97 隠された王子と護衛騎士の対面
「姉上、お久しぶりでございます」
「久しぶり、レオ」
「本日はどうされたのですか?」
「今日は貴方に大切な話があって来たの」
シャンテルが答えた後、警戒するようなレオの視線が、後ろに控えるカールに向けられる。
「あの、そちらの方は?」
「彼は私の専属護衛騎士で、第二騎士団の副団長をしているの。貴方のことを彼には紹介しておきたくて連れてきたの」
レオは少し戸惑っているようだった。シャンテルがこの屋敷に人を連れて来たのは初めてだから、無理もない。
紹介されたカールはハッとして自ら挨拶する。
「ルクセモナント伯爵家の四男で、カールと申します。シャンテル様の護衛騎士を勤めさせていただいております。よろしくお願いします」
「カール様、初めまして。ムーカン男爵家の長男、レオと申します。こちらこそ、よろしくお願い致します」
以前、弟君がいることは偶然知ってしまったわけだが、まさか赤い瞳をお持ちだとは……
そんな困惑した感想を抱いて、カールはレオを見ていた。
「それで姉上、大切な話というのは?」
自己紹介を終えてレオが早速本題を確認する。
「お城でトラブルがあって、念のためレオにも身の回りに気を付けてほしいの。もしかすると、レオにも危険が及ぶかもしれないから」
「どういうことですか?」
「少し長くなるのだけれど、しっかり聞いてね。それからこの件は、レオのお母様以外には他言無用でお願いするわ」
シャンテルはレオと案内してくれた使用人に、そう念を押した。それを聞いた使用人は頷き、話が長引くとわかって前回と同様に椅子を薦めてくれた。各々椅子に腰かけると、シャンテルは話し始める。
昨日、ロマーフ公国の公子がシャンテルに間違えてロマーフ公宛の手紙を送ってしまったこと。
そこに現王家の血筋は例外なく葬れとロマーフ公が命令していたことが記されていたこと。
そして、公子がレオの存在を知っていたことなど、シャンテルはレオに知ってもらうために、必要な情報を話した。
「……ロマーフ公も、私の存在をご存じかもしれないということですか?」
察しがいいレオはシャンテルの話を聞き終えると、そう口にした。
「えぇ。ジョセフ様だけが知っている可能性もあるけれど、その可能性は限りなく低いと思うの」
「それでわざわざ知らせに来てくださったのですか?」
「貴方に何かあったら心配だもの」
シャンテルは優しい眼差しでレオを見る。その表情を見れば、離れていても彼女が弟を大切に思っていることは明白だった。
「ですが、困りましたね。うちには兵も騎士もいませんし、そもそも護衛を雇うお金もありませんから」
ムーカン男爵家の懐事情をある程度把握しているシャンテルは、「そうね……」と呟いて考えを巡らせる。
「剣術の稽古は今も続けている?」
「一応は。ですが相手がいませんので、実践的なことは久しくやっていません」
「じゃあ、お師匠は今どうなさっているか分かる?」
「他界されたと聞きました。……随分ご高齢でしたから」
「そう……」
以前レオを指南していた方なら再指導を依頼して、日中は周囲を警戒してもらったりと、融通が効くかと思ったけれど、仕方ないわね。
「……暫くは、母の実家に身を寄せるしかないかもしれません」
弱々しく呟かれた言葉にシャンテルは「えっ」と思わず声を上げた。
「平気なの?」
伯爵家はレオが鮮やかな赤い瞳を持っていることに疑念を抱いていた。王家の血筋に近いほど、ハッキリとした赤い瞳の持ち主が生まれるからだ。
勿論、伯爵家にも色素の薄い赤い瞳の持ち主は何人かいた。伯爵家に王女が嫁いだことはないが、花嫁の実家に王家の血筋に近い人物がいれば、それも不思議なことではないのだ。
だが、レオやシャンテルのようにハッキリとした赤い瞳は直系、またはそれに近いことを意味している。
ムーカン男爵は妻が伯爵家の娘ならそういうこともあるだろうと楽観的に考えていたようだ。だが、伯爵家はそうではない。
そのため、ムーカン男爵夫人は実家とは疎遠になっていた。
「あまり平気とは言えませんが、あそこなら身の安全は確保できます。母上を危険に晒すよりはマシです」
「それならいいけれど……」
「私のことより、姉上の方こそ大丈夫ですか?」
そう尋ねられて、シャンテルは瞬く。
「私?」
「婚約者候補として交流されていた方に命を狙われていたようなものですよね? 私より、姉上の方が危険だったのではありませんか?」
レオが心配そうに尋ねてくる。
自分より、人の心配をするレオの優しさがシャンテルは嬉しかった。そして、カールはそんな二人を見て似ていると感じていた。
「正直、今日の午前中までは引きずっていたけれど、今は気持ちも楽になったわ。私の周囲には私を元気づけてくれる人がいてくれるから……」
そう言ったシャンテルの視線がカールに向けられる。
その視線は、時々レオにも向けられるものと同じもので、レオはカールが姉にかなり信頼されているのだと察した。
「それなら私も一安心です。カール様、今後も姉上をよろしくお願いいたします」
「勿論です。お任せください」
カールとレオは今日初めて会ったが、シャンテルを通して短い時間で信頼を寄せはじめていた。
レオの存在をカールに打ち明けたことで、シャンテルはずっと弟の存在を隠していたことに対する罪悪感が少し軽くなった気がした。
「レオ、一応聞くけれど、やっぱり王城で一緒に暮らさない?」
「それはお断りします」
ダメ元で尋ねるシャンテルにレオは即答した。
こうして、大切な話を終えたシャンテルは、少しばかりレオの近況を尋ねて、弟と過ごす一時の時間を噛み締めた。
「姉上。今日は本当にありがとうございます。明日、早速母上と相談して、伯爵家に手紙を贈ろうと思います」
「えぇ。くれぐれも気を付けて。向こうでも剣術の稽古は続けるのよ」
帰り際にそう声を掛けて「はい」と頷いたレオに、シャンテルはいいことを思い付いたと言わんばかりに「あっ、そうだわ」と呟く。
「折角だから、私たちと手合わせしてみる?」
「えっ、それは勘弁してください。第二騎士団の団長と副団長には敵いませんよ」
レオが慌てた様子でぶんぶんと頭を左右に振る。
「レオ様が遠慮なさっているなら、私は構いませんよ。今からやりますか?」
「ちょっ!? カール様!?」
シャンテルはカールと一緒に少しだけレオをからかってから、王城へ戻っていった。
その翌日。レオは宣言通り早速動き出した。そして、伯爵家から返事が届いた三日後に、母と一緒に伯爵邸へ避難した。




