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「お嫁さんになる前提でお付き合いお願いいたします…………。」
コトネがそう告げるとルークの顔は嬉しそうに破顔した。
「近づいてもいい?」
ルークの言葉にコトネは動揺しながら「少しだけなら」と声を震わせる。
了承を得たと、ルークはゆっくりとした動作でコトネの背中に手をまわし弱い力で抱きしめた。
「ひゃぁ!」
コトネの口からつい驚きが零れて恥ずかしい気持ちになる。
ルークからは干したてのお布団の匂いの奥に森の匂いを感じた。
安心するようなそれでいで泣きたくなるような懐かしい匂いだ。
コトネはルークの行動に圧倒されたまま棒立ちの状態だった。
なんせ、コトネは誰かとのお付き合いも想いが通じ合ったのも初めてだ。
自分の手の行き場もわからず迷ってから右手でルークの服の裾をぎゅっと握る。
ルークは元々のたれ目をさらにへにょりとさげる。その表情を見ているとコトネもつられて顔が緩んだ。
この距離だと自然と愛おしい番の香りが鼻腔に侵入してくるが、なるべく息を止めて我慢をする。
先ほど、コトネに花冠の意味について教える際には嗅いでしまったのが、まずかった。
身を焦がすような番への渇望が駆け抜けていまだにチリチリと胸の奥でくすぶっている。
『彼女を怖がらせたくない』その想いはルークの中で一番大切な思いだった。
過去の例で力なき人の番を連れ去って起きた悲劇などいくつもある。
だから、年頃になると獣人の子どもにはこんこんと戒めとして昔話を聞かせるのだ。
ルークの生い立ちといえば恵まれた環境だったと思う。
この街の領主のたくさんいる兄弟の末っ子として生まれて優秀な兄や姉たち囲まれて跡継ぎの心配もなく自由に生きていいといった、堅苦しくない家で育った。
三番目の兄なんかは早々に冒険者となり街を出てしまったから、ここ数年見てないと言っていい。
ただ、兄弟みな獣人の血が濃いので一般の獣人よりも番を直ぐ見つけてしまうのだ。
例えば長男はまだ小さい頃にとある妊娠中の婦人のお腹中に指をさし『この子は僕のつがいだから』と宣言して場を騒然とさせたことがある。
とにもかくにもルークは兄弟たちのやらかしを多く見すぎていた。
そして、ルークの身体は魔力も持っていたため獣性と相性が悪く、身体の成長やらの養分ががすべて魔力に持っていかれ、思春期のまま成長が止まっていた。
稀にある話だがまさか自分の身に起こるなんて思っていなかった。
おおよそ10年間、小さな体とも付き合ってきた。
成人したころに騎士団に入隊したが、なめられることが多すぎて鍛えた身体と魔術で数年かけてやり返し続けた結果、誰も何も言わなくなった。
ある日、街の外で魔獣に襲われた木こりの荷物を運搬している時、初めて彼女にであった。
一目見た習慣に番だと、なんて可愛らしい生き物が居るのだと感動で、普通に会話できていたのか記憶が定かではない。
それからは必至だった、なんせ自分は力もあるし人を傷つける能力を持っている。
番と出会ったおかげか身体の成長が急速に始まるし、身長が伸びる喜びよりも図体の大きさが警戒心に繋がらないかと戦々恐々としていた。
すべては彼女に怖がられないようにゆっくりと進めなければいけない…………。
「大丈夫だよ、これ以上のことはしないから…………今日は。」
「…………今日は?」
「そう。今日は我慢する。次はわからない。」
「…………。」
「コトネさんが怖がるよな進め方はしないから、任せて欲しい。」
「…………。」
ルークの落ち着いた様子にコトネは少しだけもやもやとする
「ルークくんは落ち着いてますね、なんだか。」
「まさかっ!こういうことは初めてだよ全部。」
ルークは確かめてみる?、と左の胸を指さした。
コトネは誘われるままルークの左胸に耳を当てた。それはドコドコと鳴り響いていて冷静とはほど遠い音だ。
「私より緊張してたんですね…………。」
コトネが耳を離してルークを見上げて言えば、彼の耳と目元はほんのりと赤いことに気が付いた。
「それは、もちろん。ようやくコトネさんが腕の中にいるんだ。緊張しないわけないっ。」
コトネはなんだか可愛らしく思えてしまいクスクスと笑う。そうしていると、顎の先を指先で持ち上げられた。
「えっ、」
「そんな、余裕そうなら進めるよ…………。」
すでにキャパシティーがオーバーしていたコトネは目をぎゅっと閉じる。
固まり動かないコトネを見てルークはこらえきれず笑い出した。
「ふっははっ。ごめんっ。冗談だよ。」
「!!!」
コトネはルークのからかう声に恥ずかしさを抑えられず両手でルークの身体を押す。
以前と違いあっさりと身体は離れることができた。
「あれ?もう終わり?」と言う声が降ってくるがコトネは混乱のまま熱い両頬を手で抑える。
「…………………ルークくん、もう少しお手柔らかにお願いします…………。」
(おかしい。こんな風にリードされるなんて思ってなかった。そもそも、お嫁さんって…………展開についていけないかも…………)
そんなコトネをルークはニコニコとした笑顔で見守っていた。
「そうだ、花冠はずさないとっ。」
コトネは思い出した様に頭のピンを外す。
そもそもコトネが花冠を付けたからルークが誤解したのだ。
今後ともコトネは知らずうちに何かしてしまうかもしれない。
「ルークくん。あの。」
ようやく手に入れた番を見つめるルークの眼差しは甘い。
「どうしたの?」
「私…………この世界やスイスバルトのこと、獣人のことで知らないことが沢山あります。もし、ルークくんを誤解させてしまうことをしても、他意はないと信じてくれますか?」
ルークは眉の下がりしょんぼりしているコトネを抱きしめたい衝動に駆られたが、ぐっとこらえる。
「わかった。ちゃんとコトネさんに確認するし、俺から教えれることは伝えていくよ。」
「ありがとうございます。」
ルークの言葉にコトネは安心した表情を見せた。
「ちなみに、今度俺のうちに来てよ。家族に紹介したいし。」
「えっ、あっ。ハイ…………。」
「家は中心部の丘の上にある屋敷ね。知ってるかな?」
「えっ、それって領主様のお家じゃあ…………。」
「そうだよ。もちろん来てくれるよね?」
「えっ、あっ、ハイ…………???」
(もしかして、もしかして私いろいろ早まっちゃったかなぁ…………)
そんな少しの後悔がよぎるコトネが見上げると、ルークは幸せそうな顔で微笑んでいた。
そんな顔を見てしまったら、やっぱ無しですなんて言えないであろうと、コトネはふとルークの腰元にぶんぶんと回る尻尾が見えた気がしたが気のせいだろうか。
これからもこの優しいコトネの恋人は、無理をしてでも彼女に歩調を合わせてくれることだろう。
そんな気がしていた。
かつてこの世界に幾人か降り立った異界の人間のうち、獣人の番となった者がいるという。彼女は慣れない世界の中で番に愛されて幸せに暮らしたという。めでたしめでたし。




