93 シャンテル王女への隠し事
「シャンテル様は今日の訓練はお休みです」
「え?」
朝食会の後、騎士団の訓練に向かおうとしたシャンテルだったが、歩き始めてすぐカールにそう告げられた。
「今朝お会いしてからずっと終始上の空でいらっしゃいましたから、危険です」
確かに、シャンテルもその自覚があった。勿論、先日のような失態を侵すわけにはいかないとも思っている。だけど、団長として自分の騎士団の訓練を放置するつもりもなかった。
「分かっているわ。今日の私は指導と見学で済ませるつもりよ」
「その必要はありません。シャンテル様の代わりに本日は私がそのお役目を担います」
「え?」
「ですから、その間の護衛はエドマンド皇子に全てお任せします」
「えっ?」
シャンテルは語彙力の欠片もない返事を繰り返しつつ、エドマンドを振り向いた。すると、彼が「カール殿、任せてくれ」と答える。
カールは護衛騎士の上司として、エドマンドに指示を出したようだ。
じゃあ仕方ないわね。大人しく書類を片付けましょう。
そう考えて執務室へ進むと、部屋の前にクレイグとアンナ、エリーの姿がある。
「あら? どうしてアンナとエリーが執務室の前に?」
そう言えば食事会の時、部屋を出る頃にはクレイグの姿がなかったことを思い出す。
すると、食事会の部屋から付いてきていたサリーが「姫様」と声を掛ける。
「本日はお茶会を予定しています」
「お茶会……?」
そんなの予定にあったかしら?
「あ、もしかしてロルフ王子かホルスト王子とのお茶会が今日に決まったの?」
彼らとはジョセフとお茶をした後に、それぞれ日程を調整しようとしていた。ニックが先回りして、整えてくれたかもしれないとシャンテルは推測した。
「少し違います」
「どういうこと?」
シャンテルは疑問を浮かべるが、今日の彼女は思考が鈍い。
それは昨日の出来事がショックで怖くなったこともあるが、そのお陰で夜にあまり寝付けなかったからだ。
「とにかく、お着替えのため中へ」
「えっ?」
「アンナとエリーには準備してもらっていますから」
今朝は食事の後、騎士団の訓練をするつもりだったため、シャンテルは騎士服に身を包んでいた。
「さぁさぁ、こちらですよ」
いまいち状況も分からないまま三人に背中を押されて執務室に入る。そこには部屋から運ばれてきたドレスと化粧道具一式が揃えられていた。
侍女たちがテキパキと準備を進める。
シャンテルは急にお茶会の予定を聞かされて、まだ心は追い付いていない。それでも、三人がシャンテルを普段より気遣ってくれていることは分かった。
侍女たちだけではない。カールやロルフたち婚約者候補もシャンテルが朝食会に来た時、気遣ってくれていた。
ジョセフのことは昨夜通達されたばかりだ。誰もが困惑しているはずなのに気を遣わせてしまうなんてと、少し申し訳なく思った。
準備を終える直前、執務室にノックの音が響いた。アンナが慌てて扉に向かって、来訪者に少し待ってもらうように伝えた。
そうして、シャンテルの身なりが整ったところで、再び扉に近付いたアンナは先ほどの来訪者を室内に迎え入れた。
「失礼致します」
そう挨拶した後、執務机に腰かけるシャンテルの元にニックが歩み寄る。
「待たせてごめんなさい。何だかよくわからないのだけど、お茶会があるらしくて急遽着替えていたの」
「えぇ。存じ上げておりますよ」
「ニックは知っているの?」
小さく首を傾げるシャンテルにニックが頷く。
「ねぇ、誰のお茶会なの? 侍女に尋ねても、みんなはぐらかすのよ」
「それは後数時間後のお楽しみになさってください。こちら、本日の書類です」
あ、ニックまではぐらかしたわ。
そう思ったシャンテルの目の前にペラリと薄い紙の束が置かれる。
「えっ? 今日はこれだけ?」
ジョセフの件があったため、寧ろ書類の量は多くなると考えていたシャンテルは驚いてそう口にした。
「はい。昨日の今日でシャンテル様が上の空だと伺っていましたので、シャンテル様の署名が必要な分だけを集めました」
「でもそれじゃあ、その分誰かに皺寄せがいっているのではないの?」
「そうですね。主に国王陛下ですね。バーバラ妃殿下も少しご気分が悪いようで、横になっていらっしゃいますし、ジョアンヌ様も怯えていらっしゃいましたから、今日は陛下に一番頑張ってもらう予定です」
「でも、それで公務が回るの?」
普段の国王の書類仕事振りからして、シャンテルはそこが不安だった。だけど、ニックはにっこり笑うだけだ。
「シャンテル様はお気になさらず、そちらの書類が終わったら、お茶会までゆっくりなさってください。それでは失礼致します」
そう言い残して、ニックは執務室を後にした。




