリックが疑問符を浮かべる。


「えぇっと……どういうこと?」


「なんか、気味が悪い」


「”悲劇”を願う宗派って……」


 7組の他の生徒達も理解できないままに『胎星派』の異様さをなんとなく肌で感じ取った。


「その通り。それも単なる”悲劇”じゃない。村や街や都市ごと、そこに住まう不特定多数の人が恐怖と絶望のどん底で望まぬ死を迎える。そんな()()()()()()()”こそが連中の欲してやまないモノなんだよ」


 眼鏡の奥で深い緑青の瞳がドス黒い憤怒を帯びる。


「なんで……」


 そんなモノを望むのだろう?


 生徒の誰かが思わず呟く。


 コンラートはたった一言、


「……”呪詛(すそ)”さ」


 と吐き捨てるように答えた。


 アニスが「あっ!?」と息を呑み、ラインハルトとヘンドリックの背中が総毛立つ。 


 同級生達も「っ……!?」と薄ら寒さを覚えた。


 ”呪詛(すそ)”。呪い。


 彼らが入学したての頃に担任が語ってくれた人智を超越した現象のこと。


 土地を穢し、人心をも害する負の伝承。


「贄にされた人々の嘆きや悲しみ、苦しみ、怒りと云った強く膨大な無念が現実を歪め――やがて”呪詛(すそ)”と成る」


 平坦な声音で一度区切ったコンラートは、


「『胎星派』とはその”呪詛”を人為的に引き起こすという禁忌に手を染め、そこに神性を見出すことで新たな星――つまり神の一柱を自らの手で創造しようとする狂信者の集団なんだ」


 憎々しげに、『八芒教』から異端視された宗派の理念を明かした。


「「「……」」」「「「「「「…………」」」」」」


 食堂広間にいた誰も二の句が継げない。


 大量の生贄を用いた人造神の創造。つまり星(はら)み。ゆえに『胎星』。


 あまりに突拍子も無く、しかし妙にストンと胃の腑に落ちたその響きと理念に背筋を這い上がる怖気を感じた生徒達は吐き気までをも催した。


 人と云うのはわからないモノ、理解が及ばぬモノを畏れ――そこに神や怪異を見出す。


 だから『胎星派』の考え自体は理解できなくもない。


 だが、途轍もない嫌悪を感じていた。


 神を造ろうとする傲慢さに。


 何よりその発想を実行に移そうとする精神性に。


「そ、そんな馬鹿なことを……大体その”呪詛(すそ)”なんてものが――」


 信じられないと言いたげに若い兵士が抗弁とも反論ともつかぬ声を上げたが、


「僕の故郷の村は、連中の()()が行われたせいで丸二十年以上経った今も禁足地です」

 

 墓参りにも行けやしない、とコンラートはピシャリと遮った。


「そんな……」


 兵士も生徒達も驚いたように息を呑む。


 20年以上。


 つまりその当時、学院生だった彼は自分達とそう変わらない頃に故郷を失くし、そしておそらく家族も亡くしたのだ。


「よし、これで動けますね?」


「は、はい、助かりました。これなら問題なく動けます」


 ショックを受けている生徒達を置いてコンラートが淀みなく若い兵士を立たせる。


「僕らは教会に避難します。それに、あそこには僕の元同僚がいる」


 担任の言葉にヘンドリックがハッとした。


 教会にいるコンラートの元同僚。


 ほんの2日前、自身の信仰が揺らいだ時に助言をくれた『虹耀教』の穏和な印象の男性助祭。


「皆、急いで避難だ! 大丈夫。教会には僕と同僚だったフィンもいる。彼なら下手を打ったりしてないはずだ」


「あの、魔導師殿。今の話を上官(うえ)に伝えても?」


 生徒へ呼びかけたコンラートに左肩を庇いつつも兵士が問うた。


「むしろ頼みます。僕は元魔導騎士、そして〈ターフェル魔導学院〉の現教授コンラート・フックスです。報告の責任は僕が持ちます。おかしくなった人々は病気や魔術でそうなったんじゃない。最初から自分の意志で、この騒動に参加してるんです」


 魔導騎士も余程特殊な立場にいない限り軍人だ。


 兵士とコンラートは淀みなく言葉を交わし、


「承知しました、では自分はこれで。お気をつけて!」


「そちらも! さ、行こう皆!」


 互いに素早く動き出す。


「「「はい!」」」


「「「「うす!」」」」


 武芸者(ラインハルト)に手を握られた魔族(アニス)辺境伯家次男(ヘンドリック)や獣人族を始めとした幾人かの生徒が武器を手に返事を返し、


「「「「「は、はいっ!」」」」」」


 戦いとは縁がない身分の高そうな少女らや一般人の生徒達は緊張感に身震いしながら宿を後にした。



 ☆ ★ ☆



 同刻。


 大河沿い、堤防下の兵舎屋外に留まっていた四等級武芸者一党『不知火』は一度7組の面々(同級生達)と合流しようとの話し合いを済ませたところだった。


 軍の方はなんとか体勢を立て直したらしく、兵舎で休んでいた兵士達も今は装備を身に着けて街へ順次出撃しているし、最低限欲していた情報も得られた。


 それもかなり差し迫った情報だ。


 この武装蜂起が入念に仕組まれた上で実行に移された人の仕業であるということ。


 そしてきっとまだ序の口。第一段階。


 これは謂わば狼煙だ。


 首謀者の描いた画にはおそらく()()()()()


 だが6人は普段のように動けない。


 なぜなら――――。


(軍に協力して、あとはどうすればいい? 敵は何を狙ってる?)


 アルクスは濡れそぼった黎い髪を額に貼り付けたまま歯噛みした。


 そう。彼らは敵の()()()()()()()()()のだ。


(……場当たり的に対処しても後手に回り続けることになる)


 敵が何を狙っているのか、なぜここまでの騒ぎ(パニック)を起こす必要があったのかが依然不明なせいで何をどう防げば良いのか曖昧模糊として具体的な対策が打ち立てられない。


 そういう意味では下手人が『胎星派』であると見抜いたコンラートと、”魔撃銃”の構造を模したと思われる粗悪な”霊装(短剣)”の手配ぶりから事件規模の輪郭を大まかながらに察した『不知火』の間には認識にズレがあると言えるだろう。


 と、その時だった。


「カアカアッ!!」


 6人の上空で降り頻る雨粒の幕を切り裂きながら旋回していた三ツ足鴉が空気を(つんざ)くような啼き声を上げた。


「翡翠、どうしたの!?」


 シルフィエーラが少し寒いのか長い耳をふるりと震わせ、それでも顔に当たる雨を気にせず上空を見上げる。


 今の啼き方は紛れもなく警告だ。それがわからない『不知火』ではない。


「なんだあの連中!?」


「隊のやつらを呼び戻せ!」


「見張台から連絡はなかったぞ!?」


「っ!? もしや、あの連中の息が掛かってたのか――?」


 直後、堤防にいた兵士達からどよめきが上がり、慌ただしさに余計拍車が掛かる。


(次から次へと……!)


「行くぞ!」


 アルは仲間達に視線を送り、すぐさま堤防の方へと駆け出した。


「ちっ、今度はなんだ!?」


 マルクガルムが苛立たしげに舌打ちを零し、


「確認するしかあるまい!」


 ソーニャが騎士盾の皮革帯(ベルト)をグイッと締める。


「まさか、もう次の……!?」


 ラウラの呟きは坂を登る6人の心中を正確に代弁していた。


「何なのあいつら。街の外に潜んでたっての?」


 アルに続き、ものの数秒で堤防に上がった凜華が大河に架けられた橋の方を見て眉を顰める。


「皆同じ服着てるよ。傭兵でもなさそう……っていうかなんか動きが素人っぽい?」


 と、エーラも手で庇を作って緑眼を細めながら印象を述べた。


「何者でしょうか? それにあれは――……八、いえ九芒星?」


 すぐに追いついたラウラ達『不知火』の一党や兵士達が視線を送っているのは橋の対岸。


 そこに黒藍色の集団がいた。


 数はざっと30名弱。


 雨外套を着るわけでもなく頭巾(フード)を目深に被るのみで、雨を気にした素振りもない。


 またラウラの言う通り揃いの長外套(ローブ)の左胸元にはほどほどの大きさに金の九芒星が刺繍されていた。


「どっかの、信徒?」


 アルの背筋に言い知れぬ悪寒が奔った。

 

「そこの黒服! 止まれ! 何者だ!? 現在この街への立ち入りは禁止されている!」


 武器に手を掛けた同僚達を背後に兵士の一人が緊張と警戒心の入り混じった声で警告を飛ばす。


「「「「「「…………」」」」」」


 しかし誰も答えず、歩みは一向に緩まない。


 雨音にバチャバチャと無遠慮な足音が混じり、近づいてくる。


「そこで止まれ!」


「それ以上進むなら命の保証は出来なくなるぞ!」


 不気味さに顔を引き攣らせた兵士達が一斉に武器を抜く。


 黒藍色の集団はちょうど橋の中央。


 そこで頭巾(フード)姿の者らのダボついた手元で何かが鈍く煌めいた。


(あれは――!?)


 アルが赤褐色の眼を見開く。


 それは照り返された金属の反射光だった。


「おいまさか!」


 マルクも気付いたようで声を上げる。


 彼らがブラブラと携えているのは”短剣”だ。


 それもついさっきアル達が捕縛した兵士が使用したものとそっくりな”魔撃銃”の劣化模造品(コピー)


「”霊装”もどきかよ! ちいっ!」


 正体に気付いたアルが走り出したのと集団が”短剣”を正面に向けたのはほぼ同時。


「「「「「「「「「我らが真なる星辰(せいしん)を――――!!」」」」」」」」」


 黒藍色の集団が大声で斉唱した。


 その途端――”短剣”の剣身が青白く発光。


 20を超える雷鎚(いかづち)の束が歪な赤熱と鉄火を散らし、雨粒を蒸発させながら一直線に迸る。


「「「「な、あ――っ!?」」」」


「「「は…………!?」」」


 兵士達が驚愕に目を剥き、咄嗟に魔力を滲ませつつ眼や口を覆って防御姿勢を執る。


 だがその程度で防げる威力の雷撃でないことは彼らにもわかった。


 先程戦う羽目になった同僚も似たような不明の装備から魔術に匹敵する威力の攻撃をしてきたのだから。


 比較的、攻性魔術に慣れている兵士でも対応が間に合わない。


 思わず眼を瞑る。


 しかし、その瞬間。


「さ、せるかあっ! でぇあッ!!」


 ギリギリ間に合ったアルが魔力を纏わせた刃尾刀を抜き打ちざまに横一閃。


 真一文字に剣閃を飛ばした。


 アルの鍛えられた魔力が籠もった三日月型の衝撃波がギャリリリ――ッ! と、雷鎚の束を引き裂くように斬り払って放射状に四散させる。


 晴天時ならこれでも問題ないが今は雨天。


 まだ感電の恐れがある。


 しかし、そこは『不知火』だ。


「あんた達どいてなさいな! はああッ!」


 兵士に一声不遜な言葉を投げつけた凜華が手首を返しながら飛び込みざま、鬼人の闘気――鬼気に冰を混ぜてバッ、ブゥン! と袈裟と左袈裟に尾重剣を振り抜いた。


 直後、アルの『飛焔裂衝』と同じ原理で飛翔した冰の幅広い剣閃が弧を描いて雨粒を凍てつかせる。


 そこへほぼ同時に四散した雷鎚がバチィッと直撃して弾け、氷上を滑るようにして散り散りになった。


 豪快さと繊細さを併せ持った受け流しに被害範囲にいなかった兵士達がどよめき、


「ぐ……? おおっ、さっきの四等級(ぶげいしゃ)か! 助かった!」


「恩に着るよ! 剣士の兄さんに鬼のお嬢ちゃん!」


「焦ったぜ! ありがとよ!」


 防いでもらったことを悟って腕を下ろした兵士達が口々に礼を述べる。


 黒藍色の集団の方は放った雷鎚が不発だったという事実に少々驚いたような反応を示した。


 と、その時。


 南北方面それぞれの空が不自然な色合いに染まった。


 アル達がパッと視線を向ければ、街の端にある防壁からそれぞれ光弾が打ち上げられたようだ。


 赤と黄色の光弾が1つずつ、計4つ。


 それぞれ数秒間、黒雲と街を照らす。


「っ! 今の、何の信号ですか!?」


 振り返ったアルが兵士に問うと、


「外敵による敵襲だ!」


 彼も驚いたような顔のまま淀みなく答えた。


「外からの敵襲――あいつらの仲間か……!」


 事態が一歩深刻化したことを悟ったアルに、


「アルさん、私達も急ぎませんと!」


「どうする? ボクらいつでも動けるよ!」


 ラウラが真っ直ぐに琥珀色の瞳を向け、エーラが飄々と弓を担ぐ。


 刹那――アルは迷った。


 目前には雨を蹴立てて迫る首謀者の属して()いるらしき集団()


 更に別の方角から同じ集団と思わしき武装した敵。


 未だ鎮められていない街の暴動。


 動かねばならない理由は充分過ぎるほどにあり、逃げる選択肢は最初(はな)から無い。


 何と言っても街にはまだラインハルトやアニス、ヘンドリックと云った同級生達がいるのだから。


 しかし敵の目的が判然としない。


 そのせいで取れる手が決定打に欠けてしまう。


 街全域をカバーできるほどアルの――否、『不知火』の腕は広くないのだ。


「合流は取り止めで、別れるか?」

  

 踏ん切りのつかなそうな、口惜しそうな顔をした親友にマルクが訊ねると、


「……ああ」


 アルは短く首肯した。


 独自に動いてもらわねば現況を打破できそうにない。


 うだうだしていればあっという間に詰む。


 それでも――……不本意だが仲間の守りを薄くしてでも、目指す最善(けつまつ)には及ばないかもしれないのだ。


 ――だからって、諦めていい(動かない)理由にはならない。


 俄に赤褐色の瞳が白刃を彷彿とさせる眼光を宿す。


 仲間達5人と1羽は俊敏に反応して背筋を伸ばした。


「指示を出す! 散開して各個に動くぞ!」


「「「「「応!」」」」」」


「カア!」


「エーラとラウラはまず七組の皆と合流! たぶん避難所にいるだろうから、合流したら情報を共有して翡翠を送ってくれ! その後は避難所の防衛だ! ラウラは手を借りて陣を敷け! エーラは避難所の高所から迎撃! 翡翠、索敵任すぞ!」


(まっか)せて!」


「わかりました!」


「カアカァ!」


 アルの指示にエーラが「よぉし!」と気合を入れるように首をプルプル振り、ラウラが刻印指輪と認識票を握り合わせ、夜天翡翠が「りょーかい!」と言うように啼いた。


 まだ未成年だろう彼らが吹かせるにはあまりに強大過ぎる威風に兵士達の視線が思わず釘付けになる。


「マルクとソーニャは二人で魔導史博物館に行って防衛だ! あそこには”遺物”も置いてあるし、避難所にもなってるって聞いた。連中の狙いがわからない以上余計な火種を増やすわけにはいかない」


「おう了解だ!」


「承知!」


 続いて淀みなく出された指示にマルクがワインレッドの髪を後ろに流して吼え、ソーニャが盾を括った左腕で己の軽鎧の胸元をガンッと叩く。


「凜華は街の南! でもまずは防壁に行ってくれ! 兵士に協力して外の連中を街に入れさせるな。俺は北に行く、それと――!」


 アルは指示を出しつつ、バッと振り返りながら抜き手も見せずに蒼炎杭を2本(なげう)った。


 雨に消されることもなく、むしろ蒸発させながら飛翔した蒼炎杭の1本目に2本目が衝突。


 と、同時に蒼い爆炎が橋の中央付近で花開いた。


「「「「「ぐぉぉおぉぉおお――っ!?」」」」」


「「「「あヅいぃぃ――っ!?」」」」


「「「「「ぎぃああぁぁぁ――っ!?」」」」」


 黒藍色の集団が悲鳴を上げ、兵士達が動作の素早さと見合わない威力に瞠目する。


「――コイツらは引き受けた」


 披露した十八番(おはこ)への反応などどこ吹く風、アルは仲間達の方へ向き直った。


「はーいな!」


 凜華が青い瞳を”鬼火”の如く爛々とさせ不敵にも魅力的な笑顔で鬼歯を見せ、グルングルンと手元で回した尾重剣を背中に担ぎ直す。


「皆、気を付けろよ。街に潜んでる敵が”霊装”もどきを隠し持ってる可能性もあるし、武芸者の中に協力者がいても不思議はない。仲間以外、信用するな。それとエーラ、高所から『燐晄』を使う以上、たぶん一番目立つことになる。これを着ててくれ」


 アルはそう言うと一瞬だけ龍鱗布に蒼炎を纏わせて水気を飛ばしてサッと脱ぐと、耳長娘の着ている短外套(ケープ)の下に滑り込ませた。


「んんっ、ありがと!」


 シュルシュルと動き、首元まで覆ってキュッと締まった温かい真紅の龍鱗布にエーラが嬉しそうにはにかむ。


「うん。じゃあ動こう、状況開始だ!」


「「「「「応!」」」」」


「カアッ!」


 アルの精悍たる号令の下、5人と1羽がパッと踵を返す。


 こうして『不知火』は混沌に呑まれつつある〈グリュックキルヒェ〉へ飛び込んだ。



 ☆ ★ ☆



 時を同じくして魔導学院1年7組の生徒達は担任コンラートの引率のもと、街中央に位置する広場を突っ切って教会を目指しているところだった。


 明け始めているものの降り続く黒雨と家々から上がる煙のせいで街はどこか灰掛かって見える。


 周囲は混乱した人の波。近場で燃えている家屋もそのまま。


 至る所で怒号が響き渡り、悲鳴が上がっていた。


 圧倒的に数で劣る軍人達が必死になって住民を誘導しているが、その中からいきなり武器を持って襲ってくる者もいるせいで遅々として進んでいない。


「光信号!? く、みんな急いで! 走るんだ!!」


 光弾に照らされた空を見たコンラートの余裕のない指示に生徒達が必死な顔、泣きそうな顔で身を屈めながら着いてくる。


 と、その時丁度目指す教会方面の物陰から人影が飛び出してきた。


 咄嗟にコンラートが左腰の短剣を抜こうと手を掛けるも、


「キーガン!」


 すぐにやめて声を掛ける。


 呼びかけられた人物は雨で黒髪と白衣がビショビショの痩せぎすな中年男性。


 かつてのコンラートの同級生キーガン・シャウマンだった。


 彼は一瞬ビクリとしたが、相手がコンラートだとわかるとホッとしたような顔をして駆け寄ってくる。


 その手に武器はない。


「コンラート! 無事だったかい!?」


「ああ、君も無事で良かった! そちらも避難を?」


 キーガンの来た方角には癒院と教会がある。


 すでにいっぱいなのかと不安になったコンラートに、


「うん、今朝は早かったんだけど途中で警鐘を聞いてね。慌てて家に戻ろうと思ったら襲われて……まぁこれでも学院卒だからなんとかいなしてここまで辿り着いたまでは良かったんだけど、妻や子供の姿が見えなくて引き返そうしてるとこなんだ」


 キーガンは痩せた顔に並々ならぬ覚悟を乗せて首を振った。


「そう、なのか……不安だね、それは。僕も――」


 手伝う、と言い掛けた旧友をキーガンが遮る。


「いや君には生徒――僕らの後輩がいるだろう。そっちを優先してくれ」


「……すまない、手が空けば僕も捜索を手伝うよ」


「ありがとう、それじゃ!」


 コンラートは忸怩たる思いで人波を掻き分けていく旧友を見送った。


「気を付けて!」


 そう応援するだけで精一杯な状況が口惜しくてならない。


 それもかつて滅ぼした亡霊が原因。


 怒りでグッと奥歯を噛み締める。


 だが今の彼は魔導学院の7組を預かる教授だ。


「みんな教会はすぐそこだ! 急いで! 武器は構えなくて良い!」


 こんな状況で子供に武器を構えさせて偶然誰かに刺さった、なんて洒落にもならない。


 ゆえに急ぐことに集中させるべく声を張り上げる。


 生徒達はすっかり恐慌(パニック)状態に呑まれてもつれる足をなんとか踏み出していく。


 どうやら大半の住民はまず教会の前に建つ癒院の方へ殺到しているらしい。


 建物の敷地で言えば教会と癒院はそう変わりないが、後者は2階建てだ。


 そのうえ広場にも面しているので当然の流れとも言えるだろう。


「み、見えたぞ!」


 ヘンドリックが調子の外れた声を上げ、


「もう少しだよみんな!」


 アニスがラインハルトに手を引かれつつ、同級生達を勇気づけるべく背後へ呼び掛ける。


 その時、教会の大きな扉の傍にいた人物が大声で彼らの担任の名を呼んだ。


「コンラートっ!! こっちだ、急げ!」


 少し薄い髪に白地に金の刺繍が入った〈虹耀教〉の助祭服を雨泥に汚したフィンだった。


「フィン! みんな走れ、全速力だ!」


 目的地が見えたおかげか、恐怖に圧されたのか、堰を切ったように生徒達が教会へと雪崩込む。


 コンラートが最後に飛び込むと、フィンは入り口で燭台を握り締めた男達に合図を出して大扉を閉めさせた。


 中には生徒達同様避難してきたらしき家族やそれこそ発掘作業員の姿も見える。


「よ、よかったぁ……」


「……こわかったよぉ」


 へなへなと崩れ落ちる生徒達。


「良かったぞ、生徒さんがいるってんでヤキモキしてたところだ」


「助かったよフィン。って、あれ?」


 声を掛けてきたフィンに礼を言いつつコンラートが視線を巡らせると、


「ああ、嫁さんなら博物館の方さ。簡易でも良いから結界を張るとさ」


 そっちも心配なんだがな、と薄い髪を撫でながら元同僚は答えた。


「結界って『防護障壁』のことかい? 攻性魔術の前じゃ紙も同然じゃないか」


「ないよりマシだとさ。余裕があれば手を加えるそうだ」


 彼らの言う『防護障壁』とは、”特質変化”を用いて魔力に物理的硬度を持たせた障壁のことである。


 多少の壁にはなるが、魔力効率の高い攻勢魔術や闘気を防ぐにはそれ相応の魔力が必要になる為あまり実用的とは言えない。


 人間にとっては主流(メジャー)な技術だが、魔力量の多い魔族はあまり使わない――というより、むしろ先ほどの兵士達がやっていたように魔力を高めて身体に纏わせる方がよっぽど実用的だ。


「そうか。それでフィン、気付いたか?」


 コンラートが知らず知らずの内に魔導騎士時代の硬い口調で問うと、


「これを仕組んだ敵のことか? ああ、避難してきた連中の中にも何人か暴れる連中がいたからな。そいつらが使ってたよ、九芒星の施された短剣を。間違いなく『胎星派』だ」


 同じく魔導騎士時代の口調で忌々しそうにフィンが答えた。


「わかってるなら話が早い」


「……お前も動こうってか?」


 フィンが会話の先を予想して訊ねると、


「さっき光信号が上がってた。十中八九、ヤツらは本気だ。となると憑坐(よりまし)と宗主がいる」


 コンラートは眼鏡の奥の瞳に怒りと使命感を滲ませて答えた。


「ちっ。久々に聞いたぜ、その厭な単語」


「急がないと街が陥落()ちる」


「で、禁足地行きってか。ふざけた話だ」


 くそが、とフィンは独り言ちて懐から煙草を取り出すと、火を点けるなり大きく吸って「フゥ――ッ」と吐き出す。


「わかった、行って来いよ。生徒の方は俺が引き受ける。どちらにしろ司祭の爺さんがよその街に行ってる今教会(ここ)の責任者は俺だ」


 そして徐ろに鋭い視線を寄越し、衰えのなさそうな自身の胸をどんと叩いた。


「助かるよ。それじゃ行ってくる」


 コンラートがそう言おうとしたところで、アニスがタタッと駆け寄る。


 ラインハルトとヘンドリックも一緒だ。


「先生、外に出るんですか?」


「うん。僕なら連中の手口をよく知ってるからね」


 手をぎゅっと握り締めてアニスが問うと担任教授が普段と印象の違う雰囲気を滲ませて頷く。


「フックス先生、アルクス達はたぶん『胎星派』のことを知りません」


 ラインハルトの口調は冷静だが、やはり切れ長の瞳に不安が滲んでいる。


「そうだろうね。彼らと会ったら伝えよう。もしここに来るようなことがあれば伝えてあげてほしい」


「はい……先生、その、やっぱり僕らも――」


 真面目な顔で頷いたヘンドリックが声を上げるが、


「いいや、だめだよヘンドリック君」 


 コンラートは首を横に振って遮った。


「なぜです? 俺達も武器を持ってます。それに俺も武芸者です」


「そ、そうです。僕も実家で訓練は受けてます」

 

 アニスの心配そうな視線をあえて無視した7等級武芸者であるラインハルトと国の盾たる辺境伯家の次男ヘンドリックが言う。だが――――。


「じゃあ訊くよ。人を殺したことはあるかい?」 


 コンラートは鋭い目つきで問うた。


「っ! いえ、ないです」


「……ありません」


 ビクリと肩を揺らした2人が答える。


「僕はこれから人を殺しに行くかも知れない。そんな場面に付き合わせるわけにはいかないよ。それに戦いと人殺しは似てるけれど少し違う。その区別がついていない君らの人生を狂わせたくもないんだ」


「でも敵、なんでしょう?」


 ヘンドリックが食い下がる。


「そうだね。だが、()()()()()。暴徒だろうと狂信者だろうと敵だろうと、僕らと同じ赤い血を流す人なんだ。本能でこちらを襲う魔獣でも化け物でもないんだよ。


 敵なら、悪者なら殺したって構わないっていうのは僕に言わせればただの言い訳だ。殺人っていう絶対的事実は消えてくれない。どこまでいこうと武器は凶器。振るえば誰かが傷つく。だからこそ振るう側の扱い方が重要なんだ。君に、命を奪う覚悟はあるかい?」


 コンラートは真っ直ぐヘンドリックを問い質した。


「あ、う、それは……」


 人を殺す覚悟。


 ヘンドリックは抱えていた一六式魔導機構銃の重みが急に増した気がしてたじろぐ。

 

「…………」


 ラインハルトは以前請けた依頼でチンピラと戦闘になったことを思い返し、よりリアルにその時の感覚が蘇って身が竦んでいた。


 アニスがその背をポンポンと軽く叩く。


「二人とも。アルクス君達はね、とっくに覚悟をしてるんだ。そうやって戦ってきたんだよ。戦う意味を知ってる。だから無闇に殺したりしないだろう? 宿でだって最も合理的だったのは、あの男に高威力の魔術を飛ばして殺すことだった。階段からなら充分、頭部を撃ち抜けたはずだよ。でもしなかった。それは何よりも襲われてた男性の命を守ろうとしたからだと思う。結局、暴れてた男も気絶させただけだったしね」


「「…………」」


 ラインハルトとヘンドリックはそこで初めて高威力の属性魔力を扱える魔族のアルとマルク(ふたり)がわざわざ飛び出していった理由を理解した。


「君らが一緒に戦おうとしてくれてるのは心強い。こんな状況でも抗おうとする力を持ってることを知れたのは、担任として本当に嬉しいよ。でもダメだ。今の君らに人の命は重すぎる。みんなでここを守るんだ、いいね?」


「……わかり、ました」


「はい……」


 沈んだ様子で頷く2人の肩を叩いたコンラートは、


「よし、それじゃあ行ってくるよ。アニス君、みんなも何かあったらフィンに頼るんだ」


 と言うと怪訝そうにしている大扉前の男達の視線を跳ね除けて雨の街へと消えていった。


「先生……」


 一連の流れを見ていた生徒達が不安そうな瞳をフィンに向ける。


 本当は行ってほしくないが、元魔導騎士が放っておくと街が陥落すると言ったのだ。


 怖いからこの場に残ってくれとはとても言えなかった。


「あの……フィンさんで合ってますか? 先生があんなに急いでるのはどうしてなんでしょうか?」


 狐の耳を生やした獣人族の生徒が問う。


 するとフィンはコンラートが消えた扉を見つめながらこう答えた。


「『胎星派』が”呪詛”を人為的に引き起こそうとするイカレ集団だってのは聞いたかい? ――そうか。でも”呪詛”ってのは穢れだ。形なんてない。


 だから『胎星派』の連中はその”呪詛”を神という形で()()()為に、憑坐(よりまし)を用意して儀式を行う。人体の至る所に術式を刻んでな。そしてその儀式には必ず宗主も出張ってくる。あいつは『胎星派』に潜入してたから、そいつをよく知ってるのさ」


「「「「「「っ……!?」」」」」」」


 つまり生きた人を()にして”呪詛”を流し込むことで、神を顕現させようとしているのか。


 あまりのおぞましさに生徒達が引きつったように息を呑む。


 中にはコンラートが潜入していたと聞いて驚く者もいた。


 いつも柔和な担任教授がなぜ魔導騎士になったのか、そしてなぜ辞めたのかもなんとなく悟る。


「頼んだぜ、コンラート」


 シンと静まり返ってしまった教会で、不敬にも堂々と煙草に火を点けたフィンは厳しい面持ちのまま呟くのだった。

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