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【11万PV 達成❗️】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
武芸者編ノ肆 山岳都市ベルクザウム編

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2話 記者志望の売り子(虹耀暦1287年1月末:アルクス14歳)

2023/10/10 連載開始致しました。(編集済み)


ゆるく読んで頂ければありがたいです。

 魔導列車が〈ウィルデリッタルト〉を出発して2時間半ほどが経過した。


 先程まで乗務員専用の停車駅に止まっており、今また動き出したところだ。


 ひと車両分しかない乗降場(ホーム)に先頭の機関車部のみをピタリと停めてみせる、という確かな操車技術を目の当たりにしたシルフィエーラなど「すっごいねぇ!」と興奮(しき)りであった。


 ()くいうアルクスとて大いに同感である。精密操車とでも言うべきなのか、魔導機関も含めて魔導列車とは見当もつかぬ技術の塊であるようだ。



 コンコン……ッ。



 再び動き出して直ぐのこと。個室の戸が軽めに叩かれた。心地良く、くぐもりのない木材の響きだ。


 どうやら二等車は高いだけあって材質にも拘っているらしい。


「はい?」


 ラウラが扉越しに訊ねると、若い女性の軽妙な声が返ってきた。


「車内販売のお時間でぇ~っす! 昼食や軽食、飲料や雑誌その他もろもろ取り揃えておりまぁ~す。何かご入用なものはありませんかぁ~?」


 間延びした台詞の割に声音そのものは明るくハキハキしている。しゃなりと色っぽい隠れ里の蜘蛛人族――小町とは正反対な印象だ。


「どうします?」


 振り返るラウラへ、アルはそれまで弄っていた術式を消してコクッと顎を引く。


「どうぞ」


「失礼しまぁ~す。おやぁ、随分お若いですね~。武芸者の方ですかぁ~?」


 個室指定席(コンパートメント)の戸が閉まらぬよう荷車(カート)で押さえて顔を見せたのは、(だいだい)色に近い赤毛を頭の後ろで一括りにした売り子の女性だった。


 淡い中間色(パステルカラー)の動きやすそうな給仕服を着込み、年の頃はアル達より幾つか上、といったところだろう。ほんの少しだけ散っているソバカスが彼女の活発さをよく表している。


「ええ、まぁ」


 ラウラに代わってアルが答えると、売り子は楽しそうにうんうんと頷き、こんなことを言ってきた。


「二等車に乗れるだなんてぇ、かなりの実力者さんだと見えますね~?」


 その割にはこちらを探ってやろうだとか、カモにしてやろうだとか邪な気配はまるで感じられない。


「滅多に乗らないから、ちょっと奮発してみたんです」


 アルはあえてにこやかに応えた。背伸びしている風に見せたのだ。売り子は微笑ましそうにクスクス笑う。が、即座に鋭く切り返してきた。


「ふっふ~ん、売り子さんを甘く見ちゃいけませんよぉ~? そんな返しをされるのは大抵実力の高い方々なんですから~。お兄さん達、なかなかの強者(ツワモノ)でしょう? 魔族の方もいらっしゃいますもんねぇ」


 己を大きく見せる必要のない者特有の匂い、とでも形容すれば良いのだろうか?


 そのようなものを売り子は嗅ぎ取ったらしい。アルも即応して方針を転換する。


「あはは、バレました? 実は仕事が上手くいったもので」


「なるほどぉ、やはりそうでしたか~。私の鼻も捨てたものではないですね~」


 売り子が得意げに胸を逸らす。


「あ、どんな商品があるんですか? お腹ぺこぺこで」


「おおっとぉ失礼致しましたぁ。いやぁこの間も無駄話するな~! って叱られたばっかりなんですよぅ」


「はは、親しみやすそうですもんね」


「そう言ってもらえると気が楽ですよ~。さてさて~、商品はこちらでぇ~っす!


 ”質より量!”という方なら、こちら牙猪(きばいのしし)の肉がたっぷり入ったお弁当、お値段八十ダーナ!


 ”量より質がいい!でもそんなに食べられな~い!”という方なら、こちら〈ウィルデリッタルト〉の牧場で丹精込めて育てられた食用牛のお肉がお上品に乗せられたお弁当、お値段一〇〇ダーナ!


 そして最後に”量も質もどっちも欲しい!”そんなワガママなお客様へ、こちらと同じ牧場の牛肉と羊肉がぎゅうぎゅうに敷き詰められてる贅沢なお弁当、お値段百二十ダーナ!


 さぁ、どれにします~? あ、飲み物はこちら、一律十ダーナになっておりまぁ~す」


 売り子は小気味の良い口上と共に、3種類の弁当と大きめの酒杯の見本を出してきた。ちなみに”お上品”及び”贅沢”弁当は、二等車と三等車限定だ。


 四等車以降は80ダーナの弁当が最高グレードであとは軽食のみだが、”鬼火”の一党の面々に知る術は当然ない。


 そんなもんなんだな、くらいの感覚で売り口上を受け止めている。


「どれにする?」


 アルが仲間達にチラリと視線を向ければ、


「俺は最後のやつとお茶」とマルクガルム。


「あたしは二番目と果実水」と凛華。


「ボクも二番目。あ、炭酸果汁で」とシルフィエーラ。


「私も二番目、あとお茶で」とソーニャ。


「私もソーニャと同じで、うぅん……飲み物は果実水にします」とラウラ。


「二番目の弁当四つと最後の二つ。それとお茶、果実水、炭酸果汁それぞれ二杯ずつください」


 アルが纏めて注文すると、売り子はパッと破顔した。


「毎度あり~。豪気なお客様で嬉しいですねぇ~」


「あ、そうだ。乾き物とかもありますか?」


「一応干し肉なんかは取り扱ってますけど~、流石にお酒は売れませんよぅ? 帝国法で禁止されてますからぁ~」


 売り子が応えた通り、帝国の法では18歳まで飲酒と喫煙は禁止だ。酒類も取り扱っているが、どう見ても未成年の彼らには見せていなかった。


「いえ、こいつにやるんですよ」


 アルは首を横に振って、窓枠で己の黒濡れ羽に埋もれて眠る三ツ足鴉を指す。


「おおっ、使い魔ですかぁ~っ!? 初めて見ましたよぉ~!」


「ええ。大抵のものは食べられるので、何かないかなと思いまして」


「そういうことなら干し肉と~……あ、煎り豆もありますよ。どっちも全車両共通なので五ダーナになりまぁ~す」


「どっちも下さい」


「おお~、太っ腹なお客さんですねぇ! ちょこ~っと待っててくださいねぇ。えーとぉ……」


 売り子はそう言うと、慣れた手つきで算盤と電卓が混ざったような金属製の魔導具を扱い出した。武芸都市でなくとも見ることのできる簡易レジスターのようなものだ。


「え~……はいっ、締めて七一〇ダーナになりまぁ~す」


「じゃこれで」


 アルが一党の財布からダーナ硬貨を取り出して手渡す。


「はいはい~、大金貨一枚、大銀金貨一枚、小金貨十枚っと……丁度ですね! 毎度ありがとうございまぁ~す。あ、そちら側の紐を引っ張ると懸架式の食事台が出ますので~! 窓も少しでしたら開くようになっておりますよ~!」


 売り子はアルの座っている側とは逆の席の上部を指した。何やら指が一、二本入りそうな紐が輪になって取り付けてある。


「んぉ? ああ、これそういうやつだったのか」


 マルクがそれをグイッと引っ張ると、カタン……という音と共に細長い卓が引き出されて降りてきた。折り畳み式の簡易卓らしい。


 標準的な人種であれば8名も収容できる個室指定席(コンパートメント)らしくなかなかに広い。


 売り子は手際良く弁当を取り出して、扉に近いラウラとソーニャに回していき、最後に飲み物と干し肉と煎り豆まで行き渡ったところで、今度はこんなことを言い出した。


「ではでは~……これで商品はすべてお渡ししたかと思いますが、お兄さん方がご飯を食べ終える頃に当列車はまた停車するんですよぅ。今度は点検のためですねぇ~」


「あ、そうなんですか」


「そーなんですぅ~。つまりまだあと四時間も掛かるということになりますねぇ~。そ・こ・でっ! ヒマ潰しの雑誌などなどっ! 如何でしょうかぁ~?」


 アルは困ったように眉尻を下げて苦笑する。妙に商売上手だ。不快感をちっとも感じさせないのが余計にタチが悪い。


「ちなみにどんな雑誌があるんです?」


「よくぞ聞いて下さいましたぁ! 今朝の帝都新聞からどーでもいい貴族の醜聞を集めた週刊誌、その他もろもろ取り揃えておりますが~……何と言ってもお兄さん方は武芸者! イチ押しの雑誌がありますよ~!」


「聞くだけ聞いてみます」


 小気味の良い売り込み口上(セールストーク)に乗せられるがままに、アルは聴いてみることにした。


「ありがとうございまぁ~す! その名もズバリ! 『月刊武芸者』です!」


 ババン! と売り子が雑誌を見せる。


 表紙には武器や防具を背景に、デカデカとした文字で”月刊武芸者”と書いてあった。冊子とまでは言わないが、そこまで厚くもなさそうだ。


「『月刊武芸者』?」


 なにそれ? と言いたげな顔をするアル達5名に対し、エーラだけは違う反応を示した。


「あっ。ボクそんな感じの表紙、支部で見たことあるよ」


 伊達に彼方此方(あちこち)フラフラ見て回っていたわけではないらしい。


「お~! さすがは武芸者の方ですねぇ~! これは武芸者協会の広報担当と〈アウグンドゥーヘン社〉という出版社が提携して出版している、武芸者の為の情報雑誌なのです!


 今話題の武芸者から、三等級以上の一党の活躍なんかも載ってたり、最近帝都で話題の魔導写影器を使った近影なんかも載ってたりするんですよ~! といってもあまり写りたがる武芸者の方は多くないそうなんですけどね~。


 でもでも! 協会の審査がちゃ~んと入ってるのでいい加減な情報は一切なし! 巻末にはお尋ね者の似顔絵まで載ってるので、お兄さん方には必携で~すよぅ!」


 売り子は人が変わったかのように猛然と捲し立ててきた。弁当の時と明らかに熱量が違う。


「そ、そうなんですか」


 なんだかよくわからない情熱を、理不尽にも叩きつけられた気がする。アルは完全に引いていた。


(もしかしてこのお姉さん、その〈アウグンドゥーヘン社〉とやらの……)


「回し者ではありませんよぉ~」


(読まれた? 何なんだこの人)


 アルがそんなことを考えたのも顔に出ていたのだろう。売り子は語り始める。訊いてもいないのに。


「私、実は武芸都市〈ウィルデリッタルト〉出身なんです。その武芸都市って名前の通り、帝都の次くらいに武芸者が多いんですよ~。冬場は帝都より多いって言われるくらいです~。そんなとこで育ってきたら当然、身近にいる武芸者の方々に憧れを抱くじゃないですか。でも私自身、運動音痴。絶対なれない。


 じゃあどうしようって思った時に『月刊武芸者』に出会ったんです~。上位武芸者の方々の活躍が書いてある雑誌なんて今までありませんでしたから、それはもう熱心に読んでました~。


 で、読んでいく内にいつしか読むだけじゃなくて、自分で武芸者の方々へ取材して、広報さんと話して記事を書きたい! と思いましてぇ~。なので! 今こうして旅費と当面の生活資金を貯めてるってワケなんですよ~」


 一気に身の上を語ってきた。


 初めて顔を合わせた相手から滔々と夢を語られたアル達には何と返せば良いのか皆目検討もつかない。ソーニャなど呆気に取られている。


(…………っと、もう飯だ、飯食おう)


 逸早く復帰したアルはそう決断して話を切りにかかった。


「えと……そう、なんですか。俺達もいずれは帝都に行く予定ですし、もしかしたらその出版社で働いているお姉さんとどこかでバッタリ会うかもしれませんね」


「おおっ! そうだったんですね!」


(なんか余計に盛り上がっちゃった)


 慌てて舵を切り直す。


「ええ、その時はよろしくお願いします」


「はぁい勿論ですよぉ~! ……で、買います? こちらお食事と違って定価なので、大変お安くなっておりますけど~」


 ――なんちゅう強かな売り子だ。


「えーと、買います。お幾らですか?」


 アルは頬をヒクヒクさせながら、もういいやと財布を開いた。


「十五ダーナになりまーす!」


「どうぞ」


「毎度ありがとうございまぁ~す! あ、オススメは《注目! 新進気鋭の新人一党達!》の欄ですよ」


 訊いていない。


「……そうなんですね。食べたら読んでみます」


「面白いんですよ~! ちなみに私の注目は”鬼火”の一党です~!」


 その一言で、空気がピシリと凍てついた。


 仲間達は置物になったかのように身動ぎ一つしない。『月刊武芸者』を受け取ろうと腕を伸ばしていたアルは、今度こそ頬を引き攣らせていた。


「そ……うなん、ですね。へ、へぇー……」


「そうなんですよー! 全員が二つ名持ちの若手一党なんです! 実力も折り紙つき! あ、この列車に乗ってるってことは、お兄さん方も武芸都市にいらしたんですよね!? 何かこう、話とか聞いたことありますかぁ~!?」


 ――これは……迂闊に返せば長くなる。


「い、いやぁ、どうだったかなぁ……俺達も長くいたわけじゃないので」


「そうでしたかぁ~! って、あっ! 申し訳ありません! 長々と!」


 ――ホントにな。


 そう応えてやりたい気分のアルである。


「い、いえ、興味深い話も聞けましたし」


「そう言って下さるとありがたい限りです! ではでは~っ! ごゆっくり~!」


 売り子はにこやかに笑みを湛えたまま、個室の戸を閉めて行った。


 アルは戸が閉まり切るまでしっかり見届けてから、ぱたん……と眼前の卓に突っ伏す。


「お疲れさまでした」


 ラウラの労いが沁みる。


「ごめんねぇアル。なんか余計なこと言っちゃいそうで」


 黎い髪を撫でてくるエーラにされるがまま、ぼへぇ……とアルは息をついた。


 ――気疲れした。


「ほら、食べましょアル。せっかく贅沢弁当とやらにしたんだから食べなきゃ損よ」


 凛華に背中をポンポンとされてようやく起き上がる。


「強烈な御仁だったな。悪い人ではないのだろうが」


「カケラも悪意がねえ分、邪険にするのもなんか憚られるしな」


 初めて会うタイプの人間だ。ソーニャとマルクはそのように感想を言い合った。


「うん……もうメシ食お。羊肉って言ってたっけ? 皆も食べてみるだろ?」


 アルが弁当箱を開くと、”贅沢”という名の通りぎっしりと肉が詰まっている。


「そうね、ちょっと貰おうかしら」


「羊って初めてだよね? どんなんだろ」


「幼い頃に食べたことがあったような気がします」


「あー……あった、ような気がするな」


「俺のも蓋に置いとくから好きに取れよ」


 仲間達のおかげで急速に和やかな雰囲気に戻っていく。


 魔導列車が点検の為に停車した際には楽しい昼食の時間も終え、夜天翡翠へちびちびと干し肉と煎り豆をやっていた。


 尚、羊肉に期待していたエーラは臭いが苦手だったらしく、一口食べてそれっきり手をつけず、反対に凛華とラウラは割合平気だったようだ。


 ソーニャも苦手だったのを思い出したらしく、記憶が薄かったのもそのせいだったらしい。


 ちなみにアルとマルクは「臭いなんぞ気にしてられっか!」とばかりにがっつき、生肉でも平気な夜天翡翠は、主人(アル)に手ずから細かく切ってもらってご満悦な様子で啄んでいた。



 ~・~・~・~



 点検を終えた列車が再び走り始めた頃。食後のまったりとした雰囲気のなか、マルクは思い出したようにアルへ訊ねた。


「なあ、そういや術どうなったんだ? 雛型くらいできたか?」


「…………」


 散々イチャついておいてこの言い様である。アルの視線も尖ろうというものだ。


「悪かったって」


「す、すまんアル殿」


 頭目の半眼に浮かぶ文句を正し察したマルクが手を合わせて謝罪し、ソーニャも続く。


 言い出しっぺと術を扱う本人のくせして案も出さずに戯れていた、という自覚程度はあったらしい。尤も”イチャついていた”と指摘すれば、揃って否定するであろうことは想像に難くない。


「ったく…………まぁ雛型はできたさ」


「えっ!? もうですか?」


 アルが口を尖らせて応えると、ラウラは驚いたようで琥珀色の大きな瞳を真ん丸にした。


 魔術をしっかり学び始めた彼女にとって、2時間ほどで新しい術の核を創る、というのはやはり驚嘆に値することなのだ。


「大森林にいた頃はよくこんな感じで創ってたわね」


 凛華は「もう数か月も前かぁ」と感慨深げに言う。


「どうなったの? 見せて見せて!」


 エーラはワクワクしたように表情をコロコロと動かす。


「ん、いいよ。簡易版でやってみる」


 アルは頷くと、左手の人差指と中指でグルグルと鍵語を描き、骨枠(フレーム)のみで出来たゴツい手袋(グローブ)のような術式へ手を通し、グッと拳を握り込む。


 すると魔術が起動し、手の甲に魔力で象られた滑車のようなものがポコッと浮かび上がった。車輪は手の甲に平行ではなく、垂直に突き立つような角度だ。


「おおっ! それが新しい魔術か!」


 ソーニャは素直に瞠目した。


「滑車みたいね」


「うん、原型はこんな感じ。本チャンはもっと籠手っぽくするつもりだよ」


 これはあくまで雛型。運用もとい戦闘に用いるのなら、もう少し煮詰めないと危なっかしくて扱えない。


「どうやって扱うんですか?」


「あ、そうだよ。使って見せて」


 滑車から眼を離すことなく、ラウラとエーラが興味津々といった様子で催促する。


「いいよ。えーと……そうだな。あ、これでいいか」


 アルはキョロキョロと周囲を見渡したあと、口をしっかり閉じている一党の財布を引き抜いた。中には硬貨が詰まっている。


「そーれっと」


 アルはそのまま財布を扉の方へポイっと投げ、



 カラカラカラカラ……ッ!



 滑車から細い帯を伸ばして財布を掴ませた。


「「「「おお~」」」」


「ちゃんと形になってんな」


 帯は先の方になればなるほど広がっており、滑車の方にいけばいくほど紐のように撚られている。


 次いでアルが中指を掌につけるようにしながら手首をしゃくりあげると、


 カラララララ――ッ。


 滑車が廻り、財布を掴んでいた帯が急速に紐へと撚り戻りながら巻き取られていき、やがて手元に返って来た。


「凄いな! 今のだけでもなんとなく運用方法がわかるぞ!」


 ソーニャが興奮気味に感想を述べる。つまり、ああやって盾を咄嗟に投げるなりなんなりして攻撃し、巻き取り機で回収しながら戦うということだろう。


 扱えるかはわからないが、即席の分銅鎖にはなりそうだ。


「で、術理は?」


「ボクも知りたい」


 凛華とエーラはさすがに冷静である。


 アルはヴィオレッタの直弟子。かの師から教わる魔術は定型術式以外すべてが、術理や仕組みを正しく理解して初めて真価を発揮する。


「私も気になります」


 ラウラの反応も彼女らに似ていた。一筋縄でいかないのがアルの術式だ。


 軍用(正式には定型)術式とは違ってビッシリと埋まった術式でない分応用が利く。が、代わりに術の理念を理解していないと、ただ発動しただけに成り易い。


 論理と術の形成理念、そのどちらもが必要なのだ。


「これは帯の形をした”腕”なんだ」


 アルは先ず核心を述べることにした。鞭のように見えるが、詰まるところ()なのだ、と。


「”腕”っつーと、あの準聖騎士の”右腕”みたいなもんか」


 マルクは以前戦った聖国の追手を思い出す。魔力の腕と言われていの一番に思い浮かぶのはそれであった。


「感覚はそんな感じ」


「帯の形になっているのはどういった理由だろうか?」


「想像しやすいからかな。こうやって()()()ちゃったときでも戻しやすいだろ? 鎖とか紐だと捻じれてるかどうかもわかんないし、取り落としそうだからね」


 ソーニャの質問にアルは再度財布を上へ投げながら帯の手で掴み、そのままクイッと手首を内側に捻った。


 すると財布を掴んだ魔力の手も連動するように(よじ)れる。次に外側へ捻ると、捩れていた帯はしゅるりと元に戻った。


「なるほど、確かに想像はつきやすいですね。『念動術』の第二術式を転用したって、そういうことですか」


 ラウラは唸るように深く頷く。


 この()()という部分が魔術に於いて重要なのだ。突拍子もない仕組みや身体と連動していない動きは発動した魔術との()()を生む。


 戦闘中なら尚更だ。『念動術』の見えない腕で掴む(第二術式)という効果を下地にする、という真の意味がようやく理解できた。


 結局のところ、ムチのような動きをさせるのではなく、伸びる腕として活用させようとしているのだ。


「そういうこと。鎖とか紐の本数を増やしても良かったんだけど、それだと消費魔力が嵩むし、それなら最初から太めの縄にしとこうと思ってね」


 アルは中指で掌を叩いてカラカラと財布を回収する。


「だから巻き取るときは紐にしてるのね。帯に色をつけてるのは理由があるの? ただ見やすくしただけ?」


「今は見やすくする為だけど……うーん、完成版はどうしようかな。ソーニャが使い慣れてきたら見えなくしてもいいかもしれない。でもそれだと俺達がわかんないから、帯の部分は見えなくしてもいいけど、籠手部分は残してた方が良いかもね」


 凛華に頷きながらアルは魔術を解いた。


「拡張性は? アルの得意なのってそういう術だよね?」


「一応、質量増加効果と他の魔術との併用は考えてるよ。いずれは闘気を纏わせてもいいだろうね」


 エーラの質問にも当然とばかりに肯定する。なにせ彼の師匠は、あのヴィオレッタなのだ。ただの伸びる腕で終わらせるつもりなどない。


「質量の増加効果か。重くなればそれだけ威力は増すな」


 マルクは考え込んだ。正しく扱えるなら防具兼武器が一つ増えるということになる。


「うん、でも攻撃力はソーニャの腕力によるね。アイツの”左手”みたいなもんだよ」


 ”アイツの左手”――準聖騎士が使っていた不可視の魔力で象られた”左手”だ。あれも”聖霊装”だそうだが、”右腕”の方と違って威力そのものはあの騎士に依存していた。


「なるほどな。ソーニャ、こいつは簡単そうに言ってるがそこそこ難題だぜ?」


 アルなら現段階でも問題なく扱えるだろう。魔族組も慣れさえすれば同じく難しくはないはず。しかし、ソーニャにそこまでの技術はまだない。


「うむ、私次第ということだな。修練を積むしかない」


「ねぇ、問題ってあるの?」


 アルの龍鱗布をクイクイ引っ張りながら凛華が問う。魔術は便利なシロモノだが、どんなに完璧に見えても万能なものなどない。これもヴィオレッタから教わったことだ。


「今のとこ人相手にしか使えないし、いきなりやっても盾を失う。俺達なら間違いなく弾き飛ばせる。狙いどころも大事だし、魔力の腕を切られたときも咄嗟に繋ぎ直せるくらい術に慣れてないと、防具を投げ捨てただけになる」


 製作者のアルも問題点はきちんと把握している。投げるなり、殴りつけるなりするにしても、外皮や外殻の硬い魔獣相手には闘気でも使わぬ限り、ほとんど効果がないと見た方が良い。


 また、人相手に投げつけても反応できる者には簡単に対処されると予想される。


 更には術理を見抜かれるなり巻き取りを見られるなりして()を絶たれた場合も視野に入れていなければ、致命的な隙を晒すことになってしまう。


 ラウラが唇に指をあて、


「ええと……つまり――」


「術に慣れなくちゃいけなくて――」


「投げる場面を選ぶだけの動体視力も鍛えてなきゃいけないわね」


「んで狙うなら急所か関節。それか不意討ちってとこか」


 エーラ、凛華、マルクの順番に要点を挙げた。


「そんな感じだね」


 アルが首肯する。それ以外では効果がひどく薄くなるはずだ。


「ううむ……難易度は高そうだが、それなら剣との併用も可能な気がする」


 ソーニャは難しい顔をした。


「言っちまえば剣と盾の二刀流みたいなもんだからな。向いてなさそうなら先に言えよ? 変な癖がついちまう」


「うむ、試してみてから言うが……土壇場で私は剣に頼ろうとするからな。攻性魔術を撃って回るより、術も扱える剣士を目指すのが良さそうだ」


「ボクらも手伝うよ」


「そうね。戦い方も変わってくるだろうし」


「どういう戦い方が良いんでしょうか?」


「うーん、とりあえず完成させてから考えようと思ってたけど――」


 こうして6名は目的地に到着するまで、魔術論議を繰り広げていた。


 属性魔力を纏わせるのはどうか?


 術そのものに連結用の術式を組み込んでおいて、伸ばした盾から魔術を放てるようにしたらどうか? などなど。


 〈ターフェル魔導学院〉の生徒でも卒業間際の、将来の魔導師候補と目される生徒達のような会話だ。


 それから数時間後――。


 彼らが話し込んでいる内に、魔導列車は目的地である山岳都市〈ベルクザウム〉に辿りつくのであった。

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