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小説 北条時宗 護国の盾 1251-1284  作者: 山田 誠一


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第七章:蒙古襲来、十四万人のハーン

弘安四年(1281年)五月。

ついに、世界を総呑みにした巨獣が、その底知れぬ狂気と執念のすべてを日本へと向けた。

南宋を完全に圧殺し、大陸の全土を手中に収めた皇帝クビライは、前回の大敗に激怒。地平線を埋め尽くす空前絶後の大船団を組織した。朝鮮半島から突撃する東路軍四万、そして旧南宋の領地から押し寄せる江南軍十万。

合わせて十四万――当時の世界最大、人類史上でも類を見ない超巨大遠征軍が、再び博多湾を目指して殺到したのである。

世にいう「弘安の役」の幕が切って落とされた。


「敵の軍船、海を完全に覆い尽くし、その数およそ四千余艘! 兵力は……兵力は、十四万にございます!」

鎌倉の執権館に飛び込んできた報告は、宿老たちの腰を抜かし、総毛立たせるに十分な絶望の数字であった。評定の間は、まるで通夜のような、凍りつくような静まり返りを見せる。十四万という暴力の塊は、当時の日本の総人口から見ても、国家そのものが一瞬でひっくり返り、歴史から消し去られるほどの破壊力を持っていた。


しかし、三十一歳になった執権・北条時宗は、微塵も揺らがなかった。その鋭い眼光は、数年間、御家人たちに血を吐くような泥塗れの土木工事を強いて築かせた、博多湾の石築地――防塁の地図一点を射抜いていた。

「慌てるな。我らには、あの数年間で築き上げた鉄壁の石の壁がある! 敵がどれほど多かろうと、海の上からでは、その数を一気に生かせまい。防塁こそが、我が国の真の盾、ハーンの牙をへし折る刃となるのだ!」

時宗の怒号に似た声には、自らの退路を断ち切った者だけが持つ、凄まじい確信が満ちていた。


六月、博多湾の水平線を埋め尽くした蒙古の東路軍が、怒涛の勢いで上陸を試みた。

「押し渡れ! 島国を蹂躙せよ!」

しかし、大挙して押し寄せた異国の兵たちが鉄砲の煙の向こうに見たのは、数キロメートルにわたって海岸線を狂ったように遮る、高さ二メートル以上の堅牢極まる石垣の城壁であった。

「何だ、あの壁は!」

馬を走らせて一気に駆け上がることができず、砂浜に足をとられて密集した敵兵の頭上へ、防塁の陰から坂東武者たちの容赦ない矢の雨が火を噴くように降り注ぐ! 砂浜は瞬く間に赤く染まり、異国の兵の骸がうずたかく積み上がっていく。


さらに、日本の武士たちの戦い方は、前回の屈辱を経て完全に変貌を遂げていた。彼らは集団戦への恐怖を叩き潰し、牙を研ぎ澄ましていた。

「防塁を守るだけが武士ではない! 敵の首を獲りにいくぞ!」

夜陰が博多の海を包むや否や、武士たちは小舟に分乗。波を蹴立てて蒙古の巨大な軍船へと決死の突撃を敢行した。闇に乗じて船の綱を伝い、刀を咥えて甲板へと這い上がる。ひとたび白刃が抜ければ、そこからは日本武者独壇場の凄絶な接近戦である。漆黒の船上で、容赦のない斬撃が蒙古兵を次々と血祭りにあげていく。


「狂っている……この島国の奴らは、死を恐れないのか!」

毎夜繰り返される、音もなき暗闇からの執念深い夜襲。大陸の兵たちは夜が来る恐怖に怯え、次第に精神を病み、狂い始めていった。時宗の敷いた絶対の防衛線は、十四万の大軍の足元を完全に掬い、海の上に釘付けにしたまま一歩も動かさなかった。


戦況は、互いの意志が火花を散らす膠着状態のまま、地獄の二ヶ月が過ぎた。

ぎゅうぎゅうに詰め込まれた海上の船内では、夏の猛暑のなかで不衛生な環境から疫病が爆発的に流行し、蒙古軍の士気は地を這うように叩き落とされていた。


その頃、鎌倉の時宗は、連日連夜、大宰府からの飛脚を待ちながら、円覚寺の堂内で無学祖元とともに座禅を組んでいた。

彼の肉体は、すでに限界の向こう側へ達していた。血を吐くような激しい咳が続き、食事は一切喉を通らず、肌は不気味な土色に変色し、呼吸をするたびに胸の骨が割れるように痛んだ。しかし、彼の精神だけは、蝋燭の炎の如く、暗闇のなかで静かに、そして狂気的なまでに鋭く燃え続けていた。

「和尚、勝負の時は近うございます。我が防塁が敵の足を止め、敵の疲弊と怨嗟は頂点に達しているはず……」

時宗が血の混じった息を吐きながらそう呟いた、七月三十日の夜。


突如として、九州の玄界灘の空が、ねっとりとした不気味な紫色に染まり始めた。大気が激しく震え、海が怪物の如く唸り声をあげる。世界を呑み込んだ十四万のハーンの軍隊を、一瞬で奈落の底へと引きずり落とす、真の嵐がすぐそこまで迫っていた。


(第八章に続く)

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