6話 三つ子の魂……いくつまで? (アルクス7歳の春)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
非常にゆっくりとしたペースとなっておりますがなにとぞよろしくお願い致します。
アルクスの剣の師、鬼人族のイスルギ・八重蔵が稽古に重剣を持ち込んだ日から1週間ほどが経った。
結局、『戦化粧』を施した凛華がようやく振り回せるほどの重剣は、アルには重過ぎて持ち上げるので精一杯。
とてもではないが扱える代物ではなかった。
”魔法”の強力さを痛感した思い出である。
八重蔵もあれ以来、重剣を持ってきていない。
まずは”魔法”抜きでということなのだろう。
凛華はどうやら重剣に何かを感じたらしく時折家では触ってみているそうだ。
一方、アルは主武器が定まらないという焦りからは脱却できたものの、やはりその後も実りのない己に情けなさは感じていた。
そんな風に7歳児なりに鬱屈しかける日々を過ごしていたある日。
新緑の薫りと朝の澄んだ空気が入り混じり、いよいよ本格的な春の訪れを感じさせる頃だ。
この日アルは母トリシャと魔術の師ヴィオレッタに連れられて、父の墓参りへと足を運んでいた。
南門から伸びる一本道は相変わらず共同墓地にのみ続いている。
生い茂り始めた草木を眺めつつアルは「ふぅ、ふぅ」と軽く息をついた。
―――――二年前に通ったときはもっとキツかった気がする。
ちなみに去年は風邪をひいていた為それどころではなく、母だけが行って掃除をサッと済ませて帰ってきた。
ヴィオレッタは泰然としたまま周囲の警戒を怠ることなく弟子へと話しかけた。
「以前より体力もだいぶついてきたようじゃのう。どうじゃ?暇潰しに課外授業でもやってみぬか?」
子供の足では墓地まで遠い。
2年前は彼の父について話さなければならないことがあったが今回はそういうこともない。
研究室か訓練場ばかりでは息も詰まろうとそんな提案をした。
「やりますっ!」
威勢の良い弟子の応答。
ヴィオレッタは機嫌を良くしつつ、何を教えようかと考えた末にまずは弟子側の疑問や質問を訊いてみることにした。
「ではそうじゃの……今までに学んだ中で何ぞ疑問に思ったことを言ってみよ。トリシャもおるし大抵のことは教えられるぞ?」
「お母さんも龍人のことなら教えてあげられるわよ~」
母が花を入れた桶を片手にのんびりと言う。
アルはしばしの間「う~ん」と顎に指を当てて考え、やがて何事か閃いたのか「あ!」と顔を上げて訊ねた。
「ぼくのよく使う『風切刃』って風の”属性変化”だけじゃできないんですか?『念動術』ができないのはわかりますけど」
「ほぉ、いきなり良い質問じゃ」
アルの質問は師のお眼鏡に適うものだったらしい。
「それでは答えを言おう。 率直に言えば可能じゃ。 『風切刃』は風を生み出し、刃型に固定、最後に投射という大まかに言えば三つの術式で構成されておる。 鍵語も至って簡潔じゃ。 やろうと思えば属性魔力でも問題なく再現出来るじゃろうな」
「じゃあわざわざ術式にする理由って?」
アルは即座に口を挟む。
属性魔力を使えば同じことができるのにわざわざ術式を描かせて練習させたのはなぜか?
理論的な話が昔から嫌いだったトリシャは早々に聞き役と警護役に回った。
「うむ、それはの……”魔法”も属性魔力も必要とせず、風の刃という現象を起こせるからじゃ」
ヴィオレッタは微笑んで回答する。
「”魔法”も属性魔力も必要とせず……?あっ!じゃあ適性の低い属性でも魔術が使えるなら似たような結果を得られるってことですか?」
アルはハッとして師を見上げた。
「その通り。正解じゃ。ついでに言うと――――」
「魔術が廃れてないのもそれが関係してるんですか?」
「大正解じゃ、アル。生まれつき魔力の多い魔族が魔術を使う所以。それは、大昔の魔族が生活の為に魔術を生み出したからじゃ」
「えと、生活のために……?」
―――――どういうことだろう?
いまいちピンとこないアルは首を傾げた。
ヴィオレッタは苦笑しながら説明を続ける。
「若いアル達がピンと来ぬのも無理はなかろう。 しかし大昔の魔族はこの里とは違って単一種族の集落ばかりじゃったのじゃ。 自身の種族は全員同じ属性がまともに扱えぬ。 じゃが馬鹿な戦ばかりしておったせいで下手によその種族に借りを作るわけにもいかぬ。
ではどうしようかと様々な試行錯誤の末に生まれた”技術”。 それが鍵語を用いた”魔術”じゃ。 当時からどの適性にも恵まれておる人間にはさほど必要なく、そもそも魔力が少なかった獣人族には縁の薄かったものじゃ」
「あ……そか。昔は戦ばっかりだったんだっけ?やっぱり戦争っていろんな技術が生まれるんだなぁ」
アルは、ほぉと感じ入ったように大人びた意見を述べた。
「汝の前世でもそうじゃったのか?」
心当たりと言えばそれしかない。ヴィオレッタが訊ねる。
「はい。便利なものはだいたい戦争で飛躍した技術が――――えと、てんよう?されたり発展してきたものが多かったと思います」
航空技術や通信技術然り。
アルが咄嗟に思い浮かべたものは現在の日本ではなくてはならない必需品ばかりだ。
「戦と技術進化が切っても切り離せぬとは。 どの世界でも人の歴史が似通うと云うのも世知辛いのう……ま、そこは一旦置いておくとしよう。 術理の説明じゃ。 自身の魔力を直接変化させたものが属性魔力じゃが、魔術は世界の理に則って物理現象へと変換する。 『風切刃』で言えば周囲の空気を圧縮し、刃風を作り出しておるのじゃ。 ここまでは良いか?」
ノートは手元にないので頭に焼き付けてアルが頷く。
「はい。えと、魔術は実際の現象にいぞんっていうか、とにかく工程をつくって結果を生み出すんですね?あれ?じゃあ『念動術』は……?」
頭のメモを読み上げて首を捻る弟子にヴィオレッタは訂正を入れた。
「そうではない。魔術は理――――アル風に言えば物理現象や自然法則そのものを捻じ曲げるのじゃ。『念動術』はその最たる例じゃな」
「捻じ曲げる……じゃ手間を加えるじゃなくて、えぇと……あ、かんしょうするんですね?」
アル自身自覚はないが基本的な考え方、モノの見方は前世に由来するもの。
とことんにまで理詰めで発展した世界のものだ。
モノの考え方としては正しいし、実を言うと魔術も理詰めではある。
しかしほんの少しこの世界の考え方とはズレがあるのだ。
しっくりくる師の表現に「なるほどぉ……」と唸ったアルはさらに質問を繰り出した。
「じゃあ師匠、魔術を無属性魔力じゃなくて属性魔力も《・》どきで起動したらどうなるんですか?」
属性魔力もほぼ現象。より正確に云えばそうなる過程が絶対的に異なっているのだが結果は同じ。
炎杭などを術式にぶつけた時点で霧散するだろうことはアルにだって予想できる。
鍵語という規則に従って魔素を並べた集合体が術式なのだから。
では属性を帯びつつ、魔力の性質も持つもどきではどうなのか?
「またまた面白い着眼点じゃな。 その場合、どれほど魔力を込めようと起動せぬ。 なぜなら理とは、術式を通して何にも染まっておらぬ魔力――――つまりは無属性魔力のみを通貨としておるからじゃ」
「へぇー……ちょっと意外です」
アルは率直な感想を漏らした。
同規模、同属性魔力をぶつけ合わせれば規模が二乗化するのなら、術式に属性魔力もどきを流したら何か起こるんじゃないか?と考えていたのだ。
「じゃろう?研究者達の中でもいろいろな推測が論文となっておるよ。明確な答えは、女神のみぞ知るといったところじゃな」
そんなふうに質問形式の課外授業を行っている内に共同墓地の門が見えてきた。
「あんた達ほんとに魔術談議が好きねぇ。ほら、そろそろ着くわよ~?」
トリシャが呆れたように師弟を振り返る。
アルにとっては2年ぶりだがその時と何ら変わらない。
爽やかな風が吹き抜ける静謐でどこか荘厳な墓地が3人を歓迎していた。
* * *
恙なく墓参りと掃除を済ませた3人は帰る前に少し休もうと墓地の隅に建てられている屋外休憩所に寄ることにした。
ヴィオレッタは「他にも挨拶して行かねばならぬ者らがおってな」と言って今はいない。
くぴくぴ水を飲んでいたアルはふと墓地奥に規則的に並んでいる3本の石柱に目が行った。
緩やかな三角錐型で面も綺麗に整えられている。
ヴィオレッタはそこへ向かっているように見えた。
あれはなんだろう?以前は気付かなかった。
アルは不思議に思って口を開く。
「母さん、あれなに?」
「うん?ああ、あれは慰霊碑よ」
息子の指し示したものを見てトリシャは即答した。
「慰霊碑?お墓に眠ってる人とは違う人たちなの?」
素朴な疑問を返すアルに、トリシャは懐かしむように寂しげな笑みを浮かべる。
「そうよ。 お墓に眠ってる人達は亡くなったときにちゃんと遺体が残ってて回収された人達なの。 でもあの慰霊碑は里を建てる前の開拓中に魔獣と戦って負けちゃったり、食べられちゃったり、移住する人達を命懸けで聖国の追手なんかから守って亡くなったりで遺体が見つからなった人達を祀ってるの」
「……そうなんだ」
遺体がなかっただなんてどれほど凄惨な状況だったのだろうか。
平和な〈隠れ里〉しか知らないアルには想像すら出来ない。
「そう。名前くらいしか残してあげられなかったってヴィーが哀しそうにしてたわ」
「お花は?」
母は父に供える分しか持っていなかった。
「ヴィーが供えてくれてるわ、あの人達もお母さん達の恩人だからね」
笑みを消し、寂しさと哀しさを綯い交ぜにした顔で母は教えてくれた。
友人や知り合いでもいたのだろうか?いや、きっと大勢いたのだ。
「そっか、ぼくも覚えとく」
そう言ってアルは慰霊碑を瞳に焼き付けるようにジッと見つめる。
「ええ……それがいいわね」
トリシャは息子の頭を撫でながら頷いた。
慰霊碑の前に佇むヴィオレッタの背中からは、やはり物悲しさと申し訳なさが滲んでいた。
* * *
墓参りを済ませて戻ってきたアルは昼食を摂ると終わらせていなかった日課――――操魔核の鍛錬を行うべく訓練場へと向かった。
普段は朝方行うためどこでも構わないが、今はもう昼過ぎだ。場所を考えなくては。
ぽかぽかと暖かな陽気は食後の昼寝を誘うが、アルは誘惑を捻じ伏せて水を捻り出す作業に入る。
顔をひと流しできるくらいの水量から多少増えたとはいえやはり少ない。
水を出し、すぐさま炎弾と呼んでも差し支えない速度の火球を空にぶっ放した。
一時的な魔力枯渇状態に陥ったアルはいつも通りその場にへたり込む。
その肩を元気の良い透き通った声が勢いよく叩いた。
「やあアル!今日は遅いんだね!」
「や、エーラ。朝はお墓行ってたんだ」
尖った耳に小麦色の肌、乳白色を帯びた金の短髪をした元気の良い美少女。
エーラことシルフィエーラ・ローリエだ。
枝同士が縒り合わさったような杖を担いでいる。杖は彼女の背丈より頭2つ分は長いだろう。
その杖の正体を予測してアルが訊ねる。
「弓、できたの?」
「そっ!いつまでも練習用じゃカッコ悪いからね!」
アルの質問にエーラはゴキゲンで笑った。
彼女が肩に引っ掛けているゴツゴツした杖は森人族専用の弓だ。
彼らの弓は他の魔族や獣人族、人間が扱うものとはまったく違う。特別製と言ってもいい。
なんと言っても個々人で相性の良い木を数種類選んで専用に作るのだ。
そしてその木々を組み合わせて作られた個人専用の弓に森人が『精霊感応』でお願いした植物の精霊が宿る。
幹から切り離された枝に本来精霊が宿ることはないが、彼らの“魔法”であれば可能だ。
他種族から見れば離れ業としか言いようがない。
「あは!どうどう?良いでしょ~?」
エーラの握っている弓は、彼女が北の狩猟場に連れて行ってもらって選んだ梓と竹で作られたものだ。
竹を取りに行くのは少々骨が折れたが、天を衝くように真っ直ぐ伸びた竹とエーラの相性が良かったことと娘のお願いに弱い父ラファルのお陰で無事に取って来れた。
その後、母と姉に手伝って貰いながらようやっとエーラは自身の弓を完成させたのである。
「専用ってかっこいいよねぇ。弦張って見せて」
「もっちろん!そのために来たんだから!」
アルの頼みに快く返事を寄越したエーラは弓をグイッとたわませて弦を張った。
上部が大きく優美にしなる独特なカタチはアルに前世の和弓を連想させる。
続いてエーラは素焼きされた皿のようなものを差し出してきた。
「これテキトーなとこに置いて」
弓の練習に使う的だ。
的を渡したエーラは弓懸――――右手に薬指と小指が空いている弓用のグローブをいそいそウキウキした顔で嵌めている。
この弓懸は前世日本の弓道で使われているものと違って人差し指と中指も独立している型で、親指から中指まで第一関節部を分厚く固めてある。
「りょーかい」
アルはすぐさま矢を放っても人に当たらなそうなところへと皿を立てかけていく。
「そんじゃやるよー」
そう言ったエーラの手にはその辺から拾ってきた枝が握られていた。葉がつきっぱなしだ。
しかし――――……。
「ほいっと」
エーラが魔力を流した瞬間、枝はピンと伸び、続いてギュルギュルと螺旋を描いて捻じれ、みるみるうちに矢尻と矢筈を形成した。
最後にくっつきっぱなしの葉が矢羽根のように規則正しく並ぶ。
『精霊感応』だ。
枝矢を作り上げたエーラが普段とは別人のように真剣な顔つきで的を見た。
そして左手に握った弓を構え、淀みのない動きで矢を番えて弦を引いた。疾過ぎず、遅過ぎない滑らかな動作。
顔より後ろに弦を引き切ったエーラの瞳が鮮やかな緑に変わる。『妖精の瞳』だ。
数瞬、彼女は弦を引いたまま凪を感じさせるほど、もしくは風と馴染んでしまったかのようにピタリと動きを止めて…………矢を射った。
カァン―――――ッ!
独特の甲高い弦音と共に放たれた矢はヒュイッと風切音を伴って的へと飛翔する。
小皿の左側から斜め方向に翔び、草原に吹く風を見事なまでに乗りこなした耳長娘の矢は滑らかな曲線をクイッと描いて――――パン!と的のど真ん中を割り抜いた。
「おお~~っ!おみごとっ!!」
アルが紅い瞳を真ん丸にしてパチパチパチパチッ!と拍手を贈る。
凄い技だ。素人のアルにだってわかるほど射形も美しかった。
「すごいよエーラ!かっこよかった!普段からそんな感じなら尊敬するのに!」
興奮して褒め千切ったものの余計な一言が混じっていたせいで、
「ちょっとアル、それどーゆー意味かな?」
即座に気づいたエーラからジトッとした眼を向けられる。
「へ?あっ……ううん?すごいって褒めたんだよ?」
「まったくもう。ていうかまだ終わりじゃないからね?」
バレバレなアルの嘘に呆れながらエーラは更に数枚の小皿を手渡した。
「今度は上に投げてみて。立て続けにいいから」
「え?投げるってもしかして……わかった!」
もしやあれだろうか?クレー射撃みたいなことをやるのだろうか?
ピンときたアルは感情に従って先程と同じくらいの場所にタタッと駆けていき、大声で呼びかけた。
「このくらいでいーい?もう投げるよー?準備できたー?」
「ちょっと待っててー!すぐ終わるからー!」
そう応えたエーラの瞳が再び鮮緑に輝き、枝葉が矢に変じる。
今度は小皿の数だけ本数を用意して、一本だけ弓懸を嵌めた右手の薬指と小指でぎゅっと掴み、残りは地面に突き刺した。
ここからが本番。森人が最高峰の弓術士であるとされる最大の所以。
弓そのものの形状が変わっていく。
だんだんと弓尺そのものの長さが短くなり、代わりに太くなった。
握りがエーラの手にフィットするように変わり、弦が緩む。
エーラは外れた弦を弓の底部でぐるぐる巻きながら張り直した。
弓の形は上下対称のきれいな弧を描いている。
洋弓や半弓染みた形だ。
『精霊感応』による弓尺や形状の変化。
加えて風の精との対話により、変幻自在・百発百中の矢を射る弓術こそが森人弓士の真骨頂なのだ。
「ばっちり!さぁボクの練習の成果を見せてあげる!」
エーラはそう叫んですっかり洋弓型へと変形した弓を構えた。
「投げるよ!」
アルは待ち切れなかったのか、エーラの声が届くか届かないかという内に小皿を勢いよく上空へと投げる。
順々に投げた的の数は計6枚。
最後の1枚に至っては風属性魔力を使ってポォン!と弾くように飛ばす。
「そこっ!」
エーラは一瞬、視線だけで6枚の小皿を追いかけ、すぐさま矢継ぎ早に枝矢を放った。
ヒュン、ヒュン、ヒュン!と次々に放たれた矢はそれぞれが全くの別角度で放たれている。
とても的への直撃軌道には見えない。
しかし、最初に放たれた1本は、そこからくの字を描くように飛んで的を叩き割り、別の1本は地面を滑るように飛翔していると思いきや急上昇して的を粉々にした。
更に残りの2本もわけのわからない軌道で飛翔すると瞬く間に小皿を割り抜いた。
極めつけはアルが風属性魔力を使って大きく飛ばした小皿への一射。
的の進行方向とは真逆に飛翔した矢は途中でグイッと折れ曲がるように向きを変え、その後どうやったのか急激に加速して的を追い落とした。
これだけの曲芸技を難なくこなせるのが森人だ。
その種族名は伊達などではない。
「………………すごい」
アルの発することが出来たのはその一言のみだった。
風を読んだり弓や枝を変えたのは”魔法”だが後は技術だ。
単なる技術でこんなことまで出来るのか、と驚き頻りで瞠目するアルにエーラは楽しげに声をかけた。
「どーだったアル!?ボクのこと見直したでしょ!」
「うんすごい……めちゃくちゃびっくりした」
和弓モードとでも呼ぶ状態の練習は幾度か見たことはあったが、ちゃんと見るのは初めてだったのだ。
感嘆を通り越して半ば呆然としてしまうのも無理はない。
そんなアルを見てエーラは「あは!」と心底嬉しそうに笑うのだった。
~・~・~・~
その後、アルはエーラから「いっしょに練習しよっ」と誘われて彼女が今まで使っていた練習用の弓を借りることになった。
無論、お遊びである。森人の弓術に敵うはずもない。
しかしアルの借りた弓は和弓に近しい形なので素人では矢を飛ばすことすら難しい。
なんとか飛ばしてもあらぬ方向にばかり飛ぶ。最初に飛んだ1本など地面に潜っていった。
「違うよアル。もっとしっかり角見を効かせないと。手の内もずれてるよ」
遊びのはずなのに耳長娘の指導がやたらと厳しい。
”つのみ”などと言われてもアルにはまったくわからない。
「親指痛くなってきた」
早々に泣き言を零す。
「こうだよ、こう」
アルの手に弓を握らせてもう一度射るように促すエーラ。
バビュッと鈍い弦音と共に矢がどこかに消えた。
―――――なんであんなとこに飛ぶんだろう?
「親指の皮がジンジンしてきた」
再度アルが泣き言を漏らす。手の平にマメは出来ても親指の皮をねじられる経験はないのだ。
「さっきから痛いしか言ってないよアル」
「だって難しいよ、短くしたほうの貸して」
アルは音を上げつつエーラの弓を貸してくれと頼んだ。
「ダメだよ、弓柄は人に握らせるものじゃないんだから。せっかく丁寧に鹿革巻いてるのに」
しかしエーラは貸さない。これは割と当然のことである。
他人が使ったせいで巻きが緩んだり剥がれたりを嫌うのは前世の世界にいる弓道経験者だって理解できる話だ。
「ふぅ~……じゃあ休憩しよ」
「もぉ~しょうがないなぁ」
こーさん!と座り込んだアルの隣にエーラも「よいしょ~」と座る。
「でもすごかったねぇ、エーラの弓術」
「あは!そうでしょ?ボクらの特技だからね!」
「いいなぁ。何が見えててあんなとこに矢を撃ってるのかわかんなかったもん」
薄い胸を張るエーラをアルは素直に褒めた。
まっすぐ飛ばせばいいじゃないかと思ったら、いつの間にか枝矢が的を射抜いているのだ。
手品や曲芸の類にしか見えなかった。
「矢は”射る”って言うんだよ。何が見えてるかは……ん~、わかんないなぁ」
「え、わかんないの?」
「うぅ~……ん。風の精は見えてるけど、矢を射る場所は感覚かなぁ」
「感覚かぁ」
アバウトな回答だがたぶん本当にそういう直感染みたものなのだろう。
アルがそう納得しかけたとき、エーラはこう言った。
「お父さんは『森人の魂に根付いてるものだ』とか言ってたけどよくわかんないよね~」
「魂…………?」
アルははたと動きを止める。何かが頭を掠めた。
(……待てよ?)
「うん?アルどしたの?お父さんの言ったことは深く考えなくてもいいよ?ボクもよくわかんないし」
不思議そうにしているエーラをよそに、アルの脳内では濁流のように前世の記憶がフラッシュバックしていた。
――――そうだった。
「それだよ!」
紅い瞳にパァッと強い輝きを灯したアルはエーラの両手を掴んで喜びを表現する。
「わっ!?な、何さ急に?てか、ち、ちょっとちかいよアル。ねえ」
母親譲りのきれいな顔立ちにいつぞや見た燦然と輝いている紅い瞳。
アルに慣れているエーラでも動揺して頬が熱くなってしまう。
「エーラありがと!思い出したよ!なんで気づかなかったんだろ!」
しかしそんな幼馴染の様子も気にならなかったのかアルは耳長娘の手を離していきなり走り出した。
「あっ!ちょっとアル!?」
「ごめん!また今度!」
事態についていけないエーラにアルは一声叫び返して里の方へとひた走った。
目指すは八重蔵のいるイスルギ家だ。
(悩みを解決できるかもしれない)
記憶の濁流に呼び起こされたのは――――。
独特の装束と防具を身に着けて竹の棒を振る前世の己。
かつての自分が幼い頃から剣道をやっていたという記憶だったからだ。
三つ子の魂百まで。
転生した場合はどうなのか?
アルはその答えを得るべく一目散に駆けていく。
コメントや誤字報告、評価など頂くと大変励みになります!
是非とも応援よろしくお願いします!