95 護衛騎士と話す夜
お肉を食べ終えたシャンテルたちは、暫くするとテーブルにお茶とお菓子を並べて会話を楽しんだ。
婚約者候補とアンジェラの組み合わせで机を囲むのは初めてだったが、婚約祝いのお茶会で一通り挨拶が済んでいる。そのため、気兼ねなく話が弾み、あっという間に夕方になった。
お腹いっぱいのシャンテルたちは、余っていたお肉などの食材で軽めの夕食を済ませると解散した。
その帰り道で一旦執務室に寄ったシャンテルは、仕上げた書類をニックに届けた。
「顔色が随分よくなりましたね」
「えぇ。皆さまのお陰で楽しい会でした。ニックもありがとう」
「私は大したことはしていませんよ」
「会場の手配や準備を手伝ってくれたのでしょう?」
「どなたからお聞きに?」
「ふふっ、私の勘よ」
シャンテルの言葉に一杯食わされたとばかりにニックは笑った。
◆◆◆◆◆
「すっかり暗くなってしまいましたね」
自室の前にたどり着いたシャンテルの言葉に、エドマンドが「そうだな」と相槌を打つ。
そう言えば、今日は一日エドマンドに付き添ってもらっていたと思い出す。しかも、シャンテルを元気付けるための企画までしてくれたのだ。
「……エドマンド皇子、今日は本当にありがとうございました」
シャンテル自身、今日はポンコツだった自覚がある。そのため、エドマンドにはたくさん気を遣わせたに違いないと思うと、自然と感謝の言葉が口をついていた。
「シャンテル王女が元気になったなら、それでいい」
「おかげさまで元気になりました。明日からまた頑張れそうです」
「それは良かった」
そう言って、エドマンドが柔らかい笑みを浮かべた。その表情から察するに、本心でそう思っているようだ。
彼は婚約者候補であり、ルベリオ王国に滞在している間だけシャンテルの護衛騎士を勤めている。とはいえ、デリア帝国の皇子がどうしてそこまで気に掛けてくれるのだろう?
そんな疑問がシャンテルの頭に浮かんだ。けれど、シャンテルは感じた疑問に気付かないふりをした。
視線を逸らして、「えぇ」と相槌を打つ。
「……では、おやすみなさい」
「あぁ。おやすみ」
会話を締めくくったものの、エドマンドはシャンテルが部屋の中に入るまで立ち去ろうとはしない。それはいつものことだ。
少し気まずく感じながら、シャンテルは彼のすぐ側にいるカールに声を掛ける。
「カール、あとで話したいことがあるの。申し訳ないけれど、夜勤の護衛騎士と交代した後に話せないかしら?」
カールは珍しいシャンテルからのお願いを不思議に思いながら、「分かりました」と了承する。
シャンテルはエドマンドから探るような視線を感じた。けれど、構わずに言葉を続ける。
「じゃあ、その時間になったら、扉をノックしてね」
「はい」
返事を聞いて、シャンテルは自室へ入った。エドマンドからの視線は最後まで気付かないふりをした。
それから暫く時間が経った時、シャンテルの自室をノックする音が響く。
来たわね。
シャンテルの目配せでエリーが扉に近付く。少しして、カールが部屋の中に入ってきた。
「……シャンテル様、いくらお話があるとはいえ、私室に私を招くべきではありません」
戸惑ったカールがほんのり頬を色付かせている。
夜中に男性を部屋に招いているのだから、カールの言い分は尤もだった。それでも、カールを部屋に招き入れたのには理由がある。
「困らせてしまったみたいで、ごめんなさい。だけど、なるべく人に見つからないようにするためには、こうするしかないと思って」
その言葉に、カールは頭にハテナを浮かべる。だけどシャンテルはそれに構わず、サリーを振り返った。
すると、彼女が心得たとばかりに暖炉に近付く。丁度そのタイミングで、シャンテルはアンナから二人分の黒のマントを受け取った。
「カール、これを着て頂戴」
「これは……?」
「今から出掛けるのよ」
告げられた一言に、カールが「……はい?」と理解に苦しんでいる声を上げる。
「いいから。羽織ったら付いてきて」
そう言ってシャンテルはサリーを振り返ると、丁度彼女が暖炉の近くの仕掛けの作動を終えていた。
石造りの暖炉とその付近の壁に、一人の人間が通れるだけの細長い隙間ができている。
「これって……」
「秘密の抜け道。誰にも内緒よ? 私の最高の護衛騎士である貴方だから、明かしているの」
その言葉にカールは気の引き締まる思いがした。
城にある秘密の抜け道とはつまり、王族が有事の際脱出するためのものだからだ。
「今日は、カールにも来てほしいの。前に言ったでしょう? 私が黙っているべきと判断したことなら、私が話すまで待つ、って」
それは、アルツールによってシャンテルの弟の存在が明かされた日に、カールが言った言葉だった。
遂にその時が来た、ということらしい。
そう察したカールは「わかりました」と答えて、シャンテルに従った。




