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小説 北条時宗 護国の盾 1251-1284  作者: 山田 誠一


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第三章:一通の国書

文永五年(1268年)一月、九州大宰府の浜辺に冷たい風が吹きつける中、異国の使節がもたらした一通の国書が、鎌倉の地へと文字通り飛脚によって運ばれた。

送り主の名はクビライ。世界を灰塵に帰しつつある大蒙古国の皇帝であった。


書状の文面は一見、通商を求める穏やかな挨拶に満ちていたが、その底流にあるのは「従わねば兵を用いる」という明白な脅迫であった。

大蔵幕府の評定の間には、一堂に宿老たちが集まり、激しい議論が交わされた。

「蒙古の軍勢は数百万、立ち向かった国はすべて滅んだと聞く。ここは使者を鄭重に扱い、京都の朝廷と相談の上、丁重な返書を送って時を稼ぐべきではないか」

宿老の安達泰盛が蒼白な顔でそう具申すると、現執権の北条政村も深く頷いた。

「前例のない異国からの圧力に対し、中世の先例をいくら検めても答えは出ぬ。朝廷の祈祷に頼りつつ、まずは和睦の道を探るのが上策かと存ずるが、連署はどう思われる」


二十四歳の連署・北条時宗は、騒ぎ立てる宿老たちの声を、泥水を見るかのような冷ややかな目で見つめていた。

「返書など無用。直ちに追い返すべきにございます」

時宗の断固たる言葉に、一同は息を呑んだ。

「何故だ。敵を無用に刺激するだけではないか」と問う安達泰盛に対し、時宗は冷然と言い放った。

「返書を出せば、あちらは我が方を『臣下』と見なし、さらなる要求を突きつけてきましょう。引き延ばせば、その間に国内の動揺が広がり、防備の時を失います。この国書を黙殺することこそが、こちらに譲れぬ志があることを敵に伝える唯一の手段にございます」

時宗は、一切の交渉を拒絶するという、極めて危険な道を選択した。これは一歩間違えれば、明日にでも大軍を呼び寄せる引き金になりかねない。しかし、敵の狙いが「戦わずして屈服させること」にあると見抜いていたからこそ、その心理的な罠を逆手に取ったのである。


この未曾有の国難を乗り切るためには、幕府の意思決定を一元化せねばならぬ。

同年三月、老練な執権・北条政村は、自らその座を若い時宗に譲り、自らは連署へと退いた。ここに、二十五歳の最若年にして、第八代執権・北条時宗が誕生した。


時宗が執権の座に就いて真っ先に行ったのは、国内の「構造の組み換え」であった。

彼は、九州沿岸の警備を強化するため、西国に領地を持つすべての御家人に対し、「異国警固番役」を課した。これは、先祖伝来の土地を離れ、自費で長期間の軍務に服することを強いる、武士にとっては命を削るに等しい過酷な命令であった。

大宰府から鎌倉へ、肥後の国人・少弐景資ら西国の重鎮たちの不満の地鳴りが届く。

「なぜ、まだ見ぬ敵のために、我らがこれほどの負担を負わねばならぬのか。坂東の都合で西国を疲弊させるな」


時宗は、それらの反発を冷徹に切り捨てた。

父・時頼の「情に流されるな」という遺言が、時宗の脳裏で警鐘のように鳴り響いていた。

「この戦いは、個々の家の存亡ではない。日本という国土が残るか否かの境目である。不服を唱える者は、国を売る謀反人と見なし、直ちに領地を没収する」

時宗の放つ言葉には、若い肉体から発せられているとは思えぬほどの、不気味な質量が宿っていた。


しかし、時宗の足元は決して盤石ではなかった。

身内である北条一族のなかに、若き執権を冷ややかに見つめる眼差しがあった。その筆頭が、京都の六波羅探題にいる庶兄・北条時輔であった。

時輔は、自分が長男でありながら、庶子であるという理由だけで権力から遠ざけられたことに、深い不満を抱き続けていた。京都の公家たちと交わり、独自の勢力を築きつつあるという噂が、鎌倉の時宗の元にも届いていた。


さらに、鎌倉の街自体も不穏な熱気に満ちていた。

日蓮という僧侶が『立正安国論』を著し、「幕府が正しい仏法を信じなければ、内乱が起き、他国から侵略される」と辻説法で叫んでいた。街の人々は動揺し、不吉な流言が飛び交った。


時宗は、由比ヶ浜の砂浜に立ち、はるか西の海を睨んだ。

風が強くなってきた。波頭が白く砕け、足元を濡らす。

「兄上、影を動かしているのは貴方か。そして蒙古よ、来るなら来るがよい」

時宗は、静かに拳を握りしめた。彼の孤独な戦いは、まだ始まったばかりであった。


(第四章に続く)

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