15
「ねえ、サララ。コトネどうしたの?」
ミーヤはこっそりサララの耳元でたずねる。
「何かあったのでしょうか……。元気がないですよね。」
「ねー。」
見守る二人にも気づかないぐらいにコトネは上の空だった。
(昨日の私、最低だ。ルークくんに変な態度をとって、今度会えたらちゃんと謝らなきゃ、謝ってそれから…………それから私は何を言いたいのだろう………)
コトネはただ無心に手を動かし続けた。じっと悩んでいるより動いているほうがずっと気が楽だった。
そんなコトネの元に一通の手紙が届く。
一羽の鳥が開いた窓からするりとコトネの手元に降り立ち、封蝋のされた手紙を置き飛び去っていく。
送り主は隣国の魔術師からだった。
その魔術師はコトネがこの世界に来た時に親身に世話をしてくれたおじいちゃんだ。
後々、国の中でも屈指の魔術師だと知るわけだが、こうして離れて暮らす今となっても時々手紙を送ってくれる。
内容は大抵、恐妻である奥さんに対する愚痴であるが。
コトネにとっては奥さんはとても優しい婦人なのでただの惚気だと思っていた。
ただ、今回の内容は違っていた。
『永らく探していた最果ての魔女の行方を知り、邂逅。魔女曰く異界の扉を再び開くには同じ重さの魂が必要。代償無しに扉は開かれない』
つまり、元の世界に帰るには生贄が必要で、誰かを犠牲にして帰り道を作るということだ。
コトネにはそんな選択肢は取れない―――つまりは帰り道はないということだ。
魔術師はこれで諦める必要はないと、引き続き異界への帰還方法を探すことを綴ってくれていた。
コトネは手紙を何度も何度も読み返した後、静かに封筒に戻した。
コトネは朝日が昇る頃に屋敷を出る。いつものパン工房への使いだ。
いつもお使いご苦労様と、おかみさんがおまけのパンをそっと忍ばせてくれた。
街の商店の外れにあるベンチに腰かけパンをほおばった。
ふかふかの白いパンはまだ熱を持ち顔を近づけると鼻腔をくすぐるいい香りだ。
小さく口を開けてパンに齧り付く。
「おいしい…………。」
甘いはずのパンは少ししょっぱい味がした。
「うっう、ひっく。うぅっ。」
コトネの瞳からはぽろぽろと涙が零れ落ちていた。
いつも通り何ともない顔で生活を送っていた。
でも本当は元の世界に帰れると、そう心の中で願っていた。いつもコトネに親しくしてくれる人達にあまり深入りしないよう関わってきた。いつかお別れすると思っていたからだ。優しい人たちを大好きになってしまったらお別れするとき悲しくなる。大切な人ができてしまったら帰りたくなくなる。
おそらく、コトネの帰り道はない。誰かの犠牲で帰りたいなんて一ミリも思えない。この世界で生きていく。この世界で生きていくしかないのだ。
もう戻れない遠くの故郷を思ってコトネは泣いた。
「うっうっ。ぐすっ。うぅ。」
涙は手で拭っても何度も何度もあふれてきた。
さみしい、かなしい、ごめんなさい、色んな感情が溢れて流れていった。
不意に手元に影がさして、見上げるとルークが立っていた。
「ごめん、タオルもなんも持ってないや。」
ルークはベンチに座るコトネの前にしゃがみ込み、コトネの両手を優しく包み込むように手を置く。
そして、しゃがんだ位置からコトネを見上げた。
コトネの黒い大きな瞳は水滴をいくつも落とし、それからルークがいることに驚いている様子だった。
「なんで、、いるんですか…………?」
「なんでって、この時間なら会えるかと思って。」
「どうして、」
「どうしてって、コトネさんに会いたいからだよ。」
(なんでこの人は私に優しくしてくれるのだろう。番だから?わたし、なにも返せてない、のに)
「どうして、泣いているの?」
コトネに問う声は穏やかで小さな子どもに言い聞かせる様だった。
「…………わたし、帰るところが無くなっちゃいました…………。ずっとそこへ帰るつもりでいたんです、でも、もう、ムリ…………。」
「遠いってこと?」
コトネは首を振るう。
「信じてもらえるかは…………わからない…けど、この世界じゃないとこから…………来ました。」
ルークはコトネの言葉にハッとしてから真剣な表情をする。
「信じるよ。コトネさんがこの国に慣れてない以上のことが、きっとあると思っていたから。」
「は、い。」
「帰る手伝いはできる?」
ルークの言葉にコトネはふるふると頭を横に振るった。
「かえ、る方法は、ぎせいが必要で。だから、もう、諦め…………ます。」
「犠牲?」
「だれかの魂がいる…………って。わたしは、そうまでして帰りたくは、ない………です。」
「俺の魂で足りる?」
「い、やです。ぜったい!!ルークくんで、も他の誰であって、もっ。」
「いいのに、コトネさんにならあげるよ。」
「や、です。このせか、いで優しくしてくれた人たちを、大切にしたい…………。」
「うん。」
「わたし、この世界に、いてもいいで、すか?」
そこからは堰を切った様に涙が零れコトネはただ静かに嗚咽をもらした。
ルークはコトネが泣き止むまでただ傍にいた。
すんすんと、鳴き声が落ち着いた時、ルークは静かに話し始めた。
「俺にできることなら何でもするから、俺を頼ってよ。ここがコトネさんの生きやすい世界になるように努力するからさ。」
「ルークくんは、どうしてそこまで優しくしてくれるのですか?」
「どうしてって、…………今はいいや。またいつか話すよ。」
(ほんとうは、番だからなんでしょう?どうして何も言わないの…………)
じっと、潤んだ瞳で見つめるコトネにルークは目を逸らす。
「今、話すのは弱みに付け込んでいるみたいでダメだ。」
そう、零すとルークはコトネの手を放す。
「俺は戻るけど、ちゃんと屋敷まで帰れる?」
コトネはぐちゃぐちゃに濡れた顔を恥ずかしそうにハンカチで拭く。
「はい、ありがとうございます。いろいろとみっともない所見せちゃってすいません。」
「いいよ。」
「…………ルークくん、わがまま言ってもいいですか?」
「どうぞ。」
「すこし、頭をそのまま動かさないでください。」
「…………うん?」
コトネはしゃがんだままのルークの頭に手を伸ばすとそのふわふわな髪の毛に触れた。
毛の間にてをいれ撫でるように動かす。
(なぜだろう、うんと昔飼っていたわんちゃんを思い出す感覚…………。)
コトネはルークが微動だにしないことをいいことに、無心で撫で続けた。
幾分か沈んだ気持ちが少しだけ軽くなる。そのまま、無意識でルークの頭を引き寄せぎゅっと抱きしめた。
(元気がない時は、なでさせてとお願いするのすごくいいかも。今度ミーヤさんにもお願いしてみようかな…………)
コトネは満足するまで撫で終えて、スカートを払い立ち上がる。
「ありがとうございます。すごく気持ちが軽くなりました。そろそろ、仕事に戻りますね。」
ルークは「あ、うん」「あ、どうぞそのまま行って」と顔を赤くして、コトネが去った後もしゃがんだままだった。
、




