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小説 北条時宗 護国の盾 1251-1284  作者: 山田 誠一


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第二章:襲名、「時」の刻印

弘長元年(1261年)四月二十七日。

新緑の木々が鎌倉の山々を鮮やかに彩る中、十一歳になった正寿丸は、烏帽子親を迎えて元服の儀を執り行うこととなった。

鎌倉幕府において、得宗家の嫡流たる者の元服は、単なる一族の成人式ではない。それは、全国の武士たちに対し、「次代の天下の主宰者が誰であるか」を明確に示すための、極めて高度な政治的宣言の場であった。


烏帽子親を務めたのは、第六代将軍・宗尊親王である。

親王は京都の五摂家、さらには皇室の血を引く貴種のなかの貴種であった。実権は北条に握られているとはいえ、その権威の象徴たる将軍から名の一字を賜ることは、武士階級における最大の正当性を得ることを意味した。

正寿丸は、親王の「宗」の字を授かり、これより「北条時宗」と名乗ることとなる。

「時」の字は、初代・時政、二代・義時、そして父・時頼へと受け継がれてきた、北条の正統なる血の刻印であった。


烏帽子の儀の最中、十一歳の時宗は、床に深く平伏しながらも、その視線は己の膝頭を通り越し、居並ぶ宿老たちの足元を冷徹に観察していた。

祝辞を述べる一族の長長老たちの声の調子、その目の奥に一瞬きらめく嫉妬と警戒、そして、上座から物憂げに見下ろす将軍・宗尊親王の、権力を持たぬ者の悲哀。

時宗は、この儀式が華やかな祝祭ではなく、自らを縛る「北条の家督」という名の、逃れられぬ鉄の鎖が確定した瞬間であることを、その鋭い知性で完全に理解していた。


時宗が元服を終えたこの時期、実質的な最高権力者であった父・最明寺入道時頼の健康状態は、急速に悪化の路をたどっていた。

時頼は、己に残された時間が僅かであることを自覚していた。ゆえに、時宗に対する帝王学の伝授は、日を追うごとに凄まじい気迫、あるいは狂気にも似た厳しさを帯びるようになる。


ある日の夕刻、時頼は時宗を伴い、鎌倉の西の境界に位置する極楽寺の境内を歩いた。

堂塔の合間から、遥かに由比ヶ浜の海が一望できる。時頼は激しい咳を何度も漏らし、その細い肩を震わせながら、我が子を振り返った。

「時宗、お前には腹違いの兄がいる。六波羅探題の職にある北条時輔のことだ」

「はい。庶兄・時輔殿のことにございます。京にて実務に励まれていると聞いております」

時宗の答えに、時頼は射抜くような眼差しを向けた。

「時輔は庶長子であり、器量も人望も悪くない。なればこそ、恐ろしいのだ。鎌倉の法度では、嫡子であるお前が我が跡を継ぐ。しかしな、時宗。人間の欲と執念は、法度や文字の通りには動かぬ。身内こそが、最もお前の命を狙う刃となるのだ。もし一族を割る動きがあれば、どうする」

時宗は父の目を真っ向から見据え、淀みなく答えた。

「北条の家督は天下の静謐を守るための器。これを脅かす者があれば、たとえ血を分けた血族であっても、刃を向けるに躊躇はいたしません」

「……よく言った。決して肉親の情に流されてはならぬ。北条の血を絶やさず、この鎌倉の城塞を維持するためならば、実の兄であっても首を刎ねる覚悟を持て。それが、お前が背負うた命の使い方だ」


時宗の答えた声は、十一歳のものとは思えぬほどに低く、結果として鉄の如く硬かった。時頼は、我が子のその眼差しの中に、冷徹なる絶対の覚悟を読み取り、一抹の哀れみと、それを遥かに凌駕する深い安堵を覚えた。


弘長三年(1263年)十一月二十二日、鎌倉に最大の衝撃が走る。

幕府の精神的支柱であった最明寺入道時頼が、三十七歳の若さで卒去したのである。臨終の間際まで袈裟を纏い、禅の境地の中で端座したままの壮絶な大往生であった。


十三歳にして、時宗は最大の師であり、庇護者であった父を失った。

しかし、感傷に浸る時間は一刻も与えられなかった。時頼の死という制約の消失は、それまで水面下に潜んでいたあらゆる野心を一気に噴出させる引き金となった。

時宗はまだ若い。そのため、中継ぎの宿老として一族の重鎮である北条政村が第七代執権に就任し、時宗はその補佐たる「連署」という役職に就くこととなった。事実上の、権力の中枢への参画である。


父の死によって、時宗を取り巻く空気は完全に一変した。

昨日まで臣下の礼をとっていた御家人たちが、品定めをするような、あるいは侮るような目で若い連署を見る。京都の六波羅探題にあった庶兄・北条時輔は、自らが権力から排斥された怨嗟を京都の公家たちと共有し、独自の勢力を扶植しつつあるという密報が、連日のように鎌倉へ届けられた。

孤独。それだけが、少年から青年へと脱皮しつつある時宗の、唯一の友であった。


時宗は、父が遺した薄暗い書斎に一人籠もり、天下の政務の書類、土地の裁許状、諸国の守護からの報告書を凝視する日々を送った。

そんなある日、九州の大宰府の在庁官人から、一本の不穏な書状が鎌倉へと届けられた。

高麗の国境付近における、大陸の奇妙な軍勢の動向。そして、見たこともない巨大な船団の噂。

まだ、その全容は霧の彼方である。しかし、時宗の脳裏に宿る合理の眼は、それが過去のいかなる内乱をも遥かに凌駕する、日本という国家そのものを根底から覆す未著有の巨涛の前触れであることを、明確に捉え始めていた。


(第三章に続く)

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