1話 魔導列車に乗って (虹耀暦1287年1月末:アルクス14歳)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
シルト家と『黒鉄の旋風』の面々に別れの挨拶を済ませた”鬼火”の一党は現在、魔導列車の客室にいた。
プシュウ――――。
両開きのドアが閉まる際の静かな空気圧縮音が聞こえる。
「なんだか、不思議な感じですね」
アルクスの左隣に座ったラウラは琥珀色の瞳で客室をぐるりと見渡すと、誰とも無しに感想を述べた。
ここは二等車の完全個室の指定席だ。向かい合わせで8名まで収容できる、そこそこ値の張る席に6人と1羽はいた。
一等車は車両一つをそのまま1室扱いするほぼ貴族専用車両なので、実質この二等車が市井の最高等級となる。
ちなみに三等車が間仕切りのついた指定席、四等車が単なる指定席、五等車が自由席だ。
他に三等車と四等車の間に、乗務員専用のスペース及びトイレや展望スペースを含んだ中間車両が一つ、そして当然ながら先頭の車両は丸々魔導機関車となっている。
「しかし、良かったのか?高いんだろう?」
ラウラの真向かいに座るソーニャは生真面目な表情で頭目に訊ねた。
”良いのか?”とはこの魔導列車の乗車券代を長期護衛依頼を請けている経費として、ラウラの財布から出さなくも構わなかったのか?という意味だ。
二等車と三等車は仕切りで区切られた席――――つまりその空間一つ分で幾ら、という考え方に基づいて料金を取られるので、今回は実質8名分の料金を負担している。
その額2,500ダーナ。ちなみに以前〈ドラッヘンクヴェーレ〉へ行くために借りた幌馬車が1日130ダーナである。たかが移動で出すには十二分に高い。
だがアルは何のこともない、とあっさり首を横に振った。
「俺達も帝都の方に行かなきゃいけないし、一党の財布から問題なく出せたし、個室なら無駄に気も張らなくていい。こっちも利点しかないから構わないさ」
一党の財布とは、報酬を等分した時の余りを積み立てて貯めている活動資金の事だ。一応アルが管理しているが、いつでも開けるし、収支もきちんと纏めている。
ここらへんが細かいのは『黒鉄の旋風』と前世の己から「金はきちんとしておけ」と指導されたからである。
何でも金がある内は問題ないが、減ってくると途端に亀裂を生みやすいものなのだそうだ。
「それはそれとして、いっぺん乗ってみたかったっつーのもあるんだろ?」
アルの向かいに座っていたマルクガルムが、適度に柔らかい背もたれに身体を預けながら問う。
「そりゃ当然!頻繁に乗るわけでもないんだから良いとこ乗りたいじゃん。乗車時間も長いしね」
この魔導列車の最高速度は時速90km。そして目的地は〈武芸都市ウィルデリッタルト〉から東北東に600kmの都市だ。
そのうえ都市間が結ばれているというだけで途中に客が下車できる駅もなく、乗務員専用駅で人員の交代等まで行われるそうなので、6時間はこの走る鉄箱の中だと考えていい。
その間ずっと周りに気を配りながら座るなり、自由席で立っておくなりなどしたくなかった。
「ま、そこはアルの判断で間違いなかったんじゃない?」
窓枠に肘をついた凛華が、個室の壁に立て掛けられている尾重剣に涼し気な視線を送る。
彼女の隣に座るアルの龍牙刀と刃尾刀も、ラウラの杖剣も、シルフィエーラの弓も、ソーニャの長剣も今は同じく立て掛けてある。
こんなもの持ってウロウロすれば目立つし、他の客からすれば邪魔も良いとこだろう。
「そうだなぁ。俺もぶっちゃけ同感だ。慣れてる匂いならまだしも、匂いのキツいやつもたまにいるからな」
マルクが応えると隣のソーニャが少々身動ぎしたが、彼の言う”キツい匂い”とは香水や肉体労働者特有の汗臭さだ。
香水もつけていなければ、しっかり身綺麗にしている一党の仲間に不快さを感じたことなどあるはずもない。
「あっ!動き出したよ!」
そこで、凛華の向かいで窓に張り付いていたエーラが興奮したような声を上げた。
彼女の言う通り、ゆっくりと魔導列車が動き出したらしい。ほんの少しだけ加速重力を感じる。窓の外の景色も緩やかに流れ始め、だんだんと速度が上がっていく。
カタンッ…………カタンッ……カタンッ、カタンッ――――――。
独特の振動と軽い音をさせながら魔導列車が疾走し、やがて身体に掛かっていた僅かなGが消えた。どうやら一定の速度に至ったらしい。音の感覚も短い。
「へぇぇ~、凄いわね!でも、大丈夫なのこれ?」
感嘆の声を上げつつ、ほんの少し不安そうな面持ちをした凛華が整った相貌をアルに向ける。
「大丈夫だよ。この十年間で脱線事故は一度も起こったことないらしいし、鉄道警備隊もいるらしいからね。なんなら『陸舟』の方が危ないよ」
命綱も無ければ柵もない。ほぼ身一つで滑る『陸舟』の方が危険度で言えば段違いに上だ。アルが穏やかに応えると、
「確かにあれ、怖かったです」
「うむ。地面が迫ってきていたからな」
ラウラとソーニャが初めて『陸舟』に乗った時のことを思い出したのか、そんなふうに言った。
「ボクの案内は安全だよ?」
途端、口を尖らせる耳長娘にマルクが「そういうこっちゃねーよ」と苦笑する。
「あたしの冰も砕けたりしないわ」
凛華も少々不満げだ。
「あのときは知りませんでしたし、怖かったですよ。アルさんはすぐ近くで蒼炎を撃ってましたし」
「ああ。思わず身構えかけた」
義姉にソーニャも同意した。
「あれはアルが悪いよ。ボクらも大変だったもん」
「そうね。自分だけ余裕こいてたものね?」
ジトッとした視線を送るエーラと凛華に、
「ごめんて。もうしないよ、きっと」
カラカラ笑ってアルは応じる。しかし、三人娘の反応は早かった。
「「「嘘ね(だね)(ですね)」」」
「ねえ、最近ラウラまで俺に厳しいよ」
アルがわざとらしく「傷ついた」と言わんばかりの顔をする。が、自分でもいつかやりそうだという気がしなくもない。
「すまんがアル殿。私もその発言は信用しづらい」
ソーニャがトドメを放つ。
「ひどいっ」
「日頃の行いのせいだろ」
わあっと泣き真似をするヤンチャな幼馴染に、至極真っ当なツッコミを入れるマルクであった。
~・~・~・~
魔導列車が走り出して30分もした頃だ。大人しい夜天翡翠の首元を撫でていたエーラがふと思い出したかのようにアルへ問い掛ける。
「ねね、辺境伯領は国境と接してるから行かないってことでいいんだよね?」
「そうだよ。真っ直ぐ東に行くと辺境伯領だけど、王国とも共和国とも接してるからね。さすがにラウラとソーニャをそこに連れてけない。俺の神経が先に参っちゃう」
肩を竦めてアルが肯定すると、
「その上っていうか、北?の都市なんでしょ?確か伯爵領とか言ってたわね。そっちは王国と接してないの?」
凛華も気になったのか疑問を投げ掛けた。彼が前世に較べれば非常に簡素な路線図と睨めっこして下した決断だが、そこらへんはもう5名とも頭目の彼に一任している。
共和国組からすれば一蓮托生だと割り切っているし信用もしているし、魔族組もマルクはともかく、凛華とエーラは地図とやらにもまだ慣れていない。
「接しちゃいるけど、その伯爵領から王国にかけてデッカい山脈があるんだよ。国境もそこを割ってる。だから――――」
「辺境伯領に行くよりは断然安心ってことか」
台詞を引き継いだマルクへアルは「当たり!」と言うようにピッと指を差した。
「そういうこと。それに〈ウィルデリッタルト〉から帝都まで直通の列車はまだないみたいだし、馬車で北上してくよりは――――」
「敷設された線路沿いに帝都へ向かった方が確実ってことですね?」
今度はラウラが引き継ぐ。馬車の旅だと何があるかわからないし、何より速度が段違い。これもまた正解だ。
現在、魔導列車の路線は都市を結ぶようにグネグネとした形を取っている。無論、〈ウィルデリッタルト〉から辺境伯領への分岐路などもあるのだが、そういった枝の数はまだまだ少ない。
ゆくゆくは街なんかにも駅を建てる予定だそうだが、それにしたって投資した分の資金をある程度回収しなければ出来ないそうだ。
「うん、七月くらいには帝都入りしたいしね」
納得した仲間達へアルが予定を告げると、
「そう言われると、案外時間もないのだな」
ソーニャはしみじみと零した。こんな未来が訪れるなど、あの時は考えてもみなかった。
血の繋がらぬ妹がそう考えているのを察したラウラも似たような表情を浮かべている。
そうして納得した面々が再び座席に身を埋めようとした時だった。
マルクが割合真面目な顔で、友人兼頭目へ呼び掛ける。
「そういやアル」
「うん?」
「ソーニャの戦い方、どうにかなんねーか?」
凛華越しに窓の外を見ていたアルは、親友の表情から彼が何を言いたいのかをすぐに察した。
「あー……俺もいろいろ考えてみてるんだけど、なかなか難しくてさ」
顎に手をやって難しい顔をする。この暇な乗車時間はその考察に充ててもいいかもしれない。
「えっ!?わ、私は何かしただろうか?いや、四人に較べれば弱いのは当たり前だが、その――――」
「あんた達、もうちょっとちゃんと言いなさいな」
「そうだよ!言葉だけだと酷いよ!」
慌てだすソーニャを庇うように凛華とエーラが憤慨した。
「あっ?あ……すまねえ、ソーニャ。不甲斐ねえとかそういう意味で言ったんじゃねえんだ」
「ごめん、言葉足らずだった」
アルとマルクも変な風に受け取られかねないと気付いたのか、すぐに謝罪を入れる。
「どういう意味だったのでしょうか?」
大事な妹のことなので少々神経質にラウラが訊ねた。すると男2人は、まるで打ち合わせでもしていたかのように淀みなく答え始めた。
「現状、ラウラの護衛としてソーニャが動いてるだろ?」
「はい」
「あ、ああ」
2人でセットの戦い方だ。マルクの確認に人間の少女らがコクコクと頷く。
「けど二人とも実力が上がってきてるからラウラの補助も、ソーニャの護衛もいらない場面が増えてきた」
今度はアルが冷静に続ける。
「確かにそうね」
凛華は薄っすらと2人の言いたいことが見えてきた。
「そうなると手隙になるだろ?基本の形として二人が組むっていうのは固定で、派生が要るんじゃねーかと思ってよ」
「あー、なんとなくわかってきたかも」
更にマルクが続けると、エーラも理解を示す。
「で、そうなると、より個人で戦える実力がいる。ラウラは後衛の遠距離戦が主体だし、杖剣もあるから威力面では申し分ない。でも――――」
「ソーニャは近接戦闘が主だ。頑丈な盾で自分の身は護れても、敵を減らすにはまだ時間が掛かる。剣術はこの際置いとくが、今使ってる魔術じゃあ――――」
「その剣術との噛み合いが悪くてズレが起きてる。それに、使用頻度の違いでラウラと魔力の差も出てきてる」
アルとマルクはポンポンと掛け合うように事実を述べていった。どれも理解できる内容だ。
「けど結局んとこ、術なり何なり使っていかねーと魔力も増えねーだろ?今のままだと仮令闘気が使えたとしても、すぐに燃料切れを起こしちまう」
ここが問題点だ。
カバーできる味方から離れて一人で戦うのなら、継戦能力と相手を屠れる能力のどちらもが必要になる。しかし現状、彼女の魔力量では闘気を使うと、体力と魔力がすぐに尽きてしまう。
「だからソーニャの剣を邪魔せず、咄嗟に攻撃として使える魔術や戦法を考えるべきだろうと思ってね。 今邪魔せず使えてるのって『障岩壁』くらいだろ? それ以外の……出来たら攻性魔術がいるなぁってたまに考えてたんだよ」
魔術なり、属性魔力なりを使っていかなければ魔力の保有量は決して増えたりしないし、質が深まったりもしない。
「要は、このままじゃいつまで経っても戦闘型ってのが出来上がんねーのさ。 同じ剣士でも、アルは術も扱う遊撃やってるし、凛華は”魔法”と『冰鬼刃』を併用してる。 そういう先……展望?ってのを作らねーと纏まりが悪いと思っててな」
剣盾は剣盾、魔術は魔術、と噛み合いが悪いのだ。独立し過ぎているせいで併用し辛く、その結果として魔術の使用頻度が減ってきている。
「まぁその戦闘型自体はラウラもいるんだけど、そっちは『蒼火撃』が完成したし、だんだん遠距離戦も形になってきてるから喫緊はソーニャなんだよね」
”鬼火”の一党に属する男衆はそう締め括った。なるほど~、とうんうん頷いた凛華とエーラであったが、直ぐ様キリキリと眉尻を吊り上げて咎める。
「それならそう言いなさい。言葉、全然足んないわよ」
「ちゃんと考えてるんなら、言わなきゃダメじゃん」
真っ当に叱る幼馴染2人に、男2人はしゅんと身を竦ませつつ言い訳染みた言葉を並べ立てた。
「いや話し合ってたっつーワケじゃなくて」
「なんとなーく考えてたくらいで」
通じたのでそのまま会話に移行した、と。
「はぁ~~……どうしてこう、男同士って大事なことでもよくわかんない以心伝心するのかしらね」
「ちっとも言葉足りてないのにね。感じ悪かったよ」
いっそ辛辣なまでの叱声にグサグサと刺し貫かれながら、アルとマルクは被害者姉妹へ素直に頭を下げた。
「ぐっ、ごめんなさい」
「す、すまねえ」
頭を下げられたソーニャとラウラが慌てて手を振る。
「い、いえ早とちりでしたし」
「ああ、まさかそこまで考えてくれているとは思わなくて」
正直な感想だ。ここまで真剣に色々考えてくれているなど思いもしなかった。
らしくない物言いはどうやら結論のみを言ったせいらしい、とわかって胸を撫で下ろす。
「甘いわね」
「そーだよ、文句ならちゃんと言わないと」
普段アルにダダ甘な耳長娘と鬼娘が何かのたまっている。マルクはそちらへ半眼を向けつつ、オホンと咳払いを一つして話を戻した。
「と、まぁそういうワケで聞いとかねーとな、と思ってよ。ソーニャ、なんか展望はあるか?こう戦いたいとか、こういう魔術ねーか?とか」
「えーと、つまり……戦いやすような術を扱って魔力を深めていき、いずれ闘気も十全に使いこなせるようにしよう、ということだな?」
ソーニャは先ほどの会話を反芻して要点を抜き出す。
「うん。 闘気をマトモに扱えるようになれば、その盾も先が打突用に作られてるからそっちに闘気を回して殴ったり出来ると思うし、その為の土台作り……兼実用魔術みたいなものだと思って貰えればいいかな」
アルが噛み砕いて説明した。
「む、なるほど……しかし、難しいな」
非常に手厚い思いやりだし、ありがたいことだがそう言われてポンと思い浮かぶものなら、恐らくアルの魔術講義を受けている時に言っている。
「ねえ、あたしが頼んだのは?」
「考案中だよ。ちゃんと考えてるから」
凛華がそう言うとアルは苦笑した。年末あたりに頼まれたものだが、まだ案は思い浮かんでいない。
「気長に待っとくわ。ソーニャの方よね?ん~、盾飛ばしてみるとかどうなの?」
「えっ?いや、しかし盾を飛ばすと回収が大変じゃないか?」
凛華の案にソーニャは真っ当な反論を返す。
「帰ってくるようにしたらいいじゃない」
「そういう魔術があるのか?」
「たぶんないと思うわ。アル、どう?」
「ないね。でも面白い案かもしれない」
そう返してアルが「ふぅむ」と顎を擦る。いつの間にやら『釈葉の魔眼』を起動していた。
「『念動術』か?」
マルクが問う。真っ先に挙げたのは、その術がアルの十八番の一つだからだ。
「いや、あれは質量軽減を入れちゃうから飛ばしても意味なくなっちゃう。いちいち軽減効果を切りながら振り回すならまだしも」
軽くなった盾を振り回しても風の抵抗を受けてフラフラするだけだ。当たったとしても魔獣の外殻や毛皮、鎧には痛打を与えられない。アルは首を横に振る。
「それって……めっちゃ難しいんじゃないの?」
発動中の術を弄るのは、術そのものへの深い理解が必要だ。しっかりヴィオレッタの授業を受けてきているエーラの意見は正鵠を射ていた。
「難しいよ。全員分の背嚢に『念動術』をそれぞれ掛けたまま、傷つけないように戦う。みたいなもんだね」
術式を弄りながら他にも意識を割くなど、それこそ専用の『気刃の術』を扱っている魔族組でも難しい。
彼らが『気刃の術』をきちんと扱えているのは、経験の積み重ねと自分の主武器に掛かっている専用の術だからだ。
「それ、結構難しいわね」
凛華も難易度に思い至り「ダメかぁ」と背もたれへよりかかった。
「そもそも、その案自体ソーニャはどうなんだ?」
マルクが訊ねる。結局、魔術を創っても使いにくければ無用の長物にしかならない。
「うーむ、想像がつかんから何とも言い難いが、即席の鉄鞭のようなものであれば使えんこともないと思う。 魔獣はともかく人相手なら喉元に投げられるし、アル殿がよくやるように目眩ましにはなるんじゃないか?」
「意外と好感触なんだな」
絶対凛華がテキトーこいただけだぞ、と思っていたが予想外に良い反応だ。
「実際、魔術を使う時にいちいち剣を振りながら術式を描くのもなかなか疲れるからな。威力もラウラには遠く及ばないし。左と右で筋肉が全然違ってきたくらいだ」
「そうなのか?おお……ほんとだ」
そう応えたソーニャの二の腕を取ってマルクがしげしげと触り比べる。さすがに二の腕にまでは鎧をつけていないため簡単にフニフニとした感触を確かめることができた。
「お、おい……マルク」
手首の方も確かめていた彼をソーニャが顔を赤らめて止める。
「ん、なんだ?」
「……変態」
やや言葉遣いが変わった彼女にそう言われ、マルクはハタと動きを止めた。
「はっ?……いや、ちょい待て違うぞ。筋肉を確かめてただけで――――」
少々慌てて言い募る彼となんだか楽しそうに見えるソーニャを放置してアルは『魔眼』を閃かせる。
「ほっとこ、ほっとこ。 ん~、ん~……? 盾を飛ばす? ブーメラン?は戦闘中難しいよなぁ。 あ、反射させるとか…………も無理。 って反射? あれ……? あ、いやそっちはまた別の魔術かなぁ」
そもそも武器の方の飛来去器は、投げたら投げっぱなしで戻ってこないシロモノだ。ブツクサ言い出したアルに、隣のラウラがおずおずと口を挟む。
「アルさん、あの準聖騎士が使ってたみたいに魔力の腕で持たせるとかはどうですか?」
「アイツのアレか。面倒なヤツだったもんなぁ。斬ってもすぐ発動させてくるし、やたら伸びるし」
―――――確か……”聖霊装”だったか。
懐に飛び込んで、腕ごと斬り落としてようやく無力化したものだ。河に吹き飛ばされた際など不意討ちの左手まで使ってきて厄介極まりなかった。
「腕だと魔力の消費が激しそうだよね。鎖にしてさ……こう、糸巻きみたいにして伸ばしたりするのはどうかな?」
今度はエーラがラウラの案を多少改良してみる。
「良さそうね。けど鎖じゃなくても、もっと単純に紐とかでもいいんじゃない?」
「帯はどうでしょう?」
凛華とラウラがそんな風に案を出し合った。そこまで聞いたアルは何か閃いたのか、急速に頭を回転させ始める。
「ごめん、ちょっとソーニャの盾の裏見せて」
「こうですか?」
「うん、ありがと」
ラウラがひょいっと後ろに向けた盾は、縦に長い騎士盾といった形状だ。上から腕を通す革ベルト、下側で握り込むための金属製の持ち手がついていた。
先は尖っているが斬り裂くようなものではなく、完全に打突用といった風情である。といってもこんなもので殴られれば流血は必至だろう。
「何かできそう?」
エーラがわくわくした表情で緑瞳を期待に輝かせる。〈ラービュラント大森林〉の移動中も、アルはよくこんなふうに魔族組の意見を訊いては魔術を創っていた。
「うん。巻き取り型の魔力の帯にしてみようかと思ってね」
「帯にするの?」
凛華もエーラと似たような表情で問う。新しい魔術はいつだって高揚するものだ。
「そっ。巻き取ると時にこう……拠られて紐みたいになるよう弄ってみるつもり」
「そこまで複雑ですと、一から鍵語を並べるのは結構掛かりそうですね」
「術の核だけならそう長くも掛からないさ。基礎に『念動術』の第二術式を転用するつもりだからね」
ラウラは「なるほど、そうやって基礎を作るんですね」と納得した。アルの講義のおかげで随分と魔術に対して興味を持つようになったようである。
彼女へ楽しそうな笑みを返したアルが右眼を輝かせて空へ鍵語を並べていく。
尚、アルと三人娘がそんな話をしている間、夜天翡翠は窓枠で眠り、マルクとソーニャはいつの間にやらいつもの他愛ない会話を繰り広げていた。
「イチャついてないでお前らも案出さんかい」
とは呆れたアルの言である。
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