断章 母たちの呑み会
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
今回は短編となります。
アルクス・シルト・ルミナスが六道穿光流を学び始めて1年ほど。
つまり8歳になって半年ほどが過ぎた頃。
〈ラービュラント大森林〉に早めの冬が訪れようとしている。
吹く風はひやりとしたものが混じり、木々は葉を落として裸の幹を晒すものも散見され始めていた。
そんな本格的な冬の到来も間近に迫った、ある日の午後7時半過ぎ。
隠れ里には少ないながらも酒を出す店が存在する。
その中でも最も古く、もっとも人が集まりやすいのは鉱人族が里中央にでんと構えた店だ。
今でこそ〈隠れ里〉の文化の一つにも挙げられるようになっているが当時は大変だった。
里の建造も終わろうかという頃、鉱人族の野郎どもが「この里には酒が足りんと思わんか?」と言い出したかと思えば、あっという間に酒蔵を建て、酒造りをやりだしてしまったのだ。
おまけに出来たら出来たで地べたに座り込んで他種族も巻き込んで試飲会を始める始末。
鉱人族に建設関係を任せていたはずのヴィオレッタは当時かなり頭を抱えたらしい。
また店とは名ばかりでタダで酒を出している。
代わりに酒の肴になりそうなツマミを置いていけばそれでいいらしい。
なんとも雑な店もあったものだ。
その日、普段は酒好きの親父共が集う店内にはアルクスの母トリシャと、その親友であり里長でもあるヴィオレッタ、そして凛華の母である水葵、シルフィエーラの母シルファリス、マルクガルムの母マチルダの計5名がいた。
いわゆる女子会というやつだ。
いや、女子というより婦人会では?とのたまった愚か者は今のところいない。
「オホン。それでは、かんぱーい!じゃ」
「「「「かんぱーい!」」」」
酒杯を掲げたヴィオレッタの音頭に合わせて4名も酒杯を掲げ、すぐにゴクゴクと喉を鳴らす。
「「「ぷはぁ~」」」
「ふぃ~」
「だいぶ美味しくなったわね~」
それぞれ唇の上には泡がついていた。
酒と鍛冶にだけは強過ぎる拘りを見せる鉱人仕込みの麦酒だ。
キンッキンに冷えているし、わけのわからないほど情熱を込めた黄金色の酒。
幾度となく試行錯誤がなされているのか、キレも喉越しも良くやたらと旨い。
余談だが言い出しっぺの鉱人が最初に造った酒は、鉱人くらいにしかまともに呑めないほどのべらぼうに度数が高い火酒である。
勝手に酒造を建てた挙句の所業だったがゆえ、流石のヴィオレッタでもキレたそうな。
酒杯をゴトッと置いて顔をほころばせる女子会面子。
普段は仕事や家事に追われているため、こういう友人同士でゆっくりと気兼ねなくお喋りできる時間は楽しいものだ。
ヴィオレッタは麦酒で唇を湿らせて口火を切った。
「さて、最近どうじゃ?子供たちが息災なのは儂も知っておるが」
「うちの子からすっかり可愛げがなくなってしまったの。昔は『お母さんお母さん』って後ろくっついてきたのに、今は旦那と稽古の話ばっかり」
すると即座にマチルダから返答が返ってくる。
「マチルダ、マルクはあんたのこと『お母さん』とか呼んだことないわよ?」
トリシャの冷静なツッコミに、いやいやと首を振ったマチルダはそうじゃないのだと主張した。
「それくらい可愛かったの!それがもう最近は『母ちゃん腹減った』とか『母ちゃん稽古で服破れた』とかそんなんばっかり!可愛かったマルクは遠くへ行っちゃったの」
早くもテンションを乱高下させるマチルダが怒涛の勢いでまくし立てる。
そう言いつつ誰よりも息子を可愛がっているし、今も構いまくっているので他の母達はマチルダを生暖かく見つめ、
「まぁまぁ男の子だし。アルクスちゃんもそんな感じ?」
水葵はやんわりとトリシャへ話を振った。
「うぅ~ん、うちはあんまりそういうことは言わないわね。 どっちかって言うと目よ、目。 戦ってる時のユリウスによく似た眼をするようになったのよねぇ。 昔はたまぁ~にそんな風に見えたかしら?ってくらいで、もっとぽやぽや~っとしてて可愛かったのに。 まだ八歳よ?あんなに強い目はあと十五年後くらいで良いの」
ぶっちゃけ成長が早くて困る。まだまだ可愛いがりたいのだ。
トリシャはマチルダと別の意味で溜め息を吐く。
「確かに儂もそのようなアルの眼を見た覚えがあるぞ。 もともと真面目に授業を受けておったのじゃが最近はなんというか意欲が違う。 ふと目を離すと鍵語表とにらめっこしておったりするしのぅ」
ヴィオレッタも同意した。
変化が顕著であったとすればあの時。
アルが六道穿光流を始めてからだ。
「やっぱり剣を習いだしてからよねぇ。凛華ちゃんはどうなの?」
それしかないとトリシャが水葵に問うと、上品そうなほっそりとした美鬼は嘆息して語り出す。
「凛華もそんな感じよ。 剣始めてから武人化が止まらないわ。 お嫁に行けるのかしらあれ? 今からもうそれが不安で不安で。 村にいた頃、狩りに出かけてって遭難したからって、そのまんま武者修行に出てった挙げ句、何十年も帰ってこなかったうちの大きなお馬鹿さんがチラつくのよ」
水葵の溢した愚痴は、なんというか切実だった。
ちなみに現在その大きなお馬鹿さんは適当に焼いただけの肉を子供達に出してブーブー文句を貰っていたりする。
「エーラは……あんまり変わりないわねぇ。こう聞くと」
シルファリスはもっと幼い頃からあまり変わってないローリエ家の次女を思い返して『ちゃんと心も成長してるのよね?』と一抹の不安を抑え切れずに微妙な表情を浮かべた。
「エーラちゃんはあれでいいじゃないの。天真爛漫で」
しかしトリシャが素直に褒める。
元気いっぱいで好奇心旺盛。かつての自分のようじゃないか、と。
実際は故郷でもそこそこ恐れられている暴れん坊だった、という事実はヴィオレッタしか知らない。
「うちもそんな風に育てたつもりだったわ。でも殺風景な部屋に剣が立てかけられてるだけのよ?あなた本当に女の子なの?って泣きたくなるわよ」
水葵の一言に4名は少々危機感を感じた。
そのくらいなら少しはおしゃれだとかそういったものに興味を持ち始める頃のはずだ。
「それ大丈夫なの?もうちょっとこう服とか」
「髪型とか」
「装飾品とか」
「そういうものに興味は示さんのか?」
「示さないのよぉ~……何かあれば『剣の邪魔だから』って」
水葵は「もうだめだぁ~」と顔を覆う。
どこで育て方を間違ったのか。蝶よ花よと育てたはずだったのに。
「さすがにそれはよろしくないわね……あ、そうだ! うちのアルかマチルダのとこのマルクに装飾品でも贈らせましょうか? 髪飾りとか。 男の子からもらったものなら簡単に捨てないんじゃない?」
「アルクスちゃんで」
名案!と手を打つトリシャに水葵が即答する。
「マルクじゃ役不足だよ。アル君ならまだしも」
マチルダの援護まで加わった。
残念ながらマルクは同年代の人狼族の女の子にすらまだ大して興味を持っていない。
それより尚、距離の近い幼馴染に対しての気遣いなどできようもないと彼の母は断言してみせる。
「え、そう?じゃあわかった。アルに伝えとくわね」
トリシャは頷いて了承する。しかし『あれで鈍感なのよねぇ』などと思っていた。
また、この会話のせいでアルは凛華の誕生日に「何か装飾品でも贈ってこい。無論自分で選ぶこと」という任務を受けて頭を捻ることになるのだが、それはまた別の話だ。
「エーラは逆なのよねぇ。なんでそんなもの残してるの?ってものまで部屋にあるわよ。ラファルと弓の練習に行った帰りとかに拾ってくるみたいだけど」
シルファリスは娘の部屋を思い返してグビッと酒杯を呷る。
変な形の石だとか外れた矢尻など、本当によくわからないが置いてある。
トリシャはシルファリスの言葉に「あ、弓の練習と言えば」と前置いて口を開いた。
「そういえばマルクも凛華ちゃんもエーラちゃんも、もう本格的な訓練始めてるんでしょ?早くない?」
その質問にヴィオレッタ以外がジトーっとした視線で返す。
「え?なに?」
「「「「それトリシャが言う(の)?」」」」
「うむ。今のは汝の質問が悪かろうて」
「え?だって普通もうちょっと遊ぶ期間みたいなのあるでしょ?わたしがいたところも平和な頃はそんな感じだったし」
トリシャは訳がわからず狼狽した。
「だから、アルクスちゃんの影響でしょう?」
水葵がそう言うとマチルダとシルファリスも「うんうん」「そうよねぇ~」と頷いた。
ヴィオレッタですら酒杯を傾けながら器用に首を縦に振っている。
「えっ?違うわよ?アルは他の幼馴染達がどんどん先に歩いてっちゃうから頑張りだしたのよ?取り残されないようにって。アルがそう言ってたもの」
トリシャは抗弁した。
悪夢にうなされていた本人に聞いたのだから間違いない。
ところが――――……。
「うちの凛華は、アルクスちゃんが魔力の扱い方とか魔術だとかぐんぐん覚えて一人で練習してるの見て焦ってたのよ。 『アルクスちゃんがどこか行っちゃう』って。 ”魔法”覚えてすぐ剣教わろうとしたのもたぶんそれが理由よ? うちの人が”魔法”と魔力を使わないで剣振らせるのに苦労してたわ。 教えてないのに属性魔力出そうとするから」
と水葵が言うと、
「エーラも似たような感じだと思わよ~。 弓だったらアルに並べるからとかじゃないかしら? 私もラファルも”属性変化”なんてまだ教えてなかったのに『アルに教わったんだ~』っていつの間にか覚えてたし、生体魔力感知もなんとなく覚えちゃってるから小動物の狩りならさくさくこなしちゃうもの」
とシルファリスが言う。
「マルクは妹を可愛がってるからと思ってたけど、後で聞いたらアル君が向いてないって言われてもめげずにいろんな武器試してるの見て『魔術だってもう使えるのにあいつちっとも止まらないから追いつくことにした』って言ってたよ」
更にマチルダが続けた。
「…………うそ」
トリシャは言葉もない。
アルが色々と悩んでいたのは見ていたからよく知っている。
が、それが他所からそう見られていたとは予想もしていなかった。
「客観的にはアルじゃろう。 毎日のように魔力増強鍛練を積んで八歳にしては魔力の質と量も優秀、知識欲も旺盛じゃ。 仲の良い幼馴染たちが感化されてもおかしくはなかろう。 おまけにその幼馴染達が頑張ってるのを見た当人が更に目の色を変えて努力しだした。 トリシャよ、これがおそらく正しい現状じゃ。 原因はアルの方で間違いなかろ」
締め括ったヴィオレッタは呑気な顔でグビリと更に麦酒を呷る。
「「「「ほぉらやっぱり」」」」
責めるような視線を向けられたトリシャは「うっ」と仰け反った。
そう言われたらそんな気がしてくる。
いや、しかし本当にそうだろうか?
そうだ。元はと言えば――――。
「ってちょっと待ちなさいよ!ヴィーがアルに魔術教え始めたのが発端じゃないの!」
な~にを澄まし顔でぇ!とトリシャが吼える。
「んなっ、いや儂はアルに請われたから教えておるだけで――――」
「明らかにまだ教えなくてもいい知識とか、アルの前世の知識から研究がどうのって引き込んだでしょうが」
「う…………」
これにはヴィオレッタも黙るしかない。
教えれば教えるだけ正しく知識を吸収し、さらには新しい知見まで得られるのだから気分よくあれやこれや教えたことは否定できない。
加えて科学で発展した世界の知識と云うのも大いにヴィオレッタの好奇心を刺激したことも否定できなかった。
トリシャが勝ち誇ったような顔を向ける。
しかし、だ。
「で、結局原因はアル君だったと」
「「「「「…………」」」」」
マチルダが一気に場を沈黙させた。
「あ、そういえばエーラちゃんの――――」
「トリシャ~?ごまかされないわよ~」
「ちがっ!責めるならヴィーを責めて!」
「儂か!?いや儂はじゃなぁ――――」
「結局二人が可愛がり過ぎたからじゃないの?」
「うちのももうちょっと可愛げがあればなぁ」
「マチルダまだ言ってたの?」
こうして、〈隠れ里〉の夜は更けていくのであった。
ちなみに件の少年はと云えば、母がいないのをこれ幸いと屋内で『飛空術式』をどうにか再現しようと考え、「手足から風を出せばとりあえず飛ぶだけならできそうじゃない?」と止せばいいのに実験を敢行。
天井に大穴をあけ、帰ってきた母にしこたま説教されるのだった。
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