シャーメインの好きな人~一途な侯爵令嬢が恋したのは愛妻家の大公閣下でした~
「お父様。何度も申し上げますが、わたくしは心に決めたお方以外とは結婚も婚約もお付き合いも、一切致しません」
フレイト侯爵令嬢、シャーメインは真っ直ぐ父親を見据えてハッキリと告げる。
父親の書斎に呼ばれたかと思えば、急に婚約者候補だという令息たちの資料を机に並べられた。その誰も彼もが、シャーメインと大して変わらぬ年頃の令息たちだ。
シャーメインは一応、ちらりと視線だけ動かして資料を目にしたが、この中に彼女のお眼鏡に適う婚約者候補は存在しなかった。だから彼女はハッキリと答えた。
「そんなことばかり言っては、お前は一生結婚できんではないか」
「そんなことありませんわ。心に決めたお方と想い遂げることができれば結婚できます」
フイと、シャーメインがそっぽを向く。そんな頑なな娘にフレイト侯爵は「誰に似たんだか」と、盛大なため息を付いた。
「……であれば。お前の想い人が変わらない限り、はやはり結婚できんな」
そう言ってまた大きなため息を漏らしたフレイト侯爵にシャーメインはムッとして、父親に鋭い視線を向けた。
「何故決めつけるのです?」
「お前が大公閣下を諦めないからだ」
シャーメインの想い人はこの国、ユルセモニア王国の国王陛下の弟、ランシーマ大公であるジョエル・ヴァン・ハンフリーだった。
ランシーマ大公が愛妻家だったという話はとても有名だ。
若い頃に一目惚れした侯爵家の次女に何度も想いを伝えて、ようやく結ばれたのだとか。
そうして、大公夫人となった彼女は息子のスティーヴンを産んだ三年後に病でこの世を去った。元々体が弱かったそうだが、流行り病に罹ってあっという間だったという。
「それのどこがいけないのかしら?」
「大公閣下は愛妻家だったのだ。大公夫人が亡くなられて数十年は経つが、今でも大公夫人一筋と言われている。そんなお方がお前のような小娘を相手するわけがないだろう」
「それは存じ上げております。ですが、諦める理由にはなりませんわ」
シャーメインは本気だと伝わるように父の顔をしっかりと見据えた。
「……何も親と歳が変わらぬ男の元へわざわざ嫁ぐこともあるまい」
ボソッと寂しげに呟かれた言葉にシャーメインは即座に言い返す。
「貴族社会ではよくあることですわ」
「うちは領地も潤っている。跡継ぎにも困っていない。爵位も侯爵とすばらしい地位を賜っている。お前は気にせず、お前の好みの男の元へ嫁げばいいんだ」
どうやらフレイト侯爵はシャーメインが家のために大公閣下へ嫁ぎたいと言っていると思っているようだ。
「ですから、ランシーマ大公閣下へ嫁ぎたいと言っているんじゃありませんか。わたくしはあの方をお慕いしているのです!」
フレイト侯爵が何を言っても意見を曲げないシャーメイン。こうなれば、娘が梃子でも意見を変えないことを彼は知っている。だから、彼女に現実を突きつけて諦めさせる必要があった。
「……そこまで言うなら、一度機会を作ってやろう」
「本当ですか!?」
途端にシャーメインが嬉しそうに声を張り上げた。
ため息を吐いたフレイト侯爵は「玉砕してくるといい」と言いながら、ランシーマ大公閣下宛に手紙をしたためる。
「いいえ! お父様、わたくしはこのチャンス逃しませんわ!! 必ずモノにしてみせます!」
その自信はどこから湧いてくるのやら、と半ば呆れながらフレイト侯爵は執事に頼んでランシーマ大公の城へ手紙を届けさせた。
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「フレイト侯爵令嬢。わざわざご足労までいただいたところ申し訳ないが、わが息子には既に婚約者がおりまして」
「えぇ。存じ上げておりますわ」
「話がお早い。でしたら、何故顔合わせを希望されたのですかな?」
「何故って、ランシーマ大公閣下にお会いしたかったからですわ」
「…………私に?」
「えぇ」
「スティーヴンではなく?」
「えぇ」
シャーメインは笑顔と共に二度頷いた。
「……何かの間違いでは?」
「間違いではございません。わたくし、ジョエル様をお慕いしておりますもの」
「な……」
それを聞いて、ジョエル・ヴァン・ハンフリーは困惑した。年頃の娘がランシーマ大公家へ嫁ぎたいと言うからには、息子のスティーヴンとの縁談を求めていると考えていたからだ。
この短い数回に渡る質問のやり取りで、彼女が本心で言っているのだと、ジョエルはようやく理解する。
フレイト侯爵からの便りには、「娘がどうしてもランシーマ大公へ嫁ぎたいと譲らないため、一度顔合わせで話を聞いてやってほしい」とだけ記されていた。
それを読んだジョエルは、自分がその顔を会わせる対象として上げられているとは思わなかったのだ。フレイト侯爵がランシーマ大公家と書くつもりが、“家”を書き忘れたのだろうと考えていた。
まさか、本当にランシーマ大公に嫁ぎたいという意味だったとは……
親子ほど年の離れた自分に宛てられたものとは思わず、フレイト侯爵の顔を立てるため、スティーヴンにも「形だけ会え」と呼びつけてしまっていた。
「フレイト侯爵令嬢、申し訳ない。私はてっきり、ご令嬢がスティーヴンと婚約したいのだと勘違いして、息子を呼んでしまいました」
「構いませんわ。いずれ家族になるかもしれませんもの。ご挨拶が早まったと思えば何も問題ございませんわ」
嬉々としてそう言ったシャーメインに、ジョエルは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。それでも、ジョエルは声を絞り出した。
「フレイト侯爵令嬢、私は貴女の気持ちに答えることができません」
ジョエルの声色やその表情からシャーメインは何かを察した。それまでにこやかだった表情を収め、瞬く間に真面目な顔になる。
「理由をお聞きしても?」
そう尋ねた彼女の声はとても穏やかだった。
「私は、今も亡くなった妻を心から愛しているのです」
「えぇ。存じ上げております」
「でしたら話が早い。私のことは忘れてください」
「嫌ですわ」
「え?」
「亡き大公夫人を今でも想っておられる大公閣下も素敵ですもの。わたくし、そんな一途なところも含めて大公閣下をお慕いしていますの。ですから、わたくしのことは二番目で構いませんわ」
そう言うと、シャーメインは身を乗り出した。
「どうかわたくしとの婚約を真剣に考えてくださいませ」
「フ、フレイト侯爵令嬢……」
ジョエルは更に困惑した。諦めるどころか目の前の彼女は期待を寄せて更にその瞳を輝かせている。
それはまるで、昔の自分を見ているようだった。
……亡き妻には、私も今のフレイト侯爵令嬢のように見えていたのだろうか。
そんな疑問がジョエルの頭を過ったのだ。
それから暫く二人で話していたシャーメインたちのガゼボに近付く人影が現れる。最初にそれに気付いたのはジョエルだ。
「来たか……」
呟かれた言葉にシャーメインが反応して、ジョエルの視線の先を追う。そこにはこちらに歩いてくるスティーヴンがいた。
「父上、お待たせしました」
ランシーマ大公から「お前に会いたがっている娘がいる」と聞いていたスティーヴンは普段の少々粗暴な態度を隠して品良く努めていた。
「スティーヴン、こちらフレイト侯爵令嬢のシャーメイン嬢だ」
紹介されたシャーメインは改めて自ら名乗って挨拶した。すると、スティーヴンも挨拶を返してくれる。
だけど、シャーメインはそんなスティーヴンがこの場では大人しく猫を被っていることを知っていた。想い人の息子であり、社交界でも色々な意味で有名人だからだ。
ご婚約者であるレゼグロワ伯爵令嬢には同情いたしますわ。
彼女が夜会でスティーヴンから身に付けさせられているものは一級品なのだろう。だが、どれも彼女には似合っていなかった。何より、ドレスと宝飾品の相性も悪い。
それを一式夜会で纏わされているのだから、端から見るととても可哀想だった。
あれではドレスも宝飾品も泣いていることだろう。
スティーヴン様は自分の婚約者に似合うものも分からない程だから、相当センスがないのね。ジョエル様とは大違いだわ。
ジョエルは先代大公夫人にたくさんの贈り物をしていた。その品々はどれも大公夫人にお似合いのものだったと聞いている。彼女が社交界で身に付けていたものは翌日、同じものや似た物を求める貴婦人により、ドレスや宝飾品が売り切れになる程だったそうだ。
「フレイト侯爵令嬢、シャーメインと名前で呼んでも?」
そう尋ねてきたスティーヴンの表情は値踏みするような視線で、品の無い笑顔がそこにあった。
嫌悪を感じてピクッとシャーメインの眉間が反応する。
ジョエル様にすら、まだフレイト侯爵令嬢としか呼ばれていませんのに。
そう思うと、一瞬目が据わりそうになる。だが、シャーメインは瞬時に笑顔を浮かべて回避し、グッと堪えた。
「光栄ですわ。ではわたくしもスティーヴン様とお呼びさせていただきますわ」
そんな形でジョエルとの顔合わせを終えたシャーメインは、手紙で彼とのやり取りを続けた。その中で、たまに手紙で約束を取り付けて、大公家へお邪魔することもある。
「ランシーマ大公閣下」
シャーメインはジョエルに会う時、いつもとびきりの笑顔を見せていた。最初はぎこちなく頷いていたジョエルだったが、逢瀬を重ねるごとに彼も笑顔でシャーメインを迎えるようになっていった。
だが、いつからかシャーメインがジョエルと束の間のお茶を嗜んでいると、スティーヴンがそこにやってくるようになった。
「では私はこれで」
スティーヴンが訪ねて来ると、途端にジョエルは席を外し、シャーメインをスティーヴンと二人にしてしまう。
最近は初めてお会いした頃より会話も弾んでいるから、少しはジョエル様に気に掛けていただけていると思っていましたのに……
毎回、タイミングを見計らうようにやってくるスティーヴンに、ジョエル様はわたくしを諦めさせるためにスティーヴン様をここへ呼んでいるのかしら? と疑いたくなるほどだった。
「シャーメイン、婚約者がいるからといって俺に気を遣う必要はないぞ」
ある日、シャーメインが嫌々スティーヴンとのお茶に付き合っていると、彼がそんなことを言い出した。
「えっ?」
「シェリーと違って、お前は特別なんだ。だから、気を遣ってわざわざ父上を誘う必要はない。これからは堂々と俺を訪ねて来るといい」
「え?」
この男は何を言っているのかしら? とシャーメインは心の中で本気で首を捻った。
「そんな奥ゆかしいシャーメインも好ましいが、俺への気持ちを我慢しなくていいんだ」
そう言ってスティーヴンがニヤリと笑う。
シャーメインは「うっ」と、声に出そうになったのを何とか耐える。
勘違いも甚だしくて気持ち悪い。そもそも、自分は婚約者がいる相手を好きになってアプローチしている下品な女だと思われているのかと思うと、怒りすら込み上げてくる。
シャーメインがそう思っているとは露知らず、「今日のプレゼントだ」とスティーヴンが従者にいくつかの箱を持ってこさせた。
「今度の夜会で着てくれ」
「はい?」
面倒なお願いをされて、思わず声に出してしまった。慌てて笑顔で取り繕って、顔が引きつりそうなのを誤魔化す。
スティーヴン様から贈られたドレスを着て夜会に来いですって?
そんなことをすれば、間違いなくシャーメインは物好きなスティーヴンの浮気相手として社交界で笑いものになる。そんな不名誉は真っ平ごめんだった。
「……素敵なプレゼント、ありがとうございますわ」
一先ず、その場は無難に答えて、シャーメインは帰宅した。
彼はジョエルの息子だ。ある程度、彼の自尊心を保ちつつ回避するしかない。
そう考えたシャーメインは仕方なく宝飾品だけを身に着けて夜会に出席した。すると、タイミングが悪いことに、その夜会でスティーヴンの婚約者であるシェリーとばったり出くわした。
そして、彼女も色違いの宝飾品を身に着けているのを見て一気に気まずくなる。
「フレイト侯爵令嬢ですよね? わたくし、レゼグロワ伯爵家のシェリー・アン・モリセットと申します。少しお話しませんか?」
そう彼女の方から切り出してきたため、シャーメインは少し身構えた。
だけど、開口一番に「フレイト侯爵令嬢はスティーヴン様をお慕いしていらっしゃるのですか?」と直球の質問をされて、シャーメインは思わず笑ってしまった。
その様子に、シェリーが少し取り乱したため、「ごめんなさい」とシャーメインは一言謝る。
「それは誤解ですわ」
「え?」
「わたくしがお慕いしているのはランシーマ大公閣下ですの」
「えぇっ!?」
シェリーが目を見開いて驚いていた。確かに、父親と変わらない年齢の男性の名前が出て来るとは思わないだろう。
「ですが、そのネックレスはスティーヴン様から、ですよね……?」
躊躇いがちな問いかけに「えぇ、そうですわ」と頷く。
「わたくしがランシーマ大公閣下にお会いしたくて大公家へ通っていたら、スティーヴン様に盛大な勘違いをされてしまって、わたくしも困っていますの」
「そうなのですか?」
シャーメインにはシェリーの肩が心なしかがっくりと落ちたように見えた。
「もしかして、わたくしがスティーヴン様を慕っていたら譲ろうとか考えていらっしゃいました?」
図星だったのか、シェリーは「あ……」と気まずそうに声を上げた。
「……申し訳ございません。わたくし、スティーヴン様とお付き合いするのは、もう限界なのです。ですが、わたくしからお断りするわけにもいかず、もしフレイト侯爵令嬢がスティーヴン様と両想いなら、と思ってしまったのですわ」
「そうでしたか」
「フレイト侯爵令嬢、失礼なことをおたずねして申し訳ありませんでした」
「いえ。それより、シャーメインでいいですわよ」
シャーメインがそう申し出ると、シェリーが「えっ?」と驚いた顔をする。
「わたくしたち、大して年も離れていませんし、それに、スティーヴン様に困らせられている者同士、何だか話が合いそうですもの」
そこから、シャーメインは夜会でシェリーと顔を合わせるたび、少しだけスティーヴンの愚痴を言う仲になった。
だけど、それで問題が解決したわけではない。シャーメインの元には、日を増すごとにスティーヴンの趣味の悪いプレゼントが増えていく。
ある日、耐えきれなくなったシャーメインは、何度も重ねているジョエルとのお茶の場で、その不満を思わず漏らしてしまった。
その数日後のことだった。
「お嬢様、ランシーマ大公家から荷物が届いています」
「大公家から?」
部屋で読書をしていたシャーメインは侍女のジーナが持ってきた箱を覗き込む。
一瞬、まさかスティーヴンがとうとうプレゼントを送り付けて来るようになったのかと、頭を過った。だが、贈り物はいつもスティーヴンが愛用しているブランドとは違う箱だった。
「一先ず、開けてみましょう」
何が入っているか分からず、シャーメインは色々な意味でドキドキした。だけど箱を開けてすぐ、一通の封筒が入っているのが目につく。
手に取って、差出人を確認すると大公閣下が使用している蝋封が目に留まった。
「これ、大公閣下からだわ……」
自分で呟いておきながら、シャーメインは胸が高揚するのを感じた。
中を開くと、そこにはジョエルの美しい文字が並んでいる。
「フレイト侯爵令嬢、愚息がご迷惑をお掛けしてすまない。よければ、次の夜会にはこのドレスを着てきてほしい……」
「まぁ! お嬢様!! やりましたわね!!」
ジーナが嬉々とした声を上げる。
シャーメインは箱の中に入っていたドレスに視線を移した。そこには洗練されたデザインの紫のドレスが入っている。
紫はジョエルの瞳の色だ。つまり、少なくともシャーメインはジョエルの色をまとうことを許されたということになる。
「ジーナ……わたくし夢を見てるのかしら?」
「夢ではございません。わたくしにも同じものが見えていますわ!」
そういったジーナはシャーメインよりはしゃいでいるように見えた。
彼女はずっとシャーメインの恋を応援してきたのだ。だから、自分のことのように嬉しかったのだろう。
「これはもうパートナーのお誘いですわね」
「え?」
「きっとお嬢様が足しげく大公閣下の元に通われたことで、大公閣下のお心がお嬢様に傾いたのですわ」
「っ!」
そうだったら、どれ程嬉しいことかしら!
そう思いながら、再び手紙に視線を落とす。
すると、そこには公爵家主催の夜会でパートナーを務めてほしいことと、当日はフレイト侯爵家へ迎えに行くと記されていた。
その一文を目にしてシャーメインは「きゃー!!」と声に出して浮かれた。だけど、次の夜会まであまり時間がないことにも気づいた。
「こうしてはいられないわ!」
シャーメインはドレスに似合う宝飾品を探すため、すぐに自分の持っている宝飾品を確認するよう、ジーナをはじめとする侍女たちに指示を飛ばしたのだった。
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遂に夜会当日がやって来た。
ジョエルは宣言通り、フレイト侯爵家まで馬車で迎えに来た。まさか、本当に大公が迎えにくるとは思っていなかったシャーメインの父は顔を青くしていた。
「ランシーマ大公閣下」
この日を楽しみにしていたシャーメインはジョエルから送られたドレスに身を包んで、カーテシーで恭しく挨拶をする。
「フレイト侯爵令嬢……いや、シャーメイン嬢、よく似合っているよ」
「!」
名前で呼び直された。シャーメインは不意打ちを食らってときめいた。しかも贈られたドレス姿を褒められたときている。
ジョエル様に褒められるなんて夢みたいだわ!
嬉しくて幸せで胸がいっぱいのシャーメインはエスコートされて馬車に乗り込む間もずっとドキドキしていた。
そして、二人が夜会の会場に辿り着くと、ランシーマ大公がシャーメインをエスコートしていることに周囲は驚いていた。更には、そのまま二人でダンスまで披露したのだ。二人の仲はちょっとした噂になっていた。
それから暫く、互いにペアを代えて踊っているとスティーヴンがシェリーを伴って現れた。
シェリーと仲良くなっていたシャーメインは相変わらず、シェリーに似合っていないドレスを纏わせている彼に少々怒りを覚える。
そんなこととは露知らず、スティーヴンはシェリーと踊ったあと、当たり前のようにシャーメインにダンスを申し込んできた。
シャーメインは淑女の笑みで「喜んで」とその手を取る。もう何度もスティーヴンと踊っているが、相変わらず、相手に合わせる気がない彼のステップはめちゃくちゃだ。シェリーは毎回こんなのに付き合わされているのかと思うと、シャーメインは心苦しかった。
「シャーメイン嬢、少し君と話したいんだがいいかい?」
シャーメインがダンスを終えて、飲み物を飲んでいるとジョエルが声を掛けてきた。今日は彼のパートナーとして入場しているシャーメインだが、夜会の最中にこうして、ジョエルの方から声をかけてくれたことは初めてだった。
「勿論ですわ」
シャーメインはとびきりの笑顔で応えると、ジョエルにエスコートされて、ホールを後にする。少し歩いて庭園に向かうと、備え付けられていたベンチに腰掛けた。
そこはバラが咲き誇る落ち着いた場所だった。
「今日は君に大切な話があるんだ」
そう話を切り出されて、シャーメインはドキッとした。
「シャーメイン嬢が私に手紙を書いたり、笑顔で会いに来てくれる度に、私は妻とのことを思い出していたんだ」
「……前大公夫人を?」
シャーメインが呟くとジョエルは「あぁ」と頷いた。
「思えば昔の私は今のシャーメイン嬢のように、妻に必死にアプローチしたんだ。それこそ、何度断られてもなかなか諦められなくてね」
ははっと、ジョエルは当時のことを思い出しているのか、半笑いした。
「それで、思ったんだ。今の君は昔の私みたいだと。その時に、どうして私のプロポーズを受けてくれる気になったのか尋ねた時の妻の言葉を思い出したんだ」
『だって、世界中を探しても貴方ほどわたくしに一途な殿方はいないと思うの。そう思うと、何度もわたくしの元に通ってくださる貴方のお姿を愛しく思うようになりましたの』
「シャーメイン嬢」
ジョエルが真剣な表情でシャーメインの名前を呼んだ。
「私はもう貴女のことを愛しいと思っていることに気がついたのです」
「っ!!」
愛しい、それは初めてジョエルから贈られた想いの言葉だった。
「貴女を大切にすると約束します。だけど、私はきっと、この先も亡くなった妻を忘れられないと思う。それでも、私の手を取ってくれますか?」
シャーメインは思わず息を呑む。
「そんなの、答えは最初から決まっていますわ。わたくしはそれを承知で大公閣下にお会いしていましたのよ」
シャーメインは差し出されていた大公の手を取ると、自らジョエルに願い出た。
「わたくしを貴方様の二人目の妻にしてくださいませ」
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あの夜会の日から二年が経過した。
「シャーメイン、今日も美しいな」
大公家の階段を降りてきたシャーメインにジョエルが、うっとりした表情でそう声をかける。
「ふふっ、それは旦那様がわたくしを愛してくださっているお陰ですわ」
「では行こうか」
「はい。旦那様」
シャーメインはジョエルにエスコートされて大公家の城を出ると、二人は馬車に乗り込んだ。
今日は、夫婦で最近はやりの舞台を観劇にお出掛けする約束の日だった。
「君のお陰でスティーヴンの婚約が決まりそうだ」
「まぁ! では、隣国の公爵家から良いお返事が?」
「あぁ。スティーヴンには彼女のように叱ってくれる女性がいいと前から思っていたんだ」
そう答えるジョエルは嬉しそうな顔をしていた。
シャーメインは、この国の王太子とシェリーのサプライズ婚約発表の日、スティーヴンに公開プロポーズされている。
その時点でシャーメインはジョエルと内々に婚約していたのだが、それを知らされていなかったスティーヴンはシャーメインが自分に気があると勘違いして暴走したのだ。
その時に、シャーメインはスティーヴンが立派な紳士になれるよう、彼を鍛えると宣言し、人を思いやる気持ちと乙女心を彼に叩き込んだ。そうして、彼の壊滅的なプレゼントのセンスもその道のプロの力を借りながら少しずつ直していった。因みに、これまでシェリーを苦しめていたことに対する仕返しも少々含まれていたため、その内容は少しハードだった。
だけどその結果もあってか、隣国の公爵令嬢がスティーヴンに興味を持ってくれたのだ。
最初は公開プロポーズに失敗した男として面白がって興味を示してくれたようだった。だが、もともと誰かの世話を焼くことが好きな公爵令嬢はスティーヴンの面倒を見ることがだんだん楽しくなったらしい。
主導権を公爵令嬢に握られているスティーヴンは、今や彼女の言うことには素直に従うようになっている。
「ふふっ。そうですわね」
自分は特別な人間だと勘違いしていたスティーヴンは、誰かの尻に敷かれるくらいがちょうどいいだろうと、シャーメインも思っていた。何より、はっきりものが言える公爵令嬢はシャーメインも話していて気持ちいい。彼女が大公家に来てくれたらとても心強いことだった。
「そういえば、これはまだ公表されていないのですが、シェリー王太子妃殿下がご懐妊されたようなのです」
「なんと! それはおめでたいな」
「贈り物は何がいいか、後で意見をお聞かせくださいませ」
「分かった。考えておこう」
「それと、今晩大切なお話がありますので、少々お時間よろしいでしょうか?」
「大事な話? 今は駄目なのか?」
「えぇ。今話すと観劇に集中できなくなってしまうと思いますので」
シャーメインがそう言って笑うと、「うーん、そうやってもったいぶられても気になって集中できないと思うのだがなぁ」と大公が苦笑いする。
「ご安心ください。悪い話ではありません。ですから、後のお楽しみですわ」
呟いて、シャーメインはさりげなく自身のおなかに手を当てる。
この話をしたら、きっとジョエル様は大喜びされるに違いありませんわ。
そんな想像を膨らませて、シャーメインは愛する人の隣にいられる幸せをかみしめた。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
私が今まで書いてきたお話の中では初めてのタイプの主人公だったので、新鮮でした!
皆さまにお楽しみいただけていれば嬉しいです。




