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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
少年期ノ弐 仲間との成長編

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2話 人狼と半龍人(アルクス6歳の秋)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


非常にゆっくりとしたペースとなっておりますがなにとぞよろしくお願い致します。

 時刻は正午を過ぎたばかり。


 幼馴染のイスルギ・凛華とシルフィエーラ・ローリエに魔法を見せてもらい、ウキウキとご満悦なアルクスは、彼女らと連れ立って里内へ戻っているところだ。


 少女らの様子がなんだか普段と違うことに気づいてはいるものの、『きっと魔法の使えない自分に見せびらかすような真似をしちゃったから気にしてるんだな』くらいに思っているので、意識は昼食に向いていた。


「今日はエーラのうちでご飯食べさせてもらえって言われたけど聞いてる?」


「……へ? あっ! うん聞いてるよ!」


 一拍置いて慌てた返事を寄越すエーラにアルはホッと胸を撫で下ろした。


(良かった。くいっぱぐれなくて、すみそう)


「凛華は?」


「あたしも今日はエーラんちよ。母さん仕事だし」


 凛華は特徴的な二本角にかかる前髪が鬱陶しかったのか、払いながら応える。


 そのまま西門を抜け、ローリエ家の方へてくてく歩いていると、


「おっ。よぉ、アル坊にいたずら娘たちじゃねぇか」


 アルたちの後方からそんな声がかかった。


 3人が振り向くと、そこにはもじゃもじゃの黒髪に黒髭、右目に眼帯をまいた鉱人族の男が立っていた。


 前世の鉱人(ドワーフ)と云えば背の低い印象だがこちらの鉱人(こうじん)は小柄に見えなくもない、という程度で中肉中背だ。


 更に特筆すべき点はその筋肉。


 八重蔵やマモンらと云った鍛え上げられたしなやかな戦士の筋肉ではなく、力仕事によってパンパンに膨れ上がり、血管が浮いたはちきれんばかりの筋肉をしている。


「今から昼飯か?」


 男は左足を引きずりながら少年少女らの方へ歩きざま、咥えていた葉巻から口を離してぷかりと紫煙を吐き出した。


 この世界にも煙草に葉巻、その他喫煙具は数多く存在するもののアルの前世にあったものとは中身が異なっている。


 普通の煙草葉ではなく、薬草全般を使うのだ。


 乾燥させたままであったり、魔導薬に漬け込んだりと配合によって効果が異なる薬と嗜好品の中間な存在として昔から広く親しまれている。


 勿論、完全に趣味として煙草葉のみを用いたものを吸う者も存在するが、依存性だけあって効果のないものを吸う者はそこまで多くない。


 アルの師ヴィオレッタとて細身で長い太煙管(パイプ)を愛飲し、食後にはよく紫煙をぷかぷかと燻らせている。


 ちなみに吸っているものは森人謹製の薬草とほんの少しの果実の皮で自分好みに配合したものだ。


 男が吸っているのは鎮静作用を持つ葉巻であった。


「うん、そだよ。あ、こんにちはキースおじさん。食後の葉巻?」


「いたずら娘じゃないわ」


「ボクも違うよ?」


 それぞれに挨拶を返す甲高い声音に鉱人族の男キース・ペルメルはニカッと笑いかける。


「おう、そんなとこよ。しっかしアル坊、遠目から見りゃ両手に花だがお前さんも大変だなぁ! こんなに花の主張が強いんじゃあよ」


「花びらのうらまでトゲだらけだしね」


 アルがしれっとのたまうと花たち(鬼娘と耳長娘)はすぐさま騒ぎ立てた。


「どーゆー意味よっ!」


「さっきからちょっとシツレーじゃないかな~?」


 胸ぐらを掴む勢いだ。しかし、アルも慣れたもの。


「あっ、ぼく午後から師匠んとこ行かなきゃだった! はやくごはんいこっ」


「慣れたもんだなぁ」


 素早く話題を転換させるアルにキースはクッと笑う。


「まぁねっ! そいじゃキースおじさんまたっ!」


 言うが早いかアルは追求から逃れるべくパッと走り出した。


「待ちなさい!」「ちょ、言い逃げはずるいよ!」


 追いかけていく少女ら2人。


「おう、またな。転ぶんじゃねえぞ~」


 3人の小さな背中へ声を投げつつ、煙をぷかりとやったキースは自分の仕事場へと足を向けるのであった。



 ~・~・~・~



 アルは自宅の右斜向かいにあるローリエ家の戸をトントンと叩く。


「はいはぁ~い」


 出てきたのはエーラに顔立ちがよく似た森人族の美人だった。


 エーラの母シルファリス・ローリエだ。


 エーラが天真爛漫ないたずらっ娘に見えるのに対し、こちらはいかにもゆったりとした穏やかそうな美人である。


 ちなみに森人は男女問わず結婚すると髪を伸ばすという風習があるので、娘と同じ乳白色を帯びた金の髪は長い。


「ファリスおねえさぁんっ、エーラと凛華が魔法つかってぼくのこといじめるぅ~。わぁ~ん」


 シルファリスが出てきたのを確認したアルは迷わず自身の幼い容姿と子供の特権を利用し、目をうるうるさせて芝居を打った。


「「あっ!」」


 鬼娘と耳長娘は一瞬固まったが、即座に再起動する。


「そんなことしてないでしょ!? ってかズルいわよそーゆーの!」


「そーだよ! いじめたのは凛華だけじゃん!」


「あんただって魔法でアルのこと引っ張りあげてたでしょ!?」


「あれはアルが失礼なこと言うからだよ!」


 口々に騒ぎ立てる少女らを尽く無視して目をうるうるさせ続けるアル。


 おおよその事情を察したシルファリスはクスクスと笑みを零す。


「だめよ~、二人とも。アルをいじめちゃあ」


 そしてわかっていながらも悪戯っぽく微笑んで娘達を注意した。


 途端にエーラと凛華がワッと抗議する。


「違うよお母さん!? アルの演技だよ!」


「そうよ、ファリスおばさまダマされてるわ!」


 シルファリスは実に楽しそうだ。


 袖や裾を掴んで訴えてくる娘と友人の娘の慌てる姿がかわいくてしょうがないのだろう。


「ファリスおねえさん、ごはん何か手伝うことある?」


 アルはさっきの態度などサッと放り捨てて訊ねた。うるんでいた目もとっくにいつも通りだ。


 尚、この程度のことなら幼馴染組の残り3人も平然とやってのける。


「もうできてるから大丈夫よ~、さあお昼にしましょうね。二人もアルをイジメてないで手を洗っておいで~」


「「お母さん(おばさま)!?」」


 またもや気色ばむ少女2人。シルファリスは楽しそうにコロコロと笑い声を上げた。


 ちなみに他所の母達を『おねえさん』呼びするのは里全体の生意気な少年(クソガキたち)全員に半ば強制されているものだ。


 少女たちは強制ではない。おねえさん方曰く『いずれそう呼ばれることになるし、日々美しくあろうとする年長の女性を敬わない女子などそうそういない』とのこと。


 尚、この里最年長は年齢不詳のヴィオレッタである。当人は300歳を越えてから数えるのをやめたそうだ。



 ~・~・~・~



 ローリエ家の食卓には色鮮やかな料理が並んでいた。


 森人の家らしく他家では見ない野菜や果物も置かれている。


「いっただきまーす!」


 きちんと手を洗ってきたアルはシルファリスが「どうぞ~」と言うとすぐに手を合わせてバクバク食べ始めた。


 まだキャンキャン言い争っていたエーラと凛華も、自分たちが朝魔法を使っていたことやその後遊んだことを思い出して体が空腹を訴えたのだろう。


 慌てて食事に口をつける。


 急に大人しくなって「それとって」だの「これおいしい」だの「それあたしにもちょーだい」だのと言いながら小さな口でモグモグと料理を頬張る3人。


 シルファリスは穏やかに微笑みながら元気いっぱいな我が子らを眺めていた。



 * * *



 ローリエ家で美味しい昼食をたらふく食べたアルは「このまま家で遊ぶ」という2人と分かれて師ヴィオレッタの家へと足を向けていた。


 午後は楽しい魔術の授業だ。


 そこへ背後からおずおずとした調子の声がかかる。


「あっ、アル。えーと、よう。そのー……今いいか?」


 アルが振り向くと幼馴染のもう一人がいた。


 ツンツンしたワインレッドの髪、アルより少し背の高い人狼族の少年マルクガルム・イェーガーだ。


「や、マルクどしたの? ぼく今から師匠んとこで授業だよ」


「そか、だよな。んじゃ、まぁいいや。また今度な」


「えぇ? なんだよぉ、言えよぉ。水くさいぞ」


「いや、ほんとにまた今度でいいって」


 そんな押し問答をしているうちにアルはピピンと来た。


「ははーん。さてはマルク、魔法が発現したな?」


「うええっ? おま……なんで」


 マルクガルムは驚愕する。まさにそのことを言おうとして迷っているところだったのだ。


「ふふん、図星ってやつだな」


 お腹いっぱいで元気になったおかげかアルは無駄にちょろちょろ動く。


「あー、えと……まぁそうなんだよ。で、言おうかと思ったんだけど――」


「ぼくに魔法が発現しないかもって聞いてだまってた、と」


 控えめに説明しだしたマルクの発言をアルは引き取った。


「そんな感じ」


 4人の中でもぶっちぎりの気遣い屋はコクンと頷く。


「気にしぃだなぁ、マルクは。ぼくは魔法使えないかもって一年以上前から知ってたし。それに、ついさっき凛華とエーラに見せつけられてきたばっかりだよ」


 アルはあっけらかんとしてそう言った。ぶっちゃけ今更である。


「そう、だったのか。てかあいつらに人の心ってもんはないのか?」


 どこかホッとしたような顔でマルクが呆れる。


「言ってなかったし、しょうがないさ」


「そんなもんか」


 アルはやっといつもの調子に戻った幼馴染にうんうんと頷いた。


「そんなもんだって。マルクは考え過ぎだよ。それで、いつ発現したの?」


「ええっと~……ああ、ちょうど一週間前くらいだな」


「…………」


 この回答には、さしものアルでも沈黙せざるを得なかった。


 あの2人は一体いつの情報を持ってきたのだろうか?


 これはアルとマルクの知り得ぬことだが凛華は5日前、エーラは2日前にそれぞれ魔法に目覚めた。


 その後、すぐに幼馴染の少年達をびっくりさせてやろうとこっそり練習していたのである。


 マルクに魔法が発現したかどうか聞いたのが1週間以上前であったことなど、その頃には記憶の彼方であった。


「あの二人、なに言ったんだよ?」


 沈黙したアルを見かねてマルクが問う。


「まだマルクは発現してないって。昨日か今日聞いてきたって感じだった」


「おれが昨日聞かれたのは明日――だから今朝、アルの日課の時間に訓練場来れるかどうかだけだぞ」


「なんちゅうテキトーさなんだ」


「いっつもあんなんだろ」


「でも魔法だよ?」


「そうだけど――――」


 アルとマルクがそんな会話を交わしているうちに、ヴィオレッタの家に辿り着いていた。


「じゃあおれ戻るぞー、今日はさっきひまになったけど明日はまた母ちゃんの手伝いあるし、昼寝して――」


「ぼくマルクの魔法、見てない」


 親友を遮ってアルがボソリと呟く。


 未知の魔法が目の前にあるというのに。これを見ずして何が魔術師だろうか。


 師匠だって実践に勝る経験はないと言っていた。


「は? いや、でも今日は授業なんだろ? また見せてやるって」


「そうだ! 師匠に魔法について聞きたいこともあったし、実演ってことでマルクを連れて行こう!」


 高速回転したアルの脳が体のいい建前を弾き出す。


「おい。ちょっとはなし聞けって」


 勝手に何か言い出した親友をマルクは止めに入る。


 ――こいつの悪いところだ、すぐ突っ走る。


 胸中でそう溢すもやる気をみなぎらせたアルは聞いちゃいない。


「さ、マルクいくぞ!」


 人狼族の少年の腕をひっ掴むや、師の住まいへ「ししょー!」と突撃した。止める暇すらなかった。


「おぉアルか。お入り」


 アルの声とノックが聞こえてすぐに扉がスッと開く。ヴィオレッタの『念動術』だ。


「おじゃまします!」


「おお、これが魔術か……! あ、おじゃまします」


 慣れているアルは元気よく挨拶しながら、マルクは独りでに開いた扉に灰紫の瞳をパチクリしながらヴィオレッタ宅へと入っていった。


 勝手知ったる師匠の家だ。


 普段授業をしてる研究室兼書斎へズカズカと直行したアルと少々おっかなびっくりといった風情のマルクを待っていたのは、椅子にどっかりと座り、自身で書いた論文と参考文献を矯めつ眇めつしている年齢不詳の美人魔導師であった。


「おはよう、アル。いや、もうこんにちはの時間じゃったの。ん? マルクもおるではないか。アルよ、なにかあったのかの?」


「師匠おはよーございますっ! 朝、凛華とエーラに魔法を見せてもらったんです。そしたらマルクも一週間前に発現したって言うので、魔法について実物を見ながら質問がしたいと思って連れてきましたっ!」


 勢いよく言いきった弟子にヴィオレッタは微笑ましいものでも見るようにあたたかな視線を注ぐ。


 どうやら幼馴染たちが魔法を発現させても妬まず腐らず、あの日の宣言通り前向きに歩もうとしているようだ。


 意気や良し、と口元に薄い笑みが浮かぶ。


「ほう、そうじゃったか。ではマルクにもすまんが付き合ってもらうとしようかのう。マルクよ、弟子が我儘ですまぬのぅ。して何が知りたいのじゃ?」


 マルクの「いや、えぇと、なれてるんで」という失礼な言葉を聞き流しつつ、アルは気になっていたことをべらべら訊ね始めた。


「はい、三つ知りたいことができました。一つめは魔法に対する魔力効率についてです。大して魔力を使ってないように見えたのに【戦化粧】をかけた凛華にけちょんけちょんにされました。効率がたかいのか、効果がすごいのかが知りたいです。


 二つめは魔法がどうやって生まれたかです。エーラたち森人は『妖精の()』を持ってるって聞きました。それって魔法が使えたから見えるようになったんでしょうか? それとも視えたから魔法が使えるようになったんでしょうか? で、最後は――」


「ちょっと待つのじゃアル」


 弟子の怒涛の質問攻勢にヴィオレッタは待ったをかける。突っ走り過ぎだ。


 ――しかし、発現したての()()魔法を見ただけでそこまで分析しているとは。


 考察するだけの思考方法を確立していることは承知の上だが、それでもやはり6歳児がペラペラとそんな話をするのはミスマッチに感じてしまう。


 一方で、マルクはアルにドン引きしていた。


(……こえーよ)


 そう思わずにはいられない。


「でも気になっちゃって」


「汝の質問はなかなか鋭いものじゃった。よぉく観察しておる。それに儂は質問に答えぬとは言うておるまい? 少し落ち着いて質問するのじゃ」


「はい、えと、じゃあ――」


 すぅはぁと息を吸って口を開こうとするアルをもう一度やんわりと押し留め、ヴィオレッタは優しく頷いて問いかけた。


「うむ、まずは三つ目の質問じゃ。『最後は』の続きを聞こうかの」


 そう言われたアルは親友を一瞬ちらっとだけ見て照れくさそうに最後の質問を口にする。



「あとは……やっぱりぼくも、魔法つかえませんか?」



 ほんのちょっぴりとだけ羨ましいなぁと思ったのだ。それと同じくらいの疎外感も。


 気恥ずかしそうな弟子を見たヴィオレッタはくすりと笑みを溢すのだった。



 * * *



 ヴィオレッタはまだまだ幼い少年二人を引き連れて訓練場へと赴いていた。


「アルの質問じゃったが、今日だけで教えるには時間が足らぬ。そこで今回はちょうどマルクもおることじゃし、一つ目と最後の質問について授業を行うとしようかの」


 百聞は一見に如かず。


 フィールドワークも重要視するヴィオレッタらしい課外授業の始まりである。


「まず一つ目の質問、魔法に対する魔力効率じゃったの。マルクや、【人狼化】を使ってくれぬか?」


 ヴィオレッタはマルクへ”魔法”を使うよう指示を出した。


「は、はい」


 緊張気味に返事をしたマルクは上着を脱いでタンクトップのような下着だけの状態になり、次いで「ぅおおっ!」と気合の入った掛け声を上げた。


 変化は急激。


 腕や足がグンッと伸び、次いで鼻と口が前にせり出してきた。耳が上がっていき、踵も上から吊られたように上がっていく。


 上下二対の犬歯は太い狼牙へ、全身はマルクの髪色と同じワインレッドの体毛が生えてきた。


 更に、大きくなった両手脚から鋭い爪が伸び、顔が完全な狼のものへと成り代わって変化は収まった。


 骨格そのものが変貌している。人型と狼のハイブリッド。人狼だ。


「かっ……こいい!! マルク、いまのかっこよかったよ!」


 アルは興奮した様子で紅い瞳をキラッキラさせながら親友へ駆け寄った。


 自分より頭一つ分大きな人狼に物怖じ一つせずに腕や毛皮を触りまくっている。


 トリシャの【龍体化】と違ってぎこちない変化であったが、アルが高揚するには充分過ぎた。


「おお……っ! かかとは上がっててイヌっぽいけど指は人のだね。しっかり指も伸びてる。でもツメは……うわ、すっごいや。トンガってる。目は灰紫のまま変わってないけど白目がなくなって――」


 鼻息も荒くマルクを観察しまくる弟子の服を、ヴィオレッタが後ろから掴んで持ち上げる。


「こーれアル、友人をそのよう観察するでない。そもそも最初の趣旨と違うじゃろうが?」


「あ、そうだった! マルク、それあとどれくらいもつの?」


 ヴィオレッタに吊り上げられたままアルは顎に手をやって観察の姿勢を崩さない。


「試したことない。つーかこのままにしとく気かよ。めちゃくちゃ腹へるんだぞ?」


「ガマンだよ。あとでぼくん家からお肉もってっていいか頼んでみるから」


「まじかよ……」


 アルの無茶ぶりに何度も付き合わされてきたからか、なんとなくそのまま人狼でいようとするマルクであったが、ヴィオレッタが止めた。


「無茶はいかんぞ。ちゃんと教えてやるから観察実験はせんでよい。マルクも戻ってよいぞ」


 その言葉に聞き分けの良い人狼少年が人間態に戻り、「ぷはぁ~」と上着を肩に引っ掛けながら座り込む。発現したばかりでまだまだ不慣れなのだ。


 一方、好奇心に真っしぐら――理解力は歳並以上のくせして、どちらかといえば聞き分けの悪い方の少年は、吊り上げられたままクルンと小器用に身体を師に向けた。慣れ過ぎである。


 ヴィオレッタは一応鎮まった弟子を地面に下ろして解説をはじめた。


「よろしい。では魔法についてじゃ。魔法は”変異型”と”発動型”に大別される。”変異型”は先ほどマルクが見せてくれたような【人狼化】やトリシャの【龍体化】なんかじゃな。イスルギ家の【戦化粧】もこの亜種に当たる。こちらの特徴は魔法を使った瞬間がもっとも魔力を消費する、という点じゃな。


 さっきマルクを見てわかったじゃろうが、全身を骨格から別のものに変異させておる。つまり本来あるべきはずの痛みや起き得るはずの歪み、といった身体的負担を魔力と体力で肩代わりしておるのじゃ。ゆえに発動時の魔力消費が最も大きいとされておる」


「なるほど。それじゃあその変化後の魔力消費はどうなるんですか?」


 アルが合いの手のようにパッと質問を挟む。


「その状態を維持し続けた時間だけ逐次消耗する。じゃから維持できぬほど魔力が減ったり、切れてしまえば自然と魔法が解けるようになっておる」


 ヴィオレッタは即答した。いつものスタイルだ。


 マルクも自分に関係する話なのでまじめに聞いてはいるが、如何せん6歳には難解な言い回しが多かったりテンポが速かったりして意味を取りにくい。


 ――あとでアルに聞きなおそう。


 そう考えたマルクも知識への扉を無意識に開きかけている。


「じゃあ操魔核を鍛えれば、変化したままでいられるんですか?」


 アルの質問は続く。


「それは無理じゃ。生物はみな、その身に己が魔力を馴染ませながら生きておる。魔力の質や量が上がれば、その魔力もまた馴染んでしまうのは自然の摂理とじゃろう? その身体を別のカタチに変えようというのじゃ。当然、必要な魔力量や質はその影響を受けて跳ね上がる。ゆえに変化にかかる負担率はそう大きく変わることはないのじゃ。


 そしてもう一つ。人体の神秘とも言えるのじゃが、”変異型”の魔法を維持する為に必要な魔力は、操魔核によって生成される魔力より、必ず上回るようになっておるのじゃよ。毎時、毎分、毎秒、いつ測ったとしても絶対に下回ることはだけはないのじゃ。つまり、魔力をどんなに鍛えても()()()()()()()()()()ようにできておる、ということじゃの」


「はぇ~……おもしろいですね」


 ――今のでアルはわかったのか。


 ヴィオレッタの説明が流麗過ぎて、マルクには理解出来なかった。


 とりあえずの結論として人狼状態の維持は無理なんだな、とだけ納得しておく。


 大体は聞けたと脳内に師の言葉を焼き付けたアルは次のトピックに触れた。


「師匠、じゃあ”発動型”ってどんなんですか?」


「”発動型”とは”変異型”と違い、魔力を固定的に消耗せず、己の自由裁量で効果と消費魔力を決められるという種類の”魔法”じゃ。わかりやすく強力な”変異型”と違い、”発動型”の”魔法”は不定形。自由が利くとも言い替えられるのう。己の強化を行う”変異型”との大きな違いは――肉体以外の何かに魔力で働きかけるという点じゃな」


「なにかに働きかける?」


 訊き返すアルにヴィオレッタは頷いて続けた。


「その通り。魔力を術式に流すでも、魔力そのものを放射するでもない。それ以外の何かへ流したり、譲渡したりして発動させるのじゃ。わかりやすい例で言えば森人たちじゃの。彼らは『妖精の瞳』を使って我々には見えぬ精霊と意思疎通し、魔力を譲渡することで彼ら以外には出来ぬ業――即ち”魔法”を発現するのじゃよ」


「あっ。じゃあぼくが木の根に高い高いされたのは……」


「うむ。エーラが植物の精霊に意思を通し、魔力を譲渡することで起こしたんじゃな。ちゅーかアルよ、また今度はなにをしたのじゃ?」


 呆れたような目でヴィオレッタが問う。


「いつものことです。ってことは結局、魔法に対する魔力効率がすごく高いってわけじゃなくて……魔法そのものがすごく強力ってことですか?」


 アルは何でもないのだと首を振り、とうとう結論に到達した。


「そういうことじゃな。ついでに言うと魔法には更に先がある。マルクやトリシャで言えば【部分変化(ぶぶんへんげ)】。凛華で言えば【異相変(いしょうがえ)】。エーラで言えば【錬想顕幻(れんそうけんげん)】なぞと呼ばれておるのぅ」


「そうなんだ……」


(魔法にもまだ先があるのかぁ……)


 アルは幼馴染達を羨む気持ちとそんな己を咎める気持ちがごちゃごちゃと綯い交ぜになった複雑な表情を浮かべる。


「アルよ、そんな顔をするものではない。最後の質問についてまだ何も言うておらぬじゃろう?」


 ヴィオレッタの優しい声を聞いたアルはパァっと表情を明るくして紅い瞳を輝かせた。


 そうだった。まだそちらについては何も聞いていない。自分だって使えるなら使ってみたい。


「では三つ目、アルが魔法を使えるかどうかじゃ」


 わくわくしているアルへヴィオレッタはあやすように笑いかけ、思いもよらない結果を生み出す授業を展開していく。


 余談だが、途中でまったくついていけなくなったマルクガルムは原っぱに転がってクークーと軽い寝息を立てていた。

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