92 第一王女が心配な婚約者候補たち
翌日、シャンテルは数日ぶりに朝食会に顔を出した。
エドマンドのエスコートで食事会の会場に向かい、扉を開けると既に席に着いていたアルツールとセオ国の王子たちが一斉に振り向く。
「シャンテル王女……」
ロルフが席から立ち上がって、シャンテルの元へ歩み寄る。その後にホルストが続くと、二人は心配そうに顔を歪めてシャンテルを気遣った。
ジョセフの件は、昨日のうちに他の国賓たちにも簡単に知らされたため、ここにいる全員がある程度の事情を把握していた。
「顔色が良くありません。眠れませんでしたか?」
「え、えぇ。少し……」
呟けば、思い出すのは昨日の謁見の間での出来事だ。
謁見の間には、まだ婚約者でしかないアンジェラを除く王族と、宰相や宮廷官僚たちが詰め掛けていた。
シャンテルが受け取ったロマーフ公爵宛の手紙を元に、ジョセフへ質問が行われ、彼は自分が書いた手紙であることを認めた。
『なんて恐ろしいっ!』
叫んだバーバラはショックのあまり立ち眩みを起こし、その身体がふらりと傾く。それをバーバラの騎士たちが『妃殿下!』と、駆け寄って支えた。
『まさか……! ジョセフ様、嘘ですわよね!?』
シャンテルの隣に並んでいるジョアンヌが青い顔で問い掛ける。
『お優しいジョセフ様がそんな恐ろしいことを考えるはずありませんもの! お父上のロマーフ公に脅されたのでしょう!? そうですわよね!?』
その言葉にジョセフはゆっくり首を横に振る。
『……確かに、私は父上が夢見ているロマーフ王国に興味はありません。ですが、父上にの言葉に逆らえず、それを実現するため動いていたのは事実です』
そう告白したジョセフの後に、ニックが言葉を続ける。
『仮にジョセフ様が脅されていたとしても、この手紙がある以上、ジョセフ様がルベリオ王国の乗っ取りを目論む共犯者である事実は消えません。ルベリオ王国の王族に対する殺意の言い逃れはできないのです』
『そ、そんな……』
ペタリとジョアンヌがその場に座り込んだ。
おそらく彼女もジョセフを有力な婚約者候補の一人として考えていたのだろう。
『公国がわたくしたちを皆殺しにしようとしていたなんて! 陛下! 彼らを許してはなりません!!』
喚くバーバラに国王は『分かっている』と意外にも冷静な声で応えた。
『でしたらっ! 早く関係者を洗い出して、処刑してください!!』
バーバラの発言に『……処刑?』とジョアンヌが目を丸くする。
『王族が危険な目に遭ったのですよ! 当然です! 彼が連れてきた使用人の中に共犯者がいてもおかしくありませんわ!!』
『っ!』
共犯者という言葉にジョアンヌは青い顔を更に青くする。そんな彼女の耳には『妃殿下、まだ使用人が共犯と決まったわけではありません』と宥めるニックの声は聞こえていなかった。
ジョアンヌは視察中、ジョセフやセオ国の王子たちと行動を共にすることが多かった。もし、それで共犯者と疑われたらどうしようと、小心な彼女の心が顔を出す。
『わ、わたくしは関係ありませんわよ!! 視察でジョセフ様と一緒にいることが多かったですが、婚約者候補の皆さまをおもてなししていただけですもの!』
『それは、分かっていますよ』
ニックが声を掛ける。だが、ジョアンヌの口は止まらない。
『そう言う意味では、お姉様が一番怪しいと思いますわ! ジョセフ様にプロポーズされた噂がある上に、お手紙でもお姉様だけ命乞いされていますもの!!』
急に話の矛先を向けられたシャンテルは肩を揺らして『えっ』と声を漏らす。
確かに、プロポーズの件や命乞いの件を含めると、怪しく思えるかもしれない。だが、その手紙は間違えてシャンテルに送られたものだ。
シャンテルが共犯者であれば、まず手紙を隠して誰にも見つからずにジョセフに返す方法を考えるだろう。それをわざわざニックに見せて騒ぎを発覚させる意味がない。
ニックを筆頭とした優秀な宮廷官僚はそれが分かっていた。そもそも、ニックはジョセフの従者から手紙を受け取り、シャンテルに渡している。そして、彼女がそれを開封したその場にいて、一連の様子を目にしているのだから、疑う余地はない。
だが、自身が疑われないことに必死なジョアンヌは、尚も何か喚いている。収拾がつかないと判断され、彼女は国王の指示で謁見の間から摘まみ出された。
その後、早急にロマーフ公国へ三人の使者が送られることになった。
ジョセフは手紙の内容に関して自身が荷担していることを認めたため、王城地下牢へ連行。彼の使用人たちは、事実確認が終わるまで王城の一室で第一騎士団の見張りの元、軟禁されている。
「しかし、害の無さそうな優しいだけの小心者かと思っていたが、よくも大胆なことを考えたものだ」
「正確にはロマーフ公の指示で、ということでしたよ」
アルツールの言葉にロルフがそう付け足す。
「だとしても、あの公子がそれに従って荷担したことは間違いない」
「ルベリオ王国から独立させてもらった恩も忘れて乗っ取りを企てるとは、愚かですね」
「全くだ。シャンテル王女に危害を加えようとするなんてな。俺の私兵を帝国から呼び寄せてロマーフ公国を地図から消してやろうか」
そう呟いたエドマンドの背後にどす黒いものを見たホルストが顔を引きつらせる。
「いけませんよ、エドマンド皇子。これはルベリオ王国とロマーフ公国の問題なのですから、我々が首を突っ込むとややこしくしてしまいます」
「エドマンド皇子、その時は俺も混ぜろ」
「アルツール王太子まで……」
そんな暴走するような会話が繰り広げられているが、シャンテルの耳には入ってこなかった。
普段なら「やめてください」と真っ先に止めるのがシャンテルだ。だが、彼女はぼーっと朝食のお皿を眺めていた。そして、全体的にゆっくりとした動作で手を動かし、サラダを口に運んで咀嚼するものの、心ここにあらずな様子で朝食を食べ進めている。
そんな異変に気付いた四人の視線がシャンテルに集まる。
「シャンテル」
アルツールが名前を呼ぶが反応がない。
その様子に四人が一瞬無言で固まる。そんな中、先に口を開いたのはロルフだった。
「昨日のことが心身にきているようですね」
「ロマーフ公国がシャンテルたちを殺めようとしていたんだ。無理もない。ここに来るまでの歩幅も小さくて、いつもより歩くのが遅かった」
「まぁその相手と二人でお茶しようとしていたわけですから」
ホルストがそう言えば、エドマンドが僅かに視線を落とす。
「俺もジョセフとシャンテルが交流している近くにいたことがあったが、奴が物騒なことを考えていることには気付けなかった」
「頼りない護衛だな。俺が代わってやる」
「俺が分からなかったんだ。ギルシアの王太子が代わったところで同じだ」
「何だと?」
だんだんヒートアップしていく言い合いに、又してもホルストが止めに入った。
「まぁまぁお二人とも! 兄上も止めるのを手伝ってください」
「……そうですね。今は言い争うより、どうやってシャンテル王女を元気付けるか一緒に考えませんか?」
ロルフの提案にエドマンドとアルツールは顔を見合わせる。
「……コイツと協力するのは気に入らないが、シャンテルのためなら仕方ない」
「それはこちらの言うセリフなのですが??」
にこりと笑みを浮かべたエドマンドは、いつもの胡散臭い笑顔の裏に少々怒りを滲ませているようだった。
アルツールはそれに気付いているのかいないのか、知らん顔を貫いている。
二人があれだけ騒いでいたのに、聞こえていなかったのか、やはりシャンテルは婚約者候補たちを気にする素振りもない。
そんな彼女を横目に、エドマンドは部屋の壁際に控えていたクレイグに視線を送る。自身の従者がこちらに来るのを確認すると、今度はサリーとカールに視線を向けた。
「サリー、カール殿、話がある」




