7話 『大工房』見学(虹耀暦1288年5月:アルクス16歳)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
〈グリプス魔導工房〉――通称・『大工房』の内部は、石造りの巨大鍛冶屋然とした外観からくる古めかしさとは対照的に、小綺麗で明るかった。
白を基調とした壁面や等間隔に並んだ魔導灯、天上も高く区画分けされている様はアルクスの前世日本にある大学病院などの施設に印象は近い。
その上、矢鱈と広いらしく高校の体育館が3棟ほど寄り集まったような構造をしているらしい。
敷地だけならこの街にもある武芸者協会の3倍以上はあるだろう。
しかし、その割に職員の数は多くないのか案内所や受付といった類の部屋はないようで、少なくとも入口付近には見当たらない。
守衛の詰め所があるのみだ。
「ここ『大工房』は魔導遺物の研究において帝国随一だ。といっても〈グリュックキルヒェ〉から出土する”遺物”が多いお陰で、これほど大規模な工房を建てられたのだがね。それでも国から金が下りるし、技士は最低でも二等以上しかいない。どころか私を含めて三名も一等技士がいるからなかなかに破格だぞ」
報告書の提出は面倒極まりないがな。と、ひっつめた黒髪に黒縁眼鏡を掛け、コツコツと規則正しい足音を鳴らす〈グリプス魔導工房〉の工房長ザビーネ・リーチェルは華飾を含まぬ直截的な物言いをした。
女性にしては低く、朗々と謡うような声が通路に響く。
彼女の後ろをカルガモのヒナの如くぞろぞろと続いていた〈ターフェル魔導学院〉1年7組の生徒達は、期待と物珍しさが入り混じった吐息を漏らした。
帝国の魔導具工房は親方がその工房のトップ、その下に職人や丁稚がつくのが一般的だ。
アルの前世、日本の個人病院や弁護士、税理士事務所などに感覚は近い。
つまり技士の資格を持っている責任者が一人でもいれば、工房と名乗ることができるということだ。
そしてそれで充分に食っていける。法的な問題がないというだけではない。
そういう意味で〈グリプス魔導工房〉はその敷地面積も含めて破格であり、寧ろこういう形態を取らなければ魔導遺物研究所という側面が成り立たないのである。
「それこそ僕の【底無しの盆】も、ここの技士の方々の協力を得て効果を鑑定してもらったんだよ」
生徒達のすぐ後ろ、彼らの担任コンラート・フックスがにこやかに述べる。
「懐かしいな。あれが転属後の初仕事だった」
「本物の”遺物”だったのでそこそこ高く付きましたけどね」
学生時代からの付き合いらしいコンラートと一つ歳上のザビーネはかなり仲が良いようだ。
しかし、決して男女の仲を感じさせるようなものはなく、もっと気安い友人同士のような関係が窺える。
「ほへー」と感心していた生徒達はあまり見ない担任の素の顔を見たような気がして、眼をぱちぱちと瞬かせた。
「それが嫌で私は技士になったんだ。”遺物”を見つけるたびにどこかの研究機関や工房に金を落としてやるのもつまらんからな」
煙草の煙を細く吐いてザビーネがのたまうと、
「だからって、四年次に〈騎士科〉から〈機構科〉に転向する生徒なんていませんよ」
コンラートが困ったように笑う。
それでもたった1年で1等級の国家資格を取ってしまうのだから、秀才というのは恐ろしい。
「ここにいるじゃないか。それに仕方がないだろう、”遺物”に魅せられてしまったんだから。現代魔導技術を駆使しても再現できない、古代の叡智だぞ? これ以上に知的好奇心を刺激されるものが世の中にあるか? たかだか子爵程度の父親の意向なぞ、較べるべくもないさ」
ふん、とザビーネが鼻で笑う。
「ご実家とは相変わらずですか」
「ああ。だが、あの哀れな父親は私を勘当したことでとうとう母からも見放されたそうだ。血の繋がりを疑いたくなる愚かさだよ――おっと、ついたぞ。後輩諸君、まずはここだ」
ピタリと立ち止まったザビーネが指差す先には最初の区画――否、1棟がだだっ広い空間として広がっていた。
生徒達が思わず眼を真ん丸にして感嘆の入り混じった吐息を漏らす。
それも致し方ないことだろう。
「ここが工房たる所以――新たな魔導具の創造を担う”開発部”だ。『大工房』の中でも一番大きな部署だな。既存技術を利用した新製品の開発、及び実験を主目的としている。君達を出迎えたときに私が使っていたのもここの試作品だ。一応傘のつもりだが、出力の調整がまだ不安定でね」
そこには研究者っぽい技士や見るからに熟練っぽい職人達が集まって、
「こっちの計算で試してみます?」
「あー、いやもう一段階出力を落とそう」
「おーい、そっち準備良いかー?」
「良いぞー! では、六回目の起動実験を行う。計測を始めてくれ」
「わかりました!」
と、それぞれに淀みのない動きで大型の貯蓄型擬似晶石と繫がれた試作品らしき魔導具を弄っている光景が展開されていたのだから。
どうやら建物1棟を丸々”開発部”として使用しているらしく、至る所に組み上げる前段階の外装や設計図、木製模型、内部が剥き出しになった試作品らしき魔導具の数々が無造作に置かれている。
「うっわあっ!! すっごい!! あれみんなこれから世の中に出回るかもしれない魔導具だよ!」
魔導技士志望の鉱人娘アニス・ウィンストンは元々大きな褐色の瞳を更に大きくキラキラとさせ、丁度隣にいたラインハルトの袖をグイグイ引っ張った。
「ああ、そうらしい――待て見えてる。見えてるから引っ張るな。袖が千切れる」
金髪を少々濡らしたラインハルトは幼子をあやすようにうんうんと何度も頷いてやっている。
鼻息の荒い魔導具狂いな少女に彼も大概慣れてきたようだ。
「今は~……幾つだったか。四つが初期構想段階で、一つだけ最終試験段階だったはず――と、ほらあれだ。携帯式魔導焜炉。家庭で使う型だと持ち運びが難しいからな。軍の方から依頼が来たついでに武芸者や旅行者向けのものを開発したんだ」
ザビーネが指し示した方には、五徳が一つしかない――アルの前世にあるノートパソコン大の魔導焜炉と、それらの前で何やら性能を試している真面目腐った顔の技士と職人達がいた。
ごくごく一般的な――『不知火』の拠点家にも備え付けられている帝国製魔導焜炉は擬似炎晶石と貯蓄型擬似晶石を用いて作動させる構造上、据え置くしか無いほどに大型だ。
どうやらその辺の問題をクリアして小型化した製品がロールアウト間近らしい。
アルの前世で例えると、カセットコンロに近いだろう。
尤も火力源はガスではなく、液状化した魔力だが。
「わぁっ、凄いですよアルさん! あれなら背嚢に詰めても持ち運びが楽そうです!」
パァっと表情を輝かせたラウラがアルを呼ぶ。
自動券売機製作の手伝いや武器が杖剣なこともあってか彼女は魔導具好きだ。
おそらく『不知火』の6名の中でも最も造詣が深いだろう。
「随分小さくできるんだなぁ、元の大きさの半分の半分もないや。あれなら食事のたびにいちいち焚き火作る必要もないね」
野営地に泊まるのであれば間違いなく焚き火の方が向いている。
が、単に食事だけ摂りたい時にわざわざ焚き火を熾すのは案外手間なのだ。
「ええ、火力の調節も効きやすいでしょうし、二・三台あれば調理時間も短縮できるはずですよ」
かなり実用的なところまで思考されたラウラの意見にアルは微笑ましそうにからから笑って、
「ラウラも口が上手いなぁ。そう言われたら使ってみたくなっちゃうよ。正式に売り出されたら見に行ってみる?」
琥珀色の瞳に問いかけた。
「え、ホントですか!? 行きたいです!」
返ってきたのは眩しいくらいの笑顔と弾んだラウラの声。
「じゃ決まりね。あ、でもどこで売るんだろ? 武芸者とか旅行者向けって言ってたし、協会かな」
と、調子よく頷いたアルだったがすぐに首を傾げた。
「たぶん……専門の商会だと思いますよ? 魔導具の情報誌にも載ると思いますし」
ラウラがほっそりした顎に人差し指を当てて答える。
「そんなのの情報誌まであるのか……」
どこの世界にもマニアックな人種というのはいるらしい。
思わずアルが苦笑を浮かべていると、
「お? おーい親方ぁ! その子らが親方の後輩さん方ですかい!?」
職人の一人が見学者の存在に気付いたらしく大声で呼びかけてきた。
「ああ、私の古巣ターフェル魔導学院の生徒達だ! 先に部署の案内をしててな! 後で自由に見学させるつもりだから、その時はよろしく頼むぞ! それと、親方ではなく工房長と呼べ!」
ザビーネが慣れたように返すと、
「だはは! すんません工房長殿! じゃ生徒さん方、また後で!」
中年の男性職人は軽く手を上げて応えた。
「先輩、思いっきり親方呼びじゃないですか」
よくも古臭いなんて言ってくれましたね。と、コンラートが半眼を向ける。
「ふ、連中が昔気質なだけさ。ほれ、とっとと次の部署に行くぞ諸君」
悪びれもせず肩を竦めてニヒルな笑みを浮かべたザビーネ工房長はコツコツと踵を鳴らして案内を再開するのだった。
* * *
続いて案内されたのは”開発部”と隣接されておりながら、まったく雰囲気の異なる部署だった。
「ここは”技術部”だ。見てわかる通り技術開発という一点のみに特化した部署だな。とは言ってもさすがにあの〈帝国魔導研究所〉に較べると少々見劣りしてしまうがね」
ザビーネの案内に慣れてきた生徒達が目を白黒させる。
そこは”開発部”ほど広くないが、どことなく奇妙な空間だった。
図書館も斯くやとばかりに壁一面どころか全面が書棚となっており、それでも足りないのか天上まで届く頑丈そうな書棚が幾つも並び、最奥にはこれまた頑丈そうな透明硝子で覆われた小部屋が備え付けられていた。
働いている技士達も”開発部”にいた職人気質な面々よりどこか生真面目そうな印象の者が大半で、技士より技官や研究者に近い印象を受ける。
「専門図書館って感じだな。学院でも見たことねえ題名ばっかだ」
濫読家で図書館に赴くことの多いマルクガルムは、書棚に並んだ背表紙を眼でなぞって感心した声を上げた。
「小難しそうだねぇ。たぶんボク、一生ああいうの読まないと思う」
シルフィエーラが乳白色の金髪頭にひょいと手をやったかと思えば、落ち着きなく首を巡らせて、奥の硝子張りの部屋を覗き込もうと背伸びしている。
明らかに興味がなさそうだ。
「私も読まんだろうな。題名の時点で何を言ってるのかわからん」
あっけらかんとした口調でソーニャが頷く。
今は栗色髪をうなじ付近で緩いお団子髪に纏めているが、胸甲に雨粒がついていて濡れるのを避けたようだ。
「〈機構学〉系統に寄ってそうだしな。アニスくらいにしかわかんねえんじゃねえの?」
然もありなん、とマルクも仲間の耳長娘と騎士娘に同調した。
そもそも狭義での魔導具とは『魔晶石ないしは擬似魔晶石と刻印術式を用いることで効力を発揮する魔導器具』を指す。
ラウラが左手の人差し指に嵌めている刻印指輪や”遺物”を正確に分類すると魔導機構具――つまり本来の魔導具とは意味合いが異なるのだ。
更に日頃から商会などで売買される一般的な魔導具はもう少し性能も控えめで、工業製品としての色が強い。
何が言いたいのかと云えば、アルの前世で云う家電に相当するそれらの設計理論や構造力学といった専門知識を入学して1年にも満たない学生が知っているはずもないということである。
「さっき”開発部”で携帯式魔導焜炉を見せたのは憶えてるかね?――結構。実を言うと、あれの小型化にはこの”技術部”が大いに貢献してくれたんだよ。この部署がなければ今の携帯式魔導焜炉は鞄型魔導焜炉くらいの規格になってただろうし、まだ製品化の目途も立っていなかったはずだ」
咥え煙草をしている割によく通るザビーネの声に、技士達が気付いて軽く会釈する。
感心していた生徒達が思わずと云った様子で頭を下げるなか、
「ここの詳しい説明は後で各自で訊いてくれたまえ。私よりあの連中の方がよほどわかりやすい説明をしてくれるだろう。ああそれと”技術部”は”開発部”と違ってまだまだ研究中の題材がほとんどだから、確定的な物言いができないものも多い。すまんがそこは理解してくれると助かる。さ、とっとと最後の部署にして、この『大工房』の本題とも言える部署に行くぞ」
ザビーネはマイペースに続け、コツコツと歩き去っていく。
「相変わらずせっかちですね。どうせあれでしょう? ざっと案内したら生徒達を自由にさせて研究に戻ろうとか思ってるでしょ」
コンラートが技士に会釈しながらズバリ指摘すると、途端にザビーネはビクリと肩を震わせた。
「そ、そんなわけがあるか。このくらいの年頃の子は大人について回るより己の眼と足で知識を得たがるものだから、こうして気を使ってるんだ」
「へぇぇ~~、そうですかそうですか」
それらしい言い訳を並べるザビーネにコンラートがしらーっとした視線を向ける。
「そんな眼をするんじゃない。まったく、相変わらず生意気な後輩だな」
「先輩に鍛えられたんですよ」
「減らず口め。さ、後輩諸君。こんな生意気な教授は置いておいてさっさと行こうじゃないか。着いてきたまえ」
逃げるように歩き出した白衣の女性工房長に苦笑を零したコンラートと半眼を向ける生徒達は、後ろ髪を引かれるような思いでその場を後にするのだった。
* * *
ザビーネの言う本題の部署は”技術部”から更に通路を進んだ奥――方面で言えば最も防壁に近い、西側に位置する1棟だった。
「さぁ諸君、ここが帝国でも随一の実績数を誇る”解析部”だ。諸君らが予想している通り、ここで魔導遺物の持つ特異な能力、及び効果範囲や条件を調査している」
生徒達の前には、”開発部”と同程度の規模を誇る空間が広がっている。
中では”技術部”にいたような研究者然とした雰囲気の技士が、何やら金属でできた重たそうな何かの前で覚え書きらしきものを手に作業中だった。
「う……!?」
そのとき、アルがくぐもった声を小さく漏らした。
視線を”解析部”内部に向けた途端、右眼に鋭い痛みが走ったのだ。
「アル? どうしたの?」
咄嗟に右眼をぎゅうっと押さえた彼の隣で澄ましていた凜華が少々心配した声を掛ける。
「アルさん?」「アル、どしたの?」
ラウラとエーラもすぐに気付いた。
「いや、たぶんここ”遺物”だらけで魔眼が反応したんだと思う」
アルは応えつつ、右眼を閉じたままにする。
どうやら『釈葉の魔眼』に”解析部”は刺激が強すぎるらしい。
元々魔導具がそこかしこに散乱している誾千代の研究室でも発動させれば一時的な失明を起こすくらいだ。
一度も読み解けたことの無い”遺物”を解析している場所ならこの反応も当然だろう。
「そういうことね。なら魔眼使うのはよしときなさいよ?」
こんなに大勢の前でバラすわけにはいかないでしょ? と、凜華が特有の甘い匂いを漂わせてこそっと囁く。
「うん、そうするよ」
アルは素直に頷いた。
エーラとラウラは『釈葉の魔眼』が何に反応したのか、と眼をやってそれぞれ緑と琥珀色の瞳を真ん丸にする。
「わ……なにあれ?」
「像…………? いえ人、形……ですか?」
彼女らが驚いたのは金属製の鈍色の巨大な腕と顔。
奥には同じく足や二の腕部分も見える。
まるで分割された銅像のようだ。
組み上げれば巨鬼族より少し大きいほどに――つまり3mを超える巨像になるだろうことが、パッと見ただけでも理解できた。
「あんなとんでもないのが出土したんですか?」
さすがのコンラートも驚いたようでザビーネの方を振り返る。
「ああ、最初は手首だけが見つかって、我々や発掘隊もかつての歴史的彫像だと思った。だがその周辺を発掘すると前腕部や頭部、胴部、脚部が関節ごとに分かれた形で見つかってね。普通そういうのは欠けがあるもんだが、そういった劣化が不自然なほどにないとなればこちらの領分の可能性が高い、ということで持ち込まれたんだ」
「へ、それじゃ魔導遺物なんですか? えー……そう、”凶祓の古聖剣”みたいに」
凜華も青い瞳を見開いて唖然とした様子で訊ねた。
「その通りだよ、鬼人のお嬢さん。ただの金属製の像なら関節部があそこまで複雑な構造をしている必要はないし、足の裏には削れた痕跡、その上関節機構には荷重によって形成されたと見られる歪みが幾つもある。まるで古代ではあの巨体が闊歩していたかのようにね」
ザビーネは面白いと言いたげに黒縁眼鏡の鼻あてを押し上げ、
「というわけで我々は仮称として”魔導自律人形”と呼んでいる。”遺物”は他にもあるが、目下の研究対象はあれでね。尤もお嬢さんの言ったあの大剣と同じく解析は不可能かもしれんが」
と続けた。
「「え? あれ解析できてないんですか?」」
驚いた声を上げたのはアルと凜華、
「なぜです?」
と、端的に理由を問うたのはコンラートだ。
「ああ、お恥ずかしいことにね。基本的に――”遺物”に理解は必要ない。仮令刻まれている古代の鍵語を知らずとも、魔力を通せば効果を発揮する。それが”遺物”というものだ。
だが、あの”魔導自律人形”の額に刻まれている鍵語に幾ら魔力を流そうとも動き出す気配はない。刻まれている術式が不全なのか、はたまた別の条件があるのか。”凶祓の古聖剣”も同様だ。魔力を通したところで何の反応も見られない」
これだから”遺物”はたまらんのだよ、とザビーネが零すと、
「動力源がないのでは?」
コンラートは学生時代を懐かしむように訊ねる。
「いいや、あれに動力源の類があった痕跡はない。全てが鋼鉄でできた巨人だ。頑丈な胴体内部に空洞はないし、人を模してあるのは外側だけで骨格は生物のどれとも合致しない。可動部である関節ですら筋肉ありきの人体構造とは似ても似つかん」
「あの、すいません。別の条件って何のことでしょうか?」
そこへ少々申し訳無さそうにアルが横入りした。
「”魔導具”の中には効果発揮条件といって、特定の動作や何某かの操作を踏むことで初めて能力を発揮するものがあるんだ。それこそコンラートの持ってる【底無しの盆】は『上蓋を開ける』のが発揮条件となっている。
”凶祓の古聖剣”はそこが不明なままでね。我々としては柄を握ることだと考えて何人かで持ち上げて試したんだが反応はなし、まさしく聖剣だよ。
”魔導自律人形”に関しては完成状態――つまり人型に戻すことが条件じゃないか、と予想して今組み上げている途中なのさ」
ちっとも不快そうでないザビーネは寧ろ愉快そうに天井へ紫煙を吐いて答える。
楽しくてたまらないといった様子だ。
「なるほど。ありがとうございます」
確かに技士達は”魔導自律人形”を手作業で組み上げようとしていた。
『念動術』などの魔術を使っていないようで大変そうに見えるが、きっと要らぬ魔導的影響を与えぬ為なのだろう。
「構わんよ、好青年君」
ザビーネが鷹揚に頷いた、その時だ。
「ああ、どうも工房長――ってあれ? まさか、コンラート? コンラート・フックス?」
技士の一人が素っ頓狂な声を上げて1年7組の担任の名を呼んだ。
生徒達が声のした方を見てみると、黒髪を適当に整えた痩せぎすな中年男性が茫然とした表情を浮かべていた。
「え、キーガン? 君、キーガン・シャウマンか!?」
コンラートは驚いたように眼を見開いて彼の名を呼ぶ。
「そうだよキーガンだ! いやぁ久しぶりだなぁ! 何年ぶりだい?」
中年の技士――キーガンが嬉しそうに破顔した。
「帝都で君が南部の魔導列車関連の工房に行く直前に再会したからええと……もう十年以上は前だよ。まさかここで会うなんて思ってもみなかった。二年半前に訪ねたときは見なかったけど、もしかしていたのかい?」
だとしたらとんだ不義理を働いてしまったなぁ、と気まずげにコンラートが訊ねると、
「いやいや、僕がここに来たのは丁度二年前だ。あそこの工房でも良くしてもらってたんだけど、色々あってこの”大工房”で働くことになったんだよ」
キーガンは首を横に振り振り、そう大した話でもないのだと答えた。
「そうだったのか、いや知らなかった。何にせよ久しぶりに会えて嬉しいよ。相変わらず痩せの大食いかい?」
旧知に再会して嬉しそうなコンラートが手を差し出す。
「あははは、そうだよ。不健康な生活の割に太らなくってね。同僚のご婦人方から嫌味言われてるよ。そういう君こそちっとも――いや、あの時はもう少しこう、ギラギラしてたけど落ち着いたんだね」
その手と骨ばった手でがっしり握手を交わしたキーガンが懐かしむように眼を細めた。
「はは、若気の至りさ。当時は余裕がなかったんだ」
「学院時代もそういう雰囲気が女の子にモテてたんだけどね」
「私には生意気にしか見えなかったがな。しかしキーガンは私と同い年だと言うからてっきり学院の同期だと思ってたぞ」
楽しそうな旧知同士の会話にザビーネがサッと入った。
「ああ、キーガンは先輩と一緒で僕の一つ上なんです。あの頃は年齢差を考えない組分けでしたから」
「同級生で一番上は僕の二つ上で、一つ下のコンラート世代が最年少だったんです」
そうだったそうだった、と顔を見合わせながらコンラートとキーガンが語る。
「なるほど、そういうことか。私が気にしていなかっただけだと思っていたよ」
彼女は4年の途中から技士になる為に科を変えて猛勉強していたので周りを気にする余裕がなかったのだ。
「気付いてなかったとしても仕方ないと思いますよ? 工房長の経歴、初めて聞いた時は仰天しましたし」
「だとしても行き着いた先は君と同じ一等技士だ。自慢にならんさ」
順当に行けば〈ターフェル魔導学院〉の3年次からは専門分野の知識を蓄えるべく、それぞれの科へと進む。
2年間で学ぶべきそれらをたった1年と少しで履修して単位を取得し終え、おまけに国家資格たる一等級魔導技士の試験に合格するというのは並大抵ではない。
有り体に言っても離れ業なのだ。
それがわかり過ぎるほどわかっているキーガンが褒めるも、ザビーネは心底から大したこともないと言いたげに肩を竦めた。
と、そこでハッとしたコンラートが慌てて生徒達の方を向いて、
「おっと皆ごめんね、紹介が遅れた。彼の名前はキーガン・シャウマン。僕が学院生だった頃の同級生でザビーネ先輩と同じく君らの大先輩に当たる人だよ。一等技士試験を現役合格した秀才なんだ」
彼の方を指し示す。
アニスや他の技士志望の生徒達が”現役合格”と聞いてザワつく。
「はは、そう持ち上げられるとなんだか面映ゆいね。後輩の皆、よろしく。見学の話は聞いてたけど、まさかコンラートの受け持つ生徒さんだとは思わなかった。ってそうか、今はコンラート教授なのか。魔導騎士はやめちゃったのかい?」
今更ながらにかつての同級生が教鞭を執っていることに気付いたらしいキーガンが問う。
7組の生徒達は自分達の担任が”魔導騎士”だったと知って心底驚いた。
ヘンドリックなどポカンと口を開けている。
なにせ魔導騎士認定は非常に狭き門として知られている。
学院を卒業しさえすれば誰でもなれるというわけではない。
一応、魔導師もその点で云えば変わりはないのだが、こちらの方は年が上がるごとにある程度篩に掛けられていく為か、〈ターフェル魔導学院〉卒の魔導師試験突破率は9割を下回ったことがない。
翻って魔導騎士の方はと云えば、魔導師試験を突破するだけの頭脳と騎士としての実力のどちらも兼ね備えていなければ絶対に成れない。
魔導学院側からであれば、魔導師試験の合格者――その中でも実技を含め優秀な者に、他方からは軍や士官学院のやはりずば抜けた実力者にのみ受験資格を与えられ、それでも認定率は非常に低い。
要は上澄み中の上澄みなのだ。
「はは、僕もキーガンと似たようなものさ。職場の待遇は悪くなかったけど、ちょっと個人的な問題で熱意がなくなっちゃってね」
しかしコンラートは困ったように苦笑して首を竦めた。
「そうだったのか。僕はてっきり今も魔導騎士としてバリバリ働いてるかと思ったよ」
「いやぁ、十年前にすぱっとね。それからすぐに学院長が拾ってくれて今の職についたんだ」
「そうだったのか、人に歴史ありだなぁ」
キーガンとコンラートは連絡こそ取り合っていないものの相応に仲が良かったのか、話に花を咲かせている。
「さて、こうなると『昔はああだった、こうだった』だのとオヤジ共は管を巻いて長いからな。後輩諸君、自由に見て回ると良い。ああ、一応言っておくと機材を壊したり、うちの職員がだめだと言ったところには入らないように頼むぞ」
まったくこれだから、という顔をしっかり後輩に向けつつ、ザビーネがパンパンと手を叩いた。
「「「「「「はぁーい」」」」」
「「「「「ういーす」」」」」
そのザビーネ本人からお預けを食っていた形の生徒達は解き放たれた猟犬のようにパッと散開する。
「ねーねーアル、”魔導自律人形”の組み立て作業見てこうよ」
「私も見たいです。あ、でも”開発部”の方も気になります」
「ラウラはホント魔導具好きよねぇ」
「えぇ、面白いじゃないですかぁ。ですよね? 兄弟子さま?」
「まーたアルに甘えてる~」
「最近遠慮なくなってきたわよね」
「い、良いじゃないですかもう!」
と快活で魅力的な笑顔を振りまいてはしゃぐ三人娘。
「使う分にはってとこだけ同意しとくよ。まだ昼前だしゆっくり見て回ろ」
「クァッ」
彼女らを眩しそうに見ながらニッコリと笑うアルと「お話終わったよねー」と啼き声を上げる夜天翡翠。
「しっかし、でけえなぁ。あそこに置いてあんのはまた別のやつなのかね」
「そうじゃないか? ”魔導自律人形”一つじゃない、という言い方をされてたしな」
博物館を見て回った時と似たような風情で言葉を交わすマルクとソーニャ。
「いよぉしゃあっ! さ、行動開始だよ! ほら、急ぐ! アタシちっこいから前の方行かなきゃ!」
「わかった、わかったから引っ張るな。というかこんなに広いんだから見えなくなるようなことは――って何を笑ってる、お前も来い」
「ちょ、僕まで!? や、よせ巻き込まないでくれ!」
「二人とも! ちゃっちゃっと行くよ!」
鼻息荒くご機嫌なアニスと抗議の声も届かず、とても少女とは思えぬ力でグイグイ腕と襟締を引っ張られていくラインハルトとヘンドリック。
そんな生徒達を見てキーガンが眼を細める。
「僕らの頃と随分変わったね。昔はあんなに他種族はいなかった」
彼の視線は『不知火』の6名やアニス達3人組、他にも狐耳と尻尾を生やした獣人族と思われる生徒達に注がれている。
「ああ、二十年近く前と変わった。でも変わってないものもあるよ」
コンラートがニッコリと笑う。
それはキーガンがかつて見た笑みに少しだけ柔らかな感情が上乗せされ、更に年月を経た落ち着きを感じさせた。
「変わってないものって?」
「学院の在り方さ。今の彼らとあの頃の僕らの眼はそっくりだ」
そう言ってコンラートが満足そうに生徒達を見渡す。
「ははぁなるほど。確かにそうかもしれないね。僕らも歳を取ったもんだなぁ」
しみじみと零したキーガンに、
「はははっ、そうとも。卒業してからいろんなことがあったからね。魔導列車だって卒業したばかりの頃はなかった。思えば遠くへ来たものだよ」
コンラートは屈託のない笑い声を上げる。
「確かに。随分と長い旅路だった」
そんな彼にキーガンも薄く大人びた笑みを見せるのだった。
* * *
その後、あちらこちらを見て回り、『大工房』備え付けの社員ならぬ職人食堂で昼食を摂った1年7組の生徒達は、
「おお~、なんだかキレイな顔してるんだね! ボクもっと厳つい顔だと思ってたよ!」
「ホントだ。でも筋骨隆々だね。何を模してるんだろ?」
「うぅ~ん、古代の戦士かなぁ?」
「あー確かに見えないこともないかも」
と、”解析部”で中性的な男性像然とした”魔導自律人形”の組み上げ作業を終わりまで見届け、
「ふぇっ!? 魔導荷台の新型、開発中なんですか!? どんな風に改良するんですか!? アタシ見たいです!」
「落ち着けアニス」
と、”開発部”で試作型魔導具の開発実験をわくわくを隠しもせずに見学し、
「なんだかアルへの魔眼潰しを創ってたときのこと思い出したわ」
「なんちゅうロクでもない記憶を思い出してんのさ」
「ふふ、今でも使えるわよ?」
「使ったら凜華が寝てる隙に尾重剣天井に貼っ付ける」
「もお、冗談よぅ」
と、”技術部”で世にも珍しい新技術の開発風景を眺めて、満足のいく1日を終えるのだった。
〈グリュックキルヒェ〉での課外実習も残すところあと1日と少し。
天候こそ悪いものの、間違いなくこの数日は和やかな7組の思い出として彼らの記憶に残る――はずだった。
7組の担任コンラート・フックスが密かに胸を撫で下ろし、生徒達が期待を胸に明けた翌日の早朝。
事件は唐突に始まりを迎える。
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