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転生したのに動かない!?——でも、なぜか世界が少しずつ変わっていく【1章完結】  作者: シラフ
廃都編

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第39話「届いていた」


 翌日の朝。タロの祈りの声が、市場の角から、こちらに向かってきていた。


   ◆


 ネアのポケットの中で、俺は地脈の振動を聞いていた。


 朝の音だった。籠を運ぶ音、皿を片付ける音、子どもの声。地脈の振動は、いつもどおりの硬さだった。市場の方角に、薄く広がっていた。


 神殿跡の坂の方角は、いつもどおり静かだった。グラン爺の家の方角の足音は、地脈には乗っていなかった。中で何かを動かしている気配だけが、薄く伝わってきた。本の山か、机の上の何かか、地脈の振動だけでは、分からなかった。


 ネアの指がポケットの上を、一度だけ撫でた。それから、市場の方に、向き直った。


 タロの祈りの声が、市場の角から、こちらに向かってきた。


「石様!」


 元気な声だった。


「今日もよろしく頼む!」


 俺はポケットの中で、軽く加護をタロに送った。


 いつからか、繰り返していた動きだった。タロの足音が、地脈の振動の中で、少し軽くなった。それから、戻った。


(これは、戻すのとは違う)


(壊れていないものを、整えているだけだ)


(行ったな)


 俺は、ポケットの中で、それだけ思った。


   ◆


 タロの足音が、ネアの周りで、しばらく動いた。手伝いをしているらしかった。


 ネアの足音も、市場の角の方に、ゆっくり、向かった。布を運ぶ動きだった。


 俺はポケットの中で、加護をネアにも送った。これも、気づけば、続けていた動きだった。ネアの呼吸が、地脈の振動の中で、ほんの少しだけ深くなった。それから、戻った。


   ◆


 軽い足音が、市場の角から、走ってきた。


「ネア!」


 高い声だった。リコだった。リコの足音は、いつもどおり、跳ねていた。


 ネアの足音が、止まった。


「なに」


「あのね」


 リコの足音が、ネアの前で、しばらく止まらずに、跳ねていた。子どもの呼吸の中でも、特別、早かった。何かを、伝えたくて、走ってきたらしかった。


 俺は、ポケットの中で、リコにも軽く加護を送った。これも、最近、ふだんの動きになっていた。リコの足音が、地脈の振動の中で、ほんの少しだけ軽くなった。


 ——のはずだった。


 地脈の振動で、リコの足音はふだんよりずっと軽くなっていた。子どもの足音の半分くらいの重さになっていた。


「あれ」


 リコの声が、ふだんと違っていた。


「なんか、足、はやい」


 その場で、何度か跳ねていた。地脈の振動で、跳ねる重さもふだんよりずっと軽かった。


 リコの声が、ネアの方に向いた。


 ネアは、答えなかった。地脈の振動で、ネアの呼吸がほんの少しだけ止まった。


 リコの方に、ネアの何かが向いた気配があった。地脈の振動で、ネアの肩の重さが、リコの方角に、ほんの少しだけ傾いた。何かを、リコに言おうとした、気配だった。


 でも、ネアの口は、開かなかった。


 肩の傾きは、すぐに、戻った。


 リコは、答えを待たなかった。また跳ねた。3回、4回、跳ねた。地面に着く音が、ふだんの子どもの足音とは、明らかに違っていた。地脈の硬さに、薄くしか刻まれていなかった。


   ◆


「俺も」


 タロの声が、市場の角から、聞こえた。


「俺もだ。今日、なんか、軽い」


 タロの足音は、ふだんよりずっと跳ねていた。屋台の片付けで担いでいる木の枠の重さも、地脈の振動で、ふだんより薄かった。タロがそれを片手で軽く振っていた。両手で担ぐはずの重さを、片手で振り回していた。手の中で、木の枠が軽く揺れていた。


「祈りが、効いたんだな」


 タロが声を上げた。声が高かった。


 その方角の住民の足音が、いくつか止まった。タロの跳ねる足音とリコの跳ねる足音が、市場の角で、同じリズムで重なっていた。地脈の振動の中で、両方ともふだんより薄かった。


 誰かが、低い声で、何かを呟いた。地脈の振動だけでは、何を言ったかは、分からなかった。短い呟きだった。それから、また、市場の音に戻った。聞き返した者は、いなかった。聞かなかったことに、しているらしかった。


 俺は、ポケットの中で、止まっていた。


(ん?)


 念話には、出さなかった。


 ふだんなら、1人だけだった。でも、3人とも軽かった。


   ◆


 ネアが足を、また動かした。布を台に置いて、また持ち上げた。地脈の振動で、布の重さは、ふだんと変わらなかった。ネアの動きだけが、ほんの少しだけ楽そうだった。指の運びが、いつもより滑らかだった。


 ネアにも、届いていた。


 念話には、出さなかった。


 ふだんなら、できなかった動きだった。加護は、今までは、1人ずつしかできなかった。念話とは、別の話だった。今朝、何かが、変わっていた。


 いつ、変わったのかは、分からなかった。


   ◆


 ネアの足音が、市場の角から、別の方角に向かい始めた。フリンの家の方角だった。薬草の束を、台から取った。ふだんの薬草届けの動きだった。


 地脈の振動で、フリンの家の方角は、いつもどおりの硬さだった。乳鉢を擦る音が、扉の中から、薄く聞こえた。ゆっくり、ゆっくり、擦るふだんのリズムだった。半年、何度か聞いたリズムだった。乳鉢の中の何かは、まだ、粉になりきっていないようだった。粒の音が、薄く混じっていた。


 その家の中に、薬草の薄い層が溜まっていた。地脈には乗らない種類の重さだったが、扉の隙間から、外の地脈の硬さに、薄く滲んでいた。


 ネアが、扉の前で、薬草の束を、そっと置いた。中には、入らなかった。最近のネアの、新しい習慣だった。


 ネアが、踵を返そうとした、その時。


 フリンの声が、家の中から、聞こえた。


「……軽い」


 短く、フリンの掠れた声で、それだけ言った。


「今日は、体が、軽いねぇ」


 ネアの足音が、止まった。


 俺は、ポケットの中で、息を呑むように止まっていた。


(届いてる)


 フリンには、一度も加護をかけたことが、なかった。


 でも、届いていた。


 地脈の振動で、家の中のフリンの足音が、ほんの少しだけ軽かった。乳鉢を擦る手の重さも、薄くなっていた。動きの速さは、ふだんと変わらなかった。長年の手つきだった。動きの速さは、急がない。でも、重さは、抜けていた。


「……今日だけ、若返ったみたいさね」


 独り言のような声だった。


   ◆


 ネアの足音は、しばらく、動かなかった。地脈の振動で、ネアの呼吸が、ふだんよりほんの少しだけ、深くなっていた。


 ネアの指がポケットの上を、軽く撫でた。それから、止めた。


 扉の中から、また、声がした。


「ねえ」


 声の向きが、ふだんの独り言ではなく、こっちに向いていた。


「変な石、あんた」


 短く、それだけ言った。声量は、ふだんの独り言と、同じだった。


 ネアの足音が、扉の前から、ゆっくり、動き始めた。何も、答えなかった。


 俺も、念話には、出さなかった。


 地脈の振動で、フリンの乳鉢を擦る音は、止まらなかった。掠れた声で、もう、何も言わなかった。


   ◆


 ネアの足音が、市場の方角に、戻り始めた。


 地脈の振動で、市場の方角は、いつもどおりの硬さに、戻っていた。タロの跳ねる足音は、ふだんの重さに、戻っていた。リコの跳ねる足音も、ふだんの重さに、戻っていた。加護は、もう、抜けていた。


 俺は、ポケットの中で、止まっていた。


 動かなかった。半年、一度も、動いていなかった。地脈の振動の中で、俺の重さは、いつもどおりだった。少しも、変わっていなかった。


 動かないままで、何かが、勝手に、広がっていた。


 いつ広がったのかは、分からなかった。誰が広げたのかも、分からなかった。たぶん、俺だけじゃなかった。


 地脈の振動で、市場の方角の足音はもう、ふだんの重さに戻りきっていた。タロもリコも、ふだんの子どもに戻っていた。動きが速いことを、忘れた足音だった。覚えていないらしかった。


 俺は、念話には、出さなかった。


   ◆


(届いていた)


届いていた、らしい。

俺は、動いていない。


☆評価・ブックマーク、もらえると嬉しい。

ネアがあまり喋らないので、代わりに何か言ってくれると助かる。


次回もよろしく。

たぶん、また、変な石と呼ばれる。


——石より

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