16
街は実りの季節だった。街はそこかしこ飾り付けられ街の外からの旅人で溢れている。
今日は祭りの日であった。
コトネは仲良く出かけたハイネとハルバトールを見送った後、室内の清掃に追われていた。
「コトネさん。」
顔を上げるとシギーがいつもの黒いスーツで立っていた。
「ここの仕事が終わったら早めに上がってください。祭りの日は午後から仕事はお休みです。」
「えっ、そうなんですか。」
「はい、ぜひこの街の祭りを見て回って見てください。」
そう、淡々と話すシギーはミーヤを誘うことはできたのだろうか。
つい、おせっかいと思いつつも聞いてしまった。
「シギーさんは、ミーヤさんを誘いましたか?」
「いえ、誘いましたが。何か怒らせてしまったようで…………。」
「なにかあったのですか?」
「祭りの衣装の相談を受けまして。未婚の女性の方は花冠をつけるでしょう。それに合わせた装いがどうも、足元がよく見えるので注意したところ怒らせてしまいました。」
本当に困った顔のシギーに、コトネは思わずクスリと笑ってしまった。
きっと、ミーヤはシギーと可愛い格好で出かけたかっただけなのだろう。対するシギーは他の人にミーヤの足を晒したくなかっただけで。
「たぶんですが、シギーさんの気持ちをちゃんと伝えればわかってくれると思います。」
「気持ちですか?」
「はい。端的に言えば、ミーヤさんの綺麗な足を他の人に見せたくなかった、とか。」
「なっ。わ、私は決してそんな不埒な視線で見たりなどは…………。」
「ミーヤさんの足奇麗ですよね。うっかり誰かが見惚れてしまってもおかしくないほどに。」
顔を赤くして慌てるシギーにコトネが微笑む。
「…………。わかりました。素直に言って謝ってみます。」
「はい。」
明日、ミーヤから祭りのデートの話は聞けるだろうか。コトネはそれを考えるだけで楽しみになった。
コトネの午後からの予定はこれといってない。
職場の同僚は家族や恋人と祭りを過ごすのだろう。
なんにもすることがないからと厨房のハンズとロジーのところにお邪魔する、見かねた二人にお使いついでに街の様子を見ておいでとお小遣いまでくれた。
花冠をした少女たちが街を行きかう。露店が多く立ち並び街内外、人々であふれている。
楽し気な彼女たちとすれ違いながらコトネの心も華やいだ。
街の中心部には大きな広場があり、舞台も設営され演劇や歌など催しも開催されているようだった。
その設営された舞台のそばで花冠の女性に囲まれルークがいた。
ルークは騎士の上着を脱いで腕をまくり上げ、腕には荷物を抱えている。
女性の一人はルークの腕に手をかけて何やら耳打ちをしていた。
ルークが何か言い返したあと、女性たちはわっと歓声を上げる。
コトネはなんだか、見てはいけないものを見てしまったような、もやもやした気持ちを抱えたままその場から離れた。
祭りの賑やかな場所から離れて、コトネは使いを終えた。
気づけば祭りを楽しむ気持ちが急にしぼんできて、屋敷に帰ろうと帰宅の方向へ足を向ける。
ルークが女の人に囲まれていたのを見ていい気分はしなかった。
その気持ちをコトネはうまく説明出来ないでいた。
ずっと自分に構ってくれた人が、コトネ以外といた。それだけだ。
彼の交友関係なんて知らないし、騎士団に所属している以外もわからない。
バウサーからルークの番だと言われたが、本人から聞いたわけでもない。
誰かの特別になれることは嬉しい、だけどもこの世界で天涯孤独な自分の存在を埋めてくれる都合のいい相手に喜びを覚えただけではないか?
コトネは自分の感情が汚いものに思えた。嫉妬、独占欲、執着心。
こんな感情知りたくなかった。
いままで、帰ることを考えていたから、この国に暮らす人たちのことをちゃんと見ていなかった。
(今さら仲良くしてほしいなんて、勝手だよね…………)
「あれぇ、この前の女の子だぁー。」
コトネの横に大きな大きな影がかかる。
バイモは手をひらひらとさせてコトネを見下ろしていた。
「こ、こんにちわ。」
コトネは少し緊張しながらも挨拶をする。
「はい、こんにちわぁー。あれ、なんだか元気がないような、しょんぼり」
「いや。ぜんぜんそんなことは。全く。…………いや、少しだけそうかもしれません。」
「ふぅーん。そうなんだー。」
コトネの動揺など気にも留めずに、バイモはいつものペースで話を続けた。
「今日の僕は祭りのお手伝いだよ。はしゃいで暴れちゃう人がいたら、捕まえて檻にいれておくんだぁ。」
そう言いバイモはブンブン腕を回した。
「たぶん、ルークも祭りのお手伝いしてると思うよ。探しに行く?」
「いえ、約束もなにもしてないですし。大丈夫です。」
「そうなの?ん…………?」
バイモは頭の上を指をさす。
「きみは花のかんむりつけないの?」
「えっ、あのっ。今日は花冠をつける日なのでしょうか?」
「そうだよー。祭りの日に番がいない女の子は花冠をつけて。番募集中ですってお知らせするんだよ。」
「そんな、風習があるんですね。」
「そ、でもあれか。きみが花のかんむりを付けたらルークが飛んできちゃうよね。」
と言いバイモは楽しそうにケラケラ笑った。
バイモは花の店は街の中心にあるよと言い、コトネを肩の上に持ち上げて座らせた。
「あの、わたしっ。花冠いらないですし、帰るつもりでっ。」
「遠慮しなくていいよぉ。」
不安定な場所と高さに思わずバイモの頭にしがみつく。
「おろしてくださいっ。」
「だいじょうぶもう着くから。はい、お店、ここだよ買っておいで。」
花屋の前に降ろされ背中を押される。
(いらないって言える状況じゃないよ………)
花屋の店主はコトネの黒髪に合う白い花冠を用意してくれた。
頭にのせてピンでとめると、ふんわりと柔らかく甘い花の匂いがする。
「とぉっても、かわいいよー。」
バイモはニコニコと褒めてくれる。
「ありがとうございます。」
コトネは素直な誉め言葉に照れていると、唐突に腕を後ろに強く引かれた。
「コトネさん、頭につけてるものは何?」
見上げるとルークが表情を無くした目でコトネの頭部を見ていた。
「…………お祭りでつけるものだと。」
「ルーク、僕がすすめただけだから、喧嘩しちゃだめだよ。」
ルークはバイモの声など聞こえない様子でコトネの腕を引いて進んでいく。
無言のルークに従うままついていくと着いた先は誰もいない倉庫だった。
木材や木箱などが多く積まれている。
コトネが入ると、ルークは静かに扉を閉める。
困惑するコトネにはルークは口を開いた。
「コトネさんは、この花冠の意味を知ってる?」
「………さきほどバイモさんから聞きました。」
「そう、」
いつもお穏やかで優しいたれ目の瞳は今は不機嫌さを隠していない。
いつもと様子の違うルークにコトネは少し怖くなる。
「バイモさんから話を聞いて、お店に連れていってくれました。ちょっとはしゃいでしまったかもしれません…………。」
気づけば言い訳じみた言葉が口から出ていた。
「その花冠は番を探している目印なんだ、つまりコトネさんは番を探してるってこと?」
変わらずルークの瞳は暗くコトネは何故だか怒られている気分になる。
「正直に言えば探してません。ただ、一瞬浮かれただけです…………。でも、ルークさんだって、…………さっき、女性に囲まれて楽しそうにしてました。」
コトネは言うつもりもなかった気持ちがこぼれて、ハッとして顔を上げた。
「コトネさん…………見てたんだ。」
「はい、たまたま。通りがかって。楽しいそうにしていたので声はかけられず……………。」
「あれは、設営の手伝いをしていただけ。周りにいた子たちには騎士団の奴はどこかって聞かれただけだよ。」
(そのわりには、距離が近い気がした)
「ふぅん。」
ついコトネも疑うような声が出る。
「嫌だった?」
「…………ちょっとは。い、やだなって思いました。」
コトネの言葉にルークは、ふっと肩の力を抜いた様子で笑みを浮かべた。
「何ですか、笑って。元々不機嫌だったのはルークさんのほうじゃないですか。」
コトネがじっと、睨見つけるとルークは変わらずの笑顔で、
「そりゃあ、コトネさんが番探しの花冠をつけてたから。ちゃんと意味わかってるの?番う相手をさがしてるって、獣人の男から匂いを確認されるんだよ。」
「匂いを確認…………?」
突然、ルークはコトネの手を引き首筋まで顔を近づけた。
息がかかる距離まで近づく、ルークが鼻をスンとした音がして、コトネはとっさにルークの身体を両手で押した。
だが、ルークの身体は微動だにしない。
「ルークくんっ…………。」
コトネのうろたえる声にルークは直ぐに両手を上げて数歩下がる。
「ほら、急にこんな風に知らない奴が近づいて来たら嫌でしょ?」
「…………それは、そうですけど。汗だってかいてるし急に匂いを嗅がれたら誰だって嫌です!」
「そう、だから花冠はもう外してよ。」
コトネだって、不特定多数に近寄られたり、番を募集してるなんて思われたいわけじゃない。
でも、以前バイサーから聞いた言葉が噓ではないんのなら『ルークの番はコトネ』だと、どうしてルークは言わないのだろう。
(そう言ってくれたら、私だって…………)
「……………………。ルークくんは、私があなたの番だから外してって言わないんですね。」
コトネの言葉にルークは、えっ、と動きを止めた。
「…………………知ってたの?」
「以前、バイサーさんから聞きました。」
「はぁ、そうか。なるべく怖がらせないように。もう少し信頼を得てから伝えようと思ってたんだ。」
「…………。」
ルークは深く深呼吸してから真っ直ぐにコトネを見つめた。
「…………君は俺の番だよ。」
その言葉にコトネの身体の中に歓喜の電流が流れる。
そして、心の底から喜んでいる自分にも驚いた。
(言葉はなんて返したらいいんだろう。嬉しいって伝えていいのかな…………そしたらきっとお付き合いが始まる…………)
「だからお嫁さんになって欲しい。」
「えっ………。なんて?」
「お嫁さんになって、と。」
「まずはお付き合いとかからかと…………早くないですか?」
「獣人は番を見つけたら即日、家に連れて帰るけど、これでも譲歩してる。それとも即刻家にくる?」
コトネの後ずさりしながら首をぶんぶん振るう。
(展開が早すぎるよ、でも断ったらまずい展開になりそう。第六感がそう言ってる)
震える声でコトネはルークを見上げて伝える。
「…………お嫁さんになる前提のお付き合いからでお願いしますっ。」




