2話 見習いの見習い仕事(アルクス12歳の冬)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
次回以降からタグにある戦闘や戦記ものへと変わっていきます。なにとぞよろしくお願いいたします。
季節は冬。最近は一段と風が冷たい。
ついこの間まで秋の味覚を堪能していたアルクスであったが、今は肌を刺す寒風に否応なく冬の到来を痛感させられていた。
ラービュラント大森林は大樹海だ。
しかし普段鬱蒼としているはずの森は部分的に閑散としはじめ、魔獣や魔物達もその大小に関わらず巣穴に潜るものも増えてきている。
ここ数日は朝霜だって皆勤賞だ。
日の出ている時間もめっきり少なくなり、夕方になったと思ったらいつの間にか夜になっている。
もう少しすれば木々も雪の帽子を被り始めていくことだろう。
今はもう夕方だ。
ぴゅうっと吹く冷たい風に襟元を手繰り寄せたアル達、幼馴染組の4人は西門をくぐり抜けた。
向かうは訓練場。それぞれ稽古用とはいえ武器も装備している。
一週間ほど前に見習いの見習いとして、この時間帯は里の見回りをしているのだ。
今日でようやく一週間といったところだろうか。
里内から訓練場と鍛錬場、そこを更に抜けた簡易狩猟場までが範囲内である。
簡易狩猟場は里の外だが、4人にとっては勝手知ったる森だ。
ゆえにそこも見回る範囲に組み込んでいいだろうと判断されたらしい。
これで怪我をするようなら「気構えが出来ていない」と叱られるだろう。つまり訓練の一環というやつだ。
~・~・~・~
訓練場を見回っていたマルクガルムが、夕暮れの草原を走り回る幼い少年少女らを目敏く見つけて足を向け、アル達もすぐに後を追う。
「おーい、お前ら。そろそろ日暮れだから家帰んなー」
「ええ~!? お兄ちゃんまだ夕方だよぉ?」
真っ先に反応したのは赤毛っぽい髪を波打たせた元気の良い女児。
他の子供たちも同調して「そーだそーだ!」と声を上げる。
「フィーナ、母ちゃんが心配するだろ」
「ぶぅ~~」
同年代達を煽ったのはアドルフィーナ・イェーガー。マルクと7歳差の妹だった。
めったに喧嘩もしないのは歳の差以上に、アルや凛華、シルフィエーラの無軌道っぷりにマルクが慣れているというのが大きな要因である。
「冬場だから陽ぃ暮れるのが早えーんだよ。気づいたら真っ暗になって帰れなくなっちまうぞ? 火事対策で松明置きも煮炊き場にしか置いてねえし。また明日遊べばいいだろ? 家帰ったらあったかい飯が待ってんぞ」
妹を含めたお子様全員へマルクが諭すものの、
「せーろんなんて聞きたかないね!」
「そーだそーだ!」
「どーかん!」
「まだ遊びたいもん」
「あんちゃんたちもまだ外いるじゃん」
子供達は口々にキャンキャンと反抗した。
尚、誰よりも早く小賢しいセリフを吐いたのがアドルフィーナである。
家へ遊びに来る兄の幼馴染達のせいで余計な言葉をガンガン吸収しまくっているようだ。
使いどころが合っているのもまた小憎たらしい。
「こらフィーナ、そんな口を利いちゃダメだろう。てかお前らもキャンキャン言うんじゃねー。おっかない鬼の姉ちゃんを寄越すぞ」
「誰がおっかないですって?」
凛華がカチャッと稽古用の重剣に手をかける。子供達への効果は抜群だった。
「うっ!? 凛ねえ使うのはズルい! キンキンにされて転がされちゃうじゃん!」
「やぁ~、凍りたくないぃ~」
「キンキンはやだぁ、いうこと聞くからぁ」
「ちょっと待ちなさい! そんなことするわけないでしょ! あたしを何だと思ってんの!?」
アドルフィーナ率いるお子様達の反応に目を剝く凛華。
そんな血も涙もない噂を流したのはどこのどいつだ?
すぐに脳筋扱いしてくるこの人狼か?
いよいよマルクに制裁を加えるべきかと思っていると、
「エーラねえがそう言ってたもん」
「ぼくも姉ちゃんから聞いた」
「わたしも遊んでもらってるときに聞いた」
「エーラ!?」
まさかの裏切りにあったことを知る。
「や、待って冗談だよ? みんなで遊んでるときに冗談でそんなこと言っただけで、ボクは本当にそうだったとか一言も言ってないよ?」
咄嗟にエーラが自己保身に走る。
だが、あることないこと言ったこと自体は真実らしい。
凛華はハッとして、即座にエーラへ詰め寄った。
「ちっこいの達から最近妙に怖がられてると思ったらあんたの仕業だったのね!? 覚悟なさいエーラ!」
「ちちちがうよ!? 一回そんな冗談言っただけだって! ホントだよぉ!」
がっしりと耳長娘の両腕を握りしめる凛華。
どうにか抜け出そうとするエーラだが弓術をやっていても腕力勝負なら凛華の方に軍配が上がる。
使う筋肉がまったくもって違うのだから当然っちゃ当然だろう。
「や、やっぱり凍らせるんだ……!」
「エーラねえが言ってたとおりだ」
「こわいよぅ」
凛華の迫力に慄いた子供達はササーッと後ずさった。
「あ! ちょっと! 違うってば!」
エーラを掴んだまま凛華が叫ぶが、鬼歯まで見えたせいで子供達は余計怖がっている。
なんともグダグダだ。
そこへ見兼ねたアルが水を差した。
「はいはい、そこまで。もう帰らなきゃお父さんお母さん心配するだろー? ちゃんと送ってくから帰るよー?」
「ええ~! アルに――あわっ!」
そのまま子供達の先陣を切って反論しかけたアドルフィーナをサッと抱え上げ、肩車して西門へと歩き出す。
「アルにい降ろしてぇ! じつりょくこーしはひきょうだぞぉ~!」
「どこで覚えたんだろそんな言葉。他の子供たちもついといで~。これ見失ったら帰れなくなっちゃうかもよ~?」
しがみついてわぁわぁ言ってくる親友の妹をいなして、アルは右手の人差指を上空に向けてくるんっと回した。
すると指先から光球がパパパッと明滅して放たれ、光線が子供達の周りをひゅんひゅんと飛び回りだす。
「わぁっ! まじゅつだ!」
「ちがうよ! ぞくせいまりょく……? だっけ? そんなんだよ!」
聞きかじった知識を互いに披露しながら子供達が光を追いかける。
光球は生き物のように緩急のついた動きと共に西門へクルクル飛んでいく。
新たな遊びに意識が向いた子供達は光を追いかけ、自然と帰路についていた。
「俺もそういう手を使えばよかった」
「師匠に魔術見せてもらってたらいつの間にか家にいたことあったなぁと思ってさ」
ややげんなりしているマルクへアルが答える。
何かに夢中になると周りが見えなくなるというのは子供なら誰しも経験のあることだ。
「あー……あったな確かに。お前らすぐゴネてたからな」
「大体はエーラだよ」
「ボクだけじゃなかったもん」
「てかマルクたちも手伝って」
「おういいぞ」
「あたしも手伝うわよ。氷の花でも浮かべてあげる」
「んー、ボクは適当にお願いしてみるよ。精霊は子供好きだしね」
「よろしくー」
幼馴染3人の返答を聞いてアルはすぐに光球の色を赤や緑に青、更に紫や黄色へ変化させた。
「わぁー! いろかわった!」
「ほんとだ!」
マルクはそれに合わせるように上へと光球を飛ばす。
色がついた分暗くなってしまった部分を補う為の明かりとしての光球だ。
アルほど緻密な操作は難しいが、照らすだけなら問題ない。
そこに凛華が氷の花を浮かべ、エーラが蔦や根でウサギや猫といった小動物を作り、子供達の周りを並走させた。
「お、じゃあこうしようかな」
それを見たアルは指をひょいひょいっと動かす。
するとひゅうっと軌道を変えた光球が氷花に入って内部で光を乱反射し、ウサギや猫には緑や赤色の目がついた。
「わはぁ! アルにいたち、すごいねぇ! きれー!」
「おぉ~」
「すっげー!」
「きれ~」
子供達が楽し気に目をくりくり、きょろきょろさせながらついてくる。
肩車されていたアドルフィーナも降ろせと騒いでいたことはすっかり忘れたらしい。
身体を揺すって楽しそうだ。
アル達4人は「うまくいったな」と満足げに顔を見合わせるのであった。
~・~・~・~
光の行進をしながらアル達一行が西門に辿り着いたときにはもう里の外は真っ暗だった。
「おや、おかえり。派手だねぇ」
見習い期間を終えて新人守衛へ昇格している凛華の兄イスルギ・紅椿が声をかけてくる。
「ただいまです先輩」
「帰りましたよぉ先輩!」
「帰ったっす先輩」
「帰還致しました」
口々に先輩もとい上官扱いする4人。紅椿はたまらず苦笑いを浮かべた。
「目上に対しての礼儀は確かに必要だよ? でもそれは態度で出すものであってそんな堅苦しい言い方しないでいいんだよ。寂しいし」
「「うす椿にい」」
即座にアルとマルクは普段の呼び方に戻る。
「あいさー」
エーラは放棄したらしい。面倒だったのだろう。
「了解です」
凛華は血が繋がっているにも関わらず一番堅い。
普段は兄貴と呼んでいるし、派生にはバカ兄貴しかない。
正直茶化しているのか畏まっているのか判別に困る。紅椿は二本角を隠すように額を押さえた。
「はぁ……まぁいいんだけど。とりあえずきちんと仕事は終わらせてね」
紅椿の指示を聞いた4人は戻ってきた子供達へと向き直る。
アルがアドルフィーナを下ろすと腰に手を当てたエーラが口を開いた。
「さあってと! みんないる? いっしょに遊んでたお友達でいない子とかはいない? 大丈夫? いたら怒んないからすぐ言うんだよー?」
「狩猟場の方に行った子とかもいないよね?」
アルもいっしょに訊ねる。
「んと、みんないるっぽい?」
「いるー」
「だいじょーぶー」
「しゅりょうじょう……まだいっちゃだめっていわれてるもん」
子供達は首をふるふるしながら口々にそう答えた。
ついでに言うと帰りは光球のおかげで明るかったのでコケたりもしていない。
「よし、んじゃ帰るか。一旦広場まで行くから、それまでに同じ方に帰るやつと組むんだぞー」
マルクがそう言って先導するように歩き出す。
子供達は近所同士でグループを作りつつその背を追ってぱたぱた、ぞろぞろと移動し始めた。
まるで親鳥と雛のようだ。
続いてアルや凛華、エーラの3人も小さく可愛らしいお子様の足幅に合わせて歩いていく。
「懐かしいなぁ」
紅椿は独り言ちた。
かつてはあの集団の方に4人はいたのだ。
時が経つのは早い。
――あの頃の妹はまだ無邪気で可愛かった。
そう思わずにはいられない紅椿であった。
* * *
その後、広場から四手に分かれてそれぞれ子供達を送り、仕上げに4人でもう一度訓練場と里内を回り歩いて本日の仕事はようやく終わった。
今は煮炊き場の松明に火を点け、暖を取りながら座っている。
労働後のまったりタイムだ。
アルが適当な高さに光源を放り投げ、火にかけていた薬缶を降ろす。
すぐさまサッと寄ってきたエーラがお茶っ葉を放り込んだ。
1分もしない内に凛華がゆさゆさと薬缶の中を確認しながら揺り動かして、マルクの並べていた茶杯に中身を注いでいく。
そして誰ともなく茶杯に口をつけ、ほうっと息をついた。
「ふぃ~~……終わったねぇ」
「意外と疲れるよなぁ」
「そうね。変に気張って疲れちゃったわ」
「兄ちゃんたちも苦労してたんだなぁ」
まだ一週間。
毎日ではないものの普段使わない神経を使っているせいか妙に気疲れする。
寒空の下、呑むお茶が身体の芯に残る疲れをじぃんと解きほぐしていく。
「苦労してたのは大体エーラかアルのせいだったけどね」
凛華がそんなことを言った。
マルクも大きく深く頷く。
「そうだなー。勝手にいなくなるわ、一回集中したらちっとも動かねーわ。抱えられたまま術式弄ってるアルと、いつの間にかいなくなってるエーラを兄ちゃん達が探してんのを何回見たことか」
だが、かつての問題児2名は不遜にも両名の発言を聞き咎めた。
「失礼な!」
「そーだよ?」
「大抵エーラのせいだった」
「あんたも大概だったわよ」
「アル? 裏切りは良くないね」
「偉そうに言ってるお前もだぞ、凛華。椿兄に散々駄々こねてたじゃねーか」
くだらないやり取りをしていた4人の元へ、件の紅椿とシルフィエーラの姉であるシルフィリア・ローリエがやってきた。
「あれ? 兄貴どうしたの? 紫苑ねえさんに言うわよ?」
「お姉ちゃんも。どしたの?」
「ちょっと待って、凛華。これはそういうんじゃないから。違うから。でも紫苑には言わないで。フィリアさんが来たからいっしょに行こうかって話になっただけだよ」
「私も四人を労おうと思ってね~。十二歳で里のなか全部歩き回るのって結構疲れるでしょ~?」
すっかり素に戻った凛華が紅椿をからかい、エーラがシルフィリアに甘える。
彼女ら森人姉妹は12歳違い、つまり一回り年の違う仲良し姉妹だ。
ちなみに紅椿と凛華は10歳違いである。
「これ渡しに来たんだよ。疲れたときは甘いものだからね」
そう言って紅椿は紙の包みに入っている蜜と小麦の焼き立てらしき焼菓子を4人に見せた。
「わはぁっ! ありがと紅にい!」
「「あざす椿にい」」
「ありがと。どしたのこれ? 兄貴はお菓子作んないでしょ?」
「こないだ森人の奥様方の手伝いで駆り出されてね。そのお礼で貰ったから後輩達へおすそ分けだよ」
礼を言う4人に紅椿が答える。
「私が頼まれて持ってきたの。暇だったしね~」
シルフィリアがいる理由に「そういうことか」と4人が手を打った。
「そいじゃ、ありがたく頂きます」
頭脳労働には甘いものだ。あのパレードではかなり頭を使った。
アルは心中で呟くと同時にそう言うと、焼菓子をパクッと口に放り込む。
まだほんわりと温かくサクサクした食感がなんとも嬉しい。
すぐに仄かな甘さが口中を満たし、「おぉ~しみるぅ~」と表情を緩ませた。
「あっ、ボクももらう~。いただきまぁ~す」
「「いただきまーす」」
残り3人もアルを見習って手をつける。
サクサクと食べては茶を啜り、「ほぅ」と息を吐いて口元を緩ませた。
「ふふ。やっぱり可愛いわぁ~」
「ま、黙ってれば……ですけどね」
シルフィリアのほんわかした感想に紅椿はそう返しながら肩を竦めるのだった。
* * *
仕事帰りに「疲れた身体にはこれだろ」と浴場で汗と疲れを流したあと、アルが自宅へ帰ると仕事の話を聞きたがった母トリシャにとっ捕まった。
見習いの見習い仕事を始めてからはずっとこんな調子だ。
用意されていた夕食をバクバク平らげながら「今日はこんなことがあった、あんなことがあった」とアルが話すのも習慣になりつつある。
そうしてたまに、うんうんと挟む母の相槌と満腹感が心地よく、アルは途中でコテンと眠ってしまった。
これもまたいつものことだ。
トリシャはそんな息子を見て、くすくすと楽しそうに微笑む。
この時期こんなところで寝ると風邪を引いてしまう。
「んんっ。重くなったわねぇアル」
息子を抱え上げたトリシャは嬉しそうに笑った。
背が伸びて、体重が増えてもトリシャにとってはいつまで経っても可愛い息子だ。
龍人ゆえに抱えられなくなることはないだろうが、抱えさせてくれなくなる日もそう遠くはないだろう。
トリシャは息子の重みを心地良く感じながら寝台まで運び、その額に唇を落とす。
「おやすみアル。お仕事おつかれさま」
アルはその夜、心地の良い夢を見ながらぐっすりと熟睡するのであった。
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